説明

薬物吸収性改善剤

本発明は、消化管粘液層への薬物吸着性改善剤を製造するための、1分子中に含まれる酸化エチレン1鎖長の付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用に関する。抗ピロリ活性を有する薬物に適用することにより、薬理効果を増大させることが可能となった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、消化管粘液層への薬物吸着性改善剤を製造するための酸化エチレン誘導体の使用に関する。具体的には、消化管粘液層への薬物吸着性改善剤を製造するための、酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用に関する。
【背景技術】
胃炎患者の胃組織からピロリ菌の存在が明らかとなって以来、胃炎、消化性潰瘍等の胃および十二指腸疾患の病態へのピロリ菌の関与が示され、ピロリ除菌による潰瘍の再発抑制が報告され、ピロリ除菌の重要性が認識されるようになってきた。更に発癌物質の非共存下においても胃癌発生とH.pylori感染の因果関係も示唆されている([非特許文献1])。
現行のピロリ除菌療法では、抗生物質(アモキシシリンおよびクラリスロマイシン)とプロトンポンプ阻害剤(ランソプラゾール)による三剤併用除菌療法が第一選択とされている。これは一般に抗生物質の活性至適pHが中性付近であることから、抗生物質の単独使用あるいは2剤併用では薬剤の酸安定性が悪く、現時点で得られる最も高い除菌率が三剤併用であることによる。しかしながら、アモキシシリン750mg、クラリスロマイシン400mgおよびランソプラゾール30mgを1日2回1週間投与した場合の除菌率は85−90%に留まる。さらに、下痢発生、耐性菌出現、投与量の多さ、および長期に渡る服用の煩雑化によるコンプライアンスの低下等の課題点を有することから、新規なピロリ除菌療法が望まれている。
[特許文献1]には、2−(2−trans−ノネニル)−3−メチル−4(1H)−キノロン誘導体(以下1−ヒドロキシ−2−(2−trans−ノネニル)−3−メチル−4(1H)−キノロンを化合物Aという)の単独あるいは他の抗菌剤等との組み合わせでの使用、およびピロリ菌感染動物モデル(スナネズミ)を用いた該化合物単独でのin vivo生菌数の減少効果が記載されている。しかしながら、該化合物の単独での使用を考慮する場合には、更なる抗ピロリ活性増強が必要とされ、該目的を達成するには、化合物Aを有効にピロリ菌に作用させる技術が望まれている。
ピロリ菌は胃粘液中および胃粘膜上皮細胞の表層とその間隙に生息しているため([非特許文献2])、薬物を直接ピロリ菌に作用させるには薬物の粘液層への吸着性の促進、滞留性の改善等、何らかの手段により粘液層のバリアーを回避することが必要である。
一方、製剤化の基剤として使用されるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体等の酸化エチレン誘導体は、可溶化剤、可塑剤、分徹剤あるいは安定化剤として使用されている。ポリエチレングリコールは,例えばポリペプチドの安定化、スクラルファート含有組成物の可塑剤、血中滞留化の基剤等として使用されている。ポリエチレンオキサイドは、例えば溶出制御基剤として、ポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体、例えばプルロニックは、界面活性剤、可溶化剤、乳化剤、分散剤等として使用されている。
以上のように酸化エチレン誘導体は、製剤化の際の基剤として、種々使用されているが、薬物の活性を増強する技術に関して、消化管粘液層における薬物吸着性を改善するため、特に抗ピロリ活性を増強するためにピロリ菌の生息部位である消化管粘液層における薬物吸着性を増強するために、酸化エチレン誘導体を使う試みは、これまでなされていなかった。
したがって本発明の目的は、消化管粘液層への薬物吸着性を改善するための特定の酸化エチレン誘導体の使用方法を提供することである。
【特許文献1】US6,184,230号公報
【非特許文献1】T.Watanabe et al.,Gastroenterol.,115;642−648(1998)
【非特許文献2】Y.Akiyama et al.,Drug Delivery system,15−3;185−192(2000)
【発明の開示】
本発明者らはかかる状況下、鋭意検討を行った結果、酸化エチレン誘導体共存下において、化合物Aの薬物の消化管粘液層への吸着性が高いことを知った。また更に継続して検討を行った結果、酸化エチレン誘導体中の酸化エチレン平均付加モル数が17より大きいとき、特に抗ピロリ活性が増強することを知見して、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、
1.消化管粘液層への薬物吸着性改善剤を製造するための、酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
2.薬物が抗菌剤である上記1に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
3.薬物が抗ピロリ活性を有する上記2に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
4.薬物の消化管粘液層への吸着性を改善するための、酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
5.薬物が抗菌剤である上記4に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
6.薬物が抗ピロリ活性を有する上記5に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用、
7.酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上を有効成分として含有する消化管粘液層への薬物吸着性改善剤、
8.薬物が抗菌剤である上記7に記載の消化管粘液層への薬物吸着性改善剤、
9.薬物が抗ピロリ活性を有する上記8に記載の消化管粘液層への薬物吸着性改善剤、
10.少なくとも薬物および酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の酸化エチレン誘導体からなる薬物の消化管粘液層への吸着性を改善する医薬組成物、
11.薬物が抗菌剤である上記10に記載の医薬組成物、
12.薬物が抗ピロリ活性を有する上記11に記載の医薬組成物、
13.投与形態が液剤である場合の組成物の成分の割合が、薬物が組成物全体に対して0.00005%−50%であり、酸化エチレン誘導体が0.1%−37.5%および/または薬物が0.1mg以上1g以下であり、酸化エチレン誘導体が2mg以上1g以下である上記10に記載の医薬組成物、
14.投与形態が固形剤である場合の組成物の成分の割合が、薬物が組成物全体に対して0.01%−95%であり、酸化エチレン誘導体が5%−99.99%、および/または薬物が0.1mg以上1g以下、酸化エチレン誘導体が50mg以上1g以下である上記10に記載の医薬組成物、
に関するものである。
本発明における「消化管粘液」とは、消化管粘膜から分泌される粘着性の分泌液を意味し、例えば胃壁での粘液をいう。「消化管粘液層」とは、消化管上皮細胞の表面上に形成されている前記消化管粘液の層をいう。また本発明における「消化管粘液層への薬物の吸着性」とは、in vivoを反映した、in vitroにおける消化管粘液成分への薬物の吸着性を意味し、例えば消化管粘液の成分である脂質(油相)と薬物懸濁溶液(水相)を接触させ,脂質への薬物吸着率を測定することでその吸着性を評価することができる(粘液層組成に関しては、Pharm.Res.,15,66−71(1998)を参考にした)。また本発明においては、吸着性が改善される場合において、消化管粘液層への「滞留性」も改善されると考えられ、その意味において「滞留性」も同義として使用する場合がある。薬物の粘液層への吸着性が高まれば、薬物の粘液層への移行性も高まると推察される。「消化管粘液層への吸着性を改善する」とは、本発明では、例えば水相に酸化エチレン誘導体を添加した場合の薬物の油相への吸着率が酸化エチレン誘導体を添加しない場合に比し有意に増加したときのことを便宜上意味することとする。
本発明に記載の「酸化エチレン誘導体」とは分子内に酸化エチレン鎖を含有する物質であり、例えばポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、ポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体を挙げることができる。その中でもポリエチレングリコール6000(商品名マクロゴール6000、平均相対分子質量(以下平均分子量)8000)またはポリエチレングリコール20000(商品名マクロゴール20000、平均分子量20000)、ポリエチレンオキサイド(平均分子量90万,700万)、ポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体(例えば商品名:プルロニックF68、旭電化製)、等を好ましいものとして挙げることができる。
また本発明でいう「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」とは、便宜的に算出した分子内の一つの箇所に付加している酸化エチレン鎖のモル数を意味する。具体的には1分子当たりに含まれる全ての酸化エチレン鎖の付加モル数を構造上の酸化エチレン鎖の数で除した値を算出することで求められる。「構造上の酸化エチレン鎖の数」とは構造上酸化エチレン鎖が何ヶ所あるかの数を意味している。例えば「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」は、以下のように算出することができる。
例えばマクロゴール6000の場合、Table 4に示した模式図から化学構造上の酸化エチレン鎖はひとつであることがわかる。したがってTable 3に示した1分子当たりに含まれる全ての酸化エチレン鎖の付加モル数(n)がそのまま「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数(m)」となる。すなわちマクロゴール400、マクロゴール4000、マクロゴール6000、マクロゴール20000の「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」はそれぞれ、8、72、188、455である。またプルロニックの場合、構造上の酸化エチレン鎖は2であることから(Table 4)、1分子当たりに含まれる全ての酸化エチレン鎖の付加モル数(n,Table 3)を2で除した値が「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」である。すなわちL31、L44、L64、P103、P85、F68の1分子当たりに含まれる全ての酸化エチレン鎖の付加モル数(n)がそれぞれ3、20、27、29、54、160であるから、「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」は、それぞれ1.5、10、13.5、14.5、27、80となる。
「酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数」が17以上、好ましくは27以上であると、薬物の消化管粘液層への吸着性が改善される。
本発明により化合物Aおよび2−(2−trans−ノネニル)−3−メチル−4(1H)−キノロン誘導体は消化管粘液層への吸着性が改善される。かかる他の薬物としては、例えば、ニトロイミダゾール抗生物質、具体的にはチニダゾール、メトロニダゾール等、テトラサイクリン系薬剤、具体的にはテトラサイクリン、ミノサイクリン、ドキシサイクリン等、ペニシリン系薬剤、具体的にはアモキシリン、アンピシリン、タランピシリン、バカンピシリン、レナンピシリン、メズロシリン、スルタミシリン等、セファロスポリン系薬剤、具体的にはセファクロル、セファドロキシル、セファレキシン、セフポドキシムプロキセチル、セフィキシム、セフジニル、セフチブテン、セフオチアムヘクセチル、セフタメットピボキシル、セフロキシムアクセチル等、ペネム系薬剤、具体的にはフロペネム、リチペネムアコキシル等、マクロライド系薬剤、具体的にはエリスロマイシン、オレアンドマイシン、ジョサマイシン、ミデカマイシン、ロキタマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、アジスロマイシン等、リンコマイシン系薬剤(例えば、リンコマイシン、クリンダマイシン)、アミノグリコシド系薬剤、具体的にはパロモマイシン等、キノロン系薬剤、具体的にはオフロキサシン、レボフロキサシン、ノルフロキサシン、エノキサシン、シプロフロキサシン、ロメフロキサシン、トスフロキサシン、フレロキサシン、スパフロキサシン、テマフロキサシン、ナジフロキサシン、グレパフロキサシン、パズフロキサシン等、並びにニトロフラントイン等の医薬的に許容され得る抗菌剤が挙げられる。また、胃酸分泌等に関連した疾患の治療に用いられる医薬化合物、例えば、酸ポンプ阻害剤、具体的にはオメプラゾール、ランソプラゾール等、H2アンタゴニスト、具体的にはラニチジン、シメチジン、ファモチジン等を挙げることができる。更に、カルシウム拮抗薬、具体的にはニフェジピン、塩酸ニカルジピン、塩酸バルニジピン、ニトレンジピン等を挙げることができる。また更には、低ナトリウム血症治療薬、具体的には4’−[(2−メチル−1,4,5,6−テトラヒドロイミダゾ[4,5−d][1]ベンズアゼピン−6−イル)カルボニル]−2−フェニルベンズアニリド塩酸塩等、抗ガストリン薬、具体的には
(R)−1−[2,3−dihydro−1−(2’−methylphenacyl)−2−oxo−5−phenyl−1H−1,4−benzodiazepin−3−yl]−3−(3−methylphenyl)urea、塩酸ピレンゼピン、セクレチン、プログルミド等を挙げることができる。これらの薬物は1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
本発明に用いられる薬物の配合量は、疾病の治療上有効な量であれば特に制限されない。
組成物とする際の各組成割合は、一概に規定することは困難であるが、例えば投与形態が懸濁剤等の液剤では、薬物が組成物全体に対して0.00005%−50%であり、好ましくは、0.00015%−25%、さらに好ましくは0.0003%−15%である。また酸化エチレン誘導体が組成物全体に対して0.1%−37.5%、好ましくは0.1%−25%である。また例えば投与形態が散剤等の固形剤の場合では、薬物が組成物全体に対して0.01%−95%であり、好ましくは、0.1%−90%、また酸化エチレン誘導体が組成物全体に対して5%−99.99%、好ましくは10%−99.9%とすることが可能である。
さらに例えば投与形態が液剤の場合では、薬物が組成物全体に対して0.00005%−50%であり、好ましくは、0.0001%−30%、また酸化エチレン誘導体が組成物全体に対して0.1%−37.5%、好ましくは1%−25%とすることが可能である。
ここに記載した酸化エチレンの組成割合よりも低い場合には、十分な薬物吸着が得られないことが懸念される。
さらにまた各組成の使用量は、例えば投与形態が液剤の場合では、薬物が0.1mg以上1g以下、好ましくは0.5mg以上750mg以下、酸化エチレン誘導体が2mg以上1g以下、好ましくは5mg以上750mg以下とすることが好ましい。
或いは例えば投与形態が固形剤の場合では、薬物が0.1mg以上1g以下、好ましくは0.5mg以上750mg以下、酸化エチレン誘導体が50mg以上1g以下、好ましくは50mg以上750mg以下とすることが好ましい。
ここに記載した使用量においても、組成割合と同様に、低い場合には十分な薬物吸着が得られないことが懸念される。
本発明の酸化エチレン誘導体は、薬物および一般的に製薬学的に許容される適切な賦形剤等と共に経口用医薬組成物とすることが可能である。該経口用医薬組成物がとり得る製剤の形態は、特に限定されるものではないが、例えば、散剤、錠剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤および乳剤等の経口的に投与し得る剤形を挙げることができる。製剤化にあたっては、自体公知の方法により製造することができる。
本発明に記載の「一般的に製薬学的に許容される賦形剤等」には、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、流動化剤、分散剤、懸濁化剤、乳化剤、防腐剤、安定化剤等の医薬品添加物を含めることができる。
例えば賦形剤としては乳糖、マンニトール、バレイショデンプン、コムギデンプン、コメデンプン、トウモロコシデンプン、結晶セルロース等、崩壊剤としては炭酸水素ナトリウム,ラウリル硫酸ナトリウム等、分散剤としては結晶セルロース,デキストリン,クエン酸等,可溶化剤としてはハイドロキシプロピルメチルセルロース、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油,シクロデキストリン類、ポリソルベート80等,膨潤剤としてはカルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム等、界面活性剤としてはラウリル硫酸ナトリウム、ショ糖脂肪酸エステル等を挙げることができ、必要に応じ1種または2種以上適宜の量で配合することができる。
経口医薬組成物とする場合の製造方法は、例えばマクロゴール6000(ポリエチレングリコール6000)、薬物(化合物A)、必要に応じて賦形剤等を製薬学的に許容される溶媒に入れ,充分に攪拌することにより溶解および/または懸濁する。製薬学的に許容される溶媒には、例えばイオン交換水、緩衝溶液あるいは生理食塩水等を選択することが可能である。さらに該溶解液および/または懸濁液を、例えばゼラチンカプセル等のカプセルに充填したカプセル剤とすることも可能である。粉末化の方法としては、マクロゴール6000、化合物A、必要に応じて医薬品賦形剤等を自体公知の方法、例えば、粉砕法、噴霧乾燥法、凍結乾燥法、湿式造粒法あるいは乾式造粒法等により造粒する方法を挙げることができる。またさらに医薬品賦形剤等を適宜配合することにより打錠して錠剤とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
図1は、粘液層への薬物透過性を示す模式図である。
図2は、油相への薬物吸着率に及ぼす1分子中の全ての酸化エチレン(POE)付加モル数の影響を示したグラフである。
図3は、油相への薬物吸着率に及ぼす酸化エチレン(POE)1鎖長当たりに換算した平均付加モル数の影響を示したグラフである。
図4は、油相への薬物吸着率に及ぼす表面張力の影響を示したグラフである。
図5は、油相への薬物吸着率に及ぼす酸化エチレン(POE)含有率の影響を示したグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらにより本発明の範囲が限定されるものではない。
【実施例1】
イオン交換水に、所定量の化合物Aを加え、超音波(SONO CLEANER、KAIJO社製)を20分照射することにより薬物懸濁液を得た。ポリエチレングリコール6000(三洋化学(株)製、商品名マクロゴール6000の添加濃度が0、1.5%、3.5%、10%、12%、35%となるように調製した。
実験例1
化合物Aは粘液層中に生息するピロリ菌に胃管腔側から直接作用する薬物であるため、図1に示す様に投薬された原末は管腔内で溶解(I)後移行する(IV)場合、あるいは原末が粘液層中に移行(III)後溶解する(II)場合が考えられる。化合物Aの溶解過程に及ぼすマクロゴール6000の影響について検討した。イオン交換水、0.8%ムチン(SIGMA(株)製)溶液、6.2%BSA(SIGMA(株)製)溶液およびリノール酸(SIGMA(株)製)に、所定量の化合物Aを加え、超音波(SONO CLEANER、KAIJO社製)を20分照射することにより各種薬物懸濁液を得た。以下の操作を実施例1と同様に行い、以下のサンプルを得た。
[サンプル]
▲1▼水への化合物A分散液(化合物Aの濃度:530μg/mL)
▲2▼水への化合物A分散液(化合物Aの濃度:530μg/mL)+マクロゴール6000(3.5%)
▲3▼ムチン水溶液(0.8%)への化合物A分散液(化合物Aの濃度:300μg/mL)
▲4▼ムチン水溶液(0.8%)への化合物A分散液(化合物Aの濃度:300μg/mL)+マクロゴール6000(3.5%)
▲5▼BSA水溶液(6.2%)への化合物A分散液
▲6▼BSA水溶液(6.2%)への化合物A分散液+マクロゴール6000(3.5%)
▲7▼リノール酸への化合物A分散液
▲8▼リノール酸への化合物A分散液+マクロゴール6000(10%)
[方法]
化合物Aの水への溶解度は、分散後の液を親水性フィルター(0.45μm、Advantec社製)濾過し、高速液体クロマトグラフィー(以下HPLC)により定量して算出した(n=2、サンプル▲1▼、n=3、サンプル▲2▼)。
ムチン中への薬物溶解度は、分散後の液を親水性フィルター(0.8μm、Advantec社製)濾過し、HPLCにより定量して算出した(n=3、サンプル▲3▼、▲4▼)。
分散後の液を親水性フィルター(0.45μm、Advantec社製)濾過し、紫外可視分光光度計により370nmおよび550nm(濁度補正)の吸光度を室温下で測定して溶解度を算出した(n=3、サンプル▲5▼、▲6▼)。
分散後の液を親水性フィルター(0.45μm、Advantec社製)濾過し、紫外可視分光光度計により366nmおよび550nmにおける吸光度を室温下で測定して溶解度を算出した(n=3、サンプル▲7▼、▲8▼)。
[結果および考察]
マクロゴール6000を3.5%まで増加させた時の化合物Aの溶解性(▲2▼、0.1μg/mL)はマクロゴール6000を添加しない場合(▲1▼、0.1μg/mL)に比し有意な増加がみられなかったにもかかわらず、化合物Aにマクロゴール6000を0.2%添加した処方をピロリ菌感染動物モデル(スナネズミ)に投与した場合、マクロゴール6000を添加しない場合に比しin vivo抗ピロリ活性の増強がみられた(実施例4)。このことから、in vivo抗ピロリ活性増強の主要因はマクロゴール6000による薬物の水への溶解性の向上ではないものと考えられる。

消化管内の粘液層は水、ムチン、タンパクおよび脂質から構成されている[W.L.Agneta et al.,Pharm.Res.,15;66−71(1998)]ことから、各種粘液成分中での化合物Aの溶解性に及ぼすマクロゴール6000添加の影響を調べた(Table 1)。
ムチン水溶液中の化合物Aの溶解性(サンプル▲3▼、5.9μg/mL)は水への溶解性に比し顕著に増加したものの、マクロゴール6000添加時(サンプル▲4▼、6.9μg/mL)では1.2倍の増加にとどまった。粘液層中のタンパクのモデルとして用いたBSA溶液中での化合物Aの溶解性(サンプル▲5▼、18.0μg/mL)は水への溶解性に比し顕著に増加したものの、マクロゴール6000添加時(サンプル▲6▼、26.9μg/mL)では1.5倍の増加にとどまった。粘液中の各種脂質総量は37%であり、含有脂質中でリノール酸が24%と最も高い含有率であることが報告されている[W.L.Agneta et al.,Pharm.Res.,15;66−71(1998)]。リノール酸中での化合物Aの溶解性(サンプル▲7▼、135.0μg/mL)は、水への溶解性に比し顕著に増加したものの、マクロゴール6000添加時(サンプル▲8▼、110.0μg/mL)では増加がみられなかった。以上の結果より、粘液層内に移行後の化合物Aは、粘液層中で殺菌濃度(菌増加を抑制する最低濃度(0.025μg/mL)の10倍の濃度)以上に容易に溶解すると推察できるものの、マクロゴール6000添加時の粘液成分中での化合物Aの溶解性の増加(1.2−1.5倍)は化合物Aの粘液成分の油への吸着量の増加(2.0倍、実験例2参照)に比し小さいことから、マクロゴール6000によるin vivo抗ピロリ活性の増強(実験例4参照)に寄与した主要因ではないと推察される。
以上より、in vivo抗ピロリ活性増強の主要因は、マクロゴール6000添加による化合物Aの水中および粘液成分中での溶解性向上によるものではないと考えられる。
実験例2
[方法]
水相から油相(粘液層のモデル)への薬物吸着性を検討するため、油相をゲル化剤で固定化しムチン溶液で薬物を懸濁した水相と隔てることにより油成分の水相への混入を防止したin vitro試験系を構築した。油相の固定化は、中鎖脂肪酸トリグリセリド(日本油脂(株)製、商品名:パナセート)2mLに唐ゴマ油抽出の天然油脂系脂肪酸である油ゲル化剤(Johnson(株)製)120mgを添加して油ゲルを試験管内(内径1cm栄研5号チューブ)で調製することにより行った。0.8%ムチン水溶液2mLに化合物A600μgを懸濁した溶液を調製し、油相と接触させた(n=6)。水相中にマクロゴール6000を添加する場合は3.5%とした(n=3−6)。2h静置後、水相を回収し、HPLCで化合物Aを定量した。さらに、油相表面をメタノールで洗浄し、回収溶液中の化合物AをHPLCで定量した。
[結果および考察]
ムチン溶液単独あるいは化合物A−ムチン懸濁液を固定化油相に接触させて放置後、水相をデカンテーションした場合の油相表面への付着物に比し、マクロゴール6000添加時では付着物の増加が観察された。付着物中の化合物Aを分離定量したところ(Table 2)、化合物A−ムチン懸濁液の場合は、油相表面への薬物吸着量は259μg(47%対仕込み量)であったのに対し、マクロゴール6000添加時では506μgまで増加(2.0倍)し、添加した薬物の平均93%が油相表面に吸着した。また、マクロゴール6000はムチン水溶液中(薬物無添加)で相互作用によると考えられる凝集を生じることが確認された。これらのことから、マクロゴール6000とムチンの凝集により、そのムチン−マクロゴール6000凝集物が油へ吸着する際に、薬物が凝集物中に保持されたため、油相への薬物吸着量の増加がみられたものと考えられた。一方、ムチンを添加しない場合には油相への薬物吸着量はマクロゴール6000添加の有無に関わらず増加しなかった(Table 2)ことから、油相への薬物吸着量の増加にはムチンとマクロゴール6000の共存が必要であることが示唆された。
以上より、化合物Aのin vivo抗ピロリ活性増強機構として、化合物Aの水

および粘液成分への溶解性向上(Table 1)に対するマクロゴール6000添加の寄与は小さいと考えられる。また溶解後の薬物の粘液層への拡散性に対するマクロゴール6000添加の寄与も小さいと推察できる。したがって、化合物Aのin vivo抗ピロリ活性増強の主要因として、マクロゴール6000はムチンと凝集し、粘液成分である脂質(油)に吸着する際に薬物を取り込み、化合物Aの粘液吸着性を改善したものと考えられる。
実験例3
[方法]
実験例2と同様の方法により、化合物Aの油相への薬物吸着率を測定した。
[結果および考察]
油相への薬物吸着率に及ぼす酸化エチレン(POE)付加モル数の影響(Table 3)を調べた。有意な吸着率の増加はマクロゴール添加時では付加モル数(n)72以上、Pluronic添加時では54以上でみられたのに対し、硬化ヒマシ油(日本ケミカルズ(株)製、HCO)添加時ではさらに付加モル数を100まで増加させても吸着率に影響を及ぼさなかった。吸着率とPOE付加モル数の関係を解析(図2)したところ、相関係数は0.4であり、両者の関連性は低いことが示唆された。

POE 1鎖長の平均付加モル数(m)を求め(Table 3)、吸着率との関連性を解析(図3)したところ、高い相関係数(0.7)を示した。一方、界面活性能を示す表面張力あるいは親水性疎水性バランスを示すPOE含有率は薬物吸着率と低い相関係数(0.2および0.3)を示した(図4および図5)。これより、油相への薬物吸着とPOE 1鎖長の平均付加モル数との関連が示唆され、薬物吸着率への表面張力およびPOE含有率の関与は低いことが示唆された。
以上の検討より、固定化油相によるin vitro試験法において、マクロゴールおよびプルロニック添加時に薬物の油相への吸着の増加がみられた。薬物の油相への吸着は粘液成分であるムチンおよび添加剤間の相互作用に支配されず、添加剤中の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数に支配されることが示された。

実験例4
[方法]
In vivo抗ピロリ活性は、スナネズミ感染モデルを用いた動物試験により評価した。試料溶液は、0.2%マクロゴール6000を含有する,0.5%メチルセルロース溶液を用いて,化合物Aを懸濁し,薬剤溶液を調製した。薬剤投与は、経口ゾンデを用いて投与液量20mL/kgにて1日2回、3日間おこなった。最終投与の翌日に,解剖し、摘出した胃内のピロリ菌数を測定した。In vivo抗ピロリ活性は、クリアランス、すなわちピロリ菌を定着させた例数と治療後菌数が検出限界以下となった例数との割合、により判定した。
[結果および考察]
スナネズミ感染モデルを用いた動物試験によりin vivo抗ピロリ活性を評価した(Table 5)。0.5%メチルセルロース懸濁溶液(MC sus.)は1mg/kgの投薬量で80%のクリアランスを示した。0.5%MC sus.にマクロゴール6000を0.2%添加した処方では、0.1mg/kg以上の投薬量で80%以上のクリアランスを示し、化合物Aのin vivo抗ピロリ活性の増強(10倍)が示唆された。化合物Aのin vivo抗ピロリ活性増強の主要因として、マクロゴール6000はムチンと凝集し、粘液成分である脂質(油)に吸着する際に薬物を取り込み、化合物Aの粘液吸着性を改善したもの(Table 2参照)と考えられる。
以上の実験例1−実験例4の結果より、マクロゴール6000添加による化合物Aのin vivo抗ピロリ活性増強機構の主要因として、マクロゴール6000は粘液成分のムチンと凝集物を形成し、この凝集物が粘液成分である油へ吸着する時に薬物を取り込み、マクロゴール6000添加時にin vitroにおける固定化油相への薬物吸着量を増加させることを明らかにした。化合物Aのin vivo抗ピロリ活性は、マクロゴール6000添加時に増強したことから、in vitroにおける粘液成分(油)への薬物吸着量の増加との関連が示された。さらに、油への薬物吸着は酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数との関連が示され、固定化油相への薬物吸着を有意に増加させる酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数は17以上であった。

実験例5
[方法]
実験例2に示した方法を用いてin vitroにおける各種薬物の油相への吸着量を測定した。0.8%ムチン水溶液2mLに各種化合物600μgを懸濁した溶液を調製し、油相と接触させた(n=3,6)。水相中にマクロゴール6000を添加する場合は3.5%とした(n=3,6)。2h静置後、水相を回収し、水相中の薬物含量は紫外可視分光光度計により各種化合物を定量した。用いた化合物は、ニフェジピン、塩酸ニカルジピン、化合物Bおよび化合物Cである。化合物Bとは、
(R)−1−[2,3−dihydro−1−(2’−methylphenacyl)−2−oxo−5−phenyl−1H−1,4−benzodiazepin−3−yl]−3−(3−methylphenyl)urea、化合物Cとは、4’−[(2−メチル−1,4,5,6−テトラヒドロイミダゾ[4,5−d][1]ベンズアゼピン−6−イル)カルボニル]−2−フェニルベンズアニリド塩酸塩である。
さらに、油相表面をメタノールで洗浄し、油相に吸着した薬物は回収溶液中の各種化合物を紫外可視分光光度計により定量した。
[結果および考察]
マクロゴール6000添加時の各種化合物の油相表面への薬物吸着量はマクロゴール6000を添加しない場合に比し有意に増加した(Table 6)。これは、マクロゴール6000とムチンによる凝集物が粘液成分である脂質(油)に吸着する際に薬物を取り込んだためと考えられる。

【産業上の利用の可能性】
本発明は、酸化エチレン誘導体を使用する薬物の消化管粘液層への吸着性を高める方法に関するものであり、消化管粘液への薬物の吸着性を高めることにより、薬物のin vivo抗ピロリ活性の増強を可能にした。さらに、本発明により、ピロリ除菌の現行療法では達成困難である単剤除菌治療への応用が可能となり、コンプライアンスの向上に寄与するものである。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
消化管粘液層への薬物吸着性改善剤を製造するための、酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項2】
薬物が抗菌剤である請求の範囲1に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項3】
薬物が抗ピロリ活性を有する請求の範囲2に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項4】
薬物の消化管粘液層への吸着性を改善するための、酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項5】
薬物が抗菌剤である請求の範囲4に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項6】
薬物が抗ピロリ活性を有する請求の範囲5に記載の酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の使用。
【請求項7】
酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上であるポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上を有効成分として含有する消化管粘液層への薬物吸着性改善剤。
【請求項8】
薬物が抗菌剤である請求の範囲7に記載の消化管粘液層への薬物吸着性改善剤。
【請求項9】
薬物が抗ピロリ活性を有する請求の範囲8に記載の消化管粘液層への薬物吸着性改善剤。
【請求項10】
少なくとも薬物および酸化エチレン1鎖長の平均付加モル数が17以上である、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、およびポリオキシエチレンポリプロピレン共重合体より選択される1種または2種以上の酸化エチレン誘導体からなる薬物の消化管粘液層への吸着性を改善する医薬組成物。
【請求項11】
薬物が抗菌剤である請求の範囲10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
薬物が抗ピロリ活性を有する請求の範囲11に記載の医薬組成物。
【請求項13】
投与形態が液剤である場合の組成物の成分の割合が、薬物が組成物全体に対して0.00005%−50%であり、酸化エチレン誘導体が0.1%−37.5%および/または薬物が0.1mg以上1g以下であり、酸化エチレン誘導体が2mg以上1g以下である請求の範囲10に記載の医薬組成物。
【請求項14】
投与形態が固形剤である場合の組成物の成分の割合が、薬物が組成物全体に対して0.01%−95%であり、酸化エチレン誘導体が5%−99.99%、および/または薬物が0.1mg以上1g以下、酸化エチレン誘導体が50mg以上1g以下である請求の範囲10に記載の医薬組成物。

【国際公開番号】WO2004/028567
【国際公開日】平成16年4月8日(2004.4.8)
【発行日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−539528(P2004−539528)
【国際出願番号】PCT/JP2003/012237
【国際出願日】平成15年9月25日(2003.9.25)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】