説明

薬物徐放能を備えた抗血栓性材料

【課題】
細胞非接着性と薬物徐放能を備えた優れた抗血栓性材料を提供する。
【解決手段】
アルブミンとアルブミンに吸着することが知られている物質を混合し、アルブミン吸着物質を担持させる。このアルブミンに架橋処理を施した後、材料表面に塗布することで、材料表面全体を完全にアルブミン吸着物質を担持したアルブミンで被覆するための方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞、血液又は血液生成物に接触して用いられる医療用器具において、該器具の細胞、血液又は血液生成物に接触する表面がアルブミンで完全に被覆された、細胞非接着性、さらには薬物徐放能を備えた医療用器具又はその部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人工臓器、カテーテル、カニューレ等、血液と接触して用いられる医療材料は多数あり、その医療現場への貢献は計り知れない。しかし、このような血液と接触して用いられる医療用材料の解決すべき最重要課題として、材料が血液に接触すると速やかに材料表面で血が固まり血栓が形成されるという問題がある。よって、このような医療材料には、その表面で血が固まらないような性質、すなわち抗血栓性の付与が求められている。この血栓形成においては、血液中のフィブリノーゲンなどの蛋白質や血小板などの血球細胞の材料表面への吸着が関与している。血液中に大量に含まれているタンパク質である血清アルブミンの上にはタンパク質や細胞が接着しないという性質が知られていることから、医療用器具又はその部材の表面に、抗血栓性を付与する目的で、材料表面を血清アルブミンで被覆しようとする試みが検討されている。材料をアルブミン溶液に浸漬することにより、アルブミンを材料表面に吸着させる方法(非特許文献1)は、非常に簡便であるが、このアルブミンを吸着させた材料が血液と接触した際には、血液中に含まれる他のタンパク質がアルブミンの代わりに表面に吸着し、吸着していたアルブミンが脱離する吸着交換反応がおこる。また、医療用器具表面の材料の物性によってアルブミンの表面材料への吸着の程度が大きく異なるなどの問題もある。そこで、アルブミンと表面材料との親和性を高め、医療用器具の表面に、より強固にアルブミンを吸着させて、優れた抗血栓性を付与する研究が試みられている。特許文献1においては、まず、アルブミンと疎水性を有する物質を共有結合で結合して疎水性を付与したアルブミンを作製し、この疎水化アルブミンを用いて疎水性表面を有する医療用基材を被覆する方法を報告しているが、ここでのアルブミンと基材表面との結合は疎水結合を介した吸着であるため、完全に吸着交換反応を防止することはできないばかりか、材料表面全体を完全にアルブミンで被覆できているとは断言できず、アルブミンに被覆されていない部分の存在を否定できない。また、特許文献2においては、高分子材料表面を、アルブミン吸着性を有することが既に知られている色素(ブルーデキストラン)で表面コーティングしておき、この材料表面が血液と接触した時に、血液中のアルブミンがより優先的に材料表面に吸着されることを利用して、表面をアルブミンコーティングする方法が報告されている。当該方法も、吸着交換反応が完全には防止できず、また、材料表面全体が完全にアルブミンで被覆されていない点では同様である。このように、従来方法では、基材を完全に被覆できず、吸着交換反応によりアルブミンが基材表面から脱離してしまうため、アルブミンの持つ優れた細胞非接着性及び抗血栓性効果を持続的に十分利用できていなかった。しかも、これらの従来方法では、材料調整の手順が非常に煩雑であり、多くの労力を有するなどの難点がある。
【特許文献1】特開平9−291043
【特許文献2】特開平7−16291
【非特許文献1】Brash,Trans.Am.Soc.Artif.Int.Organs,p.69(1974)
【非特許文献2】「Chem Pharm Bull」第16巻、第601-605項、1968年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、アルブミンの優れた細胞非接着性及び抗血栓性が持続的に保持された表面を有する、細胞、血液又は血液生成物と接触使用する器具又はその部材を提供することにある。
本発明のもう一つの目的は、優れた抗血栓性を有すると同時に薬物徐放の機能も有する、細胞、血液又は血液生成物と接触使用する医療用器具又はその部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、アルブミンにポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いてアルブミンの架橋処理を行い、水分保持可能な可塑剤を添加した後、細胞、血液又は血液生成物と接触使用する器具又はその部材表面に架橋アルブミンを被覆したところ、アルブミンが本来有する細胞非接着性と多分子結合能を損なうことなく、材料表面全体を完全に架橋アルブミンで被覆することができるという知見を得た。さらに、アルブミンに吸着することが知られているアルブミン吸着物質を、アルブミンと混合してアルブミンに担持させた後、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤及び水分保持可能な可塑剤を用いて、材料表面に架橋アルブミンによる同様の被覆処理を施すことで、材料表面全体を完全に架橋アルブミンで被覆することができ、しかも架橋アルブミンが本来有する細胞非接着性と多分子結合能を損なわずに、長時間持続的にアルブミンに担持させたアルブミン吸着物質を持続的に徐放できるという知見を得た。
【0005】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材であって、細胞、血液又は血液生成物と接触する表面が、アルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されていることにより細胞非接着性及び/又は抗血栓性を有することを特徴とする部材。
(2) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材であって、細胞、血液又は血液生成物と接触する表面が、アルブミン吸着性物質を吸着により担持しているアルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されていることにより細胞非接着性及び/又は抗血栓性を有し、かつ上記アルブミン吸着性物質の徐放性を有することを特徴とする部材。
(3) 前記アルブミン吸着性物質が、アルブミン吸着性の生理活性物質であることを特徴とする、前記(2)に記載の部材。
(4) 前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載の部材。
(5) 前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載の部材。
(6) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載の部材を備えたことを特徴とする器具又は装置。
(7) 前記(6)に記載の医療用器具又は医療用装置。
(8) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材の製造方法であって、以下の(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする製造方法、
(a)アルブミン含有溶液にポリエポキシ化合物からなる架橋剤を添加して架橋処理する工程、
(b)工程(a)で得られた架橋アルブミン含有溶液に対して、水分保持可能な可塑剤を添加する工程、
(c)工程(b)で得られた架橋アルブミンと可塑剤を含有する溶液を用いて、上記部材の、細胞、血液又は血液生成物に接触する表面を被覆する工程。
(9) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材の製造方法であって、以下の(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする製造方法、
(a)アルブミン吸着性物質を、アルブミン含有溶液に添加して、アルブミンに担持する工程、
(b)工程(a)で得られたアルブミン吸着性物質が担持されたアルブミンを含有する溶液に、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理する工程、
(c)工程(b)で得られた架橋アルブミン含有溶液に対して、水分保持可能な可塑剤を添加する工程、
(d)工程(c)で得られた架橋アルブミンと可塑剤を含有する溶液を用いて、上記部材の、細胞、血液又は血液生成物に接触する表面を被覆する工程。
(10) 前記アルブミン吸着性物質が、アルブミン吸着性の生理活性物質であることを特徴とする、前記(9)に記載の部材の製造方法。
(11) 前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、前記(8)ないし(10)のいずれかに記載の方法。
(12) 前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、前記(8)ないし(11)のいずれかに記載の方法。
(13) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材を備えた器具又は装置の製造方法であって、前記(8)ないし(12)のいずれかに記載された方法を用いて当該部材表面が架橋アルブミンにより被覆されたことを特徴とする器具又は装置の製造方法。
(14) 前記(13)に記載された医療用器具又は医療用装置の製造方法。
(15) 細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材表面が、アルブミン吸着性物質を吸着により担持しているアルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されており、当該部材が細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される際に、当該部材表面からアルブミン吸着性物質を徐放する方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、細胞、血液又は血液生成物と接触使用する器具又はその部材の表面全体を完全にアルブミンで被覆することができる。また、アルブミン分子間は架橋反応により共有結合で強固に結合しているので、血液と接触した際、血液中のタンパク質との吸着交換による基材表面からの脱落の問題もない。基材表面上に被覆されたアルブミンは、架橋反応や材料表面への被覆処理後も本来アルブミンが保有している細胞非接着の性質を保持しており、優れた抗血栓性を長期間保持した細胞、血液又は血液生成物と接触使用する器具又はその部材を提供することができる。
【0007】
また、本発明によれば、基材表面に架橋アルブミンを溶液状態のまま被覆処理を施すので、種々の周知の被覆手段を採ることができ、複雑な形状を有する器具又はその部材であっても、また、種々の組成を有する器具又はその部材であっても完全にかつ持続的な被覆が達成できるため、幅広く種々の器具又はその部材に対して、細胞非接着性及び抗血栓性を付与することが可能である。
【0008】
さらに、本発明における架橋アルブミンは、本来アルブミンの有している細胞非接着性のみでなく、薬物を含めた多数の分子と吸着する能力も失わないため、本発明においては、アルブミン吸着性分子(抗血小板剤等)を吸着させたアルブミンに対し、同様の架橋反応を起こさせた溶液で各種器具又はその部材表面を被覆処理し、当該架橋アルブミンから徐放させることにより、更なる抗血栓性能の向上を計ることができる。
【0009】
なお、本発明の原料となる血清アルブミンは、生体由来のタンパク質であって、従来から細胞培養液中にも添加されることの多い物質であり、細胞に対する毒性などの心配も無い。また、近年、ヒト患者に投与可能な医薬品レベルの非常に高品質なヒト血清アルブミンもリコンビナント技術を利用して開発されており、アルブミンを原料とした医療材料は安全面においても非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、本来血清アルブミンが保有している細胞非接着性と多分子結合能を持続的に保持した架橋アルブミン被覆基材の作製であって、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤とアルブミン吸着分子を担持したアルブミンの反応液に少量の可塑剤を添加後、基材表面に被覆処理を施すことにより、その基材表面に細胞非接着性と薬物徐放能を付与し、優れた抗血栓性を提供することを特徴とする。
【0011】
本明細書において「アルブミン」とは、血清アルブミンを意味する。また、血清アルブミンは血清中のみならず、肺、心臓、腸、皮膚、筋肉や涙、汗、唾液、胃液、腹水などにも存在する事が知られており、血清由来のアルブミンに限定されない。
【0012】
「細胞非接着性」とは、天然のアルブミンが有しているアルブミン分子の上には細胞が接着しない性質のことを指し、当該「細胞非接着性」は、血液中の血小板、血球など血栓を形成するトリガーとなる細胞に対しても非接着性でもあることから、血液に対しては、「抗血栓性」と表現することもできる。
【0013】
また、本発明において「細胞」とは、典型的には、血液系の細胞である白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球)、赤血球、血小板であるが、付着性の株化された哺乳動物細胞、癌細胞、または、神経、内皮、皮膚、肺、筋肉、腎臓、肝臓、腸など由来の初代培養細胞や哺乳類の細胞以外も含めることができ、その生物種は問わない。例えば、昆虫細胞、植物細胞などであってもよく、細菌、酵母などの微生物細胞であってもよい。また、遺伝子導入した組み換え体細胞などであっても良い。
【0014】
「血液及び血液生成物」とは、血液そのものだけでなく、血液成分を分画する事により調整された血液成分の一部を含有している物であってもよい。また、ヒト由来の血液のみならず、他種の動物等の血液等も含める。
【0015】
本明細書において「細胞、血液又は血液生成物に接触して用いられる器具」としては、典型的には、抗血栓性を必要とする血液と接触して用いられる医療用器具であり、人工心臓、人工臓器、人工血管、コネクター、カテーテル、ステント、チューブ、血液回路、血液貯蔵用容器、透析膜、注射筒、注射針、人工透析器、血管カニューレ、シャント等の医療用器具があげられるが、医療用といえない場合であってもよい。たとえば、細胞、血液又は血液生成物に接触する可能性のある細胞解析用装置、検査キットなども含まれる。また、「その部材」としては、上記器具に用いられるチューブなどの部品もしくは当該器具の一部を指す。
【0016】
当該器具又はその部材の材料としては、医療用高分子材料として用いられるポリエステル、ポリスルホン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、シリコーン樹脂、ポリオレフィン、ポリメタクリル酸エステルなどが挙げられるがそれらに限定されない。使用される器具又はその部材の用途により要求される諸性能により適宜選択される。また、その形状は、平板状、チューブ状などの単純な形状に限定されることなく、各種医療用器具の内面のような複雑な形状であってもよい。
【0017】
本発明に用いられる架橋剤は、架橋反応後に親水性が付与される架橋剤のうちでも、特に複数のエポキシ基を有する架橋剤であるポリエポキシ化合物からなる架橋剤であり、たとえば、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等を用いることができる。中でも、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル(n=1〜8)、すなわちエチレングリコール繰り返し単位(n)が1〜8である場合のポリエチレングリコールジグリシジルエーテルが好ましい。nが増大するほど疎水的になるため、nが9以上の場合は、水分保持用の可塑剤を添加してもなお脆く、良好なしなやかさを保持した被覆膜が作製できなかった。
【0018】
また、本発明における可塑剤としては、水分保持可能なものであれば何でもよいが、親水性に優れたものが望ましい。特に、グリセリン、糖類、ポリエチレングリコールなどの高分子化合物等が好ましい。
【0019】
器具又はその部材表面上に本発明品を被覆する方法としては、通常の溶液のコーティング法を用いることができ、たとえば、スピンコーティング法、フローコーティング法、スプレーコーティング法、刷毛塗り、スポンジ塗り等が使用できる。
【0020】
本発明において「多分子結合能」とは、血清アルブミンが有する多数の物質を吸着させることができる性質のことであり、アルブミンと吸着可能な物質としてはラウリル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸などの脂肪酸、Mg2+、Ca2+、Mn2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+、Cd2+、Pb2+、Hg2+などの金属イオン、メチルオレンジ、bromocresol green 、2-(4’-phenylazo)-benzoic acid (以下、「HABA」と省略)などの色素と共に、医薬的組成物として用いられる生理活性物質である、ワーファリン、ジクロマロール、サリチル酸、フェニルブタゾン、ジギトキシン、イオパネート、クロフィブラート、トルブタミド、インドメタシン、スルファフェナゾール、クロロチアジド、クロルプロパミド、ジアゼパム、クロラゼプ酸、ノボビオシン、アセノクマリン、イブプロフェリン、シロスタゾールなどの薬剤が挙げられるがそれらに限定されない。特に医薬的組成物として用いられる生理活性物質をあらかじめアルブミンに吸着させることが好ましい。なお、HABAは、中性領域の水溶液中において単独では350nm近傍に吸収極大がある吸収スペクトルを示すが、アルブミンと吸着する事により、480nm近傍に新たな吸収体が出現する特性があり、HABAを利用してアルブミンの定量、変性機構、薬物も含めた種々の吸着物質との吸着性の研究が行われている物質であり(非特許文献2)、アルブミンに対する薬剤吸着解析において典型的なモデル物質となっているため、本発明の実施例では、アルブミン吸着性の生理活性物質の代替として、HABAを用いた。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げて説明するが、本発明はこれに限定されない。
(実施例1)
ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)をそれぞれ3%と215 mMの濃度で20mlのpH 7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解し、24時間、室温にて攪拌する事により架橋反応を行った。室温にて透析を行う事により未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルを除き、可塑剤としてグリセリンを143μl加えた後、PBSを用いて溶液量を30mlにメスアップした。
このようにして作製した混合溶液をポリプロピレン製の文具用ファイルの上にキャストし、室温にて一晩放置することにより、フィルムを作製した。架橋処理をしていないアルブミンから作製したフィルムは容易に水に溶解するが、この架橋処理を行ったアルブミンを用いて作製したフィルムは水に不溶性であった。
また、このフィルム上への細胞接着を検討するために、上記の混合溶液をろ過滅菌後、細胞培養用シャーレに加え、クリーンベンチ中にて一晩風乾することによりシャーレ上にフィルムを形成させた。この架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレにマウス繊維芽細胞株L929を4.8×104 cells/cm2の濃度で播種した。37℃、5%CO2の条件にて5時間培養後において、何もコーティングしていない細胞培養用シャーレには非常に多くの細胞接着が見られその接着率は87%であったが(図1-a参照)、架橋アルブミンフィルムコーティング細胞培養用シャーレ上には細胞の接着が見られなかった(図1-b参照)。このように、天然のアルブミンの有する細胞非接着性を保持した水に不溶性の透明アルブミンフィルムを作製することができた。
【0022】
(実施例2)
アルブミンに吸着する典型的なモデル物質として広く用いられている色素であるHABA(Wako社製)を選択し、ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)と共に、それぞれ1.3 mMと3%の濃度で20mlのpH 7.4のリン酸緩衝液(PBS)に溶解して、24時間、室温にて攪拌することでHABAをアルブミンに吸着させ、HABA担持アルブミンを得た。その後、HABA担持アルブミンにエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)を215 mMの濃度で添加し、24時間、室温にて攪拌することにより架橋反応を行った。
更に、室温にて透析を行う事により、未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルとアルブミンに吸着されていないHABAを除いた。得られた反応液に可塑剤としてグリセリンを0.5%の濃度になるように加えた。
このようにして作製したHABA担持架橋アルブミンの混合溶液をろ過滅菌後、3.5 cmの細胞培養用シャーレに1 ml加え、クリーンベンチ中にて一晩風乾することによりシャーレ上にコーティングした。
そして、このシャーレにマウス繊維芽細胞株L929を2.5×104 cells/cm2の濃度で播種した。37℃、5%CO2の条件にて5時間培養後において、何もコーティングしていない細胞培養用シャーレには非常に多くの細胞接着が見られたが(図2-a参照)、HABA担持架橋アルブミンで被覆された細胞培養用シャーレ上には細胞の接着が見られなかった(図2-b参照)。
このように、ポリエポキシ化合物によるアルブミンの架橋反応は、きわめてマイルドな条件で進行するため、架橋反応によって天然のアルブミンの有する細胞非接着性が損なわれることはなく、HABAを吸着した状態で架橋しても、細胞非接着性は損なわれないことがわかった。得られたHABA担持架橋アルブミンの被覆物は、HABAとの吸着も、細胞非接着性も保持している。
また、このような架橋反応後に被覆された架橋アルブミンは、細胞非接着性や吸着物質との吸着性など天然アルブミンが有している特性を全く失われていないので、本来の立体構造が保たれたままの状態で架橋されていると考えられる。すなわち、上記結果は、天然のアルブミンが有している、血液中の血小板、血球など血栓を形成するトリガー物質に対する非接着性も損なわれていないことを示すものでもあるから、架橋アルブミンの被覆物には当然に抗血栓性が期待できる。
【0023】
(実施例3)
ウシ血清アルブミン(SIGMA社製)とHABA(Wako社製)をそれぞれ3%と1.3 mMの濃度で20mlのpH 7.4のPBSに溶解し、24時間、室温にて攪拌することによりHABAをアルブミンに吸着させた。その後、HABA担持アルブミンにエチレングリコールジグリシジルエーテル(Wako社製)を215 mMの濃度で添加し、24時間、室温にて攪拌することにより架橋反応を行った。
更に、室温にて透析を行うことにより、未反応のエチレングリコールジグリシジルエーテルとアルブミンと吸着していないHABAを除いた。この透析処理の際、外液の一部を回収し、その吸光度を測定することにより、アルブミンと吸着しているHABAの量を求めた。得られた反応液に可塑剤としてグリセリンを0.5%の濃度になるように加えた。
このようにして作製した架橋アルブミンの混合溶液をろ過滅菌後、6cmの細胞培養用シャーレに加え、クリーンベンチ中にて一晩風乾することによりシャーレ上にコーティングした。このHABA担持架橋アルブミンで被覆された細胞培養用シャーレに酢酸緩衝液(pH=5、または、pH=6)、PBS (pH=7)を4ml加えた後、37度の恒温器に入れ、24時間毎に緩衝液を取り除きその350nmの吸光度を測定した。
なお、測定の度に新たな緩衝液を4ml加え、計6日間の測定を実施した。
図3に各pHにおけるHABA担持架橋アルブミンで被覆された基材からの外液へのHABAの徐放量の結果を示す。
図中において縦軸は、架橋アルブミンに吸着していたHABAが外液へと放出された割合の累積を示している。pHの上昇とともに、放出されるHABAの量が増加した。また、pH=6、7においては96時間後には、ほぼ一定に達していたが、pH=5においては、144時間後においてもまだなだらかな放出が見られた。
【0024】
このように、アルブミンに、アルブミンに吸着することが知られている物質を担持させた状態でポリエポキシ化合物による架橋反応を起こさせ、その架橋反応液で基材を被覆することにより、アルブミン吸着物質を基材表面から徐放させることが可能であることが分かった。
上記モデル物質HABAに代えて、従来からアルブミンに吸着させて患者に投与されていた各種の医薬用生理活性物質を吸着させることで、徐放性の医薬投与が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、特に抗血栓性を必要とする医療用器具に利用可能である。本発明を適用可能な医療用器具の具体例としては、人工臓器、人工血管、コネクター、カテーテル、ステント、チューブ、血液回路、血液貯蔵用容器、透析膜、注射筒、注射針、人工透析器、血管カニューレ、シャント等を例示できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の透明アルブミンフィルムが細胞非接着性であること:(実施例1) (b)は、実施例1で得られた、表面が透明アルブミンフィルムで覆われたシャーレであり、(a)は、何もコーティングされていない細胞培養用のシャーレである。
【図2】本発明のHABA担持架橋アルブミンで被覆した基材表面が細胞非接着性であること:(実施例2) (b)は、実施例2で得られた、表面が透明HABA担持アルブミンフィルムで覆われたシャーレであり、(a)は、何もコーティングされていない細胞培養用のシャーレである。
【図3】HABA担持架橋アルブミンで被覆した基材表面からのHABAの徐放(実施例3)異なるpHを有する緩衝液への徐放を観察した。(○;pH=5の緩衝液を使用、●;pH=6の緩衝液を使用、□;pH=7の緩衝液を使用)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材であって、細胞、血液又は血液生成物と接触する表面が、アルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されていることにより細胞非接着性及び/又は抗血栓性を有することを特徴とする部材。
【請求項2】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材であって、細胞、血液又は血液生成物と接触する表面が、アルブミン吸着性物質を吸着により担持しているアルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されていることにより細胞非接着性及び/又は抗血栓性を有し、かつ上記アルブミン吸着性物質の徐放性を有することを特徴とする部材。
【請求項3】
前記アルブミン吸着性物質が、アルブミン吸着性の生理活性物質であることを特徴とする、請求項2に記載の部材。
【請求項4】
前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の部材。
【請求項5】
前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の部材。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の部材を備えたことを特徴とする器具又は装置。
【請求項7】
請求項6に記載の医療用器具又は医療用装置。
【請求項8】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材の製造方法であって、以下の(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする製造方法、
(a)アルブミン含有溶液にポリエポキシ化合物からなる架橋剤を添加して架橋処理する工程、
(b)工程(a)で得られた架橋アルブミン含有溶液に対して、水分保持可能な可塑剤を添加する工程、
(c)工程(b)で得られた架橋アルブミンと可塑剤を含有する溶液を用いて、上記部材の、細胞、血液又は血液生成物に接触する表面を被覆する工程。
【請求項9】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材の製造方法であって、以下の(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする製造方法、
(a)アルブミン吸着性物質を、アルブミン含有溶液に添加して、アルブミンに担持する工程、
(b)工程(a)で得られたアルブミン吸着性物質が担持されたアルブミンを含有する溶液に、ポリエポキシ化合物からなる架橋剤を用いて架橋処理する工程、
(c)工程(b)で得られた架橋アルブミン含有溶液に対して、水分保持可能な可塑剤を添加する工程、
(d)工程(c)で得られた架橋アルブミンと可塑剤を含有する溶液を用いて、上記部材の、細胞、血液又は血液生成物に接触する表面を被覆する工程。
【請求項10】
前記アルブミン吸着性物質が、アルブミン吸着性の生理活性物質であることを特徴とする、請求項9に記載の部材の製造方法。
【請求項11】
前記ポリエポキシ化合物が、エチレングリコールジグリシジルエーテル、もしくは、エチレングリコール単位の繰り返し数が8以下であるポリエチレングリコールジグリシジルエーテルであることを特徴とする、請求項8ないし10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記可塑剤が、グリセリン、糖類又はポリエチレングリコールのいずれか1つであることを特徴とする、請求項8ないし11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材を備えた器具又は装置の製造方法であって、請求項8ないし12のいずれかに記載された方法を用いて当該部材表面が架橋アルブミンにより被覆されたことを特徴とする器具又は装置の製造方法。
【請求項14】
請求項13に記載された医療用器具又は医療用装置の製造方法。
【請求項15】
細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される部材表面が、アルブミン吸着性物質を吸着により担持しているアルブミンを原料としてポリエポキシ化合物からなる架橋剤により架橋処理された架橋アルブミンと、水分保持可能な可塑剤とを含有する溶液を用いて被覆されており、当該部材が細胞、血液又は血液生成物に接触して使用される際に、当該部材表面からアルブミン吸着性物質を徐放する方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−220687(P2008−220687A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−64017(P2007−64017)
【出願日】平成19年3月13日(2007.3.13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】