説明

薬物渇望抑制器具および薬物渇望抑制キット

【解決手段】 薬物渇望抑制キットKは薬物渇望抑制器具1とシリンジ2とを接続して使用し、薬物渇望抑制器具1は筒状のハウジング11と、ハウジング内に設けられて内部に擬似血液Bを収容した袋体12と、シリンジの先端部が連結されるとともに該シリンジを袋体内に連通させる連結部材13とを備えている。
擬似薬物Mを収容したシリンジを接続して上記プランジャを前進(擬似プライミング)させると、擬似薬物Mが袋体に流入して袋体が膨らみ(図2(b))、この状態から上記プランジャ4を後退させると、袋体12が萎むとともに袋体12から上記擬似血液Bがシリンジ2に逆流(フラッシュバック)するようになっている(図2(c))。
【効果】 医療従事者でない者や薬物依存者であっても安全に使用可能であり、薬物依存者に擬似的な薬物摂取行為を意識させることを通じて効果的に治療を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薬物渇望抑制器具および薬物渇望抑制キットに関し、具体的には薬物依存者の治療に用いる薬物渇望抑制器具および薬物渇望抑制キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、覚せい剤を始めとする薬物の反復乱用による薬物依存者の治療が行われているが、未だ治療方法は確立されておらず、さまざまな治療方法が試みられている。
このような治療方法として、薬物依存者に対して薬物の使用を意識させる条件刺激を与えておきながら、実際には薬物を摂取させないことを反復して、薬物依存者における条件刺激の意義を消失させ、条件反射を抑制しようとするものが提案されている(非特許文献1)。
この非特許文献1では、薬物依存者が薬物を入手してから薬物を実際に摂取する過程で、例えば薬物の売人の顔、薬物入りのパック、シリンジ等を見ることが条件刺激となり、これらが脳内に条件反射回路を作ることとなる。
このため、薬物依存者は薬物の摂取をしなくとも、薬物そのものや薬物の売人の顔、薬物入りのパック、シリンジ等を見ると、条件反射により薬物への渇望が発生するものと考えられている。
そしてこのような条件刺激を薬物依存者に与えつつ、実際には薬物の摂取させないことを反復すれば、上記条件刺激による意義が消滅して、条件反射による薬物への渇望を抑制できるものと期待されている。
ここで上記条件刺激のうち薬物依存者に大きな影響を及ぼすものとして、薬物依存者がシリンジを操作して薬物を摂取する行為そのものや、その際に穿刺針が血管に刺入されているか否かを確認するためにシリンジに血液を逆流(フラッシュバック)させ、これを視認するというものがある。
このような条件刺激を薬物依存者に与えて治療を行うには、シリンジに薬物に代えて生理的食塩水等をいれ、この生理食塩水を薬物依存者に摂取させたり、また上記シリンジに血液が逆流するのを視認させることが考えられる。
【非特許文献1】月刊「精神科」第8巻第6号、平成18年6月28日発行、「覚せい剤依存の特異性への対応」平井愼二著
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、薬物依存者に穿刺針を刺入することができるのは医師などの医療従事者に限られ、多数の薬物依存者にこれらの治療を行うには医療従事者にとって多大な労力および時間が必要となる。
また治療に穿刺針を使用するので、穿刺針による不慮の誤穿刺事故が発生しないとも限らない。
このような問題に鑑み、本発明は医療従事者でない者や薬物依存者本人であっても安全に使用することの可能な薬物渇望抑制器具および薬物渇望抑制キットを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
すなわち、請求項1の発明にかかる薬物渇望抑制器具は、筒状のハウジングと、このハウジング内に設けられて内部に擬似血液を収容した袋体と、上記ハウジングに設けられ、シリンジの先端部が連結されるとともに該シリンジを袋体内に連通させる連結部材とを備え、
上記袋体は、シリンジから上記連結部材を介して液体が供給された際にハウジング内で膨張され、また袋体内の擬似血液がシリンジ内に吸入された際に収縮されることを特徴としている。
【0005】
また請求項8の発明にかかる薬物渇望抑制キットは、請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具と、シリンジとを備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0006】
上記発明にかかる薬物渇望抑制器具および薬物渇望抑制キットによれば、シリンジより液体を供給すると袋体が膨張してシリンジ内の液体を収容するため、薬物依存者はシリンジの操作によって薬物依存者に薬物の摂取の摂取を擬似的に体験することができる。
また、シリンジを吸引すると袋体は収縮するとともに擬似血液がシリンジに逆流するため、薬物依存者はシリンジに擬似血液が逆流(フラッシュバック)することを視認することができる。
このように、本発明の薬物渇望抑制器具によれば穿刺針を用いることなく薬物依存者に条件刺激を与えることができるので、医療従事者によらなくとも安全に薬物依存者の治療を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下図示実施例について説明すると、図1は薬物依存者の治療に用いる薬物渇望抑制器具1と、該薬物渇望抑制器具1に連結したシリンジ2とからなる薬物渇望抑制キットKを示している。
まず、上記シリンジ2は後述する擬似薬物Mを収容する本体部3と、該本体部3に対して進退動可能に設けられたプランジャ4とから構成されている。上記本体部3の先端には縮径された連結部3aが形成されているものの、穿刺針は設けられていない構成となっている。
また本体部3は透明な部材で製造されており、薬物依存者が内部の擬似薬物Mや擬似血液Bを視認することが可能となっている。
【0008】
次に、上記薬物渇望抑制器具1は、筒状のハウジング11と、このハウジング11内に設けられるとともに擬似血液Bを収容した袋体12と、ハウジング11に設けられるとともに上記シリンジ2の連結部3aが連結される連結部材13とを備えている。
上記ハウジング11は有底筒状の部材であって、不透明な素材で製造されているか、または外部に不透明な塗装が施されている。このため、ハウジング11の外部からは内部の袋体12やさらにその内部の擬似血液Bを視認できないようになっている。
薬物渇望抑制器具1は穿刺針に代えてシリンジ2に装着されるものであり、ハウジング11の形状は極力細長い形状を有するのが望ましく、先端形状は医療従事者や薬物依存者の安全を考えて平坦とされている。
また、ハウジング11の内部には上記袋体12との間に所要の空間Sが形成されており、後述するように袋体12に擬似薬物M等が流入する際には、該袋体12の膨らみを許容するようになっている。
さらに、上記空間Sの形成されている位置には貫通孔11aが設けられており、ハウジング11の外部と空間Sとを相互に連通させ、上記袋体12が膨らむと空間Sの空気を排出して、袋体12の膨らみを阻害しないようにしている。
【0009】
上記袋体12は上記ハウジング11の後端の開口部側に向けて開口しており、その内部には擬似血液Bとして赤色インクを収容している。
またこの袋体12はポリエチレン、ポリプロピレン等の弾性を有していない材料で製造されており、自ら収縮しないことで貯溜した擬似血液Bを外部に排出しないようになっている。
さらに、薬物渇望抑制器具1の未使用状態において、袋体12は若干萎んだ状態となっている。換言すると、袋体12には擬似血液Bが完全に満たされておらず、袋体12にシリンジ2内の擬似薬物Mを供給すると、袋体12は膨らむようになっている。
【0010】
上記連結部材13は、上記ハウジング11の開口部に固定され、該連結部材13の後端部には上記シリンジ2の連結部3aが接続されている。また連結部材13における上記ハウジング11の内部に突出した部分には上記袋体12の開口部が液密に接着固定されている。
さらに、連結部材13の中央には連通孔13aが設けられており、また連結部材13の先端には該連通孔13aに連通する管状のチューブ14が設けられている。これら連通孔13aおよびチューブ14によりシリンジ2と袋体12とは相互に連通するようになっている。
上記チューブ14の先端は袋体12の先端部近傍まで設けられており、ハウジング11の後端部を上方に向けて使用すれば袋体14内の気体が浮上するため、その状態でシリンジ2により袋体12内部の液体を吸引しても、この気体がチューブ14を介してシリンジ2に流入することはない。
また、上記連結部材13には、上記シリンジ2を接続しない不使用状態において所要のキャップ15(図2参照)を装着することが可能となっており、袋体12の擬似血液Bが流出するのを防止することができる。
【0011】
以下、図2を用いて薬物渇望抑制キットKを用いた薬物依存者の治療方法について説明する。この治療方法は医療従事者や医療従事者でない者が薬物依存者に対して行うことも可能であり、また薬物依存者自らが行うことも可能となっている。以下、薬物依存者が自ら使用するものとして説明する。
図2(a)は、上記シリンジ2に擬似薬物Mを準備するとともに、薬物渇望抑制器具1を使用可能にする様子を示している。
最初に、シリンジ2には薬物渇望抑制器具1が接続されておらず、またプランジャ4は本体部3より離脱し、本体部3には何も収容されていない状態となっている。
この状態から、最初に薬物依存者はシリンジ2の本体部3の後端部より粉末状の薬物を模した適量の塩等を投入し、続いて本体部3の後端部よりプランジャ4を装着する(この作業については図示せず)。
次に、薬物依存者は投入した粉末状の擬似薬物が接続部3aより落下しないようにしながら、溶解液、例えば生理食塩水を貯溜した所要の容器に本体部3の接続部3aを挿入し、プランジャ4を後退させて所要の生理食塩水を本体部3に吸引する。
そして、薬物依存者はシリンジ2の先端を上方に向けて内部の生理食塩水等が漏れないようにし、さらにシリンジ2を回転させることで粉末状の擬似薬物と生理食塩水とが混合され、液状の擬似薬物Mを得る。
一方、薬物渇望抑制器具1の連結部材13には袋体12内の擬似血液Bの流出を防止するためのキャップ15が装着されている。
この状態から、薬物依存者はハウジング11の先端を下方、すなわちキャップ15を上方に位置させた状態で、薬物渇望抑制器具1を数回たたき、袋体12内部の擬似血液Bを下方に移動させる。
そしてこの一連の作業において、粉末状の擬似薬物やシリンジ2を見たり、またシリンジ2に擬似薬物Mを準備することは、薬物依存者にとって条件刺激であり、薬物への渇望を起こさせるものとなる。
【0012】
図2(b)は、上記シリンジ2を薬物渇望抑制器具1に接続するともに、擬似プライミングを行う様子を示している。
具体的には、まず上記薬物渇望抑制器具1からキャップ15を取り除き、シリンジ2の連結部3aを上記連結部材13に接続する。
このとき、上記図2(a)の作業でシリンジ2に生理食塩水を吸引する際、シリンジ2の内部に気体が入り込む場合があるが、実際の薬物摂取の際にはこの気体が体内に流入するのを防止するため、この気体を除去するプライミングを行う必要がある。
ここでは、このプライミングを模して擬似プライミングを行うようになっており、実際の操作と同様、薬物依存者はプランジャ4を若干前進させる。その結果、シリンジ2内の気体と一部の擬似薬物Mが連結部材13およびチューブ14を介して袋体12に流入する。
これにより袋体12は上記気体および擬似薬物Mの流入によって若干膨らみ、一方ハウジング11の空間Sは減少して、その分の気体はハウジング11に形成された貫通孔11aより排出される。
このように空間Sより気体を排出すれば、該空間Sが陽圧になることはないため、袋体12の膨らみが阻害されるが防止され、プランジャ4の前進が阻害されないこととなる。
そしてこの作業において、擬似プライミングを行うことは、薬物依存者にとって条件刺激であり、薬物への渇望を起こさせるものとなる。
【0013】
図2(c)は、薬物依存者に擬似的なフラッシュバックを視認させる様子を示している。
具体的には、まず薬物依存者は連結した薬物渇望抑制器具1およびシリンジ2を上記ハウジング11の先端を下方に向けたまま、ハウジング11の先端で静脈近傍の皮膚を押圧する。これにより薬物依存者は穿刺針を血管に刺入する行為を体感することができる。
次に薬物依存者はハウジング11の先端を皮膚に接触させたまま、シリンジ2のプランジャ4を後退させる。するとシリンジ2内部は負圧となり、上記連結部材13およびチューブ14を介して袋体12の内部の擬似血液Bが吸引され、袋体4は収縮される。
そして、吸引された擬似血液Bはシリンジ2内に流入し、擬似血液Bが赤色に着色されていることから、薬物依存者はシリンジ2の内部に擬似血液Bの逆流(フラッシュバック)を視認することができる。
血液のフラッシュバックを視認することは、薬物依存者が実際に薬物の摂取を行う際に、シリンジの穿刺針が静脈に刺入されているか否かを確認するために行うものであり、薬物依存者に与える条件刺激としては特に大きなものと考えられている。
このように、擬似血液Bのフラッシュバックを視認することは、薬物依存者にとって大きな条件刺激であり、より大きな薬物への渇望を起こさせるものとなる。
【0014】
この図2(c)における作業において、上記チューブ14は袋体12の先端部近傍まで設けられており、また薬物渇望抑制器具1を下方に向けて使用することから、図2(b)の擬似プライミングの際に袋体12に流入した気体は該袋体12の上方に浮上している。
このため、プランジャ4を後退させると袋体12の下方に貯溜される擬似薬物Mだけが吸引され、気体がシリンジ2に逆流することはないので、より現実に近い形でフラッシュバックの疑似体験を行わせることができる。
また、薬物依存者によっては、このフラッシュバックを何度も視認するため、複数回にわたってプランジャ4を往復動させる場合がある。
この場合も、プランジャ4を前進させれば擬似薬液が袋体4に流入し、プランジャを後退させれば擬似血液がシリンジに逆流するので、薬物依存者に何度でもフラッシュバックを視認させることが可能である。
【0015】
図2(d)は、薬物依存者がプランジャ4を最後まで押圧して、薬物の摂取を疑似的に行う様子を示している。
プランジャ4を最後まで押圧すると、シリンジ2内の擬似薬物Mおよび擬似血液Bは連結部材13およびチューブ14を介して袋体12に流入し、袋体12は膨らむこととなる。
袋体12は擬似血液Bおよび擬似薬物Mを収容可能な容積であるとともに、予め収縮した状態となっているので、擬似薬物Mが供給されてもこれら全てを収容することができる。
一方、袋体12が膨らむことで、上記ハウジング11に形成された空間Sの体積が減少するが、空間Sの気体は上記貫通孔11aより排出され、プランジャ4の押圧が阻害されることはない。
そして、プランジャ4を押圧させる動作は、薬物依存者にとって条件刺激となり、自律神経に変調を及ぼすこととなるが、実際には薬物の摂取がされず、薬物依存者は薬物そのものによる高揚感等を得ることはできない。
【0016】
その後、このような上記治療方法を繰り返すことにより、上記操作によって生じる条件刺激が与えられても、実際の薬物による高揚感等が得られないので、これら条件刺激の意義が消滅してゆく。
そして条件反射による薬物への渇望を抑制することが、薬物依存者の治療につながることとなる。
また、上記治療方法では穿刺針を使用しないことから、本来なら穿刺針による刺入を認められていない医療従事者以外の者であっても、上記治療を行うことができる。
さらに、穿刺針が設けられていないので、薬物依存者本人での使用も可能であり、自らが上記操作を行うことで、医療従事者が行うよりもより効果的に治療効果を上げることができる。
【0017】
なお、上記実施例では薬物渇望抑制器具1のハウジング11の先端は略平坦となっているが、該先端に凸形状を設けて、上記図2(c)(d)におけるハウジング11の先端を薬物依存者の皮膚に押圧させると、薬物依存者に穿刺痛に近い感覚を与えることができ、これにより条件刺激を与えることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施例にかかる薬物渇望抑制キットの断面図。
【図2】薬物渇望抑制キットを用いた治療方法を説明する図。
【符号の説明】
【0019】
1 薬物渇望抑制器具 2 シリンジ
3 本体部 4 プランジャ
11 ハウジング 11a 貫通孔
12 袋体 13 連結部材
14 チューブ B 擬似血液
K 薬物渇望抑制キット M 擬似薬物
S 空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状のハウジングと、このハウジング内に設けられて内部に擬似血液を収容した袋体と、上記ハウジングに設けられ、シリンジの先端部が連結されるとともに該シリンジを袋体内に連通させる連結部材とを備え、
上記袋体は、シリンジから上記連結部材を介して液体が供給された際にハウジング内で膨張され、また袋体内の擬似血液がシリンジ内に吸入された際に収縮されることを特徴とする薬物渇望抑制器具。
【請求項2】
上記連結部材にチューブが設けられ、上記シリンジはチューブを介して袋体内に連通することを特徴とする請求項1に記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項3】
上記チューブの先端部は、袋体の先端部に隣接した位置まで伸びていることを特徴とする請求項2に記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項4】
上記袋体は、弾性を有していない材料で製造されていることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項5】
上記ハウジングに貫通孔を穿設し、上記袋体の膨らみを許容する空間の空気を排出可能としたことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項6】
ハウジングを不透明に製造したことを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項7】
ハウジングの先端に凸形状を設けるとともに使用時には該凸形状が使用者に押し当てられることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具。
【請求項8】
上記請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の薬物渇望抑制器具と、シリンジとを備えたことを特徴とする薬物渇望抑制キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−95424(P2009−95424A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−268142(P2007−268142)
【出願日】平成19年10月15日(2007.10.15)
【出願人】(504136993)独立行政法人国立病院機構 (37)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】