蘚類の栽培方法
【目的】蘚類を短期間で量産する。
【構成】スナゴケやハイゴケなどの蘚類の植物体の一部を種苗として多数採取し、この多数の種苗を基材の表面に略均等に配置する。この基材に対し、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を噴霧等しながら適用し、それによって種苗を育成すると、基材において蘚類を短期間で量産することができる。基材において育成された蘚類は、基材から分離して土壌緑化等の目的として利用可能である。また、蘚類が生育した基材は、そのまま緑化材として活用することもできる。
【構成】スナゴケやハイゴケなどの蘚類の植物体の一部を種苗として多数採取し、この多数の種苗を基材の表面に略均等に配置する。この基材に対し、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を噴霧等しながら適用し、それによって種苗を育成すると、基材において蘚類を短期間で量産することができる。基材において育成された蘚類は、基材から分離して土壌緑化等の目的として利用可能である。また、蘚類が生育した基材は、そのまま緑化材として活用することもできる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蘚類の栽培方法、特に、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、この種苗から蘚類を栽培する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
苔は、他の植物が枯死するような厳しい環境下、特に、枯渇下や気候変動下においても生命力が強いという特徴、生育において土壌を必要としないという特徴、肥料や農薬の付与により生命維持を図る必要がないという特徴および特別な手入れが必要ではないという特徴等の種々の有利な特徴を有するため、芝やその他の植物に代わる、環境負荷の少ない緑化用植物としての活用が模索されている。そして、例えば特許文献1において、苔を用いた緑化用基板が既に提案されている。
【0003】
ところが、苔は、自然環境での生育速度が非常に遅いため、緑化用植物としての活用を進めるためには短時間で大量に栽培することが必要であり、そのための手法が検討されている。
【0004】
苔の栽培方法として、非特許文献1には、無機培養液または有機培養液を用いる方法が記載されている。ここで用いられる無機培養液は、アンモニウム塩(硝酸塩、硫酸塩およびリン酸塩等)、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属塩(硝酸塩、硫酸塩および塩化物等)、カリウムやナトリウムなどのアルカリ金属塩(硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩および塩化物等)および鉄塩(硫酸塩、塩化物およびクエン酸塩等)などの主として無機塩類を水に溶解したものである。一方、有機培養液は、無機培養液に対し、糖類(ショ糖やグルコース)、酵母抽出液、ココナツミルク、各種の成長物質(植物ホルモン)やアミノ酸類を適宜添加したものである。しかし、この方法は、苔の研究を目的とした培養方法に関するものであるため、生育速度や量産性の点で、緑化用植物として用いる苔の栽培方法としては不十分なものである。また、この方法は、蘚類の種類によっては蘚類を死滅させることがあり、栽培可能な蘚類の範囲が限られる。
【0005】
【特許文献1】特許第2863987号公報
【非特許文献1】実験生物学講座1、生物材料調製法、江上信雄、勝見允行編、丸善株式会社、1982年5月、223−226頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、苔の一種である蘚類を、短期間で量産できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る蘚類の栽培方法は、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、種苗を配置した基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、種苗を育成する工程とを含んでいる。
【0008】
この栽培方法において、培養液は、例えば、噴霧して基材に対して適用する。また、この栽培方法では、通常、基材に配置した種苗が発芽するまでの段階では自然光を実質的に遮光した暗環境に基材を安置し、それ以後は自然光の照射を受け得る明環境に基材を安置する。
【0009】
本発明に係る緑化材の製造方法は、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、種苗を配置した基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、種苗を育成する工程とを含んでいる。
【0010】
この製造方法において利用可能な基材は、例えばタイルカーペットである。
【0011】
本発明に係る蘚類は、蘚類の植物体の一部を種苗として栽培されたものであり、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の含有量が種苗の少なくとも10倍である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る蘚類の栽培方法は、蘚類の植物体から採取した種苗を基材の表面に配置し、この種苗を特定の培養液を用いて育成しているため、基材において蘚類を短期間で量産することができる。
【0013】
本発明に係る緑化材の製造方法は、蘚類の植物体から採取した種苗を基材の表面に配置し、この種苗を特定の培養液を用いて育成しているため、環境緑化のために利用可能な緑化材を短時間で量産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の栽培方法の対象となるのは、苔植物を総称する蘚苔類の一部の蘚類である。蘚苔類は、蘚類、苔類(例えば、ゼニゴケやツボミゴケなど)およびツノゴケ類の三種類に大別されるものであるが、蘚類は、葉に中肋とよばれる主脈状の細胞群を有する特徴があり、この特徴において苔類やツノゴケ類と区別される。本発明において蘚類を栽培対象とするのは、苔類やツノゴケ類に比べて蘚類が乾燥に強く、緑化用植物、特に、散水が困難な都市部の緑化用植物として適しているためである。
【0015】
栽培の対象となる蘚類は、特に限定されるものではないが、例えば、スナゴケ、ハイスナゴケ、エゾスナゴケ、シモフリゴケ、クロカワキゴケ、キスナゴケ、ヒメスナゴケ、ミヤマスナゴケ、ナガエノスナゴケ、チョウセンスナゴケ、マルバナスナゴケ等のシモフリゴケ属(Rhacomitrium Bird.)、トヤマシノブゴケ、ヒメシノブゴケ、オオシノブゴケ、コバノエゾシノブゴケ、エゾシノブゴケ、アオシノブゴケ、チャボシノブゴケ等のシノブゴケ属(Thuidium B.S.G)、コウヤノマンネングサ、フロウソウ等のコウヤノマンネングサ属(Climacium Web. et Mohr)、カモジゴケ、シッポゴケ、オオシッポゴケ、チャシッポゴケ、チシマシッポゴケ、アオシッポゴケ、ナミシッポゴケ、ナガシッポゴケ、ヒメカモジゴケ、コカモジゴケ、タカネカモジゴケ、フジシッポゴケ、カギカモジゴケ、ナスシッポゴケ等のシッポゴケ属(Dicranum Hedw.)、ハイゴケ、オオベニハイゴケ、ヒメハイゴケ、チチブハイゴケ、フジハイゴケ、ハイヒバゴケ、イトハイゴケ、キノウエノコハイゴケ、キノウエノハイゴケ、ミヤマチリメンゴケ、ハイサワラゴケモドキ、タチヒラゴケモドキ、エゾハイゴケ等のハイゴケ属(Hypnum Hedw.)、ヒノキゴケ、ヒロハヒノキゴケ、ハリヒノキゴケ等のヒノキゴケ属(Rhizogonium Brid.)等を挙げることができる。
【0016】
このうち、スナゴケ等のシモフリゴケ属は、太陽光の直射に対して特に強く、落葉がないため、緑化用に特に適しており、また、炭酸ガスの固定能力にも優れている。
【0017】
本発明の栽培方法では、先ず、山間部や河川敷等において自生している蘚類の植物体の一部を種苗として採取する。ここで採取する必要のある種苗は、蘚類の植物体の部位を問わないが、通常は植物体(配偶体)の先端部である。また、種苗は、葉のみであってもよいし、茎を含む葉であってもよい。目的の種苗は、自生している蘚類の一部を摘み取ったり、蘚類の一部をナイフ等で切り取ったりすることで採取することができる。また、蘚類は群生していることが多いため、群生している蘚類の先端部を芝刈の要領でバリカンなどを用いて刈り取ると、大量の種苗を効率的に採取することができる。なお、自生している蘚類は、これらの方法で種苗を採取しても枯死しにくく、むしろ活性が高まって繁殖が促進されることが多い。したがって、自生している蘚類から本発明の栽培方法のために種苗を採取しても、自然環境を損ないにくい。
【0018】
また、本発明の栽培方法では、本発明の栽培方法または他の栽培方法により栽培した蘚類の植物体の一部を種苗として用いることもできる。
【0019】
次に、採取した種苗を基材の表面に配置する。ここで用いられる基材は、材質が限定されるものではなく、例えば、有機質または無機質の繊維(例えば、織布や不織布)、木質材料、紙、樹脂、ゴム、石材、コンクリート、金属、ガラスおよびセラミック等の各種の材料からなるものである。また、種苗を固定する基材の表面は、多孔性であってもよいし、平滑であってもよい。さらに、基材の形状は、板状やブロック状などの様々な形状に設定することができる。例えば、栽培された蘚類を表面に有する基材を緑化材としてそのまま利用する場合、基材は、緑化材の使用目的に適応した様々な形状に設定することができる。
【0020】
基材の表面に種苗を配置する方法としては、基材の表面に種苗をそのまま単純に配置する方法(方法1)や、接着剤を用いて基材の表面に種苗を固定する方法(方法2)を採用することができる。方法1の場合、配置した種苗が飛散するのを防止するため、配置した種苗を覆うように、基材の表面に通気性・通水性を有するシートを配置してもよい。ここで用いられるシートは、種苗からの発芽を阻害しない程度の目合の網状のものが好ましい。網状のシートとしては、例えば、防虫網として用いられるダイオ化成株式会社の商品名「ダイオサンシャイン9010」(目合:約2mm×2mm)を挙げることができる。方法1は、通常、種苗から成長する仮根により基材に対して種苗が保持されやすい基材、すなわち、表面が多孔性の基材の場合において採用される。方法2の場合において利用可能な接着剤としては、例えば、糊、シリコーン樹脂系接着剤、アクリル樹脂系接着剤およびエポキシ樹脂系接着剤などを挙げることができる。方法2は、通常、表面が平滑な基材の場合において採用される。
【0021】
この工程において、種苗は、蘚類の種類に応じ、基材の表面において適当な間隔若しくは密度で点在するよう均等に配置するのが好ましい。例えば、スナゴケの種苗の場合、5〜20mm程度の大きさ(長さ)の種苗を選択し、この種苗を80〜150個/10cm2程度の割合で基材の表面に等間隔で配置するのが好ましい。また、ハイゴケの種苗の場合、30〜70mm程度の大きさ(長さ)の種苗を選択し、この種苗を5〜10個/10cm2程度の割合で基材の表面に等間隔で配置するのが好ましい。
【0022】
基材へ配置する種苗は、予め植物ホルモン剤を適用しておくこともできる。植物ホルモン剤としては、市販の各種のものを用いることができるが、オーキシン、サイトカイニンおよびジベレリン等の植物成長ホルモン剤、特に、ジベレリンを用いるのが好ましい。なお、適用する植物ホルモン剤は、高濃度であると種苗を枯らしてしまう可能性があるため、低濃度に設定するのが好ましい。
【0023】
次に、基材を安置し、この基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用しながら種苗を育成する。ここで用いられる培養液は、植物の生育に必要な要素、すなわち、窒素、リン酸およびカリウムを必須成分として含み、さらに、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む水溶液である。
【0024】
この培養液において、窒素、リン酸およびカリウムの必須要素は、通常、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウムおよびリン酸アンモニウム等の塩またはキレートとして培養液に含まれる。また、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素も、塩またはキレートとして培養液に含まれる。ここで利用可能な各元素の塩としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、塩化物塩およびシュウ酸などの有機塩等を挙げることができる。各元素の塩は、二種以上のものが併用されてもよい。一方、各元素のキレートを形成するキレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸を用いることができる。
【0025】
また、培養液は、蘚苔類を培養するための培養液において用いられる、上記元素以外の元素の塩を含んでいてもよい。上記元素以外の元素の塩としては、例えば、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属、ナトリウムなどのアルカリ金属および鉄等の硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩および塩化物塩等を挙げることができる。さらに、培養液は、その他の元素の塩、例えば、アルミニウム、亜鉛および銅の硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、塩化物塩およびケイ酸塩等を含んでいてもよい。
【0026】
培養液におけるマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の濃度は、特に限定されるものではないが、通常、元素換算濃度で0.01〜100mg/lに設定するのが好ましく、0.1〜50mg/lに設定するのがより好ましい。各元素の濃度が100mg/lを超えると、種苗の発芽、生長が却って損なわれる可能性がある。
【0027】
基材に対して上述の培養液を適用する方法は、基材の表面に配置した種苗を培養液で湿潤状態に設定することができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、基材の表面が湿潤する程度に培養液中に基材を浸漬する方法(適用方法1)や、基材に対して定期的に、例えば一週間毎や一ヶ月毎に培養液を噴霧する方法(適用方法2)を採用することができる。適用方法1の場合、培養液は、基材または種苗への吸収や蒸発により徐々に減少し、成分濃度が変動するため、上記濃度が維持されるように培養液または水を適宜追加するのが好ましい。この際、基材に対して培養液または水を適宜噴霧することで培養液または水を追加することもできる。一方、適用方法2の場合、培養液による基材の表面の湿潤状態が維持されるようにする必要があるため、培養液を噴霧していない期間において定期的に、例えば数時間毎や一日毎に、基材に対して水を噴霧するのが好ましい。
【0028】
なお、培養液の適用方法は、通常、種苗が大気中の酸素を取り込み易いことから、適用方法2によるのが好ましい。
【0029】
基材に配置した各種苗は、基材に対して適用された培養液から滋養を得て発芽し、生育する。ここで、各種苗は、発芽後の暫くの間は主に高さ方向への生長が進行するが、徐々に分岐したり胞子を放出したりして平面方向へも増殖するようになる。この結果、基材は、種苗を配置した表面全体に蘚類が密生した状態になる。
【0030】
本発明では、培養液として上述のような特定の元素を含むものを用いているため、基材上での種苗の生育速度を効果的に高めることができ、短時間で蘚類を量産することができる。因みに、本発明の方法でスナゴケの種苗を栽培した場合、高さ方向へ5mm程度生長するまでに要する時間が約3週間であり、これは、自然環境下でスナゴケが高さ方向へ5mm生長するのに約6ヶ月を要するといわれることによると、約8倍の生長速度である。
【0031】
基材に配置した種苗の生育過程においては、基材に向けて超音波を発信するのが好ましい。この場合、超音波を受けて種苗が活性化し、種苗の発芽および生育、特に発芽が効果的に促進されるので、より短時間で蘚類を量産することができる。
【0032】
ここで用いる超音波は、通常、周波数が10〜50kHz、好ましくは20〜40kHzのものである。このような超音波は、市販の超音波発信機やオーディオシステムを用いることで、基材に向けて発信することができる。この際、圧電素子やスピーカーへ入力する電圧(ピーク間電圧)は5〜100Vに設定するのが好ましく、10〜50Vに設定するのがより好ましい。基材に向けた超音波の発信は、種苗の育成期間の全体に渡って連続的に実行してもよいし、一定時間毎に発信と停止を繰り返すことで断続的に実行してもよい。
【0033】
なお、培養液の適用方法1を採用する場合、超音波は、培養液中で伝播させることで基材に向けて発信することもできる。但し、キャビテーションが発生すると栽培中の蘚類が死滅する可能性があるため、キャビテーションが発生しないように超音波の出力を調節する必要がある。
【0034】
本発明の栽培方法において、基材に配置した種苗を育成する工程は、種苗の光合成が妨げられない環境、例えば、自然光の照射を受ける明環境であって、望ましくは15〜28℃、特に望ましくは18〜25℃程度の温度環境下で基材を安置して実施するのが好ましい。ここでの明環境は、自然光の一部を遮光した環境でもよい。遮光の程度は、蘚類の種類に応じて設定することができる。例えば、スナゴケの場合は遮光率を5〜55%に設定することができ、ハイゴケの場合は遮光率を40〜70%に設定することができる。但し、種苗が発芽するまでの初期段階においては、自然光を実質的に遮光した暗環境、特に、自然光を75〜95%遮光した暗環境下に基材を安置するのが好ましい。このようにすれば、種苗の発芽が促進され、蘚類をより短期間で栽培することができる。特に、暗環境下に安置した基材に向けて上述の超音波を発信すると、種苗の発芽がより促進され、蘚類の栽培効率を高めることができる。
【0035】
本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、基材から分離して用いられてもよいし、基材に配置されたままの状態で用いられてもよい。例えば、基材として表面が平滑な材料、例えばガラスや金属を用いた場合は、生育した蘚類を基材の表面から容易に剥ぎ取って分離することができる。このようにして基材から分離した蘚類は、土壌面に直接配置することができるため、土壌緑化や造園などの目的に活用することができる。一方、基材として表面が多孔質な材料を用いた場合、生育した蘚類は基材の表面に絡まり付いて安定に保持されていることが多いため、各種の緑化材、例えば、建物の屋上や外壁面、道路側壁、道路の中央分離帯、河川の護岸面および法面等の緑化を図るための材料としてそのまま利用することができる。したがって、本発明に係る蘚類の栽培方法は、同時に緑化材の製造方法でもある。
【0036】
蘚類が生育した基材を緑化材としてそのまま用いる場合、本発明の栽培方法若しくは製造方法において、基材としてタイルカーペット、特に、使用済みの廃タイルカーペットを用いるのが好ましい。タイルカーペットは、通常、ポリ塩化ビニル樹脂シート層の表面に繊維層を積層したものであるため、繊維層側に種苗を配置して育成すると、蘚類が繊維層の全面に密生した状態になり易い。そして、この緑化材は、形状安定性と可撓性とを兼ね備え、しかも軽量であるため、緑化対象物に対して大きな負荷や荷重を掛けずに緑化を図ることができる。また、この緑化材は、ポリ塩化ビニル樹脂シート層が遮光性を有するため、土壌表面に対して適用した場合は土壌からの雑草の生育を抑えて蘚類による効果的な土壌緑化を図ることができる。
【0037】
廃タイルカーペットは、通常、ポリ塩化ビニル樹脂シート層と繊維層とを分離し、両者が別々に廃棄処分またはリサイクル活用されているが、本発明の緑化材の製造方法において利用すると、上述のような有意義な緑化材として効率的にリサイクル活用することができる。
【0038】
本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、培養液に含まれるマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を吸収しているため、栽培において用いた種苗と比較した場合、これらの元素の含有量が少なくとも10倍になる。
【0039】
また、本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、人間や動物に対して肉体的および精神的な静穏化作用(ストレス沈静化作用)を与えることができる。栽培された蘚類は、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの含有量が多いため、これらの元素がストレス沈静化作用に何らかの関与をしているものと考えられる。
【実施例】
【0040】
以下の実施例および比較例で用いた水道水は、岐阜県羽島市の水道水を放置してカルキを除去したものである。
【0041】
実施例1
木曽川河川敷に自生するスナゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が5〜8mm程度の種苗を多数採取した。この種苗を板状のすりガラスの表面に固定し、種苗固定基材を作成した。ここでは、すりガラスの表面に100個/10cm2程度の割合で、シリコーン系接着剤を用いて種苗を固定した。
【0042】
一方、硝酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、珪酸ナトリウム(Na4SiO4)、塩化第一鉄(FeCl2・4H2O)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、硫酸マンガン(MnSO4・4H2O)、硝酸ニッケル(Ni(NO3)2・6H2O)、硫酸ストロンチウム(SrSO4)、硫酸銅(CuSO4・5H2O)、硝酸アルミニウム(Al(NO3)3・9H2O)、塩化亜鉛(ZnCl2)および硝酸カリウム(KNO3)を純水に溶解し、表1に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。
【0043】
次に、種苗固定基材の表面に対して培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を90%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を50%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら38日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧していない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。
【0044】
比較例1
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点を除き、実施例1と同様にして種苗を栽培した。
【0045】
比較例2
硝酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、硝酸カリウム(KNO3)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)およびリン酸二水素カリウム(KH2PO4)を純水に溶解し、表1に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。この培養液は、「実験生物学講座1、生物材料調製法、江上信雄、勝見允行編、丸善株式会社、1982年5月」(先に挙げた非特許文献1)の224頁の表に記載された、蘚類原糸体の培養に用いられるPringsheim液に該当するものである。培養液としてこの培養液を用いた点を除き、実施例1と同様にして種苗を栽培した。
【0046】
【表1】
【0047】
評価A
実施例1および比較例1、2で育成された種苗について、次の項目を評価した。
(発芽数)
栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図1に示す。栽培開始から26日目の発芽数は、実施例1が216、比較例1が151、比較例2が20であり、実施例1の発芽数が際立っていた。
(生長状況)
すりガラス上で生育した、栽培開始から43日後の種苗の高さを測定したところ、実施例1は約11mmであったのに対し、比較例1では約5mm、比較例2では約1mmであった。この結果より、実施例1は、比較例1、2に比べて高速で種苗が生育していることがわかる。
【0048】
(新芽に含まれる元素の分析)
種苗固定基材から生育した新芽のみを150個採取し、純水に24時間浸した後、新芽のろ過と洗浄を3回繰り返した。このように処理された新芽に含まれる元素を、蛍光X線分析装置(理学電気工業株式会社の商品名「RIX3100」)を用いて定量した結果を表2に示す。また、表2には、実施例1および比較例1で採取した種苗に含まれる元素を同様にして定量した結果を併せて示している。なお、比較例2の新芽は、発芽数が少ないため、この分析をすることができなかった。表2によると、実施例1の新芽は、種苗に比べ、マンガン、ニッケルおよびストロンチウムの各元素の濃度が少なくとも10倍である。
【0049】
【表2】
【0050】
実施例2
木曽川河川敷に自生するハイゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が50〜70mm程度の種苗を多数採取した。この種苗をポリエステル樹脂繊維からなる不織布(東洋紡績株式会社の「ボランス4051N」の表面に配置し、種苗固定基材を作成した。ここでは、不織布の表面に6個/10cm2程度の割合で種苗を配置した。
【0051】
一方、硫酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、塩化第一鉄(FeCl2)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、硫酸マンガン(MnSO4・4H2O)、硝酸ニッケル(Ni(NO3)2・6H2O)、硫酸ストロンチウム(SrSO4)、塩化亜鉛(ZnCl2)および硝酸カリウム(KNO3)を純水に溶解し、表3に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。
【0052】
【表3】
【0053】
次に、種苗固定基材の表面に対して培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を85%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を65%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら60日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧しない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。
【0054】
比較例3
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点を除き、実施例2と同様にして種苗を栽培した。
【0055】
評価B
実施例2および比較例3で育成された種苗について、次の項目を評価した。
(生長状況)
栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図2に示す。図2によると、栽培開始から20日を経過した時点頃から実施例2は発芽数が急激に増加し、29日経過時における発芽数は、実施例2が304であったのに対して比較例3は204であった。
【0056】
(新芽に含まれる元素の分析)
種苗固定基材から生育した新芽のみを80個採取し、評価Aと同じ方法で新芽に含まれる元素を定量した。結果を表4に示す。表4には、実施例2および比較例3で採取した種苗に含まれる元素を同様にして定量した結果を併せて示している。表4によると、実施例2の新芽は、種苗に比べ、マンガン、ニッケルおよびストロンチウムの各元素の濃度が少なくとも10倍である。
【0057】
【表4】
【0058】
(ストレス沈静化作用1)
国立大学法人岩手大学工学部福祉システム工学科の敷地内に建設された実験ハウスの2階に、長さ2,000mm、幅1,500mm、高さ2,000mm(いずれも内寸)の、長さ方向の一端に入口部分を有する実験ルームを設置した。この実験ルームの中心に座布団を配置し、500×350×50mmのバスケット容器内に実施例2で栽培した種苗固定基材を敷き詰めたもの8個を当該座布団の周囲の床に入口部分を除いて配置した。また、床から600mmの高さ位置において実施例2で栽培した種苗固定基材から剥離したハイゴケを直径150mmの容器に充填したものを等間隔に10個配置した。
【0059】
上記学科の学生14名を被験者とし、実験ハウスの利用の前後におけるストレス変動を調べた。ここでは、ストレス度測定器(ニプロ株式会社の「COCORO METER」)を用い、次の4段階でのストレスを測定した。
A:調査開始直前
B:Aに続く実験ハウス外での10分間の読書後
C:Bに続く実験ハウス内での10分間の読書後
D:Cに続く実験ハウス外での10分間の読書後
【0060】
結果を表5に示す。また、表5のストレス値をグラフ化したものを図3に示す。なお、測定したストレス値とストレスとの関係は次の通りである。
0〜30:ストレスなし
31〜45:少しストレスがある
46〜60:ストレスがある
61以上:大きなストレスがある
表5の「ストレス抑制効果」の欄は、A段階においてストレス値が30以下の場合は「判定外」とした。
【0061】
【表5】
【0062】
表5によると、A段階でのストレスが高かった8名中、B段階からC段階でストレスが改善された被験者は5名、改善されなかった被験者は3名であり、実験ハウス内に配置した種苗固定基材の苔は、被験者に対してストレス沈静作用を与えたものと考えられる。
【0063】
(ストレス沈静化作用2)
4人の被験者のそれぞれについて、ストレス沈静化作用1の評価で用いた実験ルーム内で就寝前に30分間過ごした場合(ケース1)と、そうではない場合(ケース2)との二形態について、睡眠時の脈拍数を計測した。各被験者の年齢、性別および計測結果は次の通りである。
【0064】
被験者1:
年齢:22歳、性別:女性
ケース1の結果:図4、ケース2の結果:図5
図4,5を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が68程度であるのに対し、ケース1の平均は59程度に減少している。
被験者2:
年齢:21歳、性別:男性
ケース1の結果:図6、ケース2の結果:図7
図6,7を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が64程度であるのに対し、ケース1の平均は58程度に減少している。
被験者3:
年齢:21歳、性別:男性
ケース1の結果:図8、ケース2の結果:図9
図8,9を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が61程度であるのに対し、ケース1の平均は57程度に減少している。
被験者4:
年齢:21歳、性別:女性
ケース1の結果:図10、ケース2の結果:図11
図10,11を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が60程度であるのに対し、ケース1の平均は55程度に減少している。
【0065】
被験者1〜4の全員について、ケース1の場合は睡眠時の脈拍数が減少していることが判明した。睡眠時の脈拍数は、眠りが深いほど少なくなるため、ケース1では被験者のストレスが沈静化され、安眠効果が得られたことがわかる。
【0066】
実施例3
木曽川河川敷に自生するスナゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が5〜8mm程度の種苗を多数採取した。この種苗をタイルカーペット(東リ株式会社の「GA400」:500×500mm)の表面に100個/10cm2程度の割合で配置し、その上から目合が2×2mmのナイロンネット(ダイオ化成株式会社の「ダイオサンシャイン9010」)を配置した。
【0067】
次に、種苗固定基材の表面に対して実施例1で用いたものと同じ培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を90%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を50%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら52日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧しない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。また、栽培期間中、市販の信号発生器とオーディオシステムを用い、種苗固定基材に向けて10〜50kHzの音波を継続的に発信した。この際、スピーカーへ入力する電圧(ピーク間電圧)は35Vに設定した。
【0068】
比較例4
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点、および、種苗固定基材に向けて音波を発信しなかった点を除き、実施例3と同様にして種苗を栽培した。
【0069】
評価C
実施例3および比較例4について、栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図12に示す。図12によると、栽培開始から12日を経過した時点頃から実施例3は発芽数が急激に増加し、29日経過時における発芽数は、実施例3が719であったのに対して比較例4は132であった。また、実施例3および比較例4において育成後の種苗固定基材を並べて横方向から撮影した写真を図13に示す。図13において、右側が実施例3の種苗固定基材であり、左側が比較例4の種苗固定基材である。図13から明らかなように、比較例4に比べ、実施例3ではスナゴケが顕著に密生していることがわかる。また、栽培開始から57日後の比較例4で生長したスナゴケの高さは約1〜4mmであるのに対し、実施例3で生長したスナゴケの高さは約5〜12mmであった。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】実施例の評価A(発芽数)の結果を示すグラフ。
【図2】実施例の評価B(生長状況)の結果を示すグラフ。
【図3】実施例の評価B(ストレス沈静化作用1)について、表5のストレス値の変動を示したグラフ。
【図4】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者1のケース1の結果を示すグラフ。
【図5】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者1のケース2の結果を示すグラフ。
【図6】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者2のケース1の結果を示すグラフ。
【図7】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者2のケース2の結果を示すグラフ。
【図8】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者3のケース1の結果を示すグラフ。
【図9】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者3のケース2の結果を示すグラフ。
【図10】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者4のケース1の結果を示すグラフ。
【図11】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者4のケース2の結果を示すグラフ。
【図12】実施例の評価Cの結果を示すグラフ。
【図13】実施例の評価Cにおいて、実施例3および比較例4の育成後の種苗固定基材を並べて横方向から撮影した写真。
【技術分野】
【0001】
本発明は、蘚類の栽培方法、特に、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、この種苗から蘚類を栽培する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
苔は、他の植物が枯死するような厳しい環境下、特に、枯渇下や気候変動下においても生命力が強いという特徴、生育において土壌を必要としないという特徴、肥料や農薬の付与により生命維持を図る必要がないという特徴および特別な手入れが必要ではないという特徴等の種々の有利な特徴を有するため、芝やその他の植物に代わる、環境負荷の少ない緑化用植物としての活用が模索されている。そして、例えば特許文献1において、苔を用いた緑化用基板が既に提案されている。
【0003】
ところが、苔は、自然環境での生育速度が非常に遅いため、緑化用植物としての活用を進めるためには短時間で大量に栽培することが必要であり、そのための手法が検討されている。
【0004】
苔の栽培方法として、非特許文献1には、無機培養液または有機培養液を用いる方法が記載されている。ここで用いられる無機培養液は、アンモニウム塩(硝酸塩、硫酸塩およびリン酸塩等)、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属塩(硝酸塩、硫酸塩および塩化物等)、カリウムやナトリウムなどのアルカリ金属塩(硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩および塩化物等)および鉄塩(硫酸塩、塩化物およびクエン酸塩等)などの主として無機塩類を水に溶解したものである。一方、有機培養液は、無機培養液に対し、糖類(ショ糖やグルコース)、酵母抽出液、ココナツミルク、各種の成長物質(植物ホルモン)やアミノ酸類を適宜添加したものである。しかし、この方法は、苔の研究を目的とした培養方法に関するものであるため、生育速度や量産性の点で、緑化用植物として用いる苔の栽培方法としては不十分なものである。また、この方法は、蘚類の種類によっては蘚類を死滅させることがあり、栽培可能な蘚類の範囲が限られる。
【0005】
【特許文献1】特許第2863987号公報
【非特許文献1】実験生物学講座1、生物材料調製法、江上信雄、勝見允行編、丸善株式会社、1982年5月、223−226頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、苔の一種である蘚類を、短期間で量産できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る蘚類の栽培方法は、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、種苗を配置した基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、種苗を育成する工程とを含んでいる。
【0008】
この栽培方法において、培養液は、例えば、噴霧して基材に対して適用する。また、この栽培方法では、通常、基材に配置した種苗が発芽するまでの段階では自然光を実質的に遮光した暗環境に基材を安置し、それ以後は自然光の照射を受け得る明環境に基材を安置する。
【0009】
本発明に係る緑化材の製造方法は、蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、種苗を配置した基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、種苗を育成する工程とを含んでいる。
【0010】
この製造方法において利用可能な基材は、例えばタイルカーペットである。
【0011】
本発明に係る蘚類は、蘚類の植物体の一部を種苗として栽培されたものであり、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の含有量が種苗の少なくとも10倍である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る蘚類の栽培方法は、蘚類の植物体から採取した種苗を基材の表面に配置し、この種苗を特定の培養液を用いて育成しているため、基材において蘚類を短期間で量産することができる。
【0013】
本発明に係る緑化材の製造方法は、蘚類の植物体から採取した種苗を基材の表面に配置し、この種苗を特定の培養液を用いて育成しているため、環境緑化のために利用可能な緑化材を短時間で量産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の栽培方法の対象となるのは、苔植物を総称する蘚苔類の一部の蘚類である。蘚苔類は、蘚類、苔類(例えば、ゼニゴケやツボミゴケなど)およびツノゴケ類の三種類に大別されるものであるが、蘚類は、葉に中肋とよばれる主脈状の細胞群を有する特徴があり、この特徴において苔類やツノゴケ類と区別される。本発明において蘚類を栽培対象とするのは、苔類やツノゴケ類に比べて蘚類が乾燥に強く、緑化用植物、特に、散水が困難な都市部の緑化用植物として適しているためである。
【0015】
栽培の対象となる蘚類は、特に限定されるものではないが、例えば、スナゴケ、ハイスナゴケ、エゾスナゴケ、シモフリゴケ、クロカワキゴケ、キスナゴケ、ヒメスナゴケ、ミヤマスナゴケ、ナガエノスナゴケ、チョウセンスナゴケ、マルバナスナゴケ等のシモフリゴケ属(Rhacomitrium Bird.)、トヤマシノブゴケ、ヒメシノブゴケ、オオシノブゴケ、コバノエゾシノブゴケ、エゾシノブゴケ、アオシノブゴケ、チャボシノブゴケ等のシノブゴケ属(Thuidium B.S.G)、コウヤノマンネングサ、フロウソウ等のコウヤノマンネングサ属(Climacium Web. et Mohr)、カモジゴケ、シッポゴケ、オオシッポゴケ、チャシッポゴケ、チシマシッポゴケ、アオシッポゴケ、ナミシッポゴケ、ナガシッポゴケ、ヒメカモジゴケ、コカモジゴケ、タカネカモジゴケ、フジシッポゴケ、カギカモジゴケ、ナスシッポゴケ等のシッポゴケ属(Dicranum Hedw.)、ハイゴケ、オオベニハイゴケ、ヒメハイゴケ、チチブハイゴケ、フジハイゴケ、ハイヒバゴケ、イトハイゴケ、キノウエノコハイゴケ、キノウエノハイゴケ、ミヤマチリメンゴケ、ハイサワラゴケモドキ、タチヒラゴケモドキ、エゾハイゴケ等のハイゴケ属(Hypnum Hedw.)、ヒノキゴケ、ヒロハヒノキゴケ、ハリヒノキゴケ等のヒノキゴケ属(Rhizogonium Brid.)等を挙げることができる。
【0016】
このうち、スナゴケ等のシモフリゴケ属は、太陽光の直射に対して特に強く、落葉がないため、緑化用に特に適しており、また、炭酸ガスの固定能力にも優れている。
【0017】
本発明の栽培方法では、先ず、山間部や河川敷等において自生している蘚類の植物体の一部を種苗として採取する。ここで採取する必要のある種苗は、蘚類の植物体の部位を問わないが、通常は植物体(配偶体)の先端部である。また、種苗は、葉のみであってもよいし、茎を含む葉であってもよい。目的の種苗は、自生している蘚類の一部を摘み取ったり、蘚類の一部をナイフ等で切り取ったりすることで採取することができる。また、蘚類は群生していることが多いため、群生している蘚類の先端部を芝刈の要領でバリカンなどを用いて刈り取ると、大量の種苗を効率的に採取することができる。なお、自生している蘚類は、これらの方法で種苗を採取しても枯死しにくく、むしろ活性が高まって繁殖が促進されることが多い。したがって、自生している蘚類から本発明の栽培方法のために種苗を採取しても、自然環境を損ないにくい。
【0018】
また、本発明の栽培方法では、本発明の栽培方法または他の栽培方法により栽培した蘚類の植物体の一部を種苗として用いることもできる。
【0019】
次に、採取した種苗を基材の表面に配置する。ここで用いられる基材は、材質が限定されるものではなく、例えば、有機質または無機質の繊維(例えば、織布や不織布)、木質材料、紙、樹脂、ゴム、石材、コンクリート、金属、ガラスおよびセラミック等の各種の材料からなるものである。また、種苗を固定する基材の表面は、多孔性であってもよいし、平滑であってもよい。さらに、基材の形状は、板状やブロック状などの様々な形状に設定することができる。例えば、栽培された蘚類を表面に有する基材を緑化材としてそのまま利用する場合、基材は、緑化材の使用目的に適応した様々な形状に設定することができる。
【0020】
基材の表面に種苗を配置する方法としては、基材の表面に種苗をそのまま単純に配置する方法(方法1)や、接着剤を用いて基材の表面に種苗を固定する方法(方法2)を採用することができる。方法1の場合、配置した種苗が飛散するのを防止するため、配置した種苗を覆うように、基材の表面に通気性・通水性を有するシートを配置してもよい。ここで用いられるシートは、種苗からの発芽を阻害しない程度の目合の網状のものが好ましい。網状のシートとしては、例えば、防虫網として用いられるダイオ化成株式会社の商品名「ダイオサンシャイン9010」(目合:約2mm×2mm)を挙げることができる。方法1は、通常、種苗から成長する仮根により基材に対して種苗が保持されやすい基材、すなわち、表面が多孔性の基材の場合において採用される。方法2の場合において利用可能な接着剤としては、例えば、糊、シリコーン樹脂系接着剤、アクリル樹脂系接着剤およびエポキシ樹脂系接着剤などを挙げることができる。方法2は、通常、表面が平滑な基材の場合において採用される。
【0021】
この工程において、種苗は、蘚類の種類に応じ、基材の表面において適当な間隔若しくは密度で点在するよう均等に配置するのが好ましい。例えば、スナゴケの種苗の場合、5〜20mm程度の大きさ(長さ)の種苗を選択し、この種苗を80〜150個/10cm2程度の割合で基材の表面に等間隔で配置するのが好ましい。また、ハイゴケの種苗の場合、30〜70mm程度の大きさ(長さ)の種苗を選択し、この種苗を5〜10個/10cm2程度の割合で基材の表面に等間隔で配置するのが好ましい。
【0022】
基材へ配置する種苗は、予め植物ホルモン剤を適用しておくこともできる。植物ホルモン剤としては、市販の各種のものを用いることができるが、オーキシン、サイトカイニンおよびジベレリン等の植物成長ホルモン剤、特に、ジベレリンを用いるのが好ましい。なお、適用する植物ホルモン剤は、高濃度であると種苗を枯らしてしまう可能性があるため、低濃度に設定するのが好ましい。
【0023】
次に、基材を安置し、この基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用しながら種苗を育成する。ここで用いられる培養液は、植物の生育に必要な要素、すなわち、窒素、リン酸およびカリウムを必須成分として含み、さらに、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む水溶液である。
【0024】
この培養液において、窒素、リン酸およびカリウムの必須要素は、通常、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウムおよびリン酸アンモニウム等の塩またはキレートとして培養液に含まれる。また、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素も、塩またはキレートとして培養液に含まれる。ここで利用可能な各元素の塩としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、塩化物塩およびシュウ酸などの有機塩等を挙げることができる。各元素の塩は、二種以上のものが併用されてもよい。一方、各元素のキレートを形成するキレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸を用いることができる。
【0025】
また、培養液は、蘚苔類を培養するための培養液において用いられる、上記元素以外の元素の塩を含んでいてもよい。上記元素以外の元素の塩としては、例えば、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属、ナトリウムなどのアルカリ金属および鉄等の硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩および塩化物塩等を挙げることができる。さらに、培養液は、その他の元素の塩、例えば、アルミニウム、亜鉛および銅の硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、塩化物塩およびケイ酸塩等を含んでいてもよい。
【0026】
培養液におけるマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の濃度は、特に限定されるものではないが、通常、元素換算濃度で0.01〜100mg/lに設定するのが好ましく、0.1〜50mg/lに設定するのがより好ましい。各元素の濃度が100mg/lを超えると、種苗の発芽、生長が却って損なわれる可能性がある。
【0027】
基材に対して上述の培養液を適用する方法は、基材の表面に配置した種苗を培養液で湿潤状態に設定することができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、基材の表面が湿潤する程度に培養液中に基材を浸漬する方法(適用方法1)や、基材に対して定期的に、例えば一週間毎や一ヶ月毎に培養液を噴霧する方法(適用方法2)を採用することができる。適用方法1の場合、培養液は、基材または種苗への吸収や蒸発により徐々に減少し、成分濃度が変動するため、上記濃度が維持されるように培養液または水を適宜追加するのが好ましい。この際、基材に対して培養液または水を適宜噴霧することで培養液または水を追加することもできる。一方、適用方法2の場合、培養液による基材の表面の湿潤状態が維持されるようにする必要があるため、培養液を噴霧していない期間において定期的に、例えば数時間毎や一日毎に、基材に対して水を噴霧するのが好ましい。
【0028】
なお、培養液の適用方法は、通常、種苗が大気中の酸素を取り込み易いことから、適用方法2によるのが好ましい。
【0029】
基材に配置した各種苗は、基材に対して適用された培養液から滋養を得て発芽し、生育する。ここで、各種苗は、発芽後の暫くの間は主に高さ方向への生長が進行するが、徐々に分岐したり胞子を放出したりして平面方向へも増殖するようになる。この結果、基材は、種苗を配置した表面全体に蘚類が密生した状態になる。
【0030】
本発明では、培養液として上述のような特定の元素を含むものを用いているため、基材上での種苗の生育速度を効果的に高めることができ、短時間で蘚類を量産することができる。因みに、本発明の方法でスナゴケの種苗を栽培した場合、高さ方向へ5mm程度生長するまでに要する時間が約3週間であり、これは、自然環境下でスナゴケが高さ方向へ5mm生長するのに約6ヶ月を要するといわれることによると、約8倍の生長速度である。
【0031】
基材に配置した種苗の生育過程においては、基材に向けて超音波を発信するのが好ましい。この場合、超音波を受けて種苗が活性化し、種苗の発芽および生育、特に発芽が効果的に促進されるので、より短時間で蘚類を量産することができる。
【0032】
ここで用いる超音波は、通常、周波数が10〜50kHz、好ましくは20〜40kHzのものである。このような超音波は、市販の超音波発信機やオーディオシステムを用いることで、基材に向けて発信することができる。この際、圧電素子やスピーカーへ入力する電圧(ピーク間電圧)は5〜100Vに設定するのが好ましく、10〜50Vに設定するのがより好ましい。基材に向けた超音波の発信は、種苗の育成期間の全体に渡って連続的に実行してもよいし、一定時間毎に発信と停止を繰り返すことで断続的に実行してもよい。
【0033】
なお、培養液の適用方法1を採用する場合、超音波は、培養液中で伝播させることで基材に向けて発信することもできる。但し、キャビテーションが発生すると栽培中の蘚類が死滅する可能性があるため、キャビテーションが発生しないように超音波の出力を調節する必要がある。
【0034】
本発明の栽培方法において、基材に配置した種苗を育成する工程は、種苗の光合成が妨げられない環境、例えば、自然光の照射を受ける明環境であって、望ましくは15〜28℃、特に望ましくは18〜25℃程度の温度環境下で基材を安置して実施するのが好ましい。ここでの明環境は、自然光の一部を遮光した環境でもよい。遮光の程度は、蘚類の種類に応じて設定することができる。例えば、スナゴケの場合は遮光率を5〜55%に設定することができ、ハイゴケの場合は遮光率を40〜70%に設定することができる。但し、種苗が発芽するまでの初期段階においては、自然光を実質的に遮光した暗環境、特に、自然光を75〜95%遮光した暗環境下に基材を安置するのが好ましい。このようにすれば、種苗の発芽が促進され、蘚類をより短期間で栽培することができる。特に、暗環境下に安置した基材に向けて上述の超音波を発信すると、種苗の発芽がより促進され、蘚類の栽培効率を高めることができる。
【0035】
本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、基材から分離して用いられてもよいし、基材に配置されたままの状態で用いられてもよい。例えば、基材として表面が平滑な材料、例えばガラスや金属を用いた場合は、生育した蘚類を基材の表面から容易に剥ぎ取って分離することができる。このようにして基材から分離した蘚類は、土壌面に直接配置することができるため、土壌緑化や造園などの目的に活用することができる。一方、基材として表面が多孔質な材料を用いた場合、生育した蘚類は基材の表面に絡まり付いて安定に保持されていることが多いため、各種の緑化材、例えば、建物の屋上や外壁面、道路側壁、道路の中央分離帯、河川の護岸面および法面等の緑化を図るための材料としてそのまま利用することができる。したがって、本発明に係る蘚類の栽培方法は、同時に緑化材の製造方法でもある。
【0036】
蘚類が生育した基材を緑化材としてそのまま用いる場合、本発明の栽培方法若しくは製造方法において、基材としてタイルカーペット、特に、使用済みの廃タイルカーペットを用いるのが好ましい。タイルカーペットは、通常、ポリ塩化ビニル樹脂シート層の表面に繊維層を積層したものであるため、繊維層側に種苗を配置して育成すると、蘚類が繊維層の全面に密生した状態になり易い。そして、この緑化材は、形状安定性と可撓性とを兼ね備え、しかも軽量であるため、緑化対象物に対して大きな負荷や荷重を掛けずに緑化を図ることができる。また、この緑化材は、ポリ塩化ビニル樹脂シート層が遮光性を有するため、土壌表面に対して適用した場合は土壌からの雑草の生育を抑えて蘚類による効果的な土壌緑化を図ることができる。
【0037】
廃タイルカーペットは、通常、ポリ塩化ビニル樹脂シート層と繊維層とを分離し、両者が別々に廃棄処分またはリサイクル活用されているが、本発明の緑化材の製造方法において利用すると、上述のような有意義な緑化材として効率的にリサイクル活用することができる。
【0038】
本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、培養液に含まれるマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を吸収しているため、栽培において用いた種苗と比較した場合、これらの元素の含有量が少なくとも10倍になる。
【0039】
また、本発明の栽培方法により栽培された蘚類は、人間や動物に対して肉体的および精神的な静穏化作用(ストレス沈静化作用)を与えることができる。栽培された蘚類は、マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの含有量が多いため、これらの元素がストレス沈静化作用に何らかの関与をしているものと考えられる。
【実施例】
【0040】
以下の実施例および比較例で用いた水道水は、岐阜県羽島市の水道水を放置してカルキを除去したものである。
【0041】
実施例1
木曽川河川敷に自生するスナゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が5〜8mm程度の種苗を多数採取した。この種苗を板状のすりガラスの表面に固定し、種苗固定基材を作成した。ここでは、すりガラスの表面に100個/10cm2程度の割合で、シリコーン系接着剤を用いて種苗を固定した。
【0042】
一方、硝酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、珪酸ナトリウム(Na4SiO4)、塩化第一鉄(FeCl2・4H2O)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、硫酸マンガン(MnSO4・4H2O)、硝酸ニッケル(Ni(NO3)2・6H2O)、硫酸ストロンチウム(SrSO4)、硫酸銅(CuSO4・5H2O)、硝酸アルミニウム(Al(NO3)3・9H2O)、塩化亜鉛(ZnCl2)および硝酸カリウム(KNO3)を純水に溶解し、表1に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。
【0043】
次に、種苗固定基材の表面に対して培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を90%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を50%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら38日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧していない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。
【0044】
比較例1
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点を除き、実施例1と同様にして種苗を栽培した。
【0045】
比較例2
硝酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、硝酸カリウム(KNO3)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)およびリン酸二水素カリウム(KH2PO4)を純水に溶解し、表1に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。この培養液は、「実験生物学講座1、生物材料調製法、江上信雄、勝見允行編、丸善株式会社、1982年5月」(先に挙げた非特許文献1)の224頁の表に記載された、蘚類原糸体の培養に用いられるPringsheim液に該当するものである。培養液としてこの培養液を用いた点を除き、実施例1と同様にして種苗を栽培した。
【0046】
【表1】
【0047】
評価A
実施例1および比較例1、2で育成された種苗について、次の項目を評価した。
(発芽数)
栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図1に示す。栽培開始から26日目の発芽数は、実施例1が216、比較例1が151、比較例2が20であり、実施例1の発芽数が際立っていた。
(生長状況)
すりガラス上で生育した、栽培開始から43日後の種苗の高さを測定したところ、実施例1は約11mmであったのに対し、比較例1では約5mm、比較例2では約1mmであった。この結果より、実施例1は、比較例1、2に比べて高速で種苗が生育していることがわかる。
【0048】
(新芽に含まれる元素の分析)
種苗固定基材から生育した新芽のみを150個採取し、純水に24時間浸した後、新芽のろ過と洗浄を3回繰り返した。このように処理された新芽に含まれる元素を、蛍光X線分析装置(理学電気工業株式会社の商品名「RIX3100」)を用いて定量した結果を表2に示す。また、表2には、実施例1および比較例1で採取した種苗に含まれる元素を同様にして定量した結果を併せて示している。なお、比較例2の新芽は、発芽数が少ないため、この分析をすることができなかった。表2によると、実施例1の新芽は、種苗に比べ、マンガン、ニッケルおよびストロンチウムの各元素の濃度が少なくとも10倍である。
【0049】
【表2】
【0050】
実施例2
木曽川河川敷に自生するハイゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が50〜70mm程度の種苗を多数採取した。この種苗をポリエステル樹脂繊維からなる不織布(東洋紡績株式会社の「ボランス4051N」の表面に配置し、種苗固定基材を作成した。ここでは、不織布の表面に6個/10cm2程度の割合で種苗を配置した。
【0051】
一方、硫酸カルシウム(Ca(NO3)2・4H2O)、塩化第一鉄(FeCl2)、硫酸マグネシウム(MgSO4・7H2O)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、硫酸マンガン(MnSO4・4H2O)、硝酸ニッケル(Ni(NO3)2・6H2O)、硫酸ストロンチウム(SrSO4)、塩化亜鉛(ZnCl2)および硝酸カリウム(KNO3)を純水に溶解し、表3に示す各元素を元素換算で同表の濃度で含む培養液を調製した。
【0052】
【表3】
【0053】
次に、種苗固定基材の表面に対して培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を85%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を65%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら60日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧しない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。
【0054】
比較例3
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点を除き、実施例2と同様にして種苗を栽培した。
【0055】
評価B
実施例2および比較例3で育成された種苗について、次の項目を評価した。
(生長状況)
栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図2に示す。図2によると、栽培開始から20日を経過した時点頃から実施例2は発芽数が急激に増加し、29日経過時における発芽数は、実施例2が304であったのに対して比較例3は204であった。
【0056】
(新芽に含まれる元素の分析)
種苗固定基材から生育した新芽のみを80個採取し、評価Aと同じ方法で新芽に含まれる元素を定量した。結果を表4に示す。表4には、実施例2および比較例3で採取した種苗に含まれる元素を同様にして定量した結果を併せて示している。表4によると、実施例2の新芽は、種苗に比べ、マンガン、ニッケルおよびストロンチウムの各元素の濃度が少なくとも10倍である。
【0057】
【表4】
【0058】
(ストレス沈静化作用1)
国立大学法人岩手大学工学部福祉システム工学科の敷地内に建設された実験ハウスの2階に、長さ2,000mm、幅1,500mm、高さ2,000mm(いずれも内寸)の、長さ方向の一端に入口部分を有する実験ルームを設置した。この実験ルームの中心に座布団を配置し、500×350×50mmのバスケット容器内に実施例2で栽培した種苗固定基材を敷き詰めたもの8個を当該座布団の周囲の床に入口部分を除いて配置した。また、床から600mmの高さ位置において実施例2で栽培した種苗固定基材から剥離したハイゴケを直径150mmの容器に充填したものを等間隔に10個配置した。
【0059】
上記学科の学生14名を被験者とし、実験ハウスの利用の前後におけるストレス変動を調べた。ここでは、ストレス度測定器(ニプロ株式会社の「COCORO METER」)を用い、次の4段階でのストレスを測定した。
A:調査開始直前
B:Aに続く実験ハウス外での10分間の読書後
C:Bに続く実験ハウス内での10分間の読書後
D:Cに続く実験ハウス外での10分間の読書後
【0060】
結果を表5に示す。また、表5のストレス値をグラフ化したものを図3に示す。なお、測定したストレス値とストレスとの関係は次の通りである。
0〜30:ストレスなし
31〜45:少しストレスがある
46〜60:ストレスがある
61以上:大きなストレスがある
表5の「ストレス抑制効果」の欄は、A段階においてストレス値が30以下の場合は「判定外」とした。
【0061】
【表5】
【0062】
表5によると、A段階でのストレスが高かった8名中、B段階からC段階でストレスが改善された被験者は5名、改善されなかった被験者は3名であり、実験ハウス内に配置した種苗固定基材の苔は、被験者に対してストレス沈静作用を与えたものと考えられる。
【0063】
(ストレス沈静化作用2)
4人の被験者のそれぞれについて、ストレス沈静化作用1の評価で用いた実験ルーム内で就寝前に30分間過ごした場合(ケース1)と、そうではない場合(ケース2)との二形態について、睡眠時の脈拍数を計測した。各被験者の年齢、性別および計測結果は次の通りである。
【0064】
被験者1:
年齢:22歳、性別:女性
ケース1の結果:図4、ケース2の結果:図5
図4,5を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が68程度であるのに対し、ケース1の平均は59程度に減少している。
被験者2:
年齢:21歳、性別:男性
ケース1の結果:図6、ケース2の結果:図7
図6,7を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が64程度であるのに対し、ケース1の平均は58程度に減少している。
被験者3:
年齢:21歳、性別:男性
ケース1の結果:図8、ケース2の結果:図9
図8,9を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が61程度であるのに対し、ケース1の平均は57程度に減少している。
被験者4:
年齢:21歳、性別:女性
ケース1の結果:図10、ケース2の結果:図11
図10,11を比較すると、脈拍数は、ケース2の平均が60程度であるのに対し、ケース1の平均は55程度に減少している。
【0065】
被験者1〜4の全員について、ケース1の場合は睡眠時の脈拍数が減少していることが判明した。睡眠時の脈拍数は、眠りが深いほど少なくなるため、ケース1では被験者のストレスが沈静化され、安眠効果が得られたことがわかる。
【0066】
実施例3
木曽川河川敷に自生するスナゴケの先端部を刈り取り、大きさ(長さ)が5〜8mm程度の種苗を多数採取した。この種苗をタイルカーペット(東リ株式会社の「GA400」:500×500mm)の表面に100個/10cm2程度の割合で配置し、その上から目合が2×2mmのナイロンネット(ダイオ化成株式会社の「ダイオサンシャイン9010」)を配置した。
【0067】
次に、種苗固定基材の表面に対して実施例1で用いたものと同じ培養液を均一に噴霧して種苗を湿潤させた。この種苗固定基材を自然光を90%遮光した15〜20℃の暗環境下に配置し、約0.1l/m2の割合で培養液を噴霧してから5日間安置した。続いて、種苗固定基材を自然光を50%遮光した18〜25℃の明環境下に移動し、約0.1l/m2の割合で培養液を週に一度噴霧しながら52日間安置した。このような栽培期間中、培養液を噴霧しない時間帯において、日に一度の割合で水道水を噴霧し、種苗の湿潤状態を維持した。また、栽培期間中、市販の信号発生器とオーディオシステムを用い、種苗固定基材に向けて10〜50kHzの音波を継続的に発信した。この際、スピーカーへ入力する電圧(ピーク間電圧)は35Vに設定した。
【0068】
比較例4
培養液の代わりに水道水のみを日に一度の割合で種苗固定基材に対して噴霧した点、および、種苗固定基材に向けて音波を発信しなかった点を除き、実施例3と同様にして種苗を栽培した。
【0069】
評価C
実施例3および比較例4について、栽培中の種苗からの発芽数を経時的に調べた結果を図12に示す。図12によると、栽培開始から12日を経過した時点頃から実施例3は発芽数が急激に増加し、29日経過時における発芽数は、実施例3が719であったのに対して比較例4は132であった。また、実施例3および比較例4において育成後の種苗固定基材を並べて横方向から撮影した写真を図13に示す。図13において、右側が実施例3の種苗固定基材であり、左側が比較例4の種苗固定基材である。図13から明らかなように、比較例4に比べ、実施例3ではスナゴケが顕著に密生していることがわかる。また、栽培開始から57日後の比較例4で生長したスナゴケの高さは約1〜4mmであるのに対し、実施例3で生長したスナゴケの高さは約5〜12mmであった。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】実施例の評価A(発芽数)の結果を示すグラフ。
【図2】実施例の評価B(生長状況)の結果を示すグラフ。
【図3】実施例の評価B(ストレス沈静化作用1)について、表5のストレス値の変動を示したグラフ。
【図4】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者1のケース1の結果を示すグラフ。
【図5】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者1のケース2の結果を示すグラフ。
【図6】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者2のケース1の結果を示すグラフ。
【図7】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者2のケース2の結果を示すグラフ。
【図8】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者3のケース1の結果を示すグラフ。
【図9】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者3のケース2の結果を示すグラフ。
【図10】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者4のケース1の結果を示すグラフ。
【図11】実施例の評価B(ストレス沈静化作用2)における、被験者4のケース2の結果を示すグラフ。
【図12】実施例の評価Cの結果を示すグラフ。
【図13】実施例の評価Cにおいて、実施例3および比較例4の育成後の種苗固定基材を並べて横方向から撮影した写真。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、
前記種苗を配置した前記基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、前記種苗を育成する工程と、
を含む蘚類の栽培方法。
【請求項2】
前記培養液を噴霧して前記基材に対して適用する、請求項1に記載の蘚類の栽培方法。
【請求項3】
前記基材に配置した前記種苗が発芽するまでの段階では自然光を実質的に遮光した暗環境に前記基材を安置し、それ以後は自然光の照射を受け得る明環境に前記基材を安置する、請求項1または2に記載の蘚類の栽培方法。
【請求項4】
蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、
前記種苗を配置した前記基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、前記種苗を育成する工程と、
を含む緑化材の製造方法。
【請求項5】
前記基材がタイルカーペットである、請求項4に記載の緑化材の製造方法。
【請求項6】
蘚類の植物体の一部を種苗として栽培された蘚類であって、
マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の含有量が前記種苗の少なくとも10倍である、
蘚類。
【請求項1】
蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、
前記種苗を配置した前記基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、前記種苗を育成する工程と、
を含む蘚類の栽培方法。
【請求項2】
前記培養液を噴霧して前記基材に対して適用する、請求項1に記載の蘚類の栽培方法。
【請求項3】
前記基材に配置した前記種苗が発芽するまでの段階では自然光を実質的に遮光した暗環境に前記基材を安置し、それ以後は自然光の照射を受け得る明環境に前記基材を安置する、請求項1または2に記載の蘚類の栽培方法。
【請求項4】
蘚類の植物体の一部を種苗として採取し、当該種苗を基材の表面に配置する工程と、
前記種苗を配置した前記基材に対してマンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素を含む培養液を適用し、前記種苗を育成する工程と、
を含む緑化材の製造方法。
【請求項5】
前記基材がタイルカーペットである、請求項4に記載の緑化材の製造方法。
【請求項6】
蘚類の植物体の一部を種苗として栽培された蘚類であって、
マンガン、ストロンチウムおよびニッケルの各元素の含有量が前記種苗の少なくとも10倍である、
蘚類。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−17154(P2010−17154A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−182101(P2008−182101)
【出願日】平成20年7月12日(2008.7.12)
【出願人】(508213333)MOSS・JAPAN株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年7月12日(2008.7.12)
【出願人】(508213333)MOSS・JAPAN株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
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