虚血性心疾患危険群診断薬
【課題】虚血性心疾患の診断、治療、予測法、及び心筋梗塞後の心筋のリモデリングを抑制する方法の提供。
【解決手段】抗脳由来神経栄養因子抗体を有効成分とする虚血性心疾患危険群の診断薬、血液中の脳由来神経栄養因子の濃度を測定することによる虚血性心疾患危険群の検定方法、および脳由来神経栄養因子を含有する虚血性心疾患、特に心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制予防薬に関する。
【解決手段】抗脳由来神経栄養因子抗体を有効成分とする虚血性心疾患危険群の診断薬、血液中の脳由来神経栄養因子の濃度を測定することによる虚血性心疾患危険群の検定方法、および脳由来神経栄養因子を含有する虚血性心疾患、特に心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制予防薬に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性心疾患危険群診断薬、診断法、予後予測法、および治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈硬化を原因とする虚血性心疾患は、日本における全疾患死亡率の約7〜8%を占め、現在なお全国で100万人以上が罹患している疾患である。食事の西欧化に伴い患者数は年々増加傾向にあり、医療経済の面からも、日本において虚血性心疾患の予防、管理が重要であることは明らかである。冠動脈硬化の危険因子としては糖尿病、喫煙、高血圧、高脂血症、家族歴、加齢、肥満などが知られている他、最近はインスリン抵抗性、肥満、高血圧、耐糖能異常などを主訴とする代謝性症候群(metabolic syndrome)などが知られている。これらを原因として、心臓を栄養する冠動脈は内腔に粥状硬化を起こし、血流障害を起こすようになる。初期には自覚症状が無く、次第に狭心症発作を起こすようになるが、虚血性心疾患患者の3〜4割はかなり病状が進展してからも症状のない無症候性虚血性心疾患であることが知られている。様々なストレスにより、この冠動脈内粥腫が破綻すると冠動脈内腔に血栓を形成、閉塞を起こし急性心筋梗塞となる。再灌流療法などの治療法の進歩により急性心筋梗塞における死亡率は減少したが、現在でも急性期の死亡率は30%近くに達し、その主な原因は心筋壊死に伴う不整脈、ポンプ失調、心破裂などである。また、急性期を過ぎた後も壊死心筋を原因として心筋の再構築(remodeling:リモデリング)が起こり、心機能の低下が起こる。慢性期にはこれらを原因とした心不全、不整脈などが死因となるため、厳密な薬物治療、生活指導が重要となる。その予後予測を行うことは、その薬物治療、生活指導の方針を決定する上で非常に重要である。また、心筋梗塞の約30%に再発を認めるため、前述のような危険因子の管理が重要となる。
【0003】
このような病態から、虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング、同危険因子の管理、早期診断、心筋保護を含めた治療、罹患後の予後予測法、再発予防の重要性が認識されている。虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング項目としては、血中コレステロール値、血糖値、血圧の測定、喫煙歴の聴取のほか、虚血性心疾患に関連して低HDLコレステロール血症(非特許文献1参照)、インスリン抵抗性(非特許文献2参照)、高ホモシステイン血症(非特許文献3参照)、酸化LDL(非特許文献4参照)などが知られていることより、これらの血中濃度の測定が行われている。予後予測法としては核種トレーサーを用いた核医学的手法が現在主に用いられている。また、薬物治療としては抗血小板薬、冠動脈拡張薬の他、アンギオテンシン転換酵素阻害薬(非特許文献5参照)などが用いられている。しかし現在なお、虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング、治療は十分ではない。また、予後予測のための核医学的手法は経済的負担が大きく、施行可能な設備が限られている。
【0004】
脳由来神経栄養因子(以下、BDNFと略称する)は、脳内で発見された神経栄養因子の一つであり、脳内神経回路網の形成や発達、さらにはその生存維持に重要な役割を果たしていることが判明している。また、1990年代後半には、BDNFはシナプスの可塑性にも関与し、記憶や学習にも重要な役割を果たしていることが知られており、また神経細胞死に対して神経保護作用も有する事が報告されている。最近、さらにこのBDNFは神経系のみならずに心血管系において重要な役割を果たしていることが報告されている。最近の遺伝子改変動物を用いた研究により、BDNFは冠動脈内皮細胞の安定に重要であり、血管新生に関係していることが示唆されている(非特許文献6参照)。また、血管内皮自身がBDNFを合成、分泌しており、血管障害、心筋虚血によりBDNFの合成、発現は促進されることも報告されている(非特許文献7および8参照)。その他、BDNFは高脂血症による血管内皮障害に保護的に働く可能性があることや(非特許文献9参照)、BDNFの低下は、耐糖能異常、脂質代謝異常などを示し動脈硬化に促進的に働く代謝性症候群(metabolic syndrome)の病状を進展させる可能性などが示唆されている(非特許文献10参照)。しかしながら虚血性心疾患におけるBDNFの役割、特に急性心筋梗塞後の心筋のリモデリングとの関係等については報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Atheroscler.Tromb.Vasc.Biolo.(1995)15:431−440
【非特許文献2】Diabetes(1988)37:1595−1607
【非特許文献3】JAMA(1992)268:877−881
【非特許文献4】J.Clin.Invest.(1991)88:1785−1792
【非特許文献5】Eur.Heart.J.(1998)19:A12−A19
【非特許文献6】Development(2000)127:4531−4540
【非特許文献7】FASEB(2000)470:113−117
【非特許文献8】Journal of pathology(2001)194:247−253
【非特許文献9】Arch.Physiol.Biochem.(2001)109:357−360
【非特許文献10】J.Urol.(2003)169:1577−1578
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
虚血性心疾患は前述したとおり、日本における主な死因のひとつであり、現在もなお、患者数が増加している疾患であるが、無症状に進行することも多く、そのスクリーニングも十分でなく、治療法も十分ではない。また罹患後の治療方針決定のための予後予測法も十分ではない。従って医療現場から虚血性心疾患の危険因子を早期診断できる診断薬、診断方法、治療薬、簡便な予後予測法の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行なった結果、虚血性心疾患の患者の血清中BDNFのレベルが、健常者のそれと比較して有意に低下していることを見出し、その違いを利用することにより、抗脳由来神経栄養因子抗体(以下、「抗BDNF抗体」という)を用いてBDNFを測定することにより虚血性心疾患危険群の診断が可能となることを見出した。また、BDNFあるいはBDNFを増加させる薬物を投与することにより虚血性心疾患の治療、特に心筋梗塞後の心筋のリモデリングを抑制できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は下記の態様の発明を提供するものである。
1.抗BDNF抗体を含有する虚血性心疾患危険群診断薬。
2.血液中のBDNFの濃度を測定するためのものである上記1に記載の虚血性心疾患危険群診断薬。
3.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含む上記1または2に記載の虚血性心疾患危険群診断薬。
4.抗BDNF抗体および標識化剤を含有する虚血性心疾患危険群の診断キット。
5.血液中のBDNFの濃度を測定するためのものである上記4に記載の虚血性心疾患危険群の診断キット。
6.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含む上記4または5に記載の虚血性心疾患危険群の診断キット。
7.血液中のBDNFの濃度を測定することを特徴とする虚血性心疾患危険群の検定方法。
8.抗BDNF抗体を用いてBDNFの濃度を測定するものである上記7に記載の虚血性心疾患危険群の検定方法。
9.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を用いてBDNFの濃度を測定するものである上記7に記載の虚血性心疾患危険群の検定方法。
10.血液中のBDNFの濃度を測定することを特徴とする虚血性心疾患の治療薬の検定方法。
11.BDNFを増加させる化合物を含有する虚血性心疾患の治療薬。
12.BDNFを含有する虚血性心疾患の治療薬。
13.BDNFを増加させる化合物の、虚血性心疾患の治療薬製造のための使用。
14.BDNFの、虚血性心疾患の治療薬製造のための使用。
15.BDNFを増加させる化合物を投与することを特徴とする虚血性心疾患の治療方法。
16.BDNFを投与することを特徴とする虚血性心疾患の治療方法。
17.BDNFを含有する心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬。
18.BDNFの、心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制予防薬製造のための使用。
19.BDNFを投与することを特徴とする心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の虚血性心疾患危険群の診断薬を用いれば、血液中のBDNFを測定することによって、冠動脈硬化症、狭心症、急性および陳旧性心筋梗塞等の虚血性心疾患危険群が正確に診断できる。特に、抗BDNF抗体と標識化抗BDNF抗体とを用いて患者血液中のBDNFの濃度を測定することによって該診断が容易に行われる。また、本発明によれば、BDNFあるいはBDNFを増加させる化合物を含有する虚血性心疾患の治療薬、さらに心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】正常対照(NC)、虚血性心疾患(IHD)の患者における血清BDNF濃度の散布図である。
【図2】虚血性心疾患患者における糖尿病合併例(DM(+))と糖尿病非合併例(DM(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図3】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血糖値(BS)の間の相関関係を示す。
【図4】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度とグリコヘモグロビン(HbA1c)値の間の相関関係を示す。
【図5】虚血性心疾患患者における高脂血症合併例(HL(+))と高脂血症非合併例(HL(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図6】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血清総コレステロール(T−cho)値の間の相関関係を示す。
【図7】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血清LDLコレステロール(LDL)値の間の相関関係を示す。
【図8】虚血性心疾患患者における高血圧合併例(HT(+))と高血圧非合併例(HT(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図9】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と収縮期血圧の間の相関関係を示す。
【図10】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と拡張期血圧の間の相関関係を示す。
【図11】虚血性心疾患患者における喫煙例(喫煙(+))と非喫煙例(喫煙(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図12】虚血性心疾患患者におけるCCSスコアによる血清BDNF濃度の違いを示す。
【図13】心筋梗塞モデル作成のプロトコールを示す。
【図14】心臓標本の肉眼的所見を示す。
【図15】心臓切片のマッソントリクローム染色結果を示す。
【図16】心筋梗塞のサイズ(マッソントリクローム染色)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の虚血性心疾患危険群診断薬、診断キット、虚血性心疾患危険群の検定方法、虚血性心疾患治療薬およびその検定方法について以下に詳細に説明する。
【0011】
本明細書における用語の意味あるいは定義は以下のとおりである。
「抗脳由来神経栄養因子抗体(抗BDNF抗体)」とは、BDNFを抗原として得られる抗体をいう。該抗体は、BDNFに結合する能力があればよく、ポリクロ−ナル抗体、モノクロ−ナル抗体、さらに遺伝子組み換え技術によって得られる抗体を含む。また必要により当該抗体は、精製や化学修飾を施したものであっても、F(ab‘)2など断片化したものであっても良い。好ましいものとしては、特異的にBDNFに結合するポリクロ−ナル抗体、モノクロ−ナル抗体等が挙げられる。当該抗BDNFモノクローナル抗体としては市販されているものを使用することができる。
【0012】
「標識化抗脳由来神経栄養因子抗体(標識化抗BDNF抗体)」とは、抗BDNF抗体にペルオキシダ−ゼ、β−D−ガラクトシダ−ゼ、アルカリフォスファタ−ゼ、グルコ−ス−6−リン酸脱水素酵素等の酵素、蛍光性物質、放射性同位元素または同位元素、金コロイド粒子、カラーラテックス等を結合させて標識し、試料中のBDNFを検出できるように工夫された抗体をいう。さらに「標識化抗BDNF抗体」には、ビオチン、2,4−ジニトロフェノ−ル等で修飾した抗BDNF抗体も含まれる。これらビオチン、2,4−ジニトロフェノ−ル等で修飾した抗BDNF抗体を使用する際には、該標識化抗BDNF抗体に加え、さらに、標識化したアビジン、標識化した抗2,4−ジニトロフェノ−ル抗体を用いることで、高感度に試料中のBDNFを検出することができる。
【0013】
「虚血性心疾患」とは、冠動脈硬化症、狭心症、急性および陳旧性心筋梗塞を含み、壮年期以降の男女に多く、生命維持に必要な心臓の重篤な障害をいう。冠動脈硬化症の特徴は、心臓を栄養する冠動脈内の動脈硬化であり、狭心症の特徴は、冠動脈血流障害による胸痛発作であり、心筋梗塞の特徴は冠動脈血流障害による心筋壊死と、それに付随する不整脈、心不全、心破裂、ポンプ失調などの致命的な合併症である。重要臓器である心臓への血流障害はこれら虚血性心疾患の本質的な特徴である。
「心筋梗塞後の心筋リモデリング」とは、心筋梗塞後に生じる梗塞部位の非薄化による心機能低下の代償として起こる非梗塞部位の心筋細胞の肥大、間質(細胞外マトリクス)の増加、心内腔の拡大などの一連の変化をいう。心筋梗塞後の長期予後は、左心室機能不全の程度と相関するため、心筋リモデリングを抑制することは左心室の機能を維持・保存するために重要である。
【0014】
本発明による虚血性心疾患危険因子群の診断は、例えばヒトの血液中のBDNF量を測定することによって行なうことが出来る。具体的には、ヒトの血液から血清を調製し、血清中のBDNFの量を種々の方法により測定する。血液中のBDNF量の測定は、抗BDNF抗体を用いた免疫学的方法が好ましく、抗BDNF抗体と標識化抗BDNF抗体とを用いた免疫学的方法がより好ましく、望ましくはBDNFに対して特異性の高い抗体を用いたサンドイッチELISAによってBDNFを検出・定量することである。
【0015】
より具体的には、固相化抗BDNF抗体に検体である血清を接触させ、固相を洗浄後標識化抗BDNF抗体を接触させ、該標識を用いてBDNF量を測定する方法が好ましい。ここで標識化抗BDNF抗体としては、前記の如く直接測定可能な標識体で標識したもの、ビオチンとアビジンの組み合せや2,4−ジニトロフェノールとその抗体との組み合せも挙げられる。
【0016】
具体的な血液中のBDNFを測定する方法としては、例えば
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバ−、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血清を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.標識化された抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0017】
さらに、具体的な血清中のBDNFを測定する方法としては、例えば、
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバー、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血清を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.ビオチンまたは2,4−ジニトロフェノ−ルで修飾した抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.標識化アビジンまたは標識化2,4−ジニトロフェノ−ル抗体を加える、または接触させる工程;
6.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0018】
さらに、具体的な血清中のBDNFを測定する方法としては、例えば、
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバ−、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血液を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.ビオチンで修飾した抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.標識化アビジンを加える、または接触させる工程;
6.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0019】
固相の形状として小球、ウェル、試験管、ニトロセルロースなどのメンブラン等が挙げられる。
【0020】
抗原またはELISAのスタンダ−ドとして用いるBDNFは、市販されているものを使用することができる他、生物材料からの精製あるいは遺伝子工学的手法により調製することができる。遺伝子工学的手法を用いる場合、BDNFをコ−ドする遺伝子を適切なベクタ−に組み込み、これを適切な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換の培養上清から目的とする組換えBDNFを得ることができ、均質で多量のBDNFの生産に好適である。上記宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、枯草菌、酵母、植物または動物細胞を用いることができる。
【0021】
抗BDNF抗体は、BDNFを抗原として、マウス、ラット、ウサギ、ニワトリ、シチメンチョウ、ウマ、ヤギなどに免疫することにより調製される。標識化抗BDNF抗体は、汎用される方法のほか、市販されているビオチン化試薬や架橋剤付きペルオキシダ−ゼ等を用いて調製することができる。
【0022】
虚血性心疾患危険群の診断は、血液中BDNFの濃度について一定の基準を設定し、測定した血液検体のBDNF濃度を該基準と比較、評価することで実施できる。基準の設定の仕方としては、臨床検査の分野でよく使用される95パーセンタイル値やROC曲線を用いて所望の検査精度から設定する方法などが挙げられる。虚血性心疾患者の血液中BDNF濃度は健常者のそれより有意に低いので、上記の手段により血液中のBDNF量を測定し、健常者のそれと比較すれば、虚血性心疾患の危険度が高いことが診断できる。
このような評価は、BDNFの測定単独で行う方法のほかにBDNFとそれ以外の指標、例えば公知のマーカー等の測定値と関連付けて行う方法が挙げられる。ここで関連付けるとは、計算式を使用してBDNF測定単独では得ることができなかった情報を得ることをいう。関連付ける方法として、BDNFの測定値を公知のマーカーの測定値で除し、求めた比(二つの測定値の比)を新たな指標とすることなどが例示できる。これにより検査・診断の精度を所望のものに調整することができる。
【0023】
本発明の虚血性心疾患危険群診断薬または診断薬キットは、抗BDNF抗体、抗BDNF抗体および標識化剤、あるいは抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含むものであればよい。
【0024】
本発明方法は、また虚血性心疾患の治療薬の検定にも有用である。すなわち、虚血性心疾患治療薬の治療効果を検定することもできる。また、BDNFを増加させる作用を有する化合物は、虚血性心疾患の治療薬として有用である。また、BDNFの量が低いモデル動物(マウスやラットなど)は、虚血性心疾患の動物モデルとしても有用である。従って、この検定方法を利用することにより、新しい虚血性心疾患の治療薬のスクリ−ニングも行なうことが可能である。
【0025】
このような方法で見出される治療薬には、非経口的または経口的に投与できる薬物が含まれ得る。虚血性心疾患の治療薬としては、BDNF自身の他、下記式(1):
【0026】
【化1】
【0027】
(式中、R1はハロゲン原子、置換されていてもよい複素環基、置換されていてもよいヒドロキシ基、置換されていてもよいチオール基または置換されていてもよいアミノ基を、Aは置換されていてもよいアシル基、置換されていてもよい複素環基、置換されていてもよいヒドロキシ基またはエステル化もしくはアミド化されていてもよいカルボキシル基を、Bは置換されていてもよい芳香族基を、Xは酸素原子、硫黄原子または置換されていてもよい窒素原子を、Yは2価の炭化水素基または複素環基を示す。)で表されるアゾール誘導体(特開平2001−131161)が例示される。
【0028】
また、下記式(2):
【0029】
【化2】
【0030】
(式中、R3およびR4はそれぞれハロゲン原子であり、R5およびR6はそれぞれ水素原子、炭素原子数1〜5のアルキル基、炭素原子数1〜3のアルキルスルフォニル基またはアセチルアミノアルキル基である。)で表される5−フェニルピリミジン化合物およびその塩(特開平8−3142)が例示される。
【0031】
さらに、カテコール誘導体(Furukawa.Y.,J.Biol.Chem.,261巻,6039頁(1986年)、特開昭63−83020、特開昭63−156751、特開平2−53767、特開平2−104568、特開平2−149561、特開平3−99046、特開平3−83921、特開平3−86853、特開平5−32646)、キノン誘導体(特開平3−81218、特開平4−330010、特開平7−285912)、グルタミン酸誘導体(特開平7−228561)、不飽和脂肪酸誘導体(特開平8−143454)、オイデスマン誘導体(特開平8−73395)、縮環系オキサゾール誘導体(特開平8−175992)、カルバゾール誘導体(特開平8−169879)、インドール誘導体(特開平7−118152、特開平8−239362)、天然物由来のテルペン誘導体(特開平7−149633、特開平8−319289)、プリン誘導体であるレテプリニム(NeuroTherapeutics社、米国)などが挙げられる。
【0032】
これらの化合物のうち、2−アミノ−5−(2,4−ジクロロフェニル)ピリミジン(Biochemical Pharmacology 66(2003)1019−1023)および4−(4−クロロフェニル)−2−(2−メチル−1H−イミダゾール−1−イル)−5−[3−(2−メトキシフェノキシ)プロピル]−1,3−オキサゾール(Chem.Pharm.Bull.51(5)565−573(2003)が好ましい。
【0033】
これら虚血性心疾患治療薬の正確な投与量および投与計画は、個々の治療対象毎の所要量、治療方法、疾病または必要性の程度、および薬物の種類によって異なり、また当然医師の判断によることが必要である。例えば、BDNFの場合について言えば、非経口的投与する場合の投与量、投与回数は症状、年齢、体重、投与形態等によって異なるが、例えば注射剤として皮下または静脈に投与する場合、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.1mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約500mgの範囲から投与量が選択され、例えば噴霧剤として気管に投与する場合、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.1mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約500mgの範囲から投与量が選択される。投与計画としては、連日投与または間欠投与またはその組み合わせがある。経口的投与する場合の投与量、投与回数は症状、年齢、体重、投与形態等によって異なるが、例えば、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.5mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約1000mgの範囲から投与量が選択される。
【0034】
本発明の虚血性心疾患の治療薬を薬学的に許容しうる非毒性の担体と混和することにより医薬組成物を製造することができる。このような組成物を、非経口投与用(皮下注射、筋肉注射、または静脈注射)に調製する場合は、特に溶液剤形または懸濁剤形がよく、膣または直腸投与用の場合は、特にクリ−ムまたは坐薬のような半固形型剤形がよく、経鼻腔投与用の場合、特に粉末、鼻用滴剤、またはエアロゾル剤形がよい。
【0035】
組成物は一回量投与剤形で投与することができ、また例えばレミントンの製薬科学(マック・パブリッシング・カンパニ−、イ−ストン、PA、1970年)に記載されているような製薬技術上良く知られているいずれかの方法によって調製できる。注射用製剤は医薬担体として、例えば、アルブミン等の血漿由来蛋白、グリシン等のアミノ酸、マンニト−ル等の糖を加えることができる。注射剤形で用いる場合にはさらに緩衝剤、溶解補助剤、等張剤等を添加することもできる。また、水溶製剤、凍結乾燥製剤として使用する場合、凝集を防ぐためにTween80(登録商標)、Tween20(登録商標)などの界面活性剤を添加するのが好ましい。また注射剤以外の非経口投与剤形は、蒸留水または生理食塩液、ポリエチレングリコ−ルのようなポリアルキレングリコ−ル、植物起源の油、水素化したナフタレン等を含有してもよい。例えば坐薬のような膣または直腸投与用の製剤は、一般的な賦形剤として例えばポリアキレングリコ−ル、ワセリン、カカオ油脂等を含有する。膣用製剤では、胆汁塩、エチレンジアミン塩、クエン酸塩等の吸収促進剤を含有しても良い。吸入用製剤は固体でも良く、賦形剤として例えばラクト−スを含有してもよく、また経鼻腔滴剤は水または油溶液であってもよい。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明の実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0037】
実施例1
(1)被験者
後記表1に示す虚血性心疾患の患者39名(男性29名、女性10名、平均年齢:65.0歳(標準偏差9.4)、年齢範囲:34歳〜82歳)、ならびに同一年齢層の健康者33名(男性11名、女性22名、平均年齢:68.3歳(標準偏差12.0)、年齢範囲:35歳〜82歳)を正常対照として被験者に選んだ。虚血性心疾患のすべての患者は心臓カテーテル法による冠動脈造影を施行し、冠動脈に動脈硬化による有意な冠動脈狭窄を確認することで診断した。冠動脈造影上定量的評価法により50%以上の狭窄をもって有意狭窄とした。実験対象すべてに対して冠動脈の危険因子である高脂血症、糖尿病、高血圧の治療歴、および喫煙歴について調査した。高脂血症については、日本動脈硬化学会の診断基準、すなわち血清脂質のうち総コレステロール220mg/dl以上、LDLコレステロール140mg/dl以上、HDLコレステロール40mg/dl未満、トリグリセリド150mg/dl以上、を満たすことにより診断した。糖尿病については、日本糖尿病学会の診断基準、すなわち空腹時静脈血漿グルコース濃度が126mg/dl以上、75gブドウ糖負荷試験(OGTT)の2時間値200mg/dl以上、または随時血糖値200mg/dl以上、を満たすことにより診断した。高血圧症については、国際高血圧学会の診断基準、すなわち収縮期血140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上、を満たすことによって診断した。すべての被験者に対して、自覚症状をCCS(Canadian Cardiovascular Society)分類にて付した。CCS分類は狭心症の労作時症状を重症度に応じて4段階に分類したものである(例えばCampeau,L.ら著、Grading Angina pectoris.Circulation(1976)54:522参照)。
【0038】
(2)試験方法
被験者の血清検体を採取し、測定まで−80℃で保存した。BDNFの血清レベルはBDNF測定キット(「BDNF Emax(R) ImmunoAssay Systems」、プロメガ社、米国)を用い、製造者の指示に従って測定した。すなわち、抗BDNFモノクローナル抗体を96穴プレ−トにコ−ティングし、4℃で18時間インキュベーションした。プレートをブロッキング緩衝液にて室温で1時間ブロッキング処理した。緩衝液で洗浄した後、希釈した血清100μLを添加した。定量用のスタンダ−ドとして、ヒトBDNF(78−5000pg/mL)を添加したものを用いた。室温で2時間反応させた後、緩衝液で5回洗浄し、抗ヒトBDNF抗体を添加し室温で2時間反応させた。緩衝液で5回洗浄した後、ワサビペルオキシダ−ゼ標識抗IgY抗体(100μL)を添加し、室温で1時間反応させた。次に、緩衝液で5回洗浄した後、TMB溶液(100μL)を添加し、室温で10分間反応させた後、停止液(1M塩酸:100μL)を添加して反応を止め、30分以内に450nm波長での吸光度を自動マイクロプレートリーダー(Emax、モレキュラーデバイス、米国)で測定した。検体中のBDNFの含量をサンドイッチ型ELISA法にて測定し、検量線からそのBDNFの濃度を算出した。また、これと同時にすべての被験者において血圧、血糖値、グリコヘモグロビン(HbA1c)値、血清総コレステロール値、血清LDLコレステロール値を測定した。
【0039】
(3)統計分析
データは平均値±標準偏差で示した。2群間の統計分析はスチュデントt−テストを用いて行った。変数間の関係はピアソンの積率相関係数で確認した。多群の差は一元配置分散分析(ANOVA)で解析した。自覚症状間の多重比較のため、ボンフェロニ・ダンテストを行った。0.05以下のp値を統計的に有意とした。
【0040】
(4)結果
表1に虚血性心疾患患者の特徴および上記実験結果を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
i)全被験者における血清BDNFの濃度
正常対照(NC)、虚血性心疾患(IHD)の被験者における血清BDNF濃度の散布状態を図1に示す。
スチュデントt−テストの結果、虚血性心疾患でのBDNF血清レベル(平均値:21.6ng/mL[標準偏差:9.6])は正常対照での平均値:33.2ng/mL[標準偏差:11.4],p<0.0001)よりも有意に低いことが判明した。NC群とIHD群(n=72)を総合して、血清BDNF値と年齢間に有意な相関(r=−0.120,p=0.317)はなかった。また、NC群とIHD群を総合して男性(n=40)のBDNF血清レベル(平均値:25.8ng/mL[標準偏差:11.2])と女性の(n=32)のBDNF血清レベル(平均値:28.4ng/mL[標準偏差:12.7])は有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.347)。
【0043】
ii)血清BDNFと糖尿病
虚血性心疾患患者のうち、糖尿病の既往歴のある者(n=14)の血清BDNFレベル(平均値:19.8ng/mL[標準偏差:7.7])と糖尿病の既往歴の無い者(n=25)の血清BDNFレベル(平均値:25.0ng/mL[標準偏差:11.7])の比較を図2に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.102)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血糖値の相関関係を図3に、全被験者の血清BDNF値とグリコヘモグロビンの相関関係を図4に示す。血清BDNF値と血糖値(r=−0.014,p=0.933)、グリコヘモグロビン(r=0.114,p=0.488)にはいずれも有意な相間はなかった。
【0044】
iii)血清BDNFと高脂血症
虚血性心疾患患者のうち、高脂血症の既往歴のある者(n=27)の血清BDNFレベル(平均値:22.7ng/mL[標準偏差:9.5])と高脂血症の既往歴の無い者(n=12)の血清BDNFレベル(平均値:19.3ng/mL[標準偏差:9.7])の比較を図5に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.319)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血清総コレステロール値の相関関係を図6に、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血清LDLコレステロール値の相関関係を図7に示す。血清BDNF値と血清総コレステロール値(r=−0.205、p=0.210)、血清LDLコレステロール値(r=−0.190,p=0.246)にはいずれも有意な相関はなかった。
【0045】
iv)血清BDNFと高血圧症
虚血性心疾患患者のうち、高血圧症の既往歴のある者(n=22)の血清BDNFレベル(平均値:23.0ng/mL[標準偏差:10.6])と高血圧症の既往歴の無い者(n=17)の血清BDNFレベル(平均値:19.9ng/mL[標準偏差:8.0])の比較を図8に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.333)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と収縮期血圧の相関関係を図9に、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と拡張期血圧の相関関係を図10に示す。血清BDNF値と収縮期血圧(r=−0.112,p=0.458)、拡張期血圧(r=−0.112,p=0.476)にはいずれも有意な相関はなかった。
【0046】
v)血清BDNFと喫煙
虚血性心疾患患者のうち、喫煙の既往歴のある者(n=22)の血清BDNFレベル(平均値:23.3ng/mL[標準偏差:8.9])と喫煙の既往歴の無い者(n=17)の血清BDNFレベル(平均値:19.5ng/mL[標準偏差:10.3])の比較を図11に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.223)。
【0047】
vi)血清BDNFと狭心症状
図12に示すように、虚血性心疾患患者の血清BDNF濃度はCCS分類によって有意な違いは無かった(F=1.807、p=0.179)。
【0048】
上記試験結果に見られるように、虚血性心疾患患者の血清BDNF値は同一年齢層の正常対照の値と比べて有意に減少していることがわかった。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値は、糖尿病、高脂血症、高血圧、喫煙の既往により差は見られず、血糖値、グリコヘモグロビン値、血清総コレステロール値、血清LDLコレステロール値、血圧とも直接の関係は認めなかった。さらに、血清BDNF値はCCS分類に基づく狭心症状の自覚とも無関係であった。総合すれば、減少した血清BDNF値は虚血性心疾患の病態生理に寄与しているものと考えられる。
【0049】
虚血性心疾患の主たる病態生理は動脈硬化による冠動脈の血流障害である。上記試験における虚血性心疾患患者は、全例で、冠動脈に動脈硬化による有意な狭窄または閉塞を示していた。血清BDNF値の低下は糖代謝、脂質代謝などに悪影響を与えるが、上記試験において血清BDNF値の低下は他の動脈硬化の危険因子となる疾患の既往、これまで知られた血糖値、グリコヘモグロビン、血清総コレステロール、血清LDLコレステロールなどの危険因子からでは予測できなかった。
【0050】
従って、本試験により、BDNFは虚血性心疾患の病態生理学において極めて重要な役割を果たし、特にこれまで知られた危険因子(診断マーカー)では見落とされていた患者を発見することができるため、血液中のBDNF測定は、虚血性心疾患危険群の生物学的診断マーカーとして有用であることがわかる。
【0051】
実施例2
(方法)
実験には10週齢のC57/BL6バックグラウンドの野生型マウス(Wild)とBDNFノックアウトマウスへテロタイプ(BDNF(+/−))(Nature(1994)368:147−150、THE JACKSON LABORATORYより入手した。)を用いた。前記2種類のマウスについて、麻酔・人工呼吸管理下で開胸し、冠動脈左前下行枝を結紮することによって急性心筋梗塞(MI)を作成し、それぞれを「Wild+MI」群、「BDNF(+/−)+MI」群とした。同時に前記2種類のマウスそれぞれにsham手術(偽手術)を行いコントロールとしての「sham」群とした。BDNF(住友製薬)(1mg/kg)の投与は心筋梗塞作成直後から開始し連続10日間腹腔内投与した(図13)。心筋梗塞作成2週間後に心エコー(Agilent Sonos 4500)を施行した(表3)。その後屠殺し、実体顕微鏡にて心臓の肉眼的な所見を撮影し(図14)、左心室の重量測定を行った(表2)。心臓サンプルのホルマリン固定後パラフィン切片を作成し、マッソントリクローム染色(図15)を用いて心筋梗塞サイズの定量化を行った(図16)。多群の差は、一元配置分散分析(ANOVA)で解析した。
【0052】
(結果)
図14において、「△」は結紮した冠動脈左前下行枝を示し、「↑」は心筋梗塞後の心筋リモデリングが認められた部位を示す。野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)(下段中央)と比較して、BDNFノックアウトマウス群(BDNF(+/−)+MI)(下段右側)では、心筋梗塞後の心筋リモデリングが増大していたのに対し、BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)(下段左側)では小さい傾向にあった(図14)。
表2は、各試験群における左心室重量の変化を示す。心筋梗塞後の体重で補正した左心室重量(HW/BW)は、コントロールであるsham群と比較して心筋梗塞群(MI)で有意に増加しており(p<0.01)、その増加はBDNF投与群(MI+BDNF ip)では小さい傾向にあった(表2、Wildの欄)。
BDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では、野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して心筋梗塞後の左心室重量増加が有意に大きかった(p<0.05)。
図15は、各心筋梗塞群における心筋梗塞サイズを示す。野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較してBDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では梗塞サイズが大きい傾向にあった(図15〜16)。BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)の梗塞サイズは野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して小さい傾向にあった。
表3は、心エコーによる解析結果を示す。コントロールであるsham群と比較して心筋梗塞群(MI)では、左室拡張期径(LVDD)の有意な増加、左室内径短縮率(FS)の有意な減少がみられた。心筋梗塞後の左室拡張期径(LVDD)の増加や左室内径短縮率(FS)の減少は、BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)において有意に抑制されていた。逆に、BDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して心筋梗塞後の左室拡張期径(LVDD)がより増加傾向を示し、左室内径短縮率(FS)はより減少傾向を示した。
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
急性心筋梗塞後には、左室のリモデリングの進行とそれに伴う心機能の低下により心不全が発症することが知られている。BDNFが低下しているマウス(BDNF(+/−))では低下していないマウス(Wild)と比較して、心筋梗塞後の左心室重量増加、梗塞サイズの増大、左室拡張期径(LVDD)の増大、左室内径短縮率(FS)の低下がみられることから、内因性のBDNFは心筋梗塞後の左室リモデリングに抑制的に働いていると考えられる。野生型マウスの心筋梗塞後に、BDNFを投与した群(Wild+MI+BDNF ip)ではこれら全ての変化が抑制されていることから、BDNFの心筋梗塞後の心筋リモデリング抑制に対する有用性が認められた。虚血性心疾患患者ではBDNFの発現が低下していることを考えあわせると、BDNFやその発現・活性を増加させる薬物の投与が心筋梗塞急性期の治療として非常に有効である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性心疾患危険群診断薬、診断法、予後予測法、および治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈硬化を原因とする虚血性心疾患は、日本における全疾患死亡率の約7〜8%を占め、現在なお全国で100万人以上が罹患している疾患である。食事の西欧化に伴い患者数は年々増加傾向にあり、医療経済の面からも、日本において虚血性心疾患の予防、管理が重要であることは明らかである。冠動脈硬化の危険因子としては糖尿病、喫煙、高血圧、高脂血症、家族歴、加齢、肥満などが知られている他、最近はインスリン抵抗性、肥満、高血圧、耐糖能異常などを主訴とする代謝性症候群(metabolic syndrome)などが知られている。これらを原因として、心臓を栄養する冠動脈は内腔に粥状硬化を起こし、血流障害を起こすようになる。初期には自覚症状が無く、次第に狭心症発作を起こすようになるが、虚血性心疾患患者の3〜4割はかなり病状が進展してからも症状のない無症候性虚血性心疾患であることが知られている。様々なストレスにより、この冠動脈内粥腫が破綻すると冠動脈内腔に血栓を形成、閉塞を起こし急性心筋梗塞となる。再灌流療法などの治療法の進歩により急性心筋梗塞における死亡率は減少したが、現在でも急性期の死亡率は30%近くに達し、その主な原因は心筋壊死に伴う不整脈、ポンプ失調、心破裂などである。また、急性期を過ぎた後も壊死心筋を原因として心筋の再構築(remodeling:リモデリング)が起こり、心機能の低下が起こる。慢性期にはこれらを原因とした心不全、不整脈などが死因となるため、厳密な薬物治療、生活指導が重要となる。その予後予測を行うことは、その薬物治療、生活指導の方針を決定する上で非常に重要である。また、心筋梗塞の約30%に再発を認めるため、前述のような危険因子の管理が重要となる。
【0003】
このような病態から、虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング、同危険因子の管理、早期診断、心筋保護を含めた治療、罹患後の予後予測法、再発予防の重要性が認識されている。虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング項目としては、血中コレステロール値、血糖値、血圧の測定、喫煙歴の聴取のほか、虚血性心疾患に関連して低HDLコレステロール血症(非特許文献1参照)、インスリン抵抗性(非特許文献2参照)、高ホモシステイン血症(非特許文献3参照)、酸化LDL(非特許文献4参照)などが知られていることより、これらの血中濃度の測定が行われている。予後予測法としては核種トレーサーを用いた核医学的手法が現在主に用いられている。また、薬物治療としては抗血小板薬、冠動脈拡張薬の他、アンギオテンシン転換酵素阻害薬(非特許文献5参照)などが用いられている。しかし現在なお、虚血性心疾患危険因子群のスクリーニング、治療は十分ではない。また、予後予測のための核医学的手法は経済的負担が大きく、施行可能な設備が限られている。
【0004】
脳由来神経栄養因子(以下、BDNFと略称する)は、脳内で発見された神経栄養因子の一つであり、脳内神経回路網の形成や発達、さらにはその生存維持に重要な役割を果たしていることが判明している。また、1990年代後半には、BDNFはシナプスの可塑性にも関与し、記憶や学習にも重要な役割を果たしていることが知られており、また神経細胞死に対して神経保護作用も有する事が報告されている。最近、さらにこのBDNFは神経系のみならずに心血管系において重要な役割を果たしていることが報告されている。最近の遺伝子改変動物を用いた研究により、BDNFは冠動脈内皮細胞の安定に重要であり、血管新生に関係していることが示唆されている(非特許文献6参照)。また、血管内皮自身がBDNFを合成、分泌しており、血管障害、心筋虚血によりBDNFの合成、発現は促進されることも報告されている(非特許文献7および8参照)。その他、BDNFは高脂血症による血管内皮障害に保護的に働く可能性があることや(非特許文献9参照)、BDNFの低下は、耐糖能異常、脂質代謝異常などを示し動脈硬化に促進的に働く代謝性症候群(metabolic syndrome)の病状を進展させる可能性などが示唆されている(非特許文献10参照)。しかしながら虚血性心疾患におけるBDNFの役割、特に急性心筋梗塞後の心筋のリモデリングとの関係等については報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Atheroscler.Tromb.Vasc.Biolo.(1995)15:431−440
【非特許文献2】Diabetes(1988)37:1595−1607
【非特許文献3】JAMA(1992)268:877−881
【非特許文献4】J.Clin.Invest.(1991)88:1785−1792
【非特許文献5】Eur.Heart.J.(1998)19:A12−A19
【非特許文献6】Development(2000)127:4531−4540
【非特許文献7】FASEB(2000)470:113−117
【非特許文献8】Journal of pathology(2001)194:247−253
【非特許文献9】Arch.Physiol.Biochem.(2001)109:357−360
【非特許文献10】J.Urol.(2003)169:1577−1578
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
虚血性心疾患は前述したとおり、日本における主な死因のひとつであり、現在もなお、患者数が増加している疾患であるが、無症状に進行することも多く、そのスクリーニングも十分でなく、治療法も十分ではない。また罹患後の治療方針決定のための予後予測法も十分ではない。従って医療現場から虚血性心疾患の危険因子を早期診断できる診断薬、診断方法、治療薬、簡便な予後予測法の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行なった結果、虚血性心疾患の患者の血清中BDNFのレベルが、健常者のそれと比較して有意に低下していることを見出し、その違いを利用することにより、抗脳由来神経栄養因子抗体(以下、「抗BDNF抗体」という)を用いてBDNFを測定することにより虚血性心疾患危険群の診断が可能となることを見出した。また、BDNFあるいはBDNFを増加させる薬物を投与することにより虚血性心疾患の治療、特に心筋梗塞後の心筋のリモデリングを抑制できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は下記の態様の発明を提供するものである。
1.抗BDNF抗体を含有する虚血性心疾患危険群診断薬。
2.血液中のBDNFの濃度を測定するためのものである上記1に記載の虚血性心疾患危険群診断薬。
3.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含む上記1または2に記載の虚血性心疾患危険群診断薬。
4.抗BDNF抗体および標識化剤を含有する虚血性心疾患危険群の診断キット。
5.血液中のBDNFの濃度を測定するためのものである上記4に記載の虚血性心疾患危険群の診断キット。
6.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含む上記4または5に記載の虚血性心疾患危険群の診断キット。
7.血液中のBDNFの濃度を測定することを特徴とする虚血性心疾患危険群の検定方法。
8.抗BDNF抗体を用いてBDNFの濃度を測定するものである上記7に記載の虚血性心疾患危険群の検定方法。
9.抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を用いてBDNFの濃度を測定するものである上記7に記載の虚血性心疾患危険群の検定方法。
10.血液中のBDNFの濃度を測定することを特徴とする虚血性心疾患の治療薬の検定方法。
11.BDNFを増加させる化合物を含有する虚血性心疾患の治療薬。
12.BDNFを含有する虚血性心疾患の治療薬。
13.BDNFを増加させる化合物の、虚血性心疾患の治療薬製造のための使用。
14.BDNFの、虚血性心疾患の治療薬製造のための使用。
15.BDNFを増加させる化合物を投与することを特徴とする虚血性心疾患の治療方法。
16.BDNFを投与することを特徴とする虚血性心疾患の治療方法。
17.BDNFを含有する心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬。
18.BDNFの、心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制予防薬製造のための使用。
19.BDNFを投与することを特徴とする心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の虚血性心疾患危険群の診断薬を用いれば、血液中のBDNFを測定することによって、冠動脈硬化症、狭心症、急性および陳旧性心筋梗塞等の虚血性心疾患危険群が正確に診断できる。特に、抗BDNF抗体と標識化抗BDNF抗体とを用いて患者血液中のBDNFの濃度を測定することによって該診断が容易に行われる。また、本発明によれば、BDNFあるいはBDNFを増加させる化合物を含有する虚血性心疾患の治療薬、さらに心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】正常対照(NC)、虚血性心疾患(IHD)の患者における血清BDNF濃度の散布図である。
【図2】虚血性心疾患患者における糖尿病合併例(DM(+))と糖尿病非合併例(DM(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図3】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血糖値(BS)の間の相関関係を示す。
【図4】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度とグリコヘモグロビン(HbA1c)値の間の相関関係を示す。
【図5】虚血性心疾患患者における高脂血症合併例(HL(+))と高脂血症非合併例(HL(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図6】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血清総コレステロール(T−cho)値の間の相関関係を示す。
【図7】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と血清LDLコレステロール(LDL)値の間の相関関係を示す。
【図8】虚血性心疾患患者における高血圧合併例(HT(+))と高血圧非合併例(HT(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図9】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と収縮期血圧の間の相関関係を示す。
【図10】虚血性心疾患患者における血清BDNF濃度と拡張期血圧の間の相関関係を示す。
【図11】虚血性心疾患患者における喫煙例(喫煙(+))と非喫煙例(喫煙(−))における血清BDNF濃度の散布図である。
【図12】虚血性心疾患患者におけるCCSスコアによる血清BDNF濃度の違いを示す。
【図13】心筋梗塞モデル作成のプロトコールを示す。
【図14】心臓標本の肉眼的所見を示す。
【図15】心臓切片のマッソントリクローム染色結果を示す。
【図16】心筋梗塞のサイズ(マッソントリクローム染色)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の虚血性心疾患危険群診断薬、診断キット、虚血性心疾患危険群の検定方法、虚血性心疾患治療薬およびその検定方法について以下に詳細に説明する。
【0011】
本明細書における用語の意味あるいは定義は以下のとおりである。
「抗脳由来神経栄養因子抗体(抗BDNF抗体)」とは、BDNFを抗原として得られる抗体をいう。該抗体は、BDNFに結合する能力があればよく、ポリクロ−ナル抗体、モノクロ−ナル抗体、さらに遺伝子組み換え技術によって得られる抗体を含む。また必要により当該抗体は、精製や化学修飾を施したものであっても、F(ab‘)2など断片化したものであっても良い。好ましいものとしては、特異的にBDNFに結合するポリクロ−ナル抗体、モノクロ−ナル抗体等が挙げられる。当該抗BDNFモノクローナル抗体としては市販されているものを使用することができる。
【0012】
「標識化抗脳由来神経栄養因子抗体(標識化抗BDNF抗体)」とは、抗BDNF抗体にペルオキシダ−ゼ、β−D−ガラクトシダ−ゼ、アルカリフォスファタ−ゼ、グルコ−ス−6−リン酸脱水素酵素等の酵素、蛍光性物質、放射性同位元素または同位元素、金コロイド粒子、カラーラテックス等を結合させて標識し、試料中のBDNFを検出できるように工夫された抗体をいう。さらに「標識化抗BDNF抗体」には、ビオチン、2,4−ジニトロフェノ−ル等で修飾した抗BDNF抗体も含まれる。これらビオチン、2,4−ジニトロフェノ−ル等で修飾した抗BDNF抗体を使用する際には、該標識化抗BDNF抗体に加え、さらに、標識化したアビジン、標識化した抗2,4−ジニトロフェノ−ル抗体を用いることで、高感度に試料中のBDNFを検出することができる。
【0013】
「虚血性心疾患」とは、冠動脈硬化症、狭心症、急性および陳旧性心筋梗塞を含み、壮年期以降の男女に多く、生命維持に必要な心臓の重篤な障害をいう。冠動脈硬化症の特徴は、心臓を栄養する冠動脈内の動脈硬化であり、狭心症の特徴は、冠動脈血流障害による胸痛発作であり、心筋梗塞の特徴は冠動脈血流障害による心筋壊死と、それに付随する不整脈、心不全、心破裂、ポンプ失調などの致命的な合併症である。重要臓器である心臓への血流障害はこれら虚血性心疾患の本質的な特徴である。
「心筋梗塞後の心筋リモデリング」とは、心筋梗塞後に生じる梗塞部位の非薄化による心機能低下の代償として起こる非梗塞部位の心筋細胞の肥大、間質(細胞外マトリクス)の増加、心内腔の拡大などの一連の変化をいう。心筋梗塞後の長期予後は、左心室機能不全の程度と相関するため、心筋リモデリングを抑制することは左心室の機能を維持・保存するために重要である。
【0014】
本発明による虚血性心疾患危険因子群の診断は、例えばヒトの血液中のBDNF量を測定することによって行なうことが出来る。具体的には、ヒトの血液から血清を調製し、血清中のBDNFの量を種々の方法により測定する。血液中のBDNF量の測定は、抗BDNF抗体を用いた免疫学的方法が好ましく、抗BDNF抗体と標識化抗BDNF抗体とを用いた免疫学的方法がより好ましく、望ましくはBDNFに対して特異性の高い抗体を用いたサンドイッチELISAによってBDNFを検出・定量することである。
【0015】
より具体的には、固相化抗BDNF抗体に検体である血清を接触させ、固相を洗浄後標識化抗BDNF抗体を接触させ、該標識を用いてBDNF量を測定する方法が好ましい。ここで標識化抗BDNF抗体としては、前記の如く直接測定可能な標識体で標識したもの、ビオチンとアビジンの組み合せや2,4−ジニトロフェノールとその抗体との組み合せも挙げられる。
【0016】
具体的な血液中のBDNFを測定する方法としては、例えば
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバ−、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血清を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.標識化された抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0017】
さらに、具体的な血清中のBDNFを測定する方法としては、例えば、
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバー、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血清を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.ビオチンまたは2,4−ジニトロフェノ−ルで修飾した抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.標識化アビジンまたは標識化2,4−ジニトロフェノ−ル抗体を加える、または接触させる工程;
6.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0018】
さらに、具体的な血清中のBDNFを測定する方法としては、例えば、
1.ポリスチレン、ナイロン、ガラス、シリコンラバ−、セファロ−ス等の固相に抗BDNF抗体を固定する工程;
2.診断する患者の血液を固相に加える、または接触させる工程;
3.固相を洗浄する工程;
4.ビオチンで修飾した抗BDNF抗体を加える、または接触させる工程;
5.標識化アビジンを加える、または接触させる工程;
6.該標識を用いてBDNFの量を測定する工程;
からなる方法等が挙げられる。
【0019】
固相の形状として小球、ウェル、試験管、ニトロセルロースなどのメンブラン等が挙げられる。
【0020】
抗原またはELISAのスタンダ−ドとして用いるBDNFは、市販されているものを使用することができる他、生物材料からの精製あるいは遺伝子工学的手法により調製することができる。遺伝子工学的手法を用いる場合、BDNFをコ−ドする遺伝子を適切なベクタ−に組み込み、これを適切な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換の培養上清から目的とする組換えBDNFを得ることができ、均質で多量のBDNFの生産に好適である。上記宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、枯草菌、酵母、植物または動物細胞を用いることができる。
【0021】
抗BDNF抗体は、BDNFを抗原として、マウス、ラット、ウサギ、ニワトリ、シチメンチョウ、ウマ、ヤギなどに免疫することにより調製される。標識化抗BDNF抗体は、汎用される方法のほか、市販されているビオチン化試薬や架橋剤付きペルオキシダ−ゼ等を用いて調製することができる。
【0022】
虚血性心疾患危険群の診断は、血液中BDNFの濃度について一定の基準を設定し、測定した血液検体のBDNF濃度を該基準と比較、評価することで実施できる。基準の設定の仕方としては、臨床検査の分野でよく使用される95パーセンタイル値やROC曲線を用いて所望の検査精度から設定する方法などが挙げられる。虚血性心疾患者の血液中BDNF濃度は健常者のそれより有意に低いので、上記の手段により血液中のBDNF量を測定し、健常者のそれと比較すれば、虚血性心疾患の危険度が高いことが診断できる。
このような評価は、BDNFの測定単独で行う方法のほかにBDNFとそれ以外の指標、例えば公知のマーカー等の測定値と関連付けて行う方法が挙げられる。ここで関連付けるとは、計算式を使用してBDNF測定単独では得ることができなかった情報を得ることをいう。関連付ける方法として、BDNFの測定値を公知のマーカーの測定値で除し、求めた比(二つの測定値の比)を新たな指標とすることなどが例示できる。これにより検査・診断の精度を所望のものに調整することができる。
【0023】
本発明の虚血性心疾患危険群診断薬または診断薬キットは、抗BDNF抗体、抗BDNF抗体および標識化剤、あるいは抗BDNF抗体および標識化抗BDNF抗体を含むものであればよい。
【0024】
本発明方法は、また虚血性心疾患の治療薬の検定にも有用である。すなわち、虚血性心疾患治療薬の治療効果を検定することもできる。また、BDNFを増加させる作用を有する化合物は、虚血性心疾患の治療薬として有用である。また、BDNFの量が低いモデル動物(マウスやラットなど)は、虚血性心疾患の動物モデルとしても有用である。従って、この検定方法を利用することにより、新しい虚血性心疾患の治療薬のスクリ−ニングも行なうことが可能である。
【0025】
このような方法で見出される治療薬には、非経口的または経口的に投与できる薬物が含まれ得る。虚血性心疾患の治療薬としては、BDNF自身の他、下記式(1):
【0026】
【化1】
【0027】
(式中、R1はハロゲン原子、置換されていてもよい複素環基、置換されていてもよいヒドロキシ基、置換されていてもよいチオール基または置換されていてもよいアミノ基を、Aは置換されていてもよいアシル基、置換されていてもよい複素環基、置換されていてもよいヒドロキシ基またはエステル化もしくはアミド化されていてもよいカルボキシル基を、Bは置換されていてもよい芳香族基を、Xは酸素原子、硫黄原子または置換されていてもよい窒素原子を、Yは2価の炭化水素基または複素環基を示す。)で表されるアゾール誘導体(特開平2001−131161)が例示される。
【0028】
また、下記式(2):
【0029】
【化2】
【0030】
(式中、R3およびR4はそれぞれハロゲン原子であり、R5およびR6はそれぞれ水素原子、炭素原子数1〜5のアルキル基、炭素原子数1〜3のアルキルスルフォニル基またはアセチルアミノアルキル基である。)で表される5−フェニルピリミジン化合物およびその塩(特開平8−3142)が例示される。
【0031】
さらに、カテコール誘導体(Furukawa.Y.,J.Biol.Chem.,261巻,6039頁(1986年)、特開昭63−83020、特開昭63−156751、特開平2−53767、特開平2−104568、特開平2−149561、特開平3−99046、特開平3−83921、特開平3−86853、特開平5−32646)、キノン誘導体(特開平3−81218、特開平4−330010、特開平7−285912)、グルタミン酸誘導体(特開平7−228561)、不飽和脂肪酸誘導体(特開平8−143454)、オイデスマン誘導体(特開平8−73395)、縮環系オキサゾール誘導体(特開平8−175992)、カルバゾール誘導体(特開平8−169879)、インドール誘導体(特開平7−118152、特開平8−239362)、天然物由来のテルペン誘導体(特開平7−149633、特開平8−319289)、プリン誘導体であるレテプリニム(NeuroTherapeutics社、米国)などが挙げられる。
【0032】
これらの化合物のうち、2−アミノ−5−(2,4−ジクロロフェニル)ピリミジン(Biochemical Pharmacology 66(2003)1019−1023)および4−(4−クロロフェニル)−2−(2−メチル−1H−イミダゾール−1−イル)−5−[3−(2−メトキシフェノキシ)プロピル]−1,3−オキサゾール(Chem.Pharm.Bull.51(5)565−573(2003)が好ましい。
【0033】
これら虚血性心疾患治療薬の正確な投与量および投与計画は、個々の治療対象毎の所要量、治療方法、疾病または必要性の程度、および薬物の種類によって異なり、また当然医師の判断によることが必要である。例えば、BDNFの場合について言えば、非経口的投与する場合の投与量、投与回数は症状、年齢、体重、投与形態等によって異なるが、例えば注射剤として皮下または静脈に投与する場合、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.1mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約500mgの範囲から投与量が選択され、例えば噴霧剤として気管に投与する場合、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.1mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約500mgの範囲から投与量が選択される。投与計画としては、連日投与または間欠投与またはその組み合わせがある。経口的投与する場合の投与量、投与回数は症状、年齢、体重、投与形態等によって異なるが、例えば、成人の患者の体重1kg、一日当たり約0.5mg〜約2500mgの範囲、好ましくは約1mg〜約1000mgの範囲から投与量が選択される。
【0034】
本発明の虚血性心疾患の治療薬を薬学的に許容しうる非毒性の担体と混和することにより医薬組成物を製造することができる。このような組成物を、非経口投与用(皮下注射、筋肉注射、または静脈注射)に調製する場合は、特に溶液剤形または懸濁剤形がよく、膣または直腸投与用の場合は、特にクリ−ムまたは坐薬のような半固形型剤形がよく、経鼻腔投与用の場合、特に粉末、鼻用滴剤、またはエアロゾル剤形がよい。
【0035】
組成物は一回量投与剤形で投与することができ、また例えばレミントンの製薬科学(マック・パブリッシング・カンパニ−、イ−ストン、PA、1970年)に記載されているような製薬技術上良く知られているいずれかの方法によって調製できる。注射用製剤は医薬担体として、例えば、アルブミン等の血漿由来蛋白、グリシン等のアミノ酸、マンニト−ル等の糖を加えることができる。注射剤形で用いる場合にはさらに緩衝剤、溶解補助剤、等張剤等を添加することもできる。また、水溶製剤、凍結乾燥製剤として使用する場合、凝集を防ぐためにTween80(登録商標)、Tween20(登録商標)などの界面活性剤を添加するのが好ましい。また注射剤以外の非経口投与剤形は、蒸留水または生理食塩液、ポリエチレングリコ−ルのようなポリアルキレングリコ−ル、植物起源の油、水素化したナフタレン等を含有してもよい。例えば坐薬のような膣または直腸投与用の製剤は、一般的な賦形剤として例えばポリアキレングリコ−ル、ワセリン、カカオ油脂等を含有する。膣用製剤では、胆汁塩、エチレンジアミン塩、クエン酸塩等の吸収促進剤を含有しても良い。吸入用製剤は固体でも良く、賦形剤として例えばラクト−スを含有してもよく、また経鼻腔滴剤は水または油溶液であってもよい。
【実施例】
【0036】
以下に、本発明の実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0037】
実施例1
(1)被験者
後記表1に示す虚血性心疾患の患者39名(男性29名、女性10名、平均年齢:65.0歳(標準偏差9.4)、年齢範囲:34歳〜82歳)、ならびに同一年齢層の健康者33名(男性11名、女性22名、平均年齢:68.3歳(標準偏差12.0)、年齢範囲:35歳〜82歳)を正常対照として被験者に選んだ。虚血性心疾患のすべての患者は心臓カテーテル法による冠動脈造影を施行し、冠動脈に動脈硬化による有意な冠動脈狭窄を確認することで診断した。冠動脈造影上定量的評価法により50%以上の狭窄をもって有意狭窄とした。実験対象すべてに対して冠動脈の危険因子である高脂血症、糖尿病、高血圧の治療歴、および喫煙歴について調査した。高脂血症については、日本動脈硬化学会の診断基準、すなわち血清脂質のうち総コレステロール220mg/dl以上、LDLコレステロール140mg/dl以上、HDLコレステロール40mg/dl未満、トリグリセリド150mg/dl以上、を満たすことにより診断した。糖尿病については、日本糖尿病学会の診断基準、すなわち空腹時静脈血漿グルコース濃度が126mg/dl以上、75gブドウ糖負荷試験(OGTT)の2時間値200mg/dl以上、または随時血糖値200mg/dl以上、を満たすことにより診断した。高血圧症については、国際高血圧学会の診断基準、すなわち収縮期血140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上、を満たすことによって診断した。すべての被験者に対して、自覚症状をCCS(Canadian Cardiovascular Society)分類にて付した。CCS分類は狭心症の労作時症状を重症度に応じて4段階に分類したものである(例えばCampeau,L.ら著、Grading Angina pectoris.Circulation(1976)54:522参照)。
【0038】
(2)試験方法
被験者の血清検体を採取し、測定まで−80℃で保存した。BDNFの血清レベルはBDNF測定キット(「BDNF Emax(R) ImmunoAssay Systems」、プロメガ社、米国)を用い、製造者の指示に従って測定した。すなわち、抗BDNFモノクローナル抗体を96穴プレ−トにコ−ティングし、4℃で18時間インキュベーションした。プレートをブロッキング緩衝液にて室温で1時間ブロッキング処理した。緩衝液で洗浄した後、希釈した血清100μLを添加した。定量用のスタンダ−ドとして、ヒトBDNF(78−5000pg/mL)を添加したものを用いた。室温で2時間反応させた後、緩衝液で5回洗浄し、抗ヒトBDNF抗体を添加し室温で2時間反応させた。緩衝液で5回洗浄した後、ワサビペルオキシダ−ゼ標識抗IgY抗体(100μL)を添加し、室温で1時間反応させた。次に、緩衝液で5回洗浄した後、TMB溶液(100μL)を添加し、室温で10分間反応させた後、停止液(1M塩酸:100μL)を添加して反応を止め、30分以内に450nm波長での吸光度を自動マイクロプレートリーダー(Emax、モレキュラーデバイス、米国)で測定した。検体中のBDNFの含量をサンドイッチ型ELISA法にて測定し、検量線からそのBDNFの濃度を算出した。また、これと同時にすべての被験者において血圧、血糖値、グリコヘモグロビン(HbA1c)値、血清総コレステロール値、血清LDLコレステロール値を測定した。
【0039】
(3)統計分析
データは平均値±標準偏差で示した。2群間の統計分析はスチュデントt−テストを用いて行った。変数間の関係はピアソンの積率相関係数で確認した。多群の差は一元配置分散分析(ANOVA)で解析した。自覚症状間の多重比較のため、ボンフェロニ・ダンテストを行った。0.05以下のp値を統計的に有意とした。
【0040】
(4)結果
表1に虚血性心疾患患者の特徴および上記実験結果を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
i)全被験者における血清BDNFの濃度
正常対照(NC)、虚血性心疾患(IHD)の被験者における血清BDNF濃度の散布状態を図1に示す。
スチュデントt−テストの結果、虚血性心疾患でのBDNF血清レベル(平均値:21.6ng/mL[標準偏差:9.6])は正常対照での平均値:33.2ng/mL[標準偏差:11.4],p<0.0001)よりも有意に低いことが判明した。NC群とIHD群(n=72)を総合して、血清BDNF値と年齢間に有意な相関(r=−0.120,p=0.317)はなかった。また、NC群とIHD群を総合して男性(n=40)のBDNF血清レベル(平均値:25.8ng/mL[標準偏差:11.2])と女性の(n=32)のBDNF血清レベル(平均値:28.4ng/mL[標準偏差:12.7])は有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.347)。
【0043】
ii)血清BDNFと糖尿病
虚血性心疾患患者のうち、糖尿病の既往歴のある者(n=14)の血清BDNFレベル(平均値:19.8ng/mL[標準偏差:7.7])と糖尿病の既往歴の無い者(n=25)の血清BDNFレベル(平均値:25.0ng/mL[標準偏差:11.7])の比較を図2に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.102)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血糖値の相関関係を図3に、全被験者の血清BDNF値とグリコヘモグロビンの相関関係を図4に示す。血清BDNF値と血糖値(r=−0.014,p=0.933)、グリコヘモグロビン(r=0.114,p=0.488)にはいずれも有意な相間はなかった。
【0044】
iii)血清BDNFと高脂血症
虚血性心疾患患者のうち、高脂血症の既往歴のある者(n=27)の血清BDNFレベル(平均値:22.7ng/mL[標準偏差:9.5])と高脂血症の既往歴の無い者(n=12)の血清BDNFレベル(平均値:19.3ng/mL[標準偏差:9.7])の比較を図5に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.319)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血清総コレステロール値の相関関係を図6に、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と血清LDLコレステロール値の相関関係を図7に示す。血清BDNF値と血清総コレステロール値(r=−0.205、p=0.210)、血清LDLコレステロール値(r=−0.190,p=0.246)にはいずれも有意な相関はなかった。
【0045】
iv)血清BDNFと高血圧症
虚血性心疾患患者のうち、高血圧症の既往歴のある者(n=22)の血清BDNFレベル(平均値:23.0ng/mL[標準偏差:10.6])と高血圧症の既往歴の無い者(n=17)の血清BDNFレベル(平均値:19.9ng/mL[標準偏差:8.0])の比較を図8に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.333)。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と収縮期血圧の相関関係を図9に、虚血性心疾患患者の血清BDNF値と拡張期血圧の相関関係を図10に示す。血清BDNF値と収縮期血圧(r=−0.112,p=0.458)、拡張期血圧(r=−0.112,p=0.476)にはいずれも有意な相関はなかった。
【0046】
v)血清BDNFと喫煙
虚血性心疾患患者のうち、喫煙の既往歴のある者(n=22)の血清BDNFレベル(平均値:23.3ng/mL[標準偏差:8.9])と喫煙の既往歴の無い者(n=17)の血清BDNFレベル(平均値:19.5ng/mL[標準偏差:10.3])の比較を図11に示す。両群間のBDNF血清レベルは有意に違わなかった(スチュデントt−テスト、p=0.223)。
【0047】
vi)血清BDNFと狭心症状
図12に示すように、虚血性心疾患患者の血清BDNF濃度はCCS分類によって有意な違いは無かった(F=1.807、p=0.179)。
【0048】
上記試験結果に見られるように、虚血性心疾患患者の血清BDNF値は同一年齢層の正常対照の値と比べて有意に減少していることがわかった。また、虚血性心疾患患者の血清BDNF値は、糖尿病、高脂血症、高血圧、喫煙の既往により差は見られず、血糖値、グリコヘモグロビン値、血清総コレステロール値、血清LDLコレステロール値、血圧とも直接の関係は認めなかった。さらに、血清BDNF値はCCS分類に基づく狭心症状の自覚とも無関係であった。総合すれば、減少した血清BDNF値は虚血性心疾患の病態生理に寄与しているものと考えられる。
【0049】
虚血性心疾患の主たる病態生理は動脈硬化による冠動脈の血流障害である。上記試験における虚血性心疾患患者は、全例で、冠動脈に動脈硬化による有意な狭窄または閉塞を示していた。血清BDNF値の低下は糖代謝、脂質代謝などに悪影響を与えるが、上記試験において血清BDNF値の低下は他の動脈硬化の危険因子となる疾患の既往、これまで知られた血糖値、グリコヘモグロビン、血清総コレステロール、血清LDLコレステロールなどの危険因子からでは予測できなかった。
【0050】
従って、本試験により、BDNFは虚血性心疾患の病態生理学において極めて重要な役割を果たし、特にこれまで知られた危険因子(診断マーカー)では見落とされていた患者を発見することができるため、血液中のBDNF測定は、虚血性心疾患危険群の生物学的診断マーカーとして有用であることがわかる。
【0051】
実施例2
(方法)
実験には10週齢のC57/BL6バックグラウンドの野生型マウス(Wild)とBDNFノックアウトマウスへテロタイプ(BDNF(+/−))(Nature(1994)368:147−150、THE JACKSON LABORATORYより入手した。)を用いた。前記2種類のマウスについて、麻酔・人工呼吸管理下で開胸し、冠動脈左前下行枝を結紮することによって急性心筋梗塞(MI)を作成し、それぞれを「Wild+MI」群、「BDNF(+/−)+MI」群とした。同時に前記2種類のマウスそれぞれにsham手術(偽手術)を行いコントロールとしての「sham」群とした。BDNF(住友製薬)(1mg/kg)の投与は心筋梗塞作成直後から開始し連続10日間腹腔内投与した(図13)。心筋梗塞作成2週間後に心エコー(Agilent Sonos 4500)を施行した(表3)。その後屠殺し、実体顕微鏡にて心臓の肉眼的な所見を撮影し(図14)、左心室の重量測定を行った(表2)。心臓サンプルのホルマリン固定後パラフィン切片を作成し、マッソントリクローム染色(図15)を用いて心筋梗塞サイズの定量化を行った(図16)。多群の差は、一元配置分散分析(ANOVA)で解析した。
【0052】
(結果)
図14において、「△」は結紮した冠動脈左前下行枝を示し、「↑」は心筋梗塞後の心筋リモデリングが認められた部位を示す。野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)(下段中央)と比較して、BDNFノックアウトマウス群(BDNF(+/−)+MI)(下段右側)では、心筋梗塞後の心筋リモデリングが増大していたのに対し、BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)(下段左側)では小さい傾向にあった(図14)。
表2は、各試験群における左心室重量の変化を示す。心筋梗塞後の体重で補正した左心室重量(HW/BW)は、コントロールであるsham群と比較して心筋梗塞群(MI)で有意に増加しており(p<0.01)、その増加はBDNF投与群(MI+BDNF ip)では小さい傾向にあった(表2、Wildの欄)。
BDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では、野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して心筋梗塞後の左心室重量増加が有意に大きかった(p<0.05)。
図15は、各心筋梗塞群における心筋梗塞サイズを示す。野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較してBDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では梗塞サイズが大きい傾向にあった(図15〜16)。BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)の梗塞サイズは野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して小さい傾向にあった。
表3は、心エコーによる解析結果を示す。コントロールであるsham群と比較して心筋梗塞群(MI)では、左室拡張期径(LVDD)の有意な増加、左室内径短縮率(FS)の有意な減少がみられた。心筋梗塞後の左室拡張期径(LVDD)の増加や左室内径短縮率(FS)の減少は、BDNF投与群(Wild+MI+BDNF ip)において有意に抑制されていた。逆に、BDNFノックアウトマウスの心筋梗塞群(BDNF(+/−)+MI)では野生型マウスの心筋梗塞群(Wild+MI)と比較して心筋梗塞後の左室拡張期径(LVDD)がより増加傾向を示し、左室内径短縮率(FS)はより減少傾向を示した。
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
急性心筋梗塞後には、左室のリモデリングの進行とそれに伴う心機能の低下により心不全が発症することが知られている。BDNFが低下しているマウス(BDNF(+/−))では低下していないマウス(Wild)と比較して、心筋梗塞後の左心室重量増加、梗塞サイズの増大、左室拡張期径(LVDD)の増大、左室内径短縮率(FS)の低下がみられることから、内因性のBDNFは心筋梗塞後の左室リモデリングに抑制的に働いていると考えられる。野生型マウスの心筋梗塞後に、BDNFを投与した群(Wild+MI+BDNF ip)ではこれら全ての変化が抑制されていることから、BDNFの心筋梗塞後の心筋リモデリング抑制に対する有用性が認められた。虚血性心疾患患者ではBDNFの発現が低下していることを考えあわせると、BDNFやその発現・活性を増加させる薬物の投与が心筋梗塞急性期の治療として非常に有効である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳由来神経栄養因子を含有する心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬。
【請求項2】
脳由来神経栄養因子の、心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬製造のための使用。
【請求項1】
脳由来神経栄養因子を含有する心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬。
【請求項2】
脳由来神経栄養因子の、心筋梗塞後の心筋リモデリングの抑制・予防薬製造のための使用。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図16】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図10】
【図11】
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【図16】
【図14】
【公開番号】特開2011−84571(P2011−84571A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7128(P2011−7128)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【分割の表示】特願2006−510690(P2006−510690)の分割
【原出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(390037327)積水メディカル株式会社 (111)
【出願人】(504084155)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【分割の表示】特願2006−510690(P2006−510690)の分割
【原出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(390037327)積水メディカル株式会社 (111)
【出願人】(504084155)
【Fターム(参考)】
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