説明

蛍光体

【課題】半導体ナノ粒子により構成される蛍光体の提供。
【解決手段】蛍光体は、コア10、及びこのコア10を被覆するシェル20により構成されており、コア10は、11族、13族、及び16族の元素からなり、カルコパイライト型構造を含む第1化合物からなり、シェル20は、12族及び16族の元素からなる第2化合物からなる。例えば、コア10を直径4nm以下のCuInSe2 の球状粒子とし、コア10の表面に格子不整合率が2%以下のZnSeでシェルを形成することにより、量子効率が高く、蛍光強度が高い蛍光体が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体ナノ粒子を含む蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノサイズの粒子材料はバルクの材料とは異なる性質を示すことが知られている。例えば、半導体では、従来材料固有のものと考えられてきたバンドギャップが粒子のサイズによって変化する、いわゆる量子サイズ効果がよく知られている。この効果が顕著になる粒子の大きさは、半導体材料の種類によって異なり、一般的には数nm〜数十nmである。また、量子サイズ効果が顕著となると共に、それまで観測されなかった発光が観測できるようになる等の効果が知られている材料も存在する(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
例えば、CdSe/ZnS、CdSe/CdS等のコア/シェル型構造を有する半導体ナノ結晶では、赤〜青緑に対応した波長領域の蛍光が得られており、しかも、量子効率が80%以上の高輝度ものが実現されている。このような半導体ナノ結晶は、無機半導体であるため、有機色素に比べ高い安定性を有している。そのため、発光素子の蛍光体や生化学反応を検出するためのプローブとして用いることができ、ディスプレイ、蛍光タグ等として応用され始めている。
【特許文献1】特表2003−524147号公報
【特許文献2】特願2004−210548号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、CdSe/ZnS、CdSe/CdS等の半導体ナノ結晶蛍光体は、Cd(カドミウム)を含んでいるため、安全上及び環境上の見地から問題がある。そのため、安全でより環境への影響が少ない材料への代替化が望まれている。
【0005】
そこで本発明の発明者らは、低毒性の元素により構成された半導体ナノ結晶蛍光体の創製を目的とした研究を行っており、カルコパイライト構造を有する化合物CuInS2 とZnSなどの12族−16族系化合物との複合ナノ結晶が、可視光領域において蛍光を示す蛍光体となり得ることを見出している(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
しかし、CuInS2とZnSとの複合ナノ結晶による蛍光体は、量子効率が10%程度と低く、実用上の観点から量子効率の改善が求められていた。
【0007】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、毒性が低く、かつ量子効率が高い蛍光体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1発明に係る蛍光体は、コアと、該コアを被覆するシェルとからなる蛍光体において、前記コアは、11族、13族、及び16族の元素からなり、カルコパイライト型構造を有する第1化合物を含み、前記シェルは、12族及び16族の元素からなる第2化合物を含むことを特徴とする。
【0009】
第1発明にあっては、カドミウム(Cd)などの毒性が強い元素を含まない蛍光体が得られる。また、第1化合物からなるコアを、量子閉じ込め効果が発現するようなバンド構造を持つ第2化合物でコーティングして、コア/シェル構造とすることにより、輝度の高い蛍光体が得られる。
【0010】
第2発明に係る蛍光体は、第1発明に係る蛍光体において、前記第1化合物は、銅(Cu)、インジウム(In)、及びセレン(Se)の元素からなることを特徴とする。
【0011】
第2発明にあっては、第1化合物が毒性の低い元素により構成される。
【0012】
第3発明に係る蛍光体は、第1発明に係る蛍光体において、前記第2化合物は、亜鉛(Zn)及びセレン(Se)の元素からなることを特徴とする。
【0013】
第3発明にあっては、第2化合物が毒性の低い元素により構成される。
【0014】
第4発明に係る蛍光体は、第1発明乃至第3発明の何れか1つに記載の蛍光体において、前記第1化合物と第2化合物との格子不整合率が2%以下であることを特徴とする。
【0015】
第4発明にあっては、第1化合物と第2化合物との格子不整合率を2%以下としているため、励起された電子が欠陥にトラップされる可能性が低くなり、無輻射で緩和される過程が減少する。
【0016】
第5発明に係る蛍光体は、第1発明乃至第4発明の何れか1つに記載の蛍光体において、前記コアは直径4nm以下の球状粒子であることを特徴とする。
【0017】
第5発明にあっては、コアの粒径を4nm以下としており、粒径を調節することで量子サイズ効果による波長制御が可能となる。
【発明の効果】
【0018】
第1発明による場合は、カドミウム(Cd)などの毒性が強い元素を含まない蛍光体を提供することができる。したがって、発光素子、生化学反応を検出するためのプローブ等に使用することができ、ディスプレイ、蛍光タグ等の民生品への応用が可能となる。また、第1化合物からなるコアを、量子閉じ込め効果が発現するようなバンド構造を持つ第2化合物で被覆して、コア/シェル構造とすることにより、輝度の高い蛍光体が得られるため、照明装置への応用が期待される。
【0019】
第2発明による場合は、第1化合物が毒性の低い元素により構成されているため、安全でより環境への影響が少ない蛍光体を得ることができる。
【0020】
第3発明による場合は、第2化合物が毒性の低い元素により構成されているため、安全でより環境への影響が少ない蛍光体を得ることができる。
【0021】
第4発明による場合は、第1化合物と第2化合物との格子不整合率を2%以下としているため、励起された電子が欠陥にトラップされる可能性が低くなり、無輻射で緩和される過程が減少する。その結果、コア/シェル構造の蛍光体を製造するために第1化合物を第2化合物で被覆する場合であっても、蛍光輝度の低下を最小限に抑えることができる。
【0022】
第5発明による場合は、コアの粒径を4nm以下としており、粒径を調節することで量子サイズ効果による波長制御が可能となり、民生品への応用範囲を広げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
図1は本発明に係る蛍光体の構造を示す模式図である。本発明に係る蛍光体は、自身が蛍光体となり得るコア10と、このコア10を被覆するシェル20とからなる。コア10は、11族元素(Cuなど)、13族元素(Inなど)、及び16族元素(Seなど)からなり、カルコパイライト型構造を有する化合物である。コア10は、後述するように、コロイド成長法によって直径4nm程度の球状の粒子に形成される。一方、シェル20は、12族元素(Znなど)及び16族元素(Seなど)からなる化合物であり、1nm以上の厚みでコア10の表面を被覆する。
【0024】
以下では、CuInSe2 及びZnSeのコア/シェル構造を有する蛍光体について説明するが、元素構成は必ずしも上記のものに限定されるものではない。
【0025】
図2はCuInSe2 及びZnSeのバンド構造を示す模式図である。バルクサイズのCuInSe2 のバンドギャップは1.04eVであり、波長1200nmの赤外領域の蛍光を発する。CuInSe2 の粒子サイズをナノサイズまで小さくするとバンドギャップが増大し、蛍光波長がより低波長側へシフトする。
【0026】
蛍光体粒子は、励起されると電子が上の準位の軌道に遷移し、これが元の軌道に戻るときに蛍光を発する。しかし、ナノサイズになると粒子表面に起因するエネルギの損失が大きくなるという現象が発生する。そこで、蛍光体の粒子(コア10)をバンド幅の大きな物質(シェル20)で被覆する。コア10は、励起される前の元の位置(正孔)にしか戻ることができないために高輝度化を実現することができる。
【0027】
次に、製造方法について説明する。
本発明に係る蛍光体は、(1)コア10となる半導体ナノ結晶をコロイド成長法により成長させ、(2)得られたコア10を被覆してシェル20を形成することよって製造される。
【0028】
(1)コア10となる半導体ナノ結晶の製造方法
CuInSe2 のナノ結晶は、銅塩を溶解させた溶液、インジウム塩を溶解させた溶液、及びトリ−n−オクチルホスフィンセレナイド(tri-n-octylphosphine selenide: TOPSe)の混合溶液を320℃で反応させることで合成することができる。合成はアルゴン雰囲気下で行う。
【0029】
各溶液は以下のようにして用意される。まず、銅溶液として、トリオクチルホスファイト(triocthylphosphite : TOOP)を混合した1−オクタデセン(1-octadecene : ODE)溶液に、ヨウ化銅を加え、アルゴン雰囲気下での加熱により溶解させる。ここで、トリオクチルホスファイトは140μL、1−オクタデセンは2.5mL、ヨウ化銅は0.15mmolとする。加熱温度は180℃、加熱時間は60分間とする。加熱後は室温で冷却する。
【0030】
つぎに、トリオクチルホスファイトに塩化インジウム(InCl3 )を加え、アルゴン雰囲気下での加熱により溶解させる。ここで、トリオクチルホスファイトを1.0mL、塩化インジウムを1.0mmolとする。加熱温度は140℃、加熱時間は60分間とする。加熱後は室温で冷却する。塩化インジウムを溶解させたトリオクチルホスファイト溶液の10分の1の質量を採取し、1−オクダデセンを加えてインジウムの濃度を希釈し、インジウム溶液とする。ここで、1−オクタデセンは2.5mLとする。
【0031】
トリ−n−オクチルホスフィンセレナイド溶液は、セレニウム粉末をトリ−n−オクチルホスフィンに添加し、室温下での攪拌により溶解させる。ここで、セレニウム粉末は0.96mmol、トリ−n−オクチルホスフィン2.0mLとする。
【0032】
銅溶液、インジウム溶液、トリ−n−オクチルホスフィンセレナイド溶液を混合し、ヘキサデシルアミンを添加する。ここで、各溶液は1.0mLずつ、ヘキサデシルアミンは0.25mmolとする。ヘキサデシルアミンを含む混合溶液を、320℃のオイルバスで所定の時間加熱し、室温で冷却させて、所望の生成物を得る。生成物は、ヘキサン及びエタノールを添加した後に、遠心分離することで粉末として回収される。
【0033】
(2)シェル20の形成方法
シェル20の形成方法としては、例えば「Dabbousi et al. (1997) J. Phys. Chem. B 101: 9463-9475」に記載されているような方法を用いることができる。シェル20は、そのバンドギャップがコア10のものより大きく、しかもコア10との格子不整合率が2%以下の材料が選択される。本発明では、シェル20の材料としてZnSeを用いる。
【0034】
以下にシェル20の形成方法について説明する。シェル20は、亜鉛塩を溶解させた溶液、及びトリ−n−オクチルホスフィンセレナイドの混合溶液中にコア10を分散させ、220℃から280℃での加熱により形成される。シェルの合成は、アルゴン雰囲気下で行う。
【0035】
シェル形成の原料溶液は以下のようにして用意される。オレイルアミンを添加した1−オクタデセンに酢酸亜鉛無水物を加え、アルゴン雰囲気下での加熱により溶解させ、亜鉛原料溶液とする。ここで、オレイルアミンは396μL、1−オクタデセンは6.0mL、酢酸亜鉛無水物は0.48mmolとする。加熱温度は180℃、加熱時間は60分とする。加熱後は室温で冷却する。
【0036】
つぎに、セレニウム粉末をトリ−n−オクチルホスフィンに添加し、室温下での攪拌により溶解させ、シェル形成用のセレン溶液とする。ここで、セレニウム粉末は1.2mmol、トリ−n−オクチルホスフィンは3.0mLとする。
【0037】
亜鉛原料溶液とセレン原料溶液との混合溶液に、オレイン酸を添加してシェル形成溶液とする。ここで、亜鉛原料溶液は6.0mL、セレン原料溶液は2.4mL、オレイン酸は320μLとする。
【0038】
シェル形成溶液にコア10を分散させる。コア10を分散させた溶液を、所定温度のオイルバスで15分間加熱し、室温で冷却させて所望の生成物を得る。生成物は、ヘキサン及びエタノールを添加した後に、遠心分離することで粉末として回収される。
【0039】
次に、上記の製造方法により製造された蛍光体の性質について説明する。図3はZnSeシェル形成前のCuInSe2 の蛍光スペクトルを示すグラフである。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(任意目盛)とした。励起光は、アルゴンイオンレーザ488nmを使用した。合成時間を2分10秒、2分、1分50秒とした場合、すなわち、生成するCuInSe2 の結晶サイズを変えた場合、蛍光波長は、930nm、856nm、838nmへと変化した。これらの蛍光波長は、いずれも近赤外の領域にあるものの、合成時間を変更して粒子径を小さくすることで短波長領域(可視光側)へ波長がシフトしていることが分かる。このことは、量子サイズ効果による波長制御が可能であり、将来的には更に短波長領域へシフトさせることが可能であることを示唆している。なお、ZnSeの被覆がない場合、蛍光強度は非常に弱い。
【0040】
図4は生成したCuInSe2 の高分解能透過電子顕微鏡写真である。加熱温度を320℃、加熱時間(合成時間)を2分としている。この顕微鏡写真から、1.6nm程度のCuInSe2 球状粒子が生成されていることが分かる。
【0041】
図5はZnSeシェル形成前後のCuInSe2 の蛍光スペクトルを示すグラフである。横軸は波長(nm)、縦軸は蛍光強度(任意目盛)とした。励起光は、アルゴンイオンレーザ488nmを使用した。ZnSe処理前である場合、すなわち被覆がない場合、800〜1000nm程度の波長を持つ蛍光を発するが、その強度は非常に弱い。この蛍光体にZnSeによる被覆を施し、コア/シェル構造のCuInSe2 及びZnSeの複合粒子とした場合、輝度は6倍程度に増大し、ZnSe被覆処理温度を200℃、220℃、250℃と変えた場合、蛍光波長は873nm、836nm、808nmへと変化した。蛍光のピーク波長としては近赤外の領域にあるものの、その蛍光スペクトルの一部は可視光領域にある。
【0042】
なお、上記のZnSeシェル形成後のCuInSe2 の量子効率は50%程度であった。ここで、量子効率とは、励起のために照射した光子の数に対する蛍光により放出される光子の数の割合である。この値は、量子効率が既知であるローダミンB等を標準物質として、その吸光度および蛍光強度の相対的な比較を基にして求めることができる。
【0043】
このように、それ自体が蛍光を発するCuInSe2 をコア10とし、格子不整合率が2%以下となるZnSeでコア10を被覆してシェル20を形成することにより、量子効率が高く、蛍光強度が高い蛍光体が得られる。また、この蛍光体は、低毒性の元素により構成されているため、発光素子、生化学反応を検出するためのプローブ等の民生品に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明に係る蛍光体の構造を示す模式図である。
【図2】CuInSe2 及びZnSeのバンド構造を示す模式図である。
【図3】ZnSeシェル形成前のCuInSe2 の蛍光スペクトルを示すグラフである。
【図4】生成したCuInSe2 の高分解能透過電子顕微鏡写真である。
【図5】ZnSeシェル形成前後のCuInSe2 の蛍光スペクトルを示すグラフである。
【符号の説明】
【0045】
10 コア
20 シェル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアと、該コアを被覆するシェルとからなる蛍光体において、
前記コアは、11族、13族、及び16族の元素からなり、カルコパイライト型構造を有する第1化合物を含み、前記シェルは、12族及び16族の元素からなる第2化合物を含むことを特徴とする蛍光体。
【請求項2】
前記第1化合物は、銅(Cu)、インジウム(In)、及びセレン(Se)の元素からなることを特徴とする請求項1に記載の蛍光体。
【請求項3】
前記第2化合物は、亜鉛(Zn)及びセレン(Se)の元素からなることを特徴とする請求項1に記載の蛍光体。
【請求項4】
前記第1化合物と第2化合物との格子不整合率が2%以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1つに記載の蛍光体。
【請求項5】
前記コアは直径4nm以下の球状粒子であることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか1つに記載の蛍光体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate