説明

融雪強度推定用温度センサとこれを用いた融雪強度推定方法

【課題】簡易な温度センサを用いて従来と同程度の精度で融雪強度を推定することができる融雪強度推定用温度センサを提供する。
【解決手段】融雪強度の推定に用いられる融雪強度推定用温度センサにおいて、センサ本体2と、このセンサ本体2の外面に設けた光吸収部3と、この光吸収部3を設けたセンサ本体2を収容する透光性のケースたるガラス管4とを備え、前記光吸収部3は黒色塗料層からなる。光吸収部3が太陽光を吸収することにより気温と日射量に対応した温度データが得られ、この温度データから融雪強度を推定することができる。また、透光性のガラス管4は、太陽光を通し、測定において雨風の影響を除去することができる。さらに、黒色塗料により光吸収部3を簡便に得ることができ、黒は熱の輻射率が高いから、日射量を反映した温度データが正確に得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、融雪強度推定用温度センサとこれを用いた融雪強度推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既往の融雪強度(1時間融雪量)の高精度推定方法として「熱収支法」(例えば非特許文献1)があり、この方法は、短波長放射収支、長波長放射収支、顕熱伝達量、潜熱伝達量、降雨伝達熱の収支に基づくものである。そして、前記熱収支法は、少なくとも8種類の気象要素の測定が必要であり、大規模かつ高価な観測機器構成が求められる方法である。このため、熱収支法はどちらかというと研究者が主に用いる方法であり、一般に広く用いられているとは言いがたい。
【0003】
また、近年、気温と日射量を用いて融雪強度を推定する「Temperature-Radiation Index Model」(非特許文献2)の開発が諸外国も含めて(発明者らも)取り組まれている。この手法は、熱収支構成要素を気温と日射量のみで代表させるものであり、熱収支法に比べて精度が若干落ちるものの、実用化レベルに達すれば、熱収支法の弱点を大きく改善することになる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】石川信敬,1994:融雪と積雪層の熱収支.前野紀一・福田正己編,基礎雪氷学講座VI 雪氷水文現象,古今書院,17-48.
【非特許文献2】Konya, K., Matsumoto, T. & Naruse, R., 2004: Surface heat balance and spatially distributed ablation modelling at Koryto Glacier, Kamchatka Peninsula, Russia. Geografiska Annaler, 86A, 337-348.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記「Temperature-Radiation Index Model」では、気温と日射量から融雪強度を推定することができるが、日射量という気象官署を除くとほとんど測定されていないデータが必要であり、この問題をクリヤーする必要がある。しかも、日射計がある程度高価な測器であるという問題点も含まれる。
【0006】
そこで、本発明は上記した問題点に鑑み、簡易な温度センサを用いて従来と同程度の精度で融雪強度を推定することができる融雪強度推定用温度センサとこれを用いた融雪強度推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、融雪強度の推定に用いられる融雪強度推定用温度センサにおいて、センサ本体と、このセンサ本体に設けた光吸収部と、この光吸収部を設けたセンサ本体を収容する透光性のケースとを備えることを特徴とする。
【0008】
また、請求項2に係る発明は、前記光吸収部が黒色塗料層であることを特徴とする。
【0009】
また、請求項3に係る発明は、前記センサ本体が白金抵抗測温体であることを特徴とする。
【0010】
また、請求項4に係る発明は、請求項1記載の融雪強度推定用温度センサを用いた融雪強度測定方法において、前記温度センサの検出した温度データと、熱収支法で求めた融雪熱量とから融雪強度を推定することを特徴とする。
【0011】
また、請求項5に係る発明は、前記温度センサの検出した温度データと前記熱収支法で求めた融雪熱量とから回帰式を求め、この回帰式から融雪強度を推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の請求項1に記載の融雪強度推定用温度センサによれば、光吸収部が太陽光を吸収することにより気温と日射量に対応した温度データが得られ、この温度データから融雪強度を推定することができる。また、透光性のケースは、太陽光は通し、測定において雨風の影響を除去することができる。
【0013】
また、本発明の請求項2に記載の融雪強度推定用温度センサによれば、黒色塗料により光吸収部を簡便に得ることができ、黒は熱の輻射率が高いから、日射量を反映した温度データが正確に得られる。
【0014】
また、本発明の請求項3に記載の融雪強度推定用温度センサによれば、温度特性が良好で経時変化が少ない白金を使用することにより、測定精度と耐久性に優れた融雪強度推定用温度センサが得られる。
【0015】
また、本発明の請求項4に記載の融雪強度の推定方法によれば、温度センサにより検出した温度データと熱収支法で求めた融雪熱量から融雪強度を高い精度で推定することができる。
【0016】
また、本発明の請求項5に記載の融雪強度の推定方法によれば、回帰式より融雪強度を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施例の実施例1を示す温度センサの正面図である。
【図2】同上、温度センサの測定温度に基づく推定融雪強度と熱収支法による融雪強度との関係を示すグラフ図である。
【図3】同上、温度センサの測定温度と融雪熱量との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本発明の実施例1について説明する。
【0019】
本発明は、これまで困難であった融雪強度(1時間融雪量)の高精度な推定を、簡便な装置(センサ)を用いて可能としたものであり、この装置(センサ)を複数の地点に(広域に)展開することによって、積雪地域や氷河地域における融雪強度の空間分布の推定が可能であり、融雪流出(水資源)の管理や融雪期の斜面災害・雪崩災害の防止対策に大きく寄与するものである。発明したセンサは、白金抵抗測温体(Pt100)を黒色に塗装し、それを試験管形状のガラス管(透明管)に入れ、密閉しただけのものであり、軽量・小型であるとともに、容易かつ安価に製作可能である。
【0020】
通常の気温測定では、白金抵抗測温体を通風筒と呼ばれる直射日光や風雨の影響を防ぐとともに外気を取り入れる筒に挿入する。本発明では、白金抵抗測温体に気温のみならず日射量も反映した出力(気温と日射量の効果が複合化された出力)を求めるため、通風筒ではなく試験管形状のガラス管(透明管)に入れて、風雨の影響のみを除去することとした。しかも、日射の反射を少なくするため白金抵抗測温体自体を黒色塗料で塗ったものである。
【実施例1】
【0021】
図1〜図3は本発明の実施例1を示し、図1に示すように、融雪強度推定用温度センサ1は、白金測温抵抗体(Pt100)を備える棒状のセンサ本体2と、このセンサ本体2の外周に設けた光吸収部3と、前記センサ本体2を収納するケースたる透明なガラス管4とを備える。この例では、前記光吸収部3は、センサ本体2に黒色塗料を塗布してなる塗装層により構成されている。これ以外に、センサ本体2の外面を黒色系の材料から形成して、外面を光吸収部としてもよい。
【0022】
前記センサ本体2は、絶縁被覆されたリード線5が接続され、このリード線5の絶縁外皮に前記ガラス管4の開口が水密状態で接続され、このガラス管4内に前記センサ本体3が水密状態で収納され、ガラス管4内に雨風が侵入しないように構成している。
【0023】
上記温度センサ1によれば、光吸収層である光吸収部3により日射量を反映した温度測定が可能となり、また、ガラス管4によりセンサ本体3が雨風の影響を受けることがなく、温度と日射量に対応した温度データを得ることができる。
【0024】
発明者らは、新潟県魚沼市大白川において、熱収支法、Temperature-Radiation Index Model、本発明の温度センサ1による融雪強度の推定を行う比較試験を秘密の状態で行った。この試験データから、熱収支法によって得られた融雪強度を真の値と仮定して、融雪強度の推定値の二乗平均平方根誤差RMSEを算出した結果、Temperature-Radiation Index Modelが0.63mm/h、本発明による方法が0.55mm/hとなった。すなわち、本発明は、Temperature-Radiation Index Modelと同等程度の精度で融雪強度の推定が可能であることが確認された。
【0025】
図2は、横軸に本発明により推定した推定融雪強度を取り、縦軸に後述する熱収支法による融雪強度を取ったグラフであり、両者には良好な直線性があり、前記温度センサ1の出力データから従来技術の方法と同程度の精度で融雪強度を推定できることが分かる。
【0026】
以下、熱収支法による融雪強度の算出方法について説明する。
1時間ごとの融雪量を,本研究では気象観測の結果を用いて「熱収支法」により求めた。積雪表面における熱収支は以下のように表すことができる。
【0027】
【数1】

【0028】
ここで、QMは融解熱量,QRは正味放射量,QHは顕熱伝達量,QLは潜熱伝達量,QPは雨からの伝達熱量,QCは雪中熱伝達量である(以上はすべて下向きのフラックスを正とする)。融雪期に入って積雪全層が0℃になった状態ではQC=0とした。融解熱量QM(Jm-2)は、融解の潜熱l(=334kJkg-1)を用いて、以下のように融雪量M(mm)に換算される。
【0029】
【数2】

【0030】
上記数2の正味放射量QRは、放射収支計によって測定された放射4成分のデータから求める。一方、顕熱伝達量QHと潜熱伝達量QEについては、バルク法(例えば山崎剛,
1994:積雪と大気.近藤純正編著,水環境の気象学,朝倉書店,240-260.)を用いることとし、中立大気の条件を仮定して以下の数3、数4から毎時の熱量を求める。
【0031】
【数3】

【0032】
【数4】

【0033】
ここでCHとCEはそれぞれ顕熱輸送と潜熱輸送に対するバルク輸送係数(無次元),ρは空気の密度(kgm-3),CPは空気の定圧比熱(Jkg-1K-1),lは水の蒸発の潜熱(Jkg-1),paは気圧(hPa),TZとT0はそれぞれ雪面からの高さzmでの気温と雪面温度(°C),eZとe0はそれぞれ高さzmでの水蒸気圧と雪面温度における飽和水蒸気圧(hPa),uZは高さzmでの風速(ms-1)である。また気圧paについては、気象庁の新潟地方気象台と若松測候所(福島県)とで観測された日平均海面気圧を算術平均し、大白川観測ステーションの標高における現地気圧に直して(気象庁,1993:地上気象観測指針.日本気象協会,167pp.)用いた。バルク輸送係数CHとCEについては、本研究では両者が等しいと仮定して以下の数5から求める。
【0034】
【数5】

【0035】
ここでkはカルマン定数(=0.4)を、z0は雪面の粗度(m)を示す。雪面からの高さzについて、本研究では2mとした。気温と水蒸気圧については測器の高さ(地表から5.6m)と雪面上2mとでの値が等しいと仮定する。雪面上2mでの風速uZは,高さza(地表から7.6m)に設置した風速計による測定値uaから,風速の鉛直分布に関する対数則を用いた以下の数6により推定する。
【0036】
【数6】

【0037】
ここでDSは積雪深(m)を示す。
【0038】
数5からバルク輸送係数を、また数6から雪面上2mでの風速を求めようとする際には、ともに雪面の粗度z0の値が必要となるが、これまでに大白川において粗度の直接観測は行われていない。そこで融雪期間について、熱収支法で1時間ごとに得られる融雪量の積算値と、積雪水量変化から求めた日融雪量の積算値とが等しくなるようにチューニングすることで、z0の値を決定することとした。その結果、z0=0.00001m,CH=CE=1.11×10-3という値を得た。この値は、降水量の補正の際に仮定した、横山ら(横山宏太郎・小南靖弘・川方俊和,2003:対数法則による風速推定に及ぼす粗度と積雪深の影響.雪氷北信越,23,46.)による0.0001mという値よりも大きい。しかし実際の積雪表面の状態に関する直接的なデータがないので、粗度としてどちらの値が妥当かは今のところ不明であり、また降水量補正の際にどちらの粗度を用いても、捕捉率にはほとんど差が生じないため、本研究では、各々の計算における粗度の統一は行なわず、熱収支計算の際にはz0=0.00001mという値を用いた。
【0039】
雨からの伝達熱量QPは、以下の数7から求める。
【0040】
【数7】

【0041】
ここでρWは水の密度(kgm-3),CWは水の比熱(Jkg-1K-1),TWは湿球温度(°C),Prは降雨強度(mmh-1)を示す。湿球温度TWは気温と相対湿度の観測値からSprungの式(気象庁,1993:地上気象観測指針.日本気象協会,167pp.)を逆算することで求めた。
【0042】
以下、Temperature-Radiation Index Modelによる融雪強度の算出方法について説明する。
【0043】
気温と全天日射量のみを用いて表面融雪量の時間変化を推定するサブモデルとして,本研究では、非特許文献2で示したKonya et al.(2004)の提案に基づいて以下の形式を適用する。
【0044】
【数8】

【0045】
ここでQMは融雪熱量(Wm-2),Taは気温(°C),Kdは全天日射量(Wm-2)である.係数a,b,cについては,熱収支法によって求めた1時間ごとの融雪量を目的変数,各時刻の気温と全天日射量の観測データを説明変数とする重回帰分析によって,a=0.4303,b=11.87,c=-34.15と決定した。
【0046】
図3に示すように、本発明センサの出力値と融雪強度(熱収支法で求めた融雪熱量)との相関を明らかにし、回帰式を作成した。この回帰式を使用することによって、融雪強度を推定することが可能となる。
【0047】
また、このように本実施例では、融雪強度の推定に用いられる融雪強度推定用温度センサにおいて、センサ本体2と、このセンサ本体2の外面に設けた光吸収部3と、この光吸収部3を設けたセンサ本体2を収容する透光性のケースたるガラス管4とを備えるから、光吸収部3が太陽光を吸収することにより気温と日射量に対応した温度データが得られ、この温度データから融雪強度を推定することができる。また、透光性のガラス管4は、太陽光を通し、測定において雨風の影響を除去することができる。
【0048】
このように本実施例では、光吸収部3は黒色塗料層であり、黒色塗料により光吸収部3を簡便に得ることができ、黒は熱の輻射率が高いから、日射量を反映した温度データが正確に得られる。
【0049】
また、このように本実施例では、前記センサ本体が白金抵抗測温体であるから、温度特性が良好で経時変化が少ない白金を使用することにより、測定精度と耐久性に優れたものとなる。
【0050】
また、このように本実施例では、請求項1記載の融雪強度推定用温度センサを用いた融雪強度測定方法において、複数の温度センサ1を用い、温度センサ1の検出した温度データと、熱収支法で求めた融雪熱量とから融雪強度を推定するから、融雪強度を高い精度で推定することができる。
【0051】
また、このように本実施例では、温度センサ1の検出した温度データと熱収支法で求めた融雪熱量とから回帰式を求め、この回帰式から融雪強度を推定するから、回帰式より融雪強度を求めることができる。
【0052】
尚、本発明は、本実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、光吸収部は実施例に限定されず、各種のものを用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
1 温度センサ
2 センサ本体
3 光吸収部
4 ガラス管(ケース)
5 リード線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
融雪強度の推定に用いられる融雪強度推定用温度センサにおいて、センサ本体と、このセンサ本体に設けた光吸収部と、この光吸収部を設けたセンサ本体を収容する透光性のケースとを備えることを特徴とする融雪強度推定用温度センサ。
【請求項2】
前記光吸収部が黒色塗料層であることを特徴とする請求項1記載の融雪強度推定用温度センサ。
【請求項3】
前記センサ本体が白金抵抗測温体であることを特徴とする請求項1又は2記載の融雪強度推定用温度センサ。
【請求項4】
請求項1記載の融雪強度推定用温度センサを用いた融雪強度測定方法において、前記温度センサの検出した温度データと、熱収支法で求めた融雪熱量とから融雪強度を推定することを特徴とする融雪強度測定方法。
【請求項5】
前記温度センサの検出した温度データと前記熱収支法で求めた融雪熱量とから回帰式を求め、この回帰式から融雪強度を推定することを特徴とする請求項4記載の融雪強度推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−7957(P2012−7957A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143151(P2010−143151)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【出願人】(000221616)東日本旅客鉄道株式会社 (833)
【出願人】(510175735)株式会社フィールドプロ (1)