説明

血清たんぱく質の解析法

【課題】 血清を用いて対象の組織に由来するたんぱく質を同定および比較定量できる方法を提供することである。
【解決手段】 血清中のたんぱく質を同定・比較定量する方法であって、(a)対象の組織由来たんぱく質および健常人の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:(対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)を得て;
(b)(a)と同一の対象の組織由来たんぱく質および対象の血清たんぱく質を解析し、(a)と同じ同定たんぱく質に関する比較定量値:(対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値)を得て;次いで(c)式:[(対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)÷(対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値)]に従って、(対象の血清たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)の値を得ることを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血清中のたんぱく質を同定・比較定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾病の診断において、たんぱく質をマーカーとして用いることが多い。これらの疾病マーカーの同定、検出および定量には様々な手段・方法が用いられている。近年、プロテオーム解析など、サンプル中の多種多様なたんぱく質の同定、検出および定量に同位体標識法が用いられるようになってきた。同位体標識法の一つであるcICAT法は、たんぱく質中のシステインに特異的に反応する2種類の同位体標識試薬(同位体元素を用いて質量数のみが異なる軽鎖(L鎖)標識試薬と重鎖(H鎖)標識試薬からなる)を、比較するたんぱく質にそれぞれ別々に標識させた後、トリプシン処理などにより得られたペプチドを質量分析計にて、軽鎖(L鎖)標識ペプチドと重鎖(H鎖)標識ペプチドの量比を測定し、たんぱく質の発現差を定量的に調べる解析方法である(非特許文献1)。この方法を用いて、例えば、患者と健常人との血清(血漿)・組織たんぱく質の発現差解析を行うことにより、疾患関連たんぱく質を特定することが可能であると考えられている。
【0003】
一般に、血清(もしくは血漿)に存在する多種類のたんぱく質を解析する場合、高濃度で存在する血清アルブミン、イムノグロブリン、補体等の高発現たんぱく質群を抗体カラム等で除去し、残りのたんぱく質を同位体標識法(cICAT法、iTRAQ法)等で解析を行っている。しかし、少量の血清(例えば0.2ml程度)を用いて解析した場合は、上述のcICAT法で上位130種類程度のたんぱく質の同定と比較定量が可能であるが、病変組織等に由来する微量な血清たんぱく質等はほとんど解析できないのが現状である(非特許文献2)。一方、組織たんぱく質の解析に関しては、組織たんぱく質100μg程度からcICAT法では約1000種類程度のたんぱく質の同定と比較定量が可能である(非特許文献2)。しかしながら、組織たんぱく質を直接分取し、比較することは大変に煩雑であり、また、組織部位によっては採取が困難である場合が多い。一方で、血清に漏洩した微量の組織たんぱく質を高感度で測定できれば、疾患関連たんぱく質の探索にはるかに簡便で有効な手段になりえると考えられる。従来知られている血清たんぱく質の解析法は、血清中に存在する微量の病変組織等に由来するたんぱく質の解析には必ずしも有効でなく、より簡便でかつ鋭敏な発現差解析方法が望まれていた。
【非特許文献1】Hansen, K.C. et al, Mol. Cell Proteomics, 2:299-314, 2003
【非特許文献2】金子 勲:疾患関連たんぱく質解析研究 平成18年度 総括・分担研究報告書 p.104−144
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
したがって、本発明の解決課題は、血清を用いて対象の組織に由来する多種多様な低発現たんぱく質を同定または比較定量できる方法を提供すること、該方法で見出されたたんぱく質を疾病の診断に用いること等であった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。そして驚くべきことに、対象の組織より分取したたんぱく質(組織由来たんぱく質)と対象の血清たんぱく質を解析し、前記と同一の組織由来たんぱく質と健常人の血清たんぱく質を同様に解析し、次いで、これらの結果を連結処理することにより、対象と健常人の血清中に存在する多数の組織由来のたんぱく質の比較定量が可能であること、特に、同位体標識法によりたんぱく質を解析した場合に、極めて多種類のたんぱく質の解析が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は:
(1)血清中のたんぱく質を同定または比較定量する方法であって、下記の工程:
(a)対象の組織由来たんぱく質および健常人の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値 (A)
を得て;
(b)(a)と同一の対象の組織由来たんぱく質および対象の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値 (B)
を得て;次いで
(c)式(C):
(対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)÷(対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値)
に従って、
対象の血清たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値
の値を得ること
を特徴とする方法、
(2)解析の方法が同位体標識法である、(1)に記載の方法、
(3)同位体標識法がcICAT法またはiTRAQ法である、(2)に記載の方法、
(4)対象の組織が病変部位または病変の可能性がある部位に由来するものである、(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法、
(5)疾病マーカーたんぱく質の同定または比較定量方法である、(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法、
(6)対象がパーキンソン病またはパーキンソン様症候群にかかっている、(5)記載の方法、
(7)(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法で同定されたたんぱく質、
(8)(7)に記載のたんぱく質を疾病マーカーとして用いることを特徴とする、診断用キット、
(9)(1)〜(6)のいずれか1つに記載の方法を実行するためのプログラムを組み込んだ、診断用システム
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、対象の組織に由来する多種多様な低発現たんぱく質を同定または比較定量することができる。また、各種疾病マーカーたんぱく質を容易に同定することもできる。したがって、本発明によれば、簡単な処理で精密な疾病の診断が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下に、本発明を詳細に説明するが、本明細書中の用語は、特に説明しない限り、当該技術分野において通常に理解されている意味を有するものである。
【0009】
本発明は、1の態様において、血清中の多種多様な低発現および低濃度たんぱく質を同定または比較定量する方法を提供するものである。以下に、本発明の方法を、手順を追って説明する。
【0010】
本発明の方法の第1工程は、
(a)対象の組織由来たんぱく質および健常人の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値 (A)
を得る工程である。
【0011】
対象は、以下の説明によればヒトであるが、それだけでなくイヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ等の動物や鳥類であってもよい。したがって、本発明はヒトだけでなく、例えば、獣医学的にも適用することができる。また、対象は疾病にかかっている者(患者)のみならず、疾病にかかっていることが疑われる者も包含される。
【0012】
上記工程(a)において、対象の組織に由来するたんぱく質および健常人の血清たんぱく質を解析する。本発明において、たんぱく質を解析するとは、対象および健常人から得られたサンプル中のたんぱく質を同定し、それらの存在量を調べることである。存在量を相対的な比率で求めてもよい。
【0013】
対象の組織由来たんぱく質は、対象の病変部位または病変の可能性のある部位に由来するたんぱく質であることが好ましい。このような部位に由来するたんぱく質を用いると、同定されるたんぱく質の種類が増え、診断の精度が向上する。しかしながら、後で説明するように、式(C)において、対象の組織由来たんぱく質の解析値は相殺されるので、対象の組織由来たんぱく質はいずれの対象(健常人であってもよい)、いずれの部位から得られたたんぱく質であってもよい。対象の組織として、例えば、市販のあるいは他の経路から入手可能な病変部位のサンプルを用いてもよい。したがって、技術的あるいは倫理的な問題等により対象(患者)の病変部位からたんぱく質サンプルの採取が困難あるいは不可能である場合であっても、本発明の方法を実施することができる。かかる点が本発明の最大の技術的特徴および利点である。
【0014】
健常人の血清は、健常人のいずれの部位・組織から得たものであってもよく、例えば、健常人の末梢血から得てもよい。健常人の血清は、対象の血清と同じ部位・組織から得たものであることが好ましい。例えば、健常人の血清が末梢血から得られたものである場合には、対象の血清もその末梢血から得られたものであることが好ましい。
【0015】
たんぱく質の解析手段・方法は当業者に公知のものを適宜選択しても用いることができる。好ましくは、本発明のたんぱく質の解析に同位体標識法を用いる。同位体標識法の例としてはcICAT法やiTRAQ法が挙げられる。以下において、cICAT法を用いて本発明を実施する場合について説明するが、本発明におけるたんぱく質の解析手段・方法は上記のものに限定されない。
【0016】
上記工程(a)を行う前に、たんぱく質を適当な同位体含有試薬(cICAT試薬)で標識する。たんぱく質を標識する前に、一般的な手法を用いて、各たんぱく質画分中に高濃度で存在する、アルブミン、IgG、IgA、IgM、α2−マクログロブリン、α1−アンチトリプシン、トランスフェリン、ハプトグロビン、アポA−I、アポA−II、C3およびトランスサイレチンなどのたんぱく質を除去してもよい。本発明に用いることができる一般的な除去の方法は、アジレント社の抗体カラム(Hu 14, Column 10x100mm)などの市販されている抗体カラムを用いて行ってもよいが、それらだけに限らない。例えば、対象の組織由来たんぱく質画分を重鎖(H鎖)試薬で、および対象の血清たんぱく質(NHS)画分を軽鎖(L鎖)試薬で各々分別標識してもよい(あるいはその逆であってもよい)。ここで、本発明で用いる対象の組織由来たんぱく質画分は、例えば、パーキンソン病患者10名の脳脊髄液(CSF)をプールしたものに由来してもよい。また、健常人の血清たんぱく質画分は、健常人10名の血清をプールしたものに由来するものであってもよい。
【0017】
次いで、上記の方法を用いてたんぱく質を標識後、当業者間で一般的な手法によってたんぱく質を精製処理してもよい。すなわち、標識したたんぱく質をトリプシンなどのペプチドを断片化する標準的なプロテアーゼで処理してもよい。その後、本発明では、標識したたんぱく質の精製工程において、SCXカラムクロマトグラフィー(4.6x100mm)などの一般的なカラムクロマトグラフィーを用いて複数画分に、例えば、25分画にしてもよい。また、本発明では、標準的なアビジンカラムを利用して標識したたんぱく質を回収してもよい。さらに本発明では、各たんぱく質画分をTFAで処理してビオチン部分を切断することもできる。
【0018】
続いて、各たんぱく質画分中のたんぱく質を解析する。同定には、公知方法、例えば、一般的な質量分析法(MS)を組み合わせて用いてもよい。MSの手段・方法は種々のものがあり、装置も多数市販されているので、適宜選択して使用することができる。また、分離能力と定性能力の向上を図るために、ガスクロマトグラフィー(GC)や液体クロマトグラフィー(LC)とMSとを組み合わせた分析方法(GC/MS、LC/MSあるいはLC/MS/MSなど)も開発されており、そのための装置が多数市販されている。本発明に使用できる一般的な質量分析装置として、例えば、nano-LC(LC-Packings)/QSTAR XL(AB、ESI-Q/TOF)質量分析装置等であってもよい。また、本発明で同定するたんぱく質を、当業者間で一般的なデータベースを用いて決定してもよい。例えば、NCBI(National Center for Biotechnology Information)が提供するThe Reference Sequence(RefSeq)などのデータベースを用いて、cICATペプチドレベルでランク1、スコア20以上を示すたんぱく質であり、かつ、ペプチド精査の結果正しいと判断したたんぱく質を同定たんぱく質としてもよい。
【0019】
次いで、上式(A)の比較定量比を求める。式(A)中の「対象の組織由来たんぱく質の解析値」は、対象の組織に由来するたんぱく質分画を解析して得られた値である。また、式(A)中の「健常人の血清たんぱく質の解析値」は、健常人の血清に由来するたんぱく質分画を解析して得られた値である。式(A)による各たんぱく質の比較定量比を、HiSpec(日立製作所)などの一般に利用可能な統合データベースを用いて計算してもよい。
【0020】
本発明の方法の第2工程は、
(b)(a)と同一の対象の組織由来たんぱく質および対象の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値 (B)
を得る工程である。
【0021】
式(B)中の「(a)と同一の対象の組織由来たんぱく質の解析値」は、(a)と同一の対象の同一の組織に由来するたんぱく質分画を解析して得られた値である。また、式(B)中の「対象の血清たんぱく質の解析値」は、対象の血清たんぱく質分画を解析して得られた値を示す。本発明では、これらの値に関して、対象の組織由来たんぱく質の値を対象の血清たんぱく質の値で割ることによって比較定量比を求める。また、本発明では、式(B)による各たんぱく質の比較定量比を、HiSpec(日立製作所)などの一般に利用可能な統合データベースを用いて計算してもよい。
【0022】
対象の血清は、対象のいずれの部位・組織から得たものであってもよい。例えば、対象の末梢血から血清を得てもよい。
【0023】
本発明の方法の第3工程は、
(c)式(C):
(対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)÷(対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値)
に従って、
対象の血清たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値
の値を得る工程である。
【0024】
式(C)は、式(A)より得られた各たんぱく質の比較定量比を式(B)より得られた各たんぱく質の比較定量比で割ることにより、対象の血清たんぱく質/健常人の血清たんぱく質を計算するためのものである。上述のごとく、この点が本発明の最大の技術特徴である。すなわち、健常人の血清と対象の血清に関して、対象の組織由来のたんぱく質の解析値(あるいはいずれかの対象のいずれかの組織由来のたんぱく質の解析値)を介する(式(C)において相殺される)ことで多種多様な低発現および低濃度たんぱく質の比較定量比を求めることができる。
【0025】
本発明の上記方法は、疾病マーカーたんぱく質の同定または比較定量方法でもある。例えばパーキンソン病やパーキンソン様症候群(これらに限らない)などの疾病を有する対象および健常人について本発明の方法を実施し、健常人血清中に比べて該対象中の血清中で多く(あるいは少なく)見出されるたんぱく質を、該疾病のマーカーたんぱく質および創薬ターゲットとして同定することができる。
【0026】
本発明は、さらなる態様において、上記方法により同定されたたんぱく質も提供する。上述のごとく、本発明により同定されたたんぱく質は、例えば、疾病の診断マーカーとして有用である。本発明で同定されるたんぱく質は、対象の血清たんぱく質/健常人の血清たんぱく質の比較定量値(式(C)の値)が1より高くても、低くてもよい。好ましくは、比較定量値が1より高いたんぱく質を選択する場合、その値が5以上、好ましくは10以上、さらに好ましくは20以上のものである。また、比較定量値が1より低いたんぱく質を選択する場合、その値が1/5以下、好ましくは1/10以下、さらに好ましくは1/20以下のものである。疾病の診断マーカーとして用いる場合には、診断精度の観点から比較定量値が1より高いものから選択したものを用いることが好ましい。
【0027】
本発明は、さらなる態様において、上記方法により同定されたたんぱく質を疾病診断用マーカーとして含む、診断用キットを提供する。
【0028】
本発明は、さらなる態様において、上で説明した本発明の方法を実行するためのプログラムを組み込んだ、診断用システムを提供するものである。該プログラムは、多数の同定たんぱく質に関して式(A)と式(B)から式(C)の比較定量値を計算するためのプログラムであってもよい。
【0029】
以下に、本発明の典型的な実施形態につき説明するが、本発明の実施形態はこれに限定されるものではない。
【0030】
同位体標識(cICAT)法に基づき、(病変)組織由来たんぱく質画分100μgをH試薬で、健常人血清たんぱく質(NHS)画分100μgをL試薬で分別標識し、常法により同定たんぱく質と比較定量値を測定した。なお、この場合、(病変)組織由来たんぱく質画分とは(病変)組織部位より抽出したたんぱく質或いは(病変)組織部位近傍の体液(神経疾患等の場合は脳脊髄液等)を意味する。その結果、約300種類のたんぱく質の同定と比較定量比(H/L:(病変)組織由来たんぱく質画分/健常人血清画分)が測定でき、通常の同用量(100μg)の血清同士(患者血清 vs 健常人血清)の解析(約130種類)よりもはるかに多くのたんぱく質の解析が可能であることが判明した。また、上記同定したたんぱく質の約80%は(病変)組織由来たんぱく質画分をcICAT法で同定したものと同一のたんぱく質であった。このことから、上記の結果は、血清では同定限界以下の濃度の(病変)組織由来の低発現たんぱく質が、(病変)組織由来たんぱく質中に十分量存在するH鎖標識たんぱく質により同定され、その相方(L鎖標識たんぱく質)を血清中より見出すため比較定量が可能になったためと考えられる。そこで、この原理を利用して、cICAT法で同様に(病変)組織由来たんぱく質をH試薬で、患者血清をL試薬で分別標識し、同定たんぱく質と比較定量解析を行ったところ、ほぼ同様に約300種類のたんぱく質の同定が可能であった。
【0031】
そこで、上記の2つの比較定量値、すなわち、((病変)組織由来たんぱく質画分/健常人血清画分比値)と((病変)組織由来たんぱく質画分/患者血清画分比値)が得られた各たんぱく質に関して、病変組織由来たんぱく質画分/健常人血清画分比値を病変組織由来たんぱく質画分/患者血清画分比値で割ることにより、患者血清画分/健常人血清画分比値を得ることができた。これにより、血清同士の比較では検出されなかった血清中の(病変)組織由来の多数の低発現たんぱく質の比較解析が可能になった。
【0032】
次に、実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例はあくまでも本発明を説明するものであって、その範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0033】
パーキンソン病患者の脳脊髄液(PD−CSF:パーキンソン病患者10名のCSFをプールしたもの)と健常人標準血清(NHS:健常人10名の血清をプールしたもの)中のたんぱく質を、cICAT法により比較定量解析を行った。すなわち、常法により(非特許文献2)、アジレント社製抗体カラム(Hu 14, Column 10 x 100mm)により、アルブミン、IgG、IgA、IgM、α2−マクログロブリン、α1−アンチトリプシン、トランスフェリン、ハプトグロビン、アポA−I、アポA−II、C3およびトランスサイレチンを除去したPD−CSF(100μgたんぱく質)およびNHS(100μg)を、それぞれcICAT−H鎖試薬およびcICAT−L鎖試薬で標識した。標識した各たんぱく質画分を混合後、トリプシン処理で得られたペプチド断片をSCXカラム、アビジンカラムで精製し、さらにTFA処理でビオチン部分切断することにより、cICAT標識ペプチド(H鎖、L鎖)を得た。本標識ペプチドをSCXカラム(4.6x100mm)で25分画し、各画分のcICATペプチドを、nano-LC(LC-Packings)/QSTAR XL(AB、ESI-Q/TOF)質量分析装置で解析を行い、統合データベースシステム(HiSpec、日立製作所)を用いて、脳脊髄液(H鎖標識)と健常人標準血清(L鎖標識)との各たんぱく質の比較定量比(H/L)を計算した。また、RefSeq(NCBI)のデータベースを用いて、cICATペプチドレベルでランク1、スコア20以上を示すたんぱく質およびペプチド精査の結果正しいと判断されたたんぱく質を同定たんぱく質とした。その結果、306種類のたんぱく質の同定が可能であり、そのうち、ピーク混雑で比較定量不能のものは9種類、PD−CSFにのみ存在するもの(H/L=∞)は51種類、血清のみに存在するもの(H/L=0)は6種類であり、残りの240種類は0から無限大までの間の比較定量値が計算可能であった(図1)。この結果は、同様に処理した血清同士(PD血清と健常人血清)の比較解析で得られるたんぱく質数(約130種類)よりもはるかに多くのたんぱく質の解析が可能であることを示す。また、上記同定したたんぱく質の約80%はPD−CSFをcICAT法で同定したものと同一のたんぱく質であった。このことから、上記の結果は、血清では同定限界以下の病変組織由来の低発現たんぱく質がPD−CSF中の存在するたんぱく質により同定され、比較定量が可能になったためと考えられる。さらに、この原理を利用して、cICAT法で同様にPD−CSFをH試薬で、パーキンソン病患者血清(PDS)をL試薬で分別標識し、同定たんぱく質と比較定量解析を行った。その結果、306種類のたんぱく質の同定が可能であり、ピーク混雑で比較定量不可のものは8種類、PD−CSFにのみ存在するもの(H/L=∞)は29種類、血清のみに存在するもの(H/L=0)は4種類であり、残りの265種類は0から無限大までの間の比較定量値(PD−CSF/PDS)が計算可能であった(図2)。
【0034】
そこで、上記の2つの比較定量値、すなわち、PD−CSF/NHSとPD−CSF/PDSが得られた各たんぱく質に関して、(PD−CSF/NHS)値を(PD−CSF/PDS)値で割る(PD−CSF/NHS÷PD−CSF/PDS=PDS/NHS)ことによりPDS/NHSを計算した。その結果、比較定量不能なものは104種類であり、比較定量可能なものは202種類であった。そのうち、PDSにのみ存在するものは11種類、NHSにのみ存在するものは5種類であり、残りの186種類は0から無限大の間の比較定量値が得られた。比較定量可能なたんぱく質の中には、脳脊髄液より由来する低発現たんぱく質が多数含まれていた(図3)。これにより、血清同士の比較では検出されなかった血清中の病変組織由来の多数の低発現たんぱく質の比較定量解析が可能になった。
【0035】
本発明によれば、必ずしも組織から試料を直接分取しなくても、血清中に存在する低発現・低濃度の組織由来のたんぱく質を高感度で同定または比較定量することができる。これにより、疾病の診断の精度および簡便性が飛躍的に向上する。また、これまでに見出されていなかった疾病原因たんぱく質、創薬ターゲットたんぱく質および疾病マーカーたんぱく質を同定することも可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、疾病原因たんぱく質の探索や疾病の診断および研究などの分野に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、健常人血清(NHS)とパーキンソン病患者脳脊髄液(PD−CSF)のH/L比を示す図である。図ではH/L比の高いたんぱく質から順に並べてある。
【図2】図2は、パーキンソン病患者血清(PDS)と同患者脳脊髄液(PD−CSF)のH/L比を示す図である。図ではH/L比の高いたんぱく質から順に並べてある。
【図3】図3は、パーキンソン病患者血清(PDS)と健常人血清(NHS)のH/L比を示す図である。実施例に記載のごとく、同定された306種類のたんぱく質のうち、202種類が比較定量可能であった。比較定量不能なたんぱく質(104種類)の比は図示していない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血清中のたんぱく質を同定または比較定量する方法であって、下記の工程:
(a)対象の組織由来たんぱく質および健常人の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値 (A)
を得て;
(b)(a)と同一の対象の組織由来たんぱく質および対象の血清たんぱく質を解析し、同定たんぱく質に関する比較定量値:
対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値 (B)
を得て;次いで
(c)式(C):
(対象の組織由来たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値)÷(対象の組織由来たんぱく質の解析値/対象の血清たんぱく質の解析値)
に従って、
対象の血清たんぱく質の解析値/健常人の血清たんぱく質の解析値
の値を得ること
を特徴とする方法。
【請求項2】
解析の方法が同位体標識法である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
同位体標識法がcICAT法またはiTRAQ法である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
対象の組織が病変部位または病変の可能性がある部位に由来するものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
疾病マーカーたんぱく質の同定または比較定量方法である、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
対象がパーキンソン病またはパーキンソン様症候群にかかっている、請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の方法で同定されたたんぱく質。
【請求項8】
請求項7記載のたんぱく質を疾病マーカーとして用いることを特徴とする、診断用キット。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項記載の方法を実行するためのプログラムを組み込んだ、診断用システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−210469(P2009−210469A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−54990(P2008−54990)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(598001179)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (6)
【出願人】(505314022)独立行政法人医薬基盤研究所 (17)
【Fターム(参考)】