説明

血漿の低温殺菌方法

【課題】 大容量の血漿を低温殺菌することが可能な方法を提供すること。
【解決手段】 低温加熱殺菌段階の前に、ソルビトール、サッカロース、グルコン酸カルシウム、クエン酸三ナトリウム、リジンおよびアルギニンの混合物で構成されている組成物を血漿に添加し、そして次に、低温加熱殺菌段階の後、クエン酸三ナトリウム、グルコン酸カルシウム、塩化ナトリウム、リジンおよびアルギニンを含有する緩衝液に対して透析を行うことにより、上記組成物から糖類を除去することを含むことを特徴とする血漿の低温殺菌方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温殺菌(pasteurisation)中の血液血漿を安定化するための組成物、上記組成物を用いた方法、並びに特に血漿充填処置(plasma filling treatments)、または血液凝固因子置換処置(flood coagulation factor subslitution treatments)で用いることを意図した、上記で得られる血漿溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト全血漿、またはクリオ蛋白質(cryoprotein)を含まないヒト血漿が、未だ、ひどい火傷またはひどい損傷で苦しんでいる人、または主要な外科手術を受けた人を「充填処置(filling treatments)」するとき、即ち患者が重大な体液損失を経験した場合の全てで用いられている。
【0003】
この種類の治療では、ウイルス病が移る危険性を排除するため先立って管理を受けさせた健康な被験者を用い、個々の供与者からの血漿が一般に用いられている。しかしながら、この処置では、前血清段階のウイルス、特に異なる肝炎およびエイズウイルスが混入する危険性の全てをなくさせることは不可能である。
【0004】
従って、血漿が有する本質的な生物学的機能を維持させるウイルス不活性化方法および安定化組成物を継続して開発することは重要であると考えられる。
【0005】
0.5Mのクエン酸ナトリウム存在下、60℃で10時間加熱することにより、B型肝炎ウイルス全体が不活性化されることが示された(非特許文献1)。しかしながら、この処理は、血漿中の特定蛋白質が有する生物学的活性の損失をもたらす(非特許文献2)。
【0006】
血漿から精製した治療学的価値を有する異なる蛋白質に、種々の安定剤の存在下60℃で10時間、通常の低温殺菌を受けさせることが可能であることが確認された。しかしながら、1つの生物学的活性を安定化する組成物は、別の活性に対して全く効果を示さない可能性があることを特記する。
【0007】
このような異なる種類の実験データから、全血漿(新鮮な血漿または凍結した新鮮な血漿)、またはクリオ蛋白質が入っていない血漿の、ウイルス不活性化は、低温殺菌を用いたのでは達成できないとの印象が得られた。
【0008】
しかしながら、全血漿に関する医学的必要条件が存在しているため、本出願者は、これと同時に、血漿の中に含まれている治療学的価値を有する因子全てに対して、低温殺菌過程中の変性から生物学的活性を保護することを保証する組成物を開発することを探求してきた。
【0009】
従って、特許文献1で、本出願人は、ソルビトール、ヘパリン、リジンおよびCaClの混合物が、低温殺菌過程中の血漿因子が有する生物学的活性を有効に安定化することを示した。
【0010】
しかしながら、このような安定化混合物の中に、従って最終調合物の中にヘパリンが存在しているため、ヘパリン治療を既に受けた患者にこのような血漿を注入することは不可能である。
【0011】
このことが、同じ安定化機能を示す別の組成物を本出願人が探求した原因となっている。
【特許文献1】フランス特許出願第90 08375号明細書
【非特許文献1】Tabor et al.,Thromobosis Res.22,1981,233−238
【非特許文献2】Tabor et al. and Barrowcliffe et al.,Fr.J.Haemotology 55,1983,37−46
【発明の開示】
【0012】
ソルビトールは熱変性に対してある程度の保護を与えるが、この結果は、血漿サンプルの間で変化しそしてその効率も低いことを以前に観察したため、本出願人は、ソルビトールと一緒に混合することによりそれが有する安定化力を上昇させ得る異なる添加剤を探求し、そして特に、ソルビトール量の約50%から成る量のサッカロースを加えることで良好な結果が得られた。
【0013】
他方、加熱が長引いた場合CaClが不安定になることが観察されたため、低温殺菌条件に良好な抵抗力を示すグルコン酸カルシウムをこれの代わりに用いた。
【0014】
更に、クエン酸三ナトリウムを加えると、この濃度を注意深く調節することを条件として、上記混合物が示す保護効果が増強されたが、但し、用量が少なすぎると血漿の自然発生的凝固を生じさせる一方、用量が多すぎると、血漿をその後治療学的目的で用いるとき凝固因子の活性が低下する。
【0015】
最後に、少なくとも2種のアミノ酸、好適にはリジンとアルギニンをこの混合物に添加する。
【0016】
本発明に従う安定化組成物は、従って、ソルビトール、サッカロース、グルコン酸カルシウム、クエン酸三ナトリウム、リジンおよびアルギニンの混合物で構成される。低温殺菌すべき初期血漿1リットル当たり下記の濃度の異なる添加剤を用いる:
― 800〜1,400g、好適には1,300gのソルビトール
― 400〜600g、好適には514gのサッカロース
― 3〜5mM、好適には4mMのグルコン酸カルシウム
― 8〜25mM、好適には15mMのクエン酸三ナトリウム
― 1〜10g、好適には5gのリジン
― 1〜10g、好適には5gのアルギニン。
【0017】
本発明に従う組成物を、新鮮な血漿、または凍結して解凍した新鮮な血漿、または寒冷沈降の蛋白質が入っていない血漿、に加えた後、上記血漿に、液状状態で10時間60℃±1℃に加熱することによる低温殺菌を受けさせる。
【0018】
低温殺菌後、この温度を徐々に下げて20℃にし、そしてこの溶液に対して透析を行うことで、該ソルビトールとサッカロースを除去する。この透析用緩衝液のpHは7.5であり、10mMのクエン酸三ナトリウム、4mMのグルコン酸カルシウム、0.1Mの塩化ナトリウム、10g/Lの濃度のリジン、および3g/Lの濃度のアルギニンを含んでいる。異なる組成を有する透析用緩衝液もまた要求に従って使用され得る。次に、この溶液を濃縮して、血漿蛋白質の生理学的量を回復させる。この得られる溶液に対して、浄化濾過に続く滅菌濾過を行った後、分割して、深凍結するか或は凍結乾燥する。
【0019】
本発明はまた、それを加熱するに先立って、本発明に従う組成物を血漿に添加した後、
上で定義した緩衝液に対して低温殺菌血漿の透析を行うことを含む、血漿の低温殺菌方法にも関する。
【0020】
この方法は、個々の収集物のいくつかから得られる大バッチの血漿に適用可能なため特に有利であり、そして1リットルから数百リットルの範囲で適用可能である。適当な管理を行った後の、60リットルもしくはそれ以上の位のバッチを用いた低温殺菌で、一定の生化学品質を有する製品が保証され得る。
【0021】
本発明はまた、本発明に従う方法で得られる低温殺菌血漿溶液に関するものであり、上記溶液には、全血漿、または特定の蛋白質(例えば寒冷沈降の蛋白質)が入っていない血漿が含まれ、そしてこれらは、全血漿を置き換えるためか、或は特定の血液因子の不足を補うための、治療学的用途を意図したものである。
【0022】
本発明に従う組成物および方法はまた、動物を起源とする血漿にも適用され得る。これらは有意に、例えば、より詳細には治療用製品を製造することを意図した細胞培養物のための添加剤として用いられているウシ胎児血清に適用され得る。
【0023】
以下に示す実施例は本発明の具体例の1つの形を説明するものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0024】
穏やかに撹拌しながら、解凍した血漿60リットルに下記の混合物を加える:
初期血漿1リットル当たりの量
ソルビトール 1,300g
サッカロース 514g
グルコン酸カルシウム 4mM
クエン酸三ナトリウム 15mM
リジン 5g
アルギニン 5g
【0025】
60℃で10時間加熱することにより、熱調節されているタンクの中で低温殺菌を行う。
【0026】
低温殺菌後、この温度を徐々に下げて20℃にし、そして次に、この溶液に対して透析を行うことにより、該ソルビトールとサッカロースを除去する。
【0027】
例えば、カセットを基とする限外濾過システム(Pellicon(R))を用いた透析を行う。
【0028】
この透析用緩衝液の組成は下記の通りである:
― クエン酸三ナトリウム 10mM
― リジン 10g/L
― アルギニン 3g/L
― グルコン酸カルシウム 4mM
― 塩化ナトリウム 0.1M
【0029】
最終生成物に対して、比色分析でソルビトールの除去を検査し、そして酵素分析でサッカロースの除去を検査する。
【0030】
透析の後、適宜、同じ装置を用いた濃縮を行うことにより、凝固因子を回復させて、良好な品質の治療学的血漿中と同じ約1U/mLにしてもよい。この生成物に対して、37
0mosmol/Lの浸透圧および7から7.5のpHで透析を行う。
【0031】
次に、例えば0.22μmの孔を有するMillipack(R)40(Millipore(R))を用いた濾過により、この生成物を滅菌する。次に、この生成物を深凍結もしくは凍結乾燥する目的で、これを分割してプラスチック製バッグまたはボトルに入れる。
【0032】
「生物学製品の消去およびウイルス不活性化の方法を批准するヨーロッパオーソリティーのバイオテクノロジー/ファーマコロジーにおける熟練者群」(group of experts in biotechnology/pharmacology of the European authorities for the validation of processes of elimination and viral inactivation of biological products)が推奨するウイルス分類に関して、ウイルスの不活性化に関する低温殺菌の効果を評価した。その結果を以下の表に示す:
【0033】
表I.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ウイルス ゲノム 構造 感染度の減少 期間
(log 10)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
HIV RNA E >5 <10分間
ポリオサビン1 RNA NE >6.23 < 5時間
(POLIO SABIN 1)
ワクチン DNA E >4.30 < 1時間
ヘルペス−アウジェスキ DNA E >4.15 > 5時間
(HERPES-AUJESZKY)
パラインフルエンザ3型 RNA E >6.30 < 2時間
レオウイルス3型 RNA NE >3.28 ≦10時間
シンドビス(SINDBIS) RNA E >5.74 < 5時間
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
E=エンベロープ有り
NE=エンベロープ無し。
【0034】
6個の連続パイロットバッチに対して行った品質コントロールの結果を以下の表に示す。
【0035】
表II. 血液因子の回収
―――――――――――――――
濃 度 収 率
(U/ml) (%)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
蛋白質(g/L) 60.0±106 93±2
第VIII因子:c(IU/mL) 1.10±0.26 94±7
第VIII因子:c(色素) 0.70±0.09 83±13
第V因子:c 1.12±0.25 83±4
第XI因子:c 0.98±0.06 88±7
第IX因子:c 0.64±0.10 59±7
第VII因子:c 0.65±0.05 67±6
フィブリノーゲンAg(g/L) 3.10±0.28 92±5
凝固性フィブリノーゲン(g/L) 2.50±0.17 92±3
抗トロンビンIII活性(g/L) 0.99±0.04 92±3
アルファ−1−抗トリプシン活性(g/L) 0.96±0.10 92±3
APTT 35−38秒 −
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0036】
表III. 品質コントロール:プロテアーゼおよび分解生成物無し
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
濃度(U/L)
―――――――――――――
トロンビン <0.01
PKA(%) <2
カリクレイン(%) 3
第IXa因子(U/mL) <0.1
第Xa因子(U/mL) <0.1
第VIIb/FVIIa因子 0.97
蛋白分解活性(S.2288−OD/mn) 0.03
フィブリノーゲン分解生成物(ng/mL) <250
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0037】
表IV. 動物に対するインビボ品質コントロール
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ラットに対する試験:
− 血圧 <−2%
− 心拍 変化無し
− 毒性(静脈注射−25mL/kg) 毒性無し
ラビットに対する試験:
− 発熱性 発熱無し
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0038】
上で定義した安定化組成物の存在下で低温殺菌した血漿は、治療学用途で決められている基準に従うものである。
【0039】
本発明の主たる特徴および態様を要約すれば以下のとおりである。
【0040】
1. ソルビトール、サッカロース、グルコン酸カルシウム、クエン酸三ナトリウム、リジンおよびアルギニンの混合物で構成されていることを特徴とする低温殺菌中の血漿を安定化するための組成物。
【0041】
2. 該ソルビトール濃度が、初期血漿1リットル当たり800〜1,400gであることを特徴とする第1項記載の組成物。
【0042】
3. 該ソルビトール濃度が1,300g/Lであることを特徴とする第2項記載の組成物。
【0043】
4. 該サッカロース濃度が400〜600g/Lであることを特徴とする第1〜3項いずれか1項記載の組成物。
【0044】
5. 該サッカロース濃度が514g/Lであることを特徴とする第4項記載の組成物。
【0045】
6. 該グルコン酸カルシウム濃度が3〜5mMであることを特徴とする第1〜5項いずれか1項記載の組成物。
【0046】
7. 該グルコン酸カルシウム濃度が4mMであることを特徴とする第6記載の組成物。
【0047】
8. 該クエン酸三ナトリウム濃度が8〜25mMであることを特徴とする第1〜7項いずれか1項記載の組成物。
【0048】
9. 該クエン酸三ナトリウム濃度が15mMであることを特徴とする第8項記載の組成物。
【0049】
10. 該リジンおよびアルギニン濃度が1〜10g/Lであることを特徴とする第1〜9項いずれか1項記載の組成物。
【0050】
11. 該リジンおよびアルギニン濃度が5g/Lであることを特徴とする第10項記載の組成物。
【0051】
12. 加熱段階に先立って第1〜11項いずれか1項記載の組成物を血漿に添加し、そして次に、加熱段階の後、クエン酸三ナトリウム、グルコン酸カルシウム、塩化ナトリウム、リジンおよびアルギニンを含有する緩衝液に対して透析を行うことにより上記組成物から糖類を除去することを含むことを特徴とする血漿の低温殺菌方法。
【0052】
13. 該透析用緩衝液が、10mMのクエン酸三ナトリウム、4mMのグルコン酸カルシウム、0.1Mの塩化ナトリウム、10g/Lのリジンおよび3g/Lのアルギニンを含むことを特徴とする第12項記載の方法。
【0053】
14. 1リットル〜数百リットルの体積を有する血漿に適用可能であることを特徴とする第12または13項記載の方法。
【0054】
15. 第12〜14項いずれか1項記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする治療学的用途のための全血漿。
【0055】
16. 第12〜14項いずれか1項記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする治療学的用途のための寒冷沈降させた血漿上澄み液。
【0056】
17. 第12〜14項いずれか1項記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする動物由来の血漿もしくは血清。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低温加熱殺菌段階の前に、血漿に、ソルビトールとサッカロースの2/1の各量の混合物、グルコン酸カルシウム、8〜25mMの濃度のクエン酸三ナトリウム、リジンおよびアルギニンから構成されている組成物を添加し、次いで、低温加熱殺菌の後、クエン酸三ナトリウム、グルコン酸カルシウム、塩化ナトリウム、リジンおよびアルギニンを含有する緩衝液に対して透析を行うことにより、該組成物から糖類を除去することを含んでなることを特徴とする血漿の低温殺菌方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする治療学的用途のための全血漿。
【請求項3】
請求項1記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする治療学的用途のための寒冷沈降させた血漿上澄み液。
【請求項4】
請求項1記載の方法を用いて低温殺菌したものであることを特徴とする動物由来の血漿もしくは血清。

【公開番号】特開2006−306892(P2006−306892A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−211141(P2006−211141)
【出願日】平成18年8月2日(2006.8.2)
【分割の表示】特願平5−46093の分割
【原出願日】平成5年2月12日(1993.2.12)
【出願人】(592171223)アソシヤシヨン・プール・レソール・ド・ラ・トランスフユジヨン・サンギン・ダン・ラ・レジヨン・デユ・ノール (1)
【氏名又は名称原語表記】ASSOCIATION POUR L ESSOR DE LA TRANSFUSION SANGUINE DANS LA REGION DU NORD
【Fターム(参考)】