説明

血糖上昇予防・治療剤

【課題】 血糖上昇抑制作用を有する天然素材を見出し、糖尿病を予防・治療しうる手段を提供すること。
【解決手段】 可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物を有効成分とする血糖上昇予防・治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血糖上昇予防・治療剤に関し、更に詳細には、無機成分を有効成分とする血糖上昇予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現代人の高脂肪食や、運動不足などの生活習慣に起因し、肥満化が進んでいる。この肥満は、遺伝的要因と、環境的要因が考えられるが、ヒトの有する遺伝的要因である飢餓に備えたエネルギーの蓄積機構が関係しているといわれている。すなわち、食物からのエネルギーの供給が常に保証されない環境下においては、過剰のエネルギーを摂取した際に、その余剰分を中性脂肪として蓄え、飢餓などの際にそのエネルギーを迅速に放出、利用することが生存と種の繁栄のために有利であったが、現在のような飽食の時代ではこのようなエネルギー効率の良さが逆に災いし、脂肪の蓄積や肥満となりやすい結果となって、インスリン抵抗性2型糖尿病の発症へと繋がっていた。
【0003】
更に、上記のようにインスリン分泌低下の遺伝素因、すなわち、インスリン抵抗性が低い患者では、これを共通基盤として、肥満、耐糖能異常、高グリセリド血症、高血圧といった疾患が発生し、動脈硬化のリスクファクターが高くなることも知られていた。
【0004】
上記のような高脂肪食や運動不足などの生活習慣から、現在、わが国における糖尿病患者数は、700万人以上と推定されているが、この生活習慣は簡単に変えられるものでなく、更に糖尿病患者や、その予備軍の増加が懸念されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記したような生活習慣病である糖尿病患者およびその予備軍を、食による一次予防的観点から、減少させることを目的とするものであり、その課題は、血糖上昇抑制作用を有する天然素材を見出し、糖尿病を予防・治療しうる手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行っていたところ、特定の無機成分を含有する化合物は、血糖値の上昇を有効に防ぐことができ、糖尿病の予防やその治療に有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物を有効成分とする血糖上昇予防・治療剤である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の血糖上昇予防・治療剤は、一定期間服用することにより、インスリン抵抗性2型糖尿病で上昇している血糖、血中インスリン、血中レプチン量などを低下させるものである。
【0009】
従って、本発明の血糖上昇予防・治療剤は、医薬品あるいは健康食品等として容易に投与ないし摂取できるものであり、生活習慣病である糖尿病の他、肥満等の防止に有効に利用しうるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において使用される可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物とは、可溶性ケイ素またはストロンチウムの一方を含有する化合物および可溶性ケイ素とストロンチウムの両者を含有する化合物を意味する。
【0011】
このうち、可溶性ケイ素またはストロンチウムの一方を含有する化合物としては、可溶性ケイ素を含有する化合物並びにストロンチウムを含有する無機化合物および有機化合物が挙げられる。
【0012】
このうち、可溶性ケイ素を含有する化合物としては、メタケイ酸やケイ酸の他、それらのナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム塩等が挙げられる。
【0013】
また、ストロンチウムを含有する無機化合物としては、塩化ストロンチウム、臭素酸ストロンチウム、臭化ストロンチウム、水酸化ストロンチウム、酸化ストロンチウム、炭酸ストロンチウム、燐酸ストロンチウム、硫酸ストロンチウム等が挙げられ、ストロンチウムを含有する有機化合物としては、酢酸ストロンチウム、乳酸ストロンチウム、シュウ酸ストロンチウム等や、ストロンチウム ランレート(Strontium Ranelate/5-[bis(carboxy-methyl)amino]-2-carboxy-4-cyano-3-thiophenacetic acid distrontium salt; S12911-PROTOS, Institut de Recherches Internationales Servier, Coubevoie, France) 等のストロンチウム含有有機合成化合物が挙げられる。
【0014】
また、可溶性ケイ素とストロンチウムの両者を含有する化合物としては、未焼成珊瑚カルシウム等が挙げられる。
【0015】
上記のうち、可溶性ケイ素とストロンチウムの両者を含有する化合物である未焼成珊瑚カルシウムは、いわゆる風化造礁サンゴの未焼成物であり、微粉末、例えば、平均粒径10ないし5μm程度の粉末として使用される。風化造礁サンゴを焼成した場合には、焼成によって可溶性ケイ素が消失し、糖尿病予防・治療等の効果を得ることはできない。
【0016】
未焼成風化造礁サンゴの粉末(以下、「造礁サンゴ粉」という)は、珊瑚礁の存在する地域、例えば沖縄県などで得た風化造礁サンゴを粉砕することによって得られるものであり、このものは、その組成として、カルシウム(Ca)を、30ないし39質量%(以下、単に「%」で示す)、マグネシウム(Mg)を、1.5ないし2.5%含有し、CaとMgの重量比は、26:1ないし12:1程度である。また、このものは、少量、例えば0.01ないし0.05%程度のケイ素を含有し、このうち、0.0005ないし0.002%は可溶性ケイ素(細胞膜通過型;bioavailable type)として含まれている。
【0017】
この造礁サンゴ粉は、例えば、コーラルバイオテック株式会社から、「コーラルバイオPW」として市販されているので、これを用いても良い。この「コーラルバイオPW」の造礁サンゴ粉の分析例を、下記表に示す。
【0018】
カルシウム 36.1%
マグネシウム 2.03%
イオウ 0.40%
ナトリウム 0.32%
ストロンチウム 0.28%
フッ素 0.075%
鉄 0.039%
ケイ素 0.025%
【0019】
本発明の血糖上昇予防・治療剤は、例えば、上記した可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物を適当な溶媒に分散、溶解させたり、これを粉砕等した後、これを有効成分とすることにより調製できる。
【0020】
この際、本発明の血糖上昇予防・治療剤において、有効成分である可溶性ケイ素の配合量は、毒性を呈さない範囲であれば特に制約はないが、可溶性ケイ素を単独の場合、大人1日当たりの投与量として、5μgないし200mg程度、特に10ないし20mgであることが好ましい。
【0021】
一方、有効成分であるストロンチウムも、毒性を呈さない範囲であれば特に制約はないが、単独で配合する場合、大人1日当たりの投与量として、1.5mgないし1500mg程度、特に500ないし700mgであることが好ましい。両者を含有する化合物を使用する場合は、これに準じて配合量を決めればよい。
【0022】
本発明の血糖上昇予防・治療剤の形態の一つとしては、粉剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等の医薬剤型を挙げることができる。この形態とする際には、必要により、通常使用される各種の医薬担体を使用することもできる。この医薬剤型とする場合は、上記量を1日1ないし数回に分けて摂取する形態とすればよい。
【0023】
また、上記した可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物に加え、他の健康食品素材、例えば、各種食品添加物類、ビタミン類、ミネラル類等を配合することにより、複数の有効成分を有する健康食品型の血糖上昇予防・治療剤とすることもできる。
【0024】
更に、本発明の血糖上昇予防・治療剤は、食品添加型のものとすることもでき、種々の食品素材にこれを加えることにより、血糖上昇予防作用を有する飲食品を得ることもできる。このような飲食品の例としては、例えば、清涼飲料、栄養飲料、果実飲料、乳酸飲料などの飲料(これらの飲料を調製する為の濃縮原液及び/又は調整粉末を含む);アイスクリーム、シャーベットなどの冷菓;そば、うどん、パン、餅、各種ご飯類、各種パスタ類、餃子の皮などの穀物の加工品;飴、キャンディー、チョコレート、スナック菓子、ビスケット、クッキー、クラッカー、ゼリー、ジャムなどの菓子類;かまぼこ、はんぺん、ハム、ソーセージなどの水産、畜産加工食品;加工乳、チーズ、バターなどの乳製品;マーガリン、ラード、マヨネーズなどの油脂および油脂加工食品;醤油、ソース、味噌、ポン酢、昆布だし、スープの素などの調味料;各種惣菜類;漬物類;その他の各種形態の健康及び栄養(補助)食品などが挙げられる。
【0025】
一方、食品添加型の血糖上昇予防・治療剤の場合も、最終的な摂取量が前記したのと同じか、これを下回る程度の量を食品中に添加すればよい。
【0026】
本発明の作用機序は、不明な部分もあるが、次のように考えられている。すなわち、ペルオキシソーム増殖剤応答性レセプター(peroxisome proliferator-activated receptor ;PPAR)γはリガンドとして抗糖尿病剤、チアゾリジンジオン(thiazolidinedione)誘導体で活性化される標的であるが( Okuno A, et al. " J. Clin. Invest. ", 101. 1354-1361(1998))、同製剤で長期治療中の患者の骨代謝に好ましくない影響があると言われてきた。
【0027】
最近、ヒトのPPAR−γ活性を低下させる遺伝子多型はインスリン抵抗性や糖尿病の発症を抑制するという報告( Hara K, et al. " Biochem. Biophys. Res. Comnun. " , 271, 212-216(2000))や、野生マウスの約50%PPAR−γを発現するPPAR−γヘテロ欠損マウスは、高脂肪食や高炭水化物食負荷に対して、野生型に比べて肥満、インスリン抵抗性、糖尿病発症が抑制された報告( Yamauchi T, et al. " J. Biol. Chem. " 276, 41245-41254(2001))がなされており、脂肪細胞PPAR−γの中程度の抑制が、抗肥満・抗糖尿病作用を有し、PPAR−γアンタゴニストによる2型糖尿病の治療の可能性が門脇等により提唱されている。
【0028】
本発明の血糖上昇予防・治療剤で有効成分とされている可溶性ケイ素や、ストリンチウムは、上記PPAR−γの発現を中等度に低下させる作用を有するものと考えられ、この作用により、抗糖尿病効果を得ることができるものと解される。
【実施例】
【0029】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制約されるものではない。
【0030】
実 施 例 1
生化学的試験:
まず、動物試験用に、(1)Ca欠乏精製飼料(オリエンタル酵母工業株式会社社製)に、カルシウム含量1%となるよう炭酸カルシウムを加えた飼料(CT飼料)、(2)Ca欠乏精製飼料に、カルシウム含量1%となるよう未焼成サンゴカルシウム(コーラルバイオPW;コーラルバイオテック社製)を加えた飼料(CS飼料)、(3)上記(1)に、ケイ素量が50ppmとなるようにメタケイ酸ナトリウムを加えた飼料(Si飼料)、および(4)上記(1)に、ストロンチウム量が750ppmとなるように塩化ストリンチウムを加えた飼料(Sr飼料)の4種の飼料を用意した。
【0031】
自然発症肥満性インスリン抵抗型糖尿病マウス(KKAy)雄5週齢を、1群8匹とし、上記CT飼料ないしSr飼料の4種の飼料で2ヶ月間飼育した(それぞれ、対照群、CS群、Si群およびSr群という)。これらの4群のマウスの飼育は、単飼とし、水は自由摂水とした。
【0032】
飼育期間中(51日目まで)の血糖値を、また飼育終了時(56日目)に、血糖量、血中インスリン濃度、血中レプチン濃度およびアデイポネクチン濃度を測定し、各成分がマウスに与える作用を調べた。また、糖尿病モデルマウスと比較のために、同じ13週齢の正常マウス(雄8匹)を正常群とし、その血液を飼育終了時に採取し、上記各濃度を測定した。
【0033】
( 血糖量測定 )
2ヶ月の飼育期間中、飼育開始時(0日)、飼育開始後15日、37日および51日にマウス尾静脈から血液を採り、その中の血糖量を測定した。この結果を図1に示す。
【0034】
図1から明らかなように、対照群の平均値の変化(167、214、386および339mg/d1)と比較し、CS群の平均値(163、206、285および227mg/d1)、Si群の平均値(156、231、268および235mg/d1)、Sr群の平均値(150、200、288および247mg/d1)はいずれも低い値を示しており、特に、37日目以降は、いずれも対照群の血糖値の約70%と、血糖値上昇を有意に抑制した。
【0035】
また、図2に示すように、飼育終了時(56日目)での血糖値は、対照群の306mg/dl(100%)に対し、CS群で83%、Si群で86%、Sr群で55%と明らかに低下しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、血糖値を正常マウスのレベル(34%)に向けて引き下げることが示された。
【0036】
( 血漿インスリン濃度測定 )
血漿インスリン濃度を、飼育終了時(56日目)に測定した。この結果を図3に示す。
【0037】
図3から明らかなように、血漿中インスリン濃度は、対照群の7.0ng/ml(100%)に対し、CS群で44%、Si群で68%、Sr群で70%と明らかに低下しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、インスリン抵抗性を正常マウスのレベル(16%)に向けて低下させることが示された。
【0038】
( 血漿レプチン濃度測定 )
脂肪細胞で合成され血中へ放出され、体脂肪と正の相関がある血漿中レプチンは、主に中枢神経系を介して糖代謝回転や糖取込を促進し、抗糖尿病因子として作用する。このレプチン濃度についても、飼育終了時(56日目)に測定した。この結果を図4に示す。
【0039】
図4から明らかなように、血漿レプチン濃度は、対照群の7.3ng/ml(100%)に対し、CS群では75%、Si群では76%、Sr群では71%と有意に低下しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、体脂肪の減少(肥満改善)により血漿レプチン濃度を正常マウスのレベル(15%)に向けて低下させること、すなわちインスリンと同様にレプチン抵抗性を改善し、血糖値を引き下げることが示された。
【0040】
( 血漿アデイポネクチン濃度測定 )
脂肪組織由来抗抗糖尿病・抗動脈硬化因子である血漿アデイポネクチンは、全身の筋肉で脂肪酸酸化を活性化させ中性脂肪含量を低下させる作用で、インスリン感受性をより高めてインスリン抵抗性糖尿病を改善すると云われている(下村伊一郎、舟橋 徹、松澤佑次:脂肪組織由来抗抗糖尿病・抗動脈硬化因子、アデイポネクチン ”Molecular Medicine", vol. 39, No. 4 , 416-423, 2002)。このものは、インスリンやレプチンと同様に特異的受容体を介して作用を発揮するので(山内敏正、門脇 孝:アデイポネクチン受容体 "Molecular Medicine ", vol. 42, No. 1, 22-29, 2005)、インスリン抵抗性における血中高インスリンは骨格筋や肝臓の特異的受容体の発現を低下させ、アデイポネクチン作用不全を惹起し、肥満におけるアデイポネクチン抵抗性が生じ、インスリン抵抗性糖尿病を促進する悪循環に陥ると云われている。このアデイポネクチン濃度についても、飼育終了時(56日目)に測定した。この結果を図5に示す。
【0041】
図5から明らかなように、血漿アデイポネクチン濃度は、対照群の1.1μg/ml(100%)に対し、CS群では63%、Si群では70%、Sr群では42%と有意に低下しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、インスリンやレプチンと同様に血漿アデイポネクチン濃度を正常マウスのレベル(46%)へ向けて低下させ、アデイポネクチン抵抗性を改善し、血糖値を引下げることが示された。
【0042】
( 安全性 )
前記飼育条件で、Si群とCS群マウスを6ヶ月長期飼育した結果では、毒性は認められなかった。
【0043】
実 施 例 2
遺伝子学的試験(1):
上記実施例1の各群のマウスを屠殺した。常法に従い、膵臓、腎臓の細胞からRNAを抽出した。このRNAから、逆転写反応によりcDNAを得、リアルタイム定量PCRで糖尿病に関連するmRNA発現量の定量を以下の通り行った。以下の実験において、mRNA発現量の定量には、Mx3000P(STRATAGENE社)を用いて解析した。PCRの条件は何れも95℃、10分でホット・スタートを行い、95℃−30秒、60℃−1分、72℃−30秒を45サイクル繰返した。同時に5ng/μl濃度のコントロールRNAを用いて5段階の希釈列を作成し、得られた標準曲線からRNA発現量を求めた。PCRでの試薬は、 Brilliant SYBR Green QPCR Master Mix(STRATAGENE社)を用い、その使用マニユアルのプロトコールに従った。各試験で用いたプライマーは下の通りである。なお、各試験での試験物質のmRNA発現量は、普遍的に発現しているGAPDH酵素のmRNA量(内部標準)に対するng比で表記した。
【0044】
( 膵臓のPPAR−γ mRNA発現定量 )
インスリン合成分泌をする膵臓β細胞のグルコース検知装置の遺伝子発現を促進するPPAR−γのmRNA発現量は糖尿病で低下し、それによる膵臓での高血糖が過大のインスリン分泌刺激を惹起してインスリン抵抗性の一因となっている( Kim HI, Ahn YH. Role of peroxisome proliferators-activated receptor-γ in the glucose-sensing appara-tus of liver and β-cells. " Diabetes ", 53 (Suppl. 1), S60-S65 (2004))。
【0045】
このPPAR−γ mRNAの発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図6に示す。
PPAR−γ:
(フォワード:配列番号1)
5'−CGAGCCCTGGCAAAGCATTTGTAT−3'
(リバース:配列番号2)
5'−TGTCTTTCCTGTCAAGATCGCCCT−3'
【0046】
図6から明らかなように、PPAR−γ mRNA発現量は対照群の0.28(100%)に対し、CS群では111%、Si群では125%、Sr群では181%と有意に上昇しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、インスリンやレプチンと同様に血漿アデイポネクチン濃度を正常マウスのレベル(161%)へ向けて上昇させ、糖感受性即ちインスリン抵抗性を改善し、血糖値を引下げることが示された。
【0047】
( 膵臓のアデイポネクチンmRNA発現定量 )
アデイポネクチンが組織内脂肪酸燃焼促進を介してインスリン抵抗性が解除される報告がされている( Yamauchi T, Kamon J, Waki H, et al. the fat-derived hormone adiponectin reverses insulin resistance associated with both lipoatrophy and obesity. " Nat. Med. ", 7, 941-946 (2001))。現在臨床使用されている薬剤のなかで、血中アデイポネクチンを明らかに上昇させるのはPPAR−γ リガンドであるチアゾリジン誘導体だけであり(Maeda N, Takahashi M, funahashi T, et al. PPAR-g ligands increase expression and plasma concentration of adiponectin, an adipose-derived protein. " Diabetes ", 50, 2094-2099 (2001))、そのアデイポネクチン発現上昇は、PPAR−γを介してなされていることが報告されている(Iwaki M, Mastuda M, Maeda N, et al. Induction of adiponectin, a fat-derived anti-diabetic and anti-athrogenic factor, by nuclear receptors. " Diabetes ", 52, 1655-1663 (2003))。
【0048】
アデイポネクチン mRNA発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図7に示す。
アデイポネクチン:
(フォワード:配列番号3)
5'−GCACTGGCAAGTTCTACTGCAACA−3'
(リバース:配列番号4)
5'−AGAGAACGGCCTTGTCCTTCTTGA−3'
【0049】
図7から明らかなように、アデイポネクチンmRNA発現量は、対照群の1.07(100%)に対し、CS群では128%、Si群では128%、Sr群では117%と有意に上昇しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、上記したPPAR−γ mRNA発現量の有意の上昇を介して膵アデイポネクチン発現量を正常マウスのレベル(145%)へ向けて上昇させ、糖感受性即ちインスリン抵抗性を改善し、血糖値を引下げることが示された。
【0050】
( 膵臓のPPAR−α mRNA発現定量 )
PPAR−α mRNA発現量は、高糖濃度で抑制されてβ細胞からインスリン分泌が促進され、糖刺激によるインスリン分泌調節に関与する一方で、高脂肪酸濃度はその発現量を上昇させて脂肪酸の酸化分解や脂質の細胞内輸送を促進する( Sugden MC, Holness MJ: Potential role of peroxisome proliferators-activated receptor-αin the glucose-stimulated insulin secretion. " Diabetes " 53 (Suppl. 1): S71-S81, 2004)。アデイポネクチンによる脂肪酸燃焼促進作用のメカニズムは、アデイポネクチンがPPAR−α mRNA発現量の増加を介してであることが解明されている( Yamauchi T, Kamon J, Waki H, et al. the fat-derived hormone adiponectin reverses insulin resistance associated with both lipoatrophy and obesity. " Nat Med " 7, 941-946 (2001))。
【0051】
このPPAR−α mRNAの発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図8に示す。
PPAR−α:
(フォワード:配列番号5)
5'−AAGAACCTGAGGAAGCCGTTCTGT−3'
(リバース:配列番号6)
5'−GCAGCCACAAACAGGGAAATGTCA−3'
【0052】
図8から明らかなように、対照群の0.61(100%)に対し、CS群では95%、Si群では116%、Sr群では104%と変化はみられず、正常マウスレベル(123%)の約80%程度の抑制がされていた。この結果から、本発明の血糖上昇予防・治療剤は高脂肪酸濃度を生じさせない事を示している。
【0053】
実施例1の図1と図2で示したように、本発明の血糖上昇予防・治療剤が血糖値約300mg/dlを約30%抑制したが、血糖値はまだ約200mg/dlであり、それによるPPAR−α mRNAの発現上昇の抑制が予想される。前記したように、PPAR−α mRNA発現量を増加させるアデイポネクチンと更にそのアデイポネクチン発現を促進するPPAR−γ mRNA発現量の有意の上昇が示されたことにより、血糖正常化の途上にあると考えられる。
【0054】
( 膵臓のインスリンmRNA発現定量 )
膵臓でのインスリンmRNA発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図9に示す。
インスリン:
(フォワード:配列番号7)
5'−AAAGGCTCTTTACCTGGTGTGTGG−3'
(リバース:配列番号8)
5'−ACTGATCCACAATGCCACGCTTCT−3'
【0055】
図9から明らかなように、正常マウスの場合、インスリン合成分泌する唯一の臓器である膵臓のインスリンmRNA発現量がかなりの量(5.5×10)であるのに対し、対照群である肥満性インスリン抵抗型糖尿病マウスの対照群は、その10倍量である5.12×10(100%)のインスリンを合成分泌した。これに対し、CS群では対照群の21%、Si群では9%、Sr群では64%と有意に低下しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、血中インスリン濃度に反映されている膵臓のインスリンmRNA発現量を、正常マウスレベル(11%)へ向けて低下させ、インスリン抵抗性を改善し、血糖値を引下げることが示された。
【0056】
( 腎臓のPPAR−γ mRNA発現定量 )
糖尿病性腎症でネフローゼ症候群になると、尿中へのアルブミンの喪失に応じて肝臓でのVLDLの産出増加により中性脂肪及びコレステロールが増加してくる。高脂血症は糸球体障害進展の危険因子であり、腎組織での脂肪処理は腎症の進展の予防として重要と考えられている。
【0057】
この組織内脂肪酸燃焼を促進するアデイポネクチンとその発現を調節するPPAR−γ mRNAの腎臓での発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図10に示す。
PPAR−γ:
(フォワード:配列番号1)
5'−CGAGCCCTGGCAAAGCATTTGTAT−3'
(リバース:配列番号2)
5'−TGTCTTTCCTGTCAAGATCGCCCT−3'
【0058】
図10から明らかなように、腎臓でのPPAR−γ mRNA発現量は、対照群の0.56(100%)に対し、CS群では133%、Si群では141%、Sr群では136%と有意に上昇しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、脂肪の酸化燃焼を促進して腎臓を腎症への進展から保護することが示された。
【0059】
( 腎臓のアデイポネクチン mRNA発現定量 )
腎臓でのアデイポネクチン mRNA発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図11に示す。
アデイポネクチン:
(フォワード:配列番号3)
5'−GCACTGGCAAGTTCTACTGCAACA−3'
(リバース:配列番号4)
5'−AGAGAACGGCCTTGTCCTTCTTGA−3'
【0060】
図11から明らかなように、アデイポネクチン mRNA発現定量は対照群の2.53×10−3(100%)に対し、CS群では153%、Si群では135%、Sr群では123%と有意に上昇しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、脂肪の酸化燃焼を促進して腎臓を腎症への進展から保護することが示された。
【0061】
( 腎臓のPPAR−α mRNA発現定量 )
腎臓でのPPAR−α mRNA発現量を、下記プライマーを用いるPCRにて測定した。この結果を図12に示す。
PPAR−α:
(フォワード:配列番号5)
5'−AAGAACCTGAGGAAGCCGTTCTGT−3'
(リバース:配列番号6)
5'−GCAGCCACAAACAGGGAAATGTCA−3'
【0062】
図12から明らかなように、PPAR−α mRNA発現量は対照群の0.532(100%)に対し、CS群では160%、Si群では171%、Sr群では169%と有意に上昇しており、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、脂肪の酸化燃焼を促進して腎臓を腎症への進展から保護することが示された。
【0063】
実 施 例 3
遺伝子学的試験(2):
老齢糖尿病患者は同齢の非糖尿病者より骨折の高い危険度を有し( Schwatz A, Sellmeyer DE, Ensrud Ke, et al. Older women with diabetes have an increased risk of fracture: a prospective study. " J. clin. Endocrinol. Metab. ", 86, 32-38 (2001) )、また上記したように、抗糖尿病剤チアゾリジンジオン誘導体による骨代謝へ有害な効果が多く報告( Rzonca SO, Suva LJ, Gaddy D, et al. Bone is a target for the antidiabetic compound rosigltazone. " Endocrinology ",145, 401-406 (2004))されているので、本発明の血糖上昇予防・治療剤が、骨代謝への作用を調べた。
【0064】
上記実施例1の各群のマウスを屠殺後、常法に従い、大腿骨の骨髄細胞からRNAを抽出した。このRNAから、逆転写反応によりcDNAを得、リアルタイム定量PCRで骨代謝に関連するmRNA発現量の定量を行った。
【0065】
この結果、未分化中胚葉幹細胞から骨芽細胞や脂肪細胞へと分化する際の、脂肪細胞への分化転写因子である核内受容体PPARγ発現量は、対照群は、5.05×10−2(100%)の発現量に対し、CS群、Si群、Sr群では、各々46%、50%、65%と有意に中程度低下しており、ほかの諸指標と共に骨代謝に良好な結果が示された。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物は、これが有する可溶性ケイ素および/またはストロンチウムの作用により、有意に生体内の血糖値や、インスリン値を低下させることができるものであり、インスリン依存性2型糖尿病の予防や治療に有用なものである。
【0067】
そして、例えば、可溶性ケイ素については、半減期150年の32Siを健常人に飲用させたところ、飲用したSiの約50%が吸収され、32Siの半減期2.7時間で90%が、11.3時間で10%と二相性の尿中排泄を示し、48時間後には吸収された32Siはほぼ完全に除去されたことが報告されていること( Popplewell JF, et al. " J. Inorg Biochem. ", 69, 177-180(1998))から、蓄積性はなく、安全性の高いものと判断される。
【0068】
また、ストロンチウムについては、32人の骨粗鬆症患者に乳酸ストロンチウム6.4g(1.7g Sr)の1日投与量で3ケ月〜3年間投与して、84%の患者に改善例をみた報告(Janes JM, McCaslin F. The effect of strontium lactate in the treatment of osteoporosis. " Mayo. Clin. Proc. ", 43, 329-443 (1959) )があることから、安全性の高いものと判断される。
【0069】
このように、本発明の血糖上昇予防・治療剤は、新しいタイプのインスリン依存性2型糖尿病の予防・治療薬として、広く利用しうるものであり、特に骨量低下傾向が問題視されるチアゾリジンジオン誘導体を使用する抗糖尿病剤と共に利用した場合、骨量低下も同時に防止することが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】各飼料での飼育期間中における、血糖量の変化を示す図面。
【図2】飼育終了時における、使用飼料と血糖量の関係を示す図面。
【図3】飼育終了時における、使用飼料と血漿インスリン量の関係を示す図面。
【図4】飼育終了時における、使用飼料と血漿レプチン量の関係を示す図面。
【図5】飼育終了時における、使用飼料と血漿アデイポネクチン量の関係を示す図面。
【図6】使用飼料と膵臓におけるPPAR−γ mRNA発現量の関係を示す図面。
【図7】使用飼料と膵臓におけるアデイポネクチンmRNA発現量の関係を示す図面。
【図8】使用飼料と膵臓におけるPPAR−α mRNA発現量の関係を示す図面。
【図9】使用飼料と膵臓におけるインスリン mRNA発現量の関係を示す図面。
【図10】使用飼料と腎臓におけるPPAR−γ mRNA発現量の関係を示す図面。
【図11】使用飼料と腎臓におけるアデイポネクチンmRNA発現量の関係を示す図面。
【図12】使用飼料と腎臓におけるPPAR−α mRNA発現量の関係を示す図面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可溶性ケイ素および/またはストロンチウムを含有する化合物を有効成分とする血糖上昇予防・治療剤。
【請求項2】
1日投与量として5μgないし200mgとなる量の可溶性ケイ素を配合してなる請求項第1項記載の血糖上昇予防・治療剤。
【請求項3】
可溶性ケイ素を含有する化合物が、メタケイ酸もしくはケイ酸またはそれらのナトリウム、カリウム、カルシウムもしくはマグネシウム塩である請求項第1項または第2項記載の血糖上昇予防・治療剤。
【請求項4】
1日投与量として1.5mgないし1500mgとなる量のストロンチウムを配合してなる請求項第1項記載の血糖上昇予防・治療剤。
【請求項5】
ストロンチウムを含有する化合物が、塩化ストロンチウム、臭素酸ストロンチウム、臭化ストロンチウム、水酸化ストロンチウム、酸化ストロンチウム、炭酸ストロンチウム、燐酸ストロンチウムまたは硫酸ストロンチウムである請求項第1項または第4項記載の血糖上昇予防・治療剤。
【請求項6】
ストロンチウムを含有する化合物が、酢酸ストロンチウム、乳酸ストロンチウム、シュウ酸ストロンチウムまたはストロンチウム含有有機合成化合物である請求項第1項または第4項記載の血糖上昇予防・治療剤。
【請求項7】
可溶性ケイ素およびストロンチウムを含有する化合物が、未焼成珊瑚カルシウムである請求項第1項記載の血糖上昇予防・治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−63279(P2008−63279A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242951(P2006−242951)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【出願人】(591068388)コーラルバイオテック株式会社 (4)
【Fターム(参考)】