説明

血糖低下剤

【課題】血糖低下作用を有し、かつ副作用のない新規な血糖低下剤を提供する。
【解決手段】L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、血糖低下剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イノシトール異性体及びその誘導体を有効成分として含有する血糖低下剤、ならびにそれを含む糖尿病の予防又は治療のための医薬、及び食品に関するものである。さらに詳しくは、少なくとも、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールからなる物質の内、1つ、または2つ以上を有効成分として含有する血糖低下剤、ならびにそれを含む糖尿病の予防又は治療のための医薬、及び食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
イノシトールには9種類の立体異性体があり、天然には5種類のイノシトール異性体(ミオ−イノシトール、D−キロ−イノシトール、シロ−イノシトール、L−キロ−イノシトール、ネオ−イノシトール)が知られている。
【化1】

これらの内、ミオ−イノシトールは、人体を含め動植物・微生物体内に広く存在する天然物として知られている。その生理作用から哺乳類においては、成長因子として、ビタミンB群に分類されているものである。特にそのトリリン酸エステルは、細胞内のセカンドメッセンジャーとしてCa2+を動員するシグナル伝達に関与することは、周知の事実である。すなわち、一般にイノシトールと言うとミオ−イノシトールを指しており、ミオ−イノシトールは、代表的なイノシトール異性体である。また、ミオ−イノシトールは、血糖降下作用を示すとも言われている(特許文献1参照)。
D−キロ−イノシトールは動植物体内に、またD−キロ−イノシトールの3位がメトキシ基であるD−ピニトールは植物体内に、広く存在する天然物として知られている。その生理作用については、血糖降下作用(特許文献2参照、特許文献3参照、非特許文献1参照、非特許文献2参照)、多嚢胞性卵巣症候群の改善効果(特許文献4参照)が知られて
いる。
シロ−イノシトールは哺乳類の脳、腎臓に局在し、アルツハイマー病発症に関与するアミロイドβ蛋白の凝集を抑制する活性が報告されており、アルツハイマー病の治療薬として期待されている(非特許文献3参照)。また、血糖低下作用(特許文献5参照)の報告例もある。
【0003】
一方、L−キロ−イノシトール(D−キロ−イノシトールの鏡像異性体)は、動物体内に存在するイノシトール立体異性体であるが、ガラクトースと結合させたキロ−イノシトールの誘導体が、インシュリン様生理作用を有すると記載しているが、試験データが無く、詳細は全く不明である(特許文献6参照)。また、ネオ−イノシトールも哺乳類の脳に存在するとされるが、その生理作用は不明である。
さらに、非天然型の4種類(エピ−イノシトール、ムコ−イノシトール、アロ−イノシトール、シス−イノシトール)の内、エピ−イノシトールは、神経伝達に関与し、うつ病、不安症の改善薬としての利用が期待されている(特許文献7参照、非特許文献4参照)。その他の3種類のイノシトール異性体(ムコ−イノシトール、アロ−イノシトール、シス−イノシトール)の生理活性は不明である。また、天然には、ムコ−イノシトールの水酸基の1又は2位がメトキシ基になった物質(ビスキュミトール)が、針葉樹で検出されているが、ムコ−イノシトール自体は未検出である。
【0004】
このように、イノシトール異性体及びそのメトキシ誘導体は、様々な生理作用が知られているが、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールについては、生理作用があまり知られていなかった。
これまで糖尿病の治療法としては、インスリン、スルホニル尿素系血糖低下剤、ビグアナイド系血糖低下剤、チアゾリジン誘導体などの投与が有効な治療薬とされていたが、これらは過度の投与により、肥満やインスリン抵抗性の増悪、血糖値コントロールの不全などをもたらすことがある。
したがって、これらに替わり優れた血糖低下作用を有し、かつ副作用のない新規な血糖低下剤の開発が望まれている。
【特許文献1】特開平7−223939号公報
【特許文献2】国際公開第1990/010439号パンフレット
【特許文献3】特表平4−505218号公報
【特許文献4】米国特許第5906979号明細書
【特許文献5】特開2003−160478号公報
【特許文献6】国際公開第2004/037974号パンフレット
【特許文献7】国際公開第1999/022727号パンフレット
【非特許文献1】Larner等,「サイエンス(Science)」,(米国),1988年,第206巻,p.1408
【非特許文献2】Suzuki等,「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」,(米国),1987年,第262巻,p.3199
【非特許文献3】R.H.Belmaker等,「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」,(米国),2000年,第275巻,p.18495
【非特許文献4】R.H.Belmaker等,「インターナショナル・ジャーナル・オブ・ニューロサイコファーマコロジー( The International Journal of Neuropsychopharmacology),(英国)、1998年,第1巻,p.31
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、このような要望に合致した新規な血糖低下剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、イノシトール異性体の生理作用に着目し、イノシトール異性体を用いた筋肉細胞のグルコース取り込みを評価した。筋肉細胞のグルコース取り込み試験は、報告例のあるD−キロ−イノシトールで利用されており、血糖降下作用と相関性のある試験である。
その結果、報告例のあるD−キロ−イノシトール、およびそのメトキシ誘導体であるD−ピニトール、シロ−イノシトールについて、その血糖低下作用を再確認すると共に、他の異性体であるL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールが、報告例のあるイノシトール異性体よりも高い血糖低下作用を有していることを見出した。
言い換えると、この試験結果は、従来知られているD−キロ−イノシトール、およびそのメトキシ誘導体であるD−ピニトール、シロ−イノシトールよりも高い血糖低下効果を有するイノシトール異性体が存在する事を示している。
さらに、この血糖低下作用を詳しく試験すると、筋肉細胞の細胞内において、インシュリンと同様に、グルコーストランスポーターの細胞膜への移行(インシュリンシグナル伝達では、細胞表面にグルコーストランスポーターが移行し、糖の取り込みを促進する)が、イノシトール異性体(D−キロ−イノシトール、D−ピニトール、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトール)を添加しても、引き起こされることを確認した。
また、筋肉細胞のグルコース取り込みで効果を有する物質の動物への安全性を、ICR系健常マウスを用いた35日間の2000 ppm連続投与試験で評価した。その結果、ミオ−イノシトール、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトール、D−キロ−イノシトール、シロ−イノシトール投与区について、副作用的な知見は全く得られなかった。
また、解剖した際の病理的検査においても異常は全く観察されず、安全性の高い物質であることが立証された。
こうしたことから、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールは優れた血糖低下作用を有するとともに、医薬、食品として重要な要素である安全性も兼ね備えているといえる。
以上により、本発明を完成するに至った。
【0007】
以上より本発明は次のように要約できる。すなわち、
(1)L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、血糖低下剤。
(2)(1)に記載の血糖低下剤を含む、糖尿病の予防又は治療のための医薬。
(3)(1)に記載の血糖低下剤を含む食品。
(4)L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、筋肉の糖代謝を促進させる薬剤。
(5)L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、抗肥満剤。
(6)L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、耐糖能異常改善剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールは、筋肉の糖代謝を促進させ、糖尿病の主症状である平常時の異常な高血糖状態を改善し
、血糖値を適正なレベルにコントロールすること、あるいは、耐糖能障害を改善することができる。また、食品や栄養剤等として用いることによっても血糖値を低下させることができる。さらに、これらの物質を投与しても、体重の異常増加等の副作用はみられず、安全性の面でも問題がない。また、本発明により、肥満を防止し、耐糖能異常を改善させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明の血糖低下剤、ならびにそれを含む糖尿病の予防又は治療のための医薬、及び食品は、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールを有効成分として含有することを特徴とする。
L−キロ−イノシトールとは、下記の構造
【化2】

を有するイノシトール異性体である。
エピ−イノシトールとは、下記の構造
【化3】

を有するイノシトール異性体である。
ムコ−イノシトールとは、下記の構造
【化4】

を有するイノシトール異性体である。
なお、これらの化合物は、市販品を用いてもよいし、化学的な合成方法、微生物などを利用する生物学的方法、天然物からの精製などによって得られるものを用いてもよい。
【0010】
本発明において、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトールは、血糖低下剤として利用できる。
本発明の血糖低下剤は、高血糖状態により引き起こされる疾患、例えば糖尿病の治療又は予防に有用である。また、糖尿病の前駆症状(耐糖能異常など)を改善するためにも有用である。さらに、本発明の血糖低下剤は、高血糖状態に起因する種々の疾病・合併症などの治療又は予防、ならびにこれら疾病・合併症などのリスクを低減することが可能である。
かかる高血糖状態に起因する種々の疾病・合併症としては、糖尿病性網膜症、糖尿病性
腎症、糖尿病性神経障害、糖尿病性壊疽、肥満、高血圧、糖尿病に起因する脳卒中、糖尿病に起因する心筋梗塞などを例示することができる。本発明の血糖降下剤は筋の糖代謝を促進するという効果も有するため、これらの症状を効果的に改善することができる。
【0011】
本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールを含有してなる医薬は、医薬製剤の製造法で一般的に用いられている公知の手段に従って、そのまま、あるいは薬理学的に許容される担体と混合して投与することができる。
薬理学的に許容される担体としては、例えば固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤及び崩壊剤、あるいは液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤及び無痛化剤等が挙げられる。
本発明の医薬の製剤化には、通常製剤化に用いられる各種の成分が任意に使用されるが、その例としては、例えばデンプン、デキストリン、乳糖、コーンスターチ、無機塩類などが挙げられる。
【0012】
本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールを含有してなる医薬の剤型としては、アンプル、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、輸液、ドリンク剤等が挙げられるが、特定の剤型のものに限定されるものではない。
製剤中のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールの好ましい含有量は、製剤全量に対して0.1〜80重量%であり、より好ましくは1〜5重量%である。
【0013】
本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールの投与方法としては特に制限されず、経口投与、静脈投与などが挙げられるが、経口が好ましい。好ましい投与量は、投与対象、対象臓器、症状、投与方法などにより異なり特に制限されないが、一般的に、マウスに対しては1mg〜500mg/体重kg/日であり、ヒトに対してはマウスとの相関性を考慮して、あるいはヒトの糖尿病の程度を考慮して、例えば、患者(体重60kgとして)に対して、一日につき約0.1〜100mg、好ましくは約1.0〜50mg、より好ましくは約1.0〜20mgである。
【0014】
本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールを使用する場合、他の血糖低下剤の有効成分、例えば、インスリン、スルホニル尿素系血糖低下剤、ビグアナイド系血糖低下剤、チアゾリジン誘導体、α−グルコシダーゼ阻害剤等を配合あるいは併用してもよい。なお、本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールを含む医薬は、抗肥満薬、耐糖能異常改善薬としても使用できる。
【0015】
本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールは、食品として一般に用いられる原料、例えば、蛋白質、脂質、炭水化物、ビタミン類などに配合することにより、血糖低下効果を有する食品、食事用補添物、栄養組成物として用いることもできる。
食品は、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールを、通常食品に用いられる原料と混合することによって製造することができる。
本発明の食品中に含まれる血糖低下剤の量は、特に限定されず適宜選択すればよいが、例えば、本発明のL−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールの量として、食品中に0.1〜50質量%、好ましくは1〜10質量%とするのがよい。
【0016】
(実施例)
以下に、本発明の筋肉細胞のグルコース取り込み試験、安全性試験、および、効能試験について試験例を挙げて具体的に示す。
【実施例1】
【0017】
筋肉細胞のグルコース取り込み試験
本試験は、培養細胞のグルコース取り込み試験として、広く使用されている方法である(Klip, A., Logan, W. J., Li, G. 1982. Hexose transport in L6 muscle cells. Kinetic properties and the number of [3H]cytochalasin B binding sites. Biochim Biophys Acta. 687(2):265-280.)。
始めに、ラットL6筋管細胞株を24穴プレートで筋肉細胞へ分化させ、0.2% BSAを含む無血清MEM培地中で18時間脱感作した後、上清の培養液を取り去り、濃度の異なるイノシトール異性体を0.1mM、または1mM含むKrebs-Ringer HEPES緩衝液(KRH緩衝液:50 mM HEPES、pH 7.4、137 mM NaCl、4.8 mM KCl、1.85 mM CaCl2、1.3 mM MgSO4)300ulを加えた。対照として、KRH緩衝液のみ、または100nMのインシュリンを含むKRH緩衝液を使用した。15分間のインキュベーション後、2−デオキシ−D−グルコース(トリチウムラベル体:以下2DGと略す)を6.5mM(18.5μCi)になるように加え、引き続き5分間インキュベーションを行なった。その後、上清の緩衝液を取り去り、氷冷したKRH緩衝液で4回洗浄し、細胞内に取り込まれなかった2DGを除去した。完全にKRH緩衝液を取り除いた後、細胞を0.05N NaOH溶液250μlで溶解し、それをシンチレーションカクテルの入ったバイアルビンに回収した。さらに200μl KRH緩衝液で2回洗浄して、この洗液も合わせてバイアルビンに回収した。次に、液体シンチレーションシステムLSC-5000シリーズ(アロカ株式会社)を用いて細胞内に取り込まれた2DGをトリチウムのβ線量として測定した。非特異的な2DGの取り込み量は、グルコース輸送の阻害剤であるサイトカラシンBを20μMで15分間処理し、上記と同様の方法で取り込み活性を測定した。
本方法により、細胞内に取りこまれた2−デオキシ−D−グルコースは、グルコーストランスポーターにより、グルコースと同様の膜輸送が行われる事がわかっており、上記β線量の強度は、グルコース取り込み活性として評価される。
測定の結果を図1に示す。
【0018】
図1から判るように、L6筋肉細胞において、2DGの取り込み作用は、インシュリンを添加する事で、1.35倍に増加することが判る。それに対して、1mMイノシトール異性体添加区では、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトール、D−キロ−イノシトール、およびD−ピニトールで、インシュリン添加区よりも高い活性を示し、アロ−イノシトール、およびシロ−イノシトールはインシュリン添加区と同等の活性を示した。さらに、0.1mMイノシトール異性体添加区では、エピ−イノシトール、およびムコ−イノシトールで、インシュリン添加区と同等の活性を示し、次いで、L−キロ−イノシトール、D−キロ−イノシトールに、活性があることが判る。また、ミオ−イノシトールには、インシュリン様の作用は認められなかった。
これらの結果から、イノシトール異性体の内、L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトール、ムコ−イノシトール、およびD−キロ−イノシトールには、インシュリン様生理作用を有することが判った。
【実施例2】
【0019】
筋肉細胞におけるグルコーストランスポーターの膜移行検出試験
本試験は、筋肉細胞のインシュリンシグナル伝達における応答の内、細胞内小胞にあるグルコーストランスポーター4(GLUT4)が細胞表面に移行する応答量を測定する試験である。
マウス骨格筋を細かく切り、筋肉組織100mgに対して、イノシトール異性体を1mM含むKrebs-Ringer HEPES緩衝液(KRH緩衝液:50 mM HEPES、pH 7.4、137 mM NaCl、4.8 mM KCl、1.85 mM CaCl2、1.3 mM MgSO4)3mlを加え、緩やかに攪拌した。対照として、KRH緩衝液のみ、または100nMのインシュリンを含むKRH緩衝液を使用した。30℃、15分間のインキュベーション後、ただちに、氷冷したKRH緩衝液で、筋肉組織を2回洗浄した。
次に、細胞膜画分からGLUT4を取り出すため、洗浄した筋肉組織に0.1% Nonidet(登録商標) P-40を含む抽出液(10mMトリス緩衝液、pH7.8、10mM KCl、1.5mM MgCl2、1mM phenylmethylsulfonylfluoride、0.5mM dithiothreitol、5μg/ml aprotinin、10μg/ml leupeptin)0.7 mlを加え、22ゲージ注射針を2度通過させることで細胞を破砕した。次に、破砕溶液を4℃、1,000×g、10分間遠心分離し、上清を捨て、沈澱をNonidet(登録商標) P-40非含有の抽出液0.5 mlに再度懸濁し、4℃、1,000×g、10分間遠心分離した。上清を捨て、沈澱(細胞膜画分)を得た。これに1% Nonidet(登録商標) P-40を含む抽出液0.5 mlに懸濁し、GLUT4を溶解させた。この溶液を4℃、10,000×g、20分間遠心分離し、上清をGLUT4抽出液とした。
この溶液に存在するGLUT4の定量は、一般的な抗体染色試験によって行った。すなわち、SDS−電気泳動後、PVDF膜にトランスブロットを行ない、膜上のGLUT4に対する抗体を用いて染色し、染色濃度による比較を行なった。
測定の結果を図2に示す。
【0020】
図2の結果から明らかな様に、筋肉細胞でのGLUT4の細胞膜移行作用は、インシュリンを添加する事で、誘導されることが判る。それに対して、1mMイノシトール異性体添加区では、D−ピニトール、D−キロ−イノシトール、L−キロ−イノシトール、およびムコ−イノシトールで、インシュリン添加区よりも高い活性を示し、エピ−イノシトールはインシュリン添加区と同等の活性を示した。
これらの結果から、イノシトール異性体の内、D−ピニトール、D−キロ−イノシトール、L−キロ−イノシトール、ムコ−イノシトール、およびエピ−イノシトールには、インシュリンと同様の作用であるGLUT4の細胞膜移行試験において、インシュリンと同様な能力を有する事が判る。
【実施例3】
【0021】
マウスを用いた安全性試験
マウスとしてC57BL/6J Jclマウス(6週齢)を日本クレア株式会社より購入し、まず環境に馴らすため基本食として用いたMF粉末飼料(オリエンタル酵母工業株式会社製)を自由に与えて1週間飼育(馴化期間)した。その後、これらの動物を次の4群(1群5匹)に分けた。すなわち、第1群(対照群)には基本食を引き続き自由に与え、第2〜4群(イノシトール異性体投与群)には基本食にL−キロ−イノシトール、ムコ−イノシトール、およびエピ−イノシトールを、それぞれ0.2%混入した飼料を自由に与え(イノシトール異性体として平均250mg/kg体重/日 相当を投与)、各群ともに35日間飼育を続けた。35日間の飼育後、エーテル麻酔下で後大静脈より採血を行い、血糖値をグルコーステストワコー(和光純薬工業株式会社製)にて測定した。
結果として、第1〜4群のいずれのマウス群において、疾病様の症状・死亡例は認められず、病理学的な所見から、体重、肝臓重量、腎臓重量、褐色脂肪組織重量に有為差は認められなかった。また、血液の生化学的な所見から、インシュリン量、レプチン量、GOT値、GPT値、γ−GTP値、コレステロール値、血糖値、トリグリセリド値にも、有為差は認められなかった。
これらの結果から、L−キロ−イノシトール、ムコ−イノシトール、およびエピ−イノシトールは、安全な物質であることが判る。
【実施例4】
【0022】
高脂肪食マウスを用いたL−キロ−イノシトール効能試験
マウスとしてC57BL/6Jcl雄マウス(4週齢)を日本SLC株式会社より購入し、まず環境に馴らすため基本食として用いたAIN-93粉末飼料(日本農産株式会社製)を自由に与えて2週間飼育(馴化期間)した。その後、これらの動物を次の4つの群(1群12匹)に分けた。そして、第1群(対照群)には基本食を引き続き自由に与え、第2群(L−キロ−イノシトール投与対照群)には基本食にL−キロ−イノシトールを0.2%混入した
飼料を自由に与え、第3群(高脂肪食群)には基本食のコーンスターチを100gあたり30g減じ、代わりにラードを30g添加した高脂肪含有飼料を自由に与え、第4群(L−キロ−イノシトール投与高脂肪食群)には第3群と同じ高脂肪含有飼料にL−キロ−イノシトールを0.2%混入した飼料を自由に与えた。
これらのマウスを飼育し、毎週、摂餌量、摂水量、体重を測定し、2週毎に空腹時血糖値を測定した。飼育開始10週目に群の半数を解剖し、病理的に比較し、13週目に耐糖能試験を行った。試験終了の15週目には全数を解剖した。
【0023】
結果として、第1〜4群のマウスには以下の所見が認められた。
体重に関して、15週目で、第1、2群は有意差なく、平均で約34gの体重を示すのに対して、高脂肪食群である第3群は平均で約47g、L−キロ−イノシトール投与高脂肪食群である第4群は平均で約43gを示した(第3、4群は危険率5%未満で有意差が認められた)。
空腹時血糖値に関して、13週目で、第1、2群は有意差なく平均で約140mg/dlの数値を示すのに対して、第3群は平均で約180mg/dl、第4群は平均で約150mg/dlを示した(第3、4群は、危険率5%未満で有意差はなかったが、第4群の数値は、第3群より低く推移する傾向があった)。
耐糖能試験に関して、13週目で、第1、2群は有意差なく、一時的に、平均で約250mg/dlに高まった血糖値は、180分後、負荷する前の血糖値(平均で約140mg/dl)に戻るのに対して、第3群は、一時的に、平均で約470mg/dlに高まった血糖値は、180分後、平均で約310mg/dlまでゆっくりと低下した(負荷する前の血糖値は平均で180mg/dl)。第4群は、一時的に、平均で約390mg/dlに高まった血糖値は、180分後、負荷する前の数値に近い、平均で約180mg/dlまで低下した(負荷する前の血糖値は平均で170mg/dl)(第3、4群は危険率5%未満で有意差が認められた)。
インシュリン分泌量は、15週目で、平均値で第1群(3.2±0.3ng/ml)、第2群(3.3±0.1ng/ml)、第3群(4.8±0.3ng/ml)、第4群(4.0±0.5ng/ml)であり、第3群は高い値を示していた。
【0024】
一方、解剖の結果、脂肪組織の重量変化についても変化が見られた。
白色脂肪組織重量に関して、15週目で、第1、2群と比較して、第3、4群は高い傾向が認められるが、第3群と第4群を比較すると、腸間膜脂肪(第3群3.4±0.2%、第4群3.0±0.2%;数値は体重に対する組織の重量パーセンテージ。以下も同様)、臓器周り脂肪(第3群4.2±0.2%、第4群3.4±0.2%)、皮下脂肪(第3群13.0±0.8%、第4群11.0±0.7%)において、第3群よりも第4群の平均値が低かった。精巣上体脂肪(第3群3.7±0.2%、第4群4.7±0.4%)は、第4群の平均値が高かった。
【0025】
これらの結果から解ることとして、以下の点が挙げられる。
第1点に、L−キロ−イノシトール投与は、第1群と第2群で差が認められないことから、実施例3と同様に長期(15週)摂取しても安全な物質であることが判る。
第2点に、高脂肪食と同時に摂取した場合、第3群と第4群の比較では、幾つかの点でL−キロ−イノシトール投与によって、改善された所が認められる。特に体重増加を低く抑える点、空腹時血糖値が低く推移する点、また、耐糖能試験における速やかな血糖低下が認められる。病理学的な所見では、精巣上体以外の白色脂肪組織で、脂肪量の低下が認められた。
第3点に、第3群では、インシュリン分泌量が高くなっており、インシュリン抵抗性発症の兆候を示唆しているが、第4群では、数値的に低く抑えられていることが判る。
以上のように、L−キロ−イノシトールは、マウス効能試験で血糖値低下作用、耐糖能異常改善効果を有することが判る。また、脂肪量の低下から抗肥満活性を有していることが判る。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の血糖低下剤、ならびにそれを含む糖尿病の予防又は治療のための医薬、及び食品は、優れた血糖低下作用を有し、かつ副作用がなく、産業上有用である。また、本発明の血糖低下剤ならびにこれを含む医薬および食品は、筋糖代謝促進効果、抗肥満効果および耐糖能異常改善効果を有し、産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】筋肉細胞でのグルコース取り込み試験結果を示す。
【図2】筋肉細胞でのGLUT4の細胞膜移行試験結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、血糖低下剤。
【請求項2】
請求項1に記載の血糖低下剤を含む、糖尿病の予防又は治療のための医薬。
【請求項3】
請求項1に記載の血糖低下剤を含む食品。
【請求項4】
L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、筋肉の糖代謝を促進させる薬剤。
【請求項5】
L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、抗肥満剤。
【請求項6】
L−キロ−イノシトール、エピ−イノシトールおよびムコ−イノシトールからなる群から選ばれる、少なくとも1つまたは2つ以上の物質を有効成分として含有することを特徴とする、耐糖能異常改善剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−31154(P2008−31154A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−160478(P2007−160478)
【出願日】平成19年6月18日(2007.6.18)
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000242002)北興化学工業株式会社 (182)
【Fターム(参考)】