説明

表面処理めっき鋼板および表面処理液

【課題】クロメート皮膜に代わる、耐食性と耐結露白化性に優れた無害な耐食皮膜を亜鉛系めっき鋼板の表面に有する、無塗油でもプレス成形可能な表面処理鋼板。
【解決手段】ジルコニルカチオン成分A、リン酸イオンおよびヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオンから選ばれたアニオン成分B、ならびにMgおよびCaから選ばれたカチオン成分Cからなり、90質量%以下の樹脂を含有しうる皮膜層であって、皮膜中のA、B、C各成分の総電荷量(mmol・m−2)をA、B、Cとして、(式1)および(式2)を満たし、皮膜中のイオン成分は実質的にすべて成分A、B、Cからなり、アニオン成分Bの総電荷量換算での皮膜付着量が1〜10mmol・m−2の範囲内である皮膜層を亜鉛系めっき鋼板の少なくとも片面に形成する。
(式1)0.49≦A/B≦
(式2)0.3≦(A+C−B)/B≦0.3

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロム化合物やフッ素化合物を含まない、環境負荷を軽減した亜鉛系めっき鋼板用の表面処理液と、その処理液により形成された耐食皮膜を備えた亜鉛系めっき鋼板に関する。本発明に従って表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、家電製品、自動車部品、建材、その他の汎用用途に適用することができる。
【0002】
本発明において「亜鉛系めっき」とは、亜鉛めっきおよびZn含有量が30質量%以上である亜鉛合金めっきを包含する意味であり、例えば、55%Al−Znめっきで代表されるめっき中のAl含有量が50質量%を超えるアルミニウム−亜鉛合金めっきをも含んでいる。
【背景技術】
【0003】
従来から、亜鉛系めっき鋼板には、耐食性の向上を図るために、クロメート処理を施してめっき表面にクロメート皮膜を形成することが一般に行われてきた。しかし、クロメート処理は、有害な6価クロム化合物を使用するため、環境汚染、製造に携わる人間の健康への影響、といった問題点がある。そのため、クロム化合物を用いない表面処理が望まれている。
【0004】
クロメート皮膜は、密着性または耐食性改善の目的で処理液に添加されるフッ素化合物(例えば、ヘキサフルオロケイ酸)を含有することがある。フッ素化合物もまた、製品からフッ素イオンまたはフッ素含有イオンが溶出する可能性があり、処理の廃液処理の負荷を高めるため、好ましくない物質である。
【0005】
一方、最近では、特に家電業界において、省工程、省コストの観点から、無塗装のまま適用される鋼板が増えてきており、耐食性や塗装密着性のみならず、耐結露白化性などのように、鋼板の表面外観に対する性能も要求されるようになってきている。
【0006】
有害なクロム化合物およびフッ素化合物を用いないで、亜鉛系めっき鋼板の表面に無機質の耐食皮膜を形成することができる表面処理技術としては、以下のものが挙げられる。
特開2002−155375号公報(特許文献1)には、多価金属リン酸塩を用いた処理液が提案されている。この処理液は、多価金属リン酸塩化合物を主体とし、他にキレート剤および腐食抑制剤を含有する。具体的には、多価金属リン酸塩は第一リン酸アルミニウムおよび第一リン酸マグネシウムのうちの1種または2種であり、キレート剤はホスホン酸系およびオキシカルボン系化合物から選ばれ、腐食抑制剤はイミダゾリン化合物を4級化剤によって4級化して得られるイミダゾリン化合物およびチオカルボニル基含有化合物およびキノリン誘導体から選ばれた1種以上である。
【0007】
特開2001−316845号公報(特許文献2)には、(a)シランカップリング剤および/もしくはその加水分解縮合物、(b)水分散性シリカ、並びに(c)ジルコニウム化合物および/もしくはチタニウム化合物を必須成分として含み、更に(d)チオカルボニル基含有化合物と(e)水溶性アクリル樹脂の一方または両方を含んでいてもよい、ノンクロメート金属表面処理剤と、その処理剤により処理された鋼板とが開示されている。
【0008】
特開2002−332574号公報(特許文献3)には、炭酸ジルコニウム錯イオンとバナジルイオン(VO2+)とオキシカルボン酸とを含有する処理液であって、その固形分中濃度としてジルコニウム:10〜30%、バナジウム:5〜20%、オキシカルボン酸:20〜50%、ジメルカプトこはく酸:0.01〜1%、燐酸アンモニウム:0.01〜1%を含有する処理液により得られる耐食性被覆層を、めっき鋼板の少なくとも片面に皮膜付着量として200〜1200mg・m-2形成することが開示されている。
【0009】
亜鉛系めっき鋼板が対象ではないが、特開2004−232040号公報(特許文献4)には、ジルコニウム化合物と、バナジウム化合物と、シリカ化合物と、りん酸化合物と、水酸基、カルボニル基及びカルボキシル基から選ばれた少なくとも1つの官能基をもつ有機化合物とからなる複合皮膜を有し、かつ複合皮膜中のクロムあるいはクロム化合物がクロムとして0.1mg・m-2以下、フッ素あるいはフッ素化合物がフッ素として0.1mg・m-2以下である、耐食性、塗装性、溶接性及び加工性に優れるアルミニウムめっき鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−155375号公報
【特許文献2】特開2001−316845号公報
【特許文献3】特開2002−332574号公報
【特許文献4】特開2004−232040号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記従来技術に従って表面処理された亜鉛系めっき鋼板は、必ずしも耐食性が十分ではなかった。特に、難溶性の皮膜成分を薬液化(均一塗布可能な表面処理液を調製するために水溶性化)するために添加される強電解質成分(有機酸アニオン、キレートアニオン、フッ化物イオン、硝酸イオン等の弱塩基、ならびにナトリウムイオン、リチウムイオン、4級アンモニウムイオン等の弱酸)は、皮膜形成後も基本的には水溶性である。そのため、例えば、表面処理鋼板をコイル保管している場合などに結露が起こると、皮膜中のこれらの水溶性成分が結露水に容易に溶出して、その後に乾き痕となることで、商品外観を著しく損ねたり、上塗り塗装をした場合の耐水2次密着性を損ねたりするという弊害を及ぼす。
【0012】
また、特許文献1に記載の処理液は、成分構成から酸性の水性液であるが、酸性水溶液による処理では、6価クロムのような亜鉛に強力に働くインヒビターが存在しない限り、処理液が基材めっき表面をエッチングしてしまうため、多かれ少なかれ外観光沢の変化を来すので、特に無塗装用途には適していない。
【0013】
従来のクロメート処理は、易溶性6価クロム化合物(例、クロム酸)の水溶液から金属基材表面(特に、亜鉛)との非可逆的な酸化還元反応によって、難溶性・不溶性の3価クロム化合物主体の皮膜が形成されることを特徴とする。つまり、処理液は安定な水溶液であって、しかもめっき表面の亜鉛エッチングを防止するインヒビター作用を発揮するが、形成された皮膜は完全に不溶性であって、結露水が存在しても成分の溶出が起こらない。亜鉛系めっき鋼板の表面処理に対して6価クロム化合物以上に適した物質は存在しない。
【0014】
クロムを含有しない表面処理では、どのようにして難溶性の皮膜物質を水溶性化して安定な水溶液状態の表面処理液を調製する(薬液化する)かが課題となる。一般に、薬液化のための成分水溶性化には、強電解質成分が補助的に使用されるが、強電解質成分には上述した弊害があるので、その弊害を解消または軽減する必要がある。
【0015】
また、亜鉛に強力に働くインヒビターである6価クロムを含有させずに、亜鉛系めっき鋼板の本来の光沢感をエッチングにより損なうことなく、耐食皮膜を形成するように表面処理を行うことも本発明の課題である。
【0016】
本発明は、強電解質成分による弊害を最小限にして、亜鉛系めっき鋼板の表面に、その光沢感を保持しつつ耐食皮膜を形成することができる安定な表面処理液を用いて、耐食性と耐結露白化性に優れた耐食皮膜を備えた表面処理亜鉛系めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、皮膜成分の薬液化(水溶性化)に必要となる強電解質成分を、皮膜形成後には残留させないようにするため、乾燥・造膜の過程におけるpHの変化によって揮発するアンモニウムカチオンおよび炭酸アニオンのような強電解質イオン成分に着目した。強電解質成分としてこのような揮発性成分のみを用いて、環境負荷の少ない皮膜原料を錯イオン化合物として薬液化することができる。また、カチオンおよびアニオンの皮膜成分の配合を最適化することによって、これらの揮発性成分は造膜中に揮散するので、強電解質を実質的に含まない耐食皮膜が形成され、上記目的が達成される。
【0018】
本発明は、下記に定義されるカチオン成分A、アニオン成分B、およびカチオン成分Cを含む皮膜層であって、かつ皮膜中のA、B、C各成分のそれぞれの総電荷量(mmol・m−2)をA、B、Cとした時に(式1)および(式2)を満たし、皮膜中のイオン成分は実質的にすべて成分A、BまたはCからなり、成分Bの総電荷量換算での皮膜付着量が1〜10mmol・m−2の範囲内である皮膜層を少なくとも片面に有することを特徴とする、耐食性および耐結露白化性に優れた亜鉛系めっき鋼板である。
【0019】
0.49≦A/B≦1.3 (式1)
−0.3≦(A+C−B)/B≦0.3 (式2)
成分A:亜鉛より貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式4)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より強い酸い酸性を示す2価以上の金属カチオンおよびオキシ金属カチオンから選ばれた多価カチオン;
成分B:亜鉛より貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式5)を満たす、亜鉛塩基性塩(式3、左方向)より強い塩基性を示す2塩基性以上の多価酸アニオン;
成分C:亜鉛より貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式6)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より弱い酸性を示す、多価カチオン。
【0020】
1/2 Zn2++H2O←→1/2 Zn(OH)2+H pKa=5.5 (式3)
(1/n) Mn++HO←→(1/n) M(OH)n+H pKa<5.5 (式4)
(1/m) HmA ←→(1/m) Am−+H pKa>5.5 (式5)
(1/n) M'n'++H2O←→(1/n') M'(OH)n'+H pKa>5.5 (式6)
上記式中、Mは金属またはオキシ金属、M'は金属、n、n’及びmは2以上の整数である。
【0021】
本発明において、「金属カチオン」とは、金属が電子を放出して酸化されることにより生ずるイオンを意味し、「オキシ金属カチオン」とは、金属と酸素とから構成されるカチオン(オキソ金属カチオンとも呼ばれる)を意味する。オキシ金属カチオンの代表例は、ジルコニルイオンおよびチタニルイオンである。
【0022】
また、「実質的に」とは、著しい影響を及ぼさない範囲内での量の他成分の含有を許容するという意味であるが、具体的には、その成分(例えば、皮膜中のアニオン成分)の全体の5質量%以下、好ましくは1質量%以下の量であれば、他成分の含有を許容しうるという意味である。
【0023】
好ましくは、前記カチオン成分Aがチタンイオン、チタニルイオン、ジルコニウムイオン、およびジルコニルイオンから選択される1種または2種以上であり、前記アニオン成分Bがリン酸水素イオン、リン酸イオン、ピロリン酸水素イオン、およびホスホン酸イオンから選択される1種または2種以上であり、前記カチオン成分Cがアルカリ土類金属カチオン類から選択される1種または2種である。より好ましくは、カチオン成分Aがジルコニルイオンであり、アニオン成分Bがリン酸イオンおよびヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオンから選ばれた1種または2種であり、カチオン成分Cがマグネシウムイオンおよびカルシウムイオンから選ばれた1種または2種である。
【0024】
本発明によればまた、前記カチオン成分A、アニオン成分B、およびカチオン成分Cを前記(式1)および(式2)を満たす割合で含有し、さらにアンモニウムカチオンおよび炭酸アニオンを含有するが、他の電解質イオンを実質的に含有しない、pH7以上の水性液であることを特徴とする、亜鉛系めっき鋼板の表面に耐食皮膜層を形成するための表面処理液が提供される。
【0025】
別の側面から、本発明に係る亜鉛系めっき鋼板用表面処理は、水中に、リン酸イオン、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオン、炭酸イオン、ジルコニルイオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンの各成分を含有し、前記各成分のmol濃度(CPO4、CHEDP、CCO3、CZrO、CMg、CNH4)が式(7)〜(10)を満たすことを特徴とする表面処理液である:
2.0≦CZrO/CPO4 (式7)
2.0≦(CZrO+CMg)/CHEDP (式8)
0.1≦CMg/CHEDP≦1 (式9)
CO3/CZrO<2 (式10)
0<CNH4/CCO3≦2 (式11)
【発明の効果】
【0026】
本発明によると、環境上の問題があるクロム化合物やフッ素化合物などの有害物を使用せずに、強電解質としては炭酸アニオンやアンモニウムカチオンといった揮発性成分のみを用いて、無機皮膜形成成分を水溶性化して安定な表面処理液を調製することができる。この表面処理液を塗布したあと、50℃〜200℃の低い温度で焼付けを行っても、形成された皮膜中に薬剤中の強電解質成分は実質的に残留せず、優れた耐食性、耐結露白化性を示す耐食皮膜が形成され、従来のものに比較して耐食性能および外観が著しく優れた表面処理亜鉛系めっき鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】錆発生面積率とSST曝露時間との関係およびフィッティングによる錆発生時間の算出方法をモデル例で示すグラフ。
【図2】耐結露白化性試験後の試験結果が良好なサンプルと不芳なサンプルの外観を示す写真。
【図3−1】基材が溶融亜鉛めっき鋼板(GI)である表面処理亜鉛系めっき鋼板サンプル(左側がエリクセン張り出しサンプル、右側がクロスカットサンプル)の耐食性試験(SST24時間および72時間)後の外観を示す写真。
【図3−2】図3−1と同様の写真。
【図3−3】図3−1と同様の写真。
【図4−1】基材が溶融亜鉛めっき鋼板(GI)である表面処理亜鉛系めっき鋼板サンプル(左側がエリクセン張り出しサンプル、右側がクロスカットサンプル)の耐食性試験(SST24時間および72時間)後の外観を示す写真。
【図4−2】基材が55%アルミニウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板(AZ)である場合の図4−1と同様の写真。
【図4−3】基材が電気亜鉛めっき鋼板(EG)である場合の図4−1と同様の写真。
【図5−1】薬液1を使用した皮膜のSST5%錆発生時間と皮膜付着量(ブレンステッド強塩基成分Bの総電荷量)との関係を示すグラフ。
【図5−2】薬液2を使用した場合の図5−1と同様のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る表面処理亜鉛系めっき鋼板とその耐食皮膜について説明する。
基材めっき鋼板:
本発明に係る表面処理鋼板の基材は亜鉛系めっき鋼板である。前述したように、本発明において「亜鉛系めっき鋼板」とは、亜鉛による犠牲防食能を発揮できるめっき皮膜を備えた鋼板を意味し、これは、亜鉛めっき鋼板と、Zn含有量30質量%以上の亜鉛合金めっき鋼板の両方を包含する。従って、亜鉛系めっき鋼板は、55%アルミニウム−亜鉛合金めっき鋼板のようなZn含有量が50質量%に満たない亜鉛合金めっき鋼板の一部も包含する。
【0029】
本発明に従って表面処理を施すのに適した亜鉛系めっき鋼板の例を例示すると、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、55%アルミニウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板、5%アルミニウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板、アルミニウム−マグネシウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、10%ニッケル−亜鉛合金電気めっき鋼板等が挙げられるが、これらに制限されるものではない。めっき付着量も特に制限されないが、片面当たりの付着量で、電気めっき鋼板では5〜70g・m-2、溶融めっき鋼板では30〜250g・m-2程度が一般的である。
【0030】
耐食皮膜:
本発明に係る亜鉛系めっき鋼板は、耐食皮膜として、下記に定義されるカチオン成分A、アニオン成分B、およびカチオン成分Cを含む皮膜層を基材の亜鉛系めっき鋼板の少なくとも片面に(即ち、めっき面上に)有する:
成分A:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式4)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より強い酸い酸性を示す2価以上の金属カチオンおよびオキシ金属カチオンから選ばれた多価カチオン;
成分B:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式5)を満たす、亜鉛塩基性塩(式3、左方向)より強い塩基性を示す2塩基性以上の多価酸アニオン;
成分C:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式6)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より弱い酸性を示す多価カチオン。
【0031】
亜鉛イオンよりも強い酸性を示す多価カチオンである成分Aと、亜鉛塩基性塩よりも強い塩基性を示す多価アニオンである成分Bは、いずれも、亜鉛イオンを含有する亜鉛の水溶解系において、それぞれ所謂ブレンステッド酸、ブレンステッド塩基として挙動し、少なくとも一部は亜鉛イオンが関与する反応により、沈殿を形成する必要がある。
【0032】
この要件は、例えばブレンステッド酸カチオンとしてジルコニルカチオン(ZrO2+)、ブレンステッド塩基アニオンとしてリン酸水素アニオン(HPO42-)とからなる塩、即ちリン酸水素ジルコニル(ZrOHPO4)を含有する皮膜の耐食機構(沈殿形成による皮膜形成機構)を考えたときに、熱力学的安定性からカチオン成分、アニオン成分の交換が起こる、次のモデル式で説明できる。
【0033】
リン酸水素ジルコニルによる沈殿形成モデル
ZrOHPO4+2OH-→ZrO(OH)2↓+HPO42-・・ジルコニル塩基性塩形成
Zn+1/2 O2+H2O→Zn2++2OH- ・・めっきZnの腐食
Zn2++HPO42-→ZnHPO4↓ ・・リン酸水素亜鉛沈殿
以上を総括すると、次の(式12)になる。
【0034】
ZrOHPO4+Zn+1/2 O2+H2O→ZrO(OH)2↓+ZnHPO4↓(式12)
ジルコニルカチオンは、亜鉛イオンに優先して、めっきZnの腐食に伴う酸素の還元で発生した水酸化物イオンと反応して、ジルコニウム塩基性塩として析出する。一方、亜鉛の酸化によって発生した亜鉛イオンは、リン酸水素亜鉛として析出し、更に塩基性塩になる余地を残して安定化すると考えられる。更に腐食が進み、リン酸水素アニオンの全てがリン酸水素亜鉛として析出すれば、発生する亜鉛は直接塩基性塩として析出せざるを得ないため、その後の腐食速度の抑制は効かなくなる。しかし、上記カチオン、アニオンの交換反応がネックとなり、初期のめっきZnの腐食が大幅に抑制されることで、要求性能を満足させることができる。
【0035】
このようなブレンステッド酸カチオン(多価カチオン成分A)としては、チタンイオン(Ti4+)、チタニルイオン(TiO2+)、ジルコニウムイオン(Zr4+)、ジルコニルイオン等が挙げられ、ブレンステッド塩基アニオン(多価酸アニオン成分B)としては、リン酸水素イオン(HPO42-)、リン酸イオン(PO43-)、ピロリン酸水素イオン(HP273-)、ピロリン酸イオン(P274-)、ホスホン酸イオン、ケイ酸イオン(SiO32-)炭酸イオン(CO32-)等が挙げられる。ホスホン酸イオンとしては、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)イオンが挙げられる。このうち、炭酸イオンは揮発性であるので、処理液中に含有していても、そのほとんどは皮膜形成時の乾燥(好ましくは加熱乾燥)中に揮散し、皮膜中には実質的な量では残留しない。
【0036】
特に好ましい酸カチオン成分Aはジルコニルイオンであり、特に好ましい塩基アニオン成分Bはリンを含有する酸のイオン、特にリン酸イオン、リン酸水素イオン、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)イオンである。これらの系については、後述するように、炭酸イオンやアンモニウムイオンといった汎用物質との反応によって、比較的容易に薬液化(水溶性化による処理液調製)が可能である。
【0037】
上記皮膜を構成するブレンステッド酸(成分A)とブレンステッド塩基(成分B)の量比は、皮膜中の成分AおよびBのそれぞれの総電荷量(mmol・m−2)をAおよびBとした時に、A/Bの比が、0.49以上かつ1.3以下であることが必要である。この電荷比A/Bが0.49未満であると、皮膜の耐水性が低下し、ユーザーにおける成形後のアルカリ脱脂洗浄によって皮膜が失われる。A/B比は好ましくは0.6以上である。一方、この電荷比A/Bが1.3を超えると、ブレンステッド塩基の要件を満たせないB以外のアニオン成分が皮膜中に含有されることになり、鋼板が結露した場合に一部のアニオンが容易に滲み出して、外観不良を来す。
【0038】
即ち、皮膜層中のアニオン成分は実質的にすべて成分Bからなり、上記(式5)を満たさないアニオンは皮膜層中には実質的に含有させない。上記(式5)を満たさない、本発明の皮膜層中に含有させてはならないアニオン成分の例としては、フッ化物イオン、塩化物イオン、硝酸イオン、リン酸2水素イオン等の1価無機酸アニオン、硫酸イオン、ピロリン酸2水素イオン等の塩基性要件を満たせない無機多価アニオン、ギ酸イオン、酢酸イオン、フマル酸イオン等の塩基性要件を満たせない1価若しくは多価有機アニオン、乳酸イオン、フマル酸イオン等のヒドロキシル基を有するカルボン酸アニオンが挙げられる。
【0039】
酸・塩基性の尺度となる酸解離定数(pKa=−log Ka)の値は文献値(M. Pourvaix, Atras of Electrochemical Equilibria in Aqueous Solutions, Pergamon, 1966)と(式4)〜(式5)とから計算できる。
【0040】
リン酸ジルコニウム、ホスホン酸ジルコニウムは水溶液中のカチオン交換反応が知られていて(例えば、式13)、様々な分野への応用が検討されている。
Zr(HPO4)2+NaCl→Zr(NaPO4)2+HCl (式13)
一方、亜鉛やアルミニウムの腐食は、酸素欠乏型、つまり、金属カチオンの拡散がネックとなることが知られている。皮膜中にカチオン交換サイト(本発明の場合、リン酸塩、ホスホン酸塩の一部カチオンをブレンステッド弱酸=成分Cとすることにより付与)が存在すれば、金属カチオンの脱着が更にネックとなり、腐食が抑制されることが予測される(例えば、式14)。
【0041】
2ZrO(NH4)PO4+Zn(OH)2→(ZrO)2Zn(PO4)2+2NH4OH (式14)
即ち、カチオン交換サイトが予めZnイオンよりも弱い酸カチオン(本発明におけるカチオン成分C)によってカチオン交換されている必要がある。カチオン交換サイトをカチオン交換することにより耐食性向上効果を発揮する弱酸カチオン成分Cとしては、アンモニウムイオン、4級アンモニウムイオン類、アルカリ金属カチオン類、アルカリ土類金属カチオン類等、多数ある。つまり、一般的に水酸化物が強塩基に分類されるカチオンがこれに相当する。
【0042】
このうち、アンモニウムイオン(NH4)は揮発性であり、薬液中に存在しても皮膜中には実質的に残留しない。一方、アルカリ金属カチオン類および4級アンモニウムイオン類等の1価カチオンは、本発明では使用しない。これらは水酸化物の塩基性が強いのに、揮発性がないため、皮膜中に残留し、それにより鋼板が結露した時に容易に皮膜から滲み出して外観不良を来し、好ましくはないからである。特に、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンは含有させてはならない。
【0043】
反対に、特に好ましい弱酸カチオン成分Cは、アルカリ土類金属カチオン類である。アルカリ土類金属の場合、カチオン交換で生成する塩基性塩が難溶性を示し、腐食環境における伝導度上昇等の悪影響が小さい上、更に塩基性塩による沈澱が腐食を抑制するためである。環境負荷、資源としての汎用性を考慮すると、弱酸カチオン成分Cとしてより好ましいのはマグネシウムイオンおよびカルシウムイオンであり、その1種または2種を使用することが好ましい。
【0044】
皮膜層中の上記弱酸カチオン成分Cの量論比については、成分Cの総電荷量(+C)と上述の亜鉛に対するブレンステッド酸・塩基の総電荷量(+A、−B)との総和(A−B+C)(単位:mmol・m−2)が概ね0になることが好ましい。換言すると、弱塩基性アニオン成分Bの総電荷量が、カチオン性成分AおよびCの合計総電荷量と実質的に等しいことが好ましく、(A−B+C)/Bの値が−0.3以上、0.3以下であることが必要である。(A−B+C)/Bの値が0より大きい場合は、塩基性塩が混在していることを意味するが、塩基性塩は防食反応への寄与がなく、無駄となるためである。逆に0より小さい場合は遊離酸が混在し、耐食性に悪影響がある。
【0045】
上記イオン成分A、B、Cを含有する皮膜層は、耐食性発現のために、ブレンステッド塩基成分Bの総電荷量として1〜10mmol・m−2の皮膜付着量とする。この皮膜付着量が1mmol・m−2未満では、十分な耐食性が得られない。一方、付着量が10mmol・m−2を超えると、耐食性の向上が飽和するので、経済的ではなくなる。この皮膜付着量は好ましくは1〜5mmol・m−2である。
【0046】
上記カチオンA、アニオンB、カチオンCの何れも、亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含んではならない。構造中に含まれる亜鉛よりも貴な金属は、皮膜形成途上、或いは、腐食環境下でめっき層金属亜鉛から電子を奪うことにより自ら金属として置換析出する。置換した金属と亜鉛とが湿潤環境では容易にカップリング形成し、著しい電食を起こす。従って、皮膜層中のイオン成分(カチオン成分およびアニオン成分)は、実質的にすべて成分A、BまたはCからなる。
【0047】
本発明に係る亜鉛系めっき鋼板に形成した耐食性付与のための皮膜層には、上記のカチオンまたはアニオン成分A、B、C以外に、非イオン成分であれば、他の成分を皮膜の各種性能を改善するために含有させることができる。そのような成分を例示すると、酸化型インヒビター(酸化物形成により腐食抑制効果を発揮するインヒビター)、樹脂、体質顔料、シランカップリング剤を挙げることができる。
【0048】
皮膜層が酸化型インヒビターを含有することは、亜鉛系めっき鋼板の耐食性改善の観点から好ましい。酸化型インヒビターとしては、5価バナジウム化合物(例、五酸化バナジウム、バナジン酸塩)や6価モリブデン化合物(例、三酸化モリブデン、モリブデン酸塩)等が挙げられる。この種のインヒビターは、6価クロムのように強力な耐食性改善効果は期待できないが、皮膜層に含有させた場合に一定の耐食性改善効果を発揮することができる。添加する場合の好ましい酸化型インヒビターの添加量は、皮膜質量に対して0.1質量%以上、30質量%以下であり、より好ましくは1質量%以上、10質量%以下である。
【0049】
また、上記酸化型インヒビターの何れもが、高次の酸価数ではアニオン性であり、酸化型インヒビターとして機能する以前は水溶性であることが好ましいため、アニオンBの範疇に含まれない物質が含まれるが、酸化型インヒビターとして機能した後にはカチオン性で難溶性を示す、つまりカチオンAに属することが、有効な酸化型インヒビターの必要条件である。
【0050】
皮膜層は、樹脂成分を皮膜質量に対して90質量%までの量で含有することが好ましい。無機系成分のみからなる皮膜は硬くて脆い。そのため、特に皮膜中アニオン換算付着量が10mmol・m−2を越えた場合には、可撓性の高い成分を添加して皮膜中の応力を緩和することが好ましい。この目的で、樹脂成分を添加することが有効である。一方、皮膜付着量が10mmol・m−2以下である場合には、樹脂の添加は必ずしも必要ないが、無塗油でプレス成形する用途向けの場合には、そのような薄膜の皮膜層であっても、樹脂を含有させることが潤滑性の点から好ましい。
【0051】
樹脂の添加量は、亜鉛系めっき鋼板が汎用的用途向けである場合には、皮膜に対し30質量%以下が好ましい。樹脂添加量が30質量%を超えると、プレス成形時の潤滑油で皮膜が膨潤し、金属粉を噛み込んで、成形ワーク汚れや金型への皮膜堆積の不具合が発生する。一方、亜鉛系めっき鋼板を無塗油で成形する場合は、皮膜層中にポリエチレンワックス等の固体潤滑剤を3〜20質量%含有させた上で、樹脂と固体潤滑剤との合計で30質量%以上、90質量%以下となる量の樹脂を含有させることが好ましい。この量が30質量%未満では、加工に追従する皮膜の伸びが確保できず、90質量%を超えると耐食性が発現しない。
【0052】
ここでいう樹脂成分は、ウレタン系、ポリエステル系、アクリル系、オレフィン系等の各種水性樹脂を用いることができるが、溶接性の観点から熱可塑性樹脂であることが好ましい。水性樹脂は、水溶性樹脂と水分散性樹脂(エマルジョン樹脂を含む)のいずれでもよい。
【0053】
皮膜層中にシリカ、タルク等の体質顔料を含有させることは、本来の皮膜物性をコントロールする手段として有効である。特に、タルク(珪酸マグネシウム)は、上記ブレンステッド塩基(ケイ酸)とブレンステッド弱酸(マグネシウム)とを組み合わせた塩に相当し、耐食性改善に対しても有効である。皮膜層中の体質顔料の好ましい添加量は70質量%以下であり、70質量%を超えると、体質顔料の保持が困難となる。
【0054】
なお、バナジン酸塩、モリブデン酸塩、タルク等のように、上記ブレンステッド塩基型アニオン(成分B)および/またはカチオン(成分AもしくはC)に相当するイオンから構成される体質顔料を使用する場合には、それらのアニオンおよび/またはカチオンの量は成分Bおよび/または成分AもしくはCの量に含める。
【0055】
皮膜層は好ましくはシランカップリング剤を含有する。シランカップリング剤の加水分解で生ずるシリケート基が上述のブレンステッド塩基に相当することによる耐食性改善効果の他、樹脂成分のめっき素地との密着性やワックス成分の分散性、上塗り密着性を改善、コントロールできるからである。シランカップリング剤の好ましい添加量は、皮膜中に10質量%以下である。10質量%を超えると、塗布に使用する水系処理液(薬液)の安定性確保やポットライフの確保が困難となる。シランカップリング剤は各種の市販品を使用することができる。その具体例については、表面処理液に関して後述する。
【0056】
表面処理液:
基材の亜鉛系めっき鋼板の少なくとも片面のめっき表面に上記皮膜層を形成するために使用される、本発明に係る表面処理液について次に説明する。
【0057】
本発明における表面処理液は、皮膜を構成する無機成分である、上記アニオン成分B、カチオン成分AおよびCに加え、揮発性の炭酸イオン、アンモニウムイオン以外には、他の強電解質を含有しない。また、めっき表面をエッチングしないために、処理液はpH7以上のアルカリ性にする。カチオン成分Aとアニオン成分Bは、Znイオン含有アルカリ性水溶液中での反応により、不溶性の沈殿を形成するように選択される。これらのカチオンおよびアニオンは、後述するように、炭酸イオンおよびアンモニウムイオンとの錯イオンを形成することにより、アルカリ性水溶液中で可溶性となるものでよい。
【0058】
処理液の溶媒は一般に水である。ただし、少量(例、溶媒全体の10質量%以下、好ましくは5質量%以下)であれば、アルコール、ケトンなどの水混和性有機溶媒を含んでいてもよい。
【0059】
処理液がアルカリ性であると、本発明の皮膜層に存在させるのが好適な多価且つ強酸性のカチオン成分A(例、ジルコニルイオン)は、そのままの形ではアルカリ性処理液中に安定に存在することができない。ジルコニルイオン単体では強酸であるため、水からヒドロキシルアニオンを奪って水酸化ジルコニルとして沈澱するので、イオンとしての活量は極めて低い。
【0060】
そこで、カチオン成分Aは、その価数の2倍当量の炭酸イオンと予め結合させ、さらにアンモニウムで中和した錯イオン形態(重炭酸アンモニウムが結合した形)で、処理液中に含有させることが好ましい。こうすると、多価カチオン成分Aを高pHの水溶液中において多価アニオンとして挙動させることができ、それにより水溶液中で安定して存在可能となる。乾燥・造膜時には、アンモニウムイオンがアンモニアとして揮発する。その結果、pHが低下し、他のアニオン成分より相対的に塩基性が弱い炭酸イオンが遊離し、炭酸ガスとして揮発する。従って、処理液組成を最適化すれば、乾燥皮膜層中に重炭酸アンモニウムを全く残存させないことも可能である。しかし、炭酸イオンは亜鉛イオンよりも強いブレンステッド酸アニオン(即ち、成分Bに相当)であるから、全て揮発せずに、一部が皮膜層中に残存しても大きな害は無い。
【0061】
以下に、ブレンステッド酸カチオン(成分A)の供給源として、安価な工業原料として簡単に入手できる重炭酸アンモニウムジルコニル水溶液を用い、ブレンステッド塩基(成分B)の供給源としてリン酸およびヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)を、弱酸カチオン源として水酸化マグネシウムを用いた表面処理液(薬液)を例にとって、表面処理液の調製について説明する。
【0062】
リン酸イオン、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオン、炭酸イオン、ジルコニルイオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンの各成分を含有し、各成分のmol濃度(CPO4、CHEDP、CCO3、CZrO、CMg、CNH4)が式(7)〜(10)を満たすことが好適である:
2.0≦CZrO/CPO4 (式7)
2.0≦(CZrO+CMg)/CHEDP (式8)
0.1≦CMg/CHEDP≦1 (式9)
CO3/CZrO<2 (式10)
0<CNH4/CCO3≦2 (式11)
ジルコニルカチオンとリン酸アニオンとのモル濃度比は(式7)を満たすことが好ましい。(式7)の下限値を下回っても、アンモニア(アンモニアを水に溶かすと水の解離を伴い、水酸化アンモニウムとして溶解)添加による沈殿生成の抑制は可能であるが、有限の時間内に沈澱が発生する。この比が0.5を下回ると、アンモニア添加でも沈澱発生を抑制できなくなる。このモル濃度比が(式7)の下限値以上となる好適な領域では、次の(式15)の反応によりジルコニルイオンが錯イオンとして溶解状態で安定化すると考えられ、本発明のための好適な技術として活用することができる。
【0063】
3ZrO(NH4CO3)2+H3PO4→(ZrOCO3)3PO4+3CO2↑+3NH3↑+3H2O (式15)
ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)アニオンに対するジルコニウムカチオン、マグネシウムカチオンの各カチオンとの濃度比の和は(式8)を満たすことが好ましい。(式8)の下限値を下回ると、生成する皮膜の耐水性が著しく劣化する。HEDPはキレート剤であるが、その4価のマイナス電荷とエチリデンヒドロキシル基とを合わせた5価全てを、ジルコニルの2価カチオン及びマグネシウム2価カチオンと結合させて不溶性にすることが必要であり、(式8)はその条件を規定している。
【0064】
マグネシウムカチオンとヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)アニオンとのモル濃度比は(式9)を満たすことが好ましい。上限値1を超えてマグネシウムカチオンを添加することはできない。また、下限値の0.1を下回るとキズ部や加工部の耐食性に顕著な効果が得られない。マグネシウムカチオンを添加すれば、特にキズ部や加工部の耐食性が改善するが、添加しなくても、キズや加工のない部位の耐食性は発現するため、下限値はゼロである。
【0065】
通常マグネシウムカチオンがアルカリ水溶液中に存在できる量は非常に僅かであるので、本発明に係る薬液(表面処理液)を調製するには、HEDPのようなキレート剤を配合して、マグネシウムを可溶化することが必要である。そのためのキレート剤としては酒石酸、クエン酸、HEDP、EDP、アセトイン等、多くのものが考えられるが、キレート剤は本来腐食性を有する成分であり、本発明ではHEDP−Mg錯体のみに耐食性を見出した。
【0066】
炭酸アニオンとジルコニルカチオンとのモル濃度比は(式10)を満たすことが好ましい。ジルコニルカチオンの供給源物質は炭酸ジルコニルアンモニウムZrO(NH4CO3)2であり、この化合物における上記モル濃度比は2である。しかし、上述した(式15)を活用してこのモル濃度比を半減させることが可能であるので、このモル濃度比はより好ましくは1以下であり、少ない程好ましい。(式10)で規定される上限値を上回ると、炭酸蒸気圧によるキャビテーションがはなはだしく、ロールコーティング法で均一な塗膜を得るのが困難となる。
【0067】
アンモニウムカチオンと炭酸アニオンとのモル濃度比は(式11)を満たすことが好ましい。この式で規定される下限値の0では、薬液粘度のチクソトロピー性が強くなり、ロールコーティングにおける膜厚制御やストライエーションの抑制が困難になる。上限値2を超えると、アンモニア臭による作業環境悪化が懸念される。
【0068】
上述したように、皮膜中に様々な樹脂系物質を含有させることにより、皮膜物性、塗油プレス成形性、無塗油プレス成形性を改良することができる。薬剤への樹脂系物質の添加については、上記薬液がアルカリ性水溶液であるため、各種エマルジョン系樹脂やディスパージョン系樹脂の混和は比較的容易で、添加可能な樹脂材料は多数存在する。しかし、ポットライフ(夏場の操業を考えて40℃、2週間以上)を加味すると、選択できる樹脂原料はある程度限られることが判明した。
【0069】
樹脂材料の分散方法に着目し、分散剤による皮膜性能への悪影響が少ないと考えられるソープフリーや保護コロイド分散品から調査したが、適当な原料は見出せなかった。カチオン系分散にも見出せず、好適な原料としてノニオン系、アニオン系の一部が見出せた。添加可能な樹脂材料の例は、それらに限られないが、次の通りで何れもアクリル系樹脂エマルジョンである:BCX-5084-2、TOCRAYLX-4402、X-5129(以上、東洋インキ社製)、M7480、M742A、M743N(以上、ニチゴーモビニール社製)、リカボンドET-G0712、リカボンドES-1、リカボンドES‐90S(以上、中央理化社製)、BC280(大日本インキ化学社製)、ビニブラン2585(日信化学社製)ライトエポックAX-19(共栄社化学社製)、NW7060(東亜合成社製)。
【0070】
樹脂材料は、皮膜中の樹脂含有量が90質量%以下となるように添加する。即ち、造膜中に揮散する成分(溶媒、アンモニウム、炭酸)を除外した薬液の全固形分に基づいて樹脂固形分として所定の割合となる量で樹脂材料を添加する。前述したように、アニオン成分Bの量に基づく皮膜層の付着量ならびに亜鉛系めっき鋼板の用途(塗油プレス成形などの汎用であるか、無塗油プレス成形用であるか)に応じて、樹脂の適正含有量が異なる。
【0071】
皮膜中に体質顔料を含有させると、皮膜物性のコントロールや防錆性の強化が可能である。薬液に添加する体質顔料としては、コロイダルシリカ等の水系ディスパージョンが好適である。好適なコロイダルシリカとしては、スノーテックスC、スノーテックスO、スノーテックスN(以上、日産化学工業製)、アデライトAT‐20N、アデライトAT‐20A、アデライトAT‐20Q(以上、旭電化工業製)等が挙げられる。コロイダルシリカは一概に炭酸イオンとの共存が難しく、粘度の高い液となったり、ポットライフの低下を招くため、添加濃度の見極めやコロイド表面を化学修飾する等の工夫が必要である。こういった方法として、コロイダルシリカディスパージョンに予めグリシジルプロピルトリメトキシシランを添加した液を添加する方法を見出した。シリカ100質量部に対してグリシジルプロピルトリメトキシシラン10〜40質量部が好適な範囲であり、10質量部を下回るとゲル化、40質量部を超えると沈殿発生の不具合が生じる。
【0072】
皮膜中にシランカップリング剤を含有させると、めっき素地と皮膜との密着性や上塗り塗膜密着性の改善、耐食性の改善が可能である。使用可能なシランカップリング剤としては、ビニルメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、N−(1,3−ジメチルブチリデン)−3−(トリエトキシシリル)−1−プロパンアミン、N,N'−ビス(3−(トリメトキシシリル)プロピル)エチレンジアミン、N−(β−アミノエチル)−γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(β−アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、N−(2−(ビニルベンジルアミノ)エチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシランなどを挙げることができる。この中で特に好ましいのは3−グリシドキシプロピルトリメトキシシランである。
【0073】
皮膜中に酸化型インヒビターを含有させると、耐食性を更に改善することが可能である。酸化型インヒビターとして、例えば、5価バナジウム化合物であるメタバナジン酸アンモニウムを用いる場合、予めこの化合物の8g・kg-1(概ね飽和)水溶液を作成し、他の皮膜原料の希釈に全てメタバナジン酸水溶液を用いると、皮膜中に1〜5質量%程度のメタバナジン酸を含有させることができる。
【0074】
以上の体質顔料、シランカップリング剤および酸化型インヒビターの薬液中の含有量については、それらが皮膜層中で耐食皮膜について上述した量となるようにする。
表面処理の方法と薬液濃度
表面処理液(薬液)の塗布は、工業的に一般に用いられるロールコーティングまたはスプレーコーティングによる連続コーティングが、処理能率が最も優れているため、好ましい。しかし、他の塗布方法も採用できる。ロールコーティングの場合、ナチュラルコーティングと、より厚膜塗布が可能なリバースコーティングのいずれも採用可能であり、所望の付着量に応じてコーティング方法を選択すればよい。
【0075】
塗布後の皮膜乾燥は、好ましくは加熱による焼付けにより行う。加熱は、通常実施される熱風式、赤外式、誘導加熱式等の方法によって行うことができる。
1〜10/mPa・s程度の薬液粘度であって、コーティングされる薬液の湿潤付着量が2〜10/g・m-2程度であれば、必要なブレンステッド塩基(アニオン成分B)の総電荷量としての付着量(B)の1〜10/mmol・m-2(片面あたり)を得る為に必要な薬液濃度は、ブレンステッド塩基の総電荷量として0.1〜5/mol・kg-1となる。0.5〜2/mol・kg-1程度が適当である。
【0076】
本発明に係る表面処理が施された亜鉛系めっき鋼板は、塗油または無塗油でプレス成形することができる。プレス成形後に脱脂、化成処理を経て、塗装が施されてもよく、あるいは無塗装で使用することもできる。本亜鉛系めっき鋼板は特に耐食性と耐結露白化性に優れているので、無塗装で使用しても、外観が良好で、その良好な外観を長期間保持することができる。
【0077】
1.薬液調合
薬液1から薬液25までの合計25種類の調製手順を表1に示す。下の調製例に詳細を記載した通り、予め調製したプレミックス1、プレミックス2、プレミックス3を用いて、プレミックス2にプレミックス3を滴下混合した水溶液をプレミックス1に滴下混合、イオン交換水で濃度調整し、最後に樹脂エマルジョンを添加する手順は共通である。以下の説明中、プレミックスX−Yなる記載のXは薬液番号を、Yはプレミックスの番号を示す。例えば、プレミックス1−2およびプレミックス2−1とは、それぞれ薬液1用のプレミックス2および薬液2用のプレミックス1の意味である。
【0078】
調製した薬液成分組成を表2に示す。揮発性成分である炭酸、アンモニア夫々の薬液中濃度は、炭酸濃度電極:CE-2041、アンモニア濃度電極AE-2041、濃度計:MM-60R(何れも東亜DKK社製)を用いて測定した。他の成分濃度は原料夫々の成分濃度、原料夫々の添加量、及び成分夫々の式量から計算した。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
薬液1(100g調整例)
手順1−1:プレミックス1−2調製
イオン交換水30.24gにて1.62mol・kg−1炭酸ジルコニルアンモニウム水溶液[第一稀元素社製ジルコゾールAC20]30.24gを希釈した水溶液に、攪拌下で、7.65mol・kg−1リン酸[工業用75%リン酸]2.18gを滴下した。二酸化炭素の発泡を伴い、沈澱の発生が観察されたが、攪拌を1時間継続した結果、透明な溶液が得られた。
【0082】
手順1−2:プレミックス1−3調製
イオン交換水5.73gに水酸化マグネシウム粉末0.47gを添加し、攪拌下スラリー状態にした後、このスラリーに2.91mol・kg−1ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)水溶液(キレスト社製キレストPH-210)5.73gを滴下した。発熱に注意しながら混合して、透明水溶液を得た。
【0083】
手順1−3
プレミックス1−2水溶液の全部に、攪拌下、プレミックス1−3水溶液の全部を滴下した。混合による沈殿の消滅を確認しながら滴下速度を調整していくと、二酸化炭素の発泡と増粘が顕著となるが、攪拌を1時間継続した結果、透明な低粘度溶液が得られた。
【0084】
手順1−4
手順1−3で得た水溶液全部にイオン交換水を加えて89.53gとした水溶液に、攪拌下、アクリル樹脂エマルジョン(東洋インキ社製BCX-5084-2)10.47gを滴下混合し、100gの表面処理薬液(皮膜成分濃度15%、樹脂固形分質量/薬液乾燥後質量=0.3)を得た。
【0085】
薬液2(100g調整例)
手順2−1:プレミックス2−1調製
イオン交換水14.94gにコロイダルシリカディスパージョン(日産化学社製スノーテックO)18.61gを添加、次に、攪拌下、グリシジルプロピルトリメトキシシラン(チッソ社製サイラエースS510)0.70gを滴下した。
【0086】
手順2−2:プレミックス2−2調製
イオン交換水18.80gにて1.62mol・kg−1炭酸ジルコニルアンモニウム水溶液[第一稀元素社製ジルコゾールAC20]18.80gを希釈した。
【0087】
手順2−3:プレミックス2−3調製
イオン交換水5.24gに水酸化マグネシウム粉末0.44gを添加し、攪拌下スラリー状態にした後、これに2.91mol・kg−1ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)水溶液(キレスト社製キレストPH-210)5.24gを滴下した。発熱に注意しながら混合し、透明水溶液を得た。
【0088】
手順2−4
プレミックス2−2水溶液39.60gに、攪拌下、プレミックス2−3水溶液10.92gを滴下した。混合による沈殿の消滅を確認しながら滴下速度を調整していくと、二酸化炭素の発泡と増粘が顕著となるが、攪拌を1時間継続した結果、透明な低粘度溶液が得られた。
【0089】
手順2−5
プレミックス2−1水溶液41.81gに手順2−4で調製した水溶液の全部を滴下混合し、更にイオン交換水を加えて90.33gとした水溶液に、攪拌下、アクリル樹脂エマルジョン(東洋インキ社製BCX-5084-2)9.67gを滴下混合し、100gの表面処理薬液(皮膜成分濃度=15%、SiO2換算Si質量/薬液乾燥後質量=0.26、樹脂固形分質量/薬液乾燥後質量=0.27)を得た。
【0090】
薬液3(100g調整例)
手順3−1:プレミックス3−2調製
イオン交換水31.41gにて1.62mol・kg−1炭酸ジルコニルアンモニウム水溶液(第一稀元素社製ジルコゾールAC20)31.41gを希釈した。
【0091】
手順3−2:プレミックス3−3調製
イオン交換水8.07gに水酸化マグネシウム粉末0.46gを添加し、攪拌下スラリー状態にした後、このスラリーに2.91mol・kg−1ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)水溶液(キレスト社製キレストPH-210)8.07gを滴下した。発熱に注意しながら混合して、透明水溶液を得た。
【0092】
手順3−3
プレミックス3−2全部に、攪拌下、プレミックス3−3水溶液の全部を滴下混合した。混合による沈殿の消滅を確認しながら滴下速度を調整していくと、二酸化炭素の発泡と増粘が顕著となるが、攪拌を1時間継続した結果、透明な低粘度溶液が得られた。
【0093】
手順3−4
手順3−3で得た水溶液の全部にイオン交換水を加えて89.53gとした水溶液に、攪拌下、アクリル樹脂エマルジョン(東洋インキ社製BCX-5084−2)10.47gを滴下混合し、100gの表面処理薬液(皮膜成分濃度15%、樹脂固形分質量/薬液乾燥後質量=0.30)を得た。
【0094】
薬液4〜18(100g調整例)
上記薬液1または薬液3と同一の手順で表1の組成となるように成分を添加することにより薬液を調製した。
【0095】
薬液13は、薬液1と同様の手順で一旦は調製できたが、冷蔵庫保管(10℃)で沈殿が発生し、再溶解できなかった。薬液組成の指標値のうち、式(7)のCZrO/CPO4の値が1.5と範囲外となった結果である。
【0096】
薬液15は、薬液3と同様の手順で調製を試みたが、手順15−3(手順3−3相当手順)のプレミックス15−2にプレミックス15−3を滴下混合する段階で生じた沈殿が再溶解しなかった。薬液組成の指標値のうち、式(9)のCMg/CHEDPの値が1.10と範囲外となった結果である。
【0097】
薬液16では、薬液3と同様の手順で調製を試み、手順16−3(手順3−3相当手順)のプレミックス16−2にプレミックス16−3を滴下混合する段階で生じる沈殿の再溶解を重炭酸アンモニウム(実験試薬)添加で促進した。その結果、手順16−3で透明で低粘度の良好な液性状が得られたが、後で述べるロールコーティング膜では顕著な白濁が生じ、耐食性不芳となった。コーティング膜形成時に炭酸ガス揮発によるキャビテーションが生じ、均一な皮膜が得られなかったと考えられる。薬液組成の指標値のうち式(10)のCCO3/CZrOの値が2.5と範囲外となった結果である。
【0098】
薬液17では、薬液3と同一の液に対してエバポレータを使用して、薬液に溶存する炭酸、アンモニアの揮発を強制した。その結果、薬液は著しいチクソトロピーを示し、コーティングは不可能だった。アンモニウム濃度がゼロであり、CNH4/CCO3=0は薬液組成の指標値のうち、式(11)の範囲外となった結果である。
【0099】
薬液18では、薬液17にアンモニア(28%アンモニア水)を添加して粘度を低下させたが、刺激臭が厳しく、塗装作業不可能と判断した。CNH4/CCO3の値が2.50と、式(11)の範囲外となった結果である。
【0100】
薬液19〜25(100g調製例)
薬液3と同じ手順で表1の組成にて薬液を調製した。薬液物性には問題なかった。ここで使用した薬液原料として以下を追加する。
【0101】
薬液19 チタンフッ化水素酸アンモニウム水溶液(森田化学製)、
薬液20 炭酸ニッケル(実験試薬)、
薬液21 酒石酸(実験試薬)、
薬液22の炭酸ジルコニルカリウム水溶液(第一希元素製)、
薬液23 酢酸ジルコニル水溶液(第一稀元素社製ジルコゾールZA20)、
薬液24 硫酸マグネシウム(実験試薬)、
薬液25 酸化亜鉛(実験試薬)。
【0102】
2.鋼板サンプル作製
2−1)スピンコーティング例
150mm角の亜鉛系めっき鋼板をバット中の薬液に浸漬し、スピンによる遠心力で液膜厚を調整した後、熱風オーブンにてPMT(最高到達板温)100℃で焼き付け乾燥することで、表面処理鋼板サンプルを調製した。皮膜付着量はスピン回転数で調整した。
【0103】
亜鉛系めっき鋼板としては、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、55%アルミニウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板(AZ)、及び電気亜鉛めっき鋼板(EG)の各無処理量産材を脱脂洗浄して用いた。
【0104】
片面当たりの皮膜付着量を測定するために、蛍光X線法にてZr−Kα線強度を測定し、ICP分析用Zr標準サンプルを用いて作成した検量線にて、Zr付着量/mol・m−2を先ず求め、更に薬液中のリン酸/Zr、HEDP/Zr組成比、及び夫々の電荷(リン酸:−3/mol・mol−1、HEDP:−4/mol・mol−1)の重み掛けの和によって、ブレンステッドアニオン(成分B)の総電荷量(B/mol・m−2)を求めた。
【0105】
2−2)ロールコーティング例
連続めっきラインでのインライン処理にて、溶融亜鉛めっき鋼板(めっき付着量:片面当たり40/g・m-2)の両面に薬液をロールコーティング(リバースコーティングまたはナチュラルコーティング)した。コータロール周速、ニップ荷重、薬液濃度を調整することにより、皮膜付着量を変化させた。塗布後に熱風オーブンによりPMT80℃で塗膜を乾燥させて皮膜層を形成し、表面処理亜鉛系めっき鋼板を得た。
【0106】
3.耐食性評価
150mm×70mmの表面処理鋼板サンプルの端面をポリエステルテープでマスクしたものを試験片とした。各サンプルについて2枚の試験片を用意し、その1枚にはエリクセン試験機で高さ6mmの張り出し成形部を形成し、他の1枚にはその片面に鋼板素地に達する深さでクロス傷を入れた。これらの試験片を塩水噴霧試験(SST)に曝して腐食促進環境下に置いた。24時間毎に錆発生の占める面積比率を目視で測定し、錆面積率−時間に対して累乗式でフィッティングを行い、図1に示すように、5%錆発生時間を内挿で求めた。結果の判定基準を表3に示す。
【0107】
【表3】

【0108】
4.耐結露白化性評価
100mm角の表面処理亜鉛系めっき鋼板サンプル2枚を、間にイオン交換水1滴をはさんで重ね合わせたパイル(積み重ね体)を作成し、このパイルの4辺をそれぞれクリップ留めして、50℃の環境に72時間曝した。この試験後にパイルを分解し、水滴と接触した部位の白化の有無を目視判定した。結果の判定基準を表4に示す。また、参考写真を図2、図3に示す。
【0109】
【表4】

【0110】
5.耐水性評価
アルカリ脱脂(パルクリーンN364S、20g・L−1、60℃、2分間)前後で皮膜成分付着量を蛍光X線法で測定し、各皮膜成分の残存率を求めた。結果の判定基準を表5に示す。
【0111】
【表5】

【0112】
6.試験結果
6−1:溶融亜鉛めっき鋼板へのスピンコートサンプル評価結果
表2記載の薬液1〜13、薬液14、薬液19〜薬液25について上記2−1記載のスピンコーティング法で溶融亜鉛めっき鋼板に皮膜処理を実施したサンプルの評価結果を表6に示す。上記3記載の耐食性試験の結果、SST24時間、SST72時間の試験後外観写真を図3−1、図3−2、図3−3に示す。薬液13及び薬液15〜薬液18については表2に示す皮膜処理性が不芳で、鋼板サンプルの評価は実施していない。
【0113】
【表6】

【0114】
実施例1〜実施例9については何れも皮膜構成が本発明の範囲内であり、耐食性、耐結露性、耐水性の各性能が良好である。実施例3から実施例6にかけての成分Cの比率低下に伴い、加工部、キズ部の耐食性劣化が見られ、更に比較例14の成分Cがゼロの例では耐食性が不芳である事から、成分Cの耐食性への効果が理解できる。
【0115】
比較例10は(式1)の値が下限値に届かずに耐水性が不芳、比較例11は(式2)の値が下限値に届かずに耐食性不芳、比較例12は(式2)の値が上限値を超えて耐食性不芳の例である。
【0116】
比較例19ではチタン成分をチタンフッ化水素酸で可溶化したことで皮膜中にフッ化物イオンが残留、耐結露性が不芳となった。フッ化物イオンは(式5)に記載の塩基性要件を満たせず、更に1価アニオンであることが原因と考えられる。
【0117】
比較例20は実施例3のマグネシウムをニッケルに置き換えた組成に近いが、ニッケルが亜鉛よりも貴な金属元素であるために、耐食性不芳である。皮膜処理の過程もしくは腐食の過程でそもそもは化合物として存在したニッケルが金属ニッケルに還元され、カソード反応を促進する局部電池が形成されるためだと考えられる。
【0118】
比較例21ではマグネシウムを酒石酸錯体としてアルカリ性液に可溶化することはできたが、酒石酸イオンが(式5)を満たせないのと同時に(式5)を満たす成分B相当の成分不在であるため、耐食性、耐結露性、耐水性の何れもが不芳の結果となった。
【0119】
比較例22ではジルコニウム成分を酢酸ジルコニル錯体として添加したため、皮膜中に酢酸イオンが残留、耐結露性が不芳となった。酢酸イオンは(式5)に記載の塩基性要件を満たせず、更に1価アニオンであることが原因と考えられる。
【0120】
比較例23ではジルコニウム成分として炭酸ジルコニル錯体をカリウム塩にして添加したため、1価カチオンであることから、本発明では使用できないカリウムカチオンが皮膜中に残留、耐結露性が不芳となった。
【0121】
比較例24は(式5)を満たさない硫酸を含有し、耐結露性不芳であった。
比較例25は(式4)と(式6)を満たさない亜鉛を予め皮膜中に添加したことによって、腐食で発生する亜鉛と酸・塩基反応すべき成分Bが減ってしまったため、耐食性不芳になったと考えられる。
【0122】
6−2.アルミニウム系、他の亜鉛系めっき鋼板へのスピンコートサンプル評価結果
表1、表2の薬液1を用いて上記2−1に記載のスピンコーティング法で作成された皮膜層つきサンプルの耐食性試験後(SST24時間後および72時間後)の外観を図4−1、図4−2、図4−3に示す。めっき鋼板基材は溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、55%アルミニウム−亜鉛合金溶融めっき鋼板(AZ)、および電気亜鉛めっき鋼板(EG)である。図面には示さないが、耐結露白化試験結果についても全サンプルで良好な結果が確認できた。
【0123】
6−3.ロールコートサンプル評価結果
表2記載の薬液1、薬液2について上記2−2記載のロールコーティング法で作成したサンプルの評価結果をそれぞれ表7−1、表7−2に示す。耐食性の評価結果を皮膜付着量(ブレンステッド塩基(アニオン成分B)の総電荷量)に対するSST5%錆発生時間との関係として図5−1、図5−2に示す。図5−1は薬液1を溶融亜鉛めっき鋼板にリバースコートした結果とナチュラルコートした結果であり、図5−2は薬液2を溶融亜鉛めっき鋼板にナチュラルコートした結果を示す。図5−1、図5−2からわかるように、ブレンステッド塩基(アニオン成分B)総電荷量に換算した皮膜付着量が1〜10mmol・m−2の範囲で目的の性能が得られている。
【0124】
【表7−1】

【表7−2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記に定義されるカチオン成分A、アニオン成分B、およびカチオン成分Cを含む皮膜層であって、かつ皮膜中のA、B、C各成分のそれぞれの総電荷量(各成分の価数×量、mmol・m−2)をA、B、Cとした時に(式1)および(式2)を満たし、皮膜中のイオン成分は実質的にすべて成分A、BまたはCからなり、成分B総電荷量換算での皮膜付着量が1〜10mmol・m−2の範囲内である皮膜層を少なくとも片面に有することを特徴とする、亜鉛系めっき鋼板。
0.49≦A/B≦1.3 (式1)
−0.3≦(A+C−B)/B≦0.3 (式2)
成分A:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式4)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より強い酸い酸性を示す2価以上の金属カチオンおよびオキシ金属カチオンから選ばれた多価カチオン;
成分B:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式5)を満たす、亜鉛塩基性塩(式3、左方向)より強い塩基性を示す2塩基性以上の多価酸アニオン;
成分C:亜鉛よりも貴な金属元素を構造中に含まず、且つ、(式6)を満たす、亜鉛イオン(式3、右方向)より弱い酸性を示す、多価カチオン。
1/2 Zn2++H2O←→1/2 Zn(OH)2+H pKa=5.5 (式3)
(1/n) Mn++HO←→(1/n) M(OH)n+H pKa<5.5 (式4)
(1/m) HmA ←→(1/m) Am−+H pKa>5.5 (式5)
(1/n) M'n'++H2O←→(1/n') M'(OH)n'+H pKa>5.5 (式6)
上記式中、Mは金属またはオキシ金属、M'は金属、n、n’及びmは2以上の整数である。
【請求項2】
前記カチオン成分Aがチタンイオン、チタニルイオン、ジルコニウムイオン、およびジルコニルイオンから選択される1種または2種以上であり、前記アニオン成分Bがリン酸水素イオン、リン酸イオン、ピロリン酸水素イオン、およびホスホン酸イオンから選択される1種または2種以上であり、前記カチオン成分Cがアルカリ土類金属カチオン類から選択される1種または2種である、請求項1に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項3】
前記カチオン成分Aがジルコニルイオンである請求項2に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項4】
前記アニオン成分Bが、リン酸イオンおよびヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオンから選ばれた1種または2種である、請求項2または3に記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項5】
前記カチオン成分Cが、マグネシウムイオンおよびカルシウムイオンから選ばれた1種または2種である、請求項2〜4のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項6】
前記皮膜層が樹脂成分またはシリカ、ジルコニア、アルミナおよびタルクから選ばれる無機顔料成分、あるいはその両方を90質量%以下の量で含有する、請求項1〜5のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項7】
前記皮膜層が、アルカリ性水性液の塗布および乾燥によって得られたものである、請求項1〜6いずれか記載の亜鉛系めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の亜鉛系めっき鋼板における前記皮膜層を形成するための表面処理液であって、前記カチオン成分A、アニオン成分B、およびカチオン成分Cを前記(式1)および(式2)を満たす割合で含有し、さらにアンモニウムカチオンおよび炭酸アニオンを含有するが、他の電解質イオンを実質的に含有しないpH7以上の水性液であることを特徴とする表面処理液。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか記載の亜鉛系めっき鋼板における前記皮膜層を形成するための表面処理液であって、
水中に、リン酸イオン、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオン、炭酸イオン、ジルコニルイオン、マグネシウムイオン、アンモニウムイオンの各成分を含有し、前記各成分のmol濃度(CPO4、CHEDP、CCO3、CZrO、CMg、CNH4)が式(7)〜(10)を満たすことを特徴とする、亜鉛系めっき鋼板用表面処理液。
2.0≦CZrO/CPO4 (式7)
2.0≦(CZrO+CMg)/CHEDP (式8)
0.1≦CMg/CHEDP≦1 (式9)
CO3/CZrO<2 (式10)
0<CNH4/CCO3≦2 (式11)
【請求項10】
ヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオンとマグネシウムイオンがマグネシウムのヒドロキシルエチリデンジホスホネート錯体を形成している請求項9記載の亜鉛めっき鋼板用表面処理液。
【請求項11】
前記リン酸イオン、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸イオン、ジルコニルイオンおよびマグネシウムイオンを、それらの合計量が2質量%以上、20%質量以下となるように含有する請求項10記載の亜鉛系めっき鋼板用表面処理液。
【請求項12】
さらに、予めシリカ100質量部に対して10%〜40%のグリシジルプロピルトリメトキシシランで表面修飾を行ったコロイダルシリカを1質量%以上、20質量%以下の量で含有する請求項10または11記載の亜鉛系めっき鋼板用表面処理液。
【請求項13】
さらに、樹脂ディスパージョンおよび/または樹脂エマルジョンを1質量%以上、20%質量以下の量で含有する請求項10〜12のいずれか記載の亜鉛系めっき鋼板用表面処理液。
【請求項14】
請求項8〜13のいずれか記載の表面処理液を少なくとも鋼板の片面に塗布し、乾燥することにより形成された皮膜を有することを特徴とする亜鉛系めっき鋼板。

【図1】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図3−3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図4−3】
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【公開番号】特開2011−32576(P2011−32576A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−139755(P2010−139755)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(000213840)朝日化学工業株式会社 (47)
【Fターム(参考)】