説明

被覆マグネタイト粒子及びその製造方法

【課題】疎水性が高く、高温高湿下で保存した後でも高い疎水性が維持され、かつ耐熱性の高い被覆マグネタイト粒子を提供すること。
【解決手段】本発明の被覆マグネタイト粒子は、マグネタイトのコア粒子の表面がシラン化合物によって被覆されている。コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の割合が、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.2質量%以下である。かつコア粒子の内部には鉄及び鉄以外の金属元素が1種又は2種以上含有されている。金属元素は、遷移金属元素又はアルカリ土類金属元素の1種又は2種以上であることが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シラン化合物で被覆されたマグネタイト粒子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重合トナーの原料として用いられるマグネタイト粒子は、重合用の有機溶媒との親和性を高める観点から、その表面が疎水性であることが求められている。マグネタイト粒子の表面を疎水性にするために、一般には粒子の表面に疎水化剤を付着させることが行われている。疎水化剤の付着性が均一かつ強固でない場合には、重合トナーの製造中に疎水化剤の脱落が起こったり、重合が均一に進行しなかったりする不都合があることから、マグネタイト粒子と疎水化剤との結合強度を高めることは重要である。この目的のために、従来、例えばSiの酸化物等からなる中間被覆層を、マグネタイト粒子と疎水化剤の層との間に設けることが行われていた。しかし、この中間被覆層を設けることで、マグネタイト粒子の比表面積が増加したり、水の吸着サイトが増加したりするので、多量の疎水化剤が必要となるという不都合がある。
【0003】
また、マグネタイト粒子と疎水化剤との間に金属の酸化物等を介在させることも知られている。例えば特許文献1においては、マグネタイト粒子表面と該粒子表面を被覆しているメチルハイドロジェンポリシロキサンとの間に、遷移金属元素であるZr、Ti又はCeの酸化物微粒子又は含水酸化物微粒子を存在させることが提案されている。同文献においては、これらの遷移金属元素を含む微粒子をマグネタイト粒子と疎水化剤との間に介在させることで、マグネタイト粒子の表面に凹凸を形成し、それによって粉末の流動性を高めようとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−3073公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、マグネタイト粒子と疎水化剤との間に遷移金属元素の酸化物等が存在すると、それら遷移金属元素に起因して、マグネタイト粒子と疎水化剤との間の密着性が十分とならず、十分な疎水性が発現しなかったり、高温高湿環境下での安定性が損なわれたりすることが本発明者らの検討の結果判明した。
【0006】
したがって本発明の課題は、前述した従来技術が有する種々の欠点を解消し得る被覆マグネタイト粒子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、マグネタイトのコア粒子の表面がシラン化合物によって被覆されてなる被覆マグネタイト粒子において、
コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の割合が、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.2質量%以下であり、かつコア粒子の内部には鉄及び鉄以外の金属元素が1種又は2種以上含有されていることを特徴とする被覆マグネタイト粒子を提供するものである。
【0008】
また本発明は、前記の被覆マグネタイト粒子の好適な製造方法として、
アルカリを用いた第一鉄塩の中和反応によって生じた水酸化第一鉄コロイド溶液に、酸化性ガスを吹き込んでマグネタイトのコア粒子を生成させる工程において、反応の開始前、開始時又は反応途中に金属元素の水溶性化合物を添加し、かつこの工程の最後に、不純物金属の含有量が鉄に対して0.5質量%以下である第一鉄塩を追加添加して、該コア粒子の表面に高純度マグネタイトの層を形成し、次いで、
マグネタイトのコア粒子の表面を、シラン化合物で被覆することを特徴とする被覆マグネタイト粒子の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、疎水性が高く、高温高湿下で保存した後でも高い疎水性が維持され、かつ耐熱性の高い被覆マグネタイト粒子及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の被覆マグネタイト粒子は、マグネタイトのコア粒子の表面がシラン化合物によって被覆されている構造を有するものである。そして、本発明の被覆マグネタイト粒子は、後述するように、コア粒子に含まれる鉄以外の金属元素の分布に特徴の一つを有する。
【0011】
マグネタイトのコア粒子を被覆する前記のシラン化合物は、例えばSiの原子に直接結合したアルキル基を1個又は2個以上有する有機シランから生成する化合物である。「有機シランから生成する化合物」には、例えば有機シランの加水分解生成物や脱水縮合生成物等が包含される。シラン化合物は好ましくは炭素数2〜10のアルキル基を有している。このようなシラン化合物を生成させるための有機シランとしては、例えばアルコキシシランや、シランカップリング剤として知られる化合物が挙げられる。例えば有機シランとしてR1xSi(OR24-xで表されるものを用いることができる。式中R1は、同一の又は異なる炭素数2〜10のアルキル基を表し、R2は、R1と同じ鎖長であるか又はそれよりも短鎖のアルキル基を表す。xは好ましくは1〜3の整数、更に好ましくは1又は2、一層好ましくは1を表す。xが2又は3である場合、R1は、その炭素数が上述の範囲であることを条件として、同種のアルキル基でもよく、あるいは異種のアルキル基でもよい。
【0012】
マグネタイトのコア粒子の表面を被覆する前記のシラン化合物において、アルキル基の炭素数を好ましくは2〜10に設定すると、長鎖アルキル基による疎水性相互作用に起因する粒子どうしの凝集が防止されるとともに、マグネタイトのコア粒子の表面がシラン化合物によって均一に被覆され、かつ被覆マグネタイト粒子の有機溶媒中での分散安定性が高まる。これらの効果を一層顕著なものとする観点から、前記のシラン化合物におけるアルキル基の炭素数は更に好ましくは3〜8であり、一層好ましくは3〜6である。
【0013】
前記のシラン化合物を生成する有機シランの具体例としては、n−プロピルトリメトキシシラン、iso−プロピルトリメトキシシラン、n−ブチルトリメトキシシラン、iso−ブチルトリメトキシシラン、tert−ブチルトリメトキシシラン、n−ヘキシルトリメトキシシラン、iso−ヘキシルトリメトキシシラン、n−オクチルトリメトキシシラン、iso−オクチルトリメトキシシラン、n−デシルトリメトキシシラン、iso−デシルトリメトキシシラン、tert−デシルトリメトキシシラン、n−プロピルトリエトキシシラン、iso−プロピルトリエトキシシラン、n−ブチルトリエトキシシラン、iso−ブチルトリエトキシシラン、tert−ブチルトリエトキシシラン、n−ヘキシルトリエトキシシラン、iso−ヘキシルトリエトキシシラン、n−オクチルトリエトキシシラン、iso−オクチルトリエトキシシラン、n−デシルトリエトキシシラン、iso−デシルトリエトキシシラン等のアルキルトリアルコキシシランが挙げられる。これらの有機シランは単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0014】
本発明の被覆マグネタイト粒子中に含まれる前記のシラン化合物の量は、該シラン化合物に含まれるアルキル基のカーボン換算で、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.1〜2.0質量%、特に0.2〜1.5質量%であることが好ましい。シラン化合物の含有量がこの範囲内であることによって、水蒸気吸着量が少なく、粒子の凝集が抑制されるという有利な効果が奏される。被覆マグネタイト粒子中に含まれる前記のシラン化合物の量(カーボン換算)は、例えば炭素分析装置(堀場製作所、EMIA−110)によって測定される。
【0015】
先に述べたとおり、本発明の被覆マグネタイト粒子は、マグネタイト粒子のコア粒子に含まれる鉄以外の金属元素の分布に特徴の一つを有する。詳細には、本発明においては、鉄以外の金属元素に関し、コア粒子の表面における金属元素の量は低減化されているのに対し、コア粒子の内部には、表面よりも多量の金属元素が含有されている。先に述べたとおり、鉄以外の金属元素、例えば遷移金属元素、アルカリ土類金属元素又は第13族金属元素の酸化物等がコア粒子の表面に存在していると、それに起因して、コア粒子とシラン化合物との密着性が阻害されて、被覆マグネタイト粒子の疎水性を十分に高めることができない。また、コア粒子とシラン化合物との密着性が十分に高められないことに起因して、過酷な環境下、例えば高温・高湿下で長期間保存すると、疎水性の低下が著しい。そこで、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量は極力少なくすることが望ましい。一方、コア粒子中に鉄以外の金属元素が存在していることによって、Znフェライト等のフェライトが形成され、これがコア粒子の各種の性能向上、特に耐熱性の向上に寄与していることを本発明者らは知見している。したがって、コア粒子中に鉄以外の金属元素が所定量含まれていることもまた望ましい。そこで本発明においては、コア粒子の表面における鉄以外の金属の量を極力少なくするとともに、コア粒子の内部には鉄以外の金属元素を含有させて、該金属元素をコア粒子に含有させることの短所を極力顕在化させずに、長所が顕在化するようにしている。
【0016】
前記の観点から、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の割合は、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.2質量%以下とする。該金属元素が2種以上存在する場合は、それらの合計量が0.2質量%以下となるようにする。コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量をこのように低減化させることで、コア粒子とシラン化合物との密着を十分に強固なものとすることができる。コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量は少なければ少ないほど好ましく、具体的には0.15質量%以下、特に0.1質量%以下、とりわけ0.05質量%以下が好ましい。
【0017】
特に、コア粒子の原料となる鉄化合物に不純物として比較的多く含まれている金属元素であるマンガン、チタン、マグネシウム、亜鉛、アルミニウム及び銅の合計量が、コア粒子の表面において0.2質量%以下であると、コア粒子とシラン化合物との密着性が一層向上するので好ましい。
【0018】
一方、コア粒子の内部における鉄以外の金属元素の量は、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.3〜5質量%、特に0.4〜2質量%とすることが、被覆マグネタイト粒子の各種の性能向上、特に耐熱性の向上の点から好ましい。
【0019】
本明細書において、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量とは、コア粒子を溶解させていき、鉄の全量のうちの5質量%が溶解した時点までに、コア粒子に含まれている鉄以外の金属元素の量のことである。また、コア粒子の内部に存在する鉄以外の金属元素の量とは、コア粒子を溶解させていき、鉄の全量のうちの5質量%が溶解した時点から、コア粒子がすべて溶解するまでに、コア粒子に含まれている鉄以外の金属元素の量のことである。
【0020】
前記の金属元素の量は、次のようにして測定される。界面活性剤Triton−X100を25g含む3.8リットルの脱イオン水に被覆マグネタイト粒子25gを加え、ウォーターバスで35〜40℃に保ちながら、撹拌速度200rpmで撹拌する。このスラリー中に、特級塩酸試薬424mlを溶解した塩酸水溶液(脱イオン水)1250mlを加え、溶解を開始する。溶解開始からすべて溶解して透明になるまで、10分毎に50mlをサンプリングし、0.1μmメンブランフィルターで濾過して、濾液を採取する。採取した濾液のうちの25mlをICPによって測定し鉄元素の定量を行い、以下の式から鉄の溶解率を求める。
鉄溶解率(%)=〔採取サンプル中の鉄濃度(mg/l)〕/〔コア粒子が完全に溶解したときの鉄の濃度(mg/l)〕×100
このようにして鉄の溶解率が5%であるサンプルを特定し、溶解開始時のサンプルからその特定されたサンプルまでに含まれる鉄以外の金属元素の量を積算する。各サンプルに含まれる鉄以外の金属元素の量は、ICPによって測定する。このようにして求められた量が、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量である。また、コア粒子の内部に存在する鉄以外の金属元素の量は、コア粒子を全溶解したサンプル中の鉄以外の金属元素の量から、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の量を減じることで算出される。
【0021】
コア粒子の表面に存在させるべきでない金属元素と、コア粒子の内部に存在させるべき金属元素は同じでもよく、又は異なっていてもよい。コア粒子の表面に存在させるべきでない金属元素としては、例えば周期表の第4周期に属する遷移金属元素の1種又は2種以上が挙げられる。また、アルカリ土類金属元素の1種又は2種以上もコア粒子の表面に存在させるべきでない。更に、周期表の第13族金属元素の1種又は2種以上もコア粒子の表面に存在させるべきでない。特にマンガン、チタン、亜鉛、銅等の遷移金属元素、マグネシウム等のアルカリ土類金属元素、アルミニウム等の第13族金属元素はコア粒子の表面に存在させるべきでない。一方、コア粒子の内部に存在させるべき金属元素としては、フェライトを形成しやすいことから、二価の金属元素が挙げられる。そのような金属元素としては、マグネシウム等のアルカリ土類金属元素や、二価の価数を有することが可能な遷移金属元素が挙げられる。二価の価数を有することが可能な遷移金属元素としては、例えば亜鉛、マンガン、コバルト、ニッケル、銅等の周期表の第4周期に属する遷移金属元素が挙げられる。
【0022】
また、マグネタイトのコア粒子の表面及び/又は内部には、被覆マグネタイト粒子の各種の性能を向上させることを目的として、ケイ素を含む酸化物、水酸化物、含水酸化物等を含有させておいてもよい。
【0023】
シラン化合物によって被覆されるコア粒子としては、X線回折測定したときに主ピークがマグネタイトのピークと一致するものが用いられる。この場合、マグネタイトのピークのみが観察されてもよく、あるいはマグネタイトの主ピークの他に、一部マグヘマイト等のピークが観察されてもよい。
【0024】
コア粒子はその形状が球状、多面体状(例えば六面体状、八面体状)等であり得る。コア粒子の形状について本発明者らが検討したところ、コア粒子が球状であると、上述のシラン化合物による被覆が極めて良好に行えることが判明した。したがってコア粒子として、多面体状のものよりも、球状のものを用いることが好ましい。コア粒子の形状は、後述する被覆マグネタイト粒子の製造方法において、酸化性ガスを吹き込みながらの鉄の湿式酸化における液のpHを制御することで、コントロールすることができる。
【0025】
コア粒子はその平均粒径が0.1〜0.3μm、特に0.15〜0.25μmであることが、被覆マグネタイト粒子を、プリンターや電子複写機のトナー用材料として用いる場合に好ましい。コア粒子の平均粒径がこの範囲内であれば、トナー中での着色力や色味が良好となるからである。コア粒子の平均粒径は、次の方法で測定される。
【0026】
〔コア粒子の平均粒径の測定方法〕
コア粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して撮影された像から測定する。具体的には、SEM写真(倍率40,000倍)を用い、写真上の粒径を同軸方向に200個以上計測し、その個数平均から求める。
【0027】
被覆マグネタイト粒子においては、上述のシラン化合物は、コア粒子の表面を薄く被覆している。したがって、被覆マグネタイト粒子の形状はコア粒子の形状を引き継いだものとなる。上述したとおり、コア粒子は球状であることが好ましいので、被覆マグネタイト粒子も球状であることが好ましい。また、上述のシラン化合物による被覆が薄いことに起因して、被覆マグネタイト粒子の平均粒径は、コア粒子の平均粒径と実質的に大差はない。したがって、被覆マグネタイト粒子の平均粒径については、コア粒子の平均粒径に関して詳述した説明が適宜適用される。被覆マグネタイト粒子の平均粒径の測定方法についても同様である。
【0028】
コア粒子は、そのBET比表面積が4〜15m2/g、特に6〜12m2/gに設定されていることが好ましい。コア粒子のBET比表面積がこの範囲に設定されていることで、粒子の表面を均一に覆うためのシラン化合物の量が過剰にならなくてすみ、かつ均一な表面処理が期待できる(すなわち、コア粒子の表面の凹凸が少なくなる)。コア粒子のBET比表面積は、例えば島津−マイクロメリティックス製2200型BET計を用いて測定することができる。
【0029】
上述の構成を有する本発明の被覆マグネタイト粒子によれば、コア粒子とシラン化合物との結合が強固なものになっている。このことに起因して、被覆マグネタイト粒子は疎水性の高いものになっている。その結果、以下の方法で測定されるスチレン中での沈降速度が好ましくは0.4mm/min以下、更に好ましくは0.3mm/min以下になっている。この沈降速度は、被覆マグネタイト粒子の凝集状態を反映しており、沈降速度が遅いほど疎水性が高く良く分散されていることを意味する。
【0030】
〔沈降速度の測定方法〕
被覆マグネタイト粒子0.2gとスチレン(関東化学社製)10ccを試験管に入れ、超音波ホモジナイザー(BRANSON社製SONIFIER450)を用いて60秒間超音波を照射する。次いで溶液安定性評価装置(フォーマルアクション社製タービスキャンMA2000)を用いて沈降速度を測定する。
【0031】
コア粒子とシラン化合物との結合が強固になっている本発明の被覆マグネタイト粒子は、先に述べたとおり過酷な環境下、例えば高温・高湿下で長期間保存しても、高い疎水性が維持されたものになっている。したがって、本発明の被覆マグネタイト粒子を高温・高湿下で長期間保存した後に上述の沈降速度を測定すると、保存前に比べて沈降速度の変化率は小さい。例えば本発明の被覆マグネタイト粒子を、大気下に60℃・90%RHで7日間保存した後、上述の沈降速度を測定すると、保存前に対する沈降速度の変化率(〔(保存後の沈降速度−保存前の沈降速度)/保存後の沈降速度〕×100)が、好ましくは20%以下、更に好ましくは15%以下に抑制される。
【0032】
本発明の被覆マグネタイト粒子の疎水化の程度は、被覆マグネタイト粒子の水蒸気吸着量を尺度として表現することもできる。水蒸気吸着量は、その値が小さいほど疎水化の程度が高くなる傾向にある。この観点から、被覆マグネタイト粒子の好適な水蒸気吸着量の範囲は0.01〜1.0mg/粉1gであり、更に好適な範囲は0.05〜0.8mg/粉1gである。水蒸気吸着量の値は以下の方法で測定される。
【0033】
〔水蒸気吸着量の測定方法〕
水蒸気吸着量測定装置BELSORP18(日本ベル株式会社製)を用いて、25℃、相対圧0.9における被覆マグネタイト粒子1g当たりの水蒸気吸着量を測定した。
【0034】
先に述べた沈降速度の変化率と同様に、水蒸気吸着量に関しても、本発明の被覆マグネタイト粒子を高温・高湿下で長期間保存した後に水蒸気吸着量を測定すると、保存前に比べて水蒸気吸着量の変化率は小さい。例えば本発明の被覆マグネタイト粒子を、大気下に60℃・90%RHで7日間保存した後、水蒸気吸着量を測定すると、保存前に対する水蒸気吸着量の変化率(〔(保存後の水蒸気吸着量−保存前の水蒸気吸着量)/保存後の水蒸気吸着量〕×100)が、好ましくは20%以下、更に好ましくは15%以下に抑制される。
【0035】
次に、本発明の被覆マグネタイト粒子の好適な製造方法について説明する。本製造方法は、(1)マグネタイトのコア粒子の製造工程、(2)シラン化合物によるコア粒子の表面の被覆工程の2つに大別される。以下、それぞれの工程について説明する。
【0036】
(1)のマグネタイトのコア粒子の製造工程においては、マグネタイトのコア粒子は、当該技術分野で公知の方法に従い製造することができる。例えば、アルカリ(塩基性物質)を用いた第一鉄塩の中和反応によって生じた水酸化第一鉄コロイド溶液に、空気や酸素を始めとする酸化性ガスを吹き込む湿式酸化法によってマグネタイトのコア粒子を製造できる。第一鉄塩の中和反応には、例えば水酸化ナトリウム等のアルカリ金属の水酸化物や炭酸ナトリウム等の炭酸塩を始めとするアルカリ(塩基性物質)が用いられる。
【0037】
(1)の工程においては、仕込みの化合物として、金属元素の水溶性化合物も、反応用溶液に添加する(反応前、反応開始時、又は反応途中のいずれでも可)。例えば、第一鉄塩の添加とは別に、金属元素の水溶性化合物を添加することができる。また、これに代えて又はこれに加えて、第一鉄塩として、工業用グレードのものを用いてもよい。そのようなグレードの品種には、不純物として各種の金属元素が含まれているので、その不純物金属元素を不純物としてではなく、仕込みの物質として積極的に用いれば、経済的に有利であり、かつ工程数も少なくなるからである。
【0038】
(1)の工程においては、第一鉄の湿式酸化を、まず、仕込みの鉄(II)イオン(Fe2+イオン)が液中に実質的に存在しなくなるまで行う。これによって、金属元素を含有するマグネタイトのコア粒子の前駆体が得られる。この前駆体中には、鉄以外の金属元素が例えば酸化物等の状態で取り込まれている。第一鉄の湿式酸化を、液中に鉄(II)イオンが実質的に存在しなくなるまで行うとは、液中の鉄(II)イオンの量が、仕込みの鉄の量に対して好ましくは2質量%以下、更に好ましくは1質量%以下になるまで行うことを言う。
【0039】
次に、反応液に、第一鉄塩を追加添加する。この第一鉄塩は、先に使用した第一鉄塩と同種のものでもよく、あるいは異種のものでもよい。追加添加する第一鉄塩としては、不純物が極めて少なく高純度のものを用いることが重要である。高純度の第一鉄塩に含まれる鉄以外の金属元素の割合は、該金属元素を含む第一鉄塩の鉄の質量に対して、該金属元素の総量で、好ましくは0.5質量%以下、更に好ましくは0.3質量%以下である。このような高純度の第一鉄塩は、例えば純鉄(純度99質量%以上)を、高純度の硫酸や塩酸等の鉱酸で溶解することによって得られる。
【0040】
反応液に追加添加された高純度の第一鉄塩によって、該反応液に含まれているコア粒子の前駆体の表面に、高純度のマグネタイトの薄層が形成される。この薄層中における鉄以外の金属元素の割合は極めて低減化されている。その結果、得られるマグネタイトのコア粒子の表面は、実質的にマグネタイトのみから構成され、鉄以外の金属元素の割合は非常に低くなっている。
【0041】
(1)の工程における液の温度は80〜95℃に設定することが好ましい。また、液に吹き込む酸化性ガスの量は、該酸化性ガスとして空気を用いる場合には、液1リットルに対して10〜30リットル/分、特に15〜25リットル/分とすることが好ましい。また、球状のコア粒子を得る場合には、酸化性ガスの吹き込み中、液のpHを5〜7に維持することが好ましい。
【0042】
(1)の工程によって表面の純度が高められたコア粒子は、次いで(2)の工程に付される。(2)の工程においては、コア粒子の表面を、炭素数2〜10のアルキル基を有するシラン化合物で被覆する。この被覆のために、本工程においては、上述した有機シランを用い、この有機シランから前記のシラン化合物を生成させる。
【0043】
具体的には、上述した有機シランをコア粒子の表面で加水分解させて、その加水分解物や脱水縮合物等からなる前記のシラン化合物を生成させ、これによってコア粒子の表面を被覆する。あるいは有機シランを予め加水分解させ、生成したシラン化合物をコア粒子の表面に被覆してもよい。有機シランを加水分解させて生成したシラン化合物をコア粒子の表面に被覆する方法には、湿式法と乾式法がある。湿式法では、水を媒体とし、コア粒子を含み、pHが所定の範囲に設定されたスラリーに有機シランやシラン化合物を添加してコア粒子の表面を被覆する。乾式法では、コア粒子と有機シランやシラン化合物とを、液媒体の実質的な非存在下に混合して該コア粒子の表面を被覆する。これら2つの方法のうち、乾式法を用いることが、シラン化合物とマグネタイトのコア粒子の表面との反応を進める点から好ましい。
【0044】
乾式法において、コア粒子と有機シランやシラン化合物との混合には、公知の混合攪拌装置を用いることができる。例えば、ヘンシェルミキサ、ハイスピードミキサ、エッジランナー、リボンブレンダー等を用いることができる。これらの装置の運転条件としては、混合攪拌時の温度を10〜50℃、特に10〜40℃に設定することが好ましい。これによって、両者が十分に混合される前に有機シランが意図せず加水分解してしまうことや、有機シラン及びシラン化合物がコア粒子と十分に混合される前に揮発してしまうことを効果的に防止できる。コア粒子と有機シランとの配合の割合は、コア粒子100質量部に対して、有機シランを0.1〜10質量部、特に0.3〜3質量部とすることが、得られる被覆マグネタイト粒子に含まれるシラン化合物の量が適切になり、被覆マグネタイト粒子の疎水性が十分に高くなる点から好ましい。
【0045】
乾式混合が完了したら、有機シランやシラン化合物の脱水縮合が生じる温度にまで混合物を加熱して該有機シランや該シラン化合物の脱水縮合を生じさせる。有機シランやシラン化合物の種類にもよるが、加熱温度は100〜160℃、特に105〜150℃という比較的低温とすることが好ましい。加熱をこの温度範囲で行うことで、コア粒子の過度の凝集を防止しつつ、有機シランやシラン化合物の脱水縮合を行うことができる。加熱時の雰囲気に特に制限はない。一般的には大気下で加熱を行えばよい。
【0046】
このようにして、目的とする被覆マグネタイト粒子が得られる。この粒子においては、その表面が上述のシラン化合物で被覆されているので、疎水性が極めて高くなっている。得られた被覆マグネタイト粒子は、重合法トナーの原料として特に有用である。例えば懸濁重合法を行う場合、本発明の被覆マグネタイト粒子を、バインダのモノマー成分や電荷制御剤、ワックス等とともに混合し、次いでこれを、懸濁安定化剤を含む水と混合して懸濁させ、得られた懸濁液を加熱してモノマーを重合させることでトナーが得られる。この方法によれば粒径のそろったトナーを一段階で得ることができる。また、本発明の被覆マグネタイト粒子を、粉砕法トナーの原料として用いても何ら差し支えない。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0048】
〔製造例1(マグネタイトのコア粒子の製造)〕
Fe2+を1.8mol/L含有する硫酸第一鉄水溶液70リットルと、Si品位13.4%のケイ酸ナトリウム314gと、水酸化ナトリウム10.6kgとを混合して全量を140リットルとした。この硫酸第一鉄は、工業用グレードのものであり、不純物金属として割合が高い順にマンガン、チタン、マグネシウム、亜鉛、アルミニウム及び銅をそれらの合計で、鉄に対して約3%含むものであった(他の不純物金属も含まれていたが、それらの量は微量なので、不純物金属の合計量に実質的な影響を及ぼさない。)。この液を90℃に維持した状態下に、空気を20リットル/分の量で吹き込んだ。この間、水酸化ナトリウム水溶液を添加することで、液のpHを6.5に維持した。液中に存在する鉄(II)イオンが75%消費された時点で、空気の吹き込み量を10リットル/分に下げた。そして、そのまま空気の吹き込みを継続した。空気の吹き込みは、液中に存在する鉄(II)イオンの量が仕込みの鉄の量に対して1%になるまで行った。この時点で空気の吹き込みを終了させ、引き続き液温を90℃に維持した状態で、高純度の硫酸第一鉄水溶液(Fe2+濃度1.8mol/L)を5リットル添加した。この硫酸第一鉄水溶液は、純鉄(純度99%)を高純度硫酸に溶解して得られたものであり、不純物金属の量は硫酸第一鉄中の鉄に対して0.3%であった。液のpHを6に調整した後、空気の吹き込みを再開して再度湿式酸化を行った。この湿式酸化は、液中に鉄(II)イオンが実質的に存在しなくなるまで行った。その後、コア粒子を、ハレルホモジナイザを用いて水洗し、次いで乾燥及び粉砕を常法に従い行った。このようにして、球状のコア粒子を得た。得られたコア粒子の特性を以下の表1に示す。また、コア粒子に含まれている鉄以外の金属の量(被覆マグネタイト粒子基準)を同表に示す。なお、コア粒子に含まれている鉄以外の金属の量の順序は、原料に用いた工業用グレードの硫酸第一鉄に含まれている鉄以外の金属の量の順序と異なっている。この理由は、マグネタイトの製造中のpHに依存して各金属の歩留りが異なるからである。
【0049】
〔製造例2〕
製造例1において、高純度の硫酸第一鉄水溶液(Fe2+濃度1.8mol/L)の添加量を、5リットルから3リットルに減量した。これ以外は製造例1と同様にして球状のコア粒子を得た。得られたコア粒子の特性を以下の表1に示す。
【0050】
〔比較製造例1(マグネタイトのコア粒子の製造)〕
実施例1において、高純度硫酸第一鉄を用いた再度の湿式酸化を行わない以外は、実施例1と同様にして球状のコア粒子を得た。得られたコア粒子の特性を以下の表1に示す。
【0051】
〔比較製造例2(マグネタイトのコア粒子の製造)〕
実施例1で用いた高純度硫酸第一鉄のみを用い、実施例1と同様の操作を行った。ただし、高純度硫酸第一鉄を用いた再度の湿式酸化を行わなかった。得られたコア粒子の特性を以下の表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
〔実施例1ないし4及び比較例1ないし4〕
ハイスピードミキサー(LFS−2型)に、製造例1及び2並びに比較製造例1及び2で得られたマグネタイト粒子1kgをそれぞれ投入して、30℃、2000rpmにて攪拌しながら、予め加水分解を行った有機シラン(シランカップリング剤)20gを含む液を5分間滴下して、5分間攪拌した。その後、110℃に加温した後、1時間熱処理を行い、被覆マグネタイト粒子の粉末を得た。使用した有機シランは、表2に示すとおりである。コア粒子の表面を被覆するシラン化合物の量を、上述の方法で測定したところ、同表に示す結果が得られた。
【0054】
【表2】

【0055】
〔評価〕
得られた被覆マグネタイト粒子について、上述した方法で、コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属の割合を測定した。また、上述した方法で、被覆マグネタイト粒子の水蒸気吸着量及び沈降速度を測定した。更に、被覆マグネタイト粒子を大気下に60℃・90%RHで7日間保存した後の水蒸気吸着量及び沈降速度も測定し、保存前に対する変化率を算出した。更に、被覆マグネタイト粒子の耐熱性を、FeO含有量を尺度として評価した。FeO含有量の測定方法は以下のとおりである。これらの結果を以下の表3に示す。
【0056】
〔FeO含有量の測定〕
被覆マグネタイトを1g秤量し、これを300ccのコニカルビーカーに入れる。更に脱イオン水100cc及び濃硫酸20ccを加え、ウォーターバスで加熱しながら被覆マグネタイト粒子を全溶解させる。溶解した液に、指示薬としてのジフェニルアミンスルホン酸ナトリウムを加え、0.1N重クロム酸カリウムを用いて酸化還元滴定する。試料が青紫色に着色したところを終点として滴定量を求め、以下の式から鉄の全量に対する二価の鉄の割合であるFeO含有量(質量%)を求める。
【0057】
【数1】

【0058】
被覆マグネタイト粒子に熱を付与すると、FeOが酸化されて、熱の付与前に比べてFeO含有量が低下する傾向にある。耐熱性の高い被覆マグネタイト粒子は、FeO含有量の変化率が小さい。この変化率(〔(熱処理前のFeO含有量−熱処理後のFeO含有量)/熱処理前のFeO含有量〕×100)を尺度として、被覆マグネタイト粒子の耐熱性を評価できる。本評価においては、大気下に被覆マグネタイト粒子を140℃で1時間加熱した後のFeO含有量及び加熱前のFeO含有量を測定した。
【0059】
【表3】

【0060】
表3に示す結果から明らかなとおり、実施例の被覆マグネタイト粒子は、疎水性が高く、かつ高温高湿下に長期間保存した後であっても、疎水性の低下が少ないものであることが判る。また、耐熱性が高いものであることが判る。これに対して、粒子の表面にマンガン、チタン、マグネシウム、亜鉛、アルミニウム及び銅が多量に存在しているコア粒子を用いた比較例1ないし3では、高温高湿下に長期間保存した後の疎水性の低下が著しい。また、コア粒子の表面及び粒子中の双方に金属元素を実質的に含有していない比較例4では、高温高湿下に長期間保存した後であっても、疎水性の低下が少ないが、耐熱性に劣るものであることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネタイトのコア粒子の表面がシラン化合物によって被覆されてなる被覆マグネタイト粒子において、
コア粒子の表面に存在する鉄以外の金属元素の割合が、被覆マグネタイト粒子の質量に対して0.2質量%以下であり、かつコア粒子の内部には鉄及び鉄以外の金属元素が1種又は2種以上含有されていることを特徴とする被覆マグネタイト粒子。
【請求項2】
前記の金属元素が、遷移金属元素、アルカリ土類金属元素又は第13族金属元素の1種又は2種以上である請求項1記載の被覆マグネタイト粒子。
【請求項3】
シラン化合物が、炭素数2〜10のアルキル基を有する請求項1又は2記載の被覆マグネタイト粒子。
【請求項4】
水蒸気吸着量が0.01〜1mg/粉1gである請求項1ないし3のいずれかに記載の被覆マグネタイト粒子。
【請求項5】
スチレン中での沈降速度が0.4mm/min以下であり、この沈降速度に対する、大気下に60℃・90%RHで7日間保存後の沈降速度の変化率(〔(保存後の沈降速度−保存前の沈降速度)/保存後の沈降速度〕×100)が20%以下である請求項1ないし4のいずれかに記載の被覆マグネタイト粒子。
【請求項6】
請求項1記載の被覆マグネタイト粒子の製造方法であって、
アルカリを用いた第一鉄塩の中和反応によって生じた水酸化第一鉄コロイド溶液に、酸化性ガスを吹き込んでマグネタイトのコア粒子を生成させる工程において、反応の開始前、開始時又は反応途中に金属元素の水溶性化合物を添加し、かつこの工程の最後に、不純物の含有量が鉄に対して0.5質量%以下である第一鉄塩を追加添加して、該コア粒子の表面に高純度マグネタイトの層を形成し、次いで、
マグネタイトのコア粒子の表面を、シラン化合物で被覆することを特徴とする被覆マグネタイト粒子の製造方法。

【公開番号】特開2011−246325(P2011−246325A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−123348(P2010−123348)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】