説明

複合熱電材料及びその製造方法

【課題】MNiSn系ハーフホイスラー化合物(M=Ti、Zr、Hf)を母相とし、母相の周囲が所定の金属酸化物からなる薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】所定の組成を有するMNiSn系ハーフホイスラー化合物からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相と、母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物からなり、母相の周囲を連続的かつ層状に被覆する酸化物層とを備えた複合熱電材料。このような複合熱電材料は、MNiSn系ハーフホイスラー化合物からなる母相粉末を回転可能な容器に入れ、母相粉末を十分に転動させながらレーザーアブレーションにより母相粉末の表面を酸化物層で被覆し、得られた粉末を成形・焼結することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合熱電材料及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、ハーフホイスラー化合物を母相とする複合熱電材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電変換とは、ゼーベック効果やペルチェ効果を利用して、電気エネルギーを冷却や加熱のための熱エネルギーに、また逆に熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換することをいう。熱電変換は、
(1)エネルギー変換の際に余分な老廃物を排出しない、
(2)排熱の有効利用が可能である、
(3)材料が劣化するまで継続的に発電を行うことができる、
(4)モータやタービンのような可動装置が不要であり、メンテナンスの必要がない、
等の特徴を有していることから、エネルギーの高効率利用技術として注目されている。
【0003】
熱エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換できる材料、すなわち、熱電材料の特性を評価する指標としては、一般に、性能指数Z(=S2σ/κ、但し、S:ゼーベック係数、σ:電気伝導度、κ:熱伝導度)、又は、性能指数Zと、その値を示す絶対温度Tの積として表される無次元性能指数ZTが用いられる。また、熱電材料の特性を評価する指標として、出力因子PF(=S2σ)が用いられることもある。
ゼーベック係数は、1Kの温度差によって生じる起電力の大きさを表す。熱電材料は、それぞれ固有のゼーベック係数を持っており、ゼーベック係数が正であるもの(p型)と、負であるもの(n型)に大別される。
【0004】
また、熱電材料は、通常、p型の熱電材料とn型の熱電材料とを接合した状態で使用される。このような接合対は、一般に、「熱電素子」と呼ばれている。熱電素子の性能指数は、p型熱電材料の性能指数Z、n型熱電材料の性能指数Z、並びに、p型及びn型熱電材料の形状に依存し、また、形状が最適化されている場合には、Z及び/又はZが大きくなるほど、熱電素子の性能指数が大きくなることが知られている。従って、性能指数の高い熱電素子を得るためには、性能指数Z、Zの高い熱電材料を用いることが重要である。
【0005】
このような熱電材料としては、
(1)Bi−Te系、Pb−Te系、Si−Ge系等の化合物半導体、
(2)Zn−Sb系、Co−Sb系、Fe−Sb系等のスクッテルダイト化合物、
(3)TiNiSn等のハーフホイスラー化合物、
などが知られている。
【0006】
これらの内、Bi−Te系、Pb−Te系の化合物半導体は、低温域では高いZTを示すが、中・高温域では使用できず、かつ、Pb、Te、Sb等の環境負荷の大きい元素を多量に含むという問題がある。また、Ge−Si系の化合物半導体は、高価なGeを大量に用いている。
【0007】
スクッテルダイト化合物は、中・低温域において相対的に高い熱電特性を示すp型熱電材料である。また、ある種のスクッテルダイト化合物は、527℃(800K)においてZT>1となることが知られている。例えば、自動車の排ガス温度は約800Kであるので、このようなスクッテルダイト化合物を使用した熱電素子を用いれば、高効率の排熱回収システムを得ることも可能になると期待されている。しかしながら、中・低温域において高い熱電特性を示すスクッテルダイト化合物の多くは、Sb等の環境負荷の大きい元素を多量に含むという問題がある。
【0008】
これに対し、MNiSn系(M=Ti、Zr、Hf)のハーフホイスラー化合物は、中・低温域で高い熱電特性を示し、しかも環境負荷元素を含まないという特徴がある。ここで、「ハーフホイスラー化合物」とは、ホイスラー合金CuAlMnのCuサイト原子の半分が欠損した構造を持つ一連の化合物をいう。しかしながら、MNiSn化合物は、本質的に高い出力因子を有しているにもかかわらず、熱伝導度が高いために、到達可能な性能指数に限界があるという問題がある。
【0009】
上述のような従来の熱電材料が持つ欠点を改善するために、熱電材料をナノコンポジット化することが提案されている。熱電材料をナノコンポジット化すると、サイズ効果、次元効果、及び、フォノンやキャリアの粒界散乱により、対応するバルク材料より熱電特性が向上することが理論的に示唆されている。このようなナノコンポジット化の手法については、従来から種々の提案がなされている。
【0010】
例えば、非特許文献1には、熱電材料ではないが、
(1)金属Ba及びTi(OiPr)4を、i−PrOH及び2−メトキシエタンの混合溶媒に溶解させることによりBaTiO3前駆体溶液を作製し、
(2)BaTiO3前駆体溶液にNiを加えて加水分解させる
ことにより得られるBaTiO3でコートされたNi粒子が開示されている。
同文献には、このような方法により、多層セラミックキャパシタの共焼結プロセスにおける、Ni電極と誘電体との間の大きな焼結収縮差及びNi電極の酸化抵抗を改善することができる点が記載されている。
【0011】
特許文献1には、
(1)ストーバー法を用いてシリカ粒子を作製し、
(2)シリカ粒子分散液にメルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPS)を加えて反応させることにより、3−メルカプトプロピル改質シリカ粒子を作製し、
(3)改質シリカ粒子の分散液にBi−EDTA錯体溶液を滴下し、改質シリカ粒子の表面をBiにより錯化し、さらに、
(4)表面がBiで錯化された改質シリカ粒子の分散液にNaHTe溶液を加える
ことにより得られるシリカコア/Bi2Te3シェル型粒子が開示されている。
同文献には、このようなコア/シェル型粒子を含む熱電材料は、バルク材料に比べて熱電特性が向上する点が記載されている。
【0012】
非特許文献2には、
(1)CVD法を用いてPb0.75Sn0.25Te粒子を作製し、
(2)Pb0.75Sn0.25Te粒子とSeとをエチレンジアミンに分散させ、分散液をオートクレーブに入れて、130℃×20hの水熱処理を行う
ことにより得られる2次元コートナノ構造が開示されている。
同文献には、
(a)このような方法により、ミクロンサイズのPb0.75Sn0.25Te粒子の表面に、約30nmのPb0.75Sn0.25Se結晶層を形成することができる点、及び、
(b)両者は、電子構造が類似で、かつ、格子定数が異なるため、このようなナノ構造は、キャリアの散乱が低く、かつ、フォノンの散乱が大きくなると予想される点、
が記載されている。
【0013】
非特許文献3には、
(1)ZrNiSn粉末に対してZrO2ナノ粒子を2〜6vol%加えて混合し、引き続き3日間アニール処理し、
(2)得られた粉末を放電プラズマ焼結させる
熱電材料の製造方法が開示されている。
同文献には、
(a)ZrO2ナノ粒子は、主として粒界に存在する点、及び、
(b)650Kより高い温度でのZTの増分は、それぞれ、ZrNiSn−2vol%ZrO2で約10%、ZrNiSn−6vol%ZrO2で約15%(ZTの絶対値で約0.22)になる点
が記載されている。
【0014】
特許文献2には、
(1)所定量のFe、Al、V、及びSiを秤量し、この粉末をメカニカルアロイングすることによりFe2VAl0.9Si0.1合金粉末を作製し、
(2)合金粉末にBiを加えてさらに混合し、
(3)混合粉末を放電プラズマ焼結させる
熱電材料の製造方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、Fe2VAl0.9Si0.1合金粒子を取り囲むようにBi層が形成された熱電材料が得られる点が記載されている。
【0015】
さらに、特許文献3には、熱電材料ではないが、
(1)回転容器の中にアルミナとセリアの混合粉末を入れ、
(2)容器を回転させながら、Pt板からなるターゲットにレーザー光を照射し、転動している粉末に飛散粒子を付着させる
粉末状基材の表面改質方法が開示されている。
【0016】
粒子表面をコーティングする方法には、上述したように、化学溶液法などの湿式法と、気相法などの乾式法が報告されている。これらの内、湿式法は、比較的均一なコーティングが可能であるという利点がある。
しかしながら、湿式法は、コーティングする物質の原料を溶媒に溶解する必要があるため、使用できるコーティング物質が限定される。また、原料は、イオンの形で溶媒に溶解するため、カウンターイオンや溶媒等が残留し、粒子が汚染される問題がある。さらに、溶液中で熱処理を行うため、母相材料の酸化も問題となる。また、溶液中でナノ粒子を生成させ、被覆を行う場合(特に金属間化合物からなる母相粉末を使用する場合)には、還元反応が必要なため、適用可能な物質がかなり制限される。
【0017】
また、例えば、ボールミルを使用して母相粉末とナノ粒子とを湿式で混合する場合、ナノ粒子は母相粉末の周りに付着するが、均一な薄膜を形成するのは困難である。実際に、熱電材料からなる母相粉末と、酸化物ゾルと、ボールミルとを用いた被覆法を検討したが、均一な被膜は形成されなかった。また、酸化物ゾルに含まれる溶媒が残留し、残留溶媒による反応等で母相が分解し、ゼーベック係数が低下するという問題が生じた。
【0018】
これに対し、乾式法は、原料を溶媒に溶かす必要がないため、コーティング物質の制約がないという利点がある。特に、レーザーアブレーションを利用して母相粉末の表面をコーティングする方法は、材料の制約を受けることなく、母相粉末の表面を種々の材料で比較的均一に被覆することができる。また、残留溶媒等により母相粉末が分解するおそれも少ない。
しかしながら、従来のレーザーアブレーション法では、母相粉末の表面を異種材料で薄く、かつ、均一に被覆するには限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開2008−147625号公報
【特許文献2】特開2008−192652号公報
【特許文献3】特開2009−024196号公報
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】T.Hatano et al., Journal of the European Ceramic Society 24(2004)507-510
【非特許文献2】B.Zhang et al., Applied Physics Letter89 163114(2006)
【非特許文献3】X.Y.Huang et al., Solid State Communication 130(2004)181-185
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明が解決しようとする課題は、MNiSn系ハーフホイスラー化合物(M=Ti、Zr、Hf)を母相とし、母相の周囲が所定の金属酸化物からなる薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するために本発明に係る複合熱電材料は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(a)前記複合熱電材料は、
熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相と、
前記母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物からなり、前記母相の周囲を連続的かつ層状に被覆する酸化物層と、
を備えている。
(b)前記母相は、(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
(c)前記複合熱電材料は、(2)式で表される界面被覆率が50%以上である。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
【0023】
本発明に係る複合熱電材料の製造方法は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(a)前記複合熱電材料の製造方法は、
熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相粉末を作製する粉末作製工程と、
前記母相粉末を転動させながら、前記母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物を生成可能な物質からなるターゲットの表面にレーザー光を照射することにより、前記母相粉末の周囲を前記金属酸化物からなる酸化物層で連続的かつ層状に被覆するPLD工程と
を備えている。
(b)前記母相は、(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
(c)前記PLD工程は、(2)式で表される界面被覆率が50%以上となるように、前記母相粉末の転動及び前記レーザー光の照射を行うものである。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
【発明の効果】
【0024】
MNiSn系ハーフホイスラー化合物からなる母相粉末を回転可能な容器に入れ、レーザーアブレーションにより母相粉末の表面を酸化物層で被覆する場合において、母相粉末の転動を十分に行うと、母相粉末の表面が薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料からなる粉末が得られる。このような粉末を成形・焼結すると、母相の周囲が薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料からなる焼結体が得られる。
得られた複合熱電材料は、酸化物層のバンドギャップが母相より大きいため、両者の界面にはエネルギー障壁が形成される。この障壁は、低エネルギーキャリアや小数キャリアの伝導を阻害する(フィルター効果)。その結果、電気伝導度σを大きく低下させることなく、複合熱電材料のゼーベック係数Sが増大する。
また、母相と酸化物層との界面では、格子のミスマッチによりフォノン伝導が阻害される。その結果、複合熱電材料の熱伝導度κが減少する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】AgAsMg型結晶構造の単位胞を示す図である。
【図2】パルスレーザーデポジション(PLD)装置の概略構成図である。
【図3】回転式容器の概略構成図である。
【図4】図4(a)は、突起のない回転式容器を用いて粉末を転動させたときの粉末の挙動を示す模式図である。図4(b)は、突起のある回転式容器を用いて粉末を転動させたときの粉末の挙動を示す模式図である。
【図5】図5(a)は、実施例1(PLD法、突起有り)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真である。図5(b)は、比較例4(PLD法、突起無し)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真である。
【図6】図6(a)は、比較例2(溶液法)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真である。図6(b)は、比較例3(溶液法)で得られたZrNiSn/5vol%ZrO2焼結体のSEM写真である。
【図7】組成及び作製法の異なるZrNiSn系焼結体のゼーベック係数の温度依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に本発明の一実施の形態につて詳細に説明する。
[1. 複合熱電材料]
本発明に係る複合熱電材料は、
熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相と、
前記母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物からなり、前記母相の周囲を連続的かつ層状に被覆する酸化物層と、
を備えている。
【0027】
[1.1. 母相]
母相は、所定の組成を有するハーフホイスラー化合物を主相として含む。
[1.1.1. 結晶構造]
図1に、AgAsMg型結晶構造の単位胞の模式図を示す。ハーフホイスラー化合物は、AgAsMg型結晶構造(空間群F43m)を有し、一般式:XYZで表される。本実施の形態に係る熱電材料の主相を構成するMNiSn系化合物(M=Ti、Zr、Hf)は、AgAsMg型結晶構造を有するハーフホイスラー化合物の一種である。
図1において、X原子及びZ原子は、それぞれ、4a(0、0、0)サイト(以下、単に「Mサイト」という。)及び4b(1/2、1/2、1/2)サイト(以下、単に、「Snサイト」という。)に位置しており、X原子及びZ原子は岩塩構造を形成している。MサイトとSnサイトは、等価である。
Y原子は、X原子及びZ原子で構成される8つの立方体の体心の内、対角にある4つの体心、すなわち、4c(1/4、1/4、1/4)サイト(以下、単に「Niサイト」という。)に位置している。他の体心位置、すなわち、4d(3/4、3/4、3/4)サイト(以下、単に「4dサイト」という。)は、通常、空になっている。
後述するように、Snサイト原子に対してNiサイト原子を過剰にすると、過剰のNiサイト原子は、4dサイトに入る。
【0028】
[1.1.2. 価電子数]
ドーパントを含まないハーフホイスラー化合物XYZの原子当たりの価電子数は、6である。原子当たりの価電子数が6(又は、総価電子数が18)であるハーフホイスラー化合物は、半導体的特性を示し、適度な大きさのゼーベック係数Sと電気抵抗率ρを持つことが知られている。
なお、ハーフホイスラー化合物XYZは、X:Y:Z=1:1:1の化合物であるので、原子当たりの価電子数#eは、次の(a)式で表される。
#e=(#e+#e+#e)/3 ・・・(a)
ここで、#e、#e及び#eは、それぞれ、X原子、Y原子及びZ原子の価電子数である。また、各サイトが複数種類の原子で占められている場合には、#e、#e及び#eは、それぞれ、各サイトを占める原子の平均の価電子数である。
【0029】
また、本発明において、「価電子数」とは、化学結合に寄与する電子の数をいう。次の表1に、各原子の価電子数を示す。
【0030】
【表1】

【0031】
原子当たりの価電子数が6であるハーフホイスラー化合物XYZのいずれか1以上のサイトにおいて、主構成元素と価電子数の等しい同族元素をドーピングすると、フォノン散乱が増大する。その結果、熱伝導度κが低下する。
一方、原子当たりの価電子数が6であるハーフホイスラー化合物XYZのいずれか1以上のサイトにおいて、主構成元素とは価電子数の異なる元素をドーピングすると、原子当たりの価電子数が変化する。その結果、電気伝導度σが増大し、ゼーベック係数Sが増大し、あるいは熱伝導度κが低下する。
【0032】
ドーピングは、1つのサイトの主構成元素のみを置換するものであっても良く、あるいは、2以上のサイトの主構成元素を同時に置換するものであっても良い。また、ドーピングは、1又は2以上の各サイトにおいて、構成元素の一部を価電子数が同一又は異なる2種以上の元素で置換するものであっても良い。
【0033】
ハーフホイスラー化合物は、一般に、原子当たりの価電子数が6であっても、電子が優勢キャリアとなり、n型熱電材料となる場合が多い。このようなハーフホイスラー化合物の主構成元素の一部を、それより価電子数の大きな元素(以下、これを「n型ドーパント」という。)で置換すると、原子当たりの価電子数が6より大きいハーフホイスラー化合物が得られる。原子当たりの価電子数が6を超えると、電子がドープされ、電気伝導度がより大きいn型熱電材料となる。
一方、原子当たりの価電子数が6であるハーフホイスラー化合物の主構成元素の一部を、それより価電子数の小さな元素(以下、これを「p型ドーパント」という。)で置換すると、原子当たりの価電子数が6より小さいハーフホイスラー化合物が得られる。原子当たりの価電子数が6より小さくなると、ホールがドープされる。また、p型ドーパントの量がある一定量を超えると、ゼーベック係数Sが正に転じ、p型熱電材料となる。
【0034】
さらに、ドーピングは、n型ドーパントとp型ドーパントとを同時に添加するものであっても良い。すなわち、同一又は異なるサイトにおいて、主構成元素より価電子数の大きな元素と、小さな元素を同時に添加しても良い。また、原子当たりの価電子数が6に維持されるように、少なくとも2つのサイトを占める主構成元素の一部を価電子数の異なる原子で置換した場合であっても、熱電特性が向上する。これは、
(1) 元素置換によって熱伝導度κが小さくなるため、
(2) 電子構造が変化し、フェルミレベル近傍の状態密度のエネルギーに対する傾きが急峻になることにより、ゼーベック係数Sが増大するため、あるいは、
(3) p型ドーパントとn型ドーパントが局所的なダイポールを形成するため、ドーパントによるクーロン力を遮蔽し、キャリア移動度の低下を抑制するため、
と考えられる。
但し、キャリアの増加は、主として、n型ドーパントによる価電子数の増加の寄与分と、p型ドーパントによる価電子数の増加の寄与分の差に依存する。そのため、キャリアを増加させるという点では、n型ドーパントとp型ドーパントの同時添加は実益がなく、いずれか一方を添加するのが好ましい。
【0035】
ハーフホイスラー化合物へのドーピングは、ドーピング後の原子当たりの価電子数が5.9以上6.1以下となるように行うのが好ましい。原子当たりの価電子数が5.9未満である場合、及び、6.1を超える場合は、いずれも、ハーフホイスラー化合物が金属的となり、高い熱電特性は得られない。
一般に、熱電特性を支配するゼーベック係数S、電気伝導度σ及び熱伝導度κは、いずれもキャリア濃度の関数となる。従って、高い熱電特性を得るためには、原子当たりの価電子数は、ハーフホイスラー化合物の組成に応じて、最適な値を選択するのが好ましい。
【0036】
[1.1.3. 構成元素]
母相は、次の(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
【0037】
「A」は、Mサイトを置換する元素(ドーパント)を表す。元素Aは、IIIa族元素(21Sc、39Y)、Ti、Zr、及びHfを除くIVa族元素(90Th)、Va族元素(23V、41Nb、73Ta)、又は希土類元素(57La〜71Lu)のいずれであっても良い。
「B」は、Niサイトを置換する元素(ドーパント)を表す。元素Bは、Niを除くVIIIa族元素(26Fe、27Co、44Ru、45Rh、46Pd、76Os、77Ir、78Pt)、又はIb族元素(29Cu、47Ag、79Au)のいずれであっても良い。
「C」は、Snサイトを置換する元素(ドーパント)を表す。元素Cは、IIIb族元素(5B、13Al、31Ga、49In、81Tl)、Snを除くIVb族元素(6C、14Si、32Ge、82Pb)、又はVb族元素(7N、15P、33As、51Sb、83Bi)のいずれであっても良い。
【0038】
これらの中でも、元素Aは、39Yが好ましい。また、元素Bは、27Co及び29Cuから選ばれるいずれか1種以上が好ましい。さらに、元素Cは、13Al、14Si及び51Sbから選ばれるいずれか1種以上が好ましい。
これらの元素は、比較的安価であり、しかも熱伝導度κを大幅に増大させることなく、出力因子PFを増大させる効果が大きいので、各サイトを置換する元素として好適である。
【0039】
「a」は、元素AによるMサイトの置換量を表す。「b」は、元素BによるNiサイトの置換量を表す。「c」は、元素CによるSnサイトの置換量を表す。
一般に、各サイトの主構成元素を、これとは価電子数が同一又は異なる元素で置換すると、キャリア濃度が増大し、あるいは、フォノン散乱が増大する。しかしながら、各サイトの置換量が過剰になると、異相の生成割合が増大し、かえって熱電特性が低下する。従って、a、b、cは、それぞれ、0.1未満とする必要がある。a、b、cは、それぞれ、さらに好ましくは、0.05以下である。
【0040】
「x」は、Mサイトを占める元素(M+A)の化学量論組成からのずれを表す。(M+A)量が化学量論組成からずれても、ハーフホイスラー相の格子欠陥や熱電特性に与える影響は、比較的少ない。
しかしながら、(M+A)量が化学量論組成に比べて少なくなり過ぎると、フルホイスラーMNi2Sn(M=Ti、Zr、Hf)、Sn、Ni、Ni−Sn合金などの異相が析出するという問題がある。従って、xは、−0.1以上である必要がある。xは、さらに好ましくは、−0.05以上、さらに好ましくは、−0.01以上である。
一方、(M+A)量が化学量論組成に比べて過剰になると、過剰な元素Mを主成分とする異相(例えば、金属Ti相、Ti6Sn5など)が材料中に析出する。従って、xは、0.2以下である必要がある。xは、さらに好ましくは、0.15以下、さらに好ましくは、0.1以下である。
【0041】
「y」は、Niサイトを占める元素(Ni+B)の化学量論組成からのずれを表す。ハーフホイスラー相は、化学量論組成(y=0)であっても良い。
一方、Snサイトを占める元素(Sn+C)の量に対して、(Ni+B)量が過剰になると、過剰な(Ni+B)が4dサイトに導入される。4dサイトに導入された(Ni+B)は、出力因子PFを低下させることなく、ハーフホイスラー相の熱伝導度κを低下させる作用がある。従って、yは、0より大きいことが好ましい。
一方、(Ni+B)量が化学量論組成に比べて過剰になると、フルホイスラー相が材料中に析出する。フルホイスラー相は金属的であるため、フルホイスラー相の析出は、熱電特性を低下させる原因となる。従って、yは、0.2以下である必要がある。
【0042】
最適なy値は、ハーフホイスラー相の組成により異なる。
例えば、M=Tiである場合において、熱伝導度κを低減するためには、yは0.015以上が好ましく、さらに好ましくは0.047以上である。
一方、フルホイスラー相の析出を抑制するためには、yは0.145以下が好ましく、さらに好ましくは0.123以下である。
また、例えば、M=Zrである場合において、熱伝導度κを低減するためには、yは0.01以上が好ましく、さらに好ましくは0.031以上、さらに好ましくは0.04以上である。
一方、フルホイスラー相の析出を抑制するためには、yは0.10以下が好ましく、さらに好ましくは0.06以下、さらに好ましくは0.05以下である。
【0043】
[1.1.4. ハーフホイスラー化合物の格子定数]
(Ni+B)量を化学量論組成よりも過剰とし、製造条件を最適化すると、過剰の(Ni+B)が4dサイトに入る。その結果、MNiSn系ハーフホイスラー化合物の格子定数が増加する。すなわち、格子定数の増加は、4dサイトに導入された(Ni+B)量と相関がある。
【0044】
最適な格子定数は、ハーフホイスラー相の組成により異なる。
例えば、M=Tiである場合において、出力因子PFを低下させることなく、熱伝導度κを低下させるためには、ハーフホイスラー化合物(主相)の格子定数は、0.5933nm以上が好ましい。格子定数は、さらに好ましくは、0.5937nm以上である。
ドーパントを含まないTiNiSn焼結体の場合、Ni/Sn比を制御すると、ハーフホイスラー相の格子定数を変化させることができる。具体的には、y値を変化させることにより、格子定数が0.5929nm以上0.5942nm以下であるTiNiSn系ハーフホイスラー化合物が得られる。
一方、出力因子PFを向上させるために行ったY−Sb置換材では、格子定数が0.5947nmの材料を合成できる。従って、出力因子PFの高いTiNiSn系ハーフホイスラー化合物の格子定数の上限は、0.5947nmとなる。
【0045】
また、例えば、M=Zrである場合において、出力因子PFを低下させることなく、熱伝導度κを低下させるためには、ハーフホイスラー化合物(主相)の格子定数は、0.6110nm以上が好ましい。格子定数は、さらに好ましくは、0.6115nm以上、さらに好ましくは、0.6118nm以上である。
一方、出力因子PFを向上させるために、Zrサイト、Niサイト及びSnサイトのいずれか1以上のサイトにドーピングを施すと、格子定数が最大で0.6130nmであるZrNiSn系ハーフホイスラー化合物が得られる。
ドーパントを含まないZrNiSn焼結体の場合、Ni/Sn比を制御すると、ハーフホイスラー相の格子定数を変化させることができる。具体的には、y値を変化させることにより、格子定数が0.6110nm以上0.6130nm以下であるZrNiSn系ハーフホイスラー化合物が得られる。
【0046】
[1.1.5. 不純物]
本発明に係る複合熱電材料は、上述したMNiSn系ハーフホイスラー化合物及び後述する酸化物層のみからなることが望ましいが、不可避的不純物(異相)が含まれていても良い。但し、熱電特性に悪影響を与える異相は、少ない方が好ましい。
さらに、本実施の形態に係る複合熱電材料は、母相及び酸化物層からなる複合粒子と、他の材料(例えば、樹脂、ゴム等)との複合体であっても良い。
【0047】
ここで、「異相」とは、MNiSn系ハーフホイスラー化合物及び酸化物層とは異なる相をいう。異相の中でも電気伝導度σの高いものは、系全体の電気伝導度σを高める原因となる。一般に、電気伝導度σと熱伝導度κとは正の相関があり、電気伝導度σが高くなるほど、熱伝導度κも高くなる。そのため、電気伝導度σの高い異相の含有量が多くなり、電気伝導度σの増分に比べて熱伝導度κの増分が大きくなると、系全体の性能指数Zが低下する。
上述したように、(Ni+B)量が過剰になると、母相中にフルホイスラー相が析出する場合がある。フルホイスラー相は金属相であるため、フルホイスラー相の析出は熱電特性を低下させる原因となる。
【0048】
許容される不純物量は、ハーフホイスラー相の組成により異なる。
例えば、M=Tiである場合において、高い熱電特性を得るためには、最強線ピーク強度比は、18%未満が好ましい。最強線ピーク強度比は、さらに好ましくは、10%以下、さらに好ましくは、5%以下である。
また、例えば、M=Zrである場合において、高い熱電特性を得るためには、最強線ピーク強度比は、6%未満が好ましい。最強線ピーク強度比は、さらに好ましくは、5%以下、さらに好ましくは、4%以下である。
ここで、最強線ピーク強度比とは、次の(b)式で表される値をいう。
最強線ピーク強度比=IFULL(220)×100/IHALF(220) ・・・(b)
但し、IHALF(220)は、熱電材料中に含まれるハーフホイスラー相のX線回折における最強線ピーク強度である。IFULL(220)は、熱電材料中に含まれるフルホイスラー相のX線回折における最強線ピーク強度である。
【0049】
[1.1.6. 熱電特性]
上述したように、(Ni+B)/(Sn+C)比を1より大きくしたり(y>0)、あるいは、Mサイト、Niサイト及びSnサイトのいずれか1以上にドーパントを添加すると、母相の熱電特性が向上する。
例えば、M=Tiである場合において、y>0とすると、ZrやHfのような重元素を添加しなくても、室温における母相の熱伝導度κを4W/mK以下にすることができる。また、Mサイト、Niサイト及びSnサイトのいずれにもドーパントを添加しない場合であっても、室温での母相のZT値を0.05以上にすることができる。さらに、母相のZT値を0.07以上にすることも可能となる。
また、例えば、M=Zrである場合において、y>0とすると、Hfのような重元素を添加しなくても、室温における母相の熱伝導度κを6.7W/mK以下にすることができる。また、Mサイト、Niサイト及びSnサイトのいずれにもドーパントを添加しない場合であっても、773〜873Kでの母相のZT値を0.35以上にすることができる。
【0050】
[1.1.7. 母相のサイズ]
母相は、1個の結晶粒からなるものでも良く、あるいは、複数個の結晶粒の集合体であっても良い。
母相が1個の結晶粒からなる場合、「母相のサイズ」とは、結晶粒の円相当径をいう。また、母相が複数個の結晶粒の集合体からなる場合、「母相のサイズ」とは、結晶粒の集合体の円相当径をいう。「円相当径」とは、結晶粒又は結晶粒の集合体の投影面積と同一の面積を有する円の直径をいう。
【0051】
一般に、母相のサイズが小さくなるほど、フォノンの散乱効果が増大する。このような効果を得るためには、母相のサイズは、20μm以下が好ましい。母相のサイズは、さらに好ましくは、1μm以下である。
一方、母相のサイズは、製造可能な限りにおいて、小さいほど良い。しかしながら、母相のサイズが小さくなりすぎると、母相粒子が凝集し、母相の表面に均一に酸化物層を形成するのが困難となる。従って、母相のサイズは、0.1μm以上が好ましい。
【0052】
[1.2. 酸化物層]
酸化物層は、母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物からなり、母相の周囲を連続的かつ層状に被覆している。
【0053】
[1.2.1. 組成]
酸化物層を構成する金属酸化物は、母相以上のバンドギャップを有するものからなる。母相の表面に、母相よりもバンドギャップの大きい酸化物層を形成すると、フィルター効果によりゼーベック係数Sが増大する。
このような金属酸化物としては、例えば、希土類酸化物、ZrO2、TiO2、HfO2、ZnO、アルカリ土類酸化物、SiO2、Al23、Ta25、Nb25、NiO、MnO、WO3、SnO、CoOなどがある。酸化物層は、これらのいずれか1種の金属酸化物からなるものでも良く、あるいは、2種以上の金属酸化物の混合物又は固溶体であっても良い。
これらの中でも、金属酸化物は、Al23、アルカリ土類酸化物、希土類酸化物、ZrO2、TiO2、HfO2、及び、ZnOから選ばれるいずれか1以上が好ましい。これは、これらの酸化物は、他の酸化物に比べて母相との反応性が低いためである。酸化物層と母相が反応すると、界面で欠陥準位が生じて母相のキャリア濃度が変化したり、酸化物層の絶縁性が低下してフィルター効果が得られない場合がある。
【0054】
[1.2.2. 厚さ]
一般に、母相の周囲に形成される酸化物層が薄くなるほど、フィルター効果やフォノンの散乱効果が増大する。しかしながら、酸化物層が薄くなりすぎると、母相の周囲を均一に被覆するのが困難となる。また、低エネルギーのキャリアが酸化物層を素通りし、ゼーベック係数の増大効果が得られない。従って、酸化物層の厚さは、1nm以上が好ましい。酸化物層の厚さは、さらに好ましくは、5nm以上である。
一方、酸化物層の厚さが厚くなりすぎると、母相間の電気抵抗が大きくなり、かえって熱電特性が低下する。従って、酸化物層の厚さは、500nm以下が好ましい。酸化物層の厚さは、さらに好ましくは、100nm以下である。
【0055】
ここで、「酸化物層の厚さ」とは、以下の手順により求められる値をいう。
(1)母相の断面を顕微鏡により撮影し、断面写真上において母相の表面又は母相間の界面を滑らかな曲線で結ぶ。
(2)曲線上の1点(接点)を通る接線に対して垂直であり、かつ、接点を通るように垂線を引く。
(3)酸化物層を横切る垂線の長さ(=酸化物層の厚さ)を測定する。
【0056】
[1.2.3. アスペクト比]
酸化物層は、母相の周囲を連続的かつ層状に被覆している必要がある。「連続的かつ層状に被覆する」とは、母相の表面又は母相の界面が一定以上の面積を有する薄い酸化物層によって2次元的に覆われていることをいう。
従って、
(1)母相の周囲に沿って不連続に点在している粒状の金属酸化物、及び、
(2)酸化物層の内、厚さが500nmを超える領域、
は、いずれも、「母相の周囲を連続的かつ層状に被覆する酸化物層」には含まれない。
「連続的かつ層状」の程度は、母相の断面を観察した場合において、母相の表面を覆う酸化物層のアスペクト比で表すことができる。高い熱電特性を得るためには、酸化物層のアスペクト比は、5以上が好ましい。アスペクト比は、さらに好ましくは、10以上である。
【0057】
ここで、「酸化物層のアスペクト比」とは、以下の手順により求められる値をいう。
(1)母相の断面を顕微鏡により撮影し、断面写真上において母相の表面又は母相の界面を滑らかな曲線で結ぶ。
(2)連続している酸化物層に対してほぼ平行に沿っている曲線の長さ(=酸化物層の長さL)を画像解析装置等を用いて測定する。「連続している酸化物層」とは、金属酸化物が連続して存在する領域であって、1つの不連続点(始点)から次の不連続点(終点)までの領域をいう。「不連続点」とは、金属酸化物が途切れている箇所、又は、厚さが500nmを超えている箇所をいう。
(3)連続している酸化物層の中から無作為に選んだ複数箇所(好ましくは、5箇所以上)において、酸化物層の厚さdを計測し、その平均値dmを算出する。
(4)L/dm(=アスペクト比)を算出する。
【0058】
[1.2.3. 界面被覆率]
一般に、母相の周囲が連続的かつ層状の酸化物層で被覆されている割合が大きくなるほど、フィルター効果やフォノンの散乱効果が増大する。この割合は、次の(2)式で表される界面被覆率で表すことができる。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
【0059】
ここで、「母相の界面長さ」とは、母相の断面を観察した場合において、母相の表面又は母相の界面を滑らかに結んだ曲線の全長をいう。界面長さは、画像解析装置等を用いて測定することができる。
高い熱電特性を得るためには、界面被覆率は50%以上である必要がある。界面被覆率は、さらに好ましくは70%以上である。
【0060】
[1.2.4. 金属酸化物の含有量]
複合熱電材料全体に含まれる金属酸化物の含有量及びその最適値は、酸化物層の厚さ、アスペクト比、及び、界面被覆率に応じて異なる。
一般に、酸化物層が薄くかつ均一であるほど、少量の金属酸化物で、高いフィルター効果及び/又は高いフォノンの散乱効果が得られる。しかしながら、金属酸化物が少なくなりすぎると、十分な効果が得られない。
一方、金属酸化物の含有量が過剰になると、複合熱電材料の電気比抵抗が増大し、かえって熱電特性が低下する。
最適な金属酸化物の含有量は、酸化物層の組成、形状等により異なるが、通常は、0.1〜5vol%程度である。
【0061】
[1.3. 複合熱電材料の形状]
本発明に係る複合熱電材料は、粉末又は焼結体のいずれであっても良い。粉末状の複合熱電材料は、例えば、他の材料(樹脂、ゴムなど)と複合化した状態で使用することができる。
【0062】
[2. PLD装置]
[2.1. 構成]
図2に、本発明に係る複合熱電材料の製造に用いられるパルスレーザーデポジション(PLD)装置の概略構成図を示す。
図2において、PLD装置10は、レーザー装置12と、反射鏡14と、集光レンズ16と、回転式容器18と、転動用モーター20とを備えている。
【0063】
レーザー装置12は、回転式容器18の内部に固定されたターゲット22にレーザー光を照射するためのレーザー光源である。レーザー装置12は、ターゲット22から飛散粒子を発生させることが可能なものであれば良い。レーザー装置12は、具体的には、波長:150nm〜11μm、パルス幅:50fs〜1μs、1パルス当たりのエネルギー:0.01J〜100Jであるパルスレーザー光を照射することが可能なものが好ましい。このようなレーザー装置12としては、例えば、フェムト秒レーザー装置、エキシマレーザー装置、YAGレーザー装置などがある。
【0064】
反射鏡14は、レーザー装置12から照射されるレーザー光を反射させ、ターゲット22に導くためのものである。反射鏡14は、必ずしも必要ではないが、反射鏡14を用いると、レーザー装置12と回転式容器18の配置を自由に選択することができる。
集光レンズ16は、レーザー装置12から照射されるレーザー光を集光するためのものである。集光レンズ16は、レーザー光の光路の途中に配置される。集光レンズ16は、レーザー光の照射強度を109W/cm2以上にすることが可能なものが好ましい。
【0065】
回転式容器18は、その内部に被処理物(母相粉末)24を収容するためのものである。回転式容器18は、回転可能であり、かつ、回転軸方向にレーザー光を導入するための入射窓26が設けられている。入射窓26には、レーザー光を透過可能な材料(例えば、石英)が用いられる。回転式容器18の底面には、ターゲット22が固定される。
転動用モーター20は、回転式容器18を回転させ、回転式容器18内に挿入された母相粉末24を転動させるためのものである。転動用モーター20は、1分間に回転式容器18を0.1〜10回転させることが可能なものが好ましい。転動用モーター20としては、例えば、ステッピングモーターなどがある。
【0066】
図3に、回転式容器の一例(部分断面図)を示す。図3に示す例おいて、回転式容器18aは、下蓋32と、上蓋34と、外容器36と、内容器38とを備えている。
下蓋32及び上蓋34は、外容器36の両端に密着させ、外容器36内を密閉するためのものである。下蓋32及び上蓋34と外容器36との間には、ゴムパッキン40、40が挿入されている。
下蓋32の内面には、ターゲット22aが固定されている。
上蓋34のほぼ中央には、レーザー光をターゲット22aに導くための入射窓26aが設けられている。さらに、上蓋34には、外容器36内の雰囲気を制御するためのバルブ42が設けられている。バルブ42の先端には、外容器36内を真空排気するための真空ポンプ(図示せず)、及び外容器36内を不活性ガス雰囲気にするための不活性ガス供給源(図示せず)が接続されている。
【0067】
外容器36は、両端が開放しており、入射窓26aから入射されるレーザー光をターゲット22aに照射し、かつ、ターゲット22aから飛散した飛散粒子を外容器36の内部に導入できるようになっている。
外容器36の内部には、被処理物(母相粉末)24を保持するための内容器38が固定されている。内容器38は、両端が開放しており、入射窓26aから入射されるレーザー光をターゲット22aに照射し、かつ、ターゲット22aから飛散した飛散粒子を内容器38の内部に導入できるようになっている。
【0068】
内容器38の両端には、ストッパー38a、38bが設けられている。ストッパー38a、38bは、内容器38の両端を中央部に比べて高くする(又は、内容器38の内径よりも小さい内径を有する穴を内容器38の両端に形成する)ためのものである。内容器38の両端にストッパー38a、38bを設けることにより、レーザー光の照射を妨げることなく、被処理物24の下蓋32側及び上蓋34側への移動を防ぐことができる。
なお、内容器38及びストッパー38a、38bは、必ずしも必要ではないが、容器を二重構造にしたり、あるいはストッパー38a、38bを設けると、容器内への被処理物24の挿入、及び、容器内部の清掃を容易化することができる。
【0069】
回転式容器18aの内部に被処理物24を挿入し、回転式容器18aを回転させながら、レーザー光をターゲット22aに照射すると、被処理物24の周囲に飛散粒子を均一に付着させることができる。
また、回転式容器18aに、被処理物24の転動を促進させるための構造(転動促進手段)が設けられていると、短時間で被処理物24の周囲に飛散粒子を均一に付着させることができる。この場合、転動促進手段は、被処理物24を容器内において飛散させにくいものが好ましい。被処理物24が容器内で飛散すると、レーザー光が浮遊している被処理物24で遮られ、ターゲット22aにレーザー光を照射するのが困難となる。
【0070】
このような被処理物24の転動を促進させる方法としては、
(1)容器(内容器38)の内面に、突起を設ける方法、
(2)容器(内容器38)の内面構造を角柱状とする方法、
(3)容器(内容器38)の内壁を荒くして、摩擦係数を大きくする方法、
(4)容器(内容器38)回転時に容器に衝撃を与える方法、
などがある。
これらの中でも、容器の内面に突起を設ける方法は、容器内部で被処理物24を飛散させることなく、被処理物24を効率よく転動させることができるので、転動促進手段として特に好適である。
【0071】
突起の形状、個数、配置等は、特に限定されるものではなく、被処理物24を効率よく転動させることができるものであればよい。
突起としては、例えば、
(1)回転式容器18aの内面に規則的又は不規則に設けられた柱状、半球状、錐状又は錐台状の突起、
(2)回転式容器18aの回転軸に沿ってほぼ平行に設けられた細長い突起、
(3)回転式容器18aの回転軸に対して螺旋状に設けられた細長い突起、
などがある。
また、突起に代えて、回転式容器18aの内面に、回転式の羽根を付けても良い。
なお、本発明において「突起」というときは、特にことわらない限り、凸形状の突起(正の突起)と凹形状の窪み(負の突起、例えば、円柱状あるいはスパイク状の窪み)の双方を意味する。
【0072】
突起の断面形状は、被処理物24の転動効率に影響を与える。被処理物24を飛散させることなく、被処理物を効率よく転動させるためには、回転軸に対して平行な方向から見たときの突起(正の突起)の断面(回転軸に対して垂直な断面)の形状は、立ち上がり角が60°以下である形状が好ましい。
一方、立ち上がり角度が小さくなりすぎると、十分な転動効果が得られない。従って、正の突起の立ち上がり角は、20°以上が好ましい。
負の突起の場合も同様の理由から、立ち上がり角は、−60°〜−20°が好ましい。すなわち、立ち上がり角の絶対値は、20〜60°が好ましい。
「立ち上がり角」とは、容器の回転軸方向から見て、容器内壁面と突起の側面との接点を通る容器内壁面の接線と、前記接点を通る突起の側面の接線とのなす角(例えば、突起の断面形状が台形であるときは、底角)をいう。また、容器内壁面の接線から容器の中心に向かって測定する立ち上がり角を「+」と定義する。
【0073】
[2.2. PLD装置の使用方法]
まず、図2に示すPLD装置10の回転式容器18に被処理物24を入れる。次いで、必要に応じて回転式容器18の内部の真空排気及び不活性ガスの導入を行う。MNiSn系ハーフホイスラー化合物は、酸化しやすいので、レーザーアブレーションは、不活性ガス雰囲気中で行うのが好ましい。
次に、転動用モーター20を用いて回転式容器18を回転させながら、レーザー装置12を用いてレーザー光を放出させ、レーザー光を回転式容器18の底面に固定されたターゲット22に照射する。
レーザー光がターゲット22に照射されると、ターゲット22を構成する物質が飛散し、飛散粒子が被処理物24の表面に均一に付着する。
【0074】
図4に、回転軸方向から見た回転式容器18の断面図を示す。図4(a)に示すように、回転式容器18の内面が円筒状であり、かつ、内面に突起が無い場合において、回転速度が遅いときには、被処理物24は、回転式容器18の下部において左右に揺れるだけで、転動しにくい。そのため、この状態でレーザーアブレーションを行うと、被処理物24の表層部分にのみ飛散粒子が付着し、被処理物24の周囲に均一に飛散粒子を付着させることができない。
一方、回転式容器18の回転速度を上げると、被処理物24の転動を促進することができる。しかしながら、回転速度を上げすぎると、被処理物24が飛散し、回転式容器18の内部で浮遊する。そのため、レーザー光が遮られ、ターゲットのレーザーアブレーションを十分に行うことができない。
【0075】
これに対し、図4(b)に示すように、回転式容器18の内面に突起44(正の突起)がある場合、回転に伴い、被処理物24は、突起44により所定の高さまで持ち上げられる。回転式容器18の回転角度がある一定の角度に達すると、被処理物24が突起44を乗り越え、下方に落下する。そのため、回転式容器18の内面形状が円筒状である場合、あるいは、回転式容器18の回転速度が遅い場合であっても、被処理物24を十分に転動させることができる。
また、突起44の断面形状(特に、立ち上がり角)、配置、個数等を最適化すると、被処理物24が必要以上に高く持ち上げられることがない。その結果、被処理物24を飛散させることなく、効率よく転動させることができる。また、これによって被処理物24の周囲に飛散粒子を均一に付着させることができる。
【0076】
[3. 複合熱電材料の製造方法]
本発明に係る複合熱電材料の製造方法は、粉末作製工程と、PLD工程と、焼結工程とを備えている。
【0077】
[3.1. 粉末作製工程]
粉末作製工程は、熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相粉末を作製する工程である。
【0078】
[3.1.1. 母相]
母相は、(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
なお、母相の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0079】
[3.1.2. 母相粉末の作製方法]
母相粉末の作製方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。母相粉末の作製方法としては、具体的には、
(1)溶解・鋳造法を用いて、所定の組成を有する母相合金からなるインゴットを作製し、インゴットをボールミル、ビーズミル、ジェットミル等の手段を用いて物理的に粉砕する方法、
(2)所定の組成を有する母相合金となるように成分調整された溶湯を作製し、銅ロール法、アトマイズ法などを用いて溶湯を急冷凝固させる方法、
などがある。
これらの中でも、急冷凝固法は、組成の均一な母相粉末が得られるので、粉末作製方法として特に好適である。
粉砕や急冷凝固は、母相のサイズが20μm以下となるように行うのが好ましい。
【0080】
[3.2. PLD工程]
PLD工程は、母相粉末を転動させながら、母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物を生成可能な物質からなるターゲットの表面にレーザー光を照射することにより、母相粉末の周囲を金属酸化物からなる酸化物層で連続的かつ層状に被覆する工程である。
【0081】
[3.2.1. 酸化物層]
酸化物層の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
[3.2.2. ターゲット]
ターゲットには、母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物を生成可能な物質を用いる。例えば、酸化物層が1種類の金属元素を含む金属酸化物である場合、目的とする金属酸化物からなるターゲットを用いればよい。また、酸化物層が2種以上の金属酸化物の混合物又は固溶体である場合、組成の異なる2種以上のターゲットを用いて、交互にレーザーアブレーションを行っても良い。
【0082】
[3.2.3. 界面被覆率]
PLD工程は、(2)式で表される界面被覆率が50%以上となるように、母相粉末の転動及びレーザー光の照射を行う。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
界面被覆率の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0083】
[3.2.4. 被覆方法及び被覆条件]
酸化物層の被覆方法及び被覆条件は、特に限定されるものではなく、所定の界面被覆率が得られる方法及び条件であれば良い。
被覆方法は、上述したPLD装置を用いた方法が好ましい。特に、PLD工程は、内壁に突起が設けられ、回転可能であり、かつ、回転軸方向にレーザー光を導入するための入射窓が設けられた容器内に母相粉末を挿入し、容器の底面にターゲットを固定し、容器を回転させながら容器の回転軸方向にレーザー光を照射するものが好ましい。この場合、突起の立ち上がり角度の絶対値は、20°以上60°以下が好ましい。
PLD装置の詳細及びこれを用いた被覆方法の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
一般に、被覆処理を長時間行うほど、及び/又は、母相粉末の転動を十分に行うほど、母相の周囲を連続的かつ層状に被覆するのが容易化する。一方、必要以上に被覆処理を行うと、酸化物層の厚さが厚くなり、十分な効果が得られない。
【0084】
[3.3. 焼結工程]
焼結工程は、PLD工程で得られた粉末を成形し、焼結させる工程である。PLD工程で得られた粉末は、必要に応じて適度に粉砕した後、そのまま各種の用途に用いることができる。従って、焼結工程は、必ずしも必要な工程ではないが、バルクの状態で使用するときには、通常、焼結を行う。
【0085】
粉末状の複合熱電材料を焼結させる場合、その焼結方法には、種々の方法を用いることができる。焼結方法としては、具体的には、常圧焼結法、ホットプレス、HIP、放電プラズマ焼結(SPS)法などがある。これらの中でも、SPS法は、短時間で緻密な焼結体が得られるので、焼結方法として特に好適である。
焼結条件(例えば、焼結温度、焼結時間、焼結時の加圧力、焼結時の雰囲気等)は、母相の組成、使用する焼結方法等に応じて、最適なものを選択する。
例えば、SPS法を用いる場合、焼結温度は、MNiSn系ハーフホイスラー化合物の融点以下が好ましく、加圧力は、20MPa以上が好ましい。また、加圧力を20MPa以上とすると、緻密な焼結体を得ることができる。焼結時間は、緻密な焼結体が得られるように、焼結温度に応じて最適な時間を選択する。
【0086】
[3.4. その他の工程]
粉末を焼結した後、焼結体を所定の温度に保持するアニール処理を行っても良い。焼結体に対してアニール処理を施すと、成分元素の偏析、析出した異相等を除去することができる。
アニール処理の温度は、700℃以上MNiSn系ハーフホイスラー化合物の融点以下が好ましい。アニール処理温度が700℃未満であると、十分な効果が得られない。
アニール処理時間は、アニール処理温度に応じて、最適な時間を選択する。一般に、アニール処理温度が高くなるほど、短時間で偏析等を除去することができる。通常は、数時間〜数十時間である。
【0087】
[4. 複合熱電材料及びその製造方法の作用]
MNiSn系ハーフホイスラー化合物からなる母相粉末を回転可能な容器に入れ、レーザーアブレーションにより母相粉末の表面を酸化物層で被覆する場合において、母相粉末の転動を十分に行うと、母相粉末の表面が薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料からなる粉末が得られる。特に、内壁面に突起が設けられた容器を用いて母相粉末の転動を行うと、母相粉末を飛散させることなく、効率よく転動させることができる。
また、雰囲気制御された容器内で母相粉末の転動及びレーザーアブレーションを行うと、母相粉末を酸化させることなく、母相粉末の周囲をナノサイズの酸化物層で均一に被覆することができる。
さらに、このような粉末を成形・焼結すると、母相の周囲が薄くかつ均一な酸化物層で被覆された複合熱電材料からなる焼結体が得られる。
【0088】
得られた複合熱電材料は、酸化物層のバンドギャップが母相より大きいため、両者の界面には、エネルギー障壁が生じる。この障壁は、低エネルギーキャリアや小数キャリアの伝導を阻害する(フィルター効果)。その結果、電気伝導度σを大きく低下させることなく、複合熱電材料のゼーベック係数Sが増大する。
また、母相と酸化物層との界面では、格子のミスマッチによりフォノン伝導が阻害される。その結果、複合熱電材料の熱伝導度κが減少する。
【実施例】
【0089】
(実施例1〜2、比較例1〜5)
[1. 試料の作製]
[1.1. 母相粉末の作製]
全体の組成がZrNiSn(実施例1、比較例1〜4)、あるいは、(Zr0.990.01)Ni(Sn0.99Sb0.01)(実施例2、比較例5)となるように、Y、Ni、Sb、Zr、及びSnを秤量した。この原料を窒化ホウ素製るつぼに入れ、高周波溶解させ、インゴットを得た。
組成均一性向上のために、このインゴットを再溶解し、3000rpmで回転する銅ロール上に噴射し、溶湯を急冷凝固させた。急冷凝固物を乳鉢又はボールミルで粉砕し、20μmメッシュのふるいを通して母相粉末を得た。
【0090】
[1.2. PLD法による複合粉末の作製(実施例1〜2、比較例4)]
図2に示すPLD装置10を用いて、複合熱電材料からなる粉末を作製した。回転式容器18には、図3に示す二重構造の回転式容器18aを用いた。また、内容器38は、内面に突起44を設けたもの(実施例1〜2)と、突起44を設けないもの(比較例4)の2種類を用意した。
内容器38に母相粉末を入れた後、下蓋32と上蓋34により外容器36の両端を密封した。下蓋32のほぼ中央には、酸化物層を構成する酸化物からなるターゲット22aを固定した。ターゲット22aには、ZrO2(実施例1、比較例4)又はY23(実施例2))を用いた。
母相粉末の酸化防止のため、ポンプ装置をバルブ42に取り付け、10-3Paまで減圧した。その後、回転式容器18a内にArガスを導入した。
【0091】
回転式容器18aを10〜50rpmで回転させながら、入射窓26aからターゲット22aに向けてレーザー光を照射し、ターゲット物質のアブレートを行った。レーザー光には、3倍高調波のNd:YAGレーザー(波長355nm、400mJ)を用いた。処理時間は、1〜3時間とした。
【0092】
[1.3. 溶液法による複合粉末の作製(比較例2〜3)]
急冷凝固及び粉砕後の粉末に対して、ZrO2のナノ粒子(10〜100nm)を1〜10vol%加え、エタノールを溶媒としてこれらを湿式混合した。混合後、減圧条件下で試料を室温から400℃の温度で保持することによって溶媒を除去し、ナノ粒子が被覆されたハーフホイスラー粉末を得た(比較例2〜3)。
【0093】
[1.4. 焼結体の作製]
高周波溶解及び急冷凝固後の粉末(高周波溶解法:比較例1、5)、PLD法による複合粉末(実施例1〜2、比較例4)、並びに、溶液法による複合粉末(比較例2〜3)を用いて焼結体を作製した。焼結には、放電プラズマ装置を用いた。焼結条件は、1100℃、50MPaとした。
【0094】
[2. 試験方法]
[2.1. 組織観察]
電子顕微鏡を用いて、組織観察及びEDXによる組成分析を行った。
[2.2. 熱電特性]
焼結体から試料を切り出し、ゼーベック係数S、電気伝導度σ及び熱伝導度κを測定した。また、測定されたゼーベック係数S、電気伝導度σ及び熱伝導度κを用いて、無次元性能指数ZTを算出した。
【0095】
[3. 結果]
[3.1. 組織]
図5(a)に、実施例1(PLD法、突起有り)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真を示す。図5(b)に、比較例4(PLD法、突起無し)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真を示す。
EDXによる組成分析の結果、図中の黒い部分が酸化物であることを確認した。また、実施例1で得られた焼結体には、母相の粒界部分が酸化物層で被覆された構造が確認された。実施例1の場合、界面被覆率は、56%であった。また、図示はしないが、実施例2の界面被覆率は、52%であった。
一方、突起無しの容器を用いてPLDを行った比較例4の場合、母相の周囲を酸化物層が被覆している構造は観察されず、酸化物は、数μmの粗大凝集体として存在していた。比較例4の場合、界面被覆率は、0%であった。
【0096】
突起無しの容器では、容器が回転するときに粉末が滑りやすい。そのため、条件が適切でない場合には、アブレーション粒子にさらされる粉末の面が変わりにくくなり、特定の面にターゲット物質が厚く堆積しやすいためと考えられる。
一方、突起を備えた容器では、回転により粉末が突起を乗り越えるときに、被覆されていない新たな面がアブレーション粒子の方に露出しやすい。そのため、より均一なコーティングが可能であったと考えられる。
【0097】
図6(a)に、比較例2(溶液法)で得られたZrNiSn/1vol%ZrO2焼結体のSEM写真を示す。図6(b)に、比較例3(溶液法)で得られたZrNiSn/5vol%ZrO2焼結体のSEM写真を示す。
溶液法で作製した比較例2の場合、粒界部分に酸化物が偏析した構造が確認できる。しかしながら、酸化物は粒子として付着しており、連続的な薄膜状ではなかった。比較例2の場合、界面被覆率は0%であった。
酸化物量を5vol%に増やした比較例3の場合も同様であり、ナノ粒子が凝集した状態で粒界に偏析しており、均一な酸化物膜は得られなかった。比較例3の場合、界面被覆率は0%であった。
【0098】
[3.2. 熱電特性]
図7に、実施例1〜2、比較例1、2、5で得られた焼結体のゼーベック係数Sを示す。また、表2に、各試料の熱伝導度κ及び無次元性能指数ZTを示す。
熱伝導度κは、複合化に伴って低下する傾向が見られた(比較例1→実施例1、比較例1→比較例2、比較例5→実施例2)。
【0099】
しかしながら、ゼーベック係数Sは、作製法による違いが生じた。その結果、同じ組成でも無次元性能指数に変化が生じた。
まず、複合化していない比較例1と比べて、溶液法で複合化した比較例2は、酸化物と母相合金との反応によりゼーベック係数Sが大きく低下した。
一方、PLD法で複合化した実施例1でもゼーベック係数Sの低下が見られたが、比較例2と比べると低下率は抑制されていた。さらに、母相合金組成が(Zr0.990.01)Ni(Sn0.99Sb0.01)の場合、PLD法で複合化した実施例2は、複合化していない比較例5に比べてゼーベック係数Sは低下しなかった。
【0100】
一般に、ゼーベック係数Sは、キャリア濃度に依存して変化する。この場合、ゼーベック係数Sの低下は、母相と酸化物の反応に伴うキャリア濃度の増加に由来する。実施例1、2でゼーベック係数Sの低下率が抑制されたのは、キャリア濃度の増加に伴う効果にフィルター効果が加わったためと推測される。
通常、熱電材料を実用化する場合、キャリア濃度の最適化を行う。表2には、キャリア濃度を最適化した場合の無次元性能指数ZTも併せて示した。キャリア濃度の最適値は、電気伝導度とゼーベック係数の実測値から、Jonker-plotにより求めた。表2より、キャリア濃度最適化前後の無次元性能指数ZTの差(ΔZT)は、溶液法を用いた場合に比べてPLD法を用いた場合の方が大きいことがわかる。
【0101】
【表2】

【0102】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係る複合熱電材料及びその製造方法は、太陽熱発電器、海水温度差熱電発電器、化石燃料熱電発電器、工場排熱や自動車排熱の回生発電器等の各種の熱電発電器、光検出素子、レーザーダイオード、電界効果トランジスタ、光電子増倍管、分光光度計のセル、クロマトグラフィーのカラム等の精密温度制御装置、恒温装置、冷暖房装置、冷蔵庫、時計用電源等に用いられる熱電素子を構成する複合熱電材料及びその製造方法として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた複合熱電材料。
(a)前記複合熱電材料は、
熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相と、
前記母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物からなり、前記母相の周囲を連続的かつ層状に被覆する酸化物層と、
を備えている。
(b)前記母相は、(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
(c)前記複合熱電材料は、(2)式で表される界面被覆率が50%以上である。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
【請求項2】
前記酸化物層は、Al23、アルカリ土類酸化物、希土類酸化物、ZrO2、TiO2、HfO2、及び、ZnOから選ばれるいずれか1種以上を含む請求項1に記載の複合熱電材料。
【請求項3】
前記母相のサイズは、20μm以下である請求項1又は2に記載の複合熱電材料。
【請求項4】
前記複合熱電材料は、粉末又は焼結体である請求項1から3までのいずれかに記載の複合熱電材料。
【請求項5】
以下の構成を備えた複合熱電材料の製造方法。
(a)前記複合熱電材料の製造方法は、
熱電材料からなり、1個の結晶粒又は複数個の結晶粒の集合体からなる母相粉末を作製する粉末作製工程と、
前記母相粉末を転動させながら、前記母相以上のバンドギャップを有する金属酸化物を生成可能な物質からなるターゲットの表面にレーザー光を照射することにより、前記母相粉末の周囲を前記金属酸化物からなる酸化物層で連続的かつ層状に被覆するPLD工程と
を備えている。
(b)前記母相は、(1)式で表される組成を有するハーフホイスラー化合物を含む。
(M1-aa)1+x(Ni1-bb)1+y(Sn1-cc) ・・・(1)
但し、
0≦a<0.1、0≦b<0.1、0≦c<0.1。
−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.2。
Mは、Ti、Zr及びHfから選ばれる1種以上の元素。
Aは、IIIa族元素、IVa族元素(Ti、Zr、及びHfを除く)、Va族元素及び希土類元素から選ばれる1種以上の元素、
Bは、VIIIa族元素(Niを除く)及びIb族元素から選ばれる1種以上の元素、
Cは、IIIb族元素、IVb族元素(Snを除く)及びVb族元素から選ばれる1種以上の元素。
(c)前記PLD工程は、(2)式で表される界面被覆率が50%以上となるように、前記母相粉末の転動及び前記レーザー光の照射を行うものである。
界面被覆率=Σ(Li×100/L0i)/n ・・・(2)
但し、
0iは、i番目(1≦i≦n)の前記母相の界面長さ。
iは、i番目の前記母相の周囲を被覆する前記酸化物層であって、アスペクト比が10以上、かつ、厚さが1nm以上500nm以下である部分の長さの総和。
nは、前記母相の数(n≧5)。
【請求項6】
前記PLD工程は、内壁に突起が設けられ、回転可能であり、かつ、回転軸方向に前記レーザー光を導入するための入射窓が設けられた容器内に前記母相粉末を挿入し、前記容器の底面に前記ターゲットを固定し、前記容器を回転させながら前記容器の回転軸方向に前記レーザー光を照射するものである請求項5に記載の複合熱電材料の製造方法。
【請求項7】
前記突起の立ち上がり角度の絶対値は、20°以上60°以下である請求項6に記載の複合熱電材料の製造方法。
【請求項8】
前記PLD工程で得られた粉末を成形し、焼結させる焼結工程をさらに備えた請求項5から7までのいずれかに記載の複合熱電材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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