説明

複数の遺伝子発現を行うための発現ベクター

【課題】複数の標的遺伝子を発現させる1のベクター、および1のベクターで複数の標的遺伝子を発現させる方法を提供すること。
【解決手段】1のベクター上に、プロモーター領域、標的遺伝子領域及びポリA付加領域を有する発現単位を2以上含む発現ベクターであって、該発現単位の少なくとも2以上が同一方向に転写されるように同一鎖上に配置された発現ベクター、該発現ベクターを導入した細胞、及び該発現ベクター導入細胞の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の標的遺伝子を一つのベクターで発現させるための発現ベクター、当該発現ベクターが導入された細胞、当該発現ベクターによって複数の標的遺伝子を発現させる方法、及び当該発現ベクターの導入により複数の遺伝子発現に基づく細胞の形質転換を誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の分化転換においては、多数のネットワーク構成遺伝子が相互に機能し働いていると考えられ、該ネットワーク構成遺伝子をセットで導入する方法が求められてきた。例えばiPS細胞の作製においては、複数の特定転写因子(例えばOCT3/4,SOX2,C−MYC,KLF4等)をセットで機能させることが必要であることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
複数の遺伝子を発現させることが求められる例においては、複数の標的遺伝子を各々個別の発現ベクターに組込み、これら発現ベクターを細胞群に共導入させ発現させる方法、又は、一つの発現ベクターに複数の標的遺伝子を組込み、該発現ベクターを細胞群に導入させ発現させる方法が用いられてきた。例えば八幡らは1分子ベクター上に複数の転写単位を乗せた方法を使用しており(非特許文献2)、また上記iPS細胞の樹立においては、一般に因子毎にレトロウイルスベクターを作成し共導入して発現させている(非特許文献1)。
【0004】
しかし、多種類の発現単位を別々の発現ベクターに組込み細胞群へ共導入する方法においては、処理細胞すべてに全種類の遺伝子が導入されるとは限らず、共導入後、所望の遺伝子が全て導入された細胞を選択する必要があった。このため、選択により遺伝子導入細胞が少数になること、及び、各因子の発現量のばらつきが大きく、効果の解析が困難である等の問題があった。
【0005】
また、一つの発現ベクターに複数の標的遺伝子を組込んだ後、細胞群に導入させ発現させる方法においては、同一ベクターの同一方向に2以上の発現単位を搭載すると転写干渉と呼ばれる現象が起き、下流側の発現効率が極端に落ちるという問題があった(非特許文献3)。転写干渉は、1の転写工程が、直接、隣接した第2の転写工程を抑制する作用のことをいい、その現象がおこるメカニズムには、プロモーター競合、シィッテングダック干渉、閉鎖、衝突、妨害の5種類があると報告されている(非特許文献3)。
【0006】
これを解決する1つの手段として、発現単位を一つのベクターの同一鎖上に逆方向に連結させることによって転写干渉を回避する方法が知られている。しかし、この方法は、3以上の発現単位を発現させたい場合に転写干渉を回避することが困難であるという問題があった。
【0007】
また、上述の八幡らの場合、chicken HSインスレーターを挿入することにより転写干渉を緩和させているが、多数の転写単位を連結するに当たっては、ベクターの構築において同一プロモーター及びインスレーターから成る数百ベース以上の繰り返し配列を構築することになり、大腸菌内で組み換え/欠失を起こす頻度が高くなる(すなわちベクター構築が困難であること)という問題があった。
【0008】
【非特許文献1】Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S.,Cell(2007)131,861−872
【非特許文献2】Kazuhide Yahata et al.,J.Mol.Biol.(2007)374,580−590
【非特許文献3】Shearwin et al.,TRENDS in Genetics 339−345 Vol.21 No.6 June 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、複数の標的遺伝子を1つのベクターで発現させることができる発現ベクター、及び、当該発現ベクターが導入された細胞を提供することである。特には、当該ベクターであって、構築が容易なベクターを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは以上の点に鑑み検討を行った結果、1分子のポリメラーゼによる転写系の制御を利用することにより、1つのベクターの同方向に複数の発現単位を連結した場合であっても、複数の遺伝子を発現させることが可能であることを見出した。また、当該ベクターが、発現単位を連結後、ベクターに導入することで容易に構築できることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
1.プロモーター領域、標的遺伝子領域及びポリA付加領域を有する発現単位を2以上含む発現ベクターであって、該発現単位の少なくとも2以上が同一方向に転写されるように同一鎖上に配置された発現ベクター。
2.プロモーター領域が、1分子のポリメラーゼによって制御を受ける配列である前記1に記載の発現ベクター。
3.プロモーター領域が、T7のRNAポリメラーゼ、T3のRNAポリメラーゼ及びSP6のRNAポリメラーゼから選択される1のポリメラーゼによって制御を受ける配列である前記1に記載の発現ベクター。
4.発現単位を3以上含む前記1から3のいずれか1に記載の発現ベクター。
5.前記1から4のいずれか1に記載の発現ベクターであって、複数の標的遺伝子の発現が可能である発現ベクター。
6.転写干渉を抑制することにより複数の標的遺伝子の発現が可能である前記1から5のいずれか1に記載の発現ベクター。
7.前記1から6のいずれか1に記載の発現ベクターが導入されたことを特徴とする細胞。
8.細胞が、真核細胞である前記7に記載の細胞。
9.細胞が多分化能を有することを特徴とする前記8に記載の細胞。
10.前記1から6のいずれか1に記載の発現ベクターを細胞に導入する工程を含む形質転換細胞の製造方法。
11.前記1から6のいずれか1に記載の発現ベクターを細胞に導入する工程を含む多分化能を有する細胞の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のベクターは、同一ベクターの同一鎖上に、同方向に転写ユニットを連結しても、転写干渉を抑制することができ、複数の標的遺伝子を発現させることができる。特には、本発明は、1分子のポリメラーゼによる単純な転写系の制御を利用することにより、同一ベクターの同一鎖上に、同方向に転写ユニットを連結しても、転写干渉を抑制することができ、複数の標的遺伝子を発現させることができる。また、本発明の転写干渉が抑制された発現ベクターは、容易に構築することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の一形態について説明するが、本発明はこれに限られるものではない。また、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0014】
本明細書においてプロモーター領域とは、RNAポリメラーゼが結合することによって標的遺伝子を発現することが可能な転写開始に関与するDNA上の特定領域の塩基配列のことであり、このような機能を有する塩基配列であれば特に限定されるものでなく、公知のプロモーター領域を用いることができる。本明細書で使用するプロモーター領域として、好ましくは、1分子からなるポリメラーゼにより制御を受けるプロモーター領域であり、より好ましくは、T7RNAポリメラーゼ、T3RNAポリメラーゼ、及び、SP6RNAポリメラーゼによって制御を受けることが知られている、T7ファージDNAのプロモーター領域、T3ファージDNAのプロモーター領域、及び、SP6ファージDNAのプロモーター領域である。
【0015】
本明細書中においてT7ファージDNAのプロモーター領域は、T7RNAポリメラーゼが結合し転写できる配列であれば特に限定されないが、例えば、TAATACGACTCACTATAGGG(配列番号1)からなるDNA塩基配列を備える領域、又は、当該配列に1若しくは数個(好ましくは1個)の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたDNA塩基配列であって、T7RNAポリメラーゼにより制御を受けることが可能な塩基配列を包含する。例えば、T7ファージDNAのプロモーター領域は、5’末端が1〜数個欠失している配列を備える領域であってもよい。
また、バクテリオファージT3由来のプロモーター領域とは、T3RNAポリメラーゼが結合し転写できる配列であれば特に限定されないが、例えば、ATTAACCCTCACTAAAGGGA(配列番号2)からなるDNA塩基配列を備える領域、又は、当該配列に1若しくは数個(好ましくは1個)の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたDNA塩基配列であって、T3RNAポリメラーゼに制御を受けることが可能な塩基配列を備える領域を包含する。
更に、バクテリオファージSP6由来のプロモーター領域は、SP6RNAポリメラーゼが結合し転写できる配列であれば特に限定されないが、例えば、ATTTAGGTGACACTATAG(配列番号3)からなるDNA塩基配列を備える領域、又は当該配列に1若しくは数個(好ましくは1個)の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加されたDNA塩基配列であって、SP6RNAポリメラーゼに制御を受けることが可能な塩基配列を包含する。例えば、バクテリオファージSP6由来のプロモーター領域は、5’末端が1〜数個欠失している配列を備える領域であってもよい。
【0016】
本発明に係るベクターに組込む標的遺伝子は、所望の遺伝子を選択することができ、本方法において発現可能な遺伝子であれば特に限定されない。例えば、本発明に係るベクターに組込む標的遺伝子の大きさは、10〜10,000bpとすることができる。
【0017】
該標的遺伝子は、当業者に公知の技術を組み合わせて作製することができる。例えば、標的遺伝子を構成する構成要素の各遺伝子配列を化学的合成法、又はクローニング法によって個々に調整し、これら構成要素をリガーゼを用いて順次連結し、又は、PCR増幅法を組み合わせることにより目的の遺伝子を作製することができる。
【0018】
本発明に係るポリAとは、mRNAの3’末端に付加した2〜200塩基のアデニン(A)ヌクレオチドのことをいう。本願におけるポリAは、好ましくは10から100塩基のアデニン(A)ヌクレオチドをいい、より好ましくは15から60塩基のアデニン(A)ヌクレオチドをいう。
【0019】
本明細書において発現単位は、プロモーター領域、標的遺伝子領域、及び、ポリA付加領域を含む。また本発明における発現単位は、その他の配列、例えば、Kozak配列、UTR領域、STNV領域、TEV領域、obelin領域、T7ターミネーター領域、その他エンハンサー領域、又は、分離精製用タグ等を含むものであってもよい。
【0020】
発現単位は、上述の方法により作製された標的遺伝子にプロモーター領域及びポリA領域を付加することにより作製することもできるし、核酸の化学合成法(DCC法、りん酸トリエステル法、ホスファイト法、アミダイト法等)、又は、発現単位を構成する構成要素の各遺伝子配列を化学的合成法、又はクローニング法によって個々に調整し、これら構成要素をリガーゼを用いて順次連結し若しくはPCR増幅法を組み合わせることにより作製することもできる。
【0021】
本発明は、前記プロモーター配列、前記標的遺伝子配列、及び、前記ポリAを含む発現単位を複数有するベクターを提供するものである。本発明のベクターに含まれる発現単位の数は、2以上であれば特に限定されないが、例えば、2〜100,000個、2〜50,000個、2〜10,000個、2〜1,000個、2〜200個、2〜100個、2〜50個、又は、3〜100,000個、3〜50,000個、3〜10,000個、3〜1,000個、3〜200個、3〜100個、3〜50個とすることができる。例えば、ベクターとしてBACを使用した場合、本発明のベクターに含まれる発現単位の数は、2〜1,000個、3〜200個、2〜100個とすることができる。また、例えば、ベクターとして染色体を使用した場合、本発明のベクターに含まれる発現単位の数は、3〜10,000個、3〜1,000個、3〜100個とすることができる。
【0022】
本発明の発現単位を組み込むベクターは、当該技術において公知のものを用いることができ、例えば、本発明の上記発現単位を組み込むことができる適当な挿入部位すなわち制限酵素部位を有していること、該標的遺伝子を宿主細胞内で発現可能であること、及び/又は、該宿主細胞内で自律的に複製可能であること等の性質を有しているベクターを使用することができる。本発明のベクターは、複製開始点、ターミネーター配列、リボソーム結合配列等を適宜含むことができ、加えて、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性を相補する遺伝子等の選択マーカーを含んでもよい。本発明のベクターとしては、例えば、プラスミド、コスミド、ファージ、ウイルス、BAC、及び、染色体を挙げることができるが、これに限定されるものではない。より具体的には、本発明のベクターとしては、例えば、pUC118、pUC18、pBR322、pBluescript、pGW7等のプラスミドを使用することができる。
【0023】
本発明の発現ベクターは、細胞に所望の生理的な変化を起こすのに十分な量の標的遺伝子産物を発現するベクターであれば特に限定されない。例えば、本発明のベクターは、蛍光を確認することが可能な量の蛍光蛋白質を発現するベクター、又は、細胞に薬剤耐性能を与える量の薬剤耐性遺伝子産物を発現するベクターであってもよい。
【0024】
本発明の発現ベクターは、公知の技術方法を用いて作製することができる。例えば、所望の標的遺伝子を有し適宜制限酵素切断部位を両端に配した発現単位をそれぞれ個々に作製した後、当該発現単位を結合して発現単位の結合物を作製し、その後、当該発現単位結合物の両端に配置した制限酵素切断部位で切断した断片を、適切な制限酵素により切断したベクターにリガーゼを用いて結合することにより、ベクターに導入することができる。また、発現単位の連結部と異なる制限酵素切断部位を発現単位結合物の両端に使用することにより、発現単位の結合物の作製と同時にベクターへの導入を行うこともできる。
【0025】
発現単位の結合物の作成は、当業者周知の方法を適宜組み合わせて行うことができるが、例えば、適宜制限酵素切断部位を両端に有する発現単位を順に一つずつT4リガーゼで結合させていく(発現単位A及び発現単位Bを結合した後、結合物ABに発現単位Cを結合させる、以下、これの繰り返しにより発現単位を結合させていく)方法、発現単位の各連結部分に異なる制限酵素を使用することにより一度のライゲーションで連結させる方法、又は、各発現単位を一度に連結させた後、目的の順番で連結している結合物だけを選択して回収する方法等により行うことができる。
【0026】
また、本発明の発現ベクターは、例えば、所望の標的遺伝子を有し適宜制限酵素切断部位を両端に配した発現単位をそれぞれ個々に作製した後、発現単位を組み込むベクターに、1個ずつ発現単位を組み込んでいくことにより作製することができる。各発現単位の両端に配置する制限酵素切断部位は、同一であってもよいし異なってもよいが、単離精製プロセスを経ないで作製する場合には異なる制限酵素切断部位を使用することが好ましい。
【0027】
更に、本発明の発現ベクターは、例えば、既に所望の数のプロモーター領域とポリA領域及び該プロモーター領域とポリA領域の間に制限酵素切断部位を配置した発現ベクターに、所望の標的遺伝子を組み込むことにより作製することもできる。当該発現ベクター上の制限酵素切断部位は、同一であってもよいし異なってもよいが、異なる制限酵素切断部位を使用することが好ましい。
【0028】
本発明のベクターを導入する細胞は、本発明のベクターにより複数の遺伝子を発現させることができる細胞であれば特に限定されず、真核細胞又は原核細胞のいずれであってもよい。例えば、大腸菌等の細菌細胞、酵母、植物細胞、昆虫細胞、動物細胞を使用することができ、好ましくは、動物細胞である。本発明で使用することができる動物細胞の種類は特に限定されないが、例えば、マウス等のげっ歯類、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ、又は、サル若しくはヒト等の霊長類に由来する細胞を使用することができる。細胞の種類としては、例えば、内皮細胞、上皮細胞、ニューロン等の神経組織由来細胞、中皮細胞、骨細胞、リンパ球、軟骨細胞、造血細胞、免疫細胞、各種臓器細胞、筋肉細胞、外分泌細胞、内分泌細胞、線維芽細胞、樹立されている各種の細胞株、間葉系細胞、又は、幹細胞(ES細胞等)を使用することができる。
【0029】
本発明の発現ベクターの細胞への導入は、当業者に公知の通常の遺伝子導入法により行うことができる。例えば、コンピテントセルの使用、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、ウイルスによる感染等を挙げることができる。
【0030】
本発明の形質転換細胞は、上述の方法により上記ベクターを細胞に導入することにより得ることができる。本発明の形質転換細胞としては、例えば、上記ベクターの導入によって蛍光発生能、薬剤耐性能、多分化能を獲得した細胞等、遺伝的性質が変化した細胞であり、例えば、iPS細胞等の多分化能を有する細胞である。本発明における形質転換細胞は、導入された当該ベクターのうち、当該発現単位がゲノムDNAに組み込まれ、当該ベクターは分解された細胞であってもよい。また、本明細書における形質転換細胞は、本発明のベクターの導入により所望の形質を獲得した細胞であれば特に限定されず、従って、本発明のベクターを保持した状態であってもよいし、本発明が導入されたことにより、所望の形質を獲得した後に、ベクターが脱落したのもであってもよい。
【0031】
本明細書における多分化能を有する細胞は、特定の転写因子(例えば、OCT3/4、SOX2、KLF4、C−MYC、NANOG、LIN28、hTERT、SV40 large T等)をコードするDNAを有する上記ベクターを細胞に導入することにより得ることができる(WO/2007/069666:Cell 131:861−872:Stem Cell Research,Vol.1,Issue2,June 2008:105−115:Scinence 21 December 2007:1917−1920:Nature451,141−146,10 January 2008)。このような多分化能を有する細胞は、一度多分化能を獲得した後は、外来遺伝子由来転写因子の働きがない状態でも多分化能を維持できることが知られている。よって、本明細書における多分化能を有する細胞は、本発明のベクターを保持した状態であってもよいし、本発明のベクターが導入されたことにより、多分化能を獲得した後に、ベクターが脱落したのもであってもよい。
【0032】
本発明において標的遺伝子の発現方法は、上記の方法で発現ベクターを導入した細胞を発現可能な条件下適切な培地にて培養し、標的遺伝子を発現させる方法であれば特に限定されないが、発現を積極的に誘導する薬剤等を添加してもよい。
【0033】
本願で使用する発現の確認は、標的遺伝子の発現が確認される方法であれば、特に限定されないが、例えば、発現タンパク質を単離・精製後、分子量の測定を行うことによって導入された遺伝子の翻訳産物であることを確認することができる。発現タンパク質の単離・精製は、例えば発現タンパク質の性質(親和性、分子量、イオンに対する選択性等)を利用して行うこともでき、また、タグ等を付加した標的遺伝子の発現については、タグに親和性のある素材を利用し単離・精製することができる。更に、標的遺伝子の発現の確認として、標的タンパク質に対する抗体を利用して検出するウエスタンブロッティング法や活性測定(蛍光強度測定、標識された基質の分解能測定、薬剤耐性能等)等を挙げることができる。
【0034】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これら実施例により本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
BZnTR1細胞株の作製
(1)ES細胞の培養
フィーダーフリー株EB5(独立行政法人理化学研究所多能性幹細胞研究チームより入手 Kawasaki et al.,Neuron.28:31−40,2000)及びEB3(独立行政法人理化学研究所多能性幹細胞研究チームより入手 Ogawa et al.,Genes to Cells 9:471−477,2004)を用いて、ゼラチンコート培養皿上にて以下の条件で培養した。

培地(Glasgow minimal essential medium:GMEM)
10% fetal calf serum
1mM sodium pyruvate
10−4M 2−mercaptoethanol
1× nonessential amino acids (Invitrogen)
1000 U/ml LIF

培養条件
ゼラチンコートディッシュ上におよそ6,300cells/cmの密度で播種し、37℃、5%COインキュベーターにて3日培養後に同密度に継代し維持した。
また、nTRの安定発現株の製造方法については、nTRと薬剤選択マーカー遺伝子を含む発現ベクターを宿主細胞に導入し、安定形質転換細胞を選抜して行った。
【0036】
(2)T7RNAポリメラーゼ遺伝子を組み込んだpCAG−nTR−IPの構築
T7RNAポリメラーゼ遺伝子は、大腸菌株BL21からプライマー5’−CCACCATGAACACGATTAACATCGC−3’(配列番号4)と5’−TTTTACGCGAACGCGAAGTCCGA−3’(配列番号5)を用いてハイフィデリティPCR法(Invitrogen社Plutinum Pfx DNA polymeraseを用いて、98℃15秒、50℃30秒、68℃3分を20サイクル)で増幅した(配列番号6)。SV40ラージT抗原由来核移行配列MPKKKRKVA(配列番号7)をコードする5’−ATGCCTAAGAAGAAGCGCAAAGTCGCC−3’(配列番号8)の直下にインフレームでT7RNAポリメラーゼ遺伝子を配置した。こうして作製した核移行シグナル付きT7RNAポリメラーゼ(以下nTRと略す)をpCAG−IP(独立行政法人理化学研究所多能性幹細胞研究チームより入手)に組み込んでpCAG−nTR−IPを構築した。IPはIRES(internal ribosome entry site)−puro(puromycin acetyltransferase)を指す。
構築したプラスミドの概略図を図1に示す。
【0037】
(3)pCAG−nTR−IPをEB3細胞株へ導入
マウスES細胞株EB3に、pCAG−nTR−IPを導入した。この細胞株をBZnTR1とした。
nTRの安定発現株の作製は、pCAG−nTR−IPを50マイクログラム、ScaIにて直鎖上にしたのち、エレクトロポレーション法(800V、3μF)にて1×10個の細胞へ導入し、3.1×104cells/cmの密度で10センチディッシュ5枚に播種、2日後にPuromycin (1.5μg/ml)を添加、薬剤を入れ続けて培養し10日後に出現したコロニーを48ウェルプレートへ継代し、3日後に24ウェルプレートへとさらに継代、このときに増殖の速いクローンすなわち薬剤耐性遺伝子を細胞集団中で均一に発現するクローンを選択した。
【実施例2】
【0038】
発現単位にIRESを含む発現ベクター
(1)pBR−IRESEGFPTtの構築
pBR−IRESEGFPTtは、pBR322プラスミドにT7プロモーター(5’−TAATACGACTCACTATAGGGAGCCACC−3’:配列番号9)+IRES+EGFP+T7ターミネーターをこの順に組み込んだ。具体的には、制限酵素サイトBamHIとT7プロモーター遺伝子配列を含むプライマー5’−AAAGGATCCTAATACGACTCACTATAGGGTTATTTTCCACCATATTG−3’ (配列番号10)と、制限酵素サイトNcoIを含むプライマー5’−TTTCCATGGTTGTGGCCATATTATCATCGT−3’ (配列番号11)を用いてpCAG−IP(独立行政法人理化学研究所多能性幹細胞研究チームより入手)を鋳型にPCR法(98度15秒、50度30秒、68度60秒を15サイクル)にてIRES(internal ribosome entry site)の遺伝子配列(配列番号12)を増幅させた。次に制限酵素サイトNcoIを含むプライマー5’−AAACTCGAGCCACCATGGTGAGCAAGGGC−3’(配列番号13)と、制限酵素サイトHindIIIを含むプライマー5’−TTTAAGCTTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号14)を用いてpEGFP−N1(Clontech社製)を鋳型にPCR法(98度15秒、50度30秒、68度60秒を15サイクル)にてEGFPの遺伝子配列(配列番号15)を増幅させた。同様に、制限酵素サイトHindIIIを含むプライマー5’−AAAAAGCTTTAATGCGGTAGTTTATCA−3’(配列番号16)と、制限酵素サイトSalIを含むプライマー5’−TTTGTCGACCGGCTGCTAACAAAGCCCGA−3’(配列番号17)を用いてpET−11a(Novagen社製)を鋳型にPCR法(98度15秒、50度30秒、68度60秒を15サイクル)にてT7ターミネーターの遺伝子配列(配列番号18)を増幅させた。最後に上記3つの断片と、予め制限酵素BamHIおよびSalIで処理したpBR322をT4DNAリガーゼを用いて結合し組換えを行った。TtはT7ターミネーターを表す。
構築したプラスミドの概略図を図2に示す。
【0039】
(2)細胞への導入
実施例1で作製したBZnTR1細胞株を5×10cells/well(24 well plate)の密度で播種し、実施例1と同様の培養条件で一晩培養した。1μgのpCAG−nTR−IPと1μgのpBR−IRESEGFPTtを、Lipofectamine 2000(Invitrogen社製)を用いたリポフェクション法にて試薬添付のプロトコールに従ってトランスフェクションを行った。
【0040】
(3)EGFP遺伝子の発現確認
本実施例において、T7RNAポリメラーゼの発現は、構成的プロモーターCAGにより常時発現した。すなわち、T7RNAポリメラーゼはT7プロモーターに結合し、EGFP遺伝子を含むmRNAが転写され、mRNAの翻訳量が一定以上に到達すると、EGFPの蛍光として確認できた。
上記細胞を一日培養した後、EGFPの一過性発現を蛍光顕微鏡観察によって観測した。顕微鏡IX71型(オリンパス社製)を用い、蛍光ミラーユニットのGFPはU−MGFPHQ(オリンパス社製)、DsRedはU−MRFPHQ(オリンパス社製)を使用した。
【0041】
(4)結果
図3は、発現ベクターpBR−IRESEGFPTtを細胞BZnTR1へ導入後、EGFP遺伝子発現の結果を示す図である。図中、T7−IRES−EGFPでEGFPの発現を検出できた(図3右下の写真)。図3では、nTRを発現する細胞でのみ蛍光がみられることから、pBR−IRES−EGFPTtに内在するプロモーター活性によるEGFPの発現ではなく、T7系による転写であることがわかる。
このことから、T7RNAポリメラーゼによって発現が制御される転写系はES細胞において機能することが示された。
【実施例3】
【0042】
発現単位にIRES以外の他の構成領域を含む発現ベクター
(1)pPyT7EGFPt系プラスミドの構築
構築した以下のプラスミドの概略図を図4に示す。
(1−1)ポリAにおけるAの数の検討
pBR322プラスミドに、T7プロモーターの下流にEGFP配列、ポリA配列(Aの数が0個、15個及び30個)、及び、クラスIIT7ターミネーター配列(He et al., J Biol Chem 273:8802−18811,1998)を組み込んだベクター、即ち、T7プロモーター−Kozak−EGFP−ポリA配列−T7ターミネーターを有するベクターを構築した。ここでポリAとしては以下の配列を付加した。

A0:5’ −TATCTGTTGTTTGTCG−3’(配列番号19)
A15:5’−AAAAAAAAAAAAAAATATCTGTTGTTTGTCG−3’(配列番号20)
A30:5’−AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAATATCTGTTGTTTGTCG−3’(配列番号21)

また、Kozak配列(5’−AGCCACC−3’(配列番号22))は、T7プロモーター直下に配置した。
ベクター構築において、具体的には制限酵素サイトSalI、T7プロモーター遺伝子配列及びKozak配列を含むプライマー5’−AAAGTCGACTAATACGACTCACTATAGGGAGCCACCATGGTGAGCAAGGGCGAG−3’(配列番号23)、各ポリAの配列とT7ターミネータークラスIIの配列および制限酵素サイトBamHIを含むプライマー5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATTTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号24)、5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATAAAAAAAAAAAAAAATTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号25)、又は、5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAATTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号26)をそれぞれを用いてpEGFP−N1(Clontech社製)を鋳型にPCR法(98度15秒、50度30秒、68度60秒を15サイクル)にてEGFPの遺伝子配列(配列番号15)を増幅させた。この断片と、予め制限酵素SalIおよびBamHIで処理したpBR322をT4DNAリガーゼを用いて結合し組換えを行った。
【0043】
(1−2)5’側翻訳効率向上配列としてIRES(約500bp)を配置した発現ベクター
pPyT7EGFPt系プラスミドについて、T7プロモーターとIRESの後に開始コドンATGから始まるコード領域を配置し、T7プロモーター−IRES−EGFP−ポリA配列−T7ターミネーターからなる発現単位を有するベクターを作製した。具体的なベクターの構築方法は、5’側プライマーとして5’−AAAGTCGACTAATACGACTCACTATAGGGTTATTTTCCACCATATTG−3’(配列番号27)、3’側プライマーとして5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAATTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号28)を用いてpBR−IRESEGFPTtを鋳型として(1−1)と同条件で増幅し、SalIとBamHIで処理した後pBR322のSalI−BamHIサイトへ挿入した。IRESの配列は配列番号12を使用した。
【0044】
(1−3)5’側翻訳効率向上配列としてSTNV配列、TEV配列、又は、Obelin配列を配置した発現ベクター
pPyT7EGFPt系プラスミドについて、T7プロモーターと以下の配列の後に開始コドンATGから始まるコード領域を配置し、T7プロモーター −STNV、TEV、Obelin−EGFP−ポリA配列−T7ターミネーターからなる発現単位を有するベクターを構築した。具体的なベクターの構築方法は、5’側プライマーとして翻訳効率向上配列を含む5’−AAAGTCGACTAATACGACTCACTATAGGGATGGTGAGCAAGGGCGAG−3’(配列番号29)、3’側プライマーとして5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAATTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号30)を使用した以外は(1−1)と同様の方法を用いて行った。pEGFP−N1(Clontech社製)を鋳型として(1−1)と同条件で増幅し、SalIとBamHIで処理した後pBR322のSalI−BamHIサイトへ挿入した。
STNV配列、TEV配列、又は、Obelin配列は、以下の配列を使用した。

STNV:5’−AGTAAAGACAGGAAACTTTACTGACTAAC−3’(配列番号31)(Timmer et al.,J Biol Chem 268:9504−9510,1993)

TEV:5’ −CAAAACAAACGAATCTCAAGCAATCAAGCATTCTACTTCTATTGCAGCAATTTAAATCATTTCTTTTAAAGCAAAAGCAATTTTCTGAAAAGACGACC−3’(配列番号32)(Niepel and Gallie,J Virol.73:9080−9088,1999)

Obelin:5’−ACGATCGAACCAAACAACTCAGCTCACAGCTACTGAACAACTCTTGTTGTGTACAATCAAA−3’(配列番号33)(Shaloiko et al.,Biotechnol Bioeng.88:730−9,2004)
【0045】
(1−4)5’UTR最小配列を配置した発現ベクター
pPyT7EGFPt系プラスミドについて、T7プロモーターとUTR最小配列の後に開始コドンATGから始まるコード領域を配置し、T7プロモーター−UTR−Kozak−EGFP−ポリA配列−T7ターミネーターからなる発現単位を有するベクターを構築した(pPyT7−UTR−EGFP−A30t)。具体的なベクターの構築方法は、5’側プライマーとして5’−AAAGTCGACTAATACGACTCACTATAGGGCTGGAGAATTCGCCACCATGGTGAGCAAGGGCGAG−3’(配列番号34)、3’側プライマーとして5’−TTTGGATCCGACAAACAACAGATATAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAATTACTTGTACAGCTCGTCCAT−3’(配列番号35)を使用した以外は(1−1)と同様の方法を用いて行った。pEGFP−N1(Clontech社製)を鋳型として(1−1)と同条件で増幅し、SalIとBamHIで処理した後pBR322のSalI−BamHIサイトへ挿入した。UTR最小配列:5’−AGAATTCGCCACC−3’(配列番号36)
【0046】
(2)細胞への導入、EGFP遺伝子の発現、発現確認については、実施例2と同様の方法で行った。
【0047】
(3)結果
発現ベクターpPyT7EGFPtを細胞BZnTR1へ導入後、EGFP遺伝子発現をEPICS ALTRA(Beckman Coulter社製)解析した結果を図5に示す。解析方法は、前方散乱光(FS:大きさ)、側方散乱光(SS:内部構造)の2パラメーターでメジャーな集団を用い(全体の45%前後)、GFP蛍光を488nmのアルゴンレーザーで励起、検出を行った。EmptyでGFP陽性集団が0.2%存在するが、BZnTR1はGFPを微弱に発現しており、その蛍光漏れ込みであると推測される。
【0048】
pPyT7EGFPtにおいて、EGFPの3’側Aが30個、15個、0個の発現ベクターにおいては、30個が一番良い翻訳効率だった(図5はA0及びA30の例を示した)。また、5’側翻訳効率向上配列としてIRES(約500bp)を用いると翻訳効率が顕著に向上することが確認できた。更に、STNV配列、TEV配列、及びObelin配列を用いても、発現を確認することができた。(STNVのみ示した)。更にまた、真核生物プロモーターからの転写産物において翻訳可能な5’UTR最小配列を挿入すると蛍光がみられなくなったことから、T7系では翻訳効率を上昇させる働きは非常に小さいと考えられた。
【実施例4】
【0049】
(1)pRGとpRGinvの構築(2種の発現単位を有する発現ベクター)
pRG及びpRGinvは、GFPとDsRedの2種類の遺伝子を使用して、それぞれ、T7プロモーター−Kozak−EGFP−A30−T7 ターミネーターとT7プロモーター−Kozak−DsRed−A30−T7 ターミネーターからなる発現単位を作製し、順向きあるいは逆向きに上述の方法と同様に構築した。
ベクター構築において、具体的には5’側プライマー5’−AAAGTCGACTAATACGACTCACTATAGGGAGCCACCATGGCCTCCTCCG−3’(配列番号37)と3’側プライマー5’−AAAGGATCCGACAAACAACAGATATTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTCACAGGAACAGGTG−3’(配列番号38)、鋳型としてpCAG−DsRed−IPを用いて実施例3の(1−1)と同条件でPCRを行い、T7プロモーター−Kozak−DsRed−A30−T7 ターミネーター断片として増幅し、SalIおよびBamHIで消化した後平滑化し、実施例3の(1−1)作製したプラスミドpPyT7EGFPA30tの平滑化したSalIサイトに挿入した。
構築したプラスミドの概略図を図6に示す。
(2)細胞への導入、EGFP遺伝子の発現、発現確認については、実施例2と同様の方法で行った。
また、発現確認においては、薬剤耐性能を有する遺伝子の発現を確認するため、薬剤添加を行った。薬剤耐性株の選択のためには、Neomycin(Nacalai社)、Hygromycin(Invivogen社HygroGold)をNeomycinを用いた。一過性発現であるため、Hygromycinを300μg/mlと1000μg/mlで条件検討を行い、一日で生存する細胞(薬剤耐性遺伝子が発現された細胞)と死滅する細胞との見分けがつく程度の薬剤濃度を決定した。
(3)結果
発現ベクターpRG及びpRGinvを細胞BZnTR1へ導入後、標的遺伝子発現の結果を図7に示す。順向き逆向きいずれにおいても視認できる程度の発現が確認された。
【実施例5】
【0050】
(1)pGRNHの構築(4種の発現単位を有する発現ベクター)
4種の標的遺伝子を発現させるため、EGFP,DeRed,Neo(ネオマイシン耐性遺伝子),Hph(ハイグロマイシン耐性遺伝子)について、それぞれT7プロモーター−Kozak−cDNA(EGFP,DeRed,Neo,Hph)−A30−T7ターミネーターからなる発現単位を作製し、同一ベクターの同一鎖上に配置させ発現ベクターを構築した。
構築したプラスミドの概略図を図8に示す。
発現ベクターpGRNHは、EGFP、DeRed、Neo、HphのそれぞれをPCRでT7プロモーター−Kozak−cDNA−A30−T7 ターミネーターの順に配置したものを1つの発現単位として構築し、これら4つを連結しpBR322プラスミドに挿入した。EGFPの配列は配列番号15、DsRedの配列は配列番号39、Neoの配列は配列番号40、Hphの配列は配列番号41の配列を使用した。
具体的には、制限酵素SfiIサイトを5’末端に配したプライマー(T7プロモーターあるいはT7ターミネーターを直下に配する)を用いて増幅し(テンプレートは市販のベクターを使用した)、SfiIで切断後、電気泳動を行って目的遺伝子を回収した。回収した目的遺伝子量は、電気泳動を行い、そのエチジウムブロマイドによる蛍光強度から濃度を算出することにより確認した。モル比にして1:1:1:1となるように、EGFP,DeRed,Neo,及びHphの4断片を混ぜ、T4DNAリガーゼで一晩連結反応を行った。ここで、SfiIサイトの切断配列は任意の3塩基NNNであり、隣接させたい断片のSfiIサイトのNNNと相補的なNNNとすれば設計通りの断片同士が結合することとなり、4断片を設計通り配置することができる。
本実施例では、4断片について以下のプライマーで増幅することにより、各SfiIサイトを作製した。

EGFP
ATCCAGTGTGCTAATACGACTCAC(配列番号42)
AAAAGGCCATTCTGGCCCGACAAACAACAG(配列番号43)

DsRed
AAAAGGCCAGAATGGCCTAATACGACTCAC(配列番号44)
AAAAGGCCATCTTGGCCCGACAAACAACAG(配列番号45)

Neo
AAAAGGCCAAGATGGCCTAATACGACTCAC(配列番号46)
AAAAGGCCACTTTGGCCCGACAAACAACAG(配列番号47)

Hph
AAAAGGCCAAAGTGGCCTAATACGACTCAC(配列番号48)
ATCCACACTGCCGACAAACAACAG(配列番号49)

上記4つの増幅断片をSfiIで消化し、ゲル回収の後ライゲーションすると4断片が設計通りの順番で結合したものができた。
また、GFPとHphの片側については、プルーフリーディング活性のあるPfxで増幅し、平滑末端とした。この末端にアダプター(5’−TCATACCGCGACACT−3’(配列番号50)と5’−AGTGTCGCGGTAT−3’(配列番号51)をアニーリング)を連結し、電気泳動後ゲル回収を行った。これをpBR322にクローニングした。
【0051】
(2)細胞への導入、EGFP遺伝子の発現については、実施例2と同様の方法で行った。発現確認については、実施例4と同様の方法で行った。
【0052】
(3)結果
発現ベクターpGRNHを細胞BZnTR1へ導入後、標的遺伝子発現の結果を図9に示す。GFP,DsRed,Neo,Hphを同一ベクターにクローニングしたpGRNHを用いて、これをBZnTR1へ導入した結果、一日後に蛍光が確認できた(図9上)。また、薬剤耐性能試験の結果、Neomycin が1,500(μg/ml)、Hygromycinが300(μg/ml)で一日後に薬剤感受性細胞が死滅することがわかった。pGRNHを導入したBZnTR1について、この濃度で薬剤添加後一日において、両薬剤に耐性を示すことがわかった(図9下)。
【0053】
本実施例においては、直列の4種遺伝子を発現させることが可能であることが示された。このことから原理的には所望の数の遺伝子を同時に発現させることができることが示された。つまり、これまではi)転写干渉ii)長鎖反復配列によるプラスミド構築の困難さの、いずれかの支障により多因子同時発現は不可能であった。本発明により2及び4個の発現単位で転写干渉を受けず(複数個つなげても転写干渉はないと推測できる)、且つ反復配列が50ベース以下に抑制できた(経験上、反復配列として懸念される長さではない)ことから、複数個の発現単位からの発現を阻害する原因を全て取り除けたといえる。
【0054】
本実施例の結果から、2以上の発現単位を同一ベクター上に搭載すると発現効率が極端に落ちる転写干渉現象の原因は、転写が多数の基本転写因子の協調的機能によるものであることにあると考えられた。すなわち多数の基本転写因子の協調的機能による転写の場合、その多数の構成因子のうちどの一つが機能阻害を受けても転写できなくなると考えられた。つまり、同様の働きをするタンパク質が競合的に働くことにより、転写機能の阻害の影響を受けやすくなっていると考えられる。例えば、10因子からなる転写系を考えると、それぞれの因子が競合的阻害をうける確率が0.2であるとして、そのどれもが阻害を受けない(転写される)確率は0.8の10乗、すなわち0.11程度になる。一方、1因子からなる転写系だと、たとえ競合阻害を受ける確率が0.3だったとしても、転写される確率は0.7となる。従って、極めて単純なポリメラーゼとプロモーターから成る転写系、具体的には1分子のポリメラーゼにより制御を受ける転写系を用いることで、転写干渉を回避できることが示された。
【0055】
以上のことから、本願発明に使用されるRNAポリメラーゼは、一種類の分子で各プロモーターからの転写が可能である転写系であれば転写干渉を起こさないことが示された。一般に、T7、T3、及びSP6のポリメラーゼは、それぞれ特異的なプロモーター領域に結合し、1分子のポリメラーゼによって転写調節を担うものと考えられている(Jonathan Finn,The FASEB Journal express article 10.1096/fj.04−2769fje Jan. 26,2005)。ここではT7系を用いたが、同じく一分子のRNAポリメラーゼで転写できるT3系やSP6系(Finn et al., FASEB J. 19:608−10, 2005)でも同様の効果が得られると考えられる。
【0056】
また、本願の実施例ではES細胞を使用したが、ES細胞は、外来のプロモーターを抑制する強い活性をもち、限られたハウスキーピング遺伝子プロモーターが使用できるのみであること、高速で増殖するため翻訳産物が拡散するのが速く、転写翻訳の効果を得られにくいこと、高速増殖と多能性に起因する高い毒性(あるいは分化誘導刺激)感受性により、T7RNAポリメラーゼ分子が毒性(あるいはクロマチン状態や細胞の性質になんらかの影響)を示せばたちまち細胞は死滅(あるいは分化)することが知られている。従って、本発明のベクター又は方法は、これらの厳しい条件を有するES細胞において転写翻訳が可能な系であることから、他の全ての細胞においても使用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の発現ベクターを用いれば、1種のベクターを細胞に導入させることによって、複数の標的遺伝子を効率よく発現させることが求められる形質転換(例えばiPS細胞樹立)に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】pCAG−nTR−IPの構成図である。
【図2】pBR−IRES−EGFP−Ttの構成図である。
【図3】pBR−IRES−EGFP−Ttを細胞BZnTR1へ導入後、EGFP遺伝子発現の確認の結果を示す図である。図中、nTRはpCAG−nTR−IPの安定発現株、T7−IRES−EGFPはpBR−IRES−EGFP−Ttの一過性トランスフェクション、Phは位相差、GFPはGFPフィルターを示す。
【図4】発現ベクターpPyT7EGFPtの構成図である。(1−1)はT7promoter−Kozak−EGFP−polyA−T7ターミネーターを、(1−2)はT7プロモーター −IRES−EGFP−ポリA配列−T7 ターミネーターを、(1−3)はT7プロモーター−STNV、TEV、Obelin−EGFP−ポリA配列−T7 ターミネーターを、(1−4)はT7プロモーター−UTR−Kozak−EGFP−ポリA配列−T7 ターミネーターをpBR322ベクターに組み込んだベクターである。
【図5】発現ベクターpPyT7EGFPtを細胞BZnTR1へ導入後、EGFP遺伝子発現の確認をEPICS ALTRA(Beckman Coulter社製)解析によって行った図である。図中、EmptyはpBluescript KSII、T7−IRES−EGFPはpPyT7IRESEGFPA30t、 T7−EGFP−A0はpPyT7EGFPt、T7−EGFP−A30は pPyT7EGFPA30t、T7−STNV−EGFP−A30は pPyT7STNV−EGFP−A30tを示す。
【図6】pRGとpRGinvの構成図である。
【図7】発現ベクターpRG及びpRGinvを細胞BZnTR1へ導入後、標的遺伝子発現の確認の結果を示す図である。
【図8】pGRNHの構成図である。
【図9】pGRNHを細胞BZnTR1へ導入後、標的遺伝子発現の確認の結果を示す図である。図中、矢印は生存細胞を表す。スケールは200μmである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロモーター領域、標的遺伝子領域及びポリA付加領域を有する発現単位を2以上含む発現ベクターであって、該発現単位の少なくとも2以上が同一方向に転写されるように同一鎖上に配置された発現ベクター。
【請求項2】
プロモーター領域が、1分子のポリメラーゼによって制御を受ける配列である請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項3】
プロモーター領域が、T7RNAポリメラーゼ、T3RNAポリメラーゼ及びSP6RNAポリメラーゼから選択される1のポリメラーゼによって制御を受ける配列である請求項1に記載の発現ベクター。
【請求項4】
発現単位を3以上含む請求項1から3のいずれか1項に記載の発現ベクター。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の発現ベクターであって、複数の標的遺伝子の発現が可能である発現ベクター。
【請求項6】
転写干渉抑制作用を備えることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の発現ベクター。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の発現ベクターが導入されたことを特徴とする細胞。
【請求項8】
細胞が、真核細胞である請求項7に記載の細胞。
【請求項9】
細胞が多分化能を有することを特徴とする請求項8に記載の細胞。
【請求項10】
請求項1から6のいずれか1項に記載の発現ベクターを細胞に導入する工程を含む形質転換細胞の製造方法。
【請求項11】
請求項1から6のいずれか1項に記載の発現ベクターを細胞に導入する工程を含む多分化能を有する細胞の製造方法。



【図1】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−88332(P2010−88332A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−260553(P2008−260553)
【出願日】平成20年10月7日(2008.10.7)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】