説明

褐藻類のフコキサンチン含量を高める栽培方法

【課題】アカモクなどのヒバマタ目に属する褐藻は、最近、フコキサンチンを豊富に含むことが見出されたが、ほとんどが未・低利用褐藻である。これまでこれらの褐藻のフコキサンチン含有量を高める栽培方法に関する知見は無い。そこで、フコキサンチン含有量を更に高める栽培方法を確立し、高付加価値化を求めた。
【解決手段】ヒバマタ目に属する褐藻を栽培して、簡便に、フコキサンチン含有量を高めることができる。当該栽培方法は、水温、光量、日照時間、栄養塩などを制御して、フコキサンチン含有量を十分に高める技術である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養、及び天然の褐藻類を用いたフコキサンチン含有量を高める栽培方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フコキサンチン(fucoxanthin)は、褐藻や珪藻中に広く分布する色素成分であり、資源量的に豊富なカロテノイドの一つである。図1は、フコキサンチンの化学構造式を示す。これまでに、フコキサンチンはマウスやラットに対して抗肥満作用(非特許文献1)、抗糖尿病作用(非特許文献2)、強い抗がん作用(非特許文献3)を示すことが知られており、経済的価値が極めて高いカロテノイドの一つと言える。
【0003】
フコキサンチンを多量に含有する褐藻を作り出すことが出来れば、食品素材、化粧品、或いは医薬品など多方面へ利用することが可能になる。現実的には、豊富にフコキサンチンを含有し、大量かつ安定して入手できる褐藻を出発原料源として選択することが望ましい。
【0004】
これまで、褐藻類のフコキサンチン含有量に関してはある程度調べられている。例えば、ほとんどが食品として大量に消費されているコンブ目であるコンブ、ワカメには一般的にそれぞれ、0.001%、0.3%(乾重量比)程のフコキサンチンが含まれている。
【0005】
最近、ナガマツモ目オキナワモズクの盤状体には、およそ1.2%(乾重量比)程のフコキサンチンが含有しており、そこから効率良くフコキサンチンを取得する方法が発明された(特許文献1)。一方、養殖したオキナワモズク生体中にフコキサンチン含有量を10倍(湿重量比)高めて効率良くフコキサンチンを取得する手法を発明し、特許出願中という報告がある。オキナワモズクには一般的に0.01%(乾重量比)程のフコキサンチンが含有されている。また、養殖したオキナワモズクのほとんどが食品として消費されている。
【0006】
一方、コンブ目やナガマツモ目と生活環が全く異なるヒバマタ目ホンダワラ科に属する褐藻類にフコキサンチンが豊富に含まれていることが報告された(非特許文献4)。特に、アカモク成体にはおよそ1.0%(乾重量比)、ウガノモク成体にはおよそ0.7%(乾重量比)程のフコキサンチンが含まれており、フコキサンチンが豊富な褐藻として見出された。アカモクは日本全土に繁茂が確認されており、潜在量は極めて高い。エネルギー源としても注目されている。ウガノモクは北海道全般と東北地方の一部に繁茂しており、アカモク程では無いが潜在量は高い。しかし、これらの褐藻の大半が未・低利用である。
上記には、これまで報告されているフコキサンチンの取得用褐藻の種類、フコキサンチン含有量、及びフコキサンチンの取得方法の例を挙げた。
【0007】
【特許文献1】特開2004-35528号公報
【特許文献2】特開2002-101867号公報
【非特許文献1】H. Maeda, M. Hosokawa, T. Sashima, K. Funayama, and K. Miyashita, "Fucoxanthin from edible seaweed, Undaria pinnatifida, shows antiobesity effect through UCPl expression in white adipose tissues", Biochem. Biophys. Res. Comm., 332, 392-397 (2005)
【非特許文献2】H. Maeda, M. Hosokawa, T. Sashima, and K. Miyashita, "Dietary combination of fucoxanthin and fish oil attenuates the weight gain of white adipose tissue and decreases blood glucose in obese/diabetic KK-Ay mice", J. Agric. Food Chem., 55, 7701-7706 (2007)
【非特許文献3】M. Hosokawa, M. Kudo, H. Maeda, H. Kohno, T. Tanaka, and K. Miyashita, "Fucoxanthin induces apoptosis and enhances the antiproliferative effect of the PPARg ligand, troglitazone, on colon cancer cells", Biochim. Biophys. Acta, 1675, 113-119 (2004)
【非特許文献4】鹿瀬敦司、細川雅史、宮下和夫;海藻からの機能性成分の探索、平成18年度日本水産学会(3月、東京海洋大)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、これまでフコキサンチン含有量に関してはコンブ目、ナガマツモ目、ヒバマタ目に属する褐藻などで調べられている。それらの褐藻の中でもヒバマタ目に属する褐藻にはフコキサンチンが豊富に含まれている。そこで、これまで報告されている褐藻の中で、フコキサンチンを豊富に含み、多方面へ活用する原料として大量かつ安定に入手出来るアカモクなどのヒバマタ目を用いて、フコキサンチン含有量を高める栽培方法が開発出来るならば、食品素材、化粧品、医薬品、又は飼料など様々な方面への経済的利用価値は極めて高い。しかしながら、これまでヒバマタ目の褐藻生体中のフコキサンチン含有量を高める栽培方法に関する知見は無い。また、上述の褐藻の栽培方法において、海洋深層水を利用してフコキサンチン含有量を高める技術に関する知見も無い。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、これまで未・低利用で、かつ潜在的に豊富に存在するヒバマタ目の褐藻を用いて、そこに含有されるフコキサンチンをより効率的且つ有効に利用可能とするため、フコキサンチン含有量を高める栽培方法を確立することにある。更に、本発明は、未・低利用であったヒバマタ目を高付加価値海藻素材として経済社会に還元することを目的とし、併せて海洋深層水の経済的に有効な利用法の技術を提供するものである。
本発明者は、ヒバマタ目の褐藻を利用してフコキサンチン含有量を高める栽培方法を鋭意研究し、フコキサンチン含有量を高める技術開発に成功した。
【0010】
本発明は、次のものを提供している。
〔1〕褐藻類を栽培し、褐藻類のフコキサンチン含有量を高めることを特徴とする栽培方法。
〔2〕褐藻類として、室内で人工受精させた受精卵か、天然より採取した受精卵を単一培養して得た幼体、又は、天然より採取した生体を栽培し、褐藻類のフコキサンチン含有量を高めることを特徴とする上記〔1〕に記載の栽培方法。
〔3〕褐藻類として、生の状態である褐藻類を一時的に人工環境下で栽培してフコキサンチンを増含量させることを特徴とする上記〔1〕又は〔2〕に記載の栽培方法。
〔4〕水温、光量、日照時間を制御した環境下で褐藻類を栽培することを特徴とする上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一に記載の栽培方法。
〔5〕海洋深層水、あるいは表層水に栄養塩を添加した栄養強化海水を用いて褐藻類を栽培することを特徴とする上記〔1〕〜〔4〕のいずれか一に記載の栽培方法。
〔6〕海洋深層水、あるいは表層水に栄養塩を添加した栄養強化海水を用いて、水温、光量、日照時間を制御した環境下で褐藻類を栽培することを特徴とする上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一に記載の栽培方法。
〔7〕海洋深層水が、北海道沿岸の水深200m以下から汲み上げた海水であることを特徴とする上記〔5〕又は〔6〕に記載の栽培方法。
〔8〕褐藻類は、ヒバマタ目に属する1以上の褐藻類であることを特徴とする上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一に記載の栽培方法。
〔9〕褐藻類は、アカモク(Sargassum horneri)、フシスジモク(Sargassum confusum)、ヒジキ(Sargassum fusiforme)、ウガノモク(Cystoseira hakodatensis)、スギモク(Coccophora langsdorfii)、ネブトモク(Cystoseira crassipes)、ヨレモク(Sargassum siliquastrum)、ウミトラノオ(Sargassum thunbergii)から選択された1以上の褐藻類であることを特徴とする上記〔1〕〜〔8〕のいずれか一に記載の栽培方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の栽培技術により、最近、フコキサンチンを豊富に含むことが見出されてはいるが、ほとんどが未・低利用海藻類であるヒバマタ目に属する褐藻、例えば、アカモクなどを、簡便な手法で栽培し、より一層、藻体中のフコキサンチン含有量を高めて、さらにより有効に利用できることを可能にする。得られたフコキサンチン含有量の富化されたヒバマタ目褐藻は、食品素材、化粧品、医薬品、又は飼料など様々な方面へ利用可能であり、経済的利用価値は極めて高い。さらに、大量且つ安価にフコキサンチンを提供する途が開拓できる。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、褐藻類の生体中のフコキサンチン含有量を高める栽培方法を特徴とする。即ち、未・低利用で且つ潜在的に豊富に存在するヒバマタ目に属する褐藻を原料に用い、そしてそこに含有されるフコキサンチンのその含有量を高める栽培方法を確立出来たものである。本発明は、オキナワモズクを用いた特許文献1がその目的とするフコキサンチンの効率良い取得方法を目的とするものではなく、これまで未・低利用、かつ潜在的に豊富に存在するヒバマタ目の褐藻を用いて、更にフコキサンチン含有量を高める栽培方法を確立したことにある。本発明では、褐藻類を栽培し、褐藻類のフコキサンチン含有量を高めることを特徴とする。
【0013】
また本発明は、天然より採取したヒバマタ目に属する褐藻の生体を用いても良いが、天然より得た雌雄の同褐藻を人工的に受精させた受精卵あるいは天然より得た同褐藻の受精卵を室内で単一培養して得た幼体を原料として用い、栽培することで、褐藻類のフコキサンチン含有量を高める。該天然より採取した藻体としては、10m以上のものまでも好適に使用できるが、大きさには特に限定はなく、また、新鮮なものあるいは代謝活性の高いものは好ましい。該受精卵を単一培養して得た幼体としては、代表的には、高さ10cm程度までのものを例示できるが、これについても大きさには特に限定はない。上記褐藻の幼体及び成体は、常時出発材料として利用でき、より簡便に人工環境下でのフコキサンチン含有量増加の検討及び取得を行うことが出来る。天然のヒバマタ目褐藻体を採取した場合、付着生物や夾雑物は、好適には、除去されるべきである。褐藻の藻体は、着床箇所から丁寧にそれをはずし、保存培養又は栽培用の海水などに移すこともできる。また、対象藻類から単離する際、切除に使用する器具は、細菌等の微生物の混入を防ぐため、滅菌状態にあるか、あるいは目的とする無菌操作を可能にするものを選択して使用される。採取された褐藻の成体は、好適には、滅菌海水などで洗ったり、必要に応じて、超音波洗浄を3秒〜7秒間行う処理を3回〜7回繰り返すことを行うなどをすることもできる。褐藻の成体を殺菌剤などで処理して表面の滅菌を行うこともできる。
【0014】
本発明は、原料としてヒバマタ目に属する褐藻の幼体、あるいは天然の成体を用いて、出来る限り短時間かつ安価に、また褐藻の総重量を減じることなくフコキサンチン含有量を初期の含有量から増やすことを特徴とする。本発明では、褐藻類として、生の状態である褐藻類を一時的に人工環境下で栽培してフコキサンチンを増含量させることを特徴とする。典型的な態様では、光量、日照時間、水温を厳密に制御出来る設備を用いて栽培を行うことができ、例えば、褐藻の栽培には富栄養の海水を用いることが望ましい。
本発明方法が適用される褐藻類は、ヒバマタ目(Fucales)に属するものが挙げられる。ヒバマタ目褐藻類には、ヒバマタ科(Fucaceae)、ホンダワラ科(Sargassaceae)、ウガノモク科(Cystoseiraceae)などのものが包含される。本発明方法が適用される代表的な褐藻類は、ヒバマタ目に属する褐藻類で、例えば、アカモク(Sargassum horneri)、フシスジモク(Sargassum confusum)、ヒジキ(Sargassum fusiforme)、ウガノモク(Cystoseira hakodatensis)、スギモク(Coccophora langsdorfii)、ネブトモク(Cystoseira crassipes)、ヨレモク(Sargassum siliquastrum)、ウミトラノオ(Sargassum thunbergii)から選択された1以上の褐藻類である。
【0015】
本発明では、生の状態である褐藻類を一時的に人工環境下で栽培せしめられる。該人工環境としては、水温、光量、日照時間を制御した環境下が挙げられる。光量、日照時間、水温については、厳密に制御することが出来ればどのような環境でもよい。例えば光量、日照時間、機器内温度を調節したインキュベータ内で褐藻を栽培することが出来る容器に入れて栽培することや、光量、日照時間、水温を制御出来る環境下の水槽であってもよい。典型的な栽培環境では、照射光量は5〜2000μmol/m2/sの間であってもよいが、好ましくは10〜100μmol/m2/sの間である。栽培の最中、照射光量を変更してもよい。水温は5〜30℃の間であってもよいが、好ましくは12〜22℃である。日照時間は8〜24時間の間が好ましい。通常、光を照射する明期と暗期での交互の光周期の下で栽培が行われるが、光を照射し続けてもよい。栽培期間は1〜40日の間であってもよいが、好ましくは5〜10日である。最短の5日でも十分である。
【0016】
本発明では、対象褐藻類の栽培は、当該分野で知られている培養液からなる群から選択されたものを使用できるが、好適には、海洋深層水、滅菌した海水(通常は「表層水」を指している)、該滅菌した表層水に通常の海水栄養強化培地を添加してある栄養強化海水などを使用できる。海洋深層水とは、深海、すなわち、陸棚外縁部以深にある海水を総称するものであるが、通常、海水の水深約200メートル前後を境にしてそれより深い領域にある海水を指しており、清浄性、低温性、富栄養性といった特徴を有している。採取場所での海洋深層水の温度は、年間を通じて低温で安定しているものである。好適には、本発明で使用される海洋深層水は、水深300〜400mで汲み上げられたものであってよく、さらには水深400m以深にある海水を汲み上げたものであってもよく、また、湧昇流を汲み上げたものであってもよい。海洋深層水は、窒素、リン、ケイ酸などの無機栄養塩などに富んでおり、表層水と比較して、10〜30倍の濃度があり、さらに、必須微量元素や様々なミネラルがバランスよく含まれている。
【0017】
本発明の栽培法では、適度な富栄養海水を栽培用海水として用いることが望ましい。栽培用海水として、海洋深層水を用いることや表層水に栄養塩を添加したものを用いることが望ましい。該栄養塩を添加するには、通常の海水栄養強化培地が使用でき、例えば、プロバゾリの栄養強化海水培地(Provasoli's enriched seawater medium; PES medium)〔有賀裕勝、井上 勲、田中次郎、横濱康繼、吉田忠生編、「藻類学 実験・実習」、講談社サイエンティフィク(2000)〕などを使用できる。
【0018】
栄養強化海水は、例えば、次のようにして作製できる。
外洋海水(海水の表層水)を採取し、フィルターにより濾過し、得られた濾過海水を、例えば、オートクレーブにより、例えば、121℃、20分間の加熱滅菌処理などで滅菌した後、滅菌海水980mLに下記の組成のPES mediumを加え、十分に攪拌することで栄養強化海水が得られる。
PES medium の作成は、例えば、、次のようにして行うことができる。
300 ml 程度の蒸留水に下記組成どおり、Tris、NaNO3、β-グリセロフォスフェート二ナトリウム(Na2-glycerophosphate)、Fe stock solution、P-II metal mix、Vitamin B12 stock solution、Thiamine-HCl stock solution、Biotin stock solution を、所定量順番に加え、十分溶解させ、次に液のpH を7.8 に調整し、蒸留水で 1000 mL にメスアップする。得られたPES mediumは、容器に分注し、オートクレーブ(121℃、20分)により、滅菌せしめられ、滅菌 PES medium は 4℃で冷蔵保存される。
【0019】
PES mediumの組成は、2-Amino-2-hydroxymethyl-1,3-propanediol (Tris(hydroxymethyl)aminomethane; Tris), 5.0 g; NaNO3, 3.5 g; Na2-glycerophosphate, 500 mg; Fe stock solution (下記組成を参照), 250 mL; P-II metal mix (下記組成を参照), 250 mL; Vitamin B12 stock solution (0.1 mg/mL), 1.0 mL; Thiamine-HCl stock solution (1.0 mg/mL), 5.0 ml; Biotin stock solution (0.1 mg/mL), 0.5 mLで、以上を蒸留水で1000 mL液(pH 7.8)にする。
なお、Vitamin B12、Thiamine、Biotin stock solutionは、それぞれ上記の濃度で溶液を作成し、1回使用分をチューブに分注するなどし、-20℃で保存してあるものを使用できる。
【0020】
Fe stock solutionの組成は、Na2-EDTA・2H2O, 330 mg; Fe(NH4)2(SO4)2・6H2O, 351 mgで、以上を蒸留水で500 mL液にする(Fe:EDTAのモル比=1:1)。4℃で冷蔵保存できる。
P-II metal mixの組成は、Na2-EDTA・2H2O, 500 mg; H3BO3, 570 mg; FeCl3・6H2O, 24.5 mg; MnSO4・4H2O, 82.0 mg; CoSO4・7H2O stock solution (4.8 mg/mL), 0.5 ml; ZnSO4・7H2O, 11.0 mgで、以上を蒸留水に順番に加え、最後に蒸留水で500 mL液にする。4℃で冷蔵保存できる。
上記組成は、必要に応じて、適宜、変えることができることは、理解されるべきである。
【0021】
上記栽培に使用する海水などの栽培用培地は、適宜、必要に応じて、攪拌処理を施したり、通気処理を施したりできる。それらの条件は、最適の結果が得られるように、適宜、実験を行って決定することもできる。栽培に使用する容器は、当該分野で褐藻類栽培に汎用されるものから選択することもできるし、公知の栽培用装置に改変を加えたものであってもよいし、例えば、特開2002-101867号公報に開示の簡易式培養容器あるいはそれと同様な機能を備えた大型の栽培用容器などであってもよい。
【0022】
海洋深層水は、北海道沿岸の水深200m以下から汲み上げた海水であれば良い。特に、北海道二海郡八雲町沖の水深340m付近より取水した日本海固有水を栽培海水として用いることが最良と考えられる。日本海固有水とは、日本海の水深約300mより深い層にみられ、水温0〜1℃程度、塩分濃度34.0〜34.9程度、溶存酸素濃度210〜260μmol/kg程度で、海面から約800〜1000m付近を境にして上部日本海固有水と深層水に分類されるし、水深
約2000m付近から海底までの底層水の存在も認められている。上部日本海固有水は、深層水に比べると溶存酸素量が高いという特徴が認められている。日本海は、周辺の海との海水交換は表層に限られており、日本海固有水は孤立した水塊と考えられており、よって、日本海固有水は、日本海北部の大陸に近い海域で、冬季に海面で強い冷却を受けて密度が大きくなった海水が沈み込み、鉛直対流により形成されると考えられている。そして、日本海固有水の溶存酸素量は、太平洋の深層と比べても明らかに多く、酸素の豊富な海面の水が対流により補給されたことを示すとされている。
【0023】
本発明の方法で栽培されフコキサンチン含有量を高められた褐藻の藻体は、それをそのまま、食品素材、化粧品、或いは医薬品など多方面へ利用することが可能であるし、あるいは、それからフコキサンチンを抽出するなどの単離・精製処理を施してから、得られたフコキサンチン濃縮物として食品、化粧品、或いは医薬品など多方面へ利用することもできる。本発明で得られた藻体は、冷凍又は乾燥した後、遮光条件下に保存することもできる。保存された褐藻は、そのまま、あるいは、適宜、必要に応じて、藻体を裁断あるいは粉砕などしてもよく、こうして得られたものを、フコキサンチン抽出処理に付すことができる。フコキサンチン抽出処理は、当該分野で知られた方法を適用したり、あるいは、公知方法を適宜改変した方法で行うことができる。例えば、冷凍又は乾燥保存された藻体を、必要に応じて、解凍した後、アセトン、メタノール、エタノール、それらの混合溶媒、それらの水性溶媒などで抽出するなどをして、得られた抽出液を回収するなどして実施できる。好適な抽出溶媒としては、エタノール、80%含水エタノール、60%含水エタノールなどが挙げられる。粗製のフコキサンチン抽出物は、適宜、必要に応じて、精製処理されることもでき、例えば、活性炭、アルミナ、シリカゲルなどの吸着剤、カラムクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィー処理などでより精製されたものとすることもできる。
【0024】
こうして得られたフコキサンチンは、様々な生理活性が期待でき、食品や食品添加物、化粧品、医薬品など、着色剤などとしても有望である。
以下に実施例を掲げ、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであるが、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【実施例1】
【0025】
(栽培形態)
ヒバマタ目の褐藻として、天然より採取したアカモク受精卵を適切な人工環境下で単一培養して得た幼体(数cm程度)を原料として用いた。数cm程度のアカモク幼体を5〜6藻体(湿重量5g程度)を一試料にして、簡易式培養容器(特開2002-101867号公報)に入れて通気を行いながら無菌栽培を行った。機器はインキュベータを用いた。照射光量は低光量30μmol/m2/s、強光量300μmol/m2/sとし、水温は20℃、日照時間は12時間(すなわち12Light/12Dark: 12L/12D)、栽培期間は5日、海水は、表層水として北海道函館市入舟町沿岸の海水を濾過滅菌したもの、深層水として北海道二海郡八雲町沖の水深340m付近より取水した日本海固有水を濾過滅菌したものをそれぞれ用いた。
【0026】
(保存方法)
栽培を終えた後、紫外線や酸素に曝されることを出来る限り抑えるため、迅速に湿重量を測定した。その後、通気を出来る限り抑える袋に詰めて脱気し、フコキサンチン含有量を測定するまで−30℃に凍結保存した。
【0027】
(藻体脂質の抽出とフコキサンチン含有量解析)
一試料(5g、湿重量)を素早く解凍し、有機溶媒メタノールにて総脂質を抽出した。抽出作業は出来る限り遮光下で行った。総脂質含量を測定後、総脂質の一部を高速液体クロマトグラフィーにかけてフコキサンチンに相当するピークを分離し、フコキサンチン含有量を測定した。試料の一部は乾重量測定用に利用し、フコキサンチンの藻体中における含有量を乾重量比で算出した。
以下に分析条件を示す。
装置:Hitachi HPLC-D7000
検出器:Diode Array Detector
カラム:Develosil ODS-UG-5 (250×4.6 mm i.d.)
カラム温度:28℃
移動相:メタノール:アセトニトリル=7:3
流量:1.O mL/min
検出波長:450nm
【0028】
(結果)
上記の実験結果を図2に示す。表層水は北海道函館市入舟町沿岸の海水を濾過滅菌したもの、深層水は北海道二海郡八雲町沖の水深340m付近より取水した日本海固有水を濾過滅菌したものを示す。(+PES)とは、一般的に栄養塩強化した海水培地PES mediumのことを指す。結果、栽培前、アカモク幼体のフコキサンチン含有量は1.2%(乾重量比)程であったが、培養液に深層水を用い、低光量30μmol/m2/s、20℃、12L/12D、5日間栽培した場合、2.1%までフコキサンチン含量を高めることが出来た(1.8倍)。同条件下、表層水のみ、あるいはPES培地でも、栽培前に比べて増加傾向を示した。一方、強光量300μmol/m2/s下で、他の条件を同一にした場合、栽培前とほとんどフコキサンチン含量は変わらなかった。また、栽培前と栽培後では湿重量に違いは無かった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明では、これまで未・低利用であり、大量かつ安定して入手出来るヒバマタ目の褐藻を用いて、生体中のフコキサンチン含有量を高める栽培方法を確立した。
ヒバマタ目に属するアカモクはほとんど日本中の沿岸に繁茂していることが知られており、その潜在量は極めて高い。また、アカモクの増殖栽培方法は多々検討されており、天然、及び栽培両面により、大量の資源確保は可能である。また、同じヒバマタ目に属するウガノモクなども北海道を中心として潜在量が高く、アカモクの増殖栽培方法を適用すれば、同様に天然及び栽培両面から資源の大量確保は可能である。
本発明により、ヒバマタ目に属する褐藻を高付加価値海藻素材として大量かつ安定して経済社会に還元することが可能になる。その海藻素材としての利用方法は例えば食品素材、化粧品、医薬品、又は飼料などがあり、利用価値は極めて高い。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】フコキサンチンの化学構造式を示す。
【図2】アカモク幼体を使用したフコキサンチン含有量増加栽培法の効果試験の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
褐藻類を栽培し、褐藻類のフコキサンチン含有量を高めることを特徴とする栽培方法。
【請求項2】
褐藻類として、室内で人工受精させた受精卵か、天然より採取した受精卵を単一培養して得た幼体、又は、天然より採取した生体を栽培し、褐藻類のフコキサンチン含有量を高めることを特徴とする請求項1に記載の栽培方法。
【請求項3】
褐藻類として、生の状態である褐藻類を一時的に人工環境下で栽培してフコキサンチンを増含量させることを特徴とする請求項1又は2に記載の栽培方法。
【請求項4】
水温、光量、日照時間を制御した環境下で褐藻類を栽培することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一に記載の栽培方法。
【請求項5】
海洋深層水、あるいは表層水に栄養塩を添加した栄養強化海水を用いて褐藻類を栽培することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一に記載の栽培方法。
【請求項6】
海洋深層水、あるいは表層水に栄養塩を添加した栄養強化海水を用いて、水温、光量、日照時間を制御した環境下で褐藻類を栽培することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一に記載の栽培方法。
【請求項7】
海洋深層水が、北海道沿岸の水深200m以下から汲み上げた海水であることを特徴とする請求項5又は6に記載の栽培方法。
【請求項8】
褐藻類は、ヒバマタ目に属する1以上の褐藻類であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一に記載の栽培方法。
【請求項9】
褐藻類は、アカモク(Sargassum horneri)、フシスジモク(Sargassum confusum)、ヒジキ(Sargassum fusiforme)、ウガノモク(Cystoseira hakodatensis)、スギモク(Coccophora langsdorfii)、ネブトモク(Cystoseira crassipes)、ヨレモク(Sargassum siliquastrum)、ウミトラノオ(Sargassum thunbergii)から選択された1以上の褐藻類であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一に記載の栽培方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−201480(P2009−201480A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50017(P2008−50017)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000162216)共和コンクリート工業株式会社 (44)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】