説明

角膜保護剤および角膜障害改善剤

【課題】多様な原因によって生じる角膜障害、特に角膜上皮障害の改善に有用で、かつ、安全性の高い、角膜保護剤または角膜障害改善剤、さらには角膜上皮障害治癒促進剤を提供すること。
【解決手段】本発明による角膜保護剤または角膜障害改善剤は、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする。また、本発明による角膜上皮障害治癒促進剤は、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、セリシンを有効成分として含んでなる角膜保護剤または角膜障害改善剤に関する。詳しくは、本発明は、セリシンを有効成分として含んでなる、角膜上皮障害の改善に有用な、角膜上皮障害治癒促進剤に関する。
【0002】
背景技術
角膜は、角膜上皮層、ボーマン膜、角膜実質層、デスメ膜、角膜内皮層の5層からなる。このうち、角膜上皮層は、角膜の最表面に位置し、外界からの影響により障害を生じ易い。角膜上皮障害とは、文字通り、角膜上皮層を構成する角膜上皮細胞が障害を受けることをいい、角膜上皮障害の病態は、ボーマン膜または角膜実質層の障害の有無に基づき、点状表層角膜症、角膜びらん、遷延性角膜上皮欠損または角膜潰瘍に分類される。
【0003】
角膜上皮障害の原因は多様であり、外的要因によるものと、内的要因によるものに大別される。外的要因としては、例えば、外傷、熱傷、化学物質、薬剤、紫外線、コンタクトレンズ装用、異物、睫毛、外気乾燥、感染などが挙げられる。また、角膜屈折矯正手術、白内障手術のような角膜への外科的侵襲によって、角膜上皮が障害を受けることもある。このほか、シェーグレン症候群、眼球乾燥症候群(ドライアイ)、神経麻痺性角膜炎、糖尿病性角膜症などの内因性疾患(内的要因)に伴い生じる角膜上皮障害もある。
【0004】
例えば、ドライアイは、涙液の減少あるいは質的異常により、眼の表面が乾燥し障害を生じる疾患をいう。パソコン操作による眼の酷使や、冷暖房による空気の乾燥、コンタクトレンズの装用などにより発症が増加するといわれており、近年増加傾向にある。また、内因性疾患(代表的にはシェーグレン症候群)の一症状としてドライアイを発症することもある。ドライアイは不定愁訴を伴う疾患であることから、患者のQuality of Life(QOL)の向上という点からも、その適切な処置が重要になっている。
そして、現代の視覚情報化社会と、コンタクトレンズの普及により、眼疾患は益々多様化し、外界の危険因子に常に曝されている角膜上皮細胞の保護およびその障害の改善は重要な課題である。
【0005】
角膜上皮障害に対する従来の治療法は、主に外的要因から角膜を保護し、もっぱら自然治癒に依存するという、非能動的なものであった。このような治療法では、治癒が遅延化する場合も多く、その間に微生物による感染症を併発するなどし、最終的に視力障害や失明に至ることもあり、問題視されている。
【0006】
角膜上皮層が障害を受けて欠損した場合、欠損部でまず、欠損周辺部の上皮細胞の伸展・移動および接着が起こり、次いで細胞増殖が進んで、細胞が分化し、障害が治癒されることとなるとされている。細胞生物学の発展に伴い、これら治癒過程に関与する物質が解明されてきており、例えば、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、EGF(epidermal growth factor)、IL−6(インターロイキン−6)、FGF(fibroblast growth factor)、KGF(keratinocyte growth factor)、さらに、ビタミンAなどが調節因子として報告されている(非特許文献1)。
【0007】
ただし、これらは、in vitroの培養試験において、上皮細胞の伸展、増殖、または分化に関与することが確認されているに過ぎない。実際に点眼等によって、in vivoで角膜上皮障害の改善が行われたものは限られている。これは、生体内(in vivo)では、関与する細胞、物質、温度、pH変換、代謝等の状況や環境が極めて複雑であり、in vitroの培養試験の結果を、単純にin vivoの結果として期待することは困難であるからである。
【0008】
例えば、強い細胞増殖促進作用を有するEGFやFGFなどの増殖因子を、角膜上皮層の障害の治療に使用することが検討されている。これら増殖因子を損傷組織に適用することによって、角膜上皮細胞の増殖を促して細胞の伸展移動を押し進め、結果として、角膜上皮層の修復促進が図られることが期待されるからである。
【0009】
しかしながら、実際には、EGFやFGFなどの増殖因子では、角膜潰瘍を対象とした臨床試験において、決定的な効果が得られなかったことが報告されている(特許文献1,非特許文献2)。また、EGF等の細胞増殖効果は、角膜上皮細胞以外の角膜実質細胞や内皮細胞の増殖も促進し得る結果、角膜混濁を引き起こして、患者のQOLを低下させることが指摘されている(特許文献2)。さらに、これら増殖因子は、発ガン性の問題や、血管新生を誘発する危険性があり、医薬品とするには重大な副作用と考えられる。これら因子は、製造が困難であることも医薬品とすることへの障壁となっており、安全性や製造コストの点からもクリアすべき問題が多い。
【0010】
このように、細胞増殖促進作用を有する因子を、角膜上皮層の障害の治療に利用したとしても、それは、前述の角膜上皮層の障害の修復における細胞増殖の過程のみに関連するだけであり、欠損周辺部の上皮細胞の伸展・移動および接着や、細胞の組織への分化を必ずしも担保するものではなく、またそれらに悪影響を及ぼさないことを保証するものでもない。ましてや、細胞増殖作用を有することは、生体内においては、角膜上皮細胞以外の予期せぬ細胞や組織の増殖等を引き起こす可能性が十分考えられ、さらには発ガン作用のような異常な細胞増殖を招く危険性も否定できない。
このため、単に細胞増殖作用を有する物質であるとの知見があるのみでは、それが、角膜上皮層の損傷を正常かつ安全に改善できるかについて、全く予期できない。
【0011】
このような細胞増殖促進作用を有する因子の他には、角膜上皮障害に対する積極的な治療に、実際に臨床応用され、有用性が確認されているものとして、例えば、フィブロネクチンやヒアルロン酸などが挙げられる。しかしながら、フィブロネクチンは血液由来成分であるため、安全性や抗原性の点で未だ満足できるものとはいえない。また、ヒアルロン酸は涙液分泌不全を伴わない角膜上皮障害に限定され、汎用性が低い。
【0012】
したがって、角膜上皮障害の改善に有用で、安全性の高い物質が依然として強く望まれていると言える。
【0013】
絹タンパク質であるセリシンは、18種類のアミノ酸で構成されており、その優れた生体親和性から、食品、化粧品、医薬品などへの応用が検討され、一部は実用化されている。また、特開2006−115837号公報(特許文献3)には、セリシンが細胞凍結保護作用を有することが開示されており、さらに国際公開WO2002/86133号パンフレット(特許文献4)には、セリシンを培養細胞の増殖用培地に添加することが開示されている。
【0014】
しかしながら、セリシンが、角膜上皮障害の改善効果、特に治癒促進効果を有することについても、本発明者らの知る限り、これまで報告されていない。またセリシンを点眼投与すること自体についても、本発明者らの知る限り、これまで報告されていない。
【0015】
【特許文献1】特開2001−64198号公報
【特許文献2】特開2004−59432号公報
【特許文献3】特開2006−115837号公報
【特許文献4】国際公開WO2002/86133号パンフレット
【非特許文献1】眼科 39:1387-1393,1997
【非特許文献2】N.Engl.J. Med 338(17) 1222(1998)
【発明の概要】
【0016】
本発明者らは今般、絹タンパク質セリシンが、角膜上皮障害に対して優れた治癒促進効果を有することを発見した。このことから、セリシンは、角膜の保護および角膜障害の改善に有用であることが判明した。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0017】
よって本発明は、多様な原因によって生じる角膜障害、特に角膜上皮障害の改善に有用で、かつ、安全性の高い、角膜保護剤または角膜障害改善剤、さらには角膜上皮障害治癒促進剤を提供することを目的とする。
【0018】
本発明による角膜保護剤または角膜障害改善剤は、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする。好ましくはこの薬剤は、角膜上皮の保護または角膜上皮障害の改善のために用いられる。
【0019】
本発明による角膜上皮障害治癒促進剤は、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする。
【0020】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による薬剤、すなわち、角膜保護剤、角膜障害改善剤または角膜上皮障害治癒促進剤において、セリシンは、繭糸から抽出して得られたものである。
【0021】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、本発明の薬剤におけるセリシンの平均分子量は、3,000〜300,000である。
【0022】
本発明の別の好ましい態様によれば、本発明の薬剤においてセリシンは加水分解物である。
【0023】
本発明の別のより好ましい態様によれば、本発明の薬剤は点眼剤として提供される。
【0024】
本発明の角膜保護剤、角膜障害改善剤、または角膜上皮障害治癒促進剤によれば、多様な原因によって生じる角膜障害、特に角膜上皮障害の予防、改善、および治癒促進を、安全かつ効果的に行うことができる。
【発明の具体的説明】
【0025】
有効成分
本発明において、有効成分として用いられるセリシンは、天然物由来のものであっても、慣用の化学的および/または遺伝子工学的手法により人工的に合成されたものであってもよく、いずれのものであっても包含される。したがって、例えば、セリシンとして、家蚕や野蚕等が生産したセリシンを用いることができる。天然物由来であると、安全性が高く、また比較的安価であるため有利である。好ましくは、セリシンは高純度に精製され、不純物を実質的に含まないものである。
【0026】
本発明におけるセリシンには、セリシン、およびその加水分解物が包含される。ここで、セリシンの加水分解物とは、セリシンの非加水分解物を、慣用の手段、例えば、アルカリ、または酵素等を利用することにより、加水分解を施して得ることができるものである。
【0027】
本発明において、天然物由来のセリシンは、繭糸に存在するセリシンを、慣用の方法で抽出して得ることができる。具体的には、例えば、セリシンは、繭、生糸、または絹織物などを原料として、これを熱水、または酸、アルカリ、酵素等によって部分的に加水分解し抽出する方法などによって得ることができる。得られたセリシンは、必要に応じて、特許第3011759号公報に記載の方法等により高純度(例えば、セリシン固体の総窒素量13%以上)に精製され、粉体等の固体形態に調製される。また、市販品(例えば、ピュアセリシン(商品名)、和光純薬工業株式会社より入手可)を用いることもできる。
【0028】
本発明において、セリシンの平均分子量は特に限定されないが、好ましくは、3,000〜300,000であり、より好ましくは5,000〜100,000であり、さらに好ましくは10,000〜50,000である。セリシンの平均分子量が300,000以下であると、0.5%(w/v)程度の濃度において水溶液がゲル化することを防止することができ、使用形態が限定されることを防ぐことができる。また、セリシンの平均分子量が3,000以上であることは、角膜上皮障害に対する治癒促進効果を発揮する上で有利である。
【0029】
本発明において用いられるセリシン(好ましくは加水分解セリシン)は、易水溶性であり、水溶液として安定な性状を維持することができる。このため、医薬品に通常添加される他の成分との混和性に優れている。また、セリシンは、無毒、無味、無臭であって、安全性にも優れている。このため、官能特性への影響や副作用の心配がほとんどない。
【0030】
本発明における有効成分であるセリシンは、細胞増殖促進作用を有することが知られているが、前述したEGFやFGFなどの例に示されるように、単に角膜上皮細胞の増殖を促進しても、必ずしも、角膜上皮障害の治癒を促進することにはつながらないことは上記した通りである。このような事実は当業者にとってよく知られたことであったと言える。このような状況にあって、角膜混濁等の副作用を引き起こすことなく、セリシンが角膜上皮障害に対する治癒促進効果を発揮させることができたことは、予期せぬ、驚くべきことであったと言える。これは、セリシンによって、細胞増殖に加えて、細胞接着性の増強も図られた結果、細胞脱落が抑制され、角膜上皮障害の治癒効果が更に促進されたものと考えられる。なお、これらは理論であって、本発明を拘束するものではない。
【0031】
薬剤
本発明による角膜保護剤または角膜障害改善剤は、前記したように、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする。好ましくは、この薬剤は、角膜上皮の保護または角膜上皮障害の改善のために用いられる。より好ましくは、前記角膜上皮障害の改善効果は、角膜障害治癒促進効果であり、さらに好ましくは角膜上皮障害治癒促進効果である。すなわち、角膜保護剤または角膜障害改善剤の好ましい一態様として、角膜上皮障害治癒促進剤が挙げられる。
よって、本発明によれば、前記したように、セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする、角膜上皮障害治癒促進剤も提供される。
【0032】
本明細書において、薬剤とは、本発明による角膜保護剤または角膜障害改善剤、さらには、本発明による角膜上皮障害治癒促進剤を包含する意味で用いられる。
【0033】
ここで、「角膜保護」とは、種々の要因によって生じうる角膜障害から、角膜組織を保護することをいう。具体的には、ここでいう「角膜保護」は、外的要因による角膜障害からの保護と、内的要因による角膜障害からの保護とに大別することができる。外的要因としては、例えば、外傷、熱傷、化学物質、薬剤、紫外線、コンタクトレンズ装用、異物、睫毛、外気乾燥、感染などが挙げられる。また、角膜屈折矯正手術、白内障手術のような角膜への外科的侵襲によるものも外的要因に包含される。一方、内的要因としては、シェーグレン症候群、眼球乾燥症候群(ドライアイ)、糖尿病性角膜症などが挙げられる。
またここで「角膜」は、前記したように、角膜上皮層、ボーマン膜、角膜実質層、デスメ膜、角膜内皮層の5層からなり、この内、角膜上皮層は、角膜の最表面に位置し、外界からの影響により障害を生じ易い。よって、本発明の好ましい態様によれば、「角膜保護」における角膜は、角膜上皮である。
【0034】
「角膜障害改善」とは、前述したような種々の要因によって引き起こされうる角膜障害の改善、症状の軽減、症状の減退、症状の緩和、さらには、治療、治癒および治癒促進等を包含する意味である。本発明の好ましい態様によれば、「角膜障害改善」における角膜は、角膜上皮である。
【0035】
したがって、本発明による角膜保護剤の使用形態としては、種々の要因によって角膜障害の発生もしくは発症が予見される場合に、この角膜保護剤を予め適用しておき、角膜障害の予防を図ること等が挙げられる。具体例を挙げると、本発明による角膜保護剤を、乾燥による外傷に基づく角膜障害、例えば、ドライアイなどのような症状の予防に使用することができる。また本発明による角膜障害改善剤の使用形態としては、種々の要因によって生じた角膜障害を改善するために、障害の患部またはその周辺部に適用することなどが挙げられる。具体例を挙げると、本発明による角膜障害改善剤を、ドライアイなどのような症状の改善療に使用することができる。
なお、有効成分であるセリシンは、保湿性を有するため、この意味でも、乾燥による外傷に基づく角膜障害からの保護、または障害改善に、本発明の薬剤は有効であると言える。
【0036】
本明細書において、「角膜上皮障害」の「治癒促進」とは、種々の要因によって障害を受けた角膜上皮組織の治癒能力、すなわち自己修復能力を補助もしくは強化することを意味する。したがって、「角膜上皮障害」の「治癒促進」には、障害周辺部における、角膜上皮細胞の分裂促進、伸展促進、または涙液層等に含まれる角膜保護成分の分泌促進等を包含する意味で用いられる。
【0037】
本発明による薬剤は、前記したとおり、セリシンを有効成分として含んでなる。ここで、「有効成分として含んでなる」とは、本発明の角膜保護剤の場合には、角膜保護効果を発揮するのに充分な量、すなわち有効量のセリシンを含有することをいい、角膜障害改善剤の場合には、角膜障害に対する改善効果を発揮するのに充分な量、すなわち有効量のセリシンを含有することをいい、さらに、角膜上皮障害治癒促進剤の場合には、角膜上皮障害に対する治癒促進効果を発揮するのに充分な量、すなわち有効量のセリシンを含有することをいう。
【0038】
本発明による薬剤は、通常、眼科用の医薬品製剤として、製剤化のために許容されうる溶剤や担体、他の添加剤と配合し、組成物の形で投与される。好適な投与法は、主として局所投与であるが、これに限定されるものでなく、種々の投与法を採用することができる。投与剤型としては、点眼剤、眼軟膏剤、眼内灌流・洗浄剤などが局所投与に適しているが、これに限定されるものでない。本発明において、薬剤は好ましくは点眼剤として提供される。
【0039】
剤型が点眼剤または眼内灌流・洗浄剤である場合、予め液剤の形に調製しておいてもよく、あるいは固形剤として調製し、使用時に溶剤に溶解、懸濁または乳化して用いるようにしてもよい。固形剤としては、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などが挙げられる。
これらは、公知の方法により適宜製造することができる。
【0040】
前記した製剤化のために許容されうる溶剤または担体としては、例えば、水(滅菌精製水、精製水等)、生理食塩水、緩衝剤(クエン酸およびその塩(クエン酸ナトリウム等)、ホウ酸およびその塩(ホウ砂等)、リン酸およびその塩(リン酸一水素ナトリウム等)、酢酸およびその塩(酢酸ナトリウム等)、酒石酸およびその塩(酒石酸ナトリウム等)などの組み合わせによる緩衝剤)、植物油(オリーブ油、大豆油、ごま油、綿実油等)、鉱物油(流動パラフィン、ワセリン)、アルコール類(プロピレングリコール、p−オクチルドデカノール)などが挙げられる。
【0041】
本発明による薬剤は、本発明の効果を妨げない限り、必要に応じて、他の薬学的有効成分をさらに含んでいてもよい。このような併用可能な他の成分としては、例えば、充血除去成分、眼調節薬成分、抗炎症薬成分または収斂薬成分、抗ヒスタミン薬成分または抗アレルギー薬成分、ビタミン類、アミノ酸類、抗菌薬成分、殺菌薬成分、糖類、局所麻酔薬成分、ステロイド成分、緑内障治療薬成分などが挙げられる。また、例えば、本発明の薬剤においては、セリシンに加えて、ヒアルロン酸などの保湿成分を添加することで保水性を強化した薬剤とすることも考えられる。
【0042】
本発明による薬剤のpHは、眼科的に許容されうる範囲のpHであれば特に限定されるものでなく、通常4.0〜10.0であり、好ましくは4.5〜9.5であり、より好ましくは5.0〜9.0である。pHの調整は、塩酸、クエン酸、ホウ酸、リン酸、酢酸、酒石酸またはそれらの塩、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどのpH調整剤や、前記緩衝剤を用いて行うことができる。
【0043】
本発明による薬剤の浸透圧は、眼科的に許容されうる範囲の浸透圧であれば特に限定されるものでなく、通常100〜1200mOsmであり、好ましくは100〜600mOsmであり、より好ましくは150〜400mOsmである。また、生理食塩水に対する浸透圧比は、通常0.3〜4.1であり、好ましくは0.3〜2.1であり、より好ましくは0.5〜1.4である。浸透圧の調整は、無機塩類(塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等)、糖類(マンニトール、グルコース等)、多価アルコール(グリセリン、プロピレングリコール等)などの等張化剤を用いて行うことができる。
【0044】
この他に、本発明による薬剤は、本発明の効果を妨げない限り、必要に応じて、個々の製剤を調製する際に通常使用される他の添加剤を含んでいてもよい。このような添加剤としては、例えば、溶解補助剤、安定化剤、保存剤、粘稠剤、キレート剤、清涼化剤などが挙げられる。
【0045】
本発明による薬剤の投与量は、使用するセリシンの種類、対象とする障害の種類、患者の年齢、体重、症状、所望の効果、投与法、処置期間などによって異なるが、局所投与の場合、通常、有効成分であるセリシンとして、例えば、成人1日あたり1μg〜100mg/眼となるように、1日1回〜数回にわけて投与するのがよい。
【0046】
したがって、本発明による薬剤は、有効成分であるセリシンを、1日あたり1μg〜100mgの範囲で投与される量含んでなることが好ましい。本発明による薬剤は、最終濃度として、0.01〜20%(w/v)となるようにセリシンを含んでなることが好ましく、より好ましくは0.1〜10%(w/v)である。この範囲でセリシンを含む薬剤を、成人1日1回〜数回、1回量10〜100μlを投与する。
【実施例】
【0047】
本発明を以下の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
7週令のSprague-Dawley系雄性ラット(清水実験材料株式会社より入手可)を4群に分け、ネンブタール注射液(大日本住友製薬株式会社より入手可)を、ラットの体重1kgあたり30mg腹腔内投与することにより全身麻酔を施した。その後、一定面積の角膜上皮層を剥離するために、直径2.5mmの生検トレパン(カイインダストリーズ株式会社より入手可)を用いて切り抜き、角膜中央部を刃渡り3.5mm、角度30°のビーバーブレード(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社より入手可)にて剥離した。これら角膜上皮層剥離を行った時間を基準にして、さらに以下の実験を進めた。
【0049】
角膜上皮層を剥離後、セリシン加水分解物をそれぞれ1%(w/v)、5%(w/v)、10%(w/v)の濃度で含有するセリシン溶液、およびコントロールとして生理食塩水を、剥離直後(0時間)、3時間後、6時間後、9時間後および12時間後の1日5回、3時間間隔で50μlずつ点眼した。
セリシン溶液の調製は、市販の粉体状セリシン加水分解物(ピュアセリシン(商品名)、和光純薬工業株式会社より入手可)の所定量を生理食塩水にて溶解後、孔径0.2μmのフィルター(Minisart、ザルトリウス株式会社より入手可)にてろ過滅菌することにより行った。
【0050】
角膜上皮層を、剥離後、剥離直後(0時間)、12時間後、24時間後、および36時間後にそれぞれ、ベノキシール(参天製薬株式会社より入手可)を含有する1%(w/v)フルオレセイン溶液を50μlずつ点眼して角膜創傷部位を染色し、デジタルカメラを接続した眼底カメラ(あたらしい眼科、「旧型眼底カメラに最新デジタルカメラの取り付け例」、24:1125-1127 (2007))にて撮影した。
結果は図1に示される通りであった。
【0051】
得られた画像の染色部を、画像解析ソフト(Image J、アメリカ国立衛生研究所(NIH))にて数値化することにより角膜上皮層欠損部面積を求め、以下の式により治癒率を算出した。
治癒率(%)=(剥離直後の欠損部面積−測定時の欠損部面積)/剥離直後の欠損部面積×100
【0052】
結果は表1および図2に示されるとおりであった。
【0053】
結果から、生理食塩水を点眼した群では、角膜上皮層を剥離後36時間までその障害が認められた。一方、セリシン溶液を点眼した群では、有意な治癒促進効果が認められ、セリシン濃度の増加とともにその効果は高まった。
また、得られた画像の目視判断から、本発明によってセリシンを使用した群について、角膜混濁は生じていないことが確認できた。
【0054】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の角膜上皮障害に対する治癒促進効果を示す写真である。
【図2】本発明の角膜上皮障害に対する治癒促進効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする、角膜保護剤または角膜障害改善剤。
【請求項2】
角膜上皮の保護または角膜上皮障害の改善のために用いられる、請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
セリシンを有効成分として含んでなることを特徴とする、角膜上皮障害治癒促進剤。
【請求項4】
セリシンが繭糸から抽出して得られたものである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項5】
セリシンの平均分子量が、3,000〜300,000である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項6】
セリシンが加水分解物である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の薬剤。
【請求項7】
点眼剤として提供される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の薬剤。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2010−83829(P2010−83829A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−256179(P2008−256179)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】