角膜実質細胞培養用スキャフォールド
【課題】
角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させる方法を提供すること。
【解決手段】
V型コラーゲンを支持体として角膜実質細胞を培養する。特に、培養した角膜実質細胞の再生医療への適用を考慮した場合、培地としては無血清培地を用いる。
なし
角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させる方法を提供すること。
【解決手段】
V型コラーゲンを支持体として角膜実質細胞を培養する。特に、培養した角膜実質細胞の再生医療への適用を考慮した場合、培地としては無血清培地を用いる。
なし
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、V型コラーゲンを主成分とする角膜実質細胞培養用スキャフォールドと前記スキャフォールドを用いた角膜実質細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は、外側から、角膜上皮層、ボーマン膜、実質角膜層、デスメ膜、角膜内皮層の5層からなる。角膜の大部分(約90%)を占める実質角膜層は、規則的なコラーゲンの配列とその間に散在する角膜実質細胞(keratocyte)からなり、通常血管は存在しない。角膜実質細胞は、神経堤に由来するユニークな細胞で、角膜の透明性維持において重要な役割を担っている。角膜実質細胞は、樹枝状(dendritic)形体を有し、ケラタン硫酸プロテオグリカン(KSPG)、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、CD34を発現している。
【0003】
再生医療やin vitroの薬剤試験では、角膜実質細胞の形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させることが求められる。しかしながら、角膜実質細胞は増殖能がきわめて低く、生体内ではほとんど再生能力がなく、生体外においてもその培養はきわめて困難で、その形体を維持したまま長期に培養することは実質的に困難とされてきた。例えば、血清を添加した培地で培養すると、角膜実質細胞は線維芽細胞あるいは二極性の筋線維芽細胞の形体に変化する。
【0004】
これに対し、その形体等の表現型を維持したまま角膜実質細胞を培養するいくつかの方法が報告されている。例えば、角膜実質細胞を羊膜上であれば血清添加条件下での培養であっても、TGFシグナリングがダウンレギュレートされ、ケラトカンの発現が維持されることが報告されている(非特許文献1)。また、角膜実質細胞を無血清培地で培養すると、TGFシグナリングがダウンレギュレートされ、その形体を維持したまま維持・増殖が可能であることが報告されている(非特許文献2)。しかしながら、前者の方法では、生体材料である羊膜や血清を利用するため、異種由来の感染源の混入など、安全性の点で問題がある。また、後者の方法は細胞の接着性が悪く、培養効率が劣るという問題がある。
【0005】
コラーゲンは、細胞培養のスキャフォールドとして従来より使用されている材料である。ヒトの体内には30種類以上の異なる分子種のコラーゲンが存在し、それぞれI型、II型のように称されている。保湿成分や細胞培養など一般に汎用されているコラーゲンは、骨や皮膚に大量に存在するI型コラーゲンで、通常コラーゲンとだけ記載されている場合は、このI型コラーゲンを意味する場合が多い。このほか、スキャフォールドとしては、基底膜に多く含まれ上皮細胞の足場となっているIV型コラーゲンの使用も知られている。
【0006】
一方、V型コラーゲンは、生体内での存在量が少なく、その生理的機能も十分明らかになっていない。これまで、内皮細胞や線維芽細胞等の培養にV型コラーゲンを用いた文献はいくつかあるが、V型コラーゲンは細胞の接着を阻害し(非特許文献3〜8)、増殖にも関与しないことが報告されている(非特許文献8及び9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kawakita T. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2006 May;47(5):1918-27
【非特許文献2】Kawakita T. et al., J. Biol. Chem., 2005 Jul 22;280(29):27085-92
【非特許文献3】Luparello C. et al., Eur. J. Cancer., 1990 Mar;26(3):231-40
【非特許文献4】Sakata N. et al., Exp. Mol. Pathol., 1992 Feb;56(1):20-36
【非特許文献5】Yamamoto K. et al., Artery., 1994;21(2):76-93
【非特許文献6】Yamamoto K. et al., Exp. Cell Res., 1992 Jul;201(1):55-63
【非特許文献7】Hatai M. et al., Cell Struct. Funct., 1993 Feb;18(1):53-60
【非特許文献8】Fukuda K. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 1988 Mar 30;151(3):1060-8
【非特許文献9】Sakata N. et al., 1: Cell Struct. Funct. 1994 Oct;19(5):291-303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、発明者らは角膜実質細胞のマトリックス成分であるコラーゲンに着目した。そして、種々のコラーゲン分子をスキャフォールドとして、角膜実質細胞の培養状態を評価した。また、用いる培地としては、再生医療に利用可能な培養系として無血清培地系を用いて検討を行った。その結果、V型コラーゲンを支持体とすることにより、角膜実質細胞の接着性が向上し、角膜実質細胞の特徴である樹枝状形体を維持したまま、培養できることを見出した。この結果は、従来知られているV型コラーゲンを用いた細胞培養の結果からは予測不可能なものだった。
【0010】
すなわち、本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する方法に関する。
【0011】
本発明の方法では、V型コラーゲンを含むスキャフォールドにより、市販のプラスチック培養皿を用いる場合と比較して、角膜実質細胞の培養皿への接着性がより高くなる。
なお培地としては、無血清培地を用いることが好ましい。
【0012】
また本発明の方法では、角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持した状態で長期間培養することができる。すなわち、樹枝状形体、ネットワーク構造、ケラトカンやCD34の発現といった角膜実質細胞に特徴的な表現型を維持したまま、少なくとも1週間以上培養することが可能である。
【0013】
本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールドを構成要素として含む、角膜実質細胞培養用キットも提供する。
前記キットは、さらに角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、角膜実質細胞をその形体等の表現型を維持したまま、培養させることが可能である。また、本発明は無血清培地を用いて実施可能であるため、培養した角膜実質細胞はそのまま再生医療等に適用可能である。本発明は、角膜実質細胞の培養はもとより、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、培養1日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図2】図2は、培養4日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図3】図3は、培養7日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図4】図4は、培養7日目の家兎角膜実質細胞を低倍率で観察した結果を示す。上段左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図5】図5は、培養1、4、7日目の培養皿中央部の家兎角膜実質細胞を示す。上段(1日目)、中段(4日目)、下段(7日目)、左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図6】図6は、培養1、4、7日目の培養皿周辺部の家兎角膜実質細胞を示す。上段(1日目)、中段(4日目)、下段(7日目)、左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図7】図7は、培養1、4、7日目の家兎角膜実質細胞について、アラマーブルー染色による蛍光強度を比較した結果示す(左1日目、中央4日目、右7日目)。グラフは左からコーティングなし(non)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1a)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1a-9-coll5-1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1a-5-coll5-5)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)を示す。
【図8】図8は、培養7日目の家兎角膜実質細胞の免疫染色結果を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図9】図9は、培養1日目の家兎角膜上皮細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図10】図10は、培養4日目の家兎角膜上皮細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図11】図11は、培養1、4日目の家兎角膜上皮細胞について、アラマーブルー染色による蛍光強度を比較した結果示す(左1日目、右4日目)。グラフは左からコーティングなし(non)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1a)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1a-9-coll5-1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1a-5-coll5-5)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)を示す。
【図12】図12は、培養6日目の家兎内皮細胞を示す。左からコーティングなし、IV型コラーゲン、V型コラーゲン。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールド(細胞の増殖を促して構造を保持するための細胞培養用の足場)を用いて、角膜実質細胞を培養する方法に関する。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
1.V型コラーゲン
コラーゲンは、細胞培養のスキャフォールドとして従来より使用されている材料である。コラーゲンは、現在では30種類程度の分子種の異なるものが、哺乳動物に限らず、魚類を含む広範な動物の生体組織中に存在することが知られており、「コラーゲン類」と総称される。
【0018】
一般に汎用されているコラーゲンは、骨や皮膚に大量に存在するI型コラーゲンで、通常コラーゲンとだけ記載されている場合は、このI型コラーゲンを意味する場合が多い。このほか、スキャフォールドとしては、基底膜に多く含まれ上皮細胞の足場となっているIV型コラーゲンが汎用されている。
【0019】
本発明で用いられるV型コラーゲンは、角膜実質や羊膜のコラーゲン線維を構成する成分の一つで、主成分のI型コラーゲンと比較してその存在量は少ない。V型コラーゲンは線維性コラーゲンであり、α1(V型)鎖、α2(V型)鎖、α3(V型)鎖が様々な割合で混合した三量体の混合物である。その機能は、コラーゲン再線維化の際に直径を細く制御することと考えられており、また一般的に細胞接着に対して負に働き、マイグレーション(細胞増殖に伴う細胞の移動)を妨げる役割があると考えられている。
【0020】
本発明で用いられるV型コラーゲンは、その出発原料とする動物の種、組織部位、年齢等は特に限定されず、任意のものを用いることができる。一般的には、哺乳動物(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ネズミ等)や鳥類(例えば、ニワトリ等)、あるいは魚類(例えば、タラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ、サメ等)の結合組織などから得られるコラーゲン様蛋白を出発原料として用いる。あるいは、動物組織からの抽出ではなく、遺伝子組み替え技術によって得られたコラーゲンを用いてもよい。
【0021】
本発明に用いられるコラーゲンの調製方法(抽出型)は、特に限定されないが、例えば、前記の出発原料(遺伝子組み替え技術は除く)から中性緩衝液や塩酸、酢酸、クエン酸などの希酸で抽出する方法が挙げられる。なお、抽出されるコラーゲン量は少なく、大部分は不溶性コラーゲンとして残留するため、酵素あるいはアルカリで可溶化を行う。この可溶化コラーゲンより公知の方法(希釈沈澱、陰イオン交換カラム等)にしたがい、V型コラーゲンを分離精製する。
【0022】
2.角膜実質細胞
2.1 ドナーあるいは患者由来の角膜実質細胞
本発明で用いられる角膜実質細胞は、角膜実質細胞層に含まれる細胞を包括したものであり、角膜実質幹細胞、角膜実質前駆細胞をも含む。また角膜実質細胞は、患者以外のドナー、例えばヒト輸入アイバンク角膜の角膜実質を用いてもよいし、移植を受ける患者由来の角膜実質細胞を用いてもよい。
【0023】
2.2 幹細胞から分化誘導した角膜実質細胞
角膜実質細胞は、角膜実質幹細胞、間葉系幹細胞、あるいは胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞から誘導された角膜実質細胞を利用してもよい。用いられる角膜実質幹細胞、間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞の調製方法は特に限定されないが、治療を必要とする患者自身に由来する細胞であることが好ましい。ヒト角膜実質幹細胞は既報(例えば、特開2005-229870等)にしたがって単離可能である。また間葉系幹細胞を動物角膜実質内に移植することで角膜実質細胞様に分化すること(Mannello F., et al. Stem Cells, (2007)25:1603-1609)、また角膜障害モデル動物に対する治癒効果があることが報告されている(Joo Y.O., et al. Stem Cells, (2008)26:1047-1055)。
【0024】
人工多能性幹細胞とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子を導入することにより、ES細胞と同様の分化多能性を有するように再プログラミング(初期化)された細胞を言う。「人工多能性幹細胞」は、Yamanakaらにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、初めて樹立され「iPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell)」と命名された(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)。このiPS細胞のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入することにより樹立されたヒトiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、さらにc-Mycを含まない方法で作製されたiPS細胞(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)も用いることができる。
【0025】
また、Wisconsin大学のThomsonらによって、OCT3/4, SOX2, NANOG, LIN28の4遺伝子をヒト線維芽細胞に導入して作製された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Harvard大学のDaleyらにより、皮膚細胞にOCT3/4, SOX2, KLF4, C-MYC, hTERT, SV40 large Tの6遺伝子を導入して作製した人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、Sakuradaらによって、出生後の組織に存在する未分化幹細胞を細胞源として、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc等を導入することで、誘導された人工多能性幹細胞(特開2008-307007)も用いることができる。
【0026】
このほか、OCT3/4, KLF4, 低分子化合物をマウス神経前駆細胞等に導入して作製された人工多能性幹細胞(Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5, 568-574,)、SOX2, C-MYCを内因性に発現しているマウス神経幹細胞にOCT3/4, KLF4を導入して作製された人工多能性幹細胞(Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650)、C-MYCを用いることなく、Dnmt阻害剤やHDAC阻害剤を利用して作製された人工多能性幹細胞(Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは、公開されているすべての特許:特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852に記載の人工多能性幹細胞のいずれをも用いることができる。
【0027】
ES細胞については、倫理的問題を回避するため、すでに株化されているヒトES細胞を用いることが好ましい。
【0028】
ES細胞や人工多能性幹細胞からの角膜実質細胞の分化誘導は、直接であってもよいが、神経堤細胞や角膜実質幹細胞を介した間接的なものであってもよい。すなわち、ES細胞や人工多能性幹細胞をいったん神経堤細胞や角膜実質幹細胞に分化誘導し、この神経堤細胞や角膜実質幹細胞からさらに角膜実質細胞に分化誘導する。
【0029】
ES細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、SasaiやMizusekiらによって報告されたSDIA(Stromal cell-derived inducing activity)法が知られている。SDIA法はマウス由来の間質細胞(PA6細胞)をフィーダー細胞として利用することで、ES細胞から神経堤細胞を分化誘導する方法である(Kawasaki, H., Sasai, Y. et al. (2000) Neuron 28, 31-40.、Kawasaki, H., Sasai, Y. et al. (2002) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 1580-1585、Mizuseki, K., Sasai, Y. et al. (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 5828-5833)。このほか、ES細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、ST2細胞を用いる方法(Motohashi T et al. Stem Cells. 2007;25:402-10.)や、MS-5細胞を用いる方法(Lee G et al. Nat Biotechnol. 2007;25:1468-75.)も知られている。
【0030】
また、ES細胞や人工多能性幹細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、発明者によるSFEB法を改変した分化誘導方法(特願2009-134182)もある。SFEB(Serum-free Floating culture of Embryoid Body-like aggregates)法は、フィーダー細胞の非存在下で、特別な無血清培養液と浮遊凝集塊培養を組み合わせることで、マウスES細胞から神経細胞を誘導する方法である(Watanabe K et al. Nature Neuroscience 2005; 8: 288-96)。さらにES細胞から間葉系幹細胞を誘導する方法もある(Emmanuel N. O. et al., Stem Cells. 2006;24:1914-1922, Qizhou L. et al., Stem Cells. 2006;25:425-436)。
【0031】
3. 角膜実質細胞の培養方法
本発明の方法では、V型コラーゲン上に角膜実質細胞を播種し、適当な培地を用いて培養を行う。具体的には、例えば、V型コラーゲンでコーティングしたディッシュ等の培養容器やゼラチン等の培養基材上に角膜実質細胞を播種し、適当な培地を用いて培養を行う。
【0032】
3.1 V型コラーゲンスキャフォールド
本発明では、V型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する。ここで、V型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドは、V型コラーゲンを含む限り特に限定されない。例えば、V型コラーゲンを0.01%〜20%の濃度で、pH2〜8の緩衝液に溶解させたもの等を、培養容器やゼラチン等の培養基材等にコーティングしたものであってもよい。
【0033】
コラーゲンコーディングは、常法にしたがい、コラーゲンを希塩酸(pH3)で10倍希釈し容器や培養基材上に薄く塗り広げ、乾燥させることで実施できる。コーティングした容器や基材は、使用前に食塩加リン酸緩衝液(Phosphate-Buffered Saline:PBS)(Invitrogen)で洗浄することが好ましい。
【0034】
また培養基材上に縮合剤を用いて化学的にV型コラーゲンを固定したものであっても、電子線やγ線等を用いて非特異的な結合を促した物であってもよい。
【0035】
さらにV型コラーゲンをI型コラーゲン等の他の分子と配合させて上記の方法で培養基材表面にコーティングもしくは固定すること、もしくは配合したマトリックスと細胞とを混和して三次元培養用の足場として用いてもよい。
【0036】
3.2 培地
角膜実質細胞のV型コラーゲンフキャフォールド上での培養は、一般的な基礎培地、例えばDMEM培地、BME培地、α MEM培地、Dulbecco MEM培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、McCoy’s培地、ウイリアムスE培地、及びこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であればいずれも用いることができる。また通常用いられる表皮培養用の無血清培地を使用することもできる。
【0037】
これらを基本培地に、角膜実質細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分を適宜添加してもよい。
【0038】
例えば、栄養源としては、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム及び硫酸マンガン、各種ビタミン類、アミノ酸類等を含むことができる。
【0039】
その他必要に応じて、bFGF等の成長因子、ピルビン酸、ピルビン酸、βメルカプトエタノール等のアミノ酸還元剤、血清代替物等を添加することができる。なお血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、βメルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、市販のKnockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-def ined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0040】
これらの成分を配合して得られる培地のpHは5.5〜9.0、好ましくは6.0〜8.0、より好ましくは6.5〜7.5の範囲である。
【0041】
培養した角膜実質細胞の再生医療等への利用を考慮した場合、培地は他種血清成分を含まない無血清培地を用いることが好ましい。ここで、無血清培地は、動物血清に由来する病原体による感染の恐れがなく、得られた細胞や培養物は安全に、臨床応用に適用することができる。なお、無血清培地は、感染の恐れがない人工血清代替物を含んでいてもよい。そのような人工血清代替物としては、例えば、前述したKSR (knockout serum replacement:invitrogen社(GIBCO)製)、脂質リッチアルブミン等のアルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノールや3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物を挙げられる。
【0042】
培地には、bFGF(basic fibroblast growth factor)を添加すると、より良好な増殖が達成できる。培地へのbFGFの添加量は特に制限されないが、0.1〜50ng/ml程度、好ましくは1〜20ng/ml程度添加することができる。
【0043】
3.3 培養条件
角膜実質細胞は、上記のV型コラーゲンスキャフォールド上に1〜1x106 cells/cm2の播種密度、好ましくは1x102〜1x104 cells/cm2の播種密度で播種し、36℃〜38℃、好ましくは36.5℃〜37.5℃で、1%〜25% O2、1%〜15% CO2の条件下で培養する。
【0044】
3.4 培養角膜実質細胞の特徴
角膜実質細胞は、V型コラーゲンスキャフォールド上に高い接着性で保持される。また、V型コラーゲンスキャフォールド上において、角膜実質細胞はその特徴的な樹枝状の形体を維持したまま培養可能である。さらに細胞数が十分にある場合、生体角膜実質内の角膜実質細胞と同様に樹枝状の角膜実質細胞はギャブジャンクションを形成して手をつなぐ様に網目状のネットワーク構造を呈する。この他に角膜実質細胞の表現型は、CD34やケラトカイン等の角膜実質細胞に特徴的なマーカーの発現等を意味するが、これらの発現も期待される。角膜実質細胞の特徴的な表現型については、既報(例えば、Barbaro V et al. IOVS. 2006 Dec;47(12):5243-50.等)に詳細に記載されている。
【0045】
4.本発明の利用方法
4.1 角膜実質細胞の培養用キット
本発明は、また、角膜実質細胞の培養用キットも提供する。前記キットは、必須の構成要素として、細胞培養の支持体となるV型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドを含む。キットは、さらに、角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含んでいてもよい。
【0046】
本発明の培養用キットは、角膜実質細胞の培養はもちろん、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験のためのものであってもよい。
【0047】
本発明のキットには、上記の構成要素のほか、培養容器、緩衝液、三次元培養用の足場基材等、キットの目的に応じて、必要とされる他の構成要素を含んでいてもよい。
【0048】
4.2 再生医療への応用
本発明の方法によって培養(増殖)された角膜実質細胞を含む培養物は、他種血清を含まないため、再生医療に安心して利用することができる。すなわち、本発明の方法によって培養(増殖)された角膜実質細胞は、角膜実質細胞の移植を必要とする疾患を治療するための細胞製剤として利用できる。さらに本培養方法にて培養した後に得られる角膜実質細胞のコンディションメディウム(conditioned medium)を多能性幹細胞(ES/iPS細胞)や間葉系幹細胞等の幹細胞から角膜上皮細胞、角膜実質細胞、角膜内皮細胞に分化誘導する際に使用してもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
実施例1:無血清培地角膜実質細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。また、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、I型コラーゲンとV型コラーゲンを90%:10%、50%:50%で配合したもの(Totalで0.03% in pH3.0 HCl)についても、同様に評価を行った。
【0051】
家兎角膜実質を採取し、コラゲナーゼ処理して角膜実質細胞を単離した。この角膜実質細胞をコラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、b-FGF(2ng/ml)を含むDMEMを用いて培養をおこなった。
【0052】
培養1、4、7日目に培地交換を行い、その際に使用した培地に10/1量のアラマーブルーを混和し、1時間37℃で培養後培地すべてをサンプリングし、培養皿には新たに培地を入れて培養を続けた。サンプリングしたアラマーブルーの入った培地の蛍光強度(Ex.560 nm, Em.590 nm)を検出した。アラマーブルーの蛍光強度は細胞数に比例すると考えられ、細胞毒性はない。
【0053】
培養7日目のアラマーブルーアッセイ後に4%PFAにて培養細胞を固定し、Goat anti-keratocan(Santa Cruz)を使用して免疫染色を行った。一次抗体の反応は4℃、24時間、洗浄後にビオチン化抗体で4℃、21時間反応させ、Alexa488ラベルアビチンを常温で1時間反応させ、ヘキスト33258で細胞核を染色した。対象実験として goat ポリクローナルIgG抗体を一次抗体として用いた。
【0054】
2.結果
播種後1日後に培地交換をした後、細胞を観察したところ、コラーゲンコートなしのディッシュではほとんどの角膜実質細胞が剥がれた。コラーゲンをコーティングすることによりディッシュ底に接着して残存する角膜実質細胞が増すが、コラーゲンのタイプによって異なり、I型<IV型<V型の順で残存する細胞の量が増すことを顕微鏡観察またアラマーブルーアッセイにて確認した。コラーゲン上では良好な細胞接着性、伸展性、増殖性が得られ、個々の細胞は角膜実質細胞に特徴的な樹枝状形状であり、細胞同士が手を取り合うようにネットワーク構造を呈した。
【0055】
培養を継続しても細胞の形体に大きな変化はなく、血清添加条件で観察されるような二極性の線維芽細胞用の形体には変化せず、初期の形体的特長が保持された。肉眼観察でも、アラマーブルーアッセイでも他の条件と比較して、V型コラーゲンコーティングが最も培養に適していることが確認された。さらに培養7日後に固定して免疫染色を行ったところ、コラーゲンコートしたディッシュ上で培養した細胞はケラトカン陽性であることが分かった。
【0056】
培養1、4、7日目の細胞をそれぞれ図1〜3に、また低倍率で細胞を比較したものを図4に、培養1、4、7日目の細胞を培養皿中央部と周辺部でそれぞれ比較したものを図5及び6に示す。また、アラマーブルーの蛍光強度を比較したグラフを図7に、免疫染色の結果を図8に示す。
【0057】
比較例1:無血清培地角膜上皮細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。また、I型コラーゲンIV型コラーゲン、I型コラーゲンとV型コラーゲンを90%:10%、50%:50%で配合したもの(Totalで0.03% in pH3.0 HCl)についても、同様に評価を行った。
【0058】
家兎角膜を採取し、ディスパーゼ処理して角膜上皮細胞を単離した。この角膜上皮細胞をコラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、KSFM(keratinocyte serum free culture medium, invitrogen)を用いて培養をおこなった。
【0059】
培養1、4、7日目に培地交換を行い、その際に使用した培地に10/1量のアラマーブルーを混和し、1時間37℃で培養後培地すべてをサンプリングし、培養皿には新たに培地を入れて培養を続けた。サンプリングしたアラマーブルーの入った培地の蛍光強度(Ex.560 nm, Em.590 nm)を検出した。アラマーブルーの蛍光強度は細胞数に比例すると考えられ、細胞毒性はない。
【0060】
2.結果
培養1、4日目の細胞をそれぞれ図9及び10に、またアラマーブルーの蛍光強度を比較したグラフを図11に示す。培養1日後には大きな差はないが、4日後には顕微鏡観察でもアラマーブルーアッセイでもIV型コラーゲン上での培養が他の条件と比較して突出して良好であることが明らかとなり、角膜実質細胞培養で観察されたようなV型コラーゲンに対する特異的な接着、増殖性は確認できなかった。
【0061】
比較例2:角膜内皮細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。
【0062】
家兎角膜内皮を家兎角膜より採取し、explant法にて角膜内皮を培養増殖した後、コラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、一般的に角膜内皮の培養に使用されている10%血清、2 ng.ml bFGF, 30 μg/ml L-グルタミン入りのDMEMを用いて培養をおこなった。
【0063】
2.結果
培養開始6日目の細胞を図12に示す。角膜内皮培養ではコーティングなし、IV型コラーゲンコーティング条件下で良好な接着性を示し、6日目にはコンフルエントに達するが、V型コラーゲンコーティング上では細胞接着が疎らで、6日間ではコンフルエントにならず、角膜実質細胞とは逆の結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の方法によれば、角膜実質細胞をその形体を維持したまま、増殖させることが可能である。本発明は、角膜実質組織再生、角膜上皮・内皮誘導を目的とした角膜実質由来成分の抽出、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験のための培養キットとして有用である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、V型コラーゲンを主成分とする角膜実質細胞培養用スキャフォールドと前記スキャフォールドを用いた角膜実質細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は、外側から、角膜上皮層、ボーマン膜、実質角膜層、デスメ膜、角膜内皮層の5層からなる。角膜の大部分(約90%)を占める実質角膜層は、規則的なコラーゲンの配列とその間に散在する角膜実質細胞(keratocyte)からなり、通常血管は存在しない。角膜実質細胞は、神経堤に由来するユニークな細胞で、角膜の透明性維持において重要な役割を担っている。角膜実質細胞は、樹枝状(dendritic)形体を有し、ケラタン硫酸プロテオグリカン(KSPG)、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、CD34を発現している。
【0003】
再生医療やin vitroの薬剤試験では、角膜実質細胞の形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させることが求められる。しかしながら、角膜実質細胞は増殖能がきわめて低く、生体内ではほとんど再生能力がなく、生体外においてもその培養はきわめて困難で、その形体を維持したまま長期に培養することは実質的に困難とされてきた。例えば、血清を添加した培地で培養すると、角膜実質細胞は線維芽細胞あるいは二極性の筋線維芽細胞の形体に変化する。
【0004】
これに対し、その形体等の表現型を維持したまま角膜実質細胞を培養するいくつかの方法が報告されている。例えば、角膜実質細胞を羊膜上であれば血清添加条件下での培養であっても、TGFシグナリングがダウンレギュレートされ、ケラトカンの発現が維持されることが報告されている(非特許文献1)。また、角膜実質細胞を無血清培地で培養すると、TGFシグナリングがダウンレギュレートされ、その形体を維持したまま維持・増殖が可能であることが報告されている(非特許文献2)。しかしながら、前者の方法では、生体材料である羊膜や血清を利用するため、異種由来の感染源の混入など、安全性の点で問題がある。また、後者の方法は細胞の接着性が悪く、培養効率が劣るという問題がある。
【0005】
コラーゲンは、細胞培養のスキャフォールドとして従来より使用されている材料である。ヒトの体内には30種類以上の異なる分子種のコラーゲンが存在し、それぞれI型、II型のように称されている。保湿成分や細胞培養など一般に汎用されているコラーゲンは、骨や皮膚に大量に存在するI型コラーゲンで、通常コラーゲンとだけ記載されている場合は、このI型コラーゲンを意味する場合が多い。このほか、スキャフォールドとしては、基底膜に多く含まれ上皮細胞の足場となっているIV型コラーゲンの使用も知られている。
【0006】
一方、V型コラーゲンは、生体内での存在量が少なく、その生理的機能も十分明らかになっていない。これまで、内皮細胞や線維芽細胞等の培養にV型コラーゲンを用いた文献はいくつかあるが、V型コラーゲンは細胞の接着を阻害し(非特許文献3〜8)、増殖にも関与しないことが報告されている(非特許文献8及び9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Kawakita T. et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 2006 May;47(5):1918-27
【非特許文献2】Kawakita T. et al., J. Biol. Chem., 2005 Jul 22;280(29):27085-92
【非特許文献3】Luparello C. et al., Eur. J. Cancer., 1990 Mar;26(3):231-40
【非特許文献4】Sakata N. et al., Exp. Mol. Pathol., 1992 Feb;56(1):20-36
【非特許文献5】Yamamoto K. et al., Artery., 1994;21(2):76-93
【非特許文献6】Yamamoto K. et al., Exp. Cell Res., 1992 Jul;201(1):55-63
【非特許文献7】Hatai M. et al., Cell Struct. Funct., 1993 Feb;18(1):53-60
【非特許文献8】Fukuda K. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 1988 Mar 30;151(3):1060-8
【非特許文献9】Sakata N. et al., 1: Cell Struct. Funct. 1994 Oct;19(5):291-303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持しながら効率よく増殖させる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、発明者らは角膜実質細胞のマトリックス成分であるコラーゲンに着目した。そして、種々のコラーゲン分子をスキャフォールドとして、角膜実質細胞の培養状態を評価した。また、用いる培地としては、再生医療に利用可能な培養系として無血清培地系を用いて検討を行った。その結果、V型コラーゲンを支持体とすることにより、角膜実質細胞の接着性が向上し、角膜実質細胞の特徴である樹枝状形体を維持したまま、培養できることを見出した。この結果は、従来知られているV型コラーゲンを用いた細胞培養の結果からは予測不可能なものだった。
【0010】
すなわち、本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する方法に関する。
【0011】
本発明の方法では、V型コラーゲンを含むスキャフォールドにより、市販のプラスチック培養皿を用いる場合と比較して、角膜実質細胞の培養皿への接着性がより高くなる。
なお培地としては、無血清培地を用いることが好ましい。
【0012】
また本発明の方法では、角膜実質細胞を、その形体等の表現型を維持した状態で長期間培養することができる。すなわち、樹枝状形体、ネットワーク構造、ケラトカンやCD34の発現といった角膜実質細胞に特徴的な表現型を維持したまま、少なくとも1週間以上培養することが可能である。
【0013】
本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールドを構成要素として含む、角膜実質細胞培養用キットも提供する。
前記キットは、さらに角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、角膜実質細胞をその形体等の表現型を維持したまま、培養させることが可能である。また、本発明は無血清培地を用いて実施可能であるため、培養した角膜実質細胞はそのまま再生医療等に適用可能である。本発明は、角膜実質細胞の培養はもとより、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、培養1日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図2】図2は、培養4日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図3】図3は、培養7日目の家兎角膜実質細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上段は培養皿中央部(Center)、下段は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図4】図4は、培養7日目の家兎角膜実質細胞を低倍率で観察した結果を示す。上段左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図5】図5は、培養1、4、7日目の培養皿中央部の家兎角膜実質細胞を示す。上段(1日目)、中段(4日目)、下段(7日目)、左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図6】図6は、培養1、4、7日目の培養皿周辺部の家兎角膜実質細胞を示す。上段(1日目)、中段(4日目)、下段(7日目)、左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、下段左からI型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。
【図7】図7は、培養1、4、7日目の家兎角膜実質細胞について、アラマーブルー染色による蛍光強度を比較した結果示す(左1日目、中央4日目、右7日目)。グラフは左からコーティングなし(non)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1a)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1a-9-coll5-1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1a-5-coll5-5)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)を示す。
【図8】図8は、培養7日目の家兎角膜実質細胞の免疫染色結果を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図9】図9は、培養1日目の家兎角膜上皮細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図10】図10は、培養4日目の家兎角膜上皮細胞を示す。左からコーティングなし(noncoat)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1 90%, coll5 10%)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1 50%, coll5 50%)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)。図面上は培養皿中央部(Center)、下は培養皿周辺部(Peripheral)を示す。
【図11】図11は、培養1、4日目の家兎角膜上皮細胞について、アラマーブルー染色による蛍光強度を比較した結果示す(左1日目、右4日目)。グラフは左からコーティングなし(non)、IV型コラーゲン(coll4)、I型コラーゲン(coll1a)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=90%:10%(coll1a-9-coll5-1)、I型コラーゲン:V型コラーゲン=50%:50%(coll1a-5-coll5-5)50%:50%、V型コラーゲン(coll5)を示す。
【図12】図12は、培養6日目の家兎内皮細胞を示す。左からコーティングなし、IV型コラーゲン、V型コラーゲン。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、V型コラーゲンを含むスキャフォールド(細胞の増殖を促して構造を保持するための細胞培養用の足場)を用いて、角膜実質細胞を培養する方法に関する。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
1.V型コラーゲン
コラーゲンは、細胞培養のスキャフォールドとして従来より使用されている材料である。コラーゲンは、現在では30種類程度の分子種の異なるものが、哺乳動物に限らず、魚類を含む広範な動物の生体組織中に存在することが知られており、「コラーゲン類」と総称される。
【0018】
一般に汎用されているコラーゲンは、骨や皮膚に大量に存在するI型コラーゲンで、通常コラーゲンとだけ記載されている場合は、このI型コラーゲンを意味する場合が多い。このほか、スキャフォールドとしては、基底膜に多く含まれ上皮細胞の足場となっているIV型コラーゲンが汎用されている。
【0019】
本発明で用いられるV型コラーゲンは、角膜実質や羊膜のコラーゲン線維を構成する成分の一つで、主成分のI型コラーゲンと比較してその存在量は少ない。V型コラーゲンは線維性コラーゲンであり、α1(V型)鎖、α2(V型)鎖、α3(V型)鎖が様々な割合で混合した三量体の混合物である。その機能は、コラーゲン再線維化の際に直径を細く制御することと考えられており、また一般的に細胞接着に対して負に働き、マイグレーション(細胞増殖に伴う細胞の移動)を妨げる役割があると考えられている。
【0020】
本発明で用いられるV型コラーゲンは、その出発原料とする動物の種、組織部位、年齢等は特に限定されず、任意のものを用いることができる。一般的には、哺乳動物(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ネズミ等)や鳥類(例えば、ニワトリ等)、あるいは魚類(例えば、タラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ、サメ等)の結合組織などから得られるコラーゲン様蛋白を出発原料として用いる。あるいは、動物組織からの抽出ではなく、遺伝子組み替え技術によって得られたコラーゲンを用いてもよい。
【0021】
本発明に用いられるコラーゲンの調製方法(抽出型)は、特に限定されないが、例えば、前記の出発原料(遺伝子組み替え技術は除く)から中性緩衝液や塩酸、酢酸、クエン酸などの希酸で抽出する方法が挙げられる。なお、抽出されるコラーゲン量は少なく、大部分は不溶性コラーゲンとして残留するため、酵素あるいはアルカリで可溶化を行う。この可溶化コラーゲンより公知の方法(希釈沈澱、陰イオン交換カラム等)にしたがい、V型コラーゲンを分離精製する。
【0022】
2.角膜実質細胞
2.1 ドナーあるいは患者由来の角膜実質細胞
本発明で用いられる角膜実質細胞は、角膜実質細胞層に含まれる細胞を包括したものであり、角膜実質幹細胞、角膜実質前駆細胞をも含む。また角膜実質細胞は、患者以外のドナー、例えばヒト輸入アイバンク角膜の角膜実質を用いてもよいし、移植を受ける患者由来の角膜実質細胞を用いてもよい。
【0023】
2.2 幹細胞から分化誘導した角膜実質細胞
角膜実質細胞は、角膜実質幹細胞、間葉系幹細胞、あるいは胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞から誘導された角膜実質細胞を利用してもよい。用いられる角膜実質幹細胞、間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞の調製方法は特に限定されないが、治療を必要とする患者自身に由来する細胞であることが好ましい。ヒト角膜実質幹細胞は既報(例えば、特開2005-229870等)にしたがって単離可能である。また間葉系幹細胞を動物角膜実質内に移植することで角膜実質細胞様に分化すること(Mannello F., et al. Stem Cells, (2007)25:1603-1609)、また角膜障害モデル動物に対する治癒効果があることが報告されている(Joo Y.O., et al. Stem Cells, (2008)26:1047-1055)。
【0024】
人工多能性幹細胞とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子を導入することにより、ES細胞と同様の分化多能性を有するように再プログラミング(初期化)された細胞を言う。「人工多能性幹細胞」は、Yamanakaらにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、初めて樹立され「iPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell)」と命名された(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)。このiPS細胞のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入することにより樹立されたヒトiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、さらにc-Mycを含まない方法で作製されたiPS細胞(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)も用いることができる。
【0025】
また、Wisconsin大学のThomsonらによって、OCT3/4, SOX2, NANOG, LIN28の4遺伝子をヒト線維芽細胞に導入して作製された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Harvard大学のDaleyらにより、皮膚細胞にOCT3/4, SOX2, KLF4, C-MYC, hTERT, SV40 large Tの6遺伝子を導入して作製した人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、Sakuradaらによって、出生後の組織に存在する未分化幹細胞を細胞源として、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Myc等を導入することで、誘導された人工多能性幹細胞(特開2008-307007)も用いることができる。
【0026】
このほか、OCT3/4, KLF4, 低分子化合物をマウス神経前駆細胞等に導入して作製された人工多能性幹細胞(Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5, 568-574,)、SOX2, C-MYCを内因性に発現しているマウス神経幹細胞にOCT3/4, KLF4を導入して作製された人工多能性幹細胞(Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650)、C-MYCを用いることなく、Dnmt阻害剤やHDAC阻害剤を利用して作製された人工多能性幹細胞(Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは、公開されているすべての特許:特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852に記載の人工多能性幹細胞のいずれをも用いることができる。
【0027】
ES細胞については、倫理的問題を回避するため、すでに株化されているヒトES細胞を用いることが好ましい。
【0028】
ES細胞や人工多能性幹細胞からの角膜実質細胞の分化誘導は、直接であってもよいが、神経堤細胞や角膜実質幹細胞を介した間接的なものであってもよい。すなわち、ES細胞や人工多能性幹細胞をいったん神経堤細胞や角膜実質幹細胞に分化誘導し、この神経堤細胞や角膜実質幹細胞からさらに角膜実質細胞に分化誘導する。
【0029】
ES細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、SasaiやMizusekiらによって報告されたSDIA(Stromal cell-derived inducing activity)法が知られている。SDIA法はマウス由来の間質細胞(PA6細胞)をフィーダー細胞として利用することで、ES細胞から神経堤細胞を分化誘導する方法である(Kawasaki, H., Sasai, Y. et al. (2000) Neuron 28, 31-40.、Kawasaki, H., Sasai, Y. et al. (2002) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 1580-1585、Mizuseki, K., Sasai, Y. et al. (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 5828-5833)。このほか、ES細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、ST2細胞を用いる方法(Motohashi T et al. Stem Cells. 2007;25:402-10.)や、MS-5細胞を用いる方法(Lee G et al. Nat Biotechnol. 2007;25:1468-75.)も知られている。
【0030】
また、ES細胞や人工多能性幹細胞から神経堤細胞を誘導する方法としては、発明者によるSFEB法を改変した分化誘導方法(特願2009-134182)もある。SFEB(Serum-free Floating culture of Embryoid Body-like aggregates)法は、フィーダー細胞の非存在下で、特別な無血清培養液と浮遊凝集塊培養を組み合わせることで、マウスES細胞から神経細胞を誘導する方法である(Watanabe K et al. Nature Neuroscience 2005; 8: 288-96)。さらにES細胞から間葉系幹細胞を誘導する方法もある(Emmanuel N. O. et al., Stem Cells. 2006;24:1914-1922, Qizhou L. et al., Stem Cells. 2006;25:425-436)。
【0031】
3. 角膜実質細胞の培養方法
本発明の方法では、V型コラーゲン上に角膜実質細胞を播種し、適当な培地を用いて培養を行う。具体的には、例えば、V型コラーゲンでコーティングしたディッシュ等の培養容器やゼラチン等の培養基材上に角膜実質細胞を播種し、適当な培地を用いて培養を行う。
【0032】
3.1 V型コラーゲンスキャフォールド
本発明では、V型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する。ここで、V型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドは、V型コラーゲンを含む限り特に限定されない。例えば、V型コラーゲンを0.01%〜20%の濃度で、pH2〜8の緩衝液に溶解させたもの等を、培養容器やゼラチン等の培養基材等にコーティングしたものであってもよい。
【0033】
コラーゲンコーディングは、常法にしたがい、コラーゲンを希塩酸(pH3)で10倍希釈し容器や培養基材上に薄く塗り広げ、乾燥させることで実施できる。コーティングした容器や基材は、使用前に食塩加リン酸緩衝液(Phosphate-Buffered Saline:PBS)(Invitrogen)で洗浄することが好ましい。
【0034】
また培養基材上に縮合剤を用いて化学的にV型コラーゲンを固定したものであっても、電子線やγ線等を用いて非特異的な結合を促した物であってもよい。
【0035】
さらにV型コラーゲンをI型コラーゲン等の他の分子と配合させて上記の方法で培養基材表面にコーティングもしくは固定すること、もしくは配合したマトリックスと細胞とを混和して三次元培養用の足場として用いてもよい。
【0036】
3.2 培地
角膜実質細胞のV型コラーゲンフキャフォールド上での培養は、一般的な基礎培地、例えばDMEM培地、BME培地、α MEM培地、Dulbecco MEM培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、McCoy’s培地、ウイリアムスE培地、及びこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であればいずれも用いることができる。また通常用いられる表皮培養用の無血清培地を使用することもできる。
【0037】
これらを基本培地に、角膜実質細胞の維持増殖に必要な各種栄養源や分化誘導に必要な各成分を適宜添加してもよい。
【0038】
例えば、栄養源としては、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウム及び硫酸マンガン、各種ビタミン類、アミノ酸類等を含むことができる。
【0039】
その他必要に応じて、bFGF等の成長因子、ピルビン酸、ピルビン酸、βメルカプトエタノール等のアミノ酸還元剤、血清代替物等を添加することができる。なお血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン)、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、βメルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、市販のKnockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-def ined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0040】
これらの成分を配合して得られる培地のpHは5.5〜9.0、好ましくは6.0〜8.0、より好ましくは6.5〜7.5の範囲である。
【0041】
培養した角膜実質細胞の再生医療等への利用を考慮した場合、培地は他種血清成分を含まない無血清培地を用いることが好ましい。ここで、無血清培地は、動物血清に由来する病原体による感染の恐れがなく、得られた細胞や培養物は安全に、臨床応用に適用することができる。なお、無血清培地は、感染の恐れがない人工血清代替物を含んでいてもよい。そのような人工血清代替物としては、例えば、前述したKSR (knockout serum replacement:invitrogen社(GIBCO)製)、脂質リッチアルブミン等のアルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノールや3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物を挙げられる。
【0042】
培地には、bFGF(basic fibroblast growth factor)を添加すると、より良好な増殖が達成できる。培地へのbFGFの添加量は特に制限されないが、0.1〜50ng/ml程度、好ましくは1〜20ng/ml程度添加することができる。
【0043】
3.3 培養条件
角膜実質細胞は、上記のV型コラーゲンスキャフォールド上に1〜1x106 cells/cm2の播種密度、好ましくは1x102〜1x104 cells/cm2の播種密度で播種し、36℃〜38℃、好ましくは36.5℃〜37.5℃で、1%〜25% O2、1%〜15% CO2の条件下で培養する。
【0044】
3.4 培養角膜実質細胞の特徴
角膜実質細胞は、V型コラーゲンスキャフォールド上に高い接着性で保持される。また、V型コラーゲンスキャフォールド上において、角膜実質細胞はその特徴的な樹枝状の形体を維持したまま培養可能である。さらに細胞数が十分にある場合、生体角膜実質内の角膜実質細胞と同様に樹枝状の角膜実質細胞はギャブジャンクションを形成して手をつなぐ様に網目状のネットワーク構造を呈する。この他に角膜実質細胞の表現型は、CD34やケラトカイン等の角膜実質細胞に特徴的なマーカーの発現等を意味するが、これらの発現も期待される。角膜実質細胞の特徴的な表現型については、既報(例えば、Barbaro V et al. IOVS. 2006 Dec;47(12):5243-50.等)に詳細に記載されている。
【0045】
4.本発明の利用方法
4.1 角膜実質細胞の培養用キット
本発明は、また、角膜実質細胞の培養用キットも提供する。前記キットは、必須の構成要素として、細胞培養の支持体となるV型コラーゲンを主成分とするスキャフォールドを含む。キットは、さらに、角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含んでいてもよい。
【0046】
本発明の培養用キットは、角膜実質細胞の培養はもちろん、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験のためのものであってもよい。
【0047】
本発明のキットには、上記の構成要素のほか、培養容器、緩衝液、三次元培養用の足場基材等、キットの目的に応じて、必要とされる他の構成要素を含んでいてもよい。
【0048】
4.2 再生医療への応用
本発明の方法によって培養(増殖)された角膜実質細胞を含む培養物は、他種血清を含まないため、再生医療に安心して利用することができる。すなわち、本発明の方法によって培養(増殖)された角膜実質細胞は、角膜実質細胞の移植を必要とする疾患を治療するための細胞製剤として利用できる。さらに本培養方法にて培養した後に得られる角膜実質細胞のコンディションメディウム(conditioned medium)を多能性幹細胞(ES/iPS細胞)や間葉系幹細胞等の幹細胞から角膜上皮細胞、角膜実質細胞、角膜内皮細胞に分化誘導する際に使用してもよい。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
実施例1:無血清培地角膜実質細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。また、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、I型コラーゲンとV型コラーゲンを90%:10%、50%:50%で配合したもの(Totalで0.03% in pH3.0 HCl)についても、同様に評価を行った。
【0051】
家兎角膜実質を採取し、コラゲナーゼ処理して角膜実質細胞を単離した。この角膜実質細胞をコラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、b-FGF(2ng/ml)を含むDMEMを用いて培養をおこなった。
【0052】
培養1、4、7日目に培地交換を行い、その際に使用した培地に10/1量のアラマーブルーを混和し、1時間37℃で培養後培地すべてをサンプリングし、培養皿には新たに培地を入れて培養を続けた。サンプリングしたアラマーブルーの入った培地の蛍光強度(Ex.560 nm, Em.590 nm)を検出した。アラマーブルーの蛍光強度は細胞数に比例すると考えられ、細胞毒性はない。
【0053】
培養7日目のアラマーブルーアッセイ後に4%PFAにて培養細胞を固定し、Goat anti-keratocan(Santa Cruz)を使用して免疫染色を行った。一次抗体の反応は4℃、24時間、洗浄後にビオチン化抗体で4℃、21時間反応させ、Alexa488ラベルアビチンを常温で1時間反応させ、ヘキスト33258で細胞核を染色した。対象実験として goat ポリクローナルIgG抗体を一次抗体として用いた。
【0054】
2.結果
播種後1日後に培地交換をした後、細胞を観察したところ、コラーゲンコートなしのディッシュではほとんどの角膜実質細胞が剥がれた。コラーゲンをコーティングすることによりディッシュ底に接着して残存する角膜実質細胞が増すが、コラーゲンのタイプによって異なり、I型<IV型<V型の順で残存する細胞の量が増すことを顕微鏡観察またアラマーブルーアッセイにて確認した。コラーゲン上では良好な細胞接着性、伸展性、増殖性が得られ、個々の細胞は角膜実質細胞に特徴的な樹枝状形状であり、細胞同士が手を取り合うようにネットワーク構造を呈した。
【0055】
培養を継続しても細胞の形体に大きな変化はなく、血清添加条件で観察されるような二極性の線維芽細胞用の形体には変化せず、初期の形体的特長が保持された。肉眼観察でも、アラマーブルーアッセイでも他の条件と比較して、V型コラーゲンコーティングが最も培養に適していることが確認された。さらに培養7日後に固定して免疫染色を行ったところ、コラーゲンコートしたディッシュ上で培養した細胞はケラトカン陽性であることが分かった。
【0056】
培養1、4、7日目の細胞をそれぞれ図1〜3に、また低倍率で細胞を比較したものを図4に、培養1、4、7日目の細胞を培養皿中央部と周辺部でそれぞれ比較したものを図5及び6に示す。また、アラマーブルーの蛍光強度を比較したグラフを図7に、免疫染色の結果を図8に示す。
【0057】
比較例1:無血清培地角膜上皮細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。また、I型コラーゲンIV型コラーゲン、I型コラーゲンとV型コラーゲンを90%:10%、50%:50%で配合したもの(Totalで0.03% in pH3.0 HCl)についても、同様に評価を行った。
【0058】
家兎角膜を採取し、ディスパーゼ処理して角膜上皮細胞を単離した。この角膜上皮細胞をコラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、KSFM(keratinocyte serum free culture medium, invitrogen)を用いて培養をおこなった。
【0059】
培養1、4、7日目に培地交換を行い、その際に使用した培地に10/1量のアラマーブルーを混和し、1時間37℃で培養後培地すべてをサンプリングし、培養皿には新たに培地を入れて培養を続けた。サンプリングしたアラマーブルーの入った培地の蛍光強度(Ex.560 nm, Em.590 nm)を検出した。アラマーブルーの蛍光強度は細胞数に比例すると考えられ、細胞毒性はない。
【0060】
2.結果
培養1、4日目の細胞をそれぞれ図9及び10に、またアラマーブルーの蛍光強度を比較したグラフを図11に示す。培養1日後には大きな差はないが、4日後には顕微鏡観察でもアラマーブルーアッセイでもIV型コラーゲン上での培養が他の条件と比較して突出して良好であることが明らかとなり、角膜実質細胞培養で観察されたようなV型コラーゲンに対する特異的な接着、増殖性は確認できなかった。
【0061】
比較例2:角膜内皮細胞培養系における各種コラーゲンコーティングの比較
1.方法
I型、IV型、V型コラーゲン溶液(高研社製、0.03% in pH3.0 HCl)に再構成緩衝液(終濃度5mM水酸化ナトリウム、26mM炭酸水素ナトリウム、20mMHEPES)を9対1の割合で加え、48 wells/plateのwell底に150μl滴下し、37℃で30分間インキュベートした。48 wells/plateを減圧下で完全に乾燥させた後、PBSでwell底を十分に洗浄する。
【0062】
家兎角膜内皮を家兎角膜より採取し、explant法にて角膜内皮を培養増殖した後、コラーゲンコーティング上に2×105 cells/ wellで播種し、一般的に角膜内皮の培養に使用されている10%血清、2 ng.ml bFGF, 30 μg/ml L-グルタミン入りのDMEMを用いて培養をおこなった。
【0063】
2.結果
培養開始6日目の細胞を図12に示す。角膜内皮培養ではコーティングなし、IV型コラーゲンコーティング条件下で良好な接着性を示し、6日目にはコンフルエントに達するが、V型コラーゲンコーティング上では細胞接着が疎らで、6日間ではコンフルエントにならず、角膜実質細胞とは逆の結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の方法によれば、角膜実質細胞をその形体を維持したまま、増殖させることが可能である。本発明は、角膜実質組織再生、角膜上皮・内皮誘導を目的とした角膜実質由来成分の抽出、角膜実質細胞に対する薬剤の効果試験、分離細胞の培養試験、分化誘導後の培養試験、あるいは移植組織評価試験のための培養キットとして有用である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
V型コラーゲンを含むスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する方法。
【請求項2】
無血清培地を用いることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
角膜実質細胞の形体を維持しながら1週間以上培養可能であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記角膜実質細胞の形体が樹枝状形体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
V型コラーゲンを含むスキャフォールドを構成要素として含む、角膜実質細胞培養用キット。
【請求項6】
さらに角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含む、請求項5記載のキット。
【請求項1】
V型コラーゲンを含むスキャフォールドを用いて角膜実質細胞を培養する方法。
【請求項2】
無血清培地を用いることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
角膜実質細胞の形体を維持しながら1週間以上培養可能であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記角膜実質細胞の形体が樹枝状形体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
V型コラーゲンを含むスキャフォールドを構成要素として含む、角膜実質細胞培養用キット。
【請求項6】
さらに角膜実質細胞の培養に適した無血清培地を構成要素として含む、請求項5記載のキット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−125207(P2012−125207A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−280751(P2010−280751)
【出願日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]