説明

調製粉乳の製造方法

【課題】
不飽和脂肪酸と金属を含む調製乳において、金属に触媒される油脂の酸化を効果的に抑制できる調製乳の製造方法を提供する。
【解決手段】
調製粉乳の製造方法において、以下の工程を含む方法:
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類を含む調製乳原料とを、液中で混合して、液状調製乳を調製する工程、
調製した液状調製乳を、加熱殺菌する工程、
加熱殺菌した液状調製乳を、乾燥させて、調製粉乳を製造する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂の酸化による劣化が軽減され、長期間保存しても風味が良好な調製粉乳の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳に代表される乳(生乳)は、栄養に優れた食品であるが、保存に適さない。そこで、生乳を保存に適するように乾燥した粉乳、さらに脂肪分を取り除いてより長期の保存に適するようにした脱脂粉乳が、古くから製造されてきた。現代では、粉乳の製造はさらに精密なものとなり、成分や組成を、ヒトに適するように変化させ、さらに成長段階や年齢、体調や疾患などに適するように調製した、調製粉乳が製造されるようになっている。
【0003】
一般に、調製粉乳は、種々の成分を含む原料を混合して溶解した液状調製乳をいったん製造して、次にこの液状調製乳を乾燥して粉末にすることによって製造される。調製粉乳に添加される重要な成分として、種々の脂質と、微量金属元素がある。
【0004】
脂質は食生活に必須の栄養素であり、主に飲食品の摂取により体内に取り込まれる。脂質としては動物性油脂と植物性油脂があり、動物性油脂としては牛や水牛、ヤギ、ロバ等から得られる乳脂肪、豚油(ラード)、魚油等がある。また、植物性油脂としては、大豆油、コーン油、ゴマ油、エゴマ油等の植物から得られる油脂の他、微生物を培養して得られる油脂がある。
【0005】
近年、栄養学の発展やこれに伴う栄養所要量の変更により、飲食品、特に乳幼児用食品、栄養機能食品、特定保健用食品等の各種成分について改良が行われてきた。油脂では不飽和脂肪酸の栄養特性が注目されており、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸等の不飽和脂肪酸を配合、増強した飲食品が次々と発売されている。調製粉乳の製造において、これらの不飽和脂肪酸を含む油脂の添加は重要である。
【0006】
しかしながら、不飽和脂肪酸は、脂肪酸構造中に不飽和結合が存在することから、非常に酸化されやすいことが知られている。不飽和脂肪酸を含む油脂の酸化は、光、温度、酸素等によって容易に促進される。
【0007】
このために、油脂含有食品、特に不飽和脂肪酸を含むものは、長期にわたって保存しておくと、酸化されて不快な臭いを発し、味が劣化して商品価値が低下する。
【0008】
例えば、マグロ等の魚類を原料とする不飽和脂肪酸のDHAは、DHAの酸化による酸化臭とともに、戻り臭と呼ばれる魚臭を発生することがある。これらの臭気も酸化臭と同様、風味劣化をもたらし、製品品質を著しく低下させる。
【0009】
一般に、油の酸化を促進する要因としては、1)酸素の影響、2)温度の影響、3)金属イオンの影響、4)光の影響、等が知られている。
【0010】
例えば、銅、鉄、亜鉛、マンガン、クロム、ニッケル、コバルトなどの金属イオンは、油脂含有食品の酸化を促進させる酸化触媒として作用する。従って、前処理、製造、保存などの過程において、油脂の酸化抑制の観点だけから考えれば、金属と油脂との混合は避けるべきである。
【0011】
ところが、例えば、乳幼児用の調製粉乳の成分として、微量金属元素は必須のものであり、ヒトの発育に非常に重要である。このために、調製粉乳では、必須の成分として添加される不飽和脂肪酸が、必須の成分として添加される金属塩によって酸化促進されてしまうことが問題となっていた。
【0012】
上述のように調製粉乳の製造では、一般に、製造工程中の仕込み段階で、液状調製乳の成分として、不飽和脂肪酸を含む油脂、蛋白質、糖類、金属塩等のミネラル類、ビタミン類等多くの原料が溶解、混合される。続いて、この混合液は、殺菌、濃縮、乾燥の各段階で必要に応じて加熱され、高温にさらされる。すなわち、製造段階において油脂成分と金属成分の接触が不可避であり、さらに製造時に高温にさらされることから、油脂類が酸化されやすいという製造環境におかれていた。
【0013】
さらに、油脂類の酸化は、一旦酸化が始まると、酸化が開始しやすい条件を取り除いた後にも、連鎖的に進行してゆく。このために、いったん開始された酸化の進行を停止させることは非常に困難である。そこで、製造時の一時的な条件下で開始された酸化の連鎖反応であっても、保存期間が長くなるにつれて終わることなく進行してゆく。このため、製造時においても、酸化を開始させやすい条件を回避することが特に重要であった。
【0014】
このように、油脂及び金属塩を含む調製粉乳において、製造工程や製品の保存中での油脂成分の酸化開始条件の回避は、品質の向上、風味の維持、賞味期限の延長等の観点から急務であった。
【0015】
そこで、従来の調製粉乳の製造においては、金属塩の添加をできるだけ後の工程で行うという方法がとられていた。このような方法として、大別して2つの方法がある。
【0016】
ひとつの方法は、液状調製乳を乾燥して粉末にする直前の段階の水溶液(液状調製乳)(ただし、金属塩を含まない)に対して、金属塩の水溶液を添加する方法である。この方法では、金属塩を含まない液状調製乳に金属塩の水溶液を添加して、2つの水溶液を混合した直後に、瞬時に加熱乾燥して、調製粉乳を製造する。そのために、水溶液中の金属塩が液状調製乳の成分に接している時間は、極めて短い。この方法は、実用的な方法であるが、金属塩の水溶液を添加した後の加熱は本来であればできるだけ避けたい工程であること、さらに混合から加熱乾燥までの時間管理に非常に高精度の作業を要求されるという問題がある。また、この方法では、調製粉乳の製造は可能であるが、液状調製乳の製造に採用できるものではなかった。
【0017】
もうひとつの方法は、液状調製乳を乾燥した粉末(ただし、金属塩を含まない)と、金属塩を含む粉末を混合して、調製粉乳を製造する方法である(例えば、特許文献1参照)。この方法では、粉末の状態で、金属塩を添加して混合するために、水溶液中の金属塩が液状調製乳の成分に接することは、原理的にあり得ない。この方法は、実用的な方法であるが、粉体の均一な混合は、液体の均一な混合よりも難しく、高度な技術と複雑な工程を要するという問題がある。また、この方法では、調製粉乳の製造は可能であるが、液状調製乳の製造に採用できるものではなかった。
【0018】
さらに、上述した2つの方法の他にも、幾つかの方法が試みられている。例えば、金属結合タンパク質として知られるラクトフェリンを金属に結合させた金属結合ラクトフェリンを用いる方法(特許文献2)、金属結合カゼインを配合して用いる方法(特許文献3)、β−ラクトグロブリンを有効成分とする抗酸化剤を用いる方法(特許文献4)を、あげることができる。しかし、これらはいずれも、特定のタンパク質成分を相当に大量に用意する必要があったり、添加可能な金属量が限定されていたり、効果の点で不十分なものであったりするために、実用的な方法とされるには至っていない。例えば、特許文献2の技術では、ラクトフェリンは牛乳中の含有量が0.02〜0.2mg/mlとわずかであって(例えば、臨床新生児栄養学、金原出版、1995年、140頁)、大量の牛乳からラクトフェリンを精製する必要があった。また、特許文献3の技術では、鉄結合カゼイン及び銅結合カゼインの配合量が、前記鉄及び銅の重量が栄養組成物の固形分当たり0.01〜30mg%であって、栄養組成物中に添加可能な金属量が限定されていた。また、特許文献4の技術では、β−ラクトグロブリンを、油脂含有食品の油脂に対して15〜30重量%含有する必要があった。また、油脂含有食品が遷移金属を20ppm以上含有する場合には、β−ラクトグロブリンを20〜40重量%添加する必要があり、β−ラクトグロブリンを相当量必要としていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平6−245698号公報
【特許文献2】特開平10−176000号公報
【特許文献3】特開平8−98647号公報
【特許文献4】特開2000−104064号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
このように、油脂の酸化による劣化が軽減され、長期間保存しても風味が良好な調製粉乳を製造する方法が求められていた。特に、調製粉乳に必須の成分として含有される油脂が、同じく必須の成分として含有される金属成分によって酸化促進されて風味劣化することなく、長期の保存が可能となった調製粉乳の製造方法が、求められていた。
【0021】
従って、本発明の目的は、金属元素が添加され、且つ油脂の酸化が抑制された調製粉乳の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を行ったところ、調製乳の製造において、金属元素の中でも銅に着目し、銅の供給源として、あらかじめ銅を乳清蛋白質と結合させた銅結合乳清蛋白質を使用する技術に到達した。
【0023】
そして、本発明者らは、当該銅結合乳清蛋白質溶液を使用して、不飽和脂肪酸を含む調製乳を製造した。その結果、製造した調製乳は、酸化指標である過酸化物価が効果的に抑制されており、風味劣化も抑制されていることを見出し、本発明を完成させた。本発明によれば、調製乳に対して多種類の微量金属元素が添加される場合であっても、銅のみに対して前処理を行って、銅結合乳清蛋白質として添加すれば、十分な酸化抑制が実現した。
【0024】
すなわち、前記課題を解決する本発明は、調製乳の製造方法において、以下の1)、2)の工程を含む方法である。
1)銅と乳清蛋白質を液中で混合して銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程であって、銅の質量に対する乳清蛋白質と結合した銅の質量の割合が80%以上で調製する工程、
2)調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類からなる調製乳原料とを混合し、加熱殺菌して調製乳を製造する工程。
【0025】
また、本発明の第一の発明は、前記1)の工程における乳清蛋白質が0.7〜8.0質量%の濃度であること、前記1)の工程における液中で混合する銅と乳清蛋白質が、銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上であること、製造した調製乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製乳の過酸化物価が0.8meq/kg以下であること、製造した調製乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製乳に含まれるヘキサナール量が0.6ppm以下であること、を好ましい態様としている。
【0026】
本発明は、次の[1]〜[5]にもある。
[1]
調製乳の製造方法において、以下の1)、2)の工程を含む方法:
1)銅と乳清蛋白質を液中で混合して銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程であって、銅の質量に対する乳清蛋白質と結合した銅の質量の割合が80%以上で調製する工程、
2)調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類からなる調製乳原料とを混合し、加熱殺菌して調製乳を製造する工程。
[2]
前記1)の工程における乳清蛋白質が0.7〜8.0質量%の濃度である[1]に記載の方法。
[3]
前記1)の工程における液中で混合する銅と乳清蛋白質が、
銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
製造した調製乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製乳の過酸化物価が0.8meq/kg以下である[1]〜[3]の何れかに記載の方法。
[5]
製造した調製乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製乳に含まれるヘキサナール量が0.6ppm以下である[1]〜[4]の何れかに記載の方法。
【0027】
さらに、本発明は、次の[6]〜[29]にもある。
[6]
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類を含む調製乳原料とを、液中で混合して、液状調製乳を調製する工程、
調製した液状調製乳を、加熱殺菌する工程、
加熱殺菌した液状調製乳を、乾燥させて、調製粉乳を製造する工程、
を含む、調製粉乳の製造方法。
[7]
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、銅の水溶液と、乳清蛋白質の溶液とを、混合することによって行われる、[6]に記載の方法。
[8]
乳清蛋白質の溶液が、銅の水溶液と混合した後の最終濃度に換算して、0.7〜8.0質量%となる濃度の乳清蛋白質の溶液である、[7]に記載の方法。
[9]
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、
銅と乳清蛋白質とを、銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上の比率で混合して行われる、[6]〜[8]の何れかに記載の方法。
[10]
液状調製乳を調製する工程が、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、調製乳原料の溶液とを、混合することによって行われる、[6]〜[9]の何れかに記載の方法。
[11]
銅が、硫酸銅、グルコン酸銅、クエン酸銅、塩化銅、硝酸銅からなる群から選択された1種または2種以上である、[6]〜[10]の何れかに記載の方法。
[12]
製造した調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳の過酸化物価が0.8meq/kg以下である[6]〜[11]の何れかに記載の方法。
[13]
製造した調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳に含まれるヘキサナール量が0.6ppm以下である[6]〜[12]の何れかに記載の方法。
[14]
液状調製乳を調製する工程において、調製乳原料として、あらかじめ加熱殺菌された調製乳原料が使用される、[6]〜[13]の何れかに記載の方法。
[15]
調製した液状調製乳を加熱殺菌する工程と、加熱殺菌した液状調製乳を乾燥させて調製粉乳を製造する工程とが、
調製した液状調製乳を加熱して乾燥させて、調製粉乳を製造する工程、
によって行われる、[6]〜[14]の何れかに記載の方法。
[16]
[6]〜[15]の何れかに記載の方法によって製造された、調製粉乳。
[17]
製造された調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳の過酸化物価が0.8meq/kg以下である[16]に記載の調製粉乳。
[18]
製造された調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳に含まれるヘキサナール量が0.6ppm以下である[16]〜[17]の何れかに記載の調製粉乳。
[19]
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類を含む調製乳原料とを、液中で混合して、液状調製乳を調製する工程、
調製した液状調製乳を、加熱殺菌する工程、
を含む、液状調製乳の製造方法。
[20]
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、銅の水溶液と、乳清蛋白質の溶液とを、混合することによって行われる、[19]に記載の方法。
[21]
乳清蛋白質の溶液が、銅の水溶液と混合した後の最終濃度に換算して、0.7〜8.0質量%となる濃度の乳清蛋白質の溶液である、[19]〜[20]の何れかに記載の方法。
[22]
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、
銅と乳清蛋白質とを、銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上の比率で混合して行われる、[19]〜[21]の何れかに記載の方法。
[23]
液状調製乳を調製する工程が、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、調製乳原料の溶液とを、混合することによって行われる、[19]〜[22]の何れかに記載の方法。
[24]
銅が、硫酸銅、グルコン酸銅、クエン酸銅、塩化銅、硝酸銅からなる群から選択された1種または2種以上である、[19]〜[23]の何れかに記載の方法。
[25]
[19]〜[24]の何れかに記載の方法によって製造された、液状調製乳。
[26]
銅と乳清蛋白質とを液中で混合して調製されてなる銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液の、液状調製乳の銅元素の供給源としての使用。
[27]
銅と乳清蛋白質とを液中で混合して調製されてなる銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液からなる、液状調製乳用銅元素添加剤。
[28]
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
を含む、液状調製乳用銅元素添加剤の製造方法。
[29]
[28]に記載の方法によって製造された、液状調製乳用銅元素添加剤。
【発明の効果】
【0028】
本発明によって奏される効果は、次の通りである。
(1)銅及び不飽和脂肪酸を含む調製乳の製造において、製造段階の調乳液や製造後の調製乳の脂肪酸化を効果的に抑制することができる。
(2)銅と不飽和脂肪酸を混合しても酸化が抑制されるため、全成分を添加した調製乳を簡便に製造できることから、工程が複雑化することがない。
(3)銅とともに使用される乳清蛋白質は、乳由来の成分であり、調製乳に従来から添加されていた原料であるので、安全性の点でも安心であり、簡便な方法である。
(4)調製乳の酸化と共に増加する香気成分のヘキサナールを抑制できることから、良好な風味を保ち、保存期間の延長を達成することができる。
(5)簡便な方法であり、銅を配合する飲食品、飼料、医薬品の製造等に広く適用することができる。
(6)普及している従来の製造方法では安定な製品として製造することが困難であった、銅元素を添加した液状調製乳を、製造することができる。
(7)本発明の銅結合乳清蛋白質の溶液を使用すれば、銅元素以外の成分を含んでいる調製乳原料と、液中で混合することができるために、簡単かつ確実に、均一な混合が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができる。なお、本明細書において百分率は特に断りのない限り質量による表示である。
【0030】
<1>調製乳及びその原料
[液状調製乳]
本発明の液状調製乳は、生乳、牛乳、特別牛乳、またはこれらを原料として製造した乳原料を主要原料として製造されたものであり、さらに、乳幼児に必要な栄養分の加えられたものであってもよいが、いずれも液状の形態であるものをいう。
また、液状調製乳の態様としては、各種のミネラル類、ビタミン類、蛋白質等の栄養成分を配合して人乳に近づけた液状のものがある。本発明の液状調製乳は、これらのいずれの定義も含まれているものである。
本発明の液状調製乳は、乳児用調製乳、乳幼児用調製乳(フォローアップミルク)のほか、妊産婦・授乳婦用調製乳、成人用栄養調製乳、高齢者用栄養調製乳等の態様も含まれる。
【0031】
また、本発明の液状調製乳は、これを乾燥することによって、本発明の調製粉乳を製造することができる。微量金属元素成分としての銅元素と不飽和脂肪酸を含む油脂とを含む液状調製乳は、本発明によって、初めて安定な製品として製造が可能になったものである。本発明の液状調製乳は、本発明の調製粉乳を製造するための中間製品として有用であると同時に、それ自体が最終製品としても有用である。
【0032】
[調製粉乳]
調製粉乳は、乳および乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)において、「生乳、牛乳、特別牛乳、またはこれらを原料として製造した食品を加工し、または主要原料とし、乳幼児に必要な栄養分を加え粉末状にしたもの」として定義されるものが含まれる。
また、一般に、調製粉乳は、各種のミネラル類、ビタミン類、蛋白質等の栄養成分を配合して人乳に近づけ、さらに粉末状に加工したものをいう。本発明の調製粉乳は、これらのいずれの定義も含んでいる。
本発明における調製粉乳は、乳児用調製粉乳、乳幼児用調製粉乳(フォローアップミルク)のほか、妊産婦・授乳婦用調製粉乳、成人用栄養粉末、高齢者用栄養粉末等の態様も含まれる。
【0033】
[調製乳]
本発明において、液状調製乳及び調製粉乳を、調製乳と称することがある。
【0034】
[銅]
本明細書において、特に断りがない限り、銅とは、調製乳に含有されるような微量金属成分としての銅元素を意味する。そして、このような銅として、具体的には、銅化合物を使用することが好ましい。
銅化合物は、例えば銅を含む塩(銅の塩)を使用することができ、好ましくは水溶性の塩を使用することができる。このような銅の塩として、例えば、硫酸銅、グルコン酸銅、クエン酸銅、塩化銅、硝酸銅等を使用することができる。このような水溶性の銅の化合物(例えば銅の塩)を溶解させて、銅イオンを含んだ水溶液を、この明細書において、単に銅の水溶液ということがある。
本発明の「銅」として使用する銅化合物は1種類のみを使用しても良いし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0035】
[乳清蛋白質]
本発明の「乳清蛋白質」とは、「乳清蛋白質」そのものを意味するが、精製された高純度の「乳清蛋白質」を使用できる他、低純度であって乳清蛋白質以外の成分を含んでいるものも使用できる。
【0036】
乳清蛋白質原料を製造するために用いられる「乳原料」をそのまま乳清蛋白質の代替として使用することもできる。この場合の「乳原料」とは「乳清蛋白質原料」ということができる。
すなわち、本発明の乳清蛋白質原料としては、生乳、脱脂乳、全脂粉乳、脱脂粉乳等の乳清蛋白質を含有する通常の乳製品を用いることができる。
【0037】
乳清蛋白質の精製法としては、牛乳または脱脂粉乳にレンネット等を加えてカゼインと乳脂肪を取り除く方法や、前記工程からさらにゲル濾過法、限外濾過法、イオン交換法等により処理する方法があり、これらの方法で得られる乳清蛋白濃縮物、乳清蛋白分離物等を使用することができる。なお、市販の乳清蛋白質濃縮物(以下、WPCと記載することがある。)、乳清蛋白質分離物(以下、WPIと記載することがある。)等の乳清蛋白質原料を使用することもできる。
【0038】
一般的に、乳清蛋白質には、β−ラクトグロブリン、α−ラクトアルブミン、血清アルブミン、免疫グロブリン、ラクトフェリン、プロテオースペプトン等を含んでいるが、本発明で使用する「乳清蛋白質」においても、これらの成分を含有していても良い。
【0039】
なお、本発明の「乳清蛋白質」として使用される乳清蛋白質原料は水溶液であることが好ましい。
また、本発明の「乳清蛋白質」として使用する乳清蛋白質原料は1種類のみを使用しても良いし、2種以上を混合して使用してもよい。
【0040】
[蛋白質]
本発明の蛋白質としては、調製乳の原料として使用できるものであればよく、脱脂粉乳、全脂粉乳、カゼインや乳清蛋白質及びこれらの加水分解物等の乳由来の蛋白質の他、大豆蛋白質等を用いることができる。
【0041】
[不飽和脂肪酸]
本発明の不飽和脂肪酸としては、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸等を挙げることができる。本発明の不飽和脂肪酸は、飲食品等に添加されるものであれば特に限定されない。
【0042】
[油脂類]
本発明の油脂類は、牛、水牛、ヤギ、ロバ等から得られる乳脂肪、魚油、卵黄油等の動物性油脂、大豆油、コーン油、ゴマ油、エゴマ油、ナタネ油等の植物性油脂の他、微生物を培養して得られる油脂のいずれをも含むことができる。
【0043】
[糖類]
本発明の糖類は、乳糖、デキストリン、澱粉、ラフィノース、ラクチュロース、トレハロース等を使用することができる。
【0044】
[ビタミン類]
本発明のビタミン類は、ビタミンB群やビタミンC等の水溶性ビタミン、ビタミンA、ビタミンD及びビタミンE等の脂溶性ビタミンを使用することができる。
【0045】
[ミネラル類]
本発明のミネラル類は、ナトリウム、カリウム、カルシウム、鉄、亜鉛、マンガンの塩類を使用することができ、好適には、塩化ナトリウム、塩化カリウム、炭酸カルシウム、ピロリン酸第二鉄、硫酸亜鉛、硫酸マンガン等の形で配合することができる。一般的には、調製粉乳に添加されるミネラル類としては銅が含まれるが、本発明においては、銅は銅結合乳清蛋白質の形態で添加されるために、ミネラル類としては銅が添加されないものが使用される。ここでいう銅は、成分としての銅元素であり、具体的には、銅の化合物をいう。ただし、本発明の効果が発揮される範囲内で、あえてミネラル類として銅元素を添加して使用することも、本発明の範囲内である。
【0046】
<2>調製乳の製造方法
本発明の好適な実施の一態様において、調製乳(調製粉乳及び液状調製乳)は、以下に例示する工程を含んで製造することができる。
【0047】
(1)「銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程」
本発明の調製乳の製造方法では、調製乳の原料として用いられる銅を、予め乳清蛋白質と結合させた銅結合乳清蛋白質を調製し、これを銅の供給源として調製乳の製造に使用する。本工程は、本発明の最も特徴的な工程である。
これによって調製された銅結合乳清蛋白質を、油脂類を含むその他の調製乳の原料と混合すると、従来であれば金属の添加によって生じていた、調製乳の製造工程中に生じる油脂類の酸化が、効果的に抑制され、風味が良好で長期保存が可能な調製乳を製造することができる。
すなわち、銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程は、銅と乳清蛋白質とを液中で混合して銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程であり、添加した銅化合物の質量の中の銅の質量に対する乳清蛋白質と結合した銅の質量の割合を百分率で示した値(以下、「銅結合率」と記載する。)が80%以上とされる工程である。このように銅結合率を80%以上とすることで、本発明の効果が好適に発揮される。銅結合率は、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは94%以上であり、銅結合率の値が大きいほど酸化抑制の観点から好ましい。
「銅と乳清蛋白質を液中で混合する」とは、銅化合物溶液と乳清蛋白質溶液を混合することを意味する。好ましい実施の態様において、この工程は、銅の塩の水溶液と乳清蛋白質の溶液とを混合することによって、行うことができる。
【0048】
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程において、銅と乳清蛋白質を含む混合溶液は、20〜125℃の温度条件で、1時間〜2秒間保持して、銅と乳清蛋白質を結合して銅結合乳清蛋白質溶液を調製することが好ましい。好適な実施の態様において、80〜100℃の温度条件で、10分間〜5秒間加熱して、銅と乳清蛋白質を結合して銅結合乳清蛋白質溶液を調製することが好ましい。なお、100℃以上で加熱する場合は、プレート殺菌機を利用して、加圧下で加熱することが好ましい。
【0049】
本発明の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程において、液中で銅と乳清蛋白質を混合する際の、乳清蛋白質の濃度は、銅の水溶液と混合した後の最終濃度に換算して、好ましくは0.7〜8.0質量%の範囲、さらに好ましくは1.0〜8.0質量%の範囲、さらに好ましくは1.0〜5.0質量%の範囲、さらに好ましくは1.0〜4.5質量%の範囲、さらに好ましくは2.0〜4.5質量%の範囲、さらに好ましくは2.25〜4.5質量%の範囲となる濃度であることが好ましい。
【0050】
一方、銅の濃度は、本発明の製造方法における「銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程」で、前記銅結合率が80%(百分率)以上となる範囲であれば、設定した乳清蛋白質の濃度に応じて、適宜変更することが可能である。
【0051】
本発明の製造方法における「銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程」において、液中で銅と乳清蛋白質を混合する際の、乳清蛋白質の濃度と銅の濃度は前記のとおりである。さらに、銅の質量と乳清蛋白質の質量の混合比率として、銅の質量と乳清蛋白質の質量の比が、銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上であることが好ましい。言い換えれば、銅の質量と乳清蛋白質の質量比(銅:乳清蛋白質)が、銅:乳清蛋白質=1:≧60であることが好ましく、1:60〜1:3000であることが好ましく、1:60〜1:1000であることが好ましく、1:60〜1:500であることが好ましく、1:60〜1:300であることが好ましく、1:60〜1:150であることが好ましく、1:90〜1:150であることが好ましく、1:90〜1:113であることが好ましい。
【0052】
本工程で調製した銅結合乳清蛋白質溶液は、溶液中に存在する銅イオンが乳清蛋白質と結合した状態(遊離した銅イオンがほとんど存在しない状態:遊離した銅イオンの割合は20%未満)を保っており、これが銅によって促進されるはずの酸化を効果的に抑制している。
【0053】
本発明でいう銅結合乳清蛋白質は、銅の結合した乳清蛋白質を意味するが、具体的には、銅結合乳清蛋白質の水溶液を使用することができ、この銅結合乳清蛋白質水溶液中には、未結合の銅及び乳清蛋白質が、上記銅結合率80%以上の値を満たす範囲で、存在していてもよい。従って、以下a)〜d)の何れかの態様であることが予測されるが、いずれの態様も、本発明の銅結合乳清蛋白質として取り扱うことが可能である。(以下a)〜d)に記載されている銅は、具体的には、例えば銅化合物、あるいは銅の塩から生じた銅イオンを意味する。)
a)銅結合乳清蛋白質+水
b)銅結合乳清蛋白質+水+銅
c)銅結合乳清蛋白質+水+乳清蛋白質
d)銅結合乳清蛋白質+水+銅+乳清蛋白質
【0054】
本発明において、銅結合率は、添加した銅の質量に対する乳清蛋白質と結合した銅の質量の割合(百分率(%))であって、以下のように規定することが可能であり、以下の方法で算出することができる。
銅が結合した乳清蛋白質はカードを形成するため、遠心分離機を用いて、30,000rpm、1時間の条件で遠心分離処理すると沈殿が生じる。また、本発明の銅結合乳清蛋白質溶液における上清中には、乳清蛋白質に結合せずに遊離した銅(銅イオン)が銅全体の20%未満の割合で存在する。したがって、乳清蛋白質との結合に使用される銅の質量から、銅結合乳清蛋白質溶液の上清中の銅の質量を差し引いた際の質量が、乳清蛋白質に結合した銅の質量として換算できることから、本発明の銅結合率(%)は以下の式により算出した。
銅結合率(%)=[添加した銅の質量−銅結合乳清蛋白質溶液上清中の銅質量]/[添加した銅の質量]×100
【0055】
なお、[添加した銅の質量]及び[銅結合乳清蛋白質溶液上清中の銅質量]は、それぞれ[乳清蛋白質に添加する前の銅溶液]、および[銅結合乳清蛋白質溶液の上清溶液]について、原子吸光分光光度計(例えば、セイコー電子工業社製を使用)を使用して銅の吸光度を測定することによって前記質量を算出することができる。
【0056】
以上の態様によって調製された銅結合乳清蛋白質溶液は、次工程である調製乳(液状調製乳)を調製する工程に使用することができるが、直接液状調製乳を調製する工程には使用せず、銅結合乳清蛋白質溶液を一旦乾燥して、銅結合乳清蛋白質粉末を製造し、使用時に溶解水で溶解し、再び銅結合乳清蛋白質溶液を調製して、液状調製乳を調製する工程に使用しても良い。なお、銅結合乳清蛋白質溶液を調製乳の製造に使用する場合は、溶液中にカードが形成されているので、攪拌などを行って、良く分散して使用することが好ましい。
【0057】
すなわち、本発明における銅結合乳清蛋白質溶液は、乳清蛋白質が銅を取り込んで一体となっているため、乾燥・溶解を繰り返しても結合状態は安定であり、また、他の液状調製乳の原料との混合、加熱、噴霧乾燥、再溶解等によっても、銅が乳清蛋白質に結合した状態を保持し続けることができる。
【0058】
また、本発明は、種々の金属元素のなかで、銅のみを処理して銅結合乳清蛋白質とすることで、十分な酸化抑制の効果を実現できることを見出して、達成されたものである。しかし、銅以外の金属成分に対して、銅結合乳清蛋白質溶液の調製の工程と同様の工程を行うこともできる。例えば、銅結合乳清蛋白質溶液の調製の工程において、銅として使用する銅化合物に代えて、鉄化合物あるいは亜鉛化合物を使用して、鉄結合乳清蛋白質あるいは亜鉛結合乳清蛋白質を、調製することもできる。すなわち、鉄として硫酸鉄、塩化鉄、グルコン酸鉄等の鉄化合物を使用して、鉄結合乳清蛋白質を調製することができ、また、亜鉛として、硫酸亜鉛、グルコン酸亜鉛等の亜鉛化合物を使用して、亜鉛結合乳清蛋白質を調製することができる。このように調製した鉄結合乳清蛋白質あるいは亜鉛結合乳清蛋白質は、銅結合乳清蛋白質とともに、液状調製乳への金属の添加のために使用して、本発明の酸化抑制の効果を、さらに確実なものにすることができる。
【0059】
一般に調製乳に含まれる金属、なかでも遷移金属類は、脂質を酸化させる触媒反応を有しており、本発明のような、乳清蛋白質による銅の取り込みの技術を利用して、その他の金属に適用すれば、より風味が良好であり、長期保存が可能な調製乳を製造することができる。
【0060】
(2)「液状調製乳を調製する工程」
前記の工程で調製した銅結合乳清蛋白質溶液は、続いて「液状調製乳を製造する工程」により、調製乳原料と混合し、加熱殺菌して液状調製乳が製造される。本発明の「液状調製乳を製造する工程」とは、「銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程」で調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類(ただし、添加されるミネラル類として、銅の単体及び化合物を含まない)からなる調製乳原料とを混合し、加熱殺菌して液状調製乳を調製する工程である。
【0061】
銅結合乳清蛋白質溶液と混合される調製乳の原料としては、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類(ただし、添加されるミネラル類として、銅元素を含まない)等が例示され、銅結合乳清蛋白質溶液と混合する前に、所定量を予め、水、生乳、脱脂乳等に添加し、適宜加温して溶解しておくことが好ましい。
【0062】
なお、調製乳の原料の一部である油脂類は、予め加熱溶融され、前記で調製した調製乳の原料溶液に添加される。油脂類を添加した調製乳の原料溶液は、均質機によって均質化されることが好ましい。油脂類は、調製乳の原料の一部を溶解した溶液と混合し、一旦均質化した後、残りの調製乳の原料を追加して調製乳の原料溶液を完成させることが可能である。また、調製乳の原料溶液(調製乳原料)は、銅結合乳清蛋白質溶液との混合の前に、加熱殺菌をすることもできる。
【0063】
(3)「液状調製乳を加熱殺菌する工程」
上述のように混合され、調製された液状調製乳は、プレート殺菌機等を用いて、75〜150℃で加熱殺菌される。加熱殺菌工程に続いて、液中の脂肪球を均一な大きさに整え、良好な乳化状態にするための均質化工程を追加することもできる。
【0064】
本発明の液状調製乳は、不飽和脂肪酸と銅が溶液中に共存した状態で加熱殺菌しても、銅による不飽和脂肪酸の酸化促進作用が発揮されることのない、顕著に優れた特性を有している。
【0065】
加熱殺菌され、製造された液状調製乳は、乾燥させて調製粉乳を製造するために使用することができる中間製品であると同時に、これ自体を最終製品とすることもできる。すなわち、加熱殺菌され、製造された液状調製乳は、衛生的に充填機に移送され、そのまま、紙、プラスチック、アルミ等の容器に充填し、製品とすることができる。
本発明の液状調製乳は、調製乳100ml当たりの銅が1〜200μg含まれることが好ましい。
【0066】
なお、調製乳に含まれる銅は、本発明の方法で製造された調製乳の銅の総量であって、銅結合乳清蛋白質溶液として添加される銅の他、蛋白質やミネラル等の調製乳の原料の微量成分としての銅も含まれる。本発明の液状調製乳は、そのまま飲用するのに適した濃度であることが望ましい。使用時の加水等による細菌混入等の汚染を防止でき、衛生的に摂取することができるからである。
従って、本発明の液状調製乳は、加熱殺菌前に濃度調製されること、あるいは、加熱殺菌後に衛生的に濃度調製されることが好ましい。
このように得られる液状調製乳は、油脂類の酸化が十分に抑制され、風味良好なものであり、長期間保存できるという本発明の効果が十分に発揮されたものとなっている。
【0067】
(4)「液状調製乳を乾燥させて調製粉乳を製造する工程」
本発明の銅結合乳清蛋白質溶液と調製乳原料を混合して調製した液状調製乳を、加熱殺菌した後に、さらに乾燥して、粉末状の調製乳(調製粉乳)を製造することができる。加熱殺菌と乾燥とを、一工程で行っても良い。乾燥させる工程では、熱風による噴霧乾燥や凍結乾燥を実施することができる。熱風による噴霧乾燥は、加熱を伴うために、一定の殺菌作用が発揮される点で好ましい。得られた粉末は、新たに成分を加えることなく、充填し、製品とすることができる。本発明の調製粉乳は、粉末状の調製乳(調製粉乳)であって油脂類の酸化が十分に抑制され、風味良好なものであり、長期間保存できるという本発明の効果が十分に発揮されたものとなっている。
【0068】
<3>乳化液について
本発明の試験例6に記載されるとおり、前記で規定した調製乳原料の溶液の代わりに乳化液を使用して調製乳中の酸化抑制効果を検討することが可能である。本発明で使用する乳化液とは、乳蛋白質と油脂類を混合し、均質化処理して得られる乳化液を例示することができ、当該乳化液で試験することにより、調製乳中での酸化抑制効果と同等の効果を迅速に測定し、確認することができる。
【0069】
<4>酸化抑制および香気成分の低減効果について
本発明の製造方法で得られる調製乳は、油脂類の酸化が効果的に抑制され、また特定の香気成分が低減されるという特徴を有するものである。そして、本発明の製造方法で製造される調製乳は、酸化の程度を表す過酸化物価(POV)、香気成分の一種であるヘキサナールの定量、および風味試験に基づく官能評価のそれぞれによって、本発明の調製乳の効果を評価できるものである。
本発明の調製乳は、上記の評価方法により、液状の調製乳(液状調製乳)、粉末状の調製乳(調製粉乳)のいずれの場合であっても同様に評価することができる。
【0070】
(1)過酸化物価(POV)
油脂または油脂含有食品の酸化の程度を調べる方法としては、過酸化物価(POV)や酸価(AV)がよく用いられる。特に、過酸化物価(POV)は、本発明の製造方法で製造された調製乳の酸化の程度を測る指標として適用できる。
【0071】
POVは、油脂の酸化で生ずるハイドロパーオキサイドの含量をヨウ素滴定法によって測定するもので、初期段階の酸敗度を判定する指標として広く用いられている。単位としてmeq/kgが用いられ、この数字が大きいほど酸化が進んでいることを意味している。
【0072】
POVの測定は、日本油化学協会の公定法であるヨウ素滴定法(日本食品工業学会食品分析法編集委員会編、「食品分析法」、第552ページ、光琳、昭和57年)に準じて試験することができる。
【0073】
例えば、保存試料から油脂約10gを抽出し、精密に量り採る。この油脂を、共栓三角フラスコに入れてクロロホルム・氷酢酸混液(2:3)35mlを加えて溶解する。次いで、フラスコ内の空気を窒素ガス又は二酸化炭素を通じながら飽和ヨウ化カリウム溶液1mlを加え、直ちに共栓をして約1分間混ぜた後、デンプン試液を指示薬として、0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定する。別に同様に操作して空試験を行い補正する。
【0074】
過酸化物価は次式により求められる。
過酸化物価(meq/kg)=[(a×F)/S]×10
ただし、S:試料の採取量(g)
a:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の消費量(ml)
F:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の力価
【0075】
なお、POVの値は、試料の保存環境(温度、湿度、光、酸素)にも影響されることから、本発明の製造方法で製造される調製乳のPOV値は、これらを考慮したものであることが望ましい。
すなわち、本発明の製造方法で製造される調製粉乳は、アルミ袋等により密封され、室温、遮光下で、2ヶ月保存したときの調製粉乳の過酸化物価が、1.0meq/kg以下であることが好ましく、0.8meq/kg以下であることが特に好ましく、0.78meq/kg以下であることが最も好ましい。
【0076】
(2)香気成分の定量
本発明においては、油脂の酸化が進行するとともに増加する香気成分のヘキサナールを測定し、これを酸化の度合いとして評価することができる。ヘキサナールは、粉末の調製乳の試料を温度調整した水に溶解した際に発生する香気成分、又は液状調製乳等の溶液から発生する香気成分として測定することが可能であり、固相マイクロ抽出ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)等で分析することができる。
【0077】
なお、本発明のヘキサナール量とは、測定されたクロマトグラム上の面積を数値化し、さらに内部標準法で定量化したものである。ヘキサナール量の測定では、測定ごとに内部標準試料を添加して面積を測定し、絶対値に誤差が生じないようにした。
香気成分の分析条件は以下の条件で行うことが可能である。
【0078】
[測定機器]
・GC:AGILENT社製、6890型
・MS:AGILENT社製、5973型
・カラム:INNOWAX(商品名、AGILENT社製)
膜厚:0.5μm 長さ:30m 口径:0.25mm
・SPMEファイバー:SUPELCO社製
[香気成分の分離濃縮方法]
・固相マイクロ抽出法(SPME):50℃、30分ヘッドスペース法
[測定条件]
・GC注入口温度:265℃
・ガス流量:1.2ml/分
・ヘリウムガスオーブン昇温条件:40℃,2分、4℃/分(120分まで)、6℃/分(240分まで)、10分保持
・MS測定モード:スキャン 2.32(SCAN/秒)
【0079】
本発明の製造方法で製造される調製粉乳は、アルミ袋等により密封され、室温、遮光下で、2ヶ月保存したときの調製粉乳のヘキサナール量が、1.1ppm以下であることが好ましく、1.0ppm以下であることがさらに好ましく、0.6ppm以下であることがさらに好ましく、0.55ppm以下であることが最も好ましい。
【0080】
(3)官能評価試験
本発明の製造方法で製造される調製粉乳は以下の方法により評価することができる。すなわち、アルミ袋等により密封され、室温、遮光下で、2ヶ月保存したときの調製粉乳について、複数名の官能評価パネラーにより、前記の調製粉乳の試料を固形分として13.0g/100mlとなるようにお湯で溶解して試料溶液を調製し、官能評価試験を実施することにより風味を評価することが可能である。
【0081】
官能評価試験については、風味を、「最良」(3点)、「良好」(2点)、「やや不良」(1点)、「不良」(0点)の4段階で評価することができる。
官能評価試験の総合評価は、パネラーによる風味試験の平均点が、3〜2.5点を「最良」:◎として評価し、2.5〜1.5点を「良好」:○として評価し、1.5〜0.5点を「やや不良」:△として評価し、0.5〜0点を「不良」:×として評価することが可能である。
【実施例】
【0082】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
(1)硫酸銅(富田製薬製、銅含有量25.3質量%)を水に溶解して銅として0.84質量%の銅溶液を調製した。また、乳清蛋白質濃縮物(WPC:ミライ社製)を乳清蛋白質の濃度が4.3質量%となるように水に溶解して乳清蛋白質溶液を調製した。銅溶液と乳清蛋白質溶液を6:94の重量比で混合(最終銅濃度:0.05質量%、最終乳清蛋白質濃度:4.0質量%)して、混合溶液を80℃で10分間加熱処理し、次いで10℃以下に冷却して銅結合乳清蛋白質溶液を調製した。
なお、前記で調製した銅結合乳清蛋白質溶液における銅結合率は86.9%であることを確認した。
【0083】
(2)脱脂乳(森永乳業製)1160g、脱塩ホエイ粉(ドモ社製)500g、乳糖(ミライ社製)59g、及びデキストリン(東洋精糖製)52gを、水5471gに溶解し、予め苛性ソーダで溶解して脱臭した10%カゼイン溶液143gに混合した。これに、更に魚油配合調製油脂(日油製。魚油を油脂100g当たり1.5g含有)240g、及び無塩バター(森永乳業製)33gを混合し、15MPaの圧力条件で均質化処理した。
続いて、ピロリン酸第二鉄(富田製薬製)307mg、及び硫酸亜鉛(富田製薬製)104mgを水50gに溶解し、これを10℃以下に冷却してミネラル溶液を調製し、このミネラル溶液を、先に調製した混合液に添加して、調製乳原料溶液を調製した。
【0084】
(3)前記(1)で調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、(2)で調製した調製乳原料溶液を1:1200の割合で混合した後、125℃にて2秒間殺菌し、15MPaの圧力条件で均質化処理し、液状調製乳7000gを調製した。
製造した液状調製乳は、外観、風味共に良好であり、過酸化物価は0.5meq/kg未満であった。
【0085】
[実施例2]
(1)硫酸銅(富田製薬製、銅含有量25.3質量%)を水に溶解して銅として0.84質量%の銅溶液を調製した。また、乳清蛋白質濃縮物(WPC:ミライ社製)を乳清蛋白質の濃度が4.3質量%となるように水に溶解して乳清蛋白質溶液を調製した。銅溶液と乳清蛋白質溶液を6:94で混合(最終銅濃度:0.05質量%、最終乳清蛋白質濃度:4.0質量%)して、混合溶液を80℃で10分間加熱処理し、次いで10℃以下に冷却して銅結合乳清蛋白質溶液を調製した。
なお、前記で調製した銅結合乳清蛋白質溶液における銅結合率は86.9%であることを確認した。
【0086】
(2)脱脂乳(森永乳業製)1160g、脱塩ホエイ粉(ドモ社製)500g、乳糖(ミライ社製)59g、及びデキストリン(東洋精糖製)52gを、水2380gに溶解し、予め苛性ソーダで溶解して脱臭した10%カゼイン溶液143gに混合した。これに、更に魚油配合調製油脂(日油製。魚油を油脂100g当たり1.5g含有)240g、及び無塩バター(森永乳業製)33gを混合し、15MPaの圧力条件で均質処理した後、125℃にて2秒間殺菌し、15MPaの圧力条件で均質化処理し、その後、固形分含量が50%になるように濃縮して、濃縮液を調製した。
続いて、ピロリン酸第二鉄(富田製薬製)307mg、及び硫酸亜鉛(富田製薬製)104mgを水50gに溶解し、これを10℃以下に冷却してミネラル溶液を調製し、このミネラル溶液を、先に調製した濃縮液に添加して、調製粉乳原料溶液を調製した。
【0087】
(3)前記(1)で調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、(2)で調製した調製乳原料溶液を1:320の割合で混合した。
【0088】
(4)(3)の混合液を常法により、熱風によって噴霧乾燥して、調製粉乳約900gを得た。
製造した調製粉乳は、ヘキサナール等の香気(酸化臭)成分はほとんど確認されず、過酸化物価は0.5meq/kg未満であった。また、製造した調製粉乳をアルミ袋に密封し、室温、遮光下で、2ヶ月保存しても、ヘキサナール等の香気(酸化臭)成分はほとんど確認されず、過酸化物価は0.8meq/kg以下であり、風味は良好なものであった。
【0089】
次に試験例を示して本発明を詳細に説明する。なお、本試験例では断りのない限り、調製乳は調製粉乳を使用した。
[試験例1]
本試験は、銅結合乳清蛋白質溶液における銅結合率の違いによる、調製乳の風味への影響を評価するために行った。
【0090】
(1)試料の調製
硫酸銅(冨田製薬製、銅含有量25.3%)を水に溶解して銅として0.84質量%の銅溶液を調製した。また、乳清蛋白質濃縮物(WPC:ミライ社製)を乳清蛋白質濃度が4.8質量%となるように水に溶解して乳清蛋白質溶液を調製した。
一定量の銅溶液を測定し、銅溶液中の銅に対して添加する乳清蛋白質の比率を変化させることによって、銅結合率をそれぞれ、97.2%、94.7%、80.0%、67.4%、42.0%、33.6%とした銅結合乳清蛋白質溶液を調製した。
さらに、実施例2の(2)〜(4)と同様の方法で製造した調製粉乳を試験試料に用いた。
【0091】
(2)試験方法
a)銅結合率の測定
銅結合乳清蛋白質溶液の調製に用いた硫酸銅溶液に含まれる銅の質量(銅含有量)を原子吸光分光光度計(セイコー電子工業製:SAS7500型)にて測定した。
さらに、調製した銅結合乳清蛋白質溶液を、遠心分離機(日立工機製)を用いて30,000rpmで1時間遠心分離した後、上清を回収し、上清中の銅含有量を原子吸光分光光度計にて測定した。
それぞれ測定した吸光度(324.75nmによる吸光度)と、先に銅標準液を用いた検量線に基づいて、銅質量を算出し、次式により銅結合率を求めた。
銅結合率(%)=[銅質量−銅結合乳清蛋白質溶液上清中の銅質量]/[銅質量]×100
【0092】
b)官能評価試験
銅結合率が異なる銅結合乳清蛋白質溶液を使用して製造した調製粉乳を、アルミ袋で密封し、室温、遮光下で、2ヶ月保存した。保存後の試料を採取し、試料の固形分として13.0g/100mlとなるようにお湯で溶解して試験試料溶液を調製し、風味について、6名の官能評価パネラーにより官能評価試験を行った。風味(酸化臭の評価を含む総合評価)試験については、「最良」(3点)、「良好」(2点)、「やや不良」(1点)、「不良」(0点)の4段階で評価した。
なお、官能評価試験の総合評価は、パネラーによる風味試験の平均点が、3〜2.5点を「最良」:◎として評価し、2.5〜1.5点を「良好」:○として評価し、1.5〜0.5点を「やや不良」:△として評価し、0.5〜0点を「不良」:×として評価した。
【0093】
(3)試験結果
本試験の結果は表1に示すとおりである。表1は、各銅結合率の銅結合乳清蛋白質溶液を用いて製造した調製粉乳の官能評価を示す表である。
その結果、銅結合率が80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を使用して製造した調製粉乳は官能評価試験の総合評価で「最良」および「良好」の評価であった。
すなわち、本試験により、本発明の調製粉乳の製造方法に使用する銅結合乳清蛋白質溶液は、銅結合率が80%以上のものを使用することで風味良好な調製粉乳を製造できることが明らかとなった。
【0094】
【表1】

【0095】
[試験例2]
本試験は、銅結合乳清蛋白質溶液を調製する際の乳清蛋白質濃度と各濃度における銅結合率を測定するために行った。
【0096】
(1)試料の調製
本試験の試料は前記実施例1の(1)の工程において、添加する乳清蛋白質の濃度が、添加して混合した後の最終濃度(最終乳清蛋白質濃度)に換算して、それぞれ、0.68質量%、2.25質量%、4.0質量%、4.5質量%、8.0質量%、9.0質量%となる濃度としたこと以外は同様の方法で銅結合乳清蛋白質溶液を調製して試験試料とした。
【0097】
(2)試験方法
試験例1の(2)試験方法、a)銅結合率の測定と同様の方法で銅結合率を算出した。
【0098】
(3)試験結果
本試験の結果は表2に示すとおりである。表2は、銅結合乳清蛋白質溶液を調製する際の乳清蛋白質濃度と銅結合率との関係を示す表である。
その結果、調製した銅結合乳清蛋白質溶液における乳清蛋白質濃度が、最終乳清蛋白質濃度に換算して2.25質量%〜8.0質量%であるとき、銅結合率は80%以上の値を示すことが明らかとなった。
乳清蛋白質濃度を最終乳清蛋白質濃度に換算して0.68質量%に調製した試料は、特許文献1の実施例における乳清蛋白質濃度を参考にしたが、銅結合率は28.8%であった。この結果は、乳清蛋白質濃度がこのように低すぎる場合には、本発明の効果が発揮されないことを示す。
一方、乳清蛋白質濃度が最終乳清蛋白質濃度に換算して9.0質量%となるように銅結合乳清蛋白質を調製した場合、乳清蛋白質が80℃、10分の加熱によってゲル化を生じ、本発明に使用できる銅結合乳清蛋白質溶液は調製されなかった。そのため、銅結合率は測定できなかった。
【0099】
【表2】

【0100】
[試験例3]
本試験は、銅結合乳清蛋白質溶液を調製した際の銅と乳清蛋白質の質量比と銅結合率との関係を検討するために行った。
【0101】
(1)試料の調製
本試験の試料は前記実施例1の(1)の工程において、銅結合乳清蛋白質溶液における乳清蛋白質濃度が最終乳清蛋白質濃度に換算して4.5質量%であること、及び銅と乳清蛋白質の質量比が銅を1質量部とした時の乳清蛋白質が45質量部から150質量部であること以外は同様の方法で銅結合乳清蛋白質溶液を調製して試験試料とした。
【0102】
(2)試験方法
試験例1の(2)試験方法、a)銅結合率の測定と同様の方法で銅結合率を算出した。
【0103】
(3)試験結果
本試験の結果は表3に示すとおりである。表3は、銅結合乳清蛋白質溶液を調製する際の銅濃度(添加する銅の濃度を添加して混合した後の最終濃度に換算した銅濃度)、銅と乳清蛋白質の質量比及び銅結合率を示す表である。
その結果、銅1質量部に対して乳清蛋白質が45質量部であるとき、銅結合率は67.4%となった。これは、銅の質量に対する乳清蛋白質の質量が十分でなかったことが推測される。
一方、銅と乳清蛋白質の質量比において、銅1質量部に対して乳清蛋白質が60質量部から150質量部の範囲において、銅結合率が80%以上となった。
以上の結果から、本発明の銅結合乳清蛋白質溶液を調製するには、銅と乳清蛋白質の質量比において、銅1質量部に対する乳清蛋白質が60〜150質量部であることが好ましい。
【0104】
なお、銅と乳清蛋白質の質量比においては、銅1質量部に対して乳清蛋白質が150質量部以上であるとき、すなわち、質量比で、乳清蛋白質が銅の150倍、300倍、あるいは1000倍である場合も、80%以上の銅結合率を有する銅結合乳清蛋白質を調製することが可能である。
【0105】
【表3】

【0106】
[試験例4]
本試験は、本発明の製造方法において、銅の供給源として銅結合乳清蛋白質を使用した場合、及び硫酸銅を使用した場合、のそれぞれの条件で製造した調製粉乳の過酸化物価及びヘキサナール量を測定するために行った。
【0107】
(1)試料の調製
本試験の試料は前記実施例2の(1)の工程と同様の方法で銅結合乳清蛋白質溶液を調製し、この銅結合乳清蛋白質溶液を使用し、実施例2の(2)〜(4)と同様の方法で製造した調製粉乳を試験試料とした。
一方、銅結合乳清蛋白質溶液の代わりに、硫酸銅を使用して製造した調製粉乳を対照試料とした。
【0108】
対照試料の製造方法を示す。まず、脱脂乳(森永乳業製)1160g、脱塩ホエイ粉(ドモ社製)500g、乳糖(ミライ社製)59g、及びデキストリン(東洋精糖製)52gを、水2380gに溶解し、予め苛性ソーダで溶解して脱臭した10%カゼイン溶液143gに混合した。これに、更に魚油配合調製油脂(日油製。魚油を油脂100g当たり1.5g含有)240g、及び無塩バター(森永乳業製)33gを混合し、15MPaの圧力条件で均質処理した後、125℃にて2秒間殺菌し、15MPaの圧力条件で均質化処理し、その後、固形分含量が50%になるように濃縮して、濃縮液を調製した。
続いて、硫酸銅(富田製薬製)13mg、ピロリン酸第二鉄(富田製薬製)307mg、及び硫酸亜鉛(富田製薬製)104mgを水50gに溶解し、これを10℃以下に冷却してミネラル溶液を調製し、このミネラル溶液を、先に調製した濃縮液に添加し、常法により噴霧乾燥して対照試料を調製した。
【0109】
(2)試験方法
a)官能評価試験
官能評価試験は試験例1と同様の方法で試料を評価した。
【0110】
b)過酸化物価の測定
前記官能評価試験で使用した試料から油脂約10gを精密に量り採り、共栓三角フラスコに入れてクロロホルム・氷酢酸混液(2:3)35mlを加えて溶解し、次いで、フラスコ内の空気を窒素ガス又は二酸化炭素を通じながら飽和ヨウ化カリウム溶液1mlを加え、直ちに共栓をして約1分間混ぜた後、デンプン試液を指示薬として、0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定した。別に同様に操作して空試験を行った。
【0111】
過酸化物価は次式により求めた。
過酸化物価(meq/kg)=[(a×F)/S]×10
ただし、S:試料の採取量(g)
a:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の消費量(ml)
F:0.01Nチオ硫酸ナトリウム溶液の力価
【0112】
c)ヘキサナール量の測定
試料中のヘキサナール量は、前記官能評価試験で使用した試料について、固相マイクロ抽出ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS:アジレント社製)を用いて測定した。
【0113】
(3)試験結果
本試験の結果は表4に示すとおりである。表4は、最終乳清蛋白質濃度として4質量%で調製した銅結合乳清蛋白質溶液を用いて製造した調製粉乳と、銅結合乳清蛋白質溶液の代わりに硫酸銅溶液を用いて製造した調製粉乳の過酸化物価とヘキサナール量を示す表である。
その結果、銅の供給源として、最終乳清蛋白質濃度として4質量%に調製した銅結合乳清蛋白質溶液を用い、製造した調製粉乳(試験試料)は、過酸化物価が0.78meq/kgであり、ヘキサナール量は0.54ppmであった。すなわち、本発明の方法で製造した調製粉乳は2ヶ月経過後も酸化が効果的に抑制され、ヘキサナール量も低かったために、官能評価は「最良」の総合評価が得られることが判明した。
これに対し、銅の供給源が硫酸銅である調製粉乳(対照試料)は、2ヶ月経過後に酸化が進みヘキサナール量も試験試料に比して約3倍量のヘキサナールが発生し、官能試験は「不良」の総合評価が得られることが判明した。
【0114】
【表4】

【0115】
[試験例5]
本試験は、本発明の製造方法において、銅の供給源に、銅結合乳清蛋白質を使用した場合、および硫酸銅を使用した場合、のそれぞれの条件で製造した調製粉乳の保存性について官能評価試験に基づいて評価するために行った。
【0116】
(1)試料の調製
添加に使用する乳清蛋白質の濃度を4.3質量%から4.8質量%に変更して、これによって銅溶液と乳清蛋白質溶液の混合物の最終乳清蛋白質濃度を4.5質量%にしたことを除き、前記実施例2の(1)の工程と同様の方法で銅結合乳清蛋白質溶液を調製し、この銅結合乳清蛋白質溶液を使用して製造した調製粉乳を試験試料とした。
また、試験例4の対照試料の製造方法と同様の方法により、対照試料を調製した。
【0117】
(2)試験方法
各試料の官能評価試験は、試験例1におけるb)官能評価試験の保存期間をそれぞれ、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月に変更したこと以外は、同様の方法で試験を行った。
【0118】
(3)試験結果
本試験の結果は表5に示すとおりである。表5は、最終乳清蛋白質濃度として4.5質量%に調製した銅結合乳清蛋白質溶液を用いて製造した調製粉乳と、銅結合乳清蛋白質溶液の代わりに硫酸銅溶液を用いて製造した調製粉乳における、保存期間と官能評価の関係を示す表である。
その結果、本発明の方法で製造した調製粉乳(銅結合乳清蛋白質溶液の最終乳清蛋白質濃度は4.5質量%)は、2ヶ月間保存しても官能評価は「最良」の総合評価が得られ、3ヶ月経過後であっても、官能評価は「良好」の総合評価が得られることが判明した。
これに対し、銅の供給源が硫酸銅である調製粉乳(対照試料)は、1ヶ月経過後では官能評価は「良好」の総合評価が得られたが、2ヶ月経過後では官能評価は既に「不良」の総合評価となり、酸化の進行により、風味や外観は好ましくないものであった。
【0119】
【表5】

【0120】
[試験例6]
本試験は、銅の供給源(銅原料)として、銅結合乳清蛋白質、銅結合ラクトフェリン、又は硫酸銅を使用し、それぞれの銅原料を、油脂類を含有する乳化液に添加した際、油脂類の酸化に対する効果について、乳化液から発生するヘキサナール量に基づいて評価した。
【0121】
(1)試料の調製
乳化液の調製
カゼインを苛性ソーダの水溶液で溶解し、さらに脱臭し、10%カゼイン溶液を調製した。このカゼイン溶液2Lと魚油0.4Lを混合した。この混合液を60℃に加熱した後、15MPaの圧力で均質処理し、乳化液を調製した。
【0122】
(2)試料の調製
[実施例1](1)の方法で得られた銅結合乳清蛋白質を銅結合乳清蛋白質として使用した。
これとは別に、1M重炭酸ナトリウムを含む溶液1L(A溶液)、100mM硫酸銅を含む溶液0.2L(B1溶液)、1mMラクトフェリンを含む溶液0.8L(B2溶液)を調製した。まず、A溶液に、B1溶液とB2溶液を混合したB溶液を加えて攪拌し、硫酸銅が結合したラクトフェリンを含む溶液を調製した。そして、この溶液300mLを分子量10,000カットの透析膜で超純水に対して透析し、結合しなかった銅を除去して完全に脱塩した後、凍結乾燥し、銅結合ラクトフェリンを調製した。
なお、銅結合ラクトフェリンの製造方法は、特許文献2の試験例1に記載の方法を参考にした。また、銅結合ラクトフェリンは水溶液にしたものを銅原料として使用した。
この他の銅原料として、硫酸銅溶液を使用した。
【0123】
(3)試験方法
乳化液100mlに各銅原料を添加した。各銅原料を添加した乳化液(銅含有乳化液)は、銅濃度が80μMとなるように調製し、プラスチックチューブに密封した。これらの試料は、遮光下にて、45℃、4日間保存した。
保存期間(4日間)経過後の各試料について、試験例4の試験方法(2)c)ヘキサナール含量の測定と同様の方法でヘキサナール量を測定した。
【0124】
(4)試験結果
その結果、銅原料として、本発明で使用する銅結合乳清蛋白質を乳化液に添加した場合に比して、銅原料に硫酸銅を使用した場合には、ヘキサナールの発生量が50%も増加し、乳化液の酸化の進行が促進されていることが明らかとなった。
さらに、銅原料に銅結合ラクトフェリンを使用した場合であっても、ヘキサナールの発生量は、銅原料に銅結合乳清蛋白質を使用した場合に比して、ヘキサナールの発生量が約56%も増加していた。これは、硫酸銅を使用した場合と同様の乳化液の酸化の進行を示すものであって、ラクトフェリン単独の蛋白質では、銅による酸化を抑制するのに十分な効果を得ることは困難であることを示すものであった。
すなわち、本試験から明らかなとおり、銅による脂質の酸化を促進する効果は、銅が、本発明で使用するWPC等の乳清蛋白質と結合した場合において、酸化の進行が抑制されるのであって、精製されたラクトフェリン単体の蛋白質では、本発明のような効果は期待できないことが明らかとなった。
なお、乳清蛋白質には、構成成分中に微量のラクトフェリンを含んでいる[ミルク総合事典、朝倉書店、1998年、第3版、第70頁。すなわち、0.01(牛乳中のラクトフェリン含量の上限:重量%)/0.6(牛乳中の乳清蛋白質含量:重量%)×100=1.7%]。しかしながら、上記試験結果から、ラクトフェリン単独で銅と結合した場合よりも、乳清蛋白質(WPC等)が銅と結合した場合の方が、より強力な酸化抑制効果が得られていることが明らかとなった。このことから、乳清蛋白質(例えば、含有されるラクトフェリンが約1.7%以下の乳清蛋白質)のなかのラクトフェリン以外の成分が、銅結合乳清蛋白質の形成に関与することによって、銅による脂質の酸化を抑制的に機能させる因子として働いていることが示唆された。
また、本発明の実施例で使用されるWPCを乳清蛋白質として用いる場合であれば、WPC中のラクトフェリンは、1.3%以下[0.8(WPCを1としたときのWPC中の乳清蛋白質の質量比)×0.01(牛乳中のラクトフェリン含量の上限:重量%)/0.6(牛乳中の乳清蛋白質含量:重量%)×100=1.3%]であることから、ラクトフェリンが約1.3%以下のWPCを使用する時、銅による脂質の酸化を効果的に抑制できることも示唆された。
【0125】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0126】
本発明の調製乳(調製粉乳及び液状調製乳)の製造方法は、金属及び不飽和脂肪酸を含む調製乳の製造方法として広く利用することができる。特に、乳清蛋白質等の乳蛋白質を含有し、油脂成分と金属成分を液中混合して製造する飲食品、医薬品、飼料の製造方法に好適に適用することが可能であり、酸化抑制のための新たな原料も必要としない簡便な方法として応用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類を含む調製乳原料とを、液中で混合して、液状調製乳を調製する工程、
調製した液状調製乳を、加熱殺菌する工程、
加熱殺菌した液状調製乳を、乾燥させて、調製粉乳を製造する工程、
を含む、調製粉乳の製造方法。
【請求項2】
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、銅の水溶液と、乳清蛋白質の溶液とを、混合することによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
乳清蛋白質の溶液が、銅の水溶液と混合した後の最終濃度に換算して、0.7〜8.0質量%となる濃度の乳清蛋白質の溶液である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程が、
銅と乳清蛋白質とを、銅1質量部に対して、乳清蛋白質が60質量部以上の比率で混合して行われる、請求項1〜3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
液状調製乳を調製する工程が、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、調製乳原料の溶液とを、混合することによって行われる、請求項1〜4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
製造した調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳の過酸化物価が0.8meq/kg以下である請求項1〜5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
製造した調製粉乳を室温で2ヶ月間保存したときの調製粉乳に含まれるヘキサナール量が0.6ppm以下である請求項1〜6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
液状調製乳を調製する工程において、調製乳原料として、あらかじめ加熱殺菌された調製乳原料が使用される、請求項1〜7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
調製した液状調製乳を加熱殺菌する工程と、加熱殺菌した液状調製乳を乾燥させて調製粉乳を製造する工程とが、
調製した液状調製乳を加熱して乾燥させて、調製粉乳を製造する工程、
によって行われる、請求項1〜8の何れかに記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9の何れかに記載の方法によって製造された、調製粉乳。
【請求項11】
銅と乳清蛋白質とを、液中で混合して、銅結合率80%以上の銅結合乳清蛋白質溶液を調製する工程、
調製した銅結合乳清蛋白質溶液と、蛋白質、不飽和脂肪酸を含む油脂類、糖類、ビタミン類、及びミネラル類を含む調製乳原料とを、液中で混合して、液状調製乳を調製する工程、
調製した液状調製乳を、加熱殺菌する工程、
を含む、液状調製乳の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の方法によって製造された、液状調製乳。

【公開番号】特開2011−97866(P2011−97866A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−254192(P2009−254192)
【出願日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】