説明

豆腐の製造方法およびそれで得られた豆腐

【課題】所望のミネラルを豊富に含む豆腐を製造する方法、ならびにそれで得られた豆腐を提供する。
【解決手段】金属塩として鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属の無機塩または有機塩のみを含む水溶液と豆乳とを混合する工程を含む豆腐の製造方法、ならびに、当該方法で製造された豆腐。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来のにがりなどの凝固剤に代えて特定の金属塩のみを含む水溶液を用いて豆腐を製造する方法、およびそれで得られた豆腐に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の国民栄養調査において、ミネラルの不足が問題とされ、現在はタブレット形式で補っている。しかしながら、ミネラル不足が懸念される高齢者にとってタブレットによる摂取は抵抗が高く、食品形式からの摂取が望まれている。
【0003】
大豆は日本古来の食糧資源として極めて重要であり、最近では人口増加との関係から21世紀の食糧資源として国際的にも重要視されている。豆腐は、通常、大豆から豆乳を調製した後、これに凝固剤を添加して、大豆に含まれているタンパク質を凝固させ、成形して製造されている。現在、凝固剤としては、古くからの塩田にがりをはじめとして、塩化マグネシウム、石膏、グルコノデルタラクトン(GDL)などが用いられている。
【0004】
近年、このミネラルを豊富に含む豆腐からミネラルを摂取する試みが幾つかなされている。たとえば特開2000−14351号公報(特許文献1)では、ミネラル原料微生物を添加した豆乳を凝固させる豆腐の製造方法が開示されている。また、たとえば特開2001−224326号公報(特許文献2)には、海面下200m以深の深海から取水した海洋深層水を、逆浸透膜法、電気透析法又は加熱蒸発法により濃縮し、この濃縮液から塩化ナトリウムを分離して苦汁を製造し、この苦汁を豆乳に混入して凝固させたことを特徴とする海洋深層水由来の苦汁を用いた豆腐の製造方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、塩化カルシウム、塩化マグネシウム以外の金属塩を1種のみ含む水溶液を用いて、豆乳を凝固させて豆腐を製造する方法は、これまでのところ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−14351号公報
【特許文献2】特開2001−224326号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、所望のミネラルを豊富に含む豆腐を製造する方法、ならびにそれで得られた豆腐を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の豆腐の製造方法は、金属塩として鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属の無機塩または有機塩のみを含む水溶液と豆乳とを混合する工程を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。
【0010】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(III)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は4mM以上であることが好ましい。
【0011】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(II)の無機塩のみを含む、または、鉄(III)の無機塩のみを含む場合、当該水溶液は、人体に無害な還元剤をさらに含むことが好ましい。この場合、前記還元剤はアルコルビン酸であることが好ましい。
【0012】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩としてニッケル(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は7mM以上であることが好ましい。
【0013】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩としてマンガン(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。
【0014】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として亜鉛(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は5mM以上であることが好ましい。
【0015】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として銅(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。
【0016】
本発明はまた、上述した本発明の方法により製造された豆腐についても提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、所望のミネラルを豊富に含む豆腐を簡便に製造することができ、タブレットではなく食品形式でミネラルを摂取することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実験例1において、溶液A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、Oおよび水(対照群)を豆乳に添加した結果をそれぞれ示す写真である。
【図2】実験例1において、各金属の塩化物を含む溶液A、H、D、F、B、J、N、Lについて算出された沈殿率を示すグラフである。
【図3】実験例2における金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフであり、図3(a)は塩化カルシウム二水和物水溶液、図3(b)は塩化銅(II)二水和物水溶液、図3(c)は塩化マグネシウム六水和物水溶液、図3(d)は塩化マンガン(II)四水和物水溶液についての結果をそれぞれ示している。
【図4】実験例2における金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフであり、図4(a)は塩化ニッケル(II)六水和物水溶液、図4(b)は塩化亜鉛(II)希塩酸溶液、図4(c)は塩化鉄(II)四水和物水溶液、図4(d)は塩化鉄(III)六水和物水溶液についての結果をそれぞれ示している。
【図5】実験例2において、塩化マグネシウム六水和物水溶液についてのフィッティング解析結果を示す図であり、図5(a)はフィッティング解析前、図5(b)はフィッティング解析後をそれぞれ示している。
【図6】実験例2で行った、塩化鉄(II)四水和物水溶液(図4(c))、塩化鉄(III)六水和物水溶液(図4(d))についての金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフを重ね合わせたグラフである。
【図7】2%アルコルビン酸を添加したこと以外は実験例2で行ったのと同様にして塩化鉄(II)四水和物水溶液についての金属イオンの濃度と沈殿率との関係を、アスコルビン酸を添加しなかった場合と比較したグラフである。
【図8】実験例4において、2種の豆乳それぞれを用いた場合の金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフである。
【図9】各金属の乳酸塩を含む溶液a、b、c、dについて算出された沈殿率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の豆腐の製造方法は、金属塩として鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属の塩のみを含む水溶液と豆乳とを混合する工程を含む。後述する実験例にて立証するように、本発明者は、これまで豆腐の製造において余り用いられてこなかった上述の金属塩を単独で用いても、豆乳を凝固させ、豆腐を製造することができることを見出した。
【0020】
本発明において豆腐の原料として用いられる豆乳は、特に制限されるものではなく、市販されている豆乳を好適に用いることができる。豆腐は、豆乳に含まれるタンパク質が凝固剤で凝固することによって製造されるが、本発明に用いられる豆乳は、タンパク質を4.7g/100mL以上含んでいることが好ましく、5g/100mL以上含んでいることがより好ましい。
【0021】
また本発明に用いられる水溶液は、鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属の無機塩または有機塩を含む。ここで無機塩としては、塩化物、硫酸塩、ホウ化物、炭化物、フッ化物、ヨウ化物、硝酸塩などが挙げられ、中でも、塩化カルシウム、硫酸カルシウムなど、従来の製法で用いる凝固剤に含まれているのと同様の無機塩の形態であることから、塩化物または硫酸塩を用いることが好ましい。また有機塩としては、酢酸塩、グルコン酸塩、乳酸塩、アクリル酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などが挙げられ、中でも、食品添加物として用いることができ、吸収率を上げると予想される点で、酢酸塩、グルコン酸塩、クエン酸塩、乳酸塩を用いることが好ましい。
【0022】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。後述する実験例にて立証するように、水溶液中の金属塩の濃度が比較的低い範囲では製造される豆腐は絹ごし豆腐のような状態となり、水溶液中の金属塩の濃度が比較的高い範囲では製造される豆腐は木綿豆腐のような状態となる。前記水溶液が金属塩として鉄(II)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも6〜7mMの範囲内であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも10mM以上であることが好ましい。
【0023】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(III)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は4mM以上であることが好ましい。前記水溶液が金属塩として鉄(III)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも4〜5mMの範囲内であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも6mM以上であることが好ましい。
【0024】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として鉄(II)または鉄(III)の無機塩のみを含む場合には、前記水溶液は、人体に無害な還元剤をさらに含んでいることが好ましい。鉄は、鉄(II)の形態の方が鉄(III)の形態よりも人体に摂取されやすく、そのため本発明の方法で製造された豆腐は、鉄(III)の形態よりも鉄(II)の形態で含む方が好ましい。しかしながら、鉄(II)の形態を含んでいても、空気中で酸化してしまって自然に鉄(III)の形態となってしまうことが想定される。このため、前記水溶液に人体に無害な還元剤を含ませることで、製造された豆腐において鉄(III)の形態よりも鉄(II)の形態として鉄を存在させることができ、より人体に摂取され易い形態で鉄を豆腐に含ませることが可能となる。
【0025】
用いられる還元剤としては、人体に無害なものであれば特に制限されるものではなく、たとえばアスコルビン酸、没子酸などを挙げることができる。これらの中でも、人体内での鉄(II)の吸収を上げることが知られていることから、人体に無害な還元剤としてアスコルビン酸を用いることが特に好ましい。
【0026】
また、本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩としてニッケル(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は7mM以上であることが好ましい。前記水溶液が金属塩としてニッケル(II)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも7〜8mMの範囲内であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも11mM以上であることが好ましい。
【0027】
また本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩としてマンガン(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。前記水溶液が金属塩としてマンガン(II)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも6〜7mMの範囲内であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも11mM以上であることが好ましい。
【0028】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として亜鉛(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は5mM以上であることが好ましい。前記水溶液が金属塩として亜鉛(II)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも5〜7mMの範囲内であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも9mM以上であることが好ましい。
【0029】
本発明の豆腐の製造方法において、前記水溶液が金属塩として銅(II)の無機塩のみを含む場合、当該金属塩の濃度は6mM以上であることが好ましい。前記水溶液が金属塩として銅(II)の無機塩のみを含む場合、絹ごし豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも6mM以上であることが好ましく、また、木綿豆腐のような状態の豆腐を製造するのであれば、前記金属塩の濃度は、上述した中でも9mM以上であることが好ましい。
【0030】
本発明に用いられる金属塩を含む水溶液において溶媒として用いられる水は、水道水、精製水、超精製水などであればよく、特に制限されるものではない。ただし、亜鉛(II)の塩化物は、希塩酸溶液として調製する必要がある。
【0031】
本発明の豆腐の製造方法では、豆乳と金属塩を含む水溶液とが混合されるのであれば、その添加形式には特に制限はなく、豆乳に、金属塩を含む水溶液を添加するようにしてもよいし、逆に、金属塩を含む水溶液に、豆乳を添加するようにしてもよい。
【0032】
本発明の豆腐の製造方法において、豆乳と金属塩を含む水溶液とを混合する工程以外の工程は、特に制限されず、従来公知の豆腐の製造方法と同様の工程を経ればよい。
【0033】
本発明はまた、上述した本発明の方法により製造された豆腐についても提供する。すなわち、本発明の豆腐は、上述した鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属を含むものである。このように摂取したいミネラルに応じて、適宜の金属を含む豆腐を食することで、食品の形式で所望のミネラルを摂取することができる。
【0034】
ここで、豆腐は食されるまでに、何度か水での洗浄を経る場合もあるが、勿論、洗浄するごとに金属の濃度は低下していく。本発明の豆腐は、作りたてで水での洗浄を経ていない状態で食されることが好ましい。
【0035】
なお、健康にとってミネラル不足も問題であるが、ミネラルの過剰摂取も問題を引き起こす可能性がある。このため、栄養機能食品の場合には、摂取目安量に含まれる栄養成分量が定められているが、本発明の豆腐を食してミネラルを摂取する場合でも、これに準じた量を摂取することが好ましい。たとえば、摂取目安量に含まれる栄養成分量は、鉄の場合には2.25〜10mgの範囲内、亜鉛の場合には2.10〜15mgである。
【0036】
以下、実験例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
<実験例1>
市販の成分無調整の豆乳(有機豆乳(商品名)、スジャータめいらくグループ:タンパク質含有量:約5g/100mL)900μLを1.5mL容のマイクロチューブにそれぞれ入れ、80℃で15分間保温した。この際の豆乳の重量(w)を測定した。
【0038】
次に、以下の溶液を調整した。
・溶液A:200mM 塩化カルシウム二水和物(ナカライテスク)水溶液
・溶液B:200mM 塩化マグネシウム六水和物(和光純薬)水溶液
・溶液C:200mM 硫酸マグネシウム七水和物(和光純薬)水溶液
・溶液D:200mM 塩化鉄(II)四水和物(和光純薬)水溶液
・溶液E:200mM 硫酸鉄(II)七水和物(和光純薬)水溶液
・溶液F:200mM 塩化鉄(III)六水和物(和光純薬)水溶液
・溶液G:100mM 硫酸鉄(III)n水和物(和光純薬)水溶液
・溶液H:200mM 塩化銅(II)二水和物(和光純薬)水溶液
・溶液I:200mM 硫酸銅(ナカライテスク)水溶液
・溶液J:200mM 塩化マンガン(II)四水和物(和光純薬)水溶液
・溶液K:200mM 硫酸マンガン(II)一水和物(和光純薬)水溶液
・溶液L:200mM 塩化ニッケル(II)六水和物(和光純薬)水溶液
・溶液M:200mM 硫酸ニッケル(II)六水和物(和光純薬)水溶液
・溶液N:200mM 塩化亜鉛(II)(和光純薬)希塩酸溶液
・溶液O:200mM 硫酸亜鉛(II)(和光純薬)水溶液
なお、200mMの塩化亜鉛(II)希塩酸溶液(溶液N)には、少量(100mLの調製に濃塩酸を10μL)の塩酸を加えて調製した。また、硫酸カルシウムについては、目的の濃度の溶液が白濁し、均一な溶液を調製できなかった。
【0039】
豆乳に、前記各溶液100μLを、各金属イオンが最終濃度20mMになるように加えた。なお、金属塩を含む溶液の代わりに水を添加したものを対照群とした。溶液の添加後、素早く混合した。図1は、各溶液を豆乳に添加した結果を示す写真である。図1に示すように、各金属の塩化物または硫酸塩を含む混合液全てについて、豆腐様の沈殿が観察された。
【0040】
各混合液を80℃で1時間加熱した後、氷上で15分間冷却後、8,000rpm、4℃で15分間遠心分離した。上清を十分に取り除いた後に、沈殿物の重量(w)を測定した。下記式に示すように、沈殿物の重量(w)を溶液添加前の豆乳の重量(w)で割った値の百分率を沈殿率として算出した。
【0041】
沈殿率(%)=(w/w)×100
上記実験を独立して5回行い、それぞれの沈殿率の平均値と標準偏差を算出した。図2は、各金属の塩化物を含む溶液A、H、D、F、B、J、N、Lについて算出された沈殿率を示すグラフである。図3から、銅(II)、鉄(II)、鉄(III)、マンガン(II)、亜鉛(II)、ニッケル(II)の塩化物が、従来のカルシウム、マグネシウムの場合と同様の沈殿率で沈殿が起こっていることが分かった。なお、硫酸塩についても同様の結果が得られた(図示を省略)。
【0042】
以上の結果から、金属塩として鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれかのみの金属塩を含む溶液と豆乳とを混合することで、豆腐様の沈殿が形成できることが確認された。
【0043】
また、重量(w)を測定後、沈殿物を105℃で120分加熱した。その乾燥重量を測定し、乾燥前後の重量差を豆腐中の水分含量(w)とした。豆乳の重量wでwを除して、百分率を計算した。
【0044】
水含有率(%)=(w/w)×100
<実験例2>
塩化カルシウム二水和物水溶液、塩化銅(II)二水和物水溶液、塩化マグネシウム六水和物水溶液、塩化マンガン(II)四水和物水溶液、塩化ニッケル(II)六水和物水溶液、塩化亜鉛(II)希塩酸溶液、塩化鉄(II)四水和物水溶液および塩化鉄(III)六水和物水溶液について、0から20mMの範囲で1mMずつ金属イオンの濃度を変化させた溶液をそれぞれ調製した。このように調製した溶液をそれぞれ用いたこと以外は実験例1と同様にして、沈殿率を算出し、豆腐様の沈殿形成に必要な金属イオンの濃度を調べた。
【0045】
図3および図4は、金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフであり、図3(a)は塩化カルシウム二水和物水溶液、図3(b)は塩化銅(II)二水和物水溶液、図3(c)は塩化マグネシウム六水和物水溶液、図3(d)は塩化マンガン(II)四水和物水溶液についての結果をそれぞれ示しており、図4(a)は塩化ニッケル(II)六水和物水溶液、図4(b)は塩化亜鉛(II)希塩酸溶液、図4(c)は塩化鉄(II)四水和物水溶液、図4(d)は塩化鉄(III)六水和物水溶液についての結果をそれぞれ示している。図3および図4に示す結果から、いずれの金属塩でも、添加濃度を増加させると沈殿率が一旦約60%まで上昇し、さらに濃度が増加すると約50%まで低下することが分かった。
【0046】
以下、図3および図4に示すグラフに示されるような初めの上昇を「第一段落」、続く低下を「第二段階」という。第一段階の沈殿物の様子は絹ごし豆腐のような状態であり、第二段落の沈殿物の様子は木綿豆腐のような状態であった。これは沈殿形成が二段階で行われていることを示しており、粒子の細かい沈殿の形成が第一段階で起こり、粒子の粗い沈殿の形成が第二段階で起こっていることを意味する。
【0047】
また、第一段階の終了時の濃度(沈殿率が落ち始める直前の濃度)で、絹ごし豆腐のような状態と木綿豆腐のような状態が混在していることが分かった。第一段階から第二段階の移行時に、沈殿率が約10%減少するのは、豆腐様沈殿物の水分含量が減っているためと考えられた。実際、第一段階と第二段階の豆腐様沈殿物中の水分含量を測定すると、第二段階の豆腐様沈殿物の水分含量が約10%少ないことが分かった。木綿豆腐のような状態の沈殿物において水分含量が低いことは一般的な豆腐においても一致することである。図3および図4から読み取った、各段階に必要な金属イオンの濃度を表1に示す。なお、凝固剤中に含まれる金属イオンの濃度の違いによって、それを用いて製造された豆腐の質感が変化することは経験的に知られていたが、その濃度を明確にした例はこれまでにない。
【0048】
【表1】

【0049】
図3および図4における第一段階のプロットをもとに、下記式を用いてカレイダグラフでフィッティング解析を行い、沈殿形成の中点における金属イオンの濃度を算出した。なお、下記式中、Pは沈殿率、κ、κ、κは定数、Mは金属イオン濃度、M1/2は沈殿率が第一段階の半分になる際の金属イオン濃度を意味している。
【0050】
【数1】

【0051】
一例として、塩化マグネシウム六水和物水溶液についてのフィッティング解析を図5に示す。図5(a)はフィッティング解析前、図5(b)はフィッティング解析後をそれぞれ示している。
【0052】
各金属イオンのプロットに対するフィッティングはいずれもR値が0.999以上となった。R値およびその際に求められたM1/2を表2に示す。これらの濃度の倍の濃度を添加することで、豆腐様の沈殿が確実に形成されることを示している。
【0053】
【表2】

【0054】
<実験例3>
鉄分は、Fe(II)の形態の方がFe(III)の形態よりも人体に採りこまれやすいと考えられている。したがって、本発明の豆腐に鉄分を含有させる場合には、Fe(III)の形態としてよりもFe(II)の形態とすることが好ましい。しかしながら、Fe(II)の形態で豆腐に鉄分を含有させていたとしても、空気中で酸化してしまうなどして、これを食す際には豆腐に含まれる鉄分がFe(III)の形態となっていることも考えられる。そこで、本発明者は、Fe(II)の金属塩と人体に無害な還元剤とを豆腐に含有させることを試みた。
【0055】
実験例2で行った、塩化鉄(II)四水和物水溶液(図4(c))、塩化鉄(III)六水和物水溶液(図4(d))についての金属イオンの濃度と沈殿率との関係を示すグラフを重ね合わせたグラフを図6に示す。図6において、Fe2+についてのプロットを黒丸、Fe3+についてのプロットを白丸で示している。図6から分かるように、Fe2+とFe3+とで豆腐様沈殿の形成について、第一段階ではFe3+の方がより少ない濃度で沈殿率の上昇率が高く、第二段階においてもFe3+が総じて沈殿率が高い、など異なる挙動を示すことが分かる。
【0056】
2%アルコルビン酸を添加したこと以外は実験例2で行ったのと同様にして塩化鉄(II)四水和物水溶液についての金属イオンの濃度と沈殿率との関係を、アスコルビン酸を添加しなかった場合と比較したグラフを図7に示す。図7において、アスコルビン酸を添加した場合(+ASA)についてのプロットを黒丸、アルコルビン酸を添加しなかった場合(−ASA)についてのプロットを白丸で示している。図7から、アルコルビン酸を添加した場合でもアスコルビン酸を添加しなかった場合とほぼ同様の挙動を示しており、アスコルビン酸の添加が豆腐様沈殿の形成に悪影響を与えないことが分かる。
【0057】
<実験例4>
実験例1で用いた成分無調整の豆乳(有機豆乳(商品名)、スジャータめいらくグループ:タンパク質含有量:約5g/100mL)、ならびに、成分無調整の豆乳(有機豆乳(商品名)、マルサンアイ:タンパク質含有量:約4.7g/100mL)を豆乳として用い、実験例2と同様に、塩化マグネシウム六水和物水溶液、塩化鉄(II)四水和物水溶液について、0から20mMの範囲で1mMずつ金属イオンの濃度を変化させた溶液をそれぞれ調製した。図8は2種の豆乳それぞれを用いた場合の金属イオンの濃度と沈殿率の関係について示すグラフである。図8において、マルサンアイ製の豆乳を用いた場合の塩化マグネシウム六水和物水溶液についてのプロットを黒丸、スジャータめいらくグループ製の豆乳を用いた場合の塩化マグネシウム六水和物水溶液についてのプロットを白丸、マルサンアイ製の豆乳を用いた場合の塩化鉄(II)四水和物水溶液についてのプロットを黒三角、スジャータめいらくグループ製の豆乳を用いた場合の塩化鉄(II)四水和物水溶液についてのプロットを白丸三角で示している。図8から、豆乳の種類を変えても、ほぼ同様の挙動で豆腐様沈殿が形成されていることが分かる。
【0058】
<実験例5>
以下の有機塩溶液を用いたこと以外は実験例1と同様にして、沈殿率を算出した。
【0059】
・溶液a:200mM 乳酸マグネシウム水溶液
・溶液b:200mM DL−乳酸カルシウム水溶液
・溶液c:200mM 乳酸鉄(II)水溶液
・溶液d:400mM 乳酸ナトリウム水溶液
なお、溶液a、b、cは、豆乳に添加する前の状態で白濁していた。図9は、各金属の乳酸塩を含む溶液a、b、c、dについて算出された沈殿率を示すグラフである。図9から、有機塩溶液でも豆腐様沈殿物が形成されることが確認できた。
【0060】
今回開示された実施の形態および実験例は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属塩として鉄(II)、鉄(III)、ニッケル(II)、マンガン(II)、亜鉛(II)および銅(II)から選ばれるいずれか1種の金属の無機塩または有機塩のみを含む水溶液と豆乳とを混合する工程を含む、豆腐の製造方法。
【請求項2】
前記水溶液が、金属塩として6mM以上の鉄(II)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項3】
前記水溶液が、金属塩として4mM以上の鉄(III)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項4】
前記水溶液が人体に無害な還元剤をさらに含む、請求項2または3に記載の豆腐の製造方法。
【請求項5】
前記還元剤がアスコルビン酸である、請求項4に記載の豆腐の製造方法。
【請求項6】
前記水溶液が、金属塩として7mM以上のニッケル(II)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項7】
前記水溶液が、金属塩として6mM以上のマンガン(II)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項8】
前記水溶液が、金属塩として5mM以上の亜鉛(II)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項9】
前記水溶液が、金属塩として6mM以上の銅(II)の無機塩のみを含む、請求項1に記載の豆腐の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の方法で製造された豆腐。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−51906(P2013−51906A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−191430(P2011−191430)
【出願日】平成23年9月2日(2011.9.2)
【出願人】(599125249)学校法人武庫川学院 (24)
【Fターム(参考)】