説明

赤外線検出器及びその製造方法

【課題】量子ドットの厚さや大きさを変えるためにエッチング加工を使用すると、量子ドットを利用した赤外線検出器の感度が悪化する。そのため、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させる赤外線検出器が、望まれる。
【解決手段】赤外線検出器は、半導体基板と、前記半導体基板に、複数の量子ドット層及び障壁層を交互に積層することで形成する光吸収層と、を備えている。さらに、複数の障壁層のうち、第1の障壁層は、量子ドット層と接触する第1の面に第1の凸形状を備え、複数の障壁層のうち、第1の面と相対する位置に存在する第2の障壁層は、第1の面に相当する第2の面に第2の凸形状を備え、第1及び第2の凸形状がそれぞれ異なることに対応して、量子ドット層に形成される量子ドットの形状が異なっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線検出器及びその製造方法に関する。特に、光吸収層に量子ドットを用いる赤外線検出器及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、赤外線領域の光を検出する赤外線検出器の需要が高まっている。赤外線検出器によって、熱検出や温室効果ガスの1つである二酸化炭素の濃度測定が可能になるためである。赤外線検出半導体素子には、水銀・カドミウム・テルル(Mercury Cadmium Telluride;MCT)系の材料を利用したものが存在する。MCT系材料を利用した赤外線検出器は、MCT系材料が赤外線を吸収し、価電子帯の電子が伝導帯に励起されることで生じる電流(又は、電流から変換した電圧)を検出している。即ち、直接遷移型半導体での光吸収を利用する。
【0003】
このようなMCT系材料を利用した赤外線検出器は、バンドギャップより大きなエネルギーを持つ光を吸収するため、原理的に広帯域な感度領域を有する赤外線検出器といえる。しかし、MCT系材料は、結晶成長やその後のプロセスが非常に困難な材料であり、MCT系材料を利用した赤外線検出器のコストが上昇するという問題がある。さらに、大面積化が困難なため、大面積の2次元赤外線検出器アレイを製造することが困難であるという問題もある。
【0004】
一方、半導体量子井戸(Quantum Well)又は量子ドット(Quantum Dot)の量子閉じ込め構造において、電子又は正孔のサブバンド間遷移による光吸収を利用するものが存在する。
【0005】
ここで、量子ドットを利用した赤外線検出器の方が、量子井戸を利用した赤外線検出器よりも、感度の面からは利点が多い。しかし、量子ドットを用いた赤外線検出器には、検出波長帯域が狭いという問題がある。その理由については、量子井戸又は量子ドットを利用した赤外線検出器の原理と共に後述する。
【0006】
ここで、特許文献1乃至4において、赤外線検出器の検出波長帯域を広げる手法が開示されている。
【0007】
特許文献1では、異なる厚さを有する量子井戸層を複数備えた分光器が開示されている。特許文献1で開示された分光器は、それぞれの量子井戸層が検出できる波長が離散準位により決定され、この離散準位を量子井戸層の厚さに基づいて決定する。即ち、量子井戸層の厚さに基づいて検出波長を決定する。特許文献1で開示された分光器は、異なる厚さの量子井戸層を複数備えることで、複数の波長を検出することを可能とし、分光器として検出できる波長帯域を広げている。
【0008】
また、特許文献2において、大きさの異なる量子ドット(本文献では、量子点と表記)をアレイ形状に配列し、検出波長帯域を広げる半導体装置が開示されている。
【0009】
さらに、特許文献5において、量子井戸層を備えた赤外線検出器の検出感度を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−210474号公報
【特許文献2】特開平10−308526号公報
【特許文献3】特開2007−227744号公報
【特許文献4】特開2006−228994号公報
【特許文献5】特開2001−044453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
なお、上記先行技術文献の各開示を、本書に引用をもって繰り込むものとする。以下の分析は、本発明の観点からなされたものである。
【0012】
上述のように、特許文献1及び2で開示された技術を用いることで、赤外線検出器の検出波長帯域を広げることができる。しかし、特許文献1及び2において開示された量子井戸又は量子ドットを用いた赤外線検出器には、検出感度が低下するという問題がある。特許文献1及び2において開示された赤外線検出器は、量子井戸又は量子ドットの厚さや大きさを変えるためにエッチング加工を使用しているためである。
【0013】
エッチング加工により量子井戸又は量子ドットの表面に物理的な損傷(ダメージ)が加わる。このような物理的な損傷は、量子井戸又は量子ドットの光吸収効率を低下させ、雑音成分(光入射なく生じる電流)を増加させる。その結果、検出感度が低下する。
【0014】
以上のとおり、量子ドットを利用した赤外線検出器には、解決すべき問題点が存在する。本発明の一側面において、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させる赤外線検出器及びその製造方法が、望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1の視点によれば、半導体基板と、前記半導体基板に、複数の量子ドット層及び障壁層を交互に積層することで形成する光吸収層と、を備え、前記複数の障壁層のうち、第1の障壁層は、前記量子ドット層と接触する第1の面に第1の凸形状を備え、前記複数の障壁層のうち、前記第1の面と相対する位置に存在する第2の障壁層は、前記第1の面に相当する第2の面に第2の凸形状を備え、前記第1及び第2の凸形状がそれぞれ異なることに対応して、前記量子ドット層に形成される量子ドットの形状が異なる赤外線検出器が提供される。
【0016】
本発明の第2の視点によれば、半導体基板に、障壁層を形成する第1の工程と、前記第1の工程で形成した前記障壁層に、量子ドット層を積層する第2の工程と、前記第2の工程で生成した前記量子ドット層に、前記第1の工程で生成した前記障壁層よりも薄い障壁層を積層する第3の工程と、を含む赤外線検出器の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の各視点によれば、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させる赤外線検出器及びその製造方法が、提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態の概要を説明するための図である。
【図2】障壁層に囲まれた量子閉じ込め構造における電子に対するバンド構造の一例を示す図である。
【図3】本発明の第1の実施形態に係る赤外線検出器の断面図の一例を示す図である。
【図4】図3に示す光吸収層の断面拡大図の一例を示す図である。
【図5】図4に示す光吸収層の電子に対するエネルギーダイヤグラムの一例を示す図である。
【図6】第1の実施形態に係る赤外線検出器の光検出感度曲線の一例を模式的に表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
初めに、図1を用いて一実施形態の概要について説明する。なお、この概要に付記した図面参照符号は、理解を助けるための一例として各要素に便宜上付記したものであり、本発明を図示の態様に限定することを意図するものではない。
【0020】
上述のように、量子ドットを用いた赤外線検出器には、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させることには問題点がある。量子ドットの厚さや大きさを変えるためにエッチング加工を使用しているためである。そのため、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させる赤外線検出器が、望まれる。
【0021】
そこで、一例として図1に示す赤外線検出器を提供する。図1に示す赤外線検出器は、半導体基板と、前記半導体基板に、複数の量子ドット層及び障壁層を交互に積層することで形成する光吸収層と、を備えている。さらに、複数の障壁層のうち、第1の障壁層は、量子ドット層と接触する第1の面に第1の凸形状を備え、複数の障壁層のうち、第1の面と相対する位置に存在する第2の障壁層は、第1の面に相当する第2の面に第2の凸形状を備え、第1及び第2の凸形状がそれぞれ異なることに対応して、量子ドット層に形成される量子ドットの形状が異なっている。
【0022】
図1に示す赤外線検出器は、量子ドット層と障壁層を交互に積層することで、光吸収層を形成し、量子ドットのサブバンド間遷移を利用して赤外線を吸収する。さらに、光吸収層の各量子ドット層に形成される量子ドットの形状は僅かに異なる。量子ドットの形状が異なることで、各量子ドットにおいて吸収する赤外線の波長を変化させる。図1の赤外線検出器においては、半導体基板から上層に形成される量子ドットほど大きくなっている。
【0023】
また、この量子ドットの形状を作り出すために、光吸収層に含まれる各障壁層の厚さを制限する。即ち、障壁層を積層する前の量子ドット層には、歪みによるエネルギーを緩和するように凸形状が形成されている。このような凸形状を持った量子ドット層に障壁層を積層していくと、積層する障壁層の厚さに応じて凸形状は徐々に解消されていく。そこで、障壁層の厚さを凸形状が解消されない程度に制限し、凸形状を持った障壁層に対して量子ドット層を積層することで、量子ドットの大きさを変化させる。
【0024】
このように、量子ドットの形状を、障壁層の厚さを制限することで変化させるため、エッチング処理によって量子ドットの形状を変えることによる問題が発生しない。その結果、検出波長帯域を維持しつつ、検出感度を向上させる赤外線検出器が実現できる。
【0025】
次に、量子井戸又は量子ドットを用いた赤外線検出器の原理について説明する。量子井戸や量子ドットでは量子閉じ込め効果によって、電子又は正孔のエネルギー準位は離散的になる。
【0026】
図2は、障壁層101及び103に囲まれた量子閉じ込め構造102における電子106に対するバンド構造の一例を示す図である。量子閉じ込め構造102では、離散準位間のエネルギーが検出されるべき光のエネルギーと一致した場合に、光吸収によって電子106が基底準位104から励起準位105に励起される。そこで、赤外線検出器は、この励起された電子に起因する電流を検出する。なお、実際には、電流を検出するための印加バイアスにより、図2に示すバンドは傾いている。しかし、説明の便宜上、図2では、水平なバンドとして表記する。以降の説明においても同様とする。
【0027】
量子井戸や量子ドットのような量子閉じ込め構造を用いた赤外線検出器には、バルク材料であるMCT系材料を用いた赤外線検出器よりも熱雑音が低いという利点がある。電子の運動方向の自由度が、バルク材料では3次元であるのに対して、量子井戸では2次元、量子ドットでは0次元であるためである。電子の運動の自由度が低いと電子の熱的励起確率が低下し、上述の熱雑音に差が生じる。
【0028】
この点では、量子閉じ込め構造を用いた赤外線検出器の方が、バルク材料であるMCT系材料を用いた赤外線検出器と比較して、感度が高くなると考えられる。
【0029】
しかし、量子井戸を用いた赤外線検出器の場合、光検出面に垂直入射する光のサブバンド間遷移波長の光吸収効率が、極めて低いという問題がある。この問題を解決するために、赤外線検出器の構成に回折格子などを加え、偏光を吸収効率の高い方向に変換する方法が考えられる。しかし、この方法には赤外線検出器の構成が複雑になるという問題がある。
【0030】
一方、量子ドットを用いた赤外線検出器の場合には、上述した垂直入射に対する光吸収効率が低いという問題はない。そのため、量子井戸よりも量子ドットを赤外線検出器に用いる利点は大きい。
【0031】
一方、量子ドットを用いた赤外線検出器に共通する問題として、検出波長帯域が狭いことが挙げられる。量子ドットを用いた赤外線検出器では、離散的なサブバンドエネルギー準位間の遷移を利用するためである。この場合、検出中心波長10μmに対して、検出波長帯域は1μm〜2μm程度となることが多い。
【0032】
検出波長帯域は、量子ドットのエネルギー準位のばらつき(不均一な広がり)によって決まる。さらに、エネルギー準位のばらつきは、主に量子ドットの大きさや形状のばらつきによって決まる。そのため、量子ドットの大きさを意図的にばらつかせ、検出波長帯域を広げるという手法が考えられる。ここで、量子ドットの大きさのばらつきを意図的に大きくするには、量子ドットの形成条件を基板平面上で大きくばらつかせる必要がある。
【0033】
しかし、赤外線検出器の受光面の大きさは、数十μm〜数百μmであることが多く、この範囲で量子ドットの形成条件を大きくばらつかせるのは非常に困難である。仮に、大きくばらつかせることが可能であっても、量子ドットの品質もばらつくことになり、光検出効率の低下や雑音の増加といった好ましくない現象が表面化する。なお、量子ドットは、温度管理された真空装置内で、半導体基板上にガスを供給することにより、基板平面上に形成される。量子ドットの形成の詳細については後述する。
【0034】
以上のことから、量子ドットを用いた赤外線検出器の検出波長帯域は、十分に広いものとはいえない。
【0035】
[第1の実施形態]
次に、本発明の第1の実施形態について、図面を用いてより詳細に説明する。初めに、本実施形態に係る赤外線検出器の構成について説明する。
【0036】
図3は、本実施形態に係る赤外線検出器の断面図の一例を示す図である。図3に示す赤外線検出器は、半導体基板201と、半導体基板201と同じ材料から構成される緩衝層202と、n型下部コンタクト層203と、量子ドットを含む光吸収層220と、n型上部コンタクト層204から形成されている。さらに、n型上部コンタクト層204及びn型下部コンタクト層203の一部には、それぞれ上部電極205及び下部電極206が形成されている。
【0037】
入射光207が、赤外線検出器に入射すると、光吸収層220で吸収され、図2に示すように、電子が励起準位に励起される。その際、上部電極205と下部電極206との間には適切な電位差が設けられており、上述の励起準位の電子を量子ドットから引き抜くことで、電流として検出することができる。なお、図3において、入射光207の入射方向は上部から下部としているが、下部から上部でも良い。その場合には、半導体基板201での吸収及び反射損失を低減するための工夫を行う。
【0038】
次に、光吸収層220の構成について説明する。光吸収層220は下から順に、第1の障壁層211、第1の量子ドット層212、第2の障壁層213、第2の量子ドット層214、第3の障壁層215、第3の量子ドット層216、第4の障壁層217から構成されている。図3の三角形は量子ドットであり、量子ドットの下側に黒太線で表現されている層は、濡れ層と呼ばれるものである。濡れ層は、数原子層程度の非常に薄い膜状の構造を有しており、本実施形態に係る赤外線検出器の動作に対する影響は無視できるほど小さい。なお、説明の便宜上、本実施形態に係る赤外線検出器の障壁層は4層、量子ドット層は3層として説明するが、これに限定する趣旨ではない。実際には、量子ドット層は10層程度が好ましい。
【0039】
ここで、光吸収層220に存在する各障壁層には、量子ドットを形成する以前の半導体基板201の表面を平滑にする役割がある。しかし、本実施形態に係る赤外線検出器では、上下を量子ドット層に挟まれている第2と第3の障壁層の厚さを、下部の量子ドット層(第2の障壁層213であれば、第1の量子ドット層212)の凸形状が僅かに残る程度の厚さに設定する。なお、その際の障壁層の厚さを極端に薄くすると、量子閉じ込めの効果が低下する、又は、結合量子ドットと呼ばれる効果が現れ、赤外線検出器の動作には好ましくない。従って、本実施形態に係る赤外線検出器では、障壁層の厚さを適切に管理する必要がある。各層を構成する材料や厚さについての詳細は、赤外線検出器の製造方法と共に後述する。
【0040】
次に、図面を用いて、本実施形態に係る赤外線検出器の動作について説明する。図4は、多層に積層された量子ドットを含む光吸収層220の断面拡大図の一例を示す図である。図4において、図3と同一の要素には同一の符号を付し説明を省略する。
【0041】
図4においても、量子ドットを三角形で示す。第1の障壁層211の上には、第1の量子ドット層212に含まれる第1の量子ドット301が形成されている。第1の量子ドット301の上には、第2の障壁層213が形成されている。第2の障壁層213では、第1の量子ドット301により生じた凸形状304が完全に解消されていない。
【0042】
図4では、第1の量子ドット301により生じた凸形状304を量子ドット302の下部に存在する白三角形として表現する。この凸形状304の上に、第2の量子ドット層214を形成しようとすると、凸形状304が残っているため、第1の量子ドット301の直上に第2の量子ドット302が高い確率で形成される。
【0043】
第1の量子ドット層212及び第2の量子ドット層214の積層条件が同じであっても、第2の障壁層213で解消しきれなかった凸形状304により、第1の量子ドット301及び第2の量子ドット302の形状は異なる。図4では、第2の量子ドット302は、第1の量子ドット301よりも大きく表現している。同様にして、第3の障壁層215、第3の量子ドット層216、第4の障壁層217と形成されている。ここで、第3の量子ドット303も第2の量子ドット302より大きく形成されたものとして表記している。
【0044】
図5は、図4に示す光吸収層220の電子に対するエネルギーダイヤグラムの一例を示す図である。図5においても、印加バイアスによるバンドの傾きは省略している。
【0045】
図4のように第1の量子ドット301から第2の量子ドット302、第2の量子ドット302から第3の量子ドット303と、上層ほど量子ドットが大きくなると、図5に示すエネルギーダイヤグラムでは量子閉じ込めの幅が順に広くなる。
【0046】
図5では、第1の量子ドット301に閉じ込められた電子に対する基底準位を基準準位401、励起準位を励起準位402と表記する。同様に、第2の量子ドット302に閉じ込められた電子に対する基底準位を基準準位403、励起準位を励起準位404、第3の量子ドット303に閉じ込められた電子に対する基底準位を基準準位405、励起準位を励起準位406と表記する。第1の量子ドット301、第2の量子ドット302、第3量子ドット303の順で量子ドットが大きくなっているので、この順に、対応する量子閉じ込めが大きくなる。量子閉じ込めが大きくなると、サブバンド間遷移エネルギーの差、即ち、各量子ドットで吸収される光のエネルギーは第1の量子ドット301、第2の量子ドット302、第3の量子ドット303の順に小さくなる。
【0047】
図5に示す3本の矢印の長さは、各量子ドットで吸収される光のエネルギーを示している。図5では、第1の量子ドット301で吸収される光のエネルギー、第2の量子ドット302で吸収される光のエネルギー、第3の量子ドット303で吸収される光のエネルギーの順に対応して、各矢印が短くなっている。光のエネルギーと波長が逆数の関係にあることに着目すると、吸収される赤外線の波長は、第1の量子ドット301、第2の量子ドット302、第3の量子ドット303の順に長くなる。
【0048】
図6は、上記の説明に沿った光検出感度曲線の一例を模式的に表す図である。光検出感度曲線は、第1の量子ドット301を含む第1の量子ドット層212、第2の量子ドット302を含む第2の量子ドット層214、第3の量子ドット303を含む第3の量子ドット層216の順に、長波長側へシフトしている。図6で示されている各量子ドット層での波長領域の広がりは、同じ量子ドット層内での大きさのばらつき(不均一な広がり)を表している。図6に示された曲線を全て足し合わせたものが、本実施形態に係る赤外線検出器の感度曲線になる。
【0049】
単一の量子ドットを利用した赤外線検出器の帯域は単一の量子ドット層の検出帯域に等しいことを考えれば、本実施形態に係る赤外線検出器の検出帯域が広がることは明らかである。以上のように、光吸収層220を多層化することで、光吸収帯域を広げることが可能となる。
【0050】
本実施形態に係る赤外線検出器は、中赤外線及び遠赤外線のうち短波長側(3〜20μm程度)でのスペクトル解析が必要となる気象などの環境計測に用いることができる。
【0051】
なお、光吸収層220を形成する量子ドット層を多層に積層し、光吸収層220に含まれる障壁層の凸形状を解消させてしまうと、同じ感度帯域の光吸収層が積層されているだけであるため、感度帯域を広げる効果はほぼ存在しない。
【0052】
続いて、本実施形態に係る赤外線検出器の製造方法について説明する。赤外線検出器の製造方法の説明を、図3を参照しつつ行う。
【0053】
初めに、半導体基板201として、面方位が(001)面のGaAs基板を用意する。この基板を分子線エピタキシャル(MBE)装置内へ導入し、固体Asを加熱し昇華させることにより得られるAs4分子線を照射しつつ、基板温度を上昇させることで、半導体基板201の表面の自然酸化膜を除去する。この際の基板温度を第1の基板温度とする。
【0054】
その後、基板温度を第2の基板温度まで低下させ、半導体基板201と同じGaAsから構成される緩衝層202を厚さ100nm程度積層する。次に、GaAsから構成されるn型下部コンタクト層203を厚さ300nm程度積層する。その際、n型のドーパントとして、シリコン(Si)をドーピングする。
【0055】
次に、50nm程度での厚さで、GaAsから構成される第1の障壁層211を積層する。その後、基板温度を第2の基板温度から第3の基板温度まで低下させ、名目上の厚さが3原子層程度に相当するInAsを供給する。なお、名目上の厚さを3原子層程度と表現したのは、基板表面で再蒸発する成分も含めて3原子層相当のInAsを供給することを意味し、実際の厚さはこの値よりも小さくなる場合もあるためである。
【0056】
この際に、InAsとGaAsとの格子定数の違いから発生する歪みによって、InAsが島状、かつ、3次元的に成長する。InAsが成長することで、SK(Stranski−Krastanov)モードと呼ばれる量子ドット301が、平面上に分散した第1の量子ドット層212に形成される。典型的な量子ドットの大きさは、直径約30nm〜50nm、高さ約2〜7nmである。なお、量子ドットの大きさは、基板温度や、量子ドットの原料となるInやAsを供給する際の圧力により定まる。
【0057】
ここで、本実施形態に係る赤外線検出器を動作させるためには、初期状態において量子ドットの基底準位に電子が存在する必要がある。従って、第1の量子ドット層212には、n型のドーパントであるシリコンを、量子ドットの面密度の2乃至4倍程度でドーピングする。
【0058】
続いて、基板温度を第3の基板温度から第2の基板温度まで上昇させ、第1の量子ドット層212により形成される表面の凸形状が、完全に無くなることがない程度の厚さで第2の障壁層213を積層する。より具体的には、10nm〜20nm程度の厚さに設定する。10nmよりも薄いと障壁層として十分に機能せず、20nmよりも厚いと凸形状がほとんど消滅してしまうためである。本実施形態では、厚さが15nm程度のGaAsで構成される第2の障壁層213を積層し、第1の量子ドット層212を埋め込むものとする。ここで、障壁層の厚さを10nm〜20nmと例示したのは、量子ドットの材料にInAsとGaAsを選択しているためである。即ち、量子ドット層の凸形状が埋没しない厚さは材料に依存する。そのため、量子ドットの材料を変更した場合には、障壁層の厚さを適宜変更し、量子ドット層の凸形状が埋没しない厚さを選択する。
【0059】
続いて、基板温度を第2の基板温度から第3の基板温度まで低下させ、第2の量子ドット層214を積層する。積層条件は、第1の量子ドット層212を積層した際の条件と略同等とする。この際、第2の量子ドット層214が形成される表面には、第1の量子ドット層212に起因する凸形状が僅かに残っている。
【0060】
この僅かに残った凸形状により、第1の量子ドット層212に含まれる量子ドット301の直上に、第2の量子ドット層214に含まれる量子ドット302が、高い確率で形成される。同様にして、第3の障壁層215、第3の量子ドット層216、第4の障壁層217の順で積層していく。その際、第3の障壁層215は、第2の障壁層213を積層した際の積層条件で、第3の量子ドット層216は、第2の量子ドット層214を積層した際の積層条件で積層していく。また、基板温度を第3の基板温度から第2の基板温度まで上昇させ、厚さが50nm程度でGaAsから構成される障壁層を積層することで、障壁層217を形成する。
【0061】
以上のようにして、4層の障壁層と3層の量子ドット層を含む光吸収層220を形成する。さらに、GaAsから構成されるn型上部コンタクト層204を厚さ100nm程度積層する。その際に、n型のドーパントとして、シリコンをドーピングする。
【0062】
なお、障壁層としてGaAsを用いた製造方法を説明したが、AlGaAsを代替として用いても良い。AlGaAsはGaAsよりもバンドギャップエネルギーが大きいため、量子ドットを用いる赤外線検出器の検出波長を短く(光のエネルギーを大きく)することが可能となる。しかし、Al組成が大きいと、量子ドットを構成する原子の1つであるInとのミキシングが発生し、結晶特性が劣化する恐れがある。従って、Al組成比は0.4以下にしておくことが望ましい。
【0063】
また、量子ドット層、障壁層及び周辺構造等をMBE法によって形成しているが、この方法に限定されるものではなく、有機金属気相成長法(MOCVD法)等の他の結晶成長法を用いても良い。さらに、結晶成長用の基板としてGaAsを用いているが、これをInPとしても良く、この場合には、障壁層としてInPと格子整合するようなInGaAlAsで構成することが望ましい。
【0064】
以上のように、本実施形態に係る赤外線検出器においては、エッチング加工を用いることなく、量子ドットの大きさが異なる光吸収層220を形成している。その結果、量子ドットの表面に物理的な損傷が加わることがなく、検出感度は低下しない。
【0065】
次に、赤外線検出器の構造加工及び電極プロセスについて説明する。赤外線検出器の構造加工及び電極プロセスは、紫外線あるいは電子線によるリソグラフィー技術及びエッチング技術を用いて、光吸収層220を含むn型上部コンタクト層204から第1の障壁層211の一部を、選択的にエッチングすることで行う。
【0066】
この工程で、n型下部コンタクト層203の一部を露出させる。上記選択エッチングにより分離された構造が赤外線検出器の基本構造になる。赤外線検出器の受光面の大きさは、用途により異なるが、40μm乃至200μmとなることが多い。赤外線検出器は、この1素子のみで構成することができる。さらに、このような素子を一列、又は、平面状に配列させたアレイ形状とすることもできる。
【0067】
続いて、n型上部コンタクト層204及びn型下部コンタクト層203に、AuGe/Ni/Auから構成される電極205及び206を、リフトオフ法によって形成する。リフトオフ法は、リソグラフィー、金属蒸着、レジスト剥離などの工程を含む。以上の工程により、本実施形態に係る赤外線検出器の基本構造が完成する。
【0068】
なお、引用した上記の特許文献等の各開示は、本書に引用をもって繰り込むものとする。本発明の全開示(請求の範囲を含む)の枠内において、さらにその基本的技術思想に基づいて、実施形態の変更・調整が可能である。また、本発明の請求の範囲の枠内において種々の開示要素の多様な組み合わせないし選択が可能である。すなわち、本発明は、請求の範囲を含む全開示、技術的思想にしたがって当業者であればなし得るであろう各種変形、修正を含むことは勿論である。
【符号の説明】
【0069】
101、103 障壁層
102 量子閉じ込め構造
104、401、403、405 基底準位
105、402、404、406 励起準位
106 電子
201 半導体基板
202 緩衝層
203 n型下部コンタクト層
204 n型上部コンタクト層
205 上部電極
206 下部電極
207 入射光
211 第1の障壁層
212 第1の量子ドット層
213 第2の障壁層
214 第2の量子ドット層
215 第3の障壁層
216 第3の量子ドット層
217 第4の障壁層
220 光吸収層
301 第1の量子ドット
302 第2の量子ドット
303 第3の量子ドット
304、305 凸形状

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板と、
前記半導体基板に、複数の量子ドット層及び障壁層を交互に積層することで形成する光吸収層と、を備え、
前記複数の障壁層のうち、第1の障壁層は、前記量子ドット層と接触する第1の面に第1の凸形状を備え、前記複数の障壁層のうち、前記第1の面と相対する位置に存在する第2の障壁層は、前記第1の面に相当する第2の面に第2の凸形状を備え、
前記第1及び第2の凸形状がそれぞれ異なることに対応して、前記量子ドット層に形成される量子ドットの形状が異なることを特徴とする赤外線検出器。
【請求項2】
前記複数の障壁層のうち、前記半導体基板に最も近接して形成される第3の障壁層は、前記第1及び第2の障壁層よりも厚く形成される請求項1の赤外線検出器。
【請求項3】
前記第1及び第2の障壁層の厚さは、略等しい請求項1又は2の赤外線検出器。
【請求項4】
前記第1及び第2の障壁層は、前記量子ドット層に生じた凸形状を維持する厚さで積層される請求項1乃至3のいずれか一に記載の赤外線検出器。
【請求項5】
前記第1及び第2の障壁層の厚さは、10nm以上20nm以下の範囲内にある請求項1乃至4のいずれか一に記載の赤外線検出器。
【請求項6】
前記複数の量子ドット層はInAsで構成され、前記複数の障壁層は、AlGaAsで構成される請求項1乃至5のいずれか一に記載の赤外線検出器。
【請求項7】
半導体基板に、障壁層を形成する第1の工程と、
前記第1の工程で形成した前記障壁層に、量子ドット層を積層する第2の工程と、
前記第2の工程で生成した前記量子ドット層に、前記第1の工程で生成した前記障壁層よりも薄い障壁層を積層する第3の工程と、
を含むことを特徴とする赤外線検出器の製造方法。
【請求項8】
前記第3の工程で積層する障壁層は、前記量子ドット層に生じた凸形状を維持する厚さで積層される請求項7の赤外線検出器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−255714(P2012−255714A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128837(P2011−128837)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】