説明

走査プローブ顕微鏡およびこれを用いた測定方法

【課題】 本発明はプラズモン伝播形光SPMにおいて、信号対雑音比が低下させずに近接場光を用いて試料の形状と光学特性を測定する走査プローブ顕微鏡の測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 上記課題を解決するため、本発明は、近接場光を励起させ、近接場光と試料の相対位置を走査し、試料による近接場光の散乱光を検出することにより、試料の形状と光学特性を観察する走査プローブ顕微鏡の測定方法であって、近接場光を変調させ、近接場光と試料の相対位置を周期的に変動させ、近接場光に印加した変調の周波数と、近接場光と試料の相対位置を変動させる周波数によって発生する干渉信号を選択的に抽出することを特徴とする走査プローブ顕微鏡の測定方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査プローブ顕微鏡及び、これを用いた試料測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
極微領域の計測技術として走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:SPM)が知られている。その中でも原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:AFM)は、先端のとがった探針を制御して試料表面を走査し、原子サイズの極微立体形状が計測できる技術として広く用いられている(非特許文献1)。しかし、原子間力顕微鏡においては試料表面の屈折率分布のような光学的性質を測定することはできない。
【0003】
一方、最先端の極微細半導体デバイスにおいては物性をナノメートルオーダーで制御することによって性能向上が図られており、形状以外の物性をナノメートルオーダーで測定する必要がある。また、ストレージデバイスなどにおいては、微小な異物がデバイス動作にとって致命傷となるため、異物の詳細な物性が必要とされている。
【0004】
物性測定には光学的分光計測が適しており、現在までに例えばラマン分光を顕微鏡下でおこなうラマン顕微鏡などが開発され、広く分析に利用されている。しかし、従来の光学顕微鏡技術では空間分解能が数百nm程度であり、ナノメートルオーダーの観察をするには分解能が不足しているため異物の詳細は観測できない。
【0005】
これらの課題を解決し、試料表面の物性情報や光学的性質を高空間分解能で測定する手段として、走査型近接場光顕微鏡(Scanning Near−field Optical Microscope:NSOM)がある。
【0006】
走査型近接場光顕微鏡は非特許文献2に示されているように、例えば開口プローブ法と呼ばれる手段においては、数十nm程度の微小開口から漏れる近接場光を用いる。微小開口を試料との間隙を数nmから数十nmに保持して開口を走査することにより、開口と同程度の数十nmの空間分解能で、試料表面の光学的性質を測定することができる。
【0007】
また、非特許文献3には、先鋭化された探針の先端に光を照射し、試料との相互作用に依存して探針先端に発生する近接場光と、その近接場光の散乱光を用いて数十nmの空間分解能で光学観察を実現する走査型近接場光顕微鏡も開示されている。本手法は散乱プローブ法として知られている。
【0008】
走査型近接場光顕微鏡においては、例えば開口プローブ法であれば、微小開口から漏れ出る光が微弱であり、また、散乱プローブ法においては試料との相互作用が弱いため、検出光が弱くなり、高精度・高感度測定が困難であるという困難がある。
【0009】
特許文献1には、散乱プローブ法において、探針先端に励起する近接場光の励起を間欠的に行い、高感度測定を実現する手段が開示されている。しかし、当該手法においては観測光に励起光そのものが直接混入し高感度測定が困難である点は解消されない。さらに、近接場光励起が間欠的にしか起こらないため、測定に用いる近接場光の絶対的光量が不足し、高感度計測が根本的に困難であるという課題がある。
【0010】
前述のように、ナノメートルオーダーの空間分解能で光学的性質を測定するには走査型近接場光顕微鏡を用いることが有効である。しかし、前述のように高感度・高精度測定が非常に困難であるという課題がある。
【0011】
この課題に対し、非特許文献4に示されるプラズモン伝播型光SPMという測定手法がある。プラズモン伝播型光SPMにおいては、カンチレバーへ光照射してプラズモンを励起し、探針最先端において近接場光を発生させる。探針先端に励起された近接場光は試料に接近または接触した場合に散乱されるため、散乱光を伝播光として遠方で観察することで測定を行う。本手法においては、測定光はカンチレバー振動に同期して生じるため、カンチレバー振動の周波数で散乱光を検出することによって行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平11−316240
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Physical Review Letters,vol.56,No.9,p930.
【非特許文献2】Chemical Reviews,1999,vol.99,No.10,p2891−2927.
【非特許文献3】Optics Letters,vol.19,no.3,p159.
【非特許文献4】Journal of Applied Physics, vol. 109, no. 1, p013110.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、上述したプラズモン伝播型光SPMにおいては、測定光に含まれるカンチレバー振動に同期した(同一周波数の)周波数成分は本来測定したい探針先端に励起した近接場光由来の光のみならず、カンチレバー制御用の光や、背景光等が混入する。そのため、カンチレバー振動周波数で測定すると多くのノイズが重畳し、測定精度・感度を低下させてしまう。
【0015】
プラズモン励起光を他と異なる波長とすることにより、波長フィルターを用いて制御光等と分離・除去が可能であるが、いつもそのようなことが可能とは限らない。また、空間フィルターを用いることによっても背景光等をある程度除去可能であるが、全て除去することはできない。加えて、カンチレバー振動は数百kHz程度であるため測定機器で発生する電気的ノイズも多い周波数帯となり、光以外のノイズ源も多く、一般的に高感度化が困難である。
【0016】
本発明は上記課題に鑑み、プラズモン伝播形光SPMにおいて、信号対雑音比が低下させずに近接場光を用いて試料の形状と光学特性を測定する走査プローブ顕微鏡の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明は、近接場光を励起させ、近接場光と試料の相対位置を走査し、試料による近接場光の散乱光を検出することにより、試料の形状と光学特性を観察する走査プローブ顕微鏡の測定方法であって、近接場光を変調させ、近接場光と試料の相対距離を周期的に変動させ、近接場光に印加した変調の周波数と、近接場光と試料の相対距離を変動させる周波数によって発生する干渉信号を選択的に抽出することを特徴とする走査プローブ顕微鏡の測定方法を提供する。
【0018】
また、別観点における本発明は、近接場光を励起する近接場光励起レーザーと、近接場光と試料の相対位置を走査するカンチレバーと、前記近接場光に変調を生じさせる変調手段と、所定の周波数を選択的に透過するフィルタを有し、試料による近接場光の散乱光を検出する光検出器と、前記カンチレバーを周期的に振動させる制御器とを備える走査プローブ顕微鏡を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、プラズモン伝播形光SPMにおいて、信号対雑音比が低下させずに近接場光を用いて試料の形状と光学特性を測定する走査プローブ顕微鏡の測定方式を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】具体的装置構成例
【図2】近接場光発生原理
【図3】試料測定原理
【図4】カンチレバー周辺の具体的構成例
【図5】カンチレバー振動と試料による散乱光発生の模式図
【図6】カンチレバーを振動させた場合に得られる測定信号の周波数成分の例
【図7】励起光に変調を印加した場合のカンチレバー周辺の具体的構成例
【図8】励起光に変調を印加した場合に得られる信号の周波数成分の例
【図9】試料へ変調を印加した場合のカンチレバー周辺の具体的構成例
【図10】励起光および試料へ変調を印加した場合のカンチレバー周辺の具体的構成例
【図11】励起光および試料へ変調を印加した場合に得られる測定信号の周波数成分の例
【図12】励起光および試料へ変調を印加し、測定信号において高次の干渉信号が得られた場合の、測定信号の周波数成分の例
【図13】目的とする周波数成分を取得する手段の説明
【図14】カンチレバーを二次元走査して試料表面を測定する模式図
【図15】測定結果の例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0021】
導電体中において、自由電子が巨視的なスケールで運動または振動する形態をプラズモンと呼び、プラズモンが表面近傍に集中することを表面プラズモンと呼ぶ。表面プラズモンは光照射によって励起することができ、プラズモンと光の連成波はプラズモン・ポラリトンと呼ばれ、プラズモン・ポラリトンは励起に用いた光のエネルギーを荷担することができる。また、プラズモン・ポラリトンは条件によって光(電磁場・近接場光を含む)へと変換することができ、この特性を用いて光では直接到達できない領域へ導光することができる。
【0022】
本発明においては、上記プラズモン・ポラリトンの特性を活かして光をナノ構造へ導き、ナノ構造を光学的に観察する手法について述べる。本発明の実施の形態を、図を用いて説明する。
【0023】
はじめに図1に示した具体的な装置構成例を用いて測定動作について説明する。
【0024】
先端に導電性のナノ構造101を有するカンチレバー102にプラズモン・ポラリトン900(近接場光)を励起するためのレーザー光901を近接場光励起レーザーとしてのレーザー103により照射する。カンチレバー102を用いて近接場光と試料との相対位置を走査する。レーザー光901はレンズ104によってカンチレバー102先端部のナノ構造101近傍へ集光される。カンチレバー102はその高さや捩れ、振動状態がセンサー105によってモニターされ、モニターの結果を用い、制御器106がスキャナ107を制御することによってカンチレバー102と試料108の相対距離や接触の具合を制御する。試料108は試料ステージ109に搭載されており、カンチレバー102との相対位置を3次元的に変化する。
【0025】
ナノ構造101は、例えばカーボンナノチューブ(CNT)や金属ナノワイヤー、金属ナノ粒子、ナノ構造内包カーボンナノチューブにより構成されている。プラズモン・ポラリトン900による近接場光励起の効率や、カンチレバー102への固定の容易さ、ナノ構造の光学的・機械的特性を考慮して上述から選択することができる。
【0026】
レーザー103は、例えば半導体レーザーやガスレーザー、固体レーザーを用いることができ、波長は近接場光の励起効率や出力を考慮して紫外線や可視光、赤外光を用いることができる。必要な近接場光の強度や近接場光の励起光率によっては、レーザーではなく発光ダイオード(LED)や白色光源であるランプ等を用いることができる。ランプを用いた場合はランプの発光帯域が広いため、分光分析に適している。
【0027】
センサー105は、例えば静電容量センサーや光テコ、トンネル電流検出器等を用いることができ、必要な感度や実装上の都合を考慮して選択する。
【0028】
カンチレバー102先端と試料108の位置を観察し、測定位置を決めるためにカンチレバー102上方から観察する光学系を有する。この光学系は、光源110と撮像素子111、ハーフミラー112、ハーフミラー113によって構成されており、ハーフミラー113によってレーザー103と同軸となる構成である。
【0029】
試料108の観察は、レーザー103で励起したプラズモン・ポラリトン900によってカンチレバー102先端に発生した近接場光を用いて行う。具体的には、カンチレバー102先端が試料108に接触すると近接場光が散乱されて伝播光になるので、この散乱光を集めて測定を行う。散乱光は検出レンズ114にて集め、光学系115を通って光検出器116へ導かれる。光学系115には分岐が設けられており、検出レンズ114が試料108のどの領域を測定しているかを確認するための観察系117へ光を導くことができるようになっていてもよい。
【0030】
光検出器116は、例えばホトマルやフォトダイオードやCCDのような固体撮像素子を用いることができ、必要な周波数特性や感度を考慮して選択することができる。
【0031】
制御器106はレーザー103や撮像素子111、スキャナ107、試料ステージ109、光検出器116、観察系117と接続されており、PC118から制御されて各機器を制御し、測定結果等をPC118へ送る役割を果たしている。PC118はGUIが備わっており、オペレーターの入力した制御パラメーターを制御器106へ送ると共に、各機器から送られてきた測定結果等を表示する機能を有する。
【0032】
次に、測定原理について図2および図3を用いて説明する。先端にナノ構造101を有するカンチレバー102に対してレーザー103を照射し、カンチレバー102のエッジ部においてプラズモン・ポラリトン900を発生させる。プラズモン・ポラリトン900はカンチレバーエッジ部を伝播し、カンチレバー先端に設けられたナノ構造101へ導かれる。ナノ構造101を伝播するプラズモン・ポラリトン900はナノ構造101先端に達すると、プラズモン・ポラリトンから光へと変換される。このナノ構造先端101で変換された光は、ナノ構造101先端が何にも触れていない自由な状態では、ナノ構造先端に局在する近接場光120となる(図3)。一方、ナノ構造が何らかの物体121と近接または接触した場合、近接場光120は物体121と相互作用し、近接場光120が散乱されるまたは近接場光120の強度が変更を受ける。この散乱光122は、ナノ構造101と物体121の距離や物体121の光学的性質や電気的性質によって変化するので、例えば散乱光122の強度を測定することによって、物体121の形状や物性を測定可能である。
【0033】
図4に、カンチレバー102の周りの構成例を示す。カンチレバー102は例えば光テコのようなセンサー105によって高さや捩れ、振動状態が観測される。光テコは、例えばレーザーやSLDを光源123として用い、カンチレバー先端部に集光するように照射し、その反射光を例えば分割センサーやPSDなどの撮像素子124によって受光する構成である。ここで、高さセンサー105には光テコのほかに、例えば光干渉計のような光学的手法を用いた方法や、静電容量センサーやトンネル電流を用いた電気的手法を用いることができる。
【0034】
次に、測定方式について図5を用いて説明する。制御器106によってカンチレバー102は例えば周期的に振動しており、一定周期で試料108への接近または接触を繰り返しているとする。ただし、カンチレバー102は必ずしも一定周期で振動している必要はなく、試料108へ接近するタイミングと測定のタイミングの同期を取れば本質的に同じであり、目的は達せられる。そのためには試料108への接近と退避を行える機構を有していれば良い。また、試料108への接近や接触が一定周期である、または間欠的である必要はなく、常に接触していても構わない。この場合は任意のタイミングで測定を行えばよく、測定が簡便になるという利点がある。
【0035】
図5に例示したように、制御器106によってカンチレバー102を振動させて周期的に試料108へ接近または接触をさせる場合、検出レンズ114で測定する散乱光122はカンチレバー102の振動周期で発生することになる。そのため、測定した信号は周波数軸上で図6に示すようにカンチレバー振動周波数f1に現れる。
【0036】
散乱光122を一定周期で発生させ、その周波数成分のみを選択的に取得することにより、背景光などの直流成分から分離して必要な信号のみを取得することができる。当該手法によって取得された信号には、カンチレバー102の振動に関する情報が含まれており、連続的にカンチレバー102を試料108に接近させて任意のタイミングで測定を行う場合に比べ、感度および精度が優れている。
【0037】
しかし一方で、上記方式による測定ではカンチレバー102の振動に起因するノイズ光および同周波数の電気ノイズを全て検出する。ここでノイズ光とは、例えばセンサー105に光テコを使う場合はカンチレバー102による光テコ測定光の散乱光や、カンチレバー102の振動による背景光量の変化である。電気的とは、測定系に混入するカンチレバー102の振動を駆動する電気信号や、測定雰囲気に内在する電気的ノイズである。これらノイズのため、測定結果における試料108の情報がノイズに埋もれてしまう、または定量的測定のための信号の切り分けが困難であるという課題が生じる。
【0038】
そこで、レーザー103または試料108に変調を加え、高感度かつ高精度な測定を実現する検出手段について述べる。
【0039】
図7に示した実施例は、図6に示した構成において、レーザー103に周期的な変調を印加する場合を模式的に表したものである。レーザー103へ印加する変調として、例えば周波数f2の振幅変調を印加した場合、ナノ構造101先端に励起される近接場光120も周波数f2で間欠的な励起となる。このような変調を加えた場合、検出レンズ114で集光する散乱光122は、カンチレバー102の振動周波数f1とレーザー103の変調周波数f2が含まれており、光検出器116で検出をすると、
|sin(f1t)+sin(f2t)|^2
=[sin(2f1t)]/2+[sin(2f2t)]/2
−cos(f2+f1)t+cos|f2−f1|t+1,
式1
であることより、周波数2f1と2f2、f1+f2、|f2−f1|の周波数成分の信号が含まれる(図8)。
【0040】
信号に含まれる各周波数成分の中で、f1+f2または|f2−f1|の周波数成分のみを選択的に抽出することにより、カンチレバー102の振動と近接場光120の両方に関わる信号のみの取得が可能となる。これにより、カンチレバー振動そのものに起因する例えば光テコ測定光の散乱光やカンチレバー振動駆動信号などを除去することが可能となる。
【0041】
また、レーザー103または試料108へ印加する変調125は、DC〜数十GHzの範囲で任意に選択できることから、背景ノイズの少ない検出に適した周波数帯を選択して測定できるという利点がある。これは、カンチレバー102の振動周波数がある固定された周波数であることにくらべ、電気的ノイズの低減に効果がある。また、一般的なカンチレバーの振動周波数が10kHz〜500kHz程度と比較的低周波数であるのに対し、高周波数での検波が可能となることも、電気的ノイズの低減に効果がある。
【0042】
また、レーザー103に変調を加え、試料108に対しては無変調とすることで、試料に非接触で非破壊的・非侵襲的に測定を行うことができる。
【0043】
図9には、プラズモン・ポラリトン900を励起するレーザー103は無変調で、試料108へ変調器(図示省略)によって変調125を印加する例を示す。変調器によって試料へ印加される変調125としては、例えば電圧を印加する電気的な変調や光励起をする光学的な変調、振動させる力学的な変調、熱を加える熱的な変調、相を変化させる化学的な変調などが考えられる。試料108へ変調を印加する領域は、ナノ構造101と試料108の接触している領域に必要な強度の変調を印加できればよく、ナノ構造101と試料108の接触点を直接変調してもよいし、試料108の別の箇所へ印加した変調を伝播させてナノ構造101と試料108の接触点を間接的に変調してもよい。
【0044】
なお、試料108に力学的変調を加えることにより、試料108の機械特性を測定することができ、試料108に熱的変調を加えることにより、試料108の熱弾性を測定することができる。また、試料108に電気的変調を加えることにより、試料108の電子・電気的性質を測定することができる。
【0045】
ここで、レーザー103または試料108へ印加する変調125の周波数を複数とすることで、より多くの周波数成分から選択して測定することが可能となるため、より背景ノイズの少ない周波数を選択することができる。
【0046】
図7および図9に示した構成を用いることにより、カンチレバー102の振動と近接場光120の両方に関わる信号またはカンチレバー102の振動と試料108に関する信号のみの選択的な取得が可能となる。これにより、カンチレバー102の振動に起因する光ノイズ、電気ノイズを低減することができる。一方で、図7の構成においてはレーザー103のカンチレバー102による散乱光が測定系に混入して光ノイズとなることが懸念され、図9の構成において光を用いて試料108へ変調を加えた場合に変調励起光が試料108またはカンチレバー102で散乱されて光ノイズとなることが懸念される。図9の構成において力学的変調を試料108へ印加した場合も、例えば試料108の振動がカンチレバー102と試料108との相互作用に影響し、光学的・電気的ノイズを発生させることが懸念される。
【0047】
そこで、図10に例示するように、レーザー103と試料108の両方へ変調を加え、試料108の情報のみをより高感度・高精度で測定する検出手段について述べる。
図10にレーザー103と試料108の両方へ変調を印加する場合の構成例を示す。
【0048】
ここで、レーザー103および試料108へ印加する変調125の周波数を複数とすることで、より多くの周波数成分から選択して測定することが可能となるため、より背景ノイズの少ない周波数を選択することができる。
【0049】
レーザー103および試料108へ印加する変調125の周波数は複数としてもよいが、ここではプラズモン・ポラリトン900を励起するレーザー102を1光線入射するとしてレーザー102をf2で変調し、試料108をf3で変調する場合を例に説明する。カンチレバー101はf1で振動し、振動周期に同期して試料108と接触しており、接触と同時に近接場光120が散乱されるものとする。すると、光検出器116で検出する信号は以下のように記述される。
|sin(f1t)+sin(f2t)+sin(f3t)|^2
=3/2−cos(2f1t)/2−cos(2f2t)/2
−cos(2f3t)/2
−cos(f1+f2)t+cos|f1−f2|t
−cos(f2+f3)t+cos|f2−f3|t
−cos(f3+f1)t+cos|f3−f1|t.
式2
検出される周波数成分の中で、f1±f2の周波数成分はカンチレバー101の振動と近接場光120の両方に関わる信号のみが含まれており、これにより、カンチレバー振動そのものに起因する例えば光テコ測定光の散乱光やカンチレバー振動駆動信号などを除去することが可能となる。
【0050】
f2±f3の周波数成分は近接場光120と試料108に関係する情報のみで構成されており、カンチレバー101に関連する情報は含まれない(図11参照)。そのため、カンチレバー振動に起因する光学的・電気的ノイズを除去可能で、かつ、f2とf3は自由に選択可能であるためf2+f3または|f2−f3|を電気的ノイズが最小となる周波数が選択可能であるなど、高感度に試料108の情報を取得可能である。f2±f3の周波数成分を測定する場合、必ずしもカンチレバー102を振動または運動させて間欠的に試料108と接触させる必要はなく、試料108と接触したままの状態でも、近接場光120と試料108に起因する信号のみを選択的に取得できる利点がある。
【0051】
光検出器116で検出した信号は式2で表されるように、2f1、2f2、2f3、f1±f2、f2±f3、f3±f1の周波数成分が含まれているが、この中から、少なくとも二つの周波数成分をフィルタリングによって抽出し、ミキサーによってそれらを干渉させることを考える。具体的な例を考える。式2で表される周波数成分2f1とf2+f3をフィルタリングによって抽出し、ミキサーで干渉させると、
|cos(2f1t)/2−cos(f2+f3)t|^2
=cos(2f1)/8+cos(2f2+2f3)/2
−cos(2f1+f2+f3)/2−cos(2f1−f2−f3)/2
+5/8,
式3
であるから、新たに2f1+f2+f3と2f1−f2−f3、2f2+2f3の周波数成分が生成される。この中で2f1+f2+f3と2f1−f2−f3の成分は、カンチレバー102の振動と近接場光120と試料108に関係する信号しか含まれていないので、式3で表される信号から2f1+f2+f3または2f1−f2−f3を選択的に検出することによって、光学的ノイズも電気的ノイズも十分に抑制された高精度の検出が可能となる。
【0052】
一方、光検出器116に強い非線形応答を示す光検出器を用いた場合は、散乱光122を測定して電気信号へ変換した段階で入力の高次ビートを生成することができる。上記例を用いると、例えば三次の非線形成分は
|sin(f1)+sin(f2)+sin(f3)|^3
=sin^3(f1)+sin^3(f2)+sin^3(f3)
+3sin(f1)sin^2(f2)
+3sin(f1)sin^2(f3)
+3sin^2(f1)sin(f2)
+3sin^2(f1)sin(f3)
+3sin(f2)sin^2(f3)
+3sin^2(f2)sin(f3)
+6sin(f1)sin(f2)sin(f3),
式4
となる。式4におけるsin(f1)sin(f2)sin(f3)の項を書き下すと、
sin(f1)sin(f2)sin(f3)
=−[sin(f1+f2+f3)−sin(f1−f2+f3)+sin(f1−f2−f3)―sin(f1+f2−f3)]/4,
式5
である(図12参照)。これより、強い非線形性を有する光検出器において散乱光122を測定した場合は、三次の非線形項を取り出すことによってf1+f2+f3やf1+f2−f3、f1−f2+f3、f1−f2−f3のような近接場光120とカンチレバー102の振動と試料108に起因する周波数成分のみを選択的に抽出可能となる。特に、f2とf3は任意に選択可能であるため、検出周波数をノイズの少ない帯域とすることができる利点がある。
【0053】
強い非線形性を有する光検出器において、上述のような高次ビートの検出が可能であるのは、探針先端の近接場光120を非常に強く励起可能であるプラズモン・ポラリトンを用いた手法だからである。
【0054】
上述と本質的に同様であるが、近接場光120の励起に周波数fa、fb、fc、…で変調を印加し、試料108へ周波数f1、f2、f3、…で変調を印加し、カンチレバー102をfAFMで振動させる場合を考える。非線形性の強い光検出を行うことにより、
f1±f2±f3±…±fAFM±f1±f2±f3±…
式6
の周波数が電気信号として得られる。式6に示される周波数成分のみを選択的に抽出することによって、近接場光120とカンチレバー102と試料108に関連する情報のみを選択的に取得可能となり、高感度・高精度計測が可能となる。
【0055】
レーザー103と試料108との両方に変調を加えることにより、レーザー103のカンチレバー102による散乱光が測定系に混入することによる光ノイズの発生を軽減することができる。また、光を用いて試料108へ変調を加えた場合に変調励起光が試料108またはカンチレバー102で散乱されることによる光ノイズの発生を軽減することができる。また、力学的変調を試料108へ印加した場合に例えば試料108の振動がカンチレバー102と試料108との相互作用に影響することにより発生する、光学的・電気的ノイズを軽減することができる。
【0056】
式1ないし式6に記した周波数成分を選択的に抽出する手段としては、光検出器116に図13に示したように、特定の周波数のみを選択的に透過させるバンドパスフィルタを用いる方法や、ローパスフィルタとハイパスフィルタを組み合わせて周波数成分を選択する方法や、ロックイン検出による方法などが考えられる。
【0057】
簡単に測定方式について説明する。近接場光120を励起されたナノ構造101を先端に持つカンチレバー102を、例えば、図14に示すように試料108表面に沿って二次元的に走査し、近接場光120の散乱光122を測定するとする。カンチレバー102を走査し、各点における散乱光122強度をマッピングすることにより、例えば図15に示すように試料表面の反射率分布を二次元的に可視化できる。
【0058】
図1に示した具体的装置構成例の説明をする。ただし、構成の如何を問わず下記機能を有しておればよいので詳細は省く。制御器106は、PC118と通信をしてオペレーターからの入力を受け取ると共に、PC118へ測定結果を送ることができる。制御器106はセンサー105からの出力を得てカンチレバー102を制御するためのスキャナ107を制御する部分と、試料ステージ109を制御する部分と近接場光励起レーザー103を制御する部分と、撮像素子111での観察結果を受け取る部分と、光検出器116で検出した散乱光122の情報を受け取る部分と観察系117で観察した結果を受け取る部分から構成されている。試料108に変調を印加する場合は、そのための発振器や回路を備えているものとする。
【0059】
光検出器116から受け取った信号から任意の周波数成分を抽出するフィルター、または任意複数周波数成分をフィルタリングしてその結果をミキサーによって合波し、生成されたビートをフィルタリングする機能を有しているものとする。または、必要な信号を取得するためのロックインアンプを備えているものとする。
【0060】
これまで説明してきた実施例は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の一例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されない。すなわち、本発明はその技術思想、又はその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【符号の説明】
【0061】
ナノ構造…101
カンチレバー…102
レーザー…103
レンズ…104
センサー…105
制御器…106
スキャナ…107
試料…108
試料ステージ…109
光源…110
撮像素子…111
ハーフミラー…112
ハーフミラー…113
検出レンズ…114
光学系…115
光検出器…116
観察系…117
PC…118
近接場光…120
物体…121
散乱光…122
光源…123
撮像素子…124
試料へ印加する変調…125

【特許請求の範囲】
【請求項1】
近接場光を励起させ、近接場光と試料の相対位置を走査し、試料による近接場光の散乱光を検出することにより、試料の形状と光学特性を観察する走査プローブ顕微鏡の測定方法であって、
近接場光を変調させ、近接場光と試料の相対距離を変動させ、近接場光に印加した変調の周波数と、近接場光と試料の相対距離を変動させる周波数によって発生する干渉信号を選択的に抽出することを特徴とする走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項2】
レーザー光により近接場光を励起させることを特徴とする請求項1記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項3】
近接場光を変調する周波数が複数であることを特徴とする請求項1記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項4】
選択的に取得する信号の周波数を近接場光に印加した変調の周波数と、近接場光と試料の相対距離を変動させる周波数と、の和または差から少なくとも一つを選択することを特徴とする請求項1記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項5】
前記レーザー光を変調させることにより近接場光を変調させることを特徴とする請求項2記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項6】
試料へ変調を印加することにより近接場光を変調させることを特徴とする請求項1または5記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法。
【請求項7】
試料へ印加する変調が電気的・光学的・化学的・力学的・熱的な変調のうち少なくとも一つであることを特徴とする請求項6記載の走査プローブ顕微鏡の測定方法
【請求項8】
近接場光を励起する近接場光励起レーザーと、
近接場光と試料の相対位置を走査するカンチレバーと、
近接場光に変調を生じさせる変調手段と、
所定の周波数を選択的に透過するフィルタを有し、試料による近接場光の散乱光を検出する光検出器と、
前記カンチレバーを振動させる制御器とを備える走査プローブ顕微鏡。
【請求項9】
前記変調手段は、変調を生じたレーザー光を照射する近接場光励起レーザーであることを特徴とする請求項8記載の走査プローブ顕微鏡。
【請求項10】
前記変調手段は、試料へ電気的・光学的・化学的・力学的・熱的な変調のうち少なくとも一つの変調を印加する変調器であることを特徴とする請求項8記載の走査プローブ顕微鏡。
【請求項11】
前記変調手段は、変調を生じたレーザー光を照射する近接場光励起レーザー及び試料へ電気的・光学的・化学的・力学的な変調のうち少なくとも一つの変調を印加する変調器であることを特徴とする請求項8記載の走査プローブ顕微鏡。
【請求項12】
前記変調手段により生じる変調の周波数が複数であることを特徴とする請求項8記載の走査プローブ顕微鏡。
【請求項13】
前記光検出器は選択的に取得する信号の周波数を近接場光に印加した変調の周波数と、近接場光と試料の相対距離を変動させる周波数と、の和または差から少なくとも一つを選択することを特徴とすることを特徴とする請求項8記載の走査プローブ顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−220191(P2012−220191A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82396(P2011−82396)
【出願日】平成23年4月4日(2011.4.4)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)