説明

走査型プローブ顕微鏡における走査方法及び強磁場走査型プローブ顕微鏡装置

【課題】 プローブが試料の磁気構造を乱すことなく、強磁場下における試料の磁気的測定をより正確に行うことができる走査型プローブ顕微鏡における走査方法及び強磁場走査型プローブ顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】 この出願の発明による走査型プローブ顕微鏡における走査方法は、走査型プローブ顕微鏡を用い、プローブを走査して強磁場下で試料の磁気的測定を行うためのものであり、零磁場下で試料の形状像の測定を行い、試料の形状像のデータを記憶しておき、試料における磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対してプローブを走査して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、その結果に基づいてプローブの位置の補正をしつつ、且つ、零磁場下での測定で得た形状像のデータをもとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように制御して走査することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、走査型プローブ顕微鏡を用いて強磁場下において正確な磁気的測定を行うためのプローブの走査方法及び強磁場走査プローブ顕微鏡装置に関するものである。また、この出願の発明は、磁気記録等に用いられる磁性材料の研究開発の分野において、測定の精度を向上させることにより、磁気記録のさらなる高密度化に向けての研究開発等に対して、基礎的な研究技術を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
コンピュータに内蔵されるハードディスク装置等に代表される磁気記録装置の記録密度は、年々指数関数的に増大し続けてきている。それに対応して必然的に、記録磁化の磁区は小さくなり、熱や磁場等の外場の影響を受けやすくなるので、それらに対する安定性の評価が本質的に求められるようになってきた。
【0003】
微細な磁区構造の観察には走査プローブ顕微鏡の一種である磁気力顕微鏡を用いることができる。この分野において、この出願の発明者らは、強磁場下で広範囲の温度で動作する磁気力顕微鏡を開発してきた(特許文献1)。
【0004】
磁気力顕微鏡においては、試料表面の形状と磁気的な情報とを分離して測定する必要がある。このための手段として、強磁場下で、先ずプローブを試料表面に十分に接近させ原子間力顕微鏡としての測定を行って形状像を得、然る後にその形状像をもとにプローブを試料表面より一定の距離を保ちつつ走査するという、トレースモードあるいは2パス方式と称される走査方法が用いられてきた(非特許文献1)。これは、磁気力が原子間力に比べて長距離まで及ぶという性質を巧みに利用したものである。磁気力顕微鏡のプローブとしては、Si等で作られた原子間力顕微鏡用のプローブにCo等の強磁性材料を蒸着したものが用いられる。プローブは使用前に強磁場を印加することで着磁される。すなわち、磁気的測定はプローブの小さな残留磁化と試料との相互作用によって行われる。
【特許文献1】特開2001−50885号公報
【非特許文献1】http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/spm/3_2_d1.htm
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、強い外部磁場の下においては、強磁性材料を用いたプローブは強く磁化されるので、プローブの作る磁場の影響が無視できないことがわかってきた。すなわち試料表面には、外部から印加した一様な磁場とプローブによる磁場の和が印加されるのであるが、プローブによる磁場は大きな磁場勾配をもって局所的に作用するので、微細な磁気構造に対して大きな影響を及ぼす。
【0006】
そのため、強磁性プローブを用いて、通常のトレースモードで走査を行うと、表面形状を測定する間にプローブが試料表面に接近して磁気構造を乱してしまうので、正確な磁気的測定ができなくなるという問題があった。
【0007】
磁気記録の記録密度は、当分の間は従来と同様な速度で向上し続けることが期待されている。そのための研究開発には微細な磁区構造の性質を正確に測定するという基礎的な計測技術が不可欠である。特に走査型プローブ顕微鏡の強磁場への応用は現在発展中の技術であり、製品レベルでの実用化が要望されている。
【0008】
この出願の発明は、以上のような従来技術の実情に鑑みてなされたもので、プローブが試料の磁気構造を乱すことなく、強磁場下における試料の磁気的測定をより正確に行うことができる走査型プローブ顕微鏡における走査方法及び強磁場走査型プローブ顕微鏡装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この出願の発明は、上記課題を解決するものとして、第1には、走査型プローブ顕微鏡を用い、プローブを走査して強磁場下で試料の磁気的測定を行うためのプローブの走査方法であって、零磁場下で試料の形状像の測定を行い、試料の形状像のデータを記憶しておき、試料における磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対してプローブを走査して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、その結果に基づいてプローブの位置の補正をしつつ、且つ、零磁場下での測定で得た形状像のデータをもとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように制御して走査することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡における走査方法を提供する。
【0010】
また、第2には、試料を3次元方向に移動させるための圧電素子、プローブを先端に有するカンチレバー、及びカンチレバーの変位を検出するための変位検出手段を含む走査型プローブ顕微鏡ユニットと、試料に強磁場を印加する超伝導磁石と、零磁場下で行った試料の形状像のデータを記憶する記憶手段を有し、試料における磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対してプローブを走査して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、その結果に基づいてプローブの位置の補正を行い、且つ、零磁場下での測定で得た形状像のデータをもとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように、プローブの走査を制御する制御部を備えることを特徴とする強磁場走査型プローブ顕微鏡装置を提供する。
【0011】
さらに、第3には、上記第2の発明において、さらに、試料を加熱する加熱手段と試料を冷却する冷却手段の少なくともいずれかを有する強磁場走査型プローブ顕微鏡装置を提供する。
【発明の効果】
【0012】
この出願の発明によれば、プローブが試料の磁気構造を乱すことなく、強磁場下における試料の磁気的な性質をより正確に測定できるようになる。
【0013】
そして、この出願の発明は、ハードディスク装置に代表される磁気記録装置の更なる高密度化に向けて、基礎的な研究技術を提供し、これにより、高性能な磁気記録装置の開発が促進されることが期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0015】
以下では、実際に使用した装置に則って実施例を説明する。但し、この出願の発明は走査型プローブ顕微鏡を用いて強磁場下において磁気的測定をするときの走査方法及び強磁場走査プローブ顕微鏡装置に関するものであり、それ以外の部分、すなわち使用する装置や技術については、種々の走査型プローブ顕微鏡関連技術が使用できる。なお、この出願の明細書において「強磁場」とは、試料との関係で言うと、その保磁力に対して無視できないくらいの大きさの磁場を意味する。例えば、一般に知られている比較的に大きな保磁力を持つ硬磁性材料(hard magnetic material)については、その保磁力は1〜2T程度
であるので、概ねその1/10の0.1〜0.2T程度以上の磁場のことを強磁場と言う。
【0016】
図1は実施例で用いた強磁場走査型プローブ顕微鏡装置の概要を模式的に表している。図1において、(1)は走査型プローブ顕微鏡(SPM)ユニット、(2)は超伝導磁石、(3)はコイル容器、(4)は容器、(5)、(6)はGM冷凍機、(7)は多層プレートである。
【0017】
走査型プローブ顕微鏡ユニット(1)は、大口径の室温空間をもつ超伝導磁石(2)の中心に置かれており、試料(図示せず)には7.5Tまでの外部一様磁場を印加することができるようになっている。試料は真空下又は目的に応じた適当な雰囲気下におかれ、試料の温度はヒーター(図示せず)による加熱と冷凍機(6)による冷却により調整され、4〜500Kの間で制御される。
【0018】
プローブとしては、Si製の原子間力顕微鏡用のプローブに強磁性体であるCo/Ptを蒸着したものを用いた。もちろん、使用できる強磁性体はこれに限定されない。
【0019】
この装置を用いて、20Gbit/inchの磁気記録媒体について、室温の大気中において、書き込まれた記録磁化が外部磁場の印加によって消失して行く過程を観測した。
【0020】
走査型プローブ顕微鏡は強磁場下で磁気的測定を行う場合、磁気力顕微鏡としての役割を行う。ここで磁気力顕微鏡の測定原理について簡単に説明する。
【0021】
磁気力顕微鏡は、カンチレバーにより支持されたプローブを有しており、カンチレバーは圧電素子によって外部から加振され、20〜300KHzの固有の共振周波数で振動している。カンチレバーの変位はカンチレバーの付根の部分に装着されたひずみゲージによって、電気抵抗の変化として観測される。プローブと試料との間に相互作用があると、振動の振幅や位相等に変化が生じる。プローブで試料表面を走査しながら、その変化を記録したり、またその変化を一定に保つように帰還をかけたりして、試料表面の形状や磁気的構造等の種々の情報を2次元の像として得ることができる。
【0022】
トレースモードによる測定では、先ず、図2(a)に示すようにプローブを試料に接近させ、タッピング(サイクリックコンタクト)モードにより制御しつつ横方向に走査し、1ライン分の試料の形状像を得る。次に、この形状像をもとにプローブを試料表面から高さhだけ離して(図2(c))、同じライン上を走査し、その間のカンチレバーの振動の位相を測定する。これが磁気像となる。以上の手順で形状像と磁気像とが1ライン分得られる。そして、プローブの位置を縦方向に移動し、この手順を繰り返すことにより、2次元の像として形状像(図2(b))と磁気像(図2(d))とを得ることができる。
【0023】
図3に、強磁場下における磁気像を通常のトレースモードで測定した従来方法の結果を示す。このように強磁場の印加により記録磁化は消失するが、そのときの信号振幅の磁場依存性から記録磁化の保磁力を見積もることができる。但し、あとで述べるように、この測定においては、強磁場下ではプローブ自体の作る磁場によって試料の磁気構造が破壊されているので、結果の磁場依存性については正しい議論はできない。
【0024】
次に、この出願の発明による走査方法について説明する。
【0025】
この走査方法では、まず、走査型プローブ顕微鏡を用い、零磁場下で試料の形状像の測定を行い、試料の形状像のデータを記憶しておく。次に、その記憶した形状像のデータを
もとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように制御して走査を行い、磁気的測定を行う。
【0026】
この場合、より精度の高い磁気的測定を行うためには、試料において磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、プローブの位置の校正を逐次行う。
【0027】
このようにすると、予め定めた特定の領域以外では、強磁場下においてプローブが試料表面に接近することがないので、プローブによる試料の磁気構造の破壊は避けられる。
【0028】
この出願の発明による走査方法の具体的な手順の例を以下に述べる。
(1)零磁場下においてタッピングモードによりプローブを横方向に走査し1ライン分の試料の形状像を得る。その形状像のデータは、たとえばパーソナルコンピュータ等の情報処理装置に内蔵あるいは外付けされた情報記憶手段に記憶する。そして、プローブの位置を縦方向に移動し、この手順を繰り返すことにより、2次元の像としての形状像が得られる(図4(a))。ここで、必要であれば通常のトレースモードにより試料の形状像と磁気像とを得るようにしてもよい。
(2)次に、外部磁場を目的の値になるまで掃引する。この間、プローブは試料表面から離れたところに保持し、試料の磁気構造に影響を与えないようにする。
(3)次に、試料において予め定めてあった特定の領域(磁気的測定の走査の範囲外の領域)に対して、強磁場下でプローブをタッピングモードで走査し、(1)と同様にして形状像を得る(図4(b))。
(4)(1)と(3)とで得られた形状像を比較することにより、プローブの位置を校正する。
(5)(1)で記憶させておいた形状像のデータに基づき、試料表面から所定の高さhにプローブを保持しつつ横方向に1ライン走査し、1ライン分の磁気像を得る。そして、プローブの位置を縦方向に移動し、この手順を繰り返すことにより、2次元の像としての磁気像が得られる(図4(d))。この間、適宜(3)〜(4)の手順を実行し、プローブの位置の校正を行う。上記hの値は試料の種類や測定量によっても異なるが、通常、10〜100nm程度である。上記hの値はプローブの構造や試料の磁気的構造の大きさに依存して最適な値は変化するので、予備的な実験により適切な値を決定することが望ましい。また、走査するラインの間隔の典型的な値は、たとえば、1μm×1μmの画像を得るときで1〜4nm、5μm×5μmの画像を得るときで5〜20nmである。
(6)必要に応じて(たとえば、複数の磁場の値に変えて測定を行いたい場合等には)(2)〜(5)の手順を繰り返す。
【0029】
図3に示したものと同様の実験をこの出願の発明による走査方法を用いて行い、両者を比較した。記録磁化に由来する信号の強度を磁場の関数として示したのが図5である。
【0030】
従来の走査方法で行った実験では、記録磁化は0.6Tの磁場で急激に減少し、0.7Tの磁場ではほぼ完全に消失しているのに対し、この出願の発明による走査方法を用いて行った実験では、記録磁化は0.8Tの磁場でも消失していないことがわかる。この結果は、従来の走査方法ではプローブの磁化により試料の磁気構造が破壊されていることを示唆するものである。また、通常のトレースモードでは、強磁場下では正確な磁気的な測定は行えないことがわかると同時に、この出願の発明による走査方法の有効性が実証された。
【0031】
もちろん、この出願の発明は以上の実施形態ないし実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】この出願の発明の実施例で用いた強磁場走査型プローブ顕微鏡装置の概要を模式的に示す図である。
【図2】磁気力顕微鏡におけるトレースモードによる測定の説明図である。
【図3】強磁場下における磁気像を通常のトレースモードで測定した従来方法の結果を示す図である。
【図4】この出願の発明による走査方法の具体的な手順の例を示す図である。
【図5】図3に示したものと同様の実験をこの出願の発明による走査方法を用いて行って得られた、記録磁化に由来する信号の強度を磁場の関数として示した図である。
【符号の説明】
【0033】
1 走査型プローブ顕微鏡(SPM)ユニット
2 超伝導磁石
3 コイル容器
4 容器
5、6 GM冷凍機
7 多層プレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
走査型プローブ顕微鏡を用い、プローブを走査して強磁場下で試料の磁気的測定を行うためのプローブの走査方法であって、零磁場下で試料の形状像の測定を行い、試料の形状像のデータを記憶しておき、試料における磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対してプローブを走査して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、その結果に基づいてプローブの位置の補正をしつつ、且つ、零磁場下での測定で得た形状像のデータをもとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように制御して走査することを特徴とする走査型プローブ顕微鏡における走査方法。
【請求項2】
試料を3次元方向に移動させるための圧電素子、プローブを先端に有するカンチレバー、及びカンチレバーの変位を検出するための変位検出手段を含む走査型プローブ顕微鏡ユニットと、
試料に強磁場を印加する超伝導磁石と、
零磁場下で行った試料の形状像のデータを記憶する記憶手段を有し、試料における磁気的測定の走査の範囲外に特定の領域を設定し、その領域に対してプローブを走査して強磁場下で形状像の測定を行い、得られた形状像と零磁場下で得た形状像とを比較し、その結果に基づいてプローブの位置の補正を行い、且つ、零磁場下での測定で得た形状像のデータをもとに、強磁場下でプローブを試料表面から一定の距離に保つように、プローブの走査を制御する制御部を備えることを特徴とする強磁場走査型プローブ顕微鏡装置。
【請求項3】
さらに、試料を加熱する加熱手段と試料を冷却する冷却手段の少なくともいずれかを有する請求項2記載の強磁場走査型プローブ顕微鏡装置。

【図1】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−292373(P2008−292373A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−139594(P2007−139594)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】