説明

走査透過電子顕微鏡及びそれを用いた電子線エネルギー分光方法

【課題】
散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の設定と独立にエネルギー分光器の取りこみ角度範囲が設定でき、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の変化に対してエネルギー分光器の条件を変更する必要がない走査透過電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】
エネルギー分光器18を備えた透過走査電子顕微鏡にあって、試料32によって散乱された電子線を検出する散乱電子線検出器の上方に散乱電子線の取り込み角度を設定するための第1の回転対称型レンズ6を設置し、散乱電子線検出器とエネルギー分光器18との間に第2の回転対称型レンズ13を設置し、第1の回転対称型レンズ6により散乱電子線の取り込み角度を設定し、第2の回転対称型レンズ13によりエネルギー分光器18の物点を設定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エネルギー分光器を備えた走査透過電子顕微鏡およびそれを用いた電子線エネルギー分光方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギー分光器を備えた走査透過電子顕微鏡は、試料により散乱された、あるいは試料を透過した電子線を電子線プローブの走査と同期して検出することにより散乱電子線あるいは透過電子線の強度分布を画像化し、同時に透過及び散乱電子線の一部を用いてエネルギーロス(損失)スペクトルや特定のエネルギー選択された電子線の強度分布を電子線プローブの走査と同期して検出することによりエネルギー選択された電子線の強度分布を画像化する。
【0003】
従来の走査透過電子顕微鏡装置を用いた散乱電子線像の取得方法、エネルギーロススペクトルの取得方法、およびエネルギーロススペクトルを用いた元素マッピング像の取得方法は、例えば、特開2001−266783号公報に開示されている。この方法は、散乱電子検出器として中心部に開口を持つ円環状のシンチレータにより散乱電子線強度を検出して画像化し、開口部を通過した電子線をエネルギー分光器に入射することによってエネルギーロススペクトル及びエネルギーロススペクトルを用いた元素マッピング像を取得するものである。
【0004】
散乱電子線およびエネルギー分光器に取り込む電子線の角度範囲は、散乱電子線の上方に設置された投影レンズにより制御されており、この投影レンズの像点がエネルギー分光器の物点に対応している。また、エネルギー分光器は良好なスペクトルを得るために必要なエネルギー分光器の物点と取り込み物理角度の設計値があり、物点は上記方法により設定し、それに対する物理角度の設定をエネルギー分光器の直上に角度制限絞りを挿入することによって実施している。散乱電子線の検出角度範囲は、上記条件に対する投影レンズの物点位置で決定され、散乱電子線像を観察しながらエネルギーロススペクトルや元素マッピング像を取得する位置、領域などが決定できる。エネルギー分光器は、磁場プリズムを用いて電子線のエネルギー損失に対応するエネルギー分散を形成し、多極子によりスペクトルのフォーカスやエネルギー分散幅の拡大を行っている。エネルギー分光器の物点は、磁場プリズムが良好な分散を形成できる像点に相当するが、通常約50mm程度の許容範囲がある。この物点の許容範囲は、磁場プリズムの収差の許容範囲及び多極子によりスペクトルのフォーカスが形成できる許容範囲で決定される。実際の光学条件の設定では、散乱電子線像のS/NとエネルギーロススペクトルのS/Nとエネルギー分解能を測定しながら投影レンズの条件を決定している。
【0005】
【特許文献1】特開2001−266783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のような、従来の走査透過電子顕微鏡を用いた散乱電子線像、エネルギーロススペクトル及びエネルギーロススペクトルを用いた元素マッピング像の取得方法では良好なスペクトルを取得できる条件を投影レンズの条件として決定した場合には、散乱電子線検出器とエネルギー分光器との距離や散乱電子線検出器の形状寸法によっては散乱電子線像の最適取り込み角度範囲が設定できない場合が発生し、散乱電子線像とエネルギーロススペクトルや元素マッピング像の同時取得が不可能となる場合がある。逆に、散乱電子線像の最適取り込み角度範囲に投影レンズを設定すると、エネルギー分光器に対する物点が形成できない場合がある。また、散乱電子線像の最適取り込み角度範囲に投影レンズを設定し、エネルギー分光器に対する物点が形成できる場合においても、エネルギー分光器対する物理角度の設定を角度制限絞りで実施した場合に角度制限絞りを通過する電子線の量が減少する可能性があり、エネルギーロススペクトルや元素マッピング像のS/Nが低下する場合がある。
【0007】
理論上では、散乱電子線像とエネルギーロススペクトルをそれぞれ最適な電子線取り込み角度範囲に設定するためには、散乱電子線検出器とエネルギー分光器との距離を小さくし、散乱電子線検出器の開口径と角度制限絞りの開口径の比率を1に近づけることにより上記の問題点を軽減させることが可能である。しかし、エネルギー分光器を構成する多段多極子、角度制限絞りの駆動機構、散乱電子線検出器、透過電子線検出器の実装空間の問題により散乱電子線検出器とエネルギー分光器との距離を上記の問題を解決できるほど十分に縮めることは不可能である。また、エネルギー分光器の取り込み物理角度はエネルギー分光器の収差を低減させるために1mrad程度に制限される。物点距離を500mm、エネルギー分光器の取り込み物理角度を1mradとすると、角度制限絞りの開口半径は0.5mmとなる。散乱電子検出器の開口部は、電子線通過部分を確保するためのパイプがシンチレータ及びライトガイドを貫通するように設置された形状となっており、パイプ長はシンチレータの径に依存するが、通常10mm程度である。よって、アスペクト比10のパイプを散乱電子線検出器に垂直に貫通させる必要があり、散乱電子線検出器の作製上での困難さによる歩留まりの悪さが発生する。また、このパイプが数度傾斜すると電子線はパイプによって反射あるいは吸収され、エネルギー分光器に十分な強度が入射できなくなる可能性がある。よって、散乱電子線検出器の開口径と角度制限絞りの開口径の比率を1に近づけることは技術的困難が伴うために実現性が小さい。
【0008】
以上のように、散乱電子線に対する最適検出角度を設定して散乱電子線像を取得でき、かつ良好なスペクトルを得るために必要なエネルギー分光器の物点及びエネルギー分光器の取り込み物理角度が設定できる投影レンズの条件や各種検出器、分光器の実装形態は制限が多く、また画像やスペクトルのS/Nにおいて必ずしも最適とはならない。
【0009】
これを解決するためには、散乱電子線に対する最適検出角度の設定と、良好なスペクトルを得るために必要なエネルギー分光器の物点及びエネルギー分光器の取り込み物理角度の設定とが独立に実施できる走査透過電子顕微鏡が必要である。
【0010】
そこで、本発明の目的は、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の設定と独立にエネルギー分光器の取りこみ角度範囲が設定でき、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の変化に対してエネルギー分光器の条件を変更する必要がない走査透過電子顕微鏡装置を提供し、それを用いた電子線エネルギー分光方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明では、散乱電子線検出器の上方に散乱電子線の取り込み角度を設定するための第1の回転対称型磁界レンズを設置し、前記散乱電子線検出器と前記エネルギー分光器との間に第2の回転対称型磁界レンズを設置して、前記第1の回転対称型磁界レンズにより散乱電子線の取り込み角度を設定し、前記第2の回転対称型磁界レンズにより前記エネルギー分光器の物点を設定することを特徴とする。
【0012】
すなわち、本発明は、散乱電子線像、透過電子線像、エネルギーロススペクトル及びエネルギーロススペクトルを用いた元素マッピング像の取得を実施する走査透過電子顕微鏡において、散乱電子線検出器の上方に散乱電子線の取り込み角度を設定するための第1の回転対称型磁界レンズを1段以上設置し、散乱電子線検出器とエネルギー分光器との間に第2の回転対称型磁界レンズを1段以上設置し、透過電子線検出器を散乱電子線検出器とエネルギー分光器との間に設置した1段以上の第2の回転対称型磁界レンズの少なくとも1段目以降の回転対称型磁界レンズの下に設置し、エネルギー分光器の直上に角度制限絞りを設置することにより、散乱電子線検出器の上方に設置した1段以上の第1の回転対称型磁界レンズにより散乱電子線の取り込み角度を設定し、散乱電子線検出器とエネルギー分光器との間に設置した1段以上の第2の回転対称型磁界レンズによりエネルギー分光器の物点を設定し、エネルギー分光器の直上に設置した角度制限絞りによってエネルギー分光器の取り込み物理角度を設定し、散乱電子線検出器とエネルギー分光器角度制限絞りとの間に設置した1段以上の第2の回転対称型磁界レンズにより透過電子線検出器の取り込み角度範囲を設定する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の設定と独立にエネルギー分光器の取りこみ角度範囲が設定でき、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の変化に対してエネルギー分光器の条件を変更する必要がない走査透過電子顕微鏡装置を実現し、それを用いた電子線エネルギー分光方法を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施例について、図面を参照して詳述する。
【0015】
以下、走査透過電子顕微鏡装置を用いて、散乱電子線に対する最適検出角度の設定と、良好なスペクトルを得るために必要なエネルギー分光器の物点およびエネルギー分光器の取り込み物理角度の設定とを独立に実施するための装置の構成、電子光学条件を説明する。
【0016】
図1は、本発明による走査透過電子顕微鏡装置の結像系に関する構成図を示すものである。対物レンズ1内部には、対物レンズ上コイル2および対物レンズ下コイル3が設置されており、試料ホルダ(あるいは、試料台)4に保持された試料32がレンズギャップ中に配置されている。スペーサ5を挟んでその下には、回転対称型(磁界レンズ)の1段目投影レンズ6、1段目投影レンズコイル7が設置され、その下の散乱電子線検出器取り付けフランジ12に散乱電子線検出器(暗視野検出器)が配置される。試料32によって散乱された電子線は、円環状の散乱電子線検出器シンチレータ8により光に変換され、散乱電子線検出器ライトガイド9により散乱電子線検出器光電子増倍管10へ導かれ、散乱電子線検出器アンプ11によって増幅された電圧信号へ変換される。この電圧信号をA/D変換して16ビット等の階調を持たせ、電子線プローブの試料32上での走査と同期して該階調をコンピュータの画面上で表示する、あるいは電圧信号をCRTモニタに電子線プローブの走査と同期して表示することによって散乱電子線像(暗視野像)を得ることができる。
【0017】
散乱電子線検出器取り付けフランジ12下部には、回転対称型(磁界レンズ)の2段目投影レンズ13、2段目投影レンズコイル14が配置される。さらにその下部には、透過電子線検出器取り付けフランジ28が設置されている。透過電子線検出器(明視野検出器)は、散乱電子線検出器と同様に透過電子線検出器シンチレータ23、透過電子線検出器ライトガイド24、透過電子線検出器光電子増倍管25、透過電子線検出器アンプ26から構成されており、上記散乱電子線像の形成と同じ方式により透過電子線像(明視野像)がコンピュータあるいはCRT上に表示される。また、透過電子線検出器水平位置移動機構27は、エネルギー分光器を使用する場合に透過電子線検出器を光軸から引き出す目的で使用され、空気圧や機械的移動機構などにより制御される。透過電子線検出器取り付けフランジ28下部には、エネルギー分光器取り付けフランジ15が配置され、エネルギー分光器18が取り付けられている。エネルギー分光器18の上部には、エネルギー分光器18に入射する電子線の物理角度を制限するためのエネルギー分光器角度制限絞り17が配置され、該絞りは開口径の異なる4種類程度の開口丸穴がエネルギー分光器角度制限絞り駆動機構16により選択でき、あるいは光軸から完全に引き出すことが可能となっている。このエネルギー分光器角度制限絞り駆動機構16は、空気圧や機械的移動機構などにより制御されている。
【0018】
また、暗視野像観測モード、明視野像観測モード、または暗視野像と明視野像の同時観測モードを切替えるモード切替え入力手段を設け、透過電子線検出器水平位置移動機構27を含む検出器駆動手段を制御する制御手段により、モード切替え入力手段への入力に応じて検出器駆動手段を動作させ、前記透過電子検出器を前記光軸上から退避あるいは光軸上へ移動させることが可能である。
【0019】
エネルギー分光器18は、エネルギー分光器スペクトル形成用多重極レンズ19、エネルギー分光器分散形成用マグネット20、エネルギー分光器分散拡大用多重極レンズ21、エネルギー分光器スペクトル検出器22により構成されている。エネルギー分光器分散形成用マグネット20は、試料32を透過した電子線のエネルギーを分散させるためのプリズムであり、磁極と磁場コイルにより形成されている。エネルギー分光器18内にあるエネルギー分光器スペクトル形成用多重極レンズ19とエネルギー分光器分散拡大用多重極レンズ21は、4重極子、6重極子、8重極子、10重極子などが多段に組み合わされて構成されており、エネルギー分光器スペクトル検出器22に対してエネルギーロススペクトルをフォーカスし、回転させ、拡大し、あるいは縮小する機能を持っている。
【0020】
図2は、本発明と対比するために、従来の走査透過電子顕微鏡装置の結像系に関する構成図を示すものである。その構成は上から、対物レンズ1、回転対称型の1段目投影レンズ6、スペーサ29、回転対称型の2段目投影レンズ13、散乱電子線検出器取り付けフランジ12、透過電子線検出器取り付けフランジ28、エネルギー分光器取り付けフランジ15、エネルギー分光器18である。各部分の詳細構成や機能は、図1に示した本発明の走査透過電子顕微鏡装置と同様である。対物レンズ1、1段目投影レンズ6、2段目投影レンズ13の回転対称型のレンズによって順次形成される像点の内、最下段で励磁されている回転対称レンズによって形成された像点がエネルギー分光器18の物点に相当し、散乱電子線検出器、透過電子線検出器及びエネルギー分光器の取りこみ角度が各検出器の位置や寸法によって1通りの組み合わせのみで決まる。
【0021】
次に、走査透過電子顕微鏡装置によって散乱電子像とエネルギーロススペクトルを取得する結像光学条件と散乱電子検出器及びエネルギー分光器に取りこまれる電子線の角度範囲を算出する方法について説明する。
【0022】
図3は、試料32を透過した電子線が結像レンズ33によって結像レンズの像点34を形成し、試料32で散乱された電子線が散乱電子検出器によって検出され、円環型の散乱電子の中心を通過した電子線がエネルギー分光器によって検出される条件を示したものである。
【0023】
この図において、結像レンズ33は、対物レンズやその下段に配置される複数段の投影レンズを含み、それらのレンズ作用を総合して1つのレンズとして表したものである。また、この図では、結像レンズ33の下部に散乱電子線検出器とエネルギー分光器が配置された場合を表しており、散乱電子検出器とエネルギー分光器との間には回転対称レンズは含まれないとする。電子線プローブは、入射電子線収束角度30で試料32上に試料面上での電子線スポット像31を形成しているとし、この電子線スポット像31が結像レンズ33によって結像レンズの像点34に結像されているとする。
【0024】
ここで、入射電子線収束角度30をα、結像レンズ出射角度36をθと置くと、
M = α/θ ・・・・・・(数1)
なる関係式により、結像レンズ33の倍率Mが定義される。すなわち、Mは、図1の実施例では、対物レンズ1、1段目投影レンズ6、および2段目投影レンズ13を総合したレンズ作用による倍率を表わす。
【0025】
光軸上での電子線広がり35は、入射電子線収束角度30に対する外形線が試料面上での電子線スポット像31と結像レンズの像点34とを通り、結像レンズ33の中心で方向が変化するように結ぶことによって作図される。回転対称レンズのない空間では、電子線広がり35は軌道の変化が生じないので、結像レンズの像点34から下の領域では結像レンズの像点34の外形線を延長することによって作図される。
【0026】
よって、散乱電子線検出器の位置における電子線広がり37をr(DF)、エネルギー分光器角度制限絞りの位置における電子線広がり41をr(EL)、散乱電子線検出器と結像レンズの像点との距離44をL(DF)、エネルギー分光器角度制限絞りと結像レンズの像点との距離45をL(EL)と置くと、以下の関係式が成り立つ。
【0027】
r(DF) = L(DF)・θ ・・・・・・(数2)
r(EL) = L(EL)・θ ・・・・・・(数3)
また、散乱電子線検出器の開口半径38をR(DF)、エネルギー分光器角度制限絞りの開口半径42をR(EL)、結像レンズの像点34を見込む散乱電子線検出器の開口半径に対する物理角度39をγ、結像レンズの像点34を見込むエネルギー分光器角度制限絞り17の開口半径に対する物理角度43をβと置くと、以下の関係式が成り立つ。
【0028】
γ = R(DF)/L(DF) ・・・・・・(数4)
β = R(EL)/L(EL) ・・・・・・(数5)
一方、散乱電子線検出器の取りこみ角度γ'、およびエネルギー分光器の取りこみ角度β'は、散乱電子線検出器及びエネルギー分光器位置における電子線広がりと開口半径との比率を像面に換算した値であるので、以下の関係式が成り立つ。
【0029】
γ' = R(DF)/r(DF)・α = M・γ ・・・・・・(数6)
β' = R(EL)/r(EL)・α = M・β ・・・・・・(数7)
すなわち、散乱電子線検出器及びエネルギー分光器の取りこみ角度は、結像レンズの条件で決まる結像レンズ33の倍率Mと結像レンズの像点34の位置によって決定される。ただし、散乱電子線検出器の検出角度範囲40は、散乱電子線検出器の開口半径38の外側から散乱電子線検出器シンチレータ8の外周までの角度範囲であり、γ'は散乱電子線検出器の検出角度範囲の内側角度を表している。エネルギーロススペクトルのS/Nは、エネルギー分光器の取りこみ角度に依存し、その入射電子線の収束角度αに対する割合をエネルギーロススペクトル検出効率Reffとすれば、
Reff = β'/α = M・β/α ・・・・・・(数8)
なる関係式が成り立つ。ここで、良好なエネルギーロススペクトルを得る条件として、エネルギー分光器の物点距離46と、βで定義した結像レンズの像点を見込むエネルギー分光器角度制限絞りの開口半径に対する物理角度43には、スペクトルのエネルギー分解能を実現するために、その大きさには制限があり、βを固定値で使用するとすれば、エネルギーロススペクトル検出効率は結像レンズ33の倍率Mで決定されることがわかる。
【0030】
入射電子線を全てエネルギー分光器に取り込む条件は、
β ≧ α/M ・・・・・・(数9)
で表され、入射電子線の一部のみが検出される条件は
β ≦ α/M ・・・・・・(数10)
である。従来の走査透過電子顕微鏡装置を用いたエネルギーロススペクトルの取得においては、散乱電子線検出器やエネルギー分光器の実装、および散乱電子線検出器の取り込み角度範囲とエネルギー分光器の取り込み角度範囲とのマッチングの理由から、必ずしも(数9)で表される条件で使用できないため、S/Nの高いエネルギーロススペクトルの取得ができていない場合が多かった。
【0031】
一方、本発明の結像光学系では、散乱電子線検出器の上方に配置された結像レンズの倍率をM1、散乱電子線検出器とエネルギー分光器角度制限絞りとの間に設置された1段以上の回転対称レンズの倍率をM2とすると、散乱電子線検出器の取りこみ角度γ'、エネルギー分光器の取りこみ角度β'およびエネルギーロススペクトル検出効率Reffは、それぞれ以下で与えられる。
【0032】
γ = M1・γ ・・・・・・(数11)
β' = M1・M2・β ・・・・・・(数12)
Reff = M1・M2・β/α ・・・・・・(数13)
すなわち、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲(検出角度範囲)は、散乱電子線検出器の上段に設置された結像レンズによって設定でき、エネルギー分光器の取り込み角度範囲(検出角度範囲)は、散乱電子線検出器とエネルギー分光器角度制限絞りとの間に設置した1段以上の回転対称レンズによって独立に設定可能となる。このような結像光学系を用いればS/Nの良好な散乱電子線像の取得とS/N及びエネルギー分解能が良好なエネルギーロススペクトルの取得が同時に可能となる。
【0033】
次に、本発明との対比のために、従来の走査透過電子顕微鏡装置を用いた散乱電子線像とエネルギーロススペクトルの取り込み角度範囲について説明する。
【0034】
図4は、対物レンズ1によって対物レンズの像点47が、1段目投影レンズ6によって1段目投影レンズの像点48が、2段目投影レンズ13によって2段目投影レンズの像点49が順次形成される場合の電子光学条件を表したものである。エネルギー分光器18を用いて良好なエネルギー分解能のスペクトルが得られる条件にエネルギー分光器の物点距離46および結像レンズの像点を見込むエネルギー分光器角度制限絞りの開口半径に対する物理角度43が設定されているとすると、散乱電子線検出器シンチレータ8を通過した入射電子線は、エネルギー分光器角度制限絞り17でその外側がカットされるために十分なS/Nでエネルギーロススペクトルが取得できない可能性がある。
【0035】
逆に、エネルギー分光器角度制限絞り17に入射電子線を通過させ、かつ最適な結像レンズの像点を見込むエネルギー分光器角度制限絞りの開口半径に対する物理角度43が設定できた場合でも、2段目投影レンズの像点49が散乱電子線検出器の取り込み角度範囲とマッチングできない場合、すなわち、散乱電子線検出器シンチレータ8の形状や高さ位置によっては散乱電子線像のS/Nが十分に得られない可能性がある。仮に、散乱電子線検出器シンチレータ8の形状や高さ位置を再設計してS/Nが十分に得られるようにした場合でも、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲40は常に固定となり、試料に含まれる材料の種類によっては散乱電子線の角度分布が異なるため、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲40を変更して観察したい場所のコントラストを向上させることができない。また逆に、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲40を変更した場合には、エネルギー分光器の物点距離46が変更となり、エネルギー分光器のアライメントやフォーカス等を再調整する必要があり、操作性の煩雑さが生じる。
【0036】
以上が、従来の走査透過電子顕微鏡装置を用いた場合の不具合点であり、まとめると、エネルギー分光器の設計仕様によって電子顕微鏡に対するエネルギー分光器と散乱電子線検出器の実装位置や寸法、形状が限定され、かつエネルギー分光器の取り込み角度及び散乱電子線検出器の取り込み角度範囲が1種類しか設定できないため、装置を使用して得られる物質の形状、組成、結合状態などの情報が十分に抽出できない可能性がある。
【0037】
次に、本発明の走査透過電子顕微鏡装置を用いた散乱電子線像とエネルギーロススペクトルの取り込み角度範囲について説明する。
【0038】
図5は、本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器とエネルギー分光器への電子線取り込み角度範囲についての第1の構成例を示す。対物レンズ1によって対物レンズの像点47が、1段目投影レンズ6によって1段目投影レンズの像点48が、散乱電子線検出器とエネルギー分光器角度制限絞り17との間に設置した2段目投影レンズ13によって2段目投影レンズの像点49が順次形成される場合の電子光学条件を表したものである。また、エネルギー分光器18を用いて良好なエネルギー分解能のスペクトルが得られる条件にエネルギー分光器の物点距離46および結像レンズの像点を見込むエネルギー分光器角度制限絞りの開口半径に対する物理角度43が設定されているとする。散乱電子線検出器の取り込み角度範囲40は、散乱電子線検出器と結像レンズの像点との距離44によって決定され、エネルギー分光器の取り込み角度範囲はエネルギー分光器角度制限絞り17と2段目投影レンズの像点49との距離45のそれぞれによって独立に設定されている。
【0039】
本例では、1段目投影レンズの像点48と2段目投影レンズの像点49を適切に選択することによって入射電子線を全てエネルギー分光器に取り込むことが可能となっている。この光学条件は、散乱電子線検出器及びエネルギー分光器への電子線取り込み角度条件のある1つを表わしたものであり、本発明は、この光学条件から散乱電子線検出器やエネルギー分光器への取りこみ角度範囲を変更する場合に効果が発揮される。
【0040】
図6は、本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器とエネルギー分光器への電子線取り込み角度範囲についての第2の構成例を示し、図5の光学条件から2段目投影レンズの励磁条件を変更した場合を示す。エネルギー分光器には良好なエネルギー分解能のスペクトルを取得するための適切な物点位置があるが、この位置にはエネルギー分光器物点の可変範囲50がある場合が多い。これを利用するとスペクトルのエネルギー分解能が良好な条件を変更せずにスペクトルに含まれる物理的な情報を変化できる。
【0041】
本例では、1段目投影レンズ6の像点48を形成することによって散乱電子線検出器の取り込み角度範囲を決定し、それと独立にエネルギー分光器物点の可変範囲の上限53に対応する2段目投影レンズ13の像点51を形成した場合、およびエネルギー分光器物点の可変範囲の下限54に対応する2段目投影レンズ13の像点52を形成した場合である。前者と後者では、エネルギー分光器のアライメントとフォーカス条件を変更する必要があるが、エネルギー分光器物点の可変範囲の上限を見込む入射電子線の物理角度55とエネルギー分光器物点の可変範囲の下限を見込む入射電子線の物理角度56を変化させることが可能である。後者では、図5に示した第1の構成例と同様に入射電子線の全てをエネルギー分光器に取り込むことができているのに対し、前者では、入射電子線の全てと散乱電子線の一部を取り込むことができるようになる。散乱電子線は、入射電子線が試料32により位相変化を引き起こされたものであり、前者と後者の条件で取得したスペクトルには異なる情報が含まれている。両者のスペクトルを比較することによって位相変化を生じた電子線からのエネルギーロススペクトルを抽出することができる。
【0042】
また、散乱電子線を多く発生させる原子番号の大きな元素では散乱電子線の情報をスペクトルに含ませることにより、スペクトルのS/N向上や結合状態などの情報を効率よく抽出できる。
【0043】
本例の効果をまとめると、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲は変更しない、すなわち、散乱電子線像のS/Nあるいはコントラストが最適化された条件を変更せずに、エネルギーロススペクトルに含まれる情報が変化でき、あるいはスペクトルのS/Nが向上できることにある。
【0044】
図7は、本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器とエネルギー分光器への電子線取り込み角度範囲についての第3の構成例を示し、図5の光学条件から1段目および2段目投影レンズの励磁条件を変更した場合を示す。良好なエネルギー分解能のスペクトルを取得するためのエネルギー分光器の物点距離46が設定されているとする。このエネルギー分光器の物点距離46を形成するための1段目投影レンズ6と2段目投影レンズ13の励磁条件の組み合わせは無数にあるが、2段目投影レンズが回転対称レンズであることから、実際には第1投影レンズ像点の可変範囲57が限定される。この条件のもとに、1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限62に対して1段目投影レンズ像点と散乱電子線検出器との距離の可変範囲の上限58及び1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限に対する1段目投影レンズ出射角度60が決定され、1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限63に対して1段目投影レンズ像点と散乱電子線検出器との距離の可変範囲の下限59、および1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限に対する1段目投影レンズ出射角度61が決定される。
【0045】
2段目投影レンズ13の条件としては、1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限62及び1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限63をエネルギー分光器の物点距離46に投影する条件として、1段目投影レンズの条件に応じて必ず1対1に決定できる。1段目投影レンズの条件を1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限62に設定した場合には、図5に示した第1の構成例と同様に、1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限62を2段目投影レンズ13によって投影した2段目投影レンズの像点49を見込む入射電子線の物理角度64がエネルギー分光器の取りこみ物理角度と一致し、電子線の全てをエネルギー分光器18に取り込むことができている。一方、1段目投影レンズ6の条件を1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限63に設定した場合には、1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限を2段目投影レンズによって投影した2段目投影レンズの像点49を見込む入射電子線の物理角度65がエネルギー分光器の取りこみ物理角度より小さくなり、入射電子線と共に散乱電子線もエネルギー分光器18に取り込むことができる。
【0046】
本例を用いて結像条件を変更する場合の第1の効果は、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲を変更してもエネルギー分光器の物点位置が変化しないことである。すなわち、エネルギー分解能が同じエネルギーロススペクトルを散乱電子線像に含まれる情報を変化させながら取得できることである。また、この操作ではエネルギー分光器のアライメントとフォーカス条件を変更する必要がないため、スペクトルに与えるエネルギー分光器の条件を変化させた場合に生じる不安定度の影響がなくなるようにできることである。散乱電子線像は、原子番号と密接な関係があり、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲を変化させると観察したい部分のコントラストが向上できることが知られており、この散乱電子線検出器の取り込み角度範囲変化の操作がエネルギーロススペクトルのエネルギー分解能へ影響を与えないということは、走査透過電子顕微鏡装置を最大限に活用するためには必須である。
【0047】
第2の効果は、1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限62に対する1段目投影レンズ出射角度60と1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限63に対する1段目投影レンズ出射角度61の変化に対して光軸上での電子線広がり35が小さい場所、すなわち散乱電子線検出器シンチレータ8を1段目投影レンズ6に近づけると、1段目投影レンズ6による散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の変化が小さくなるので、この様な散乱電子線検出器の実装を実施すると、散乱電子線像に含まれる情報の変化がなく、かつエネルギーロススペクトルのエネルギー分解能も変化なく、エネルギーロススペクトルのS/Nを向上することができる。軽元素を多く含むような材料では、電子線照射による試料ダメージが問題であり、分析中にも結合状態が変化してしまう可能性がある。このような試料では入射電子線の量を減らして試料ダメージを低減させる方法が有効であり、また、軽元素を多く含む試料は散乱電子線検出器の取り込み角度範囲の変化に対して散乱電子線像の変化が鈍感である。よって、散乱電子線検出器の実装位置を1段目投影レンズ6に近づけ、本例に示す光学条件を適用することにより、エネルギーロススペクトルのS/Nを向上させれば分析時間の短縮が図られ、試料ダメージの少ない分析が実施できる。また、本例に示す光学条件ではエネルギー分光器の条件を変更する必要がないためエネルギー分解能の低下を気にすることなく、エネルギーロススペクトルのS/N向上がユーザーの操作により簡単に実施可能であり、本発明の第2の構成例と同様に、散乱電子線をエネルギー分光器に取り込むことによってエネルギーロススペクトルに含まれる情報が変化できる。
【0048】
以上、第3の構成例の効果をまとめると、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲を変更してもエネルギー分光器の条件を変更することなく、かつ、エネルギーロススペクトルのエネルギー分解能が変化しないことであり、また、エネルギー分光器の条件を変更することなく、エネルギーロススペクトルのエネルギー分解能が変化しない条件でエネルギーロススペクトルのS/Nが向上できることにある。
【0049】
図8は、本発明の走査透過電子顕微鏡の制御回路の構成を表す図である。制御CPU70は、走査透過電子顕微鏡を構成する偏向コイル、磁界型回転対称レンズ及びエネルギー分光器レンズへの電流あるいは電圧の供給、走査透過像及びエネルギーロススペクトルの検出と表示、透過電子線検出器の光軸からの出し入れ、および操作者からの入力を検出し装置に操作者の意思を反映させる制御をしている。磁界型回転対称レンズの制御は、制御CPU70からDAコンバータ71を介してコイル電流出力回路72からレンズコイルに出力する直流電流を制御する方式である。これにより、焦点距離を変化させ試料4への焦点合わせや散乱電子線検出器の検出角度範囲の決定、エネルギー分光器18の物点位置決定が実施できる。
【0050】
画像信号の検出は、散乱電子線検出器アンプ11及び透過電子線検出器アンプ26で増幅された電圧信号を画像信号出力回路74により信号の増幅、直流成分の加算、減算を行い、ADコンバータ73を介して制御CPU70が画像表示する制御方式による。走査透過像の取得は、コイル電流出力回路72から走査コイルへ2次元走査信号を供給して試料4上での電子線を走査する制御と、この制御と同期して検出信号を画像信号出力回路74により検出することによって行う。ADコンバータ73によるデジタル化は、例えば、1画素のダイナミックレンジが16ビットのデジタル信号に変換されるように制御し、該デジタル変換値が各走査点に対応した2次元画像として表示装置75に表示されるように制御されている。
【0051】
エネルギー分光器の制御は、エネルギー分光器レンズの制御信号出力回路77により、スペクトル形成用多重極レンズ19、エネルギー分光器分散形成用マグネット20、エネルギー分光器分散拡大用多重極レンズ21に電流あるいは電圧を供給することによって所望のエネルギーロススペクトルを取得できる光学条件を形成する方式である。形成されたエネルギーロススペクトルは、エネルギーロススペクトル検出回路78によって、例えば、1つのエネルギー値に対してダイナミックレンジが16ビットのデジタル信号として制御CPU70がスペクトルを表示できる形式に変換される。
【0052】
また、エネルギーロススペクトルの取得においては、透過電子線検出器が光軸上から退避する必要があるが、この制御は制御CPU70から透過電子線検出器水平位置移動機構27の制御回路79へ信号が供給され、圧縮空気が供給されことにより透過電子線検出器水平位置移動機構27が駆動することによって実施される。また、この退避機構の駆動は透過電子線検出器水平位置移動機構27に取り付けられたモータへの電圧の供給を制御CPU70から制御する方式によっても実施できる。
【0053】
以上の全ての制御は、操作者が入力装置76を介して制御できるようになっており、入力装置はコンピュータのキーボードやマウス、ボリュームつまみやボタンで構成されている。
【0054】
次に、本発明における散乱電子線検出器及びエネルギー分光器の取り込み角度の制御方法について説明する。
【0055】
1段目投影レンズ6および2段目投影レンズ13は、共に磁界型回転対称レンズであり、それらの焦点距離は励磁電流によって制御される。1段目投影レンズ6の焦点距離を決定すると散乱電子線検出器の検出角度範囲40が決定されるので、操作者が1段目投影レンズ6の励磁電流が選択できるようになっている。あるいは、検出角度範囲が表示されており、検出角度範囲を選択するとそれに対応する励磁電流が供給されるようになっている。検出角度範囲は、例えば、ある範囲内で1mrad毎に選択できるように励磁電流がテーブルとして用意されており、それを本体制御プログラムが参照するような制御方式で実施できる。あるいは、操作者が1段目投影レンズ6の励磁電流を可変できるつまみもしくはボタンが操作された場合、あるいは数値で入力がされた場合に、検出角度範囲がテーブル参照もしくは外挿により表示装置75に表示されるようになっている。
【0056】
2段目投影レンズ13の制御方式は、1段目投影レンズ6との組み合わせによって様々な検出モードが選択できるようになっている。図5に示した第1の構成例は、任意検出角度範囲のエネルギーロススペクトル取得モードである。このモードでは、エネルギー分光器の取り込み角度範囲が選択できるようになっており、選択された角度範囲に対応する2段目投影レンズ13の励磁電流が自動で設定され、装置に励磁電流が供給されるようになっている。本制御方式も制御テーブルを本体制御プログラムが参照することによって実施できる。あるいは操作者の任意入力値に対して2段目投影レンズ13励磁電流が計算される制御方式で実施される。また、可変範囲外が選択された場合には警告が表示されるようになっており、本体制御プログラムが異常停止しないように安全措置が施されている。
【0057】
本モードでは、エネルギー分光器の物点位置が操作者の設定により変更されるので、エネルギー分光器の設定も取り込み角度範囲の選択と同時にテーブル式または計算式のいずれかで自動変更されるように本体制御プログラムによりリンクされている。スペクトルのフォーカスなどの詳細なエネルギーロススペクトルの調整もこの設定変更後に自動で実施されるようになっており、設定変更に伴う操作者のエネルギー分光器の再調整作業は発生しない。
【0058】
さらに、図6に示した第2の構成例は、任意検出角度範囲の走査透過像取得モードである。上記のように操作者は取得したい散乱電子像の検出角度範囲が任意に選択できる。この操作によるエネルギー分光器の物点変更が発生しないように、2段目投影レンズ13の設定は自動でテーブル式あるいは計算式のいずれかで自動変更される。スペクトルのフォーカスなどの詳細なエネルギーロススペクトルの調整も上記弟1の実施例と同様に自動で実施されるようになっている。
【0059】
さらに、図7に示した第3の構成例は、より熟練した操作者向けの走査透過像およびエネルギースペクトルがともに任意検出角度範囲で取得できるモードである。本モードでは、1段目投影レンズ6と2段目投影レンズ13の励磁電流が任意に変更可能となっており、戦乱電子像及びエネルギーロススペクトルの検出角度が完全に任意で選択できるようになっている。ただし、散乱電子像、エネルギーロススペクトルとも可変範囲内で変更可能となるようにしきい値により制限が掛かるようになっている。また、1段目投影レンズ6および2段目投影レンズ13の可変範囲であってもそれらの組み合わせによっては画像あるいはスペクトルのS/Nが劣化するなどの不具合が生じる組み合わせは予め選択できないか、あるいは警告が表示されるようになっている。
【0060】
本モードでは、組み合わせが無限に可能であるが、操作者の目的や使い易さを考慮し、例えば軽元素用、重元素用、高分解能スペクトルなどに対するプリセットテーブルが用意し、これらのプリセットから検出角度範囲が任意に可変できるように制御する方式が考えられる。このモードにおけるエネルギー分光器の設定テーブルは、1段目投影レンズ6と2段目投影レンズ13の励磁電流からエネルギー分光器の最適物点位置が選択されるように本体制御プログラムで計算して自動設定される。
【0061】
以上詳述したように、本発明によれば、散乱電子線検出器の取り込み角度範囲は変更せずに、エネルギーロススペクトルに含まれる情報が変化できる。散乱電子線検出器の取り込み角度範囲は変更せずにエネルギーロススペクトルのS/Nが向上できる。散乱電子線検出器の取り込み角度範囲を変更した場合に、エネルギー分光器の条件を変更する必要がなく、エネルギーロススペクトルのエネルギー分解能の変化もなく、エネルギーロススペクトルのS/Nが向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明による走査透過電子顕微鏡装置の構成例を説明する図。
【図2】従来の走査透過電子顕微鏡装置の構成を説明する図。
【図3】散乱電子線検出器及びエネルギー分光器への電子線取りこみ角度範囲の算出方法を説明する図。
【図4】従来の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器及びエネルギー分光器への電子線取りこみ角度範囲を説明する図。
【図5】本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器およびエネルギー分光器への電子線取りこみ角度範囲についての第2の構成例を説明する図。
【図6】本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器およびエネルギー分光器への電子線取りこみ角度範囲についての第2の構成例を説明する図。
【図7】本発明の走査透過電子顕微鏡装置による散乱電子線検出器およびエネルギー分光器への電子線取りこみ角度範囲についての第3の構成例を説明する図。
【図8】本発明の走査透過電子顕微鏡装置およびその制御回路の構成を説明する図。
【符号の説明】
【0063】
1…対物レンズ、2…対物レンズ上コイル、3…対物レンズ下コイル、4…試料ホルダ、5…スペーサ、6…1段目投影レンズ、7…1段目投影レンズコイル、8…散乱電子線検出器シンチレータ、9…散乱電子線検出器ライトガイド、10…散乱電子線検出器光電子増倍管、11…散乱電子線検出器アンプ、12…散乱電子線検出器取り付けフランジ、13…2段目投影レンズ、14…2段目投影レンズコイル、15…エネルギー分光器取り付けフランジ、16…エネルギー分光器角度制限絞り駆動機構、17…エネルギー分光器角度制限絞り、18…エネルギー分光器、19…エネルギー分光器スペクトル形成用多重極レンズ、20…エネルギー分光器分散形成用マグネット、21…エネルギー分光器分散拡大用多重極レンズ、22…エネルギー分光器スペクトル検出器、23…透過電子線検出器シンチレータ、24…透過電子線検出器ライトガイド、25…透過電子線検出器光電子増倍管、26…透過電子線検出器アンプ、27…透過電子線検出器水平位置移動機構、28…透過電子線検出器取り付けフランジ、29…スペーサ、30…入射電子線収束角度、31…試料面上での電子線スポット像、32…試料、33…結像レンズ、34…結像レンズの像点、35…光軸上での電子線広がり、36…結像レンズ出射角度、37…散乱電子線検出器の位置における電子線広がり、38…散乱電子線検出器の開口半径、39…結像レンズの像点を見込む散乱電子線検出器の開口半径に対する物理角度、40…散乱電子線検出器の検出角度範囲、41…エネルギー分光器角度制限絞りの位置における電子線広がり、42…エネルギー分光器角度制限絞りの開口半径、43…結像レンズの像点を見込むエネルギー分光器角度制限絞りの開口半径に対する物理角度、44…散乱電子線検出器と結像レンズの像点との距離、45…エネルギー分光器角度制限絞りと結像レンズの像点との距離、46…エネルギー分光器の物点距離、47…対物レンズの像点、48…1段目投影レンズの像点、49…2段目投影レンズの像点、50…エネルギー分光器物点の可変範囲、51…エネルギー分光器物点の可変範囲の上限に対応する2段目投影レンズの像点、52…エネルギー分光器物点の可変範囲の下限に対応する2段目投影レンズの像点、53…エネルギー分光器物点の可変範囲の上限、54…エネルギー分光器物点の可変範囲の下限、55…エネルギー分光器物点の可変範囲の上限を見込む入射電子線の物理角度、56…エネルギー分光器物点の可変範囲の下限を見込む入射電子線の物理角度、57…第1投影レンズ像点の可変範囲、58…1段目投影レンズ像点と散乱電子線検出器との距離の可変範囲の上限、59…1段目投影レンズ像点と散乱電子線検出器との距離の可変範囲の下限、60…1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限に対する1段目投影レンズ出射角度、61…1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限に対する1段目投影レンズ出射角度、62…1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限、63…1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限、64…1段目投影レンズ像点の可変範囲の上限を2段目投影レンズによって投影した2段目投影レンズ像点を見込む入射電子線の物理角度、65…1段目投影レンズ像点の可変範囲の下限を2段目投影レンズによって投影した2段目投影レンズ像点を見込む入射電子線の物理角度、70…制御CPU、71…DAコンバータ、72…コイル電流出力回路、3…ADコンバータ、74…画像信号出力回路、75…表示装置、76…入力装置、77…エネルギー分光器レンズの制御信号出力回路、78…エネルギーロススペクトル検出回路、79…透過電子線検出器水平位置移動機構の制御回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エネルギー分光器を備えた透過走査電子顕微鏡にあって、試料によって散乱された電子線を検出する散乱電子線検出器の上方に前記散乱電子線の取り込み角度を設定するための第1の回転対称型磁界レンズを設置し、前記散乱電子線検出器と前記エネルギー分光器との間に第2の回転対称型磁界レンズを設置して、前記第1の回転対称型磁界レンズにより前記散乱電子線の取り込み角度を設定し、前記第2の回転対称型磁界レンズにより前記エネルギー分光器の物点を設定するよう構成したことを特徴とする透過走査電子顕微鏡。
【請求項2】
エネルギー分光器と組み合わせて使用することが可能な走査透過電子顕微鏡であって、 試料を保持する試料台と、
収束電子線を前記試料上に走査するための照射光学系と、
前記試料によって散乱された電子線を検出する散乱電子線検出器と、
前記試料台と散乱電子線検出器の間に配置された対物レンズと、
前記試料を透過し、前記散乱検出器を通過した電子線を前記エネルギー分光器に取り込むためのアパーチャを備えた絞りと、
前記散乱電子線検出器の上段に配置された1段以上の第1の回転対称型磁界レンズと、
前記散乱電子線検出器の下段に配置された1段以上の第2の回転対称型磁界レンズとを備え、
前記散乱電子線検出器に取り込む電子線の角度範囲と独立に、前記散乱電子線検出器を通過した電子線の全てもしくは一部分の角度範囲を選択的に前記エネルギー分光器に取り込めるよう構成したことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項2記載の走査透過電子顕微鏡において、
前記対物レンズおよび前記絞りは、前記対物レンズへの前記収束電子線の入射角αと前記絞りに入射する電子線の取り込む角度βとが、β≧α/M(ここで、Mは、前記対物レンズ、前記第1の回転対称型磁界レンズおよび前記第2の回転対称型磁界レンズを総合したレンズ作用による倍率を表わす。)の関係を満たすように配置されていることを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項4】
エネルギー分光器と組み合わせて使用することが可能な走査透過電子顕微鏡であって、
試料を保持する試料台と、
収束電子線を前記試料上に走査するための照射光学系と、
前記試料によって散乱された走査電子線を検出する散乱電子線検出器と、
前記試料台と散乱電子線検出器の間に配置された対物レンズと、
前記試料を透過した走査電子線を前記エネルギー分光器に取り込むためのアパーチャを備えた絞りと、
前記対物レンズと前記散乱電子線検出器との間に配置された第1の投影レンズと、
前記散乱電子線検出器と前記絞りとの間に配置された第2の投影レンズとを備え、
前記試料を透過した電子線の前記対物レンズによる第1の像を、前記第1の投影レンズによって第2の像に投影し、前記第2の投影レンズによって前記第2の像を第3の像に投影するよう構成したことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項4記載の走査透過電子顕微鏡において、前記試料を透過した電子線の前記対物レンズによる第1の像を、前記第1の投影レンズによって第2の像に投影し、前記第2の投影レンズによって前記第2の像を第3の像に投影し、前記第3の像が前記エネルギー分光器の物点と一致するよう構成したことを特徴とする走査透過電子顕微鏡装置。
【請求項6】
請求項4又は5記載の走査透過電子顕微鏡において、前記試料を透過した電子線を検出するための透過電子線検出器を備えたことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項6記載の走査透過電子顕微鏡において、前記散乱電子線検出器は、前記試料を透過した電子線の光軸が通過する開口部を備えた円環形状を有し、前記透過電子線検出器は、前記光軸上かつ前記散乱電子線検出器と前記絞りの間に配置されていることを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項4又は5記載の走査透過電子顕微鏡において、前記散乱電子線検出器で検出された信号を、前記試料上に走査される電子線の走査周期に同期して読み出すための第1の制御手段を備えたことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項9】
請求項4又は5記載の走査透過電子顕微鏡において、
前記第1の投影レンズおよび前記第2の投影レンズが、回転対称型磁界レンズであることを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項8記載の走査透過電子顕微鏡において、
前記散乱電子線検出器で検出された信号を画像表示する表示手段と、
前記透過電子線検出器で検出された信号を前記試料上に走査される電子線の走査周期に同期して読み出すための第2の制御手段とを備え、
前記散乱電子線検出器で検出された信号から形成される暗視野像と、前記透過電子線検出器で検出された信号から形成される明視野像との双方を前記表示手段に表示することが可能なように構成したことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項11】
請求項10記載の走査透過電子顕微鏡において、
前記透過電子線検出器を移動する検出器駆動手段を備え、
エネルギー分光を実行する際には、前記透過電子線検出器を前記光軸上から退避させることが可能なように構成したことを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項12】
請求項11記載の走査透過電子顕微鏡において、
暗視野像観測モード、明視野像観測モード、または暗視野像と明視野像の同時観測モードのモード切替えを行なうためのモード切替え入力手段と、
前記検出器駆動手段を制御する第3の制御手段とを備え、
前記第3の制御手段は、前記モード切替え入力手段への入力に応じて前記検出器駆動手段を動作させ、前記透過電子線検出器を前記光軸上から退避あるいは前記光軸上へ移動させることを特徴とする走査透過電子顕微鏡。
【請求項13】
電子線源より発生した電子線を照射光学系を介して試料面上に走査し、前記試料によって散乱された電子線の強度を散乱電子線検出器により検出して暗視野像を取得し、前記散乱電子線検出器を通過した電子線の強度を透過電子線検出器により検出して明視野像を取得するとともに、前記透過電子線検出器を通過した電子線をエネルギー分光器に入射させてエネルギーロススペクトルを取得するようにした走査透過電子顕微鏡装置にあって、前記散乱電子線検出器の上段に配置された第1の投影レンズおよび前記散乱電子線検出器の下段に配置された第2の投影レンズにより、前記散乱電子線検出器に取り込む電子線の角度範囲と独立に、前記散乱電子線検出器を通過した電子線の全てもしくは一部分の角度範囲を選択的にエネルギー分光器に取り込めるようにして、エネルギー分光を行なうことを特徴とする走査透過電子顕微鏡を用いた電子線エネルギー分光方法。
【請求項14】
請求項13記載の電子線エネルギー分光方法において、前記試料面上の電子線を後磁場対物レンズにより第1の像を形成し、前記第1の投影レンズによって前記第1の像を第2の像に投影し、前記第2の投影レンズによって前記第2の像を第3の像に投影するようにしたことを特徴とする走査透過電子顕微鏡を用いた電子線エネルギー分光方法。
【請求項15】
請求項13記載の電子線エネルギー分光方法において、前記試料面上の電子線を後磁場対物レンズにより第1の像を形成し、前記第1の投影レンズによって前記第1の像を第2の像に投影し、前記第2の投影レンズによって前記第2の像を第3の像に投影し、前記第3の像が前記エネルギー分光器の物点と一致するようにしたことを特徴とする走査透過電子顕微鏡装置を用いた電子線エネルギー分光方法。
【請求項16】
請求項13記載の電子線エネルギー分光方法において、前記第2の投影レンズによって前記透過電子線検出器の取りこみ角度を前記散乱電子線検出器の取りこみ角度範囲と独立に変更するようにしたことを特徴とする走査透過電子顕微鏡を用いた電子線エネルギー分光方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−12583(P2006−12583A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−187570(P2004−187570)
【出願日】平成16年6月25日(2004.6.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】