説明

超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入装置及び方法

【課題】超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料分離ピークのリーディングが少なく、クロマトグラム測定精度及び分取精製の生産性に優れた装置及び方法を提供する。
【解決手段】超臨界流体を供給する超臨界流体供給部と、前記超臨界流体を含む移動相中へ試料溶液を注入する試料インジェクタを含む試料注入部と、カラムを含む試料分離部とを備え、超臨界流体供給部及びモディファイア供給部より送出される超臨界流体が、試料インジェクタを経てカラムへ至る流路が配された超臨界流体クロマトグラフィー装置における試料注入装置であって、前記流路において、前記試料インジェクタを迂回するバイパス流路が設置されていることを特徴とする試料注入装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入装置及び試料溶液注入方法に関し、特にそのクロマトグラム測定精度及び分取精製の生産性の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化炭素(CO2)等を用いた超臨界流体クロマトグラフィー(Supercritical fluid chromatography:SFC)は有機溶媒を用いる液体クロマトグラフィー(Liquid chromatography:LC)の代わりに利用できる分離精製法として注目されている。SFCは流体の粘性が低く、カラム効率を低下させることなく流速を上げて短時間で分離を行うことが可能である。特に光学異性体の分離、高分子オリゴマーの重合単位での分離で使用され、環境負荷が小さく、ランニングコストが安価、溶媒除去のための後工程も少なく酸化しやすい物質や熱に不安定な物質にも適している。
このようなSFCは海外では環境保全の観点からも注目されている。
ところで、検出感度が低いサンプルのため大量注入する場合、あるいは分取を行う場合には、試料溶液を数〜数十mLのオーダーでカラムに導入することもある。このような例が図1に示されている。
【0003】
同図に示す分取SFC装置は、超臨界流体を供給する超臨界流体供給部12と、補助溶媒を供給するモディファイア供給部14と、超臨界流体と補助溶媒を混合するアキュムレーター16と、試料インジェクタ36を含む試料注入部18と、カラム38を含む試料分離部20と、検出部22と、自動背圧調整弁24とを備える。
そして、前記超臨界流体供給部12は、二酸化炭素ボンベ26と、該ボンベ26から供給される二酸化炭素を昇圧送給するポンプ28及び定温化する循環恒温槽30とを備える。また、前記モディファイア供給部14は、モディファイア溶媒容器32と、モディファイアを昇圧送給するポンプ34を備える。そして、各供給部12,14からの超臨界流体及び補助溶媒は、各ポンプ28,34の流量比に応じた組成比の流体となり、アキュムレーター16で混合され、移動相として試料注入部18に供給される。
試料は通常、有機溶媒等の液体に溶解された試料溶液の状態で供給され、試料インジェクタ36のサンプルループに満たされる。その後、試料インジェクタの高圧バルブを切り換えることにより、サンプルループが移動相の流路内に導入され、結果として前記試料溶液が流路内に導入される。このとき、試料溶液が配管内を満たし、移動相流路に試料バンドを形成する。これにより、その後、試料溶液は前記試料バンドとしてカラムトップに到達するため、カラムトップにおける試料溶液濃度は必然的に極めて高くなる。
【0004】
すなわち、上記のような従来システムの場合、カラムにおいて、本来は各ポンプ28,34の流量比に応じた組成比の流体で試料の展開が行なわれるべきところ、溶出力の強い試料溶液の溶媒濃度が高くなるため、一部試料の保持時間が短くなる。ゆえに、カラムから溶出するピークはリーディングし、ピークの立ち上がりから、立下がりまでの時間が長くなってしまうことがあった。このようなリーディングは、導入する試料溶液が増えるにしたがって顕著となり、同一絶対量の試料を、少量の溶媒に溶解させて導入した場合には分離したピークが得られるものの、同試料を多量の溶媒に溶解させて導入するとピークが不分離となってしまう場合があった。
したがって、カラムに導入時における移動相に対する試料溶液の濃度を調整し、ピークの立ち上がり及び立下がり時間を短くすることは、SFCにおける測定精度の向上に繋がるものとして、その解決手段が検討されてきた。また、分取精製の観点においても、前記リーディングが解消すれば高濃度の回収物が得られることとなり、別途条件を調整して分離時間を短縮すれば、生産性を劇的に向上させることが可能となる。さらに、試料成分を高濃度で回収することができれば、その後の蒸散、濃縮等の工程を大幅に短縮することも可能となる。
【0005】
このような問題を解決する手段として、例えば、サンプルを注入する注入器(シリンジポンプ)を補助溶媒のポンプラインに接続し、サンプルの溶解溶媒の影響を極力少なくする方法が開示されている(特許文献1)。しかしながら、この方法は、補助溶媒の流量が低いと、試料の導入に時間がかかってしまうため、結果的にピークが広がってしまい、分取時間を大きくとらなければならなかった。
また、特許文献2には、試料導入ポンプを別途設け、試料を注入する方法が開示されている。この方法によれば、圧力変動を伴わずに試料溶解溶媒を補助溶媒に代えて移動相に供給することができるため、分離に悪影響を与える移動相の組成比変化を防ぐことができる。一般的に補助溶媒比率は0.1〜1.0%程度と主たる移動相に対して相当に低いため、主たる移動相を送液するポンプに対して、流量の少ない安価なポンプを試料導入用に用いることも可能ではあるが、リーディングが十分に抑制された測定を行なうには高価な高速高耐圧ポンプを設置しなければならず、性能の高いSFCシステムの構築には多大なコストを要するものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許番号6,576,125号公報
【特許文献2】特開2006−64566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこれらの問題に鑑みてなされたものであり、超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料分離ピークのリーディングが少なく、クロマトグラフ測定精度及び分取精製の生産性に優れた超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入装置及び試料注入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために本発明者等が鋭意検討を行なった結果、超臨界流体供給部から供給される超臨界流体と、モディファイア供給部から供給される補助溶媒(モディフィア)とを混合して移動相とし、移動相がカラムトップに至るまでの流路において、該流路の上流から下流にバイパス流路を設置し、バイパス流路に移動相を流しながら主流路より試料溶液を注入することによって、カラムトップにおける試料溶液濃度を低下せしめ、延いては分離ピークのリーディングの抑制が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明にかかる試料注入装置は、超臨界流体を供給する超臨界流体供給部と、前記超臨界流体を含む移動相中へ試料溶液を注入する試料インジェクタを含む試料注入部と、カラムを含む試料分離部とを備え、
超臨界流体供給部より送出される超臨界流体を含む移動相が試料インジェクタを経てカラムへ至る流路が配された超臨界流体クロマトグラフィー装置における試料注入装置であって、
前記流路において、前記試料インジェクタを迂回するバイパス流路が設置されていることを特徴とする。
前記装置において、前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する高圧バルブを備えることが好適である。
前記装置において、前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する可変式リストリクタを備えることが好適である。
前記装置において、前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する温度調節器を備えることが好適である。
前記装置において、前記バイパス流路上に、該バイパス流路へ溶媒を供給する液体インジェクタを備えることが好適である。
【0010】
また、本発明にかかる試料注入方法は、超臨界流体を含む移動相に注入した試料溶液を、移動相流路に導通したカラムにおいて分離する超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入方法であって、
前記移動相流路の主流路と、その上下流を接続するバイパス流路とを通じてカラムへ移動相を供給する工程と、
前記バイパス流路によって迂回された主流路へ試料溶液を注入する工程と、
を含むことを特徴とする。
前記方法は、前記バイパス流路において、移動相の流量を制御することが好適である。
前記方法は、試料溶液を注入する工程において、前記バイパス流路から試料の溶出力の低い溶媒を注入することが好適である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、設置が容易で、且つ安価な構成によって超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料分離ピークのリーディングを低減し、その測定精度及び分取精製の生産性を著しく改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】一般的な超臨界流体クロマトグラフィー装置を示す図である。
【図2】本発明にかかる試料注入装置を備えた超臨界流体クロマトグラフィー装置を例示する図である。
【図3】本発明にかかる試料注入装置において、試料溶液が注入される段階を模式的に示した図である。
【図4】本発明における前記流路抵抗調整手段を示す図である。
【図5】従来技術及び本発明における配管中の試料溶媒の模式図である。
【図6】実施例1及び比較例1におけるクロマトグラフ測定結果を示した図である。
【図7】比較例2におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【図8】比較例4にかかる試料導入用ポンプを備えた超臨界流体クロマトグラフィー装置を示す図である。
【図9】比較例4におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【図10】比較例5におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【図11】比較例6におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【図12】比較例7におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【図13】実施例2及び比較例2におけるクロマトグラム測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明にかかる試料注入装置は、超臨界流体を供給する超臨界流体供給部と、補助溶媒を供給するモディファイア供給部と、試料インジェクタを含む試料注入部と、カラムを含む試料分離部を備えた一般的な超臨界流体クロマトグラフィー装置において、超臨界流体供給部より送出される超臨界流体が、試料インジェクタを経てカラムへ至る流路に設置される。前記流路は、試料インジェクタが設置された主流路と、試料インジェクタを迂回するように主流路の上下流を接続するバイパス流路とを有する。
本発明にかかる装置への試料注入に際しては、前記主流路及びバイパス流路の両方を通じてカラムへ移動相を供給し続けながら、主流路に設置された試料インジェクタから試料溶液を注入することが好ましい。
【0014】
本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィー装置における試料注入装置の構成を具体的に説明する。
本発明にかかる試料注入装置を備えた超臨界流体クロマトグラフィー装置の構成例を図2に示す。同図に示す超臨界流体クロマトグラフィー装置は、超臨界流体を供給する超臨界流体供給部12と、補助溶媒を供給するモディファイア供給部14と、超臨界流体と補助溶媒を混合するアキュムレーター16と、試料インジェクタ36を含む試料注入部18と、カラム38を含む試料分離部20と、検出部22と、自動背圧調整弁24とを備える。
そして、前記超臨界流体供給部12は、二酸化炭素ボンベ26と、該ボンベ26から供給される二酸化炭素を昇圧送給するポンプ28及び定温化する循環恒温槽30とを備える。また、前記モディファイア供給部14は、モディファイア溶媒容器32と、モディファイアを昇圧送給するポンプ34を備える。そして、各供給部12,14からの超臨界流体及び補助溶媒は、各ポンプ28,34の流量比に応じた組成比の流体となり、アキュムレーター16で混合され、移動相として試料注入部18に供給される。試料注入部18において、前記移動相流路は主流路及び、該主流路の上下流を接続するバイパス流路40によって構成され、主流路に試料を注入するための試料インジェクタ36が設置されている。
【0015】
本発明において試料は、有機溶媒等の液体に溶解された試料溶液の状態で供給され、試料インジェクタ36のサンプルループに満たされる。その後、試料インジェクタ36の高圧バルブを切り換えることにより、サンプルループが移動相の流路内に導入され、結果として前記試料溶液が流路内に導入される。
前記試料溶液注入時において、超臨界流体供給部12より供給される超臨界流体と、モディファイア供給部14より供給される補助溶媒は、アキュムレーター16において混合された移動相として、試料インジェクタ36が設置された主流路と、バイパス流路40の両方に供給される。この構成により、主流路のサンプルループ内の試料溶液と、バイパス流路に供給される移動相(超臨界流体及び補助溶媒)の混合流体がカラム38へ導入され、カラムトップにおける試料溶液の濃度を下げることができる。よって、試料を溶解する溶媒によるピークのリーディングを防ぎ、ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの時間を短縮し、試料分取の生産性を著しく向上することが可能となる。
カラム38によって分離された試料成分は、背圧調整弁24から溶出され、これをフラクションコレクタ等で収集することにより分取することができる。
【0016】
次に、本発明にかかる試料注入装置における試料溶液の注入方法について説明する。
図3は、図2に示す本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィー装置の本発明に相当する試料注入部18において、試料溶液が注入される段階を模式的に表したものである。
図3(a)は、アキュムレーター16を経た移動相が主流路及びバイパス流路40を通ってカラムへ流れる様子を示している。図中の矢印は移動相の流れる方向、斜線は移動相を表す。
図3(b)は、(a)に試料溶液を注入した直後の様子を示している。すなわち、試料インジェクタ36のサンプルループ内の試料溶液が移動相に供給されると、流路内が試料溶液で満たされ、図中に黒く示す試料バンドが形成される。従来の装置では、試料溶液がこのようなバンド状態でカラムトップへ導入されるため、試料を溶解している溶媒の影響を大きく受け、測定時にリーディングが生じることがあった。
一方、本発明にかかる装置においては、図3(c)に示すように、試料バンドがバイパス流路40の合流点に至ると、該バイパス流路より流入する移動相と試料溶液が混合され、両者が共にカラムへ導入されることになるため、カラムトップにおける試料溶液の濃度が従来に比べ大幅に低減される。このような機序に基づき、本発明にかかる試料注入装置によって、試料を溶解している溶媒に起因するリーディングを抑制することが可能となる。
【0017】
また、本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィー装置における試料注入装置は、前記バイパス流路40に移動相の流路抵抗調整手段を設置し、バイパス流路から主流路の試料溶液に合流する移動相の流量を制御することもできる。バイパス流路における移動相流量を制御した分、主流量の流量が変化するため、カラムへ供給される移動相の流量は一定となる。また、本手段によって、主流路に供給される試料溶液に対する移動相の流量を調節することができるため、クロマトグラム測定条件、試料及びその溶媒の種類や量等に応じた濃度の試料溶液をカラムへ導入することが可能となる。
本発明における前記流路抵抗調整手段としては、例えば図4(a)〜(c)に示す構造を挙げることができる。
なお、図4は、図2の試料注入部18において、試料インジェクタ36を備えた主流路を迂回するバイパス流路40上に、(a)〜(c)の各流路抵抗調整手段を設置したことを示している。
【0018】
図4(a)は、1 in 6 out高圧バルブ42を、バイパス流路40に2台向き合わせて設置し、流路抵抗の異なる配管6本を各高圧バルブの6つのoutポートにそれぞれ接続したものである。すなわち、各高圧バルブのinポートは、バイパス流路に接続されている。このように設置された2台の高圧バルブ42は、それぞれ付属のモーターにより6つのバルブ位置を切り換えることが可能であり、2台を同期して作用させることで流路抵抗の異なる6つの流路を自動選択することができる。すなわち、流路抵抗の異なる6つの流路を選択することにより、バイパス流路40から主流路に流入する移動相の流量として、実施するクロマトグラム測定に適した条件を決定することができる。
【0019】
図4(b)は、バイパス流路40内に流路抵抗調整手段として、可変式リストリクタ44を設置したものである。アキュムレーター16において混合され、バイパス流路40に供給された移動相は、可変式リストリクタの絞り弁開度によって調整された流量で試料溶液が導入された主流路へ供給される。このような可変式リストリクタとしては、流路抵抗の調整をより容易とする点から、特に自動可変式の絞り弁の適用が好ましい。
【0020】
図4(c)は、バイパス流路40に流路抵抗調整手段として、温度調節器46を設置したものである。超臨界流体クロマトグラフィーにおいては、移動相として超臨界流体が大きな比率を占めている。超臨界流体は、温度により粘性が大きく変化する性質を有しているため、この粘性変化を流路抵抗として利用することができる。このような温度調節器としては、特にヒーターを用い、加温に伴う流体粘性の変化度合いを調整することによって流路抵抗を制御することが好ましい。
【0021】
さらに、本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィー装置おいては、上記した移動相の流路抵抗調整手段のほかに、バイパス流路40から移動相中へ別途溶媒を注入し、これを試料溶液とともにカラムへ導入することによって、試料溶液による測定への影響を抑えることもできる。
図4(d)は、主流路における試料インジェクタ36とは別に、バイパス流路40上に液体インジェクタ48を設置した装置を示している。本発明において、主流路に設置した試料インジェクタ36は、試料溶液注入用として使用するものであるが、バイパス流路40に設置した液体インジェクタ48は、試料の溶出力が弱い溶媒を導入するために設置されたものである。
例えば、液体インジェクタ48のサンプルループを、試料インジェクタ36のサンプルループの2倍とし、そのループ内には測定試料の溶出力が弱い溶媒を充填しておく。液体インジェクタ48のサンプルループ内の溶媒の1/4が移動相へ流れ出すタイミングで、主流路の試料インジェクタ36を作動させ、試料溶液の導入を開始する。すると、試料インジェクタ36のサンプルループの試料溶液が全て移動相へ流れ出すタイミングは、液体インジェクタ48のサンプルループ内の溶媒の3/4が流出したタイミングとなり、それ以降は液体インジェクタ48のサンプルループ内の溶媒の1/4が、カラムへ向けて流れ出すことになる。すなわち、試料インジェクタ36より注入された試料溶液の前後及び注入中に溶出力の弱い溶媒が一緒にカラムへ導入されることとなり、カラムトップにおける試料を溶解している溶媒によるリーディングが抑制される。
【0022】
また、本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入方法は、超臨界流体を含む移動相に注入した試料溶液を、移動相流路に導通したカラムにおいて分離する超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入方法であって、前記移動相流路の主流路と、その上下流を接続するバイパス流路とを通じてカラムへ移動相を供給する工程と、前記バイパス流路によって迂回された主流路へ試料溶液を注入する工程とを含むものである。
本方法の具体例としては、例えば、前述の本発明にかかる試料注入装置における試料溶液の注入方法を挙げることができる。すなわち、本方法は、図3(a)〜(c)に示すように、バイパス流路40によって迂回された主流路、すなわち、試料インジェクタ36に相当する部分に試料溶液を注入することを意図している。そして、前記試料溶液の注入工程においては、移動相が主流路とこれをバイパス流路の両方に供給されていることが好ましい。このような試料注入方法とすることによって、試料注入前、試料注入中、試料注入後の全てに亘り、主流路及びバイパス流路を通じて移動相を一定の流量でカラムへ送り続けることができ(図3(a)〜(c))、クロマトグラム測定におけるリーディングの原因である試料バンドの形成を抑制することができる。また、移動相に補助溶媒を添加する場合においても、移動相中の超臨界流体と補助溶媒の組成比を、試料注入前、試料注入中、試料注入後に亘って一定に維持することができる。
【0023】
本発明にかかる試料注入方法においては、前記バイパス流路において、移動相の流量を制御することが好適である。流量の制御は、例えば、図4の(a)〜(c)に示すような流路抵抗調整手段をバイパス流路上に備えることによって為すことができる。バイパス流路において移動相の流量を制御することにより、カラムへ導入される試料溶液の濃度を調整し、より適切な分離条件でクロマトグラム測定を行なうことができる。
【0024】
また、本発明にかかる試料注入方法において、バイパス流路から移動相へ試料の溶出が弱い溶媒を注入することが好適である。前記溶媒の注入は、例えば、図4の(d)に示すような、液体インジェクタ48の設置により行なうことができる。特に、主流路における試料溶液の注入時に、バイパス流路から試料の溶出力が弱い溶媒を別途注入することにより、試料溶液に起因するリーディングが抑制される。
【0025】
本発明において試料溶液とは、カラムにおいて分離する試料が適当な溶媒に溶解/分散されたものを示す。本発明において使用する溶媒の種類に制限はないが、一般に、メタノール、エタノール、2−プロパノール、アセトン、アセトニトリル、酢酸エチル、水等を好適に用いることができる。
また、本発明において、試料溶液を注入する手段としては、液体クロマトグラフィーにおいて一般的に使用されるループインジェクタを用いることが好ましい。
【0026】
なお、HPLCの場合、移動相に液体を使用するため、測定試料は予め移動相に溶解/分散させて系内へ注入することができる。このような場合、試料溶解溶媒と移動相の試料成分の溶出力は同等となるため、カラムにおける試料成分のバンド幅は、試料の注入量のみに依存することとなる。
一方、SFCに用いられる移動相は通常、常温、大気圧下では気体であり、試料を移動相に溶解/分散させておくことができない。そのため、一般的に、試料を溶解/分散させる溶媒として、使用する移動相(超臨界流体)と相溶性のある有機溶媒が用いられている。しかし、このような場合、試料溶解溶媒と移動相の試料成分の溶出力に差異が生じ、これが試料成分のバンド幅に影響をもたらすこととなる。
【0027】
クロマトグラフィーにおけるピーク幅を広げる要因としては、試料溶液の注入量、カラムへの過剰な負荷(オーバーロード)などが挙げられるが、前記した試料溶解溶媒と移動相の溶出力もまた大きな要因である。
溶媒の溶出力は、溶媒の特性に対する試料成分、固定相、移動相の関係によって表され、HPLCにおいては、例えば溶媒の溶解パラメータδ、溶媒和パラメータ、水素結合形成能力などが用いられる。
SFCの場合は、移動相の密度が前記溶出力の重要なパラメータとなる。超臨界流体の密度は、圧力や温度の調節によって気体から液体に近い状態にまで変化させることが可能ではあるが、基本的に液体よりも低い(表1:気体、液体、超臨界流体の密度の比較)。そのため、ほとんどの場合では、試料を溶解/分散する有機溶媒の方が、超臨界流体の移動相よりも溶出力が高くなる。
したがって、SFCでは、移動相よりも溶出力の高い溶媒に溶解/分散された試料がカラム上端部で該溶媒と共に速く移動し、ピーク幅を広げてしまう傾向があった。特に、分取クロマトグラフィーのように試料溶液を大量に注入する条件では、ピークのブロードニングが生じやすくなり、分離に多大な影響が及ぶ。
このような問題に対し、本発明においては、移動相を送液しながらインラインで試料溶液を移動相(超臨界流体)へ注入し、カラムトップにおける試料溶液濃度を低下せしめたのである。
なお、既に述べたように、HPLCにおいては、試料を溶解/分散する溶媒の種類や組成比の調整によりピークのブロードニングを抑えることが可能である。したがって、本発明にかかる方法は、超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)に適用することが特に好ましい。
【0028】
【表1】

【0029】
図5は、SFC系の配管内における試料溶液(Sample)と移動相(超臨界流体(CO)及び補助溶媒)の組成比を模式的に示した図である。図中の矢印は試料溶液及び移動相の流動方向を示す。
図5の(a)〜(c)は従来の超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料溶液導入後の配管内の組成比である。
(a)は、移動相の流動する配管内に通常の試料インジェクタから試料溶液を注入した際の様子を表している。すなわち、注入された試料溶液は配管内にバンドを形成する。試料溶液は該バンド状態のままカラムへ至るため、試料溶液流入時のカラムトップにおける試料溶液の濃度は高くなり、試料成分の分離測定に支障をきたしてしまう。
【0030】
(b)は、サンプルを注入する注入器(シリンジポンプ)を補助溶媒のポンプラインに接続し、サンプルの溶解溶媒の影響を極力少なくした方法(米国特許番号6,576,125号公報)を適用した際の様子を表している。前記方法では、注入された試料溶媒が補助溶媒と同一の流速でカラムに到達する。試料注入に必要な時間は、補助溶媒の流量に依存する。補助溶媒の流量は、全体の流量に比べて非常に低いため、試料注入に必要な時間は極端に長い。したがって、注入時間を短くするためには補助溶媒流量を高くする必要があるが、そうすると系における補助溶媒の組成比が変化し、カラムの分離条件が大きく変わってしまう。すなわち、この方法では試料注入時間と分離条件が相互に作用するため、配管における試料溶液及び移動相の組成比の調整により分離ピーク形状を改善する場合、調整における自由度は大幅に制限されてしまう。
なお、この方法では、試料注入時にのみ補助溶媒の流量を高くすることも考えられるが、高圧高流量のポンプを要する上、通常の高圧ポンプ性能を考慮すれば、注入時間を大幅に短縮することは困難である。
【0031】
(c)は、試料導入ポンプを別途設け、試料を注入する方法(特開2006−64566号公報)を適用した際の様子を表している。この方法も前記と同様、補助溶媒側流路に試料溶液を注入するものであるため、配管内の組成比は(b)と同じ模式図となる。なお、この方法においても、前記理由から試料注入時のみ補助溶媒/試料溶液導入ポンプの流量を高くすることは難しい。
【0032】
(d)は、本発明の方法を適用した際の配管内の様子である。すなわち、移動相中に試料溶液が導入された主流路側の組成と、移動相を流通するバイパス側の組成が合流し、図5の(d)−1に示す組成が形成される。(d)−2は、(d)−1の補助溶媒を合わせて表した実組成比を表している。同図に示すように、本発明では、主流路側においてもバイパス側においても流量の調整を必要としないため、試料溶液の注入に高圧高流量ポンプを用いることなく測定に好適な組成比を達成することができる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明の実施例を挙げるが、これらは本発明を限定するものではない。
<実施例1>
図2に示す構成の超臨界流体クロマトグラフィー装置を用い、クロマトグラム測定を行なった。バイパス流路40は、試料インジェクタ36の上流及び下流にTジョイントを設け、配管で接続したものとした。二酸化炭素ポンプ28による二酸化炭素流量を45mL/min、モディファイアポンプ34による補助溶媒(メタノール)流量を5mL/minとしてそれぞれ送液し、該組成比の移動相が等分配比で試料インジェクタ36とバイパス流路40それぞれに流れるように、バイパス管を選択・設置した。前記移動相送液状態で、インジェクタ36より試料溶液1000μLを注入した。その後、通常の動作により、試料についてクロマトグラム測定を行なった。結果を図6に示す。
なお、試料溶液は、p−ヒドロキシ安息香酸エチル1.5mg/mLメタノール溶液を使用した。カラム38は、内径20mm、長さ250mmの充填カラムであり、充填剤はシリカを用いた。
図6(a)は、実施例1の測定結果および下記比較例1の測定結果を重ねて示したグラフであり、図6(b)は(a)のピーク立ち上がり、立ち下がり部分を拡大したものである。図6に示すとおり、バイパス流路を備えた本発明にかかる装置を用いることにより、バイパスを備えない装置を用いた比較例1に比して、ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの時間が1.6分から1.25分と約22%短縮された。
したがって、本発明にかかる超臨界流体クロマトグラフィー装置は、容易且つ安価な構成によってクロマトグラムにおけるリーディングを抑制することができ、測定精度及び分離能において優れたものであることが明らかである。
【0034】
<比較例1>
図1に示す一般的な超臨界流体クロマトグラフィー装置、すなわち、バイパス流路を備えない装置を用いた以外は実施例1と同様の条件で操作及びクロマトグラム測定を行なった。
【0035】
<比較例2>
図1に示す一般的な超臨界流体クロマトグラフィー装置を用い、クロマトグラム測定を行なった。二酸化炭素ポンプ28による二酸化炭素流量を60mL/min、モディファイアポンプ34による補助溶媒(メタノール)流量を5mL/minとしてそれぞれ送液し、該組成比の移動相によりシステム内が満たされた状態でインジェクタ36より試料溶液1000μLを注入した。その後、通常の操作により、試料についてクロマトグラム測定を行なった。結果を図7に示す。
なお、試料溶液は、カフェイン0.3mg/mLメタノール溶液を使用した。カラム38は、内径20mm、長さ250mmの充填カラムであり、充填剤はシリカを用いた。
図7に示すとおり、一般的な超臨界クロマトグラフィー装置を用いて測定したクロマトグラムは、ピークトップに対して前方にピークが広がるピークリーディングが顕著に現れた。このときのピーク立ち上がりから立ち下がりまでの時間は45秒であった。
【0036】
<比較例3>
比較例2において、試料注入30秒前からモディファイアポンプ34の流量を0.1mL/minに減少させ、カラム38内を低モディファイア溶媒濃度の状態とした以外は同様に操作及びクロマトグラム測定を行なった。
比較例3の測定結果は、比較例2とほぼ同じであり、改善は認められなかった。
したがって、カラム内を低モディファイアの試料が保持され易い条件としても、リーディングは緩和されないことが明らかとなった。
【0037】
<比較例4>
図8に示す構成の超臨界流体クロマトグラフィー装置を用い、クロマトグラム測定を行なった。前記装置は、図1のインジェクタ36に代えて試料導入用ポンプ50の流出口をTジョイント52によってカラム上流流路へ接続したものである。すなわち、試料溶液54は試料導入用ポンプ50に吸い上げられ、その流出口から移動相で満たされた流路へと導入される。具体的には、上記比較例2と同様の試料溶液を試料導入用ポンプ流量4mL/minとして15秒間送液することにより、1000μLの試料溶液が流路へ導入された。二酸化炭素ポンプ28及びモディファイアポンプ34による二酸化炭素及び補助溶媒(メタノール)の流量はそれぞれ60mL/min、5mL/minとした。結果を図9に示す。このときのピーク立ち上がりから立ち下がりまでの時間は、58秒であった。
【0038】
<比較例5>
比較例4において、試料導入用ポンプ流量を8mL/minとして7.5秒間送液し、1000μLの試料溶液を流路へ導入した以外は同様に操作及びクロマトグラム測定を行なった。結果を図10に示す。このときのピーク立ち上がりから立ち下がりまでの時間は47秒であった。
したがって、試料の導入をポンプを用いて行なうことにより、ピークの緩慢な立ち上がりは改善された。しかしながら、一方で比較例4、5のいずれにおいてもピークの頂点に飽和が認められた。これは、試料導入用ポンプの流量が低く、試料のカラム導入に時間がかかったためと考えられる。
以上の結果から、試料導入にポンプを使用することにより、リーディングの緩和は可能であるが、ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの時間を短縮するには、短時間での試料導入を要することが明らかである。したがって、このような試料導入には高速送液が可能な高圧高流量ポンプが必須であり、その設置にかかるコストを考慮してもポンプの使用は非効率的であると考えられた。
【0039】
<比較例6>
図8に示す構成の超臨界流体クロマトグラフィー装置を用い、クロマトグラム測定を行なった。二酸化炭素ポンプ28による二酸化炭素流量を60mL/min、モディファイアポンプ34による補助溶媒(メタノール)流量を5mL/minとしてそれぞれ送液し、試料溶液導入30秒前からモディファイアポンプ34の流量を0.1mL/minに減少させた。試料溶液の導入は、試料導入用ポンプ50の流量を8mL/minとして7.5秒間送液することにより、1000μLを流路へ導入した。試料溶液の構成は比較例2と同様のものとした。結果を図11に示す。
【0040】
<比較例7>
比較例6において、図8の試料導入用ポンプ50の流量を16mL/minとして3.8秒間送液し、1000μLの試料溶液を流路へ導入した以外は同様に操作及びクロマトグラム測定を行なった。結果を図12に示す。
ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの時間は、図11において43秒であり、図12において41秒であった。したがって、試料導入用ポンプによる試料溶液供給と、カラム内低モディファイア条件を併用することで、リーディング及びピークの飽和状態は他の比較例に比べて改善されたが、依然として試料導入用ポンプとして高圧高流量ポンプが必要であることは明白であり、またモディファイア組成比プログラムが必要となるため、さらに試料供給が煩雑となることが分かった。
【0041】
以上の結果から、比較例の試料導入方法では充分満足な結果が得られないことが明らかになった。
<実施例2>
図2に示す超臨界流体クロマトグラフィー装置を用い、比較例2と同一の分離条件、分離システムにおいて本発明を適用した。すなわち、二酸化炭素ポンプ28による二酸化炭素流量を60mL/min、モディファイアポンプ34による補助溶媒(メタノール)流量を5mL/minとしてそれぞれ送液し、該組成比の移動相が等分配比で試料インジェクタ36とバイパス流路40それぞれに流れるように、バイパス管を選択・設置した。前記移動相送液状態で、インジェクタ36より試料溶液としてカフェイン0.3mg/mLメタノール溶液1000μLを注入した。カラム38は、内径20mm、長さ250mmの充填カラムであり、充填剤はシリカを用いた。
図13は、実施例2及び比較例2の測定結果を重ねて示したグラフである。図13に示すとおり、バイパス流路を備えることによって、高圧高流量のポンプを使用しなくとも、ピークの立ち上がりから立ち下がりまでの時間は45秒から36秒と大幅に短縮した。
これらの結果から、本発明にかかる試料注入装置は、ピークのリーディングを大幅に抑制し、且つ、高圧高流量ポンプにより高流量で短時間に試料導入を行なったものに相当する効果を有することが明らかである。
【符号の説明】
【0042】
12 超臨界流体供給部
14 モディファイア供給部
16 アキュムレーター
18 試料注入部
20 試料分離部
22 検出部
24 自動背圧調整弁
26 二酸化炭素ボンベ
28 二酸化炭素ポンプ
30 循環恒温槽
32 モディファイア溶媒容器
34 モディファイアポンプ
36 試料インジェクタ
38 カラム
40 バイパス流路
42 高圧バルブ
44 可変式リストリクタ
46 温度調節器
48 液体インジェクタ
50 試料導入用ポンプ
52 Tジョイント
54 試料溶液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超臨界流体を供給する超臨界流体供給部と、前記超臨界流体を含む移動相中へ試料溶液を注入する試料インジェクタを含む試料注入部と、カラムを含む試料分離部とを備え、
超臨界流体供給部より送出される超臨界流体を含む移動相が試料インジェクタを経てカラムへ至る流路が配された超臨界流体クロマトグラフィー装置における試料注入装置であって、
前記流路において、前記試料インジェクタを迂回するバイパス流路が設置されていることを特徴とする試料注入装置。
【請求項2】
前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する高圧バルブを備えることを特徴とする請求項1に記載の試料注入装置。
【請求項3】
前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する可変式リストリクタを備えることを特徴とする請求項1に記載の試料注入装置。
【請求項4】
前記バイパス流路上に、該バイパス流路における移動相の流量を制御する温度調節器を備えることを特徴とする請求項1に記載の試料注入装置。
【請求項5】
前記バイパス流路上に、該バイパス流路へ溶媒を供給する液体インジェクタを備えることを特徴とする請求項1に記載の試料注入装置。
【請求項6】
超臨界流体を含む移動相に注入した試料溶液を、移動相流路に導通したカラムにおいて分離する超臨界流体クロマトグラフィーにおける試料注入方法であって、
前記移動相流路の主流路と、その上下流を接続するバイパス流路とを通じてカラムへ移動相を供給する工程と、
前記バイパス流路によって迂回された主流路へ試料溶液を注入する工程と、
を含むことを特徴とする試料注入方法。
【請求項7】
前記バイパス流路において、移動相の流量を制御することを特徴とする請求項6に記載の試料注入方法。
【請求項8】
試料溶液を注入する工程において、前記バイパス流路から試料の溶出力の低い溶媒を注入することを特徴とする請求項6に記載の試料溶液供給方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−101875(P2010−101875A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117914(P2009−117914)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(000232689)日本分光株式会社 (87)