説明

超解像顕微鏡

【課題】ポンプ光とイレース光との光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現できる超解像顕微鏡を提供する。
【解決手段】ポンプ光光源31からのポンプ光とイレース光光源32からのイレース光とを、光学系72により一部重ね合わせて試料74に集光して走査手段52,53により走査し、試料74からの光応答信号を検出手段58で検出する超解像顕微鏡において、ポンプ光光源31から出射されるポンプ光と、イレース光光源32から出射されるイレース光とを、光ファイバ35により同軸上に結合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザ光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の超解像顕微鏡、より詳しくは、ある波長の1色目の光を試料に照射して、その試料内の分子を基底状態から別の量子状態に遷移させ、さらに1色目の波長と異なる2色目の光を試料に照射して、試料が発する各種光応答を観測する光学顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザ技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、さらに高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択して、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測するものである。この原理について、図16〜図19を参照して説明する。図16は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図16に示す基底状態(S状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図17に示す第1電子励起状態(S状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して、図18に示す第2電子励起状態(S状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図19に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図17の吸収過程や図19の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザ光等により共鳴波長λ1の光で図17のように試料を構成する分子をS状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図18のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λ1および波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図18の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図16に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を越える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
図20は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態Sの分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるSに励起され、さらに波長λ2の光で第2電子励起状態であるSに励起されている様子を示している。なお、図20はある種の分子のSからの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図20に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図21は、図20と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域Aと波長λ2の光が照射されない空間領域Aとを示している。
【0014】
図21において、空間領域Aでは波長λ1の光の励起によりS状態の分子が多数生成され、その際に空間領域Aからは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域Aでは、波長λ2の光を照射したため、S状態の分子のほとんどが即座に高位のS状態に励起されて、S状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域Aでは、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS状態からの蛍光はもともとないので、空間領域Aでは完全に蛍光自体が抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域Aからのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザ顕微鏡等では、レーザ光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図21の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。以下、波長λ1の光をポンプ光、波長λ2の光をイレース光と呼ぶ。したがって、この原理を利用することで、回折限界を越える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば超解像蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【0017】
図22は、従来提案されている超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。この超解像顕微鏡は、通常のレーザ走査型蛍光顕微鏡を前提としたもので、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット110、スキャンユニット130および顕微鏡ユニット150からなっている。
【0018】
光源ユニット110は、例えば波長532nmのコヒーレント光であるポンプ光を出射するLD励起型モードロックNd:YAGレーザ111と、波長647nmのコヒーレント光であるイレース光を出射するKrレーザ112と、イレース光空間変調用の位相板113と、イレース光およびポンプ光を融合させるためのビームコンバイナ114とを有している。位相板113は、図23に示すように、光軸対称の位置で通過したイレース光の位相が反転するように調整された光学薄膜が蒸着されている。図23では、光軸の周りに独立した4領域を有し、イレース光波長に対して4分1ずつ位相が異なっている。この位相板113を通過した光を集光すれば、光軸上で電場が相殺され中空状のイレース光が生成される。
【0019】
スキャンユニット130は、光源ユニット110から出射される同じ光学軸を共有するポンプ光とイレース光とを、ハーフミラー131を通過させた後、2枚のガルバノミラー132および133により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット150に出射するようになっていると共に、顕微鏡ユニット150で検出された蛍光を、往路と逆の経路を辿ってハーフミラー131で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ134、ピンホール135、ノッチフィルタ136および137を経て光電子増倍管138で受光するようになっている。図22では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー132,133を同一平面内で揺動可能に示している。なお、ノッチフィルタ136および137は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、ピンホール135は、共焦点光学系を成す重要な光学素子で、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものである。
【0020】
顕微鏡ユニット150は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット130から入射するポンプ光およびイレース光をハーフミラー151で反射させて、対物レンズ152により少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料153上に集光させると共に、観察試料153で発光した蛍光を、再び対物レンズ152でコリメートしてハーフミラー151で反射させることにより、再び、スキャンユニット130に戻すと同時に、ハーフミラー151を通過する蛍光の一部を接眼レンズ154に導いて、蛍光像として目視観察できるようになっている。
【0021】
この超解像蛍光顕微鏡によると、観察試料153の集光点上においてイレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光が抑制されて、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域(Δ<0.61・λ1/NA、NAは対物レンズ152の開口数)に存在する蛍光ラベラー分子のみが観察されることになり、結果的に超解像性が発現することになる。したがって、ポンプ光およびイレース光をスキャンユニット130で走査しながら蛍光信号を測定すれば、超解像の2次元蛍光像を得ることができる。
【特許文献1】特開平8−184552号公報
【特許文献2】特開2001−100102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
ところが、従来提案されている超解像蛍光顕微鏡にあっては、特に、ポンプ光とイレース光との光学調整に関して、以下に説明するような問題がある。
【0023】
すなわち、通常のレーザ走査型顕微鏡では、単一波長のレーザ光を、システムの光軸を目安に合わせ込めばよいが、超解像蛍光顕微鏡では、対物レンズの結像面においてポンプ光の中心部とイレース光の中心部とを合わせることで、集光したポンプ光の辺縁部の蛍光を消去することが最大のキーテクノロジーであり、もし、ポンプ光およびイレース光の集光位置がずれると、ポンプ光の中央部の蛍光も消去してしまい、結果として全体の蛍光強度が低下するだけで、空間分解能は一向に向上せず、S/Nだけが悪くなるという極めて好ましくない状況になる。
【0024】
そこで、従来の超解像蛍光顕微鏡では、ポンプ光とイレース光とを独立の光学系で個別に調整して、ポンプ光およびイレース光の集光位置を対物レンズの焦点に正確に合わせるようにしている。
【0025】
しかし、ポンプ光およびイレース光を回折限界まで絞り込んだサイズは、数100nmで、その位置合わせ精度は、少なくとも100nmのオーダーを上回ことになるため、ポンプ光およびイレース光の集光位置を個別に調整して対物レンズの焦点に正確に合わせることは極めて困難である。
【0026】
したがって、かかる事情に鑑みてなされた本発明の目的は、ポンプ光とイレース光との光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現できる超解像顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記目的を達成する請求項1に係る発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から第1電子励起状態に励起するポンプ光を出射するポンプ光光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起するイレース光を出射するイレース光光源と、
上記ポンプ光と上記イレース光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光と、上記イレース光光源から出射されるイレース光とを同軸上に結合する光ファイバを有することを特徴とするものである。
【0028】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の超解像顕微鏡において、上記光ファイバは、上記イレース光に対してシングルモードが励磁できるコア径を有することを特徴とするものである。
【0029】
請求項3に係る発明は、請求項1または2に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光を、それぞれ強度変調する独立した強度変調手段を有することを特徴とするものである。
【0030】
請求項4に係る発明は、請求項3に記載の超解像顕微鏡において、上記強度変調手段は、電気光学変調素子または音響光変調素子を有することを特徴とするものである。
【0031】
請求項5に係る発明は、請求項3または4に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光の強度変調手段と上記イレース光の強度変調手段とが、独立して制御されることを特徴とするものである。
【0032】
請求項6に係る発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記光ファイバから出射されるポンプ光およびイレース光を、上記光学系の有効瞳径のサイズに平行光とするコリメータレンズを有することを特徴とするものである。
【0033】
請求項7に係る発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光を、独立して光軸調整する偏向手段を有することを特徴とするものである。
【0034】
請求項8に係る発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記光ファイバから出射されるポンプ光を透過してイレース光を反射する分光領域と、ポンプ光を反射してイレース光を透過する分光領域とを、空間的に独立して設けた分光素子を有することを特徴とするものである。
【0035】
請求項9に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記光ファイバから出射されるイレース光を空間変調する空間変調手段を有することを特徴とするものである。
【0036】
請求項10に係る発明は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記光ファイバから出射されるポンプ光を透過してイレース光を反射する分光領域と、ポンプ光を反射してイレース光を透過する分光領域とを、空間的に独立して設けた分光素子を有すると共に、上記光ファイバから出射されるイレース光を空間変調する空間変調手段を有し、
上記分光素子は、上記光学系の有効瞳面内で光軸対称な分光特性を有しており、上記空間変調手段および上記分光素子の光軸中心が一致していることを特徴とするものである。
【0037】
請求項11に係る発明は、請求項8または10に記載の超解像顕微鏡において、上記分光素子の分光領域は、光軸に対して同心円状に分割されていることを特徴とするものである。
【0038】
請求項12に係る発明は、請求項8、10または11に記載の超解像顕微鏡において、上記分光素子は、光学多層膜からなることを特徴とするものである。
【0039】
請求項13に係る発明は、請求項9または10に記載の超解像顕微鏡において、上記空間変調手段は、イレース光に対して透明な光学基板にエッチングまたは光学薄膜をコートして構成されていることを特徴とするものである。
【0040】
請求項14に係る発明は、請求項10に記載の超解像顕微鏡において、上記分光素子および上記空間変調手段は、同一の基板に形成されていることを特徴とするものである。
【0041】
請求項15に係る発明は、請求項14に記載の超解像顕微鏡において、上記基板の一方の表面に上記分光素子が形成され、他方の表面に上記空間変調手段が形成されていることを特徴とするものである。
【0042】
請求項16に係る発明は、請求項1〜15のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光は、それぞれ波長が固定であることを特徴とするものである。
【0043】
請求項17に係る発明は、請求項1〜16のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光光源および上記イレース光光源は、それぞれガスレーザ、イオンレーザあるいは固体レーザのいずれかであることを特徴とするものである。
【0044】
請求項18に係る発明は、請求項1〜17のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡において、上記ポンプ光光源および上記イレース光光源は、それぞれ連続発振レーザであることを特徴とするものである。
【0045】
請求項19に係る発明は、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1の光源から出射される第1のコヒーレント光と、上記第2の光源から出射される第2のコヒーレント光とを同軸上に結合する光ファイバを有することを特徴とするものである。
【0046】
以下、本発明の超解像顕微鏡における特徴的構成について、図1を参照して説明する。図1は、超解像顕微鏡の光源ユニットの構成を示すもので、第1の光源であるポンプ光光源1からの第1のコヒーレント光であるポンプ光、および第2の光源であるイレース光光源2からの第2のコヒーレント光であるイレース光は、それぞれ強度変調手段3および4で強度変調されて擬似パルス化された後、光ファイバである分岐ファイバ5の2つの入射端から入射されて、1つの出射端から光結合されて出射される。この分岐ファイバ5で光結合されて出射されるポンプ光およびイレース光は、コリメータレンズ6で平行ビームにされた後、分光素子8および空間変調手段9を経てイレース光のみが空間変調されて、図22で示したようにスキャンユニットを経て顕微鏡ユニットに導かれて観察試料に照射される。
【0047】
ここで、本発明の超解像顕微鏡における第1の特徴的構成は、分岐ファイバ5からなる光ファイバを具える点にある。具体的には、分岐ファイバ5として、イレース光波長に対してシングルモードのみを励磁ができる、所謂シングルモードファイバを用いて、この分岐ファイバ5の2つの入射端にイレース光およびポンプ光を光学的に導入して光結合する。すなわち、この分岐ファイバ5は、イレース光に対してシングルモードのみを励磁できるように、コア径が設定されている。したがって、分岐ファイバ5から出射されるイレース光は、完全に球面波となる。これに対し、ポンプ光は、高次のモードが励磁される可能性もあるが、一般に、超解像顕微鏡の場合には、蛍光光励起用のポンプ光の波長が、イレース光の波長よりも若干(1割から2割)短い程度であるので、高次のモード成分は極め少なく、分岐ファイバ5から出射されるポンプ光も、ほぼ球面波と見なすことができる。
【0048】
したがって、分岐ファイバ5から光結合されて出射されるイレース光およびポンプ光を、色収差の無い同じコリメータレンズ6で平行ビームにすれば、それらの光は光軸が完全に同軸に調整された完全な均一波面を有するものとなる。しかも、この平行ビームを、顕微鏡対物レンズで集光すれば、ポンプ光とイレース光との集光点をミクロンメータ領域で3次元空間の一点に完全に一致させることができる。このように、分岐ファイバ5を用いることで、従来のようにポンプ光とイレース光とを独立の光学系で個別に調整する場合に比べて、ポンプ光とイレース光との光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現することが可能となる。
【0049】
次に、本発明の超解像顕微鏡における第2の特徴的構成は、分光素子8とイレース光に関する空間変調手段9とを具える点にある。すなわち、本発明では、前述のような分岐ファイバ5の使用を前提としているので、同軸となったイレース光およびポンプ光のうちイレース光のみを空間変調する必要ある。具体的には、イレース光により蛍光領域を効果的に消去し、空間分解能を向上させるために、中空状のビームに整形する必要がある。その一方で、ポンプ光に関しては、ビーム整形を受けず、試料面で1点に集光することが不可欠である。
【0050】
分光素子8は、例えば図2に示すように構成され、空間変調手段9は、例えば図3に示すように構成される。図2に示す分光素子8は、少なくとも平面基板に異なる分光特性をもつ2つの領域8A,8Bを有しており、領域8Aはポンプ光を透過せず、イレース光のみを透過させ、領域8Bは、反対にポンプ光を透過させて、イレース光は透過させない分光特性を有している。これらの領域8A,8B、具体的には、光学多層膜で形成される。
【0051】
このように分光素子8を構成すると、例えば、領域8Aでは、ポンプ光が直入射の条件で干渉により反射され、イレース光は干渉条件を満たさず透過することになる。また、領域8Bでは、イレース光が直入射の条件で干渉により反射され、ポンプ光は干渉条件を満たさず透過することになる。例えば、図2に示すように、領域8A,8Bを同心円状にパターン化し、同軸のポンプ光とイレース光とを透過させると、イレース光は中央部の円形の領域8Aを通過し、ポンプ光は外側の輪帯状の領域8Bを通過する。したがって、この分光素子8の後段に、図3に示すように、イレース光と同じビーム径を有し、光軸の周りにイレース光波長に対してπ/2ずつ位相差を与える独立した4領域を有する位相板からなる空間変調手段9を配置してイレース光を空間変調すれば、外側のポンプ光を空間変調することなく、イレース光のみをビーム整形することができる。
【0052】
一方、ポンプ光は、輪帯状のビームであるが、これを顕微鏡対物レンズで集光すると、x−y結像面における波長λのポンプの強度プロファイルは、ベッセルの1次関数J1(z)を用いて下記のように表される。
【0053】
【数1】

【0054】
ここで、ρは、図4に示すように、ポンプ光の瞳面動径方向における輪帯部の遮光率を示し、輪帯瞳の内径(半径)をr、外径(半径)をRとするとき、ρ=r/R、で表される。
【0055】
図5は、顕微鏡対物レンズによるポンプ光の結像面における強度プロファイルを示すもので、太線は輪帯状のビームの強度プロファイルを示し、細線は通常の円状のビームにおける強度プロファイルを示している。図5から明らかなように、輪帯状のポンプ光は、多少サイドローブに弱いピークをもつが、通常の円状のビームとは異なり、光軸中央で強いピークをもつ。したがって、このようなポンプ光を試料面に集光させると、蛍光を発するポンプ光辺縁部にて蛍光が抑制されるため、蛍光スポットはポンプ光の回折限界以下のサイズ、すなわち超解像サイズになる。このように工夫された分光素子8と空間変調手段9とを用いることで、ポンプ光とイレース光とを完全同軸で光学調整できるので、従来の超解像顕微鏡と比較すると格段にシステム調整作業が容易になる。
【0056】
さらに、本発明の超解像顕微鏡における第3の特徴的構成は、ポンプ光光源1からのポンプ光およびイレース光光源2からのイレース光を、それぞれ強度変調して擬似パルス化する強度変調手段3および4を具える点にある。すなわち、従来は、ポンプ光光源1およびイレース光光源2として、パルスレーザ等を用いたが、本発明では、発振が安定な例えばイオンレーザやガスレーザあるいは固体レーザ等の連続発振(CW)レーザを用い、そのレーザ光を音響光学素子や電気光学素子を有する強度変調手段により強度変調して疑似パルス化する。
【0057】
ここで、音響光学素子とは、音波が光に及ぼす効果(例えば、偏向、回折、変調、位相シフト、周波数シフト、複屈折など)を利用したものである。この音響光学素子では、音波により光学的な屈折率を音速の周期で変動させ、その際に音と光の波長によって、以下の3種類の効果が現れる。
【0058】
1)音の波長が長いときは、十分に細い光束を音の進行方向と直角方向に通すと、屈折率勾配が生じて光線が湾曲し、音の周波数で光線が偏向走査される。
2)音の波長が短くなると、音波は光束に対して回折格子として作用する。
3)音の波長が更に短くなって、光の波長オーダになると、垂直入射では回折が生じなくなり、特定の入射角において強いブラッグ回折を起す。
【0059】
周波数fの音波によるm次の回折光は、ドプラー効果によりmfだけ、その周波数をずらす。また、その回折角θmは、光の波長をλ、音波の波長をΛとすると、sinθm=mλ/Λ、で与えられる。
【0060】
レーザ光偏向や変調に用いる音響光学変調器は、この効果を応用したもので、図6はその原理的構成を示している。図6に示すように、音響光学変調器11は、音響光学素子12に圧電素子13を接着して構成され、圧電素子13により超音波を発生させて音響光学素子12を伝播させ、その状態で音響光学素子12に光を入射させることにより、入射光を回折させるもので、図6はブラッグ反射による回折を示している。この音響光学変調器11は、音響光学素子12として、例えばPbMoOやTeO結晶を用いれば、10MHz帯域まで変調が可能である。
【0061】
また、電気光学素子は、物質に外部から電場を印加したときに、その物質の屈折率が変化する現象を利用したもので、その際の屈折率の変化が印加電場に比例する場合をポッケルス効果と言われている。圧電結晶では、印加電場の周波数が圧電共鳴周波数より小さいときは、圧電効果による結晶の弾性変形が印加電場の変化に追従して、弾性変形による屈折率の変化が同時に起きる。一方、周波数が高い場合には、圧電結晶の弾性変形が追従できず、この場合を束縛状態の電気光学効果と呼ばれる。この電気光学効果は、光の強度変調に応用できる。
【0062】
図7は、電気光学素子を用いた電気光学変調器の原理的構成を示すものである。この電気光学変調器15は、ポッケルス効果を利用したポッケルスセルで、光の入射側から出射側に向けて順次に配置された偏光子16、電気光学素子17、1/4波長板18、および検光子19を有しており、偏光子16と検光子19とは偏光軸が直交している。電気光学素子17は、KDP(リン酸二水化カリウム)等のポッケルス効果の大きい圧電結晶を用い、この圧電結晶に電極(図示せず)を介して電源20を選択的に接続することにより電場を印加する。電源20の接続方法すなわち電場の印加方法には、光の進行方向と直角方向に印加する横型光強度変調法と、平行に電場を印加する縦型光変調方法とがある。図7は、縦型光変調方法の場合を示しており、この場合には電気光学素子17の入射端面および出射端面に、光路を遮らないように、リング状の電極や透明電極を設けて電源20を選択的に接続するようにしている。
【0063】
図7に示す電気光学変調器15において、電気光学素子17の圧電結晶が一軸性結晶の場合には、電源20により光軸方向に電場を印加すると複屈折を生じ、偏光子16を経て電気光学素子17に入射した直線偏光は楕円偏光に変換されて、1/4波長板18を経て検光子19に入射し、検光子19の偏光軸方向の成分が透過することになる。これに対し、電気光学素子17に電場を印加しない状態では、電気光学素子17は一軸性で光は全く透過しない。このように、電気光学素子17に選択的に電場を印加することにより、入射光を変調でき、例えばナノ秒オーダの光スイッチングが可能となる。
【0064】
上記の音響光学変調器11または電気光学変調器15を、CWレーザの光路に挿入して電気的に制御することにより、超解像顕微鏡システムと相応しいパルス光源を実現する。これにより、He・Neレーザ、Arレーザ、Krレーザ、Tiサファイアレーザ等のCWレーザの優れたビーム品質を保持したまま、パルス化が可能となる。しかも、電気的制御により任意の発振周波数を選ぶことができるので、例えばポンプ光とイレース光とのパルス発振のタイミングおよびパルス幅を電気的に簡便に制御でき、これにより超解像顕微鏡の基礎をなす蛍光抑制効果を効率的に誘起することが可能となる。
【0065】
特に、本発明では、強度変調手段をレーザ光源と光ファイバとの間に挿入することにより、強度変調手段で発生する波面のゆがみをシングルモードしか励磁できない光ファイバで除去できるので、超解像効果を効率的に発現させることが可能となる。その結果、超解像性も向上し、分解能において差別化された高機能な顕微鏡を提供することが可能となる。また、既にレーザ走査型顕微鏡システムにおいて幅広く導入され、実績も高いHe・Neレーザ等のガスレーザの利用も可能となり、より実用面において優れたユーザーフレンドリーな顕微鏡システムを提供することが可能となる。
【0066】
以上の3つの特徴的構成を上手く組み合わせることで、今まで類を見ないシステム調整が可能な超解像顕微鏡を実現することができ、製品の組み立て工程の簡素化と簡略化、さらには製品導入の現場におけるメンテナンスにおいて、限りない利便性を提供することができる。
【発明の効果】
【0067】
本発明によれば、ポンプ光光源から出射されるポンプ光と、イレース光光源から出射されるイレース光とを、位置安定性および波面の均一性に優れた光ファイバを用いて同軸上に結合するようにしたので、ポンプ光およびイレース光の波面の均一性を保ちつつ、これらの光の光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0068】
以下、本発明による超解像顕微鏡の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0069】
(第1実施の形態)
図8は、本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。本実施の形態の超解像顕微鏡は、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット30、スキャンユニット50および顕微鏡ユニット70からなっている。
【0070】
光源ユニット30は、第1のコヒーレント光であるCWのポンプ光を発生する第1の光源であるポンプ光光源31と、第2のコヒーレント光であるCWのイレース光を発生する第2の光源であるイレース光光源32と、ポンプ光光源31からのCWのポンプ光を擬似パルス化する強度変調手段であるKDP結晶からなる電気光学変調器(EOM)33と、イレース光光源32からのCWのイレース光を擬似パルス化する強度変調手段であるKDP結晶からなるEOM34と、EOM33,34でそれぞれ擬似パルス化されるポンプ光およびイレース光を同軸上の光結合して出射する光ファイバである分岐ファイバ35と、分岐ファイバ35で光結合されて出射されるポンプ光およびイレース光を平行ビームに変換するコリメータレンズ36と、このコリメータレンズ36で平行ビームにされたポンプ光およびイレース光を分光する分光素子38と、分光素子38を経たイレース光のみを空間変調する空間変調手段39とを有しており、この空間変調手段39を経たポンプ光およびイレース光をスキャンユニット50に入射させるようになっている。
【0071】
以下、ローダミン6Gで染色された生体試料を観察する場合を例にとって説明する。ローダミン6Gは、波長530nm近傍に基底状態(S0)から第1電子励起状態(S1)に励起される強い吸収帯があり、また、波長600nm〜650nmの帯域に第1電子励起状態(S1)から、よりエネルギー準位の高い電子励起状態(Sn)に励起される二重共鳴吸収帯域が存在することが確認されている(例えば、E.Sahar and D.Treves:IEEE,J.Quantum Electron.,QE-13,692(1977)参照)。
【0072】
そこで、本実施の形態では、ポンプ光光源31として、Nd:YAG固体レーザを用い、その2倍波の波長532nmの光をポンプ光とする。また、イレース光光源32は、Krレーザを用いて、その波長647.1nmの光をイレース光とする。
【0073】
ポンプ光光源31およびイレース光光源32から発生したポンプ光およびイレース光は、それぞれシングルモードファイバを介してEOM33,34に導入されて強度変調される。すなわち、EOM33,34は、例えば独立のパルス発生器(図示せず)から所望のパルス幅と周期で電圧が印加され、これにより電圧印加時に電気光学効果により入射光が変調されてEOM33,34を通過することで、ポンプ光およびイレース光がそれぞれ擬似パルス光として出射される。なお、擬似パルス光の生成条件は、蛍光抑制効果が最適条件で誘起できるように、EOM33,34に印加する電圧のパルス幅およびタイミングが調整されている。
【0074】
EOM33,34を通過したポンプ光およびイレース光は、分岐ファイバ35に導入される。この分岐ファイバ35は、その径が、イレース光に関してシングルモードが励磁される条件に設定されている。ポンプ光に対しては、若干径が大きいが、高次モードが励磁される確率は極めて低いので、分岐ファイバ35を伝達できるポンプ光は、シングルモードと見なすことができる。この分岐ファイバ35により、ポンプおよびイレース光は、同軸上に光結合されて、同じ点光源位置すなわち分岐ファイバ35の出射端から球面波として出射される。
【0075】
分岐ファイバ35から出射されるポンプ光およびイレース光は、コリメータレンズ36により完全に同軸でコリメートされる。なお、コリメータレンズ36は、例えばダブレットレンズのように、ポンプ光およびイレース光の波長に対して色収差補正がなされており、それらのビーム径は、後述する顕微鏡ユニット70内の対物レンズ72の瞳径に一致している。本実施の形態では、その有効瞳径が8mmとなっている。
【0076】
コリメータレンズ36でコリメートされたポンプ光およびイレース光は、分光素子38および位相板からなる空間変調手段39を順次通過する。分光素子38は、図9に示すような平面構造からなっている。本実施の形態では、対物レンズ72の有効瞳径すなわちビーム径が8mmであるので、中央部の直径6mmの領域38Aに、直入射するポンプ光(波長532nm)を反射させ、イレース光(波長647.1nm)は透過させる光学フィルタが形成され、残る外側の輪帯部の領域38Bには、ポンプ光は透過させ、イレース光は反射させる光学フィルタが形成されている。なお、領域38A,38Bの光学フィルタは、干渉性を高めるために、屈折率の異なる薄膜を交互に積層した光学多層膜としても良い。
【0077】
空間変調手段39は、イレース光のみを位相変調する位相板からなるもので、その中央部には、図10に示すように、直径6mmの円形領域に光軸の周りを1周すると連続的にイレース光を2π位相変調するエッチングパターンが形成されている。したがって、この空間変調手段39をイレース光が透過すると、ビーム面内の光軸対称位置において、イレース光の位相差がπとなるので、集光すると光軸上の電場強度が相殺されて、超解像顕微鏡に相応しい中空ビームが得られる。
【0078】
なお、図10に示す空間変調手段39は、石英基板からなっており、光軸の周りは8つの領域39A〜39Hに等分割されて、イレース光の波長に対してλ/8ずつ段階的に位相差を与えるエッチングパターンが形成されている。より具体的には、化学エッチング法により、石英基板がエッチングされて光路長が制御されている。その具体的なエッチング深さを、表1に示す。
【0079】
【表1】

【0080】
この空間変調手段39を通すことで、イレース光のみが光軸中央で光強度がゼロとなるように位相変調される。これに対し、輪帯状のポンプ光は、空間変調手段39のエッチング部分の外側を通過するので、全く位相変調を受けることなく透過する。
【0081】
分光素子38および空間変調手段39を透過したポンプ光およびイレース光は、スキャンユニット50に入射する。
【0082】
スキャンユニット50は、ハーフミラー51、2枚のガルバノミラー52,53、投影レンズ54、ピンホール55、ポンプ光およびイレース光を除去するノッチフィルタ56,57、光電子増倍管58を有している。また、顕微鏡ユニット70は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、ハーフミラー71、対物レンズ72、接眼レンズ73を有している。
【0083】
光源ユニット30からスキャンユニット50に入射したポンプ光およびイレース光は、ハーフミラー51を透過した後、2枚のガルバノミラー52,53により2次元方向に偏向されて顕微鏡ユニット70に入射され、そのハーフミラー71で反射されて対物レンズ72により、少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料74に集光されて、試料面上で二次元走査される。なお、図8では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー52,53を同一平面内で揺動可能に示している。
【0084】
一方、観察試料74へのポンプ光およびイレース光の照射により、観察試料74から発光した蛍光は、入射レーザ光とは逆の光路を辿って、スキャンユニット50のハーフミラー51に入射して、該ハーフミラー51で反射される。このハーフミラー51で反射された蛍光は、投影レンズ54で集光されてピンホール55を透過し、ノッチフィルタ56,57によりポンプ光およびイレース光が除去されて光電子増倍管58で受光される。なお、ピンホール55は、観察試料74上の集光点と共焦点位置に設置され、これにより空間フィルタ機能と同時に、観察試料10内の特定の深さ部分から発光した蛍光のみを透過させる3次元空間分解機能を果たすようなっている。光電子増倍管58から得られる蛍光信号データは、ガルバノミラー52,53の走査に同期させて、コンピュータ内のメモリに格納することにより、観察試料74の2次元蛍光顕微像が得られる。なお、顕微鏡ユニット70のハーフミラー71を通過した光は、接眼レンズ73により結像され、これにより蛍光スポット像を直接観察でき、観察位置の調整や、ピント合わせ等に利用できるようになっている。
【0085】
以上のように、本実施の形態では、ポンプ光光源31およびイレース光光源32としてそれぞれCWレーザを用い、これらCWレーザからのポンプ光およびイレース光を、KDP結晶からなるEOM33,34により擬似パルス化している。ここで、KDP結晶は、入力電気パルスに対する立ち上がり時間応答が5nsec程度であるので、ナノ秒パルスレーザと同等のパルス幅で、MHzオーダの繰り返し周波数を得ることができる。
【0086】
ここで、EOM33,34によるポンプ光およびイレース光の擬似パルス化は、図11に示すように、イレース光のパルス幅がポンプ光のそれより長くなるように設定している。これにより、時間領域でのポンプ光とイレース光との重複が確実となり、蛍光抑制効果を確実に誘導することができる。そのためには、好ましくは、上述したようにEOM33,34を独立したパルス発生器で制御して、ポンプ光およびイレース光の擬似パルスの位相および周波数を調整する。特に、位相に関しては、KDP結晶の個体差により、数ナノ秒程度の変調時の位相差が発生するで、対応するパルス発生器により蛍光抑制効果の発現を最適化する。
【0087】
なお、本実施の形態では、強度変調手段としてEOM33,34を用いて、それぞれCWレーザからなるポンプ光光源31およびイレース光光源32からのポンプ光およびイレース光を強度変調して擬似パルス化したが、強度変調手段としてEOM33および/または34に代えて、音響光学素子を利用して擬似パルス化することもできる。例えば、音響光学素子としてTeO結晶を用いれば、耐レーザしきい値も高いので、比較的強度の高いイレース光も確実に擬似パルス化することができる。
【0088】
(第2実施の形態)
図12は、本発明の第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。本実施の形態は、光源ユニット30の構成が第1実施の形態と異なり、その他の構成は第1実施の形態と同様であるので、第1実施の形態と同様の作用をなす部材には同一参照符号を付してその説明を省略する。
【0089】
本実施の形態では、ポンプ光光源31およびイレース光光源32として、それぞれパルスレーザを用いている。ここで、第1実施の形態と同様に、ローダミン6Gで染色された生体試料74を観察する場合には、ポンプ光光源31として、Nd:YAGパルスレーザを用い、その2倍波の波長532nmのコヒーレント光をポンプ光とする。また、イレース光光源32は、Nd:YAGパルスレーザを用い、その基本波長1064nmのコヒーレント光をイレース光とする。したがって、この場合、イレース光は近赤外領域におけるローダミン6Gの二重共鳴吸帯を用いて蛍光抑制を行うことになる。
【0090】
ポンプ光光源31から出射されたポンプ光は、偏向ミラー41a,41bおよび集光レンズ42を経てハーフミラーキューブ等のビームコンバイナ43に入射される。また、イレース光光源32から出射されたイレース光は、同様に、偏向ミラー44a,44bおよび集光レンズ45を経てビームコンバイナ43に入射され、このビームコンバイナ43でポンプ光と同軸に結合される。ビームコンバイナ43で結合されたポンプ光およびイレース光は、イレース光に対してシングルモードを励磁する光ファイバ46を透過した後、コリメータレンズ36により平行ビームに変換され、さらに、分光素子47および位相板からなる空間変調手段48を経てスキャンユニット50に入射される。その他の構成および作用は、第1実施の形態と同様である。
【0091】
すなわち、本実施の形態では、第1実施の形態の分岐ファイバを用いず、ポンプ光光源31およびイレース光光源32に対して独立に設けられた2枚の1組の偏向ミラー41a,41b、44a,44bにより、ポンプ光およびイレース光が、共通の1本の光ファイバ46に直接導入される。詳しくは、ポンプ光およびイレース光は、偏向ミラー41a,41b、44a,44bにより空間的に光軸調整されて、ビームコンバイナ43により同軸上に結合されると共に、それらのビーム径が、ポンプ光光源31およびイレース光光源32に対して独立に設けられた集光レンズ42,45により、光ファイバ46への入射効率が最大になるように調整される。
【0092】
ここで、空間変調手段48は、図10に示した空間変調手段39と同様に構成することもできるが、図13に示すような輪帯型とすることもできる。すなわち、内側の円形領域48Aは、イレース光に対してπだけ位相変調を与えるように、石英基板にエッチングを施し、それ以外の外側の輪帯領域48Bは、イレース光の位相を変えないようにする。したがって、この空間変調手段48を通してイレース光を集光すれば、位相が反転する波面成分が混合するので、やはり焦点上の中央部では電場強度がゼロとなるドーナッツ状のスポットが得られる。
【0093】
また、このような空間変調手段48を用いれば、分光素子47も、図14に示すように構造が簡単になる。すなわち、空間変調手段48の内側の円形領域48Aのみで、ポンプ光を反射し、イレース光は透過させるダイクロイックミラーとすることができる。具体的には、空間変調手段48の内側の円形領域48Aに対応して、前述のような分光特性をもつ光学薄膜をコートすればよい。さらには、図15(a)に示すように、石英基板49の表面に、図15(b)に示すような分光素子49Aを形成し、裏面には、図15(c)に示すような位相領域49Bを形成して、分光素子と空間変調手段とを一体化することもできる。このようにすれば、部品点数を削減でき、コストダウンが図れると共に、光学調整も容易にできる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明の超解像顕微鏡における特徴的構成を説明するための図である。
【図2】図1の分光素子を示す図である。
【図3】同じく、空間変調手段を示す図である。
【図4】同じく、ポンプ光の瞳面動径方向における輪帯部の遮光率を説明するための図である。
【図5】顕微鏡対物レンズによるポンプ光の結像面における強度プロファイルを示す図である。
【図6】音響光学変調器の原理的構成を示す図である。
【図7】電気光学変調器の原理的構成を示す図である。
【図8】本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図9】図8の分光素子を示す図である。
【図10】同じく、空間変調手段を示す図である。
【図11】同じく、ポンプ光とイレース光との擬似パルスを示す図である。
【図12】本発明の第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図13】図12の空間変調手段を示す図である。
【図14】同じく、分光素子を示す図である。
【図15】図12の分光素子および空間変調手段の変形例を説明するための図である。
【図16】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図17】図16の分子の第1励起状態を示す概念図である。
【図18】同じく、第2励起状態を示す概念図である。
【図19】同じく、第2励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図20】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図21】同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図22】従来提案されている超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図23】図22の位相板を示す図である。
【符号の説明】
【0095】
1 ポンプ光光源
2 イレース光光源
3,4 強度変調手段
5 分岐ファイバ
6 コリメータレンズ
8 分光素子
9 空間変調手段
30 光源ユニット
31 ポンプ光光源
32 イレース光光源
33,34 電気光学変調器(EOM)
35 分岐ファイバ
36 コリメータレンズ
38 分光素子
39 空間変調手段
41a,41b,44a,44b 偏向ミラー
42,45 集光レンズ
43 ビームコンバイナ
46 光ファイバ
47 分光素子
48 空間変調手段
50 スキャンユニット
51 ハーフミラー
52,53 ガルバノミラー
54 投影レンズ
55 ピンホール
56,57 ノッチフィルタ
58 光電子増倍管
70 顕微鏡ユニット
71 ハーフミラー
72 対物レンズ
73 接眼レンズ
74 観察試料



【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から第1電子励起状態に励起するポンプ光を出射するポンプ光光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起するイレース光を出射するイレース光光源と、
上記ポンプ光と上記イレース光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光と、上記イレース光光源から出射されるイレース光とを同軸上に結合する光ファイバを有することを特徴とする超解像顕微鏡。
【請求項2】
上記光ファイバは、上記イレース光に対してシングルモードが励磁できるコア径を有することを特徴とする請求項1に記載の超解像顕微鏡。
【請求項3】
上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光を、それぞれ強度変調する独立した強度変調手段を有することを特徴とする請求項1または2に記載の超解像顕微鏡。
【請求項4】
上記強度変調手段は、電気光学変調素子または音響光変調素子を有することを特徴とする請求項3に記載の超解像顕微鏡。
【請求項5】
上記ポンプ光の強度変調手段と上記イレース光の強度変調手段とが、独立して制御されることを特徴とする請求項3または4に記載の超解像顕微鏡。
【請求項6】
上記光ファイバから出射されるポンプ光およびイレース光を、上記光学系の有効瞳径のサイズに平行光とするコリメータレンズを有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項7】
上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光を、独立して光軸調整する偏向手段を有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項8】
上記光ファイバから出射されるポンプ光を透過してイレース光を反射する分光領域と、ポンプ光を反射してイレース光を透過する分光領域とを、空間的に独立して設けた分光素子を有することを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項9】
上記光ファイバから出射されるイレース光を空間変調する空間変調手段を有することを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項10】
上記光ファイバから出射されるポンプ光を透過してイレース光を反射する分光領域と、ポンプ光を反射してイレース光を透過する分光領域とを、空間的に独立して設けた分光素子を有すると共に、上記光ファイバから出射されるイレース光を空間変調する空間変調手段を有し、
上記分光素子は、上記光学系の有効瞳面内で光軸対称な分光特性を有しており、上記空間変調手段および上記分光素子の光軸中心が一致していることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項11】
上記分光素子の分光領域は、光軸に対して同心円状に分割されていることを特徴とする請求項8または10に記載の超解像顕微鏡。
【請求項12】
上記分光素子は、光学多層膜からなることを特徴とする請求項8、10または11に記載の超解像顕微鏡。
【請求項13】
上記空間変調手段は、イレース光に対して透明な光学基板にエッチングまたは光学薄膜をコートして構成されていることを特徴とする請求項9または10に記載の超解像顕微鏡。
【請求項14】
上記分光素子および上記空間変調手段は、同一の基板に形成されていることを特徴とする請求項10に記載の超解像顕微鏡。
【請求項15】
上記基板の一方の表面に上記分光素子が形成され、他方の表面に上記空間変調手段が形成されていることを特徴とする請求項14に記載の超解像顕微鏡。
【請求項16】
上記ポンプ光光源から出射されるポンプ光および上記イレース光光源から出射されるイレース光は、それぞれ波長が固定であることを特徴とする請求項1〜15のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項17】
上記ポンプ光光源および上記イレース光光源は、それぞれガスレーザ、イオンレーザあるいは固体レーザのいずれかであることを特徴とする請求項1〜16のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項18】
上記ポンプ光光源および上記イレース光光源は、それぞれ連続発振レーザであることを特徴とする請求項1〜17のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項19】
少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む試料に対して、上記分子を基底状態から第1電子励起状態に励起する第1のコヒーレント光を出射する第1の光源と、
上記分子を上記第1電子励起状態から、よりエネルギー準位の高い第2電子励起状態に励起する第2のコヒーレント光を出射する第2の光源と、
上記第1のコヒーレント光と上記第2のコヒーレント光とを一部重ね合わせて上記試料に集光する光学系と、
上記光学系により集光される光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を走査する走査手段と、
上記光学系からの光照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段とを有する超解像顕微鏡において、
上記第1の光源から出射される第1のコヒーレント光と、上記第2の光源から出射される第2のコヒーレント光とを同軸上に結合する光ファイバを有することを特徴とする超解像顕微鏡。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2006−58477(P2006−58477A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−238688(P2004−238688)
【出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】