説明

超音波探触子、超音波探触子用バッキング材及びその製造方法

【課題】絶縁性に優れ、母材となるエラストマー又は樹脂の架橋硬化反応を不安定にすることなく、所望の音響インピーダンスを実現可能なバッキング材を提供する。
【解決手段】このバッキング材は、超音波を送信及び/又は受信するための振動子を含む超音波探触子において振動子の背面に設けられるバッキング材であって、エラストマー又は樹脂を含み絶縁性を有する母材と、母材中に分散充填された複合粉末とを具備し、複合粉末が、母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末と、粉末の表面を被覆する絶縁皮膜とを含み、絶縁皮膜が、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素の酸化物を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波診断装置において超音波を送受信するために用いられる超音波探触子に関し、さらに、超音波探触子において不要な超音波を吸収するために用いられるバッキング材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波診断装置は、超音波探触子を用いて、人体や構造物等の被検体に超音波を送信し、被検体から反射される超音波エコーを受信することにより、超音波の検出信号に基づいて画像を表示する。これにより、体内の臓器や血管の検査や、構造物内部の非破壊検査が行われる。
【0003】
超音波探触子においては、超音波を送信及び/又は受信するための超音波トランスデューサとして、一般的に、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛:Pb(lead) zirconate titanate)に代表される圧電セラミックや、PVDF(ポリフッ化ビニリデン:polyvinyliden difluoride)に代表される高分子圧電材料等の圧電体の両端に電極を形成した振動子(圧電振動子)が用いられている。
【0004】
そのような振動子の電極に電圧を印加すると、圧電効果により圧電体が伸縮して弾性波が発生する。さらに、複数の振動子を1次元又は2次元状に配列し、所定の遅延を与えた複数の駆動信号によって駆動することにより、超音波ビームを所望の方向に向けて形成することができる。一方、振動子は、伝播する超音波を受信することによって伸縮し、電気信号を発生する。この電気信号は、超音波の検出信号として用いられる。
【0005】
一般に、振動子はバッキング材上に形成され、さらに、振動子上に、音響整合層や、必要に応じて音響レンズが形成される。バッキング材は、振動子の背面に放出される不要な超音波を吸収する機能を有している。バッキング材の音響特性が良好でない場合には、不要な超音波を十分吸収することができず、超音波画像の画質の低下を招くことになる。
【0006】
また、複数の振動子を1次元又は2次元状に配列してアレイ構造とする場合には、配線が複雑になるので、バッキング材の側面又は内部に信号配線構造を形成することにより、超音波探触子の構造をコンパクトにすることが考えられる。その場合に、バッキング材が導電性を有すると、配線の短絡やノイズの混入のおそれがあるので、バッキング材は絶縁性を有することが必要である。
【0007】
振動子とバッキング材との界面における超音波の反射を抑制し、透過した超音波を減衰させるために、バッキング材の音響インピーダンスの値は、振動子の音響インピーダンスの値に近い方が望ましい。また、音響整合層は、振動子の音響インピーダンスと人体等の音響インピーダンスとを整合させて、超音波の反射を低減させる。
【0008】
音響インピーダンスとは、式(1)又は式(2)で表されるように物質固有の定数であり、その単位としては、一般に、MRayl(メガ・レイル)が用いられ、1MRayl=1×10kg・m−2・s−1である。
Z=ρ・v ・・・(1)
Z=(ρ・K)1/2 ・・・(2)
ここで、ρは音響媒質の密度を表しており、vは音響媒質中の音速を表しており、Kは音響媒質の体積弾性率を表している。一般的な圧電セラミックの音響インピーダンスは、約25MRayl〜約35MRaylであり、人体の音響インピーダンスは、約1.5MRaylである。
【0009】
振動子の音響インピーダンスをZとし、バッキング材の音響インピーダンスをZとすると、振動子とバッキング材との界面における超音波の垂直反射率は、次式(3)で与えられる。
/I=|Z−Z|/(Z+Z) ・・・(3)
ここで、Iは、界面に入射する超音波の音圧を表し、Iは、界面によって反射される超音波の音圧を表している。
【0010】
また、振動子とバッキング材との界面における超音波の垂直透過率は、次式(4)で与えられる。
/I=2・Z/(Z+Z) ・・・(4)
ここで、Iは、界面を透過する超音波の音圧を表している。
【0011】
バッキング材としては、エラストマー(弾性高分子化合物)の一種であるゴムのように超音波の減衰率が大きいものが望ましいが、ゴム単体では密度と体積弾性率が小さいので、音響インピーダンスが約1MRaylと小さくなってしまう。そこで、高比重の無機材料の粉末をエラストマー又は樹脂に分散させて複合化することにより、音響インピーダンスを高くすることが行われている。
【0012】
高比重の無機材料としては、タングステン(W;密度19,200kg/m)、タンタル(Ta;密度16,700kg/m)、金(Au;密度19,300kg/m)、白金(Pt;密度21,100kg/m)、イリジウム(Ir;密度 22,700kg/m)、タングステンカーバイト(WC;密度15,600kg/m)、タンタルカーバイト(TaC;密度14,500kg/m)、タングステンシリサイド(WSi)等が用いられる。
【0013】
しかしながら、これらの材料は全て導電性であり、粉末の充填率を高くすると、バッキング材としても導電性を有するようになる。即ち、充填された多数の粉末が接触して導電経路を形成するパーコレーション伝導が生じてしまう。また、これらの材料は遷移金属であるか、又は、遷移金属を一部に含んでいるので、遷移金属の触媒効果によってエラストマー又は樹脂の架橋硬化反応が不安定となり、均一な音響特性を有するバッキング材を得ることが困難である。
【0014】
関連する技術として、下記の特許文献1には、バッキングの音響的物性を向上させるための超音波探触子用バッキングの製造方法が開示されている。この超音波探触子用バッキングの製造方法は、複数の複合体を製造する前工程と、母材に対して複数の複合体を混入することによりバッキングを製造する後工程とを含み、前工程は、流動性ある第1材料に対して第2材料及び第3材料を添加する添加工程と、第2材料及び第3材料が添加された第1材料を硬化させて原複合材料を生成する硬化工程と、原複合材料を粉砕して複数の複合体を生成する工程とを含んでいる。
【0015】
しかしながら、特許文献1の図1に示されているように、前工程において製造される複合体24の表面には、タングステン等の導電性を有する第2材料の粒子28が露出しており、複合体24の充填率を高くすると、パーコレーション伝導が生じてしまう。一方、複合体24の充填率が低ければ、バッキングの音響インピーダンスを高くすることはできない。また、タングステン等の遷移金属を含む粒子28が露出しているので、その触媒効果によって、シリコーンゴム又はウレタン樹脂等の母材22又は基材26の硬化反応が不均一となる。即ち、粒子28に接触している部分においては急速に硬化反応が生じるので、充填率の不均一や気泡の混入が発生する。さらに、複合材料を生成してから粉砕して複数の複合体を製造し、それらの複合体を母材に混入するので、バッキングの製造工程が複雑になってしまう。
【特許文献1】特開2003−190162号公報(第1−2頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
そこで、上記の点に鑑み、本発明は、絶縁性に優れ、母材となるゴム又は樹脂の架橋硬化反応を不安定にすることなく、所望の音響インピーダンスを実現可能なバッキング材を提供することを目的とする。さらに、本発明は、そのようなバッキング材を用いて、高性能でコンパクトな超音波探触子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明の1つの観点に係るバッキング材は、超音波を送信及び/又は受信するための振動子を含む超音波探触子において振動子の背面に設けられるバッキング材であって、エラストマー又は樹脂を含み絶縁性を有する母材と、母材中に分散充填された複合粉末とを具備し、複合粉末が、母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末と、粉末の表面を被覆する絶縁皮膜とを含み、絶縁皮膜が、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素の酸化物を含む。
また、本発明の1つの観点に係る超音波探触子は、本発明に係るバッキング材と、バッキング材の主面上に形成された振動子とを具備する。
【0018】
さらに、本発明の1つの観点に係るバッキング材の製造方法は、超音波を送信及び/又は受信するための振動子を含む超音波探触子において振動子の背面に設けられるバッキング材を製造する方法であって、エラストマー又は樹脂を含み絶縁性を有する母材を用意する工程と、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素のアルコキシドを添加した無水アルコール中に、母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末を懸濁して混合液を作製する工程と、攪拌している混合液に水を添加してアルコキシドを分解すると共に加熱してアルコール及び水を蒸発させるとことにより、粉末の表面に、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素の酸化物を含む絶縁皮膜を形成して複合粉末を作製する工程と、母材中に複合粉末を分散充填すると共に、母材を硬化剤によって硬化させる工程とを具備する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末の表面を酸化物の絶縁皮膜で被覆した複合粉末を母材中に分散充填することにより、絶縁性に優れ、母材となるエラストマー又は樹脂の架橋硬化反応を不安定にすることなく、所望の音響インピーダンスを実現可能なバッキング材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、図面を参照しながら詳しく説明する。なお、同一の構成要素には同一の参照番号を付して、説明を省略する。
図1は、本発明の一実施形態に係る超音波探触子の内部構造を模式的に示す斜視図であり、図2は、図1に示す超音波探触子の内部構造をYZ平面と平行な面で切断したときの断面図である。ここでは、超音波内視鏡において用いられるコンベックス1次元アレイプローブを例にとって説明するが、本発明は、単体の振動子を有するプローブ、又は、他の形式の1次元又は2次元アレイプローブにも適用することができる。
【0021】
図1及び図2に示すように、この超音波探触子は、上面に凸型の形状を有するバッキング材1と、バッキング材1上に1次元状に配置された複数の超音波トランスデューサ(圧電振動子)2と、それらの圧電振動子2間に充填された樹脂3と、圧電振動子2上に設けられた1つ又は複数の音響整合層(図1及び図2においては、2つの音響整合層4a及び4bを示す)と、必要に応じて音響整合層上に設けられる音響レンズ5と、バッキング材1の両側面及び底面に固定された2枚のフレキシブル配線基板(FPC)6と、バッキング材1、圧電振動子2、音響整合層4a及び4bの側面にFPC6を介して形成された絶縁樹脂7と、FPC6に接続された電気配線8及びコネクタ9とを有している。
【0022】
図1においては、圧電振動子2の配列を示すために、音響整合層4a及び4bと、音響レンズ5とを、カットして示している。本実施形態においては、X軸方向に並べられた複数の圧電振動子2が、1次元振動子アレイを構成している。ここで、バッキング材1の厚さ(Z軸方向)は3mmであり、圧電振動子2の厚さ(Z軸方向)は250μmであり、圧電振動子2の幅(X軸方向)は100μmである。
【0023】
図2に示すように、圧電振動子2は、バッキング材1上に形成された個別電極2aと、個別電極2a上に形成された圧電体2bと、圧電体2b上に形成された共通電極2cとを含んでいる。通常、共通電極2cは、接地電位(GND)に共通接続される。複数の圧電振動子2の個別電極2aは、バッキング材1の両側面及び底面に固定された2枚のFPC6に形成されたプリント配線を介して、電気配線8に接続される。
【0024】
図3は、本発明の一実施形態の変形例に係る超音波探触子の内部構造をYZ平面と平行な面で切断したときの断面図である。この変形例においては、FPC6の一部がバッキング材1の内部に固定されている。振動子をアレイ化すると多数の配線が必要となり、特に、超音波内視鏡においては超音波探触子を小型化する必要があるので、バッキング材1の側面又は内部に配線構造を有する必要がある。従って、バッキング材1は、絶縁性を有する必要がある。
【0025】
以下に、本発明の一実施形態に係るバッキング材について説明する。
図4Aは、本発明の一実施形態に係るバッキング材の構造を模式的に示す図であり、図4Bは、従来のバッキング材の構造を模式的に示す図である。本実施形態においては、図4Aに示すように、絶縁性を有するエラストマー又は樹脂の母材10中に、高比重粉末11の表面に絶縁皮膜12が形成された複合粉末を分散充填することによって、バッキング材を作製している。一方、従来のバッキング材においては、図4Bに示すように、絶縁性を有するエラストマー又は樹脂の母材10中に、高比重粉末13が分散充填されている。
【0026】
絶縁性を有する母材10としては、例えば、エラストマーとして、イソプレンゴム、クロロプレンゴム、スチレンゴム、シリコーンゴム等のゴム類や、樹脂として、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ABS樹脂等が用いられる。高比重粉末11又は13は、母材10よりも音響インピーダンスが大きく、導電性を有している。
【0027】
図4Bに示す従来のバッキング材においては、高比重粉末13の充填率を高くすると、充填された多数の高比重粉末13が接触して導電経路を形成するパーコレーション伝導が生じてしまう(実線)。一方、図4Aに示す本実施形態に係るバッキング材においては、絶縁皮膜12が高比重粉末11の表面を被覆しているので、高比重粉末11の充填率を高くしても、絶縁皮膜12同士が接触するだけであり、導電経路は形成されない(破線)。
【0028】
また、図4Bに示す従来のバッキング材においては、高比重粉末13が母材10に直接接触するので、遷移金属の触媒効果によってエラストマー又は樹脂の架橋硬化反応が不安定となり、均一な音響特性を有するバッキング材を得ることが困難である。一方、図4Aに示す本実施形態に係るバッキング材においては、絶縁皮膜12が高比重粉末11の表面を被覆しているので、高比重粉末11が母材10に直接接触せず、エラストマー又は樹脂の架橋硬化反応が不安定となることはない。
【0029】
本実施形態において、高比重粉末11の材料としては、遷移金属、又は、遷移金属を一部に含む無機材料を用いることができる。具体的には、タングステン(W;密度19,200kg/m)、タンタル(Ta;密度16,700kg/m)、金(Au;密度19,300kg/m)、白金(Pt;密度21,100kg/m)、イリジウム(Ir;密度22,700kg/m)、タングステンカーバイト(WC;密度15,600kg/m)、タンタルカーバイト(TaC;密度14,500kg/m)、タングステンシリサイド(WSi)等を用いることができる。この中で、貴金属は高価であるので、タングステンやタンタルの粉末、又はその化合物粉末が一般的に用いられる。
【0030】
また、絶縁皮膜12の材料としては、国際純正応用化学連合(IUPAC:International Union of Pure and Applied Chemistry)の表記法による第13族〜第15族の元素の内で非金属元素である炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除くものの酸化物、即ち、第13族〜第15族の金属元素の酸化物、又は、第13族〜第15族の半金属元素の酸化物を用いることができる。具体的には、金属元素であるアルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、錫(Sn)、タリウム(Tl)、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)の酸化物、及び、半金属元素であるボロン(B)、シリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、砒素(As)、アンチモン(Sb)の酸化物を用いることができる。それらの中でも、特に、酸化ケイ素(SiO)、酸化アルミニウム(Al)、及び、酸化ボロン(B)が適している。
【0031】
次に、本発明の一実施形態に係るバッキング材の製造方法について説明する。以下の実施形態においては、母材としてシリコーンゴムを用い、高比重粉末の材料としてタングステンカーバイト(WC)を用い、絶縁皮膜の材料としてシリコン(Si)又はアルミニウム(Al)のアルコキシドから作製する酸化ケイ素(SiO)又は酸化アルミニウム(Al)を用い、アルコールとしてエタノールを用いる場合について説明するが、本発明においては、他の材料を用いることも可能である。
【0032】
(1)複合粉末の作製
本実施形態に係るバッキング材を製造するためには、高比重粉末の表面に絶縁皮膜を形成する必要がある。まず、ビーカーを用いて、シリコン又はアルミニウムのアルコキシドを溶解させた無水エタノール200gに、タングステンカーバイトの粉末20gを添加することにより、混合液を作製する。
【0033】
シリコンのアルコキシドとしては、テトラエトキシシラン(TEOS:Si(OCHCH)が用いられるが、それ以外にも、テトラメトキシシラン、テトラプロポキシシラン、又は、テトラブトキシシラン等を用いることができる。また、アルミニウムのアルコキシドとしては、トリイソプロポキシアルミニウム(Al−i−Pr:Al(OCH(CH)が用いられるが、それ以外にも、トリメトキシアルミニウム、トリエトキシアルミニウム、又は、トリブトキシアルミニウム等を用いることができる。
【0034】
次に、攪拌し懸濁させた混合液に、重量濃度10wt%の水を含むエタノール100gをビーカー中に滴下して、混合液中のアルコキシドを分解(加水分解)することにより、タングステンカーバイトの粉末の表面に酸化ケイ素(SiO)又は酸化アルミニウム(Al)を含む絶縁皮膜を形成する。滴下する含水エタノール中の水の重量濃度が高いと、アルコキシド分解物が自発核生成する比率が高くなるため、熟成による被膜形成を困難とする。一方、滴下する含水エタノール中の水の重量濃度が低いと、加水分解反応に長時間を要したり、未反応物が残留する恐れがある。従って、滴下する含水エタノール中の水の重量濃度は、好ましくは50wt%以下、より好ましくは5wt%〜20wt%とする。
【0035】
加水分解反応を促進させるために、含水エタノールの滴下中の混合液を温度60℃程度に加熱したり、滴下する含水エタノールに塩酸等を添加することにより、混合液をpH2〜pH4程度の弱酸性とする方が良い。また、加水分解反応を完全に反応し終わらせるために、含水エタノール滴下後に加熱を保持したまま乾留を数時間行うと良い。その後、混合液を温度100℃に保持して液体成分を蒸発させ、さらに、乾燥した粉末を温度300℃で2時間保持する。これにより、緻密な皮膜を形成することができる。
【0036】
図5A及び図5Bは、本発明の一実施形態に係るバッキング材の製造方法において用いられる複数の試料の諸元を表す図である。図5Aにおいては、酸化ケイ素(SiO)の皮膜を形成する場合の試料No.1〜8について、タングステンカーバイトの粉末のメディアン径(μm)と、TEOS量(g)と、SiO相当厚さ(μm)とが示されている。また、図5Bにおいては、酸化アルミニウム(Al)の皮膜を形成する場合の試料No.9〜16について、タングステンカーバイトの粉末のメディアン径(μm)と、Al−i−Pr量(g)と、Al相当厚さ(μm)とが示されている。ここで、メディアン径とは、粒度分布計を用いて複数の粉末について測定された直径の平均値をいう。
【0037】
絶縁皮膜の厚さを直接測定することは困難であるので、アルコキシドの量に基づいて、メディアン径を有する球状の粉末の表面に形成された絶縁皮膜の厚さが計算によって求められる。粉末のメディアン径をd(μm)とし、粉末の密度をρ(kg/m)とすると、粉末の1g当りの球相当表面積S(m)は、次式で表される。
S=6,000/(ρ・d)
例えば、タングステンカーバイトの密度ρは15,600kg/mであるから、直径4.8μmのタングステンカーバイト20gの球相当表面積Sは1.603mであり、直径8.7μmのタングステンカーバイト20gの球相当表面積Sは0.884mである。
【0038】
アルコキシドのモル数は、アルコキシドの質量(g)をアルコキシドの分子量で割ることによって求められる。アルコキシドの分子量は、テトラエトキシシラン(TEOS:Si(OCHCH)の場合に208であり、トリイソプロポキシアルミニウム(Al−i−Pr:Al(OCH(CH)の場合に204であり、その他のアルコキシドの場合についても、化学式に基づいて計算することができる。TEOSが加水分解されて酸化ケイ素(SiO)の皮膜が形成される場合に、酸化ケイ素のモル数はTEOSのモル数と等しい。また、Al−i−Prが加水分解されて酸化アルミニウム(Al)の皮膜が形成される場合に、酸化アルミニウムのモル数はAl−i−Prのモル数の半分となる。
【0039】
形成される酸化物の絶縁皮膜の厚さt(μm)は、次式で表されるように、酸化物のモル数Nと分子量Mとの積を、密度ρ(kg/m)及び球相当表面積S(m)で割ったものとなる。
t=1,000・N・M/(ρ・S)
ここで、酸化ケイ素(SiO)の分子量は60で、密度ρは2,200kg/mであり、酸化アルミニウム(Al)の分子量は102で、密度ρは3,900kg/mである。
【0040】
具体的には、試料No.1のように、直径4.8μmのタングステンカーバイトの粉末20g(球相当表面積S=1.603m)に対して、1.0g(0.00481mol)のTEOSを用いて酸化ケイ素の皮膜を形成する場合には、TEOSのモル数と同じ0.00481molの酸化ケイ素が粉末の表面に形成されるので、酸化ケイ素の被覆厚は、0.00481×60/(2.2×1.603)=0.082μmとなる。試料No.4のように、TEOSの量が5.0gである場合には、酸化ケイ素のモル数が0.02404molとなり、酸化ケイ素の被覆厚は0.409μmとなる。試料No.6のように、粉末の直径が8.7μmである場合には、タングステンカーバイトの粉末20gの球相当表面積Sが0.884mとなり、酸化ケイ素の被覆厚は0.148μmとなる。
【0041】
また、試料No.9のように、直径4.8μmのタングステンカーバイトの粉末20g(球相当表面積S=1.603m)に対して、1.0g(0.00490mol)のAl−i−Prを用いて酸化アルミニウムの皮膜を形成する場合には、酸化アルミニウムのモル数が0.00245molとなり、酸化アルミニウムの被覆厚は、0.040μmとなる。
【0042】
(2)バッキング材の作製
作製された複合粉末とシリコーンゴムと硬化剤とを、複合粉末の重量濃度が95wt%となるように配合して混合し、シリコーンゴムを硬化させることによって、バッキング材が作製される。ここで、シリコーンゴムの硬化前に、混合材を真空脱泡しても良い。また、シリコーンゴムの硬化時には、気泡の混入を避けるために、1MPa程度の圧力で加圧しながら硬化させることが好ましい。
【0043】
(3)バッキング材の評価
図6は、本発明の実施例及び比較例のバッキング材の性能を測定した結果を示す図である。本発明の実施例は、試料No.1〜16の複合粉末をそれぞれ用いて製造された16種類のバッキング材である。一方、比較例は、試料No.1と同様のメディアン径が4.8μmのタングステンカーバイトの粉末にアルコキシドを添加せずに試料No.1と同様の処理を施した試料No.17の粉末を用いて製造されたバッキング材と、試料No.5と同様のメディアン径が8.7μmのタングステンカーバイトの粉末にアルコキシドを添加せずに試料No.5と同様の処理を施した試料No.18の粉末を用いて製造されたバッキング材とである。
【0044】
実施例及び比較例のバッキング材は、厚さが10mmとなるように加工され、アルキメデス法によって求めた密度ρと、超音波の反射時間から求めた音速vとに基づいて、式(1)を用いて音響インピーダンスの値が計算された。また、実施例及び比較例のバッキング材は、5mm角で長さが10mmとなるように加工され、図7に示すように、直径が約0.3mmで鋭利な先端を有する2本の金属針をバッキング材の両端から3mm以上刺し込むことによって抵抗値rが測定され、次式によって比抵抗Rが計算された。
R=r・S/L
ここで、Sはバッキング材の断面積であり、Lは2本の金属針の先端間距離である。
【0045】
試料No.1〜16を用いて製造された実施例のバッキング材においては、密度及び音速が安定しており、±0.2MRayl以内の均質な音響インピーダンスが得られた。なお、試料No.3、4、及び、8を用いて製造された3種類バッキング材において、音響インピーダンスの値が低めになったのは、使用されたタングステンカーバイトの粉末の径に対して、絶縁皮膜の厚さが大きくなったことにより、複合粉末におけるタングステンカーバイトの割合が低下し、バッキング材の密度が低下したことによるものである。従って、複合粉末の充填率を高くすれば、音響インピーダンスの値を上昇させることができる。
【0046】
また、絶縁皮膜の厚さが大きいほど比抵抗の値も大きくなっており、絶縁皮膜の厚さが0.1μm以上であれば、比抵抗の値が1010Ω・cm以上となって、良好な絶縁抵抗が得られた。その場合に、バッキング材の側面や内部に配線を行っても、電流リークは発生しない。
【0047】
一方、比較例のバッキング材においては、通常の硬化剤濃度とした場合に、シリコーンゴムに粉末を添加した直後から硬化反応が進行して充填率の不均一が発生し、音響インピーダンスにおいてもバラツキが大きくなった。バッキング材の断面を観察したところ、シリコーンゴム内に20μm〜100μmの気泡が認められた。また、試料No.17を用いて製造されたバッキング材においては、比抵抗の値が2000Ω・cm以下となり、試料No.18を用いて製造されたバッキング材においては、比抵抗の値が500Ω・cm以下となって、絶縁性が不十分であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、超音波診断装置において超音波を送受信するために用いられる超音波探触子において利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施形態に係る超音波探触子の内部構造を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1に示す超音波探触子の内部構造をYZ平面と平行な面で切断したときの断面図である。
【図3】本発明の一実施形態の変形例に係る超音波探触子の内部構造をYZ平面と平行な面で切断したときの断面図である。
【図4A】本発明の一実施形態に係るバッキング材の構造を模式的に示す図である。
【図4B】従来のバッキング材の構造を模式的に示す図である。
【図5A】本発明の一実施形態に係るバッキング材の製造方法において用いられる複数の試料の諸元を表す図である。
【図5B】本発明の一実施形態に係るバッキング材の製造方法において用いられる複数の試料の諸元を表す図である。
【図6】本発明の実施例及び比較例のバッキング材の性能を測定した結果を示す図である。
【図7】バッキング材の抵抗値を測定する際の条件を示す図である。
【符号の説明】
【0050】
1 バッキング材
2 圧電振動子
3 樹脂
4a、4b 音響整合層
5 音響レンズ
6 FPC
7 絶縁樹脂
8 電気配線
9 コネクタ
10 母材
11、13 高比重粉末
12 絶縁皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波を送信及び/又は受信するための振動子を含む超音波探触子において前記振動子の背面に設けられるバッキング材であって、
エラストマー又は樹脂を含み絶縁性を有する母材と、
前記母材中に分散充填された複合粉末であって、前記母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末と、前記粉末の表面を被覆する絶縁皮膜とを含み、前記絶縁皮膜が、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素の酸化物を含む、前記複合粉末と、
を具備するバッキング材。
【請求項2】
前記粉末が、遷移金属元素を含む無機材料である、請求項1記載のバッキング材。
【請求項3】
前記絶縁皮膜が、酸化ケイ素(SiO)又は酸化アルミニウム(Al)を含む、請求項1又は2記載のバッキング材。
【請求項4】
前記絶縁皮膜が、0.1μm以上の厚さを有する、請求項1〜3のいずれか1項記載のバッキング材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のバッキング材と、
前記バッキング材の主面上に形成された振動子と、
を具備する超音波探触子。
【請求項6】
超音波を送信及び/又は受信するための振動子を含む超音波探触子において前記振動子の背面に設けられるバッキング材を製造する方法であって、
エラストマー又は樹脂を含み絶縁性を有する母材を用意する工程と、
前記母材よりも大きい音響インピーダンスを有する材料の粉末を無水アルコール中に添加して攪拌する工程と、
前記粉末が添加された無水アルコール中に、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素のアルコキシドをアルコール及び水に溶かして添加することにより、混合液を作製する工程と、
前記混合液を加熱してアルコール及び水を蒸発させると共に前記アルコキシドを分解することにより、前記粉末の表面に、炭素(C)、窒素(N)、リン(P)を除く第13族〜第15族の元素の酸化物を含む絶縁皮膜を形成して複合粉末を作製する工程と、
前記母材中に前記複合粉末を分散充填すると共に、前記母材を硬化剤によって硬化させる工程と、
を具備するバッキング材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図4A】
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【図4B】
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