説明

超音波粘弾性特性測定方法および装置

【課題】超音波振動子の一部を被測定物体に押し当てたときに、その物体の密度や弾性的特性に応じてその超音波振動子の共振周波数や共振抵抗が変化する現象を利用して、その物体の粘弾性特性を測定する装置を提供する。
【解決手段】標準試料の測定結果から超音波振動子の等価質量を求め、密度とポアソン比が既知の、ゴムやプラスチックなどのやわらかい物体から金属やセラミックスなどの硬い物体まで、広い範囲の物体に超音波振動子を押し当てて、そのときの共振周波数と共振抵抗の変化から被測定物体のヤング率と損失係数を測定し、被測定物体の粘弾性特性を複素弾性率として測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波振動子の共振時の振動の腹の部分に半球状の接触子を具備したセンサ振動子を被測定物体に押し当てたときに、その物体の密度や弾性的特性に応じてその超音波振動子の共振周波数や共振抵抗が変化する現象を利用して、その物体の粘弾性的な特性を測定する装置に関し、超音波振動子として圧電振動子を用い、皮膚やゴムなどの比較的やわらかい物体やプラスチックや金属などの比較的硬い物体など、広い範囲の物体の粘弾性特性を測定する超音波粘弾性特性測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波振動子を被測定物体に押し当てたときの共振特性の変化から被測定物体の粘弾性的な特性を測定する方法に関しては、特許文献1、特許文献2などが開示されている。
特許文献1には、図1に示すように、磁歪振動子Tの一方の端部に、先端が半球状に加工されたホーンHを接合したホーン付き超音波振動子と、この超音波振動子の共振周波数を自動追尾する励振装置(自励発振回路)を用いて、上記ホーン付き超音波振動子のホーン先端を被検出物体に当接したときの共振周波数と共振尖鋭度の変化分を測定し、この変化分から被検体の材質を識別する方法が開示されている。
【0003】
また、特許文献2には、超音波振動子として、入力端子、出力端子、および共通アース端子を有する3端子型圧電振動子を用い、図2に示すように、前記圧電振動子82の出力電流を検出する仮想接地型電流検出回路83、前記圧電振動子に印加される電圧を一定にするための定電圧回路81、およびフィルタ機能を有する増幅回路84をループ状に接続して帰還型自励発振回路を構成し、前記圧電振動子の端部に接合された半球状の接触子を被測定物体に押し当てたときの、前記自励発振回路の発振周波数の変化分、および前記電流検出回路出力の変化分から当接した物体の損失特性を測定する弾性特性測定装置が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭61-33136号公報(第3頁、第1図)
【特許文献2】特開2003-270219号公報(第6頁、図8)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
図1に示した特許文献1に開示されている従来の超音波振動子を用いた弾性特性測定装置においては、超音波振動子Tとして磁歪振動子を用いているため、振動速度に比例するモーショナル電流の検出にトランス1を使用する必要がある。また、共振周波数を自動追尾する発振回路(自励発振回路)は、同期検波回路4、および電圧制御発振器(VCO)6により構成されるため、装置が複雑で大型となり、その結果として高価になると言う欠点があった。
さらに、特許文献1に開示されている弾性測定装置においては、弾性特性として機械的品質係数Qのみを測定しており、被測定物体の弾性定数(例えばヤング率)の測定方法が示されていない。
【0006】
一方、図2に示した特許文献2に示されている圧電振動子を用いた弾性特性測定装置においては、3端子型圧電振動子の出力電圧の一部を入力側に帰還させて自励発振回路を構成してセンサ振動子の共振周波数の変化を測定しているため、被測定物体の損失が大きい場合、十分な帰還電圧を得ることが難しくなり、自励発振が停止してしまうという問題があった。
また、特許文献2においても、被測定物体の弾性定数(例えばヤング率)の具体的な測定方法が示されていない。
つまり、従来の超音波振動子を用いた弾性特性測定装置においては、装置が複雑で高価であったり、自励発振回路が損失の大きな物体に対して停止してしまったりする欠点に加え、いずれの測定方法でも、センサ振動子を被測定物体に押し当てた時に、共振周波数がほとんど変化しないような物体の測定が不可能であり、さらに、これら従来の測定方法では、被測定物体の粘弾性特性を物理定数として表すことが困難であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、超音波振動子の共振時の振動の腹の位置に半球状の接触子を具備したセンサ振動子を用い、このセンサ振動子を被測定物体に押し当てたときの共振周波数、共振抵抗、などの共振特性の変化量から被測定物体の粘弾性的な特性を測定する方法および装置である。以下、説明の中で共振周波数frの代わりに共振角周波数ωrを用いることがあるが、これは単に計算式を簡略化するためである。
本発明では、
まず、センサ振動子の無負荷時の共振周波数fr0と、密度ρ0、ポアソン比σ0、およびヤング率E0が既知の標準試料に前記センサ振動子を押し当てたときの荷重F0とそのときの共振周波数変化△frから前記センサ振動子の等価質量mを求め、
次に、この等価質量mを用いて、前記センサ振動子の無負荷時の共振抵抗R0と、前記センサ振動子を密度とポアソン比が既知の被測定物体に押し当てたときの荷重Fとそのときの共振周波数の変化量△frから被測定物体のヤング率を求めることができる。
さらに、共振抵抗の変化量RLから、被測定物体の損失係数tanδを求め、物体の粘弾性特性を表す物理定数としての複素ヤング率E*を求めることができる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、センサ振動子の接触子の部分を粘弾性特性が既知の物体の表面に所定の荷重で押し当てるだけで、センサ振動子の等価質量mを求めることができ、等価質量mが分かったセンサ振動子を密度とポアソン比が既知の被測定物体の表面に押し当てるだけで、その物体のヤング率を求めることができ、同時に、そのときの共振抵抗の変化から被測定物体の損失係数が求められ、結果として、被測定物体の物理定数としての粘弾性特性を求めることができるので、食品分野、医療分野、工業分野など幅広い分野での応用が期待される。
また、本発明によれば、従来の測定方法では、センサ振動子を被測定物体に押し当てた時に、共振周波数がほとんど変化しないために測定が不可能であった物体のヤング率の測定も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】特許文献1の第2図である。
【図2】特許文献2の図8である。
【図3】本発明の基本原理の説明に用いる、剛体球と半無限体面との接触状態の説明図である。
【図4】被測定物体のポアソン比σmと密度ρmが既知の被測定物体にセンサ振動子を押し当てたときの荷重Fと共振角周波数ωr2の測定結果からヤング率を求める計算フローである。
【図5】センサ振動子の機械振動系を含む等価回路である。
【図6】図-4の等価回路の電気-機械変換トランスを外した電気的等価回路である。
【図7】本発明の超音波粘弾性特性測定装置のセンサ振動子および測定台の一例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(測定原理の説明)
図3に示すように、ヤング率E、ポアソン比σ、密度ρの半無限体表面に、半径Rの剛体球状の接触子を有するセンサ振動子を荷重Fで押し付けたとき接触半径aは、(1)式で与えられる。
【数1】


このとき、接触子が物体から受ける負荷スティフネスsLは(2)式で与えられる。
【数2】


このときの接触面積Scは(3)式で与えられる。
【数3】


また、このとき、接触子が物体から受ける負荷質量mLは(4)式で与えられる。
【数4】


センサ振動子を被測定物体に押し当てたときに、接触子が物体から受ける負荷スティフネスsL と負荷質量mLにより、センサ振動子の共振角周波数ωr2は、(5)式のようになる。
【数5】


一方、センサ振動子を物体に押し当てない場合の共振角周波数ωr1は(6)式で与えられる。(5)式および(6)式において、sはセンサ振動子の等価スティフネスである。
【数6】


つまり、被測定物体にセンサ振動子を押し当てたときの荷重Fと共振角周波数ωrmを測定し、被測定物体のポアソン比σ、密度ρ、および、ヤング率Eを与えて、(2)式および(4)式により、それぞれ、負荷スティフネスsLおよび負荷質量mLを計算し、(5)式により共振角周波数ωr2を計算し、ωrmと比較し、ヤング率Eの値を変化させて、ωr2がωrmに等しくなるヤング率Eの値を求める被測定物体のヤング率として求めることができる。
図4に、被測定物体のポアソン比σと密度ρが既知の被測定物体にセンサ振動子を押し当てたときの荷重Fと共振角周波数ωrmの測定結果からヤング率を求める計算フローを示す。
この方法によれば、従来の測定法では、センサ振動子を押し当てたときに共振周波数がほとんど変化しない物体のヤング率も求めることができる。
【0011】
しかしながら、以上の手順では、センサ振動子の等価質量mが既知である必要がある。一般に、センサ振動子の等価質量mは、振動子の形状が単純で、振動モードが明らかな場合には、寸法と密度が分かれば計算により求めることができるが、特許文献1に示されているように、センサ振動子がホーン付振動子などの場合には、計算で求めるのは困難である。
さらに、(1)式から(6)式に示されている、等価質量m、等価スティフネスs、などの機械系の等価回路定数は、そのまま計測することは不可能で、力係数φを介して与えられる電気的な等価回路定数として測定することが出来る。
力係数φも等価質量mと同様に、形状と振動モードが単純の場合は、材料定数を与えることで計算により求めることが出来るが、形状が単純で無い場合や、接触子が付加されている場合などは、力係数を精度良く求めることは困難である。
【0012】
ここで、本発明により、被測定物体の密度、ポアソン比、およびヤング率が既知の場合に、センサ振動子の等価質量mを求める方法について説明する。
被測定物体に接触子を押し当てる前のセンサ振動子の共振角周波数と押し当てた後のセンサ振動子の共振角周波数をそれぞれ、ωr1、ωr2とすると、それぞれ(7).(8)式で与えられる。
【数7】


【数8】


(7),(8)式より、それぞれ(9),(10)式が得られる。
【数9】


【数10】


(9)式を変形して(11)式とし、
【数11】


(11)式を(10)式に代入することにより、(12)式により、センサ振動子の等価質量mを求めることができる。 つまり、ヤング率E、ポアソン比σおよび密度ρが既知の標準試験片を用いて、接触子半径R、共振周波数角周波数ωr1のセンサ振動子を用いて、荷重Fを印加した時の共振角周波数ωr2を測定すれば、(2)式と(3)式から負荷スティフネスsLが求められ、(4)式と(5)式から負荷質量mLが求められ、 (12)式からセンサ振動子の等価質量mを求めることができる。
【数12】

【0013】
センサ振動子の機械振動系を含む等価回路は図5のように表される。図5において、m、s、rはそれぞれ、センサ振動子の等価質量、等価スティフネスおよび等価機械抵抗であり、mL、sL、およびrLはそれぞれ、接触子の端面から見た被測定物体の接触インピーダンスで、それぞれ、負荷質量、負荷スティフネスおよび負荷機械抵抗である。また、φは力係数、Cdは制動容量である。
図6は、図5の等価回路を電気-機械変換の変成器をはずして求めた、電気的な等価回路であり、図5の等価回路の等価定数との間には、(13)式の関係がある。
【数13】


図6の等価回路の回路定数は、接触子を物体に押し当てる前と後のセンサ振動子の電気的なインピーダンスの周波数特性をインピーダンスアナライザにより容易に測定することができる。
(12)式によりセンサ振動子の等価質量mが求められると、(13)式の等価インダクタンスLと等価質量mの関係式より力係数φを求めることができる。力係数φが求められれば、(13)式より、センサ振動子の接触子を物体に押し当てたことにより生じた共振抵抗の変化分RLから機械抵抗の増加分rLを求めることができる。
【0014】
本発明では、接触子を物体に押し当てたときに生じる負荷スティフネスsLと負荷質量mLを別々に求めており、接触子を柔らかい物体に押しあてたときは、mL>>sLとなるため、mLの効果により共振周波数が低下し、硬い物体に押しあてたときは、mL<<sLとなるため、sLの効果により共振周波数が上昇する。また、硬さにより、mL/m=sL/sとなり共振周波数が変化しない場合もある。
いずれの場合も、物体の損失により等価機械抵抗がrLだけ変化する。
物体の損失係数tanδは、柔らかい物体の場合には、(14)式で与えられ、硬い物体の場合には(15)式で与えられ、共振周波数が変化しない場合は、(16)式の関係があるので、(14)式、(15)式のいずれの式を用いてもtanδの値は同じ値となる。
【数14】


【数15】


【数16】

【0015】
本発明によれば、ヤング率Eと損失係数tanδを容易に求めることができるので、被測定物体の粘弾性特性を表す複素弾性率E*を、(17)式により求めることができる。
【数17】

【実施例】
【0016】
図7は、本発明の実施例のセンサ振動子および測定台を示す斜視図である。図7において、センサ振動子71は、ガイドパイプ72の内部を重力により自然落下するように保持されており、このようにすることにより、被測定物体73に加わる荷重を常にセンサ振動子の重量とすることが可能になる。
センサ振動子71は、アルミ製のホーン74を具備しており、ホーン74の先端は半径3.5mmの半球状に加工されている。
被測定物体の測定は、図7の測定台を用い、センサ振動子のインピーダンスの周波数特性を測定することにより以下の手順により行われる。インピーダンスの周波数特性の測定には、インピーダンスアナライザを用いるのが便利であるが、インピーダンスアナライザは高価であるため、周波数範囲を限定した専用器を用いて測定することも可能である。
【0017】
以下、測定例について手順に従って詳しく説明する。
手順-1 無負荷状態でのセンサ振動子の電気的等価回路定数L、C、R、Cd、および共振周波数fr0を測定する。
○測定例 L=666.7(mH)、C=9.883(pF)、R=187.6(Ω)、Cd=309.76(pF)、fr0=62.004(kHz)
手順-2 密度ρ、ポアソン比σ、ヤング率Eが標準既知の標準試料にセンサ振動子を押し当てたときの荷重Fと共振周波数変化△frを測定し、この結果から(12)式を用いてセンサ振動子の等価質量mを求める。
○測定例 標準試料特性:密度ρ=1045(kg/m3)、ポアソン比σ=0.45、ヤング率E=45(kPa)
測定結果:△fr=-283(Hz)、荷重F=55.4(g)⇒等価質量m=1.45×10-3(kg/m3)
手順-3 被測定物体の密度ρおよびポアソン比σを別の手段で求めた後、センサ振動子を被測定物体に押し当てて、その時の荷重と共振周波数変化△frおよび共振抵抗変化△Rを測定し、被測定物体のヤング率E1および損失係数tanδを求め、さらに、被測定物体の複素弾性率E*を求める。
○測定例 測定試料=シリコンゴム-2 密度=1140(kg/m3)、ポアソン比=0.45
測定結果:△fr=-44(Hz)、荷重F=55.4(g)、△R=60.4(Ω)

E1=317(kPa)、tanδ=0.163 →E*=E1+jE2=317+j51.7(kPa)
【符号の説明】
【0018】
71:センサ振動子
72:ガイドパイプ
73:被測定物体
74:アルミホーン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波振動子の共振時の振動の腹の位置に半球状の接触子を具備したセンサ振動子を被測定物体に押し当てたときの前記センサ振動子の共振特性の変化量から被測定物体の粘弾性的な特性を測定する超音波粘弾性測定装置であって、前記センサ振動子の無負荷時の共振周波数と、密度、ポアソン比、およびヤング率が既知の標準試料に前記センサ振動子を押し当てたときの荷重とそのときの共振周波数変化から前記センサ振動子の等価質量を求めるとともに、前記センサ振動子の無負荷時の共振抵抗と前記センサ振動子を、密度とポアソン比が既知の被測定物体に押し当てたときの荷重とそのときの共振周波数の変化量から被測定物体のヤング率を求め、共振抵抗の変化量から、被測定物体の損失係数を求めることを特徴とする超音波粘弾性測定方法および装置

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2013−88129(P2013−88129A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−225791(P2011−225791)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(000222026)東北電子産業株式会社 (11)
【Fターム(参考)】