説明

車両用荷重積分値演算装置および車両用歩行者衝突判定システム

【課題】 車両の衝突した衝突対象による荷重の時間積分値を適切に算出することにある。
【解決手段】 車体前部に配設された荷重センサを用いて車体前部に加わる荷重を検出する。そして、その検出荷重を時間積分しつつその時間積分値を時間の経過に従って所定の減衰率で減衰させる。この際、所定の減衰率を、検出荷重が所定値を超えない状態から超える状態へ変化した場合は通常時のものよりも下げた値とし、また、検出荷重が所定値を超える状態から所定値を超えない状態へ変化した場合は所定のホールド時間経過後に通常時のものへ復帰させるが、この所定のホールド時間を、自車速が高いほど短くなるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用荷重積分値演算装置および車両用歩行者衝突判定システムに係り、特に、車両に加わる荷重を時間積分することにより得られる時間積分値を適切に演算するうえで好適なシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、車体前部のフロントバンパ等に配置された荷重センサを用いて車体前部に加わる荷重を検出し、その検出荷重に基づいて車両の衝突した対象が歩行者であるか歩行者以外であるかを区別して判定する車両用歩行者衝突判定装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。この判定装置において、歩行者衝突判定は、荷重センサの出力に基づく車体前部に加わる荷重が一定範囲内の値を示す状態の継続時間に基づいて行われる。かかる状態の継続時間が一定範囲外である場合は、車両の衝突した対象が歩行者以外の物であると判定され、一方、継続時間が一定範囲内である場合は、衝突対象が歩行者であると判定される。そして、衝突対象が歩行者であると判定されたときは、その歩行者を保護するためのアクチュエータが起動されることとなっている。
【特許文献1】特開平11−28994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、車両が歩行者よりも比較的軽いパイロンやポストコーンなどの軽障害物と高速で衝突したときにも、歩行者との低速での衝突時と同様に、車体前部に加わる荷重が一定範囲内の値を示すことがあり、また、その状態の継続時間が一定範囲内であることがある。この点、上記従来の装置の如く歩行者衝突判定を車体前部の荷重とその継続時間とを用いて行う構成では、軽障害物との高速での衝突の結果が歩行者との低速での衝突の結果に近似する可能性がある。このため、上記従来の装置では、車両の衝突した対象が歩行者でないにもかかわらず歩行者であると誤判定するおそれがあり、高精度の歩行者衝突判定を行うことは困難である。
【0004】
そこで、上記の不都合を回避するため、歩行者衝突判定を、車体前部に加わる荷重を時間積分して得られる荷重の時間積分値(力積)を用いて行うことが考えられる。一般的に、車両が歩行者よりも軽いパイロンなどの軽障害物と高速で衝突した場合は、その軽障害物が車両のフードに乗り上げることなく車両から弾き跳ばされるため、車体前部に対して大きな荷重が長時間にわたって継続することはなく、衝突直後に速やかに、車両が歩行者と低速で衝突した場合と同程度のピーク荷重が現われる一方で、その後、比較的低い荷重が現われる。一方、車両が歩行者と低速で衝突した場合は、歩行者が車両のフードに乗り上げるため、車体前部に対して大きな荷重が比較的長時間にわたって継続し、荷重が衝突初期から徐々に立ち上がり、その荷重が比較的大きな値を示す状態が継続する。すなわち、軽障害物との高速での衝突時と歩行者との低速での衝突時とでは、車体前部に加わる荷重とその積分値との時間変化が異なる。従って、歩行者衝突判定を荷重の時間積分値を用いて行うこととすれば、車両が衝突した対象が歩行者であるか否かの判定を精度よく行うことが可能となる。
【0005】
ここで、上記の如く荷重の時間積分値を算出するうえでは、所定時間ごとに検出される荷重を加算するだけでなく、その荷重がゼロ近傍に小さくなっているときは、その時点での時間積分値を以後維持することなく、時間の経過と共に徐々に減衰させてゼロに収束させることが適切となる。また、衝突対象との衝突が未だ継続している段階においては、荷重の時間積分値を減衰させない完全積分に近い形で算出処理を行うことが衝突対象による荷重に関するパラメータを正確に算出するうえで適切である一方、衝突対象との衝突が終了した後は、できるだけ速やかに時間積分値をゼロに収束させることが複数の衝突対象による荷重を単一の衝突対象による荷重であると誤認識してしまうのを防止するうえで有効である。従って、検出荷重が所定値以上であるか否かに応じて、荷重の時間積分値を時間の経過に従って減衰させる減衰率を切り替えること、具体的には、検出荷重が所定値未満から所定値以上へ移行したときは、以後、減衰率を低いものに設定し、一方、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ移行したときは、以後、減衰率を通常どおりの高いものに設定することが適切である。
【0006】
尚、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ移行した際に直ちに減衰率が低いものから高いものへ切り替わると、例えば車両が歩行者の右足,左足と順に衝突したときのように2つのピークを持つ荷重波形が現れる状況において、一つ目のピーク荷重後、二つ目のピーク荷重時に既に荷重積分値が大きく減衰していることがあり、そのため、車両が単一の衝突対象に衝突したにもかかわらず、その衝突対象による荷重の時間積分値を精度良く算出することができなくなってしまう。そこで、かかる課題を解決するためには、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ移行したときは、その後所定のホールド時間が経過するまでは減衰率を低いものに維持し、そのホールド時間が経過した時点で減衰率を高いものに切り替えることが適切となる。
【0007】
しかしながら、このホールド時間が一定値に固定されているものとすると、車両が道路上に所定間隔をあけて並んだポストコーンなどの軽障害物に連続して高速で衝突した場合に、歩行者の両足に順に低速で衝突した場合と同様に、各軽障害物に対応した複数のピーク荷重が時間積分値が大きく減衰されないままにその積分値に積算される事態が生じ、その結果、歩行者衝突判定が精度よく行われず、歩行者保護アクチュエータが誤作動される不都合が生じ得る。
【0008】
本発明は、上述の点に鑑みてなされたものであり、車両の衝突した衝突対象による荷重の時間積分値を適切に算出することが可能な車両用荷重積分値演算装置および車両用歩行者衝突判定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的は、車両に加わる荷重を検出する荷重検出手段と、前記荷重検出手段により検出される前記荷重を時間積分しつつ該時間積分値を時間の経過に従って所定の減衰率で減衰させる減衰積分手段と、を備える車両用荷重積分値演算装置であって、前記荷重検出手段により検出される前記荷重が所定値未満から該所定値以上へ変化した場合に、前記所定の減衰率を通常時のものよりも下げ、また、前記荷重が前記所定値以上から該所定値未満へ変化した場合に、所定のホールド時間が経過した後、前記所定の減衰率を通常時のものへ復帰させる減衰率制御手段と、自車速を検出する自車速検出手段と、前記所定のホールド時間を、前記自車速検出手段により検出される自車速に応じて変更するホールド時間変更手段と、を備える車両用荷重積分値演算装置により達成される。
【0010】
この態様の発明において、荷重が所定値以上から所定値未満へ変化した場合に所定の減衰率を通常時のものよりも低いものに維持すべき所定のホールド時間は、自車速に応じて変更される。この際、自車速が低いときにホールド時間を長くし、自車速が高いときにホールド時間を短くすることとすれば、車両が歩行者に低車速で衝突した状況で右足,左足と2つのピーク荷重が現れても、その歩行者による荷重の時間積分値を大きな減衰を伴うことなく適切に算出することができると共に、車両がポストコーンなどの軽障害物に連続して高速で衝突した状況で2つ或いはそれ以上のピーク荷重が現れたときは、その軽障害物への衝突ごとに速やかに荷重の時間積分値を大きく減衰させることができる。従って、本発明によれば、車両がポストコーンなどの軽障害物に連続して高速で衝突した際、時間積分値が大きく減衰されないままに個々の荷重がその積分値に積算される事態を防止することができ、車両の衝突した衝突対象による荷重の時間積分値を適切に算出することが可能となる。
【0011】
この場合、上記した車両用荷重積分値演算装置において、前記ホールド時間変更手段は、前記所定のホールド時間を自車速が高いほど短くすることとすればよい。
【0012】
また、上記した車両用荷重積分値演算装置において、前記荷重検出手段は、車体前部のバンパ又は車体前部左右のフロントサイドメンバの前端面に配設された荷重センサの出力信号に基づいて、車体前部に加わる荷重の合計値を検出することとすればよい。
【0013】
尚、前記減衰積分手段により算出された前記荷重の時間積分値又は該荷重の時間積分値を自車速で除算して得られた有効質量を用いて、自車両の衝突対象が歩行者であるか否かを判定する歩行者衝突判定手段を備える上記した車両用荷重積分値演算装置を搭載する車両用歩行者衝突判定システムによれば、車両の衝突した対象が歩行者であるか否かを精度よく判定することができる。
【0014】
この場合、上記した車両用歩行者衝突判定システムにおいて、前記歩行者衝突判定手段により自車両の衝突対象が歩行者であると判定された場合に、歩行者を保護するためのデバイスを起動させるデバイス起動手段を備えることとすれば、車両が軽障害物に連続して衝突したときに歩行者保護デバイスが誤作動されるのを防止することが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、車両の衝突した衝突対象による荷重の時間積分値を適切に算出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、図面を用いて、本発明の具体的な実施の形態について説明する。図1は、本発明の一実施例である車両に搭載される車両用荷重積分値演算装置を備える車両用歩行者衝突判定システム10の構成図を示す。また、図2は、本実施例のシステムが備える荷重センサの配設位置を模式的に表した図を示す。
【0017】
図1に示す如く、本実施例のシステム10は、車両が衝突した際にその衝突対象が歩行者であるか否かを判定するシステムである。車両用歩行者衝突判定システム10は、電子制御ユニット(以下、ECUと称す)12を備えている。ECU12は、入出力回路(I/O)14、中央処理装置(以下、CPUと称す)16、処理プログラムや演算に必要なデーブルが予め格納されているリード・オンリ・メモリ(以下、ROMと称す)18、作業領域として使用されるランダム・アクセス・メモリ(以下、RAMと称す)20、及び、それらの各要素を接続する双方向のバス22により構成されている。
【0018】
ECU12の入出力回路14には、荷重センサ24が接続されている。荷重センサ24は、車体前部のバンパリインフォースメント又は左右のフロントサイドメンバの前端面やラジエータなどに一つ或いは複数配設されている。荷重センサ24は、車両前方から車両のその配設部位に加わる荷重の大きさに応じた信号を出力する。荷重センサ24の出力信号は、入出力回路14に供給され、CPU16の指示に従って適宜RAM20に格納される。ECU12のCPU16は、荷重センサ24の出力信号に基づいて車両前方から車両の車体前部に加わる荷重の大きさを検出する。
【0019】
尚、車体前部に作用する荷重の大きさは、複数の荷重センサ24が車両に搭載されている場合には、各荷重センサ24の出力に基づく荷重の合計値となる。CPU16は、上記の如く車両に加わる荷重を検出すると、ROM18に格納されている処理プログラムに従って、後に詳述する如く、検出した車体前部の荷重に基づいて、車両と歩行者とが衝突したか否か、すなわち、車両が衝突した際におけるその衝突対象が歩行者であるか否かを判定する。
【0020】
入出力回路14には、また、車速センサ26が接続されている。車速センサ26は、各車輪等に配設されており、自車両の車速に応じた信号を出力する。車速センサ26の出力信号は、入出力回路14に供給され、CPU16の指示に従って適宜RAM20に格納される。ECU12のCPU16は、車速センサ26の出力信号に基づいて自車両の車速を検出する。
【0021】
本実施例のシステムは、また、車両が歩行者に衝突した際にその衝突歩行者を保護するために作動される歩行者保護装置30を備えている。歩行者保護装置30は、例えば、車体前部に設けられたエンジンを覆うエンジンフードをその後端側だけ持ち上げる機構を有する装置であり、又は、かかるエンジンフードから外部の車両前方へ向けて衝突歩行者に加わる衝撃を吸収するエアバッグなどを展開する装置である。
【0022】
歩行者保護装置30は、ECU12の入出力回路14に接続する駆動回路32を有している。ECU12のCPU16は、歩行者衝突判定システム10として車両の衝突した衝突対象が歩行者であるか否かに基づいて、入出力回路14から歩行者保護装置30の駆動回路32への駆動信号の供給を制御する。具体的には、衝突対象が歩行者であると判定した場合には、駆動回路32に対して歩行者保護装置30を作動させるための指令を供給する。駆動回路32は、ECU12から供給される作動指令に従って、エンジンフードの後端側を持ち上げ或いは歩行者保護用のエアバッグを膨張展開させる。
【0023】
次に、本実施例のCPU16において衝突対象が歩行者であるか否かの判定(以下、歩行者衝突判定と称す)を行う処理の具体的内容について説明する。図3は、本実施例において歩行者衝突判定を行う際に使用される判定パラメータによる判定マップの一例を示す。
【0024】
車両がポストコーンやパイロンなどの軽障害物に高速で衝突した場合は、その軽障害物が車両のフードに乗り上げることなく車体下に潜り込み若しくは車両から弾き跳ばされるため、車体前部に対して大きな荷重が長時間にわたって継続することはなく、衝突直後に速やかにピーク荷重が現われ、その後、比較的低い荷重が現われる。また、車両が壁などの重障害物に衝突した場合は、極めて大きな荷重が車体前部に極めて長時間にわたって継続して作用する。これに対して、車両が歩行者に低速で衝突した場合は、歩行者が車両のフードに乗り上げるようになるため、車体前部に対して大きな荷重が比較的長時間にわたって継続し、荷重が衝突初期から徐々に立ち上がり、その荷重が比較的大きな値を示す状態が継続する。従って、車両の衝突した対象が歩行者であるか否かを判別するうえでは、車体前部に作用する荷重の衝突開始からの時間積分値(力積)又はその時間積分値を自車速で除算することにより得られる衝突対象の有効マス(有効質量)などの、荷重の時間積分値を用いたパラメータを用いることが適切である。
【0025】
そこで、本実施例においては、歩行者衝突判定を行うための判定マップとして、図3に示す如き荷重と荷重の時間積分値を自車速で除算して得られる衝突対象の有効マスとからなる二次元マップを用いることとし、荷重に対するしきい値が、有効マスが小さいときにはある程度大きな一定値に維持され、有効マスが所定値から大きくなるほど小さくなるようにパターン変化するしきい値変化パターンが使用される。ECU12は、歩行者との衝突と軽障害物との衝突と重障害物との衝突とが区別されるようにその境界に設定された図3に示す如き判定マップを予めROM18に格納している。この判定マップは、予め荷重センサ24の配設位置における衝突時の荷重特性に対応して規定されている。
【0026】
本実施例において、CPU16は、所定時間(例えば10ms)ごとに、荷重センサ24を用いて車両前方から車体前部に作用する荷重の大きさを検出すると共に、車速センサ26を用いて自車両の車速を検出する。また、その荷重を時間積分すると共に、その時間積分値(力積)を自車速で除算することにより衝突対象の有効マスを算出する。そして、荷重と有効マスとからなる二次元パラメータが、判定マップとしての歩行者との衝突と軽障害物との衝突とを区別する下限しきい値変化パターンと、歩行者との衝突と重障害物との衝突とを区別する上限しきい値変化パターンとの間の領域に属するか否かを判定する。
【0027】
その結果、荷重と有効マスとからなる二次元パラメータが下限しきい値変化パターンと上限しきい値変化パターンとの間の領域に属する場合には、車両の衝突した対象が歩行者であると判定し、歩行者を保護するための歩行者保護装置30を起動する。これにより、車両が歩行者と衝突したときにもその歩行者を歩行者保護装置30の起動により保護することが可能となる。一方、上記の二次元パラメータが上記の領域に属しないこととなる場合には、車両の衝突対象が歩行者であるとの判定を行わず、歩行者保護装置30の起動も行わない。
【0028】
ところで、荷重の時間積分値については、所定時間ごとに検出される荷重を時間積分して加算するだけでなく、その荷重がゼロ近傍に小さくなったときは、以後、その時点での時間積分値を維持することなく、時間の経過と共に徐々に減衰させてゼロに収束させることが適切である。また、衝突対象との衝突がその開始後未だ継続している段階においては、荷重の時間積分値を減衰させない完全積分に近い形でその時間積分値の算出処理を行うことがその衝突対象による荷重に関するパラメータを正確に算出するうえでは適切である。一方、衝突対象との衝突が終了した後は、できるだけ速やかに時間積分値をゼロに収束させることが複数の衝突対象による荷重を単一の衝突対象による荷重であると誤認してしまうのを防止するうえでは有効である。
【0029】
従って、荷重センサ24を用いて検出される荷重が所定値以上であるか否かに応じて、荷重の時間積分値を時間の経過に従って減衰させる減衰率を切り替えること、具体的には、検出荷重が所定値未満から所定値以上へ変化したときは、以後、荷重の時間積分値が時間減衰し難くなるように減衰率を通常時のものよりも低いもの(低減衰率)とし、一方、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化したときは、以後、荷重の時間積分値が時間減衰し易くなるように減衰率を通常どおりのもの(高減衰率)に復帰させることが適切となる。
【0030】
図4(A)は車両が歩行者と衝突する際の状況を、また、図4(B)は車両が道路上に所定間隔をあけて設置された複数のポストコーンと衝突する際の状況を、それぞれ表した図を示す。図5は、車両が歩行者の両足に順に低速で衝突した場合と複数のポストコーンと連続して高速で衝突した場合との衝突荷重の時間変化の一例を表した図を示す。図6は、本実施例において荷重を時間積分しつつ時間経過と共に減衰させる減衰積分を行う手法を説明するための図を示す。また、図7は、図5に示す如き荷重波形が得られるときに、(A)完全積分で荷重の時間積分を施した際に算出される有効マスの時間波形、及び、(B)高減衰率と低減衰率とで減衰率を切り替えつつ荷重の時間積分を施した際に算出される有効マスの時間波形を、それぞれを表した図を示す。
【0031】
尚、車両が歩行者に衝突する際は、その衝突が歩行者の両足に対して時間差を伴って順に生ずることで、車体前部に加わる荷重の時間波形が図5に実線で示す如く2つのピーク荷重を示すことがある。従って、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化した際に直ちに、上述した減衰率の低減衰率から高減衰率への切り替えが行われ、荷重の時間積分値が時間減衰し易くなると、車両が歩行者に衝突しているにもかかわらず、一方の足によるピーク荷重が現れた後、他方の足によるピーク荷重が現れる際に既に荷重の時間積分値が大きく減衰している可能性があり、そのため、その歩行者による荷重の時間積分値や有効マスを精度よく演算することができなくなってしまう。そこで、かかる問題を解決するため、図6に示す如く、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化してもその後減衰率を低減衰率に維持すべきホールド時間を設け、そのホールド時間が経過するまでは減衰率を低減衰率に維持し、そのホールド時間が経過した時点で減衰率を低減衰率から高減衰率へ切り替えることが有効となる。
【0032】
しかしながら、上記したホールド時間がある不変の一定値に固定されているものとすると、車両が道路上に所定間隔をあけて設置された複数のポストコーンと連続して比較的高速で衝突した場合に、車体前部に加わる荷重の時間波形が図5に一点鎖線で示す如く時間的に離れた2つのピーク荷重を示しても、歩行者の両足に順に比較的低速で衝突した場合と同様に、各ポストコーンに対応した複数のピーク荷重が時間積分値が大きく減衰されないままにその積分値に積算される事態が生じ得る。この場合、車両が歩行者に衝突した際に荷重の時間積分値を減衰させることなく完全積分することにより得られる歩行者の有効マスが、車両が道路上に所定間隔をあけて設置された2つのポストコーンと連続して衝突した際に荷重の時間積分値を減衰させることなく完全積分することにより得られるポストコーン2個分の有効マスに相当する状況においても(図7(A))、低減衰率から高減衰率への減衰率の切り替えを抑制するための上記ホールド時間が長すぎることに起因して、演算される衝突対象の有効マスが歩行者の有効マスとあまり変わらないものとなることがある(図7(B))。一方、上記ホールド時間があまりにも短いと、上記の如く歩行者への衝突が両足に対して時間差を伴って順に生じたときに、その歩行者を単一の衝突対象として捉えることができなくなるおそれがある。
【0033】
そこで、本実施例のシステムにおいては、上記したホールド時間を自車速に応じたものに変更することで、上記した不都合を回避して歩行者衝突判定を適切に行う点に特徴を有している。以下、図8乃至図10を参照して、本実施例の特徴部について説明する。
【0034】
本実施例のシステムにおいて、ECU12は、車速と上記したホールド時間との関係を規定したマップを予めROM18に格納している。このマップは、図8に示す如く、車速が低いときは比較的長く、車速が高いほど短いホールド時間を有することとなる二次曲線的なものである。
【0035】
ECU12のCPU16は、荷重センサ24の出力に基づいて荷重の時間積分値を演算するに際し、検出荷重が所定値未満から所定値以上へ変化した場合に減衰率を通常時のものよりも低くし、また、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化した場合にホールド時間経過後に減衰率を通常時のものへ復帰させるが、このホールド時間を車速に応じたものに設定する。具体的には、ホールド時間を、車速センサ26の出力信号に基づいて検出される自車速が低いときは長いものとし、自車速が高いときは短いものとする。
【0036】
かかる構成によれば、車両が歩行者の両足に順に低速で衝突することによって2つのピーク荷重が現れる場合にも、単一の衝突対象との衝突が生じているものとして、図9に実線で示す如くその歩行者による荷重の時間積分値を大きな減衰を伴うことなく適切に算出することが可能になると共に、車両が複数のポストコーンなどの軽障害物と連続して衝突することによって複数のピーク荷重が現れる場合には、複数の衝突対象との衝突が生じているものとして、図9に一点鎖線で示す如く各軽障害物への衝突ごとに速やかに荷重の時間積分値を大きく減衰させることが可能になる。
【0037】
図10は、上記の機能を実現すべく、本実施例の歩行者衝突判定システム10においてCPU16が実行する制御ルーチンの一例のフローチャートを示す。図10に示すルーチンは、所定時間ごとに繰り返し起動される。図10に示すルーチンが起動されると、まずステップ100の処理が実行される。
【0038】
ステップ100では、荷重センサ24の出力信号に基づいて車両前方から車体前部に加わる荷重を読み込むと共に、車速センサ26の出力信号に基づいて自車両の車速を読み込む処理が実行される。ステップ102では、荷重センサ24が単一であるときは上記ステップで読み込んだ荷重そのものを用いて、また、荷重センサ24が複数存在するときは上記ステップ100で読み込んだ荷重を合計することにより荷重F(n)を算出すると共に、更に、上記ステップ100で読み込んだ車速に基づいて、上記図8に示す如きマップを参照することにより、荷重が所定値以上から所定値未満へ変化しても時間積分値の減衰率を通常時のものよりも低い低減衰率に維持すべきホールド時間H(n)を決定する処理が実行される。
【0039】
ステップ104では、上記ステップ102で算出された検出荷重F(n)が所定値以上であるか否かが判別される。尚、この所定値は、減衰率を高減衰率と低減衰率とで切り替えるために設定された、車体前部における荷重センサ24の配設位置に加わる荷重のしきい値である。その結果、否定判定がなされた場合は、次にステップ106において、現時点が、前回検出荷重が所定値以上である状態からその所定値を下回ってから、上記ステップ102で決定されたホールド時間H(n)内にあるか否かが判別される。その結果、既にホールド時間が経過しており否定判定がなされた場合は、次にステップ108の処理が実行される。
【0040】
ステップ108では、上記した荷重の時間積分値を時間減衰させるのに用いる減衰率を高減衰率βに設定する処理が実行される。この高減衰率βは、後述する低減衰率αよりも高いものとなっている。ステップ110では、次式(1)に従って、前回処理時における荷重の時間積分値I(n−1)と上記ステップ108で設定された減衰率βと上記ステップ102で算出された荷重F(n)とから、演算値Xを求める処理が実行される。尚、Δtは、CPU16による処理のサンプリング間隔である。
【0041】
X=(1−β)I(n−1)+F(n)Δt ・・・(1)
一方、上記ステップ104において検出荷重F(n)が所定値以上になったと判別されると、次にステップ112の処理が実行される。また、上記ステップ106において検出荷重が所定値以上から所定値未満となったが未だホールド時間H(n)が経過していないと判別された場合も、次にステップ112の処理が実行される。ステップ112では、上記した荷重の時間積分値を時間減衰させるのに用いる減衰率を低減衰率αに設定する処理が実行される。この低減衰率αは、上記した高減衰率βよりも低いものとなっている。ステップ114では、次式(2)に従って、前回処理時における荷重の時間積分値I(n−1)と上記ステップ112で設定された減衰率αと上記ステップ102で算出された荷重F(n)とから、演算値Xを求める処理が実行される。
【0042】
X=(1−α)I(n−1)+F(n)Δt ・・・(2)
そして、ステップ116において、今回の荷重の時間積分値I(n)としてステップ110又は114で演算された演算値Xを設定する処理が実行される。本ステップ116の処理が実行されると、以後、その時間積分値I(n)を用いて衝突対象の有効マスが算出され、歩行者衝突判定が実行されることとなる。本ステップ116の処理が終了すると、今回のルーチンが終了される。
【0043】
上記図10に示すルーチンによれば、荷重センサ24の出力に基づいて荷重の時間積分値を演算するに際し、検出荷重が所定値未満から所定値以上へ変化したときはその時間積分値の減衰率を通常時のものよりも低くし、また、検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化したときはホールド時間経過後に減衰率を通常時の高減衰率へ復帰させることができると共に、その検出荷重が所定値以上から所定値未満へ変化しても時間積分値の減衰率を通常時のものよりも低い低減衰率に維持すべきホールド時間を自車速が低いときは長いものとし、自車速が高いときは短いものとすることができる。
【0044】
従って、本実施例によれば、車両が歩行者に対して両足に順に低速で衝突しても、単一の衝突対象との衝突が生じているものとして、荷重の時間積分値を大きな減衰を伴うことなく適切に算出することができると共に、車両が複数のポストコーンなどの軽障害物と連続して衝突しても、複数の衝突対象との衝突が生じているものとして、各衝突対象への衝突ごとに速やかに荷重の時間積分値を大きく減衰させることができ、各衝突対象に対応した複数の荷重が大きく減衰されないままに時間積分値に積算される事態を回避することができるので、歩行者との低速衝突と複数の軽障害物との連続高速衝突とを区別して適切に荷重の時間積分値を演算することが可能となる。
【0045】
このため、本実施例の歩行者衝突判定システム10によれば、車両の衝突した衝突対象が歩行者であるか否かを精度よく判定することが可能となり、その結果として、車両が複数のポストコーンなどの軽障害物に連続して衝突したときにも、歩行者保護装置30が誤起動されることによりエンジンフードが誤って持ち上がり或いは歩行者保護用エアバッグが誤展開されるのを確実に防止することが可能となっており、歩行者保護装置30を不必要に起動させることなく適当なタイミングでのみ起動させることが可能となっている。
【0046】
尚、上記の実施例においては、ECU12のCPU16が、上記図10に示すルーチン中ステップ102において車体前部に加わる荷重を検出することにより特許請求の範囲に記載した「荷重検出手段」が、ステップ110,114の処理を実行することにより特許請求の範囲に記載した「減衰積分手段」が、ステップ108,112の処理を実行することにより特許請求の範囲に記載した「減衰率制御手段」が、車速センサ26の出力に基づいて自車両の車速を検出することにより特許請求の範囲に記載した「自車速検出手段」が、図8に示す如きマップを参照して車速に応じてホールド時間を変更することにより特許請求の範囲に記載した「ホールド時間変更手段」が、ステップ116の処理により算出された荷重の時間積分値を自車速で除算して得られる有効マスを用いて衝突対象が歩行者であるか否かを判定することにより特許請求の範囲に記載した「歩行者衝突判定手段」が、衝突対象が歩行者であると判定された場合に歩行者保護装置30を起動させることにより特許請求の範囲に記載した「デバイス起動手段」が、それぞれ実現されている。
【0047】
ところで、上記の実施例においては、歩行者衝突判定を行うための判定パラメータとして車体前部に加わる荷重の時間積分値を自車速で除算して得られる有効マスを用いることとしたが、荷重の時間積分値自体を用いることとしてもよい。また、厳密には、その判定パラメータとして荷重と有効マスとの二次元パラメータを用いることとしたが、有効マスだけ或いは荷重の時間積分値だけの一次元パラメータを用いるものであってもよい。
【0048】
また、上記の実施例において、車速とホールド時間との関係を規定するマップを、図8に示す如く車速が高いほどホールド時間が短くなる二次曲線的なものとしたが、車速に応じてホールド時間が階段状に切り替わるようなものとしてもよいし、また、その際、階段の段数を一つだけにしてもよいし、2つ以上としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の一実施例である車両に搭載される車両用荷重積分値演算装置を備える車両用歩行者衝突システムの構成図である。
【図2】本実施例のシステムが備える荷重センサの配設位置を模式的に表した図である。
【図3】本実施例において歩行者衝突判定を行う際に使用される判定パラメータによる判定マップの一例である。
【図4】(A)は車両が歩行者と衝突する際の状況を、また、(B)は車両が道路上に所定間隔をあけて設置された複数のポストコーンと衝突する際の状況を、それぞれ表した図である。
【図5】車両が歩行者の両足に順に低速で衝突した場合と複数のポストコーンと連続して高速で衝突した場合との衝突荷重の時間変化の一例を表した図である。
【図6】本実施例において荷重を時間積分しつつその時間積分値を時間経過に従って減衰させる減衰積分を行う手法を説明するための図である。
【図7】図5に示す如き荷重波形が得られるときに、(A)完全積分で荷重の時間積分を施した際に算出される有効マスの時間波形、及び、(B)高減衰率と低減衰率とで減衰率を切り替えつつ荷重の時間積分を施した際に算出される有効マスの時間波形を、それぞれを表した図である。
【図8】車速とホールド時間との関係を規定したマップを示す図である。
【図9】本実施例において、図5に示す如き荷重波形が得られるとき算出される有効マスの時間波形を表した図である。
【図10】本実施例において実行される制御ルーチンの一例のフローチャートである。
【符号の説明】
【0050】
10 歩行者衝突判定システム
12 ECU
16 CPU
24 荷重センサ
26 車速センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に加わる荷重を検出する荷重検出手段と、前記荷重検出手段により検出される前記荷重を時間積分しつつ該時間積分値を時間の経過に従って所定の減衰率で減衰させる減衰積分手段と、を備える車両用荷重積分値演算装置であって、
前記荷重検出手段により検出される前記荷重が所定値未満から該所定値以上へ変化した場合に、前記所定の減衰率を通常時のものよりも下げ、また、前記荷重が前記所定値以上から該所定値未満へ変化した場合に、所定のホールド時間が経過した後、前記所定の減衰率を通常時のものへ復帰させる減衰率制御手段と、
自車速を検出する自車速検出手段と、
前記所定のホールド時間を、前記自車速検出手段により検出される自車速に応じて変更するホールド時間変更手段と、
を備えることを特徴とする車両用荷重積分値演算装置。
【請求項2】
前記ホールド時間変更手段は、前記所定のホールド時間を自車速が高いほど短くすることを特徴とする請求項1記載の車両用荷重積分値演算装置。
【請求項3】
前記荷重検出手段は、車体前部のバンパ又は車体前部左右のフロントサイドメンバの前端面に配設された荷重センサの出力信号に基づいて、車体前部に加わる荷重の合計値を検出することを特徴とする請求項1又は2記載の車両用荷重積分値演算装置。
【請求項4】
前記減衰積分手段により算出された前記荷重の時間積分値又は該荷重の時間積分値を自車速で除算して得られた有効質量を用いて、自車両の衝突対象が歩行者であるか否かを判定する歩行者衝突判定手段を備えることを特徴とする請求項1乃至3の何れか一項記載の車両用荷重積分値演算装置を搭載する車両用歩行者衝突判定システム。
【請求項5】
前記歩行者衝突判定手段により自車両の衝突対象が歩行者であると判定された場合に、歩行者を保護するためのデバイスを起動させるデバイス起動手段を備えることを特徴とする請求項4記載の車両用歩行者衝突判定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−298106(P2006−298106A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−121163(P2005−121163)
【出願日】平成17年4月19日(2005.4.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)