説明

転動部材への拡散性水素侵入の検出方法および検出システム

【課題】 転動部材に侵入する拡散性水素を精度よく分析することで、鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などの耐水素侵入性を評価することができる転動部材への拡散性水素侵入の検出方法および検出システムを提供する。
【解決手段】 試験空間4内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間4内において転動部材で用いる材料から成る試験片Wを、回転定盤5上でアブレシブ摩耗させる摩耗過程と、この摩耗過程の後、前記試験片Wから拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析過程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、転がり軸受の軌道輪および転動体や歯車などの転動部材への拡散性水素侵入の検出方法および検出システムに関し、試験環境に対する水素の侵入量を精度良く評価することができる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受、歯車などの転動部品は、水が浸入する条件下、すべりを伴う条件下で使用されると、水や潤滑剤が分解して水素が発生し、その水素が鋼中に侵入することで早期損傷が起きることがある。接触要素間の接触面で金属接触が起き、金属新生面が露出すると、水や潤滑剤の分解による水素の発生、鋼中への水素の侵入が促進される。鋼中に侵入する水素のうち、早期損傷をもたらすのは拡散性水素である。拡散性水素とは、鋼中の原子空孔や転移などに弱くトラップされた水素である。鋼に対し、昇温速度180℃/min.程度の昇温離脱水素分析を行うと、100℃付近にピークを持って放出される水素のことを指す。このことは、水や潤滑油を滴下しながらエメリー紙で転動部品用鋼をアブレシブ摩耗させた後に昇温離脱水素分析を行った結果、鋼中から拡散性水素が明瞭に検出された実験事実によって証明される(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】谷本啓, 田中宏昌, 杉村丈一, トライボロジー会議予稿集, (2010-5東京), 203-204.
【非特許文献2】ワイ. マツバラ(Y. Matsubara) and エイチ. ハマダ(H. Hamada)共著, ベアリング スティール テクノロジー(Bearing Steel Technology), エーエスティーエム エスティーピー(ASTM STP)1465, ジェイ エム ベズウィック イーディー(J. M. Beswick Ed.), (2007), 153-166.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1によると、潤滑油よりも水を滴下した方が多くの拡散性水素が検出されている。したがって、すべりが生じ、新生面が露出する条件で潤滑剤に水が混入すると、さらに水素が発生し、鋼中に侵入しやすくなるといえる。水素は転動部材に用いられるような高強度鋼の疲労強度を著しく低下させるため(非特許文献2)、さほど大きくない最大面圧でも、鋼中に水素侵入すれば早期損傷が起きる。転動部品は今後ますます水素が発生しやすい条件で使用される傾向にある。したがって、鋼中に侵入する拡散性水素を精度よく分析し、拡散性水素が侵入しやすい条件を把握することにより、水素脆性起因の早期損傷を抑制する必要がある。
【0005】
この発明の目的は、転動部材に侵入する拡散性水素を精度よく分析することで、鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などの耐水素侵入性を評価することができる転動部材への拡散性水素侵入の検出方法および検出システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の転動部材への拡散性水素侵入の検出方法は、試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗過程と、この摩耗過程の後、前記試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析過程とを有する方法である。
この明細書で「転動部材」とは、転動を生じる部材、つまり隣接する部材に対し転がり接触する部材であり、例えば、転がり軸受の軌道輪および転動体や、歯車などを言う。
摩耗試験で試験片に侵入する拡散性水素は、試験空間内の絶対湿度に大きく依存する。このため、上記のようにアブレシブ摩耗させる摩耗過程で試験空間内の絶対湿度を一定に保持することにより、拡散性水素の侵入量を精度良く評価することができる。
摩耗の分類は、1.凝着摩耗、2.アブレシブ摩耗、3.腐食摩耗、4.疲労摩耗の4種類に大別される。1.凝着摩耗は、「真実接触域の凝着部分の破壊に起因して生じる摩耗」である。つまりは、金属同士が接触する部分が圧力や熱により凝着して、せん断により凝着部分が破壊され、摩耗粉を生じるものである。2.アブレシブ摩耗は、「硬質表面突起あるいは硬質粒子の主として切削作用によって生じる激しい摩耗」である。硬いものが相対的に軟らかいものを削るという感じのものである。3.腐食摩耗は、「気体や液体雰囲気いと摩耗面が化学反応を起こし、機械的強度の低い表面ができると、容易に摩耗粒子として脱落する摩耗」である。4.疲労摩耗は「摩擦接触の繰り返しによって表面近傍が疲労破壊することによって生じる摩耗」である。
本願でアブレシブ摩耗に限定している理由は、他の摩耗と異なり激しい摩耗により金属新生面を生成させるためである。他の摩耗でも、金属新生面は生成するが、アブレシブ摩耗と比較して、生成速度や生成頻度が小さくなるため、それに伴い拡散性水素の侵入量も少なくなると考える。
【0007】
前記摩耗過程では、試験空間内の温度を一定としても良い。試験空間内の絶対湿度に加え、試験空間内の温度も一定に保持することが、拡散性水素の侵入量のばらつきを抑えるために好ましい。拡散性水素の拡散速度は温度に依存するためである。
【0008】
前記摩耗過程では、前記試験片を下面に保持する治具を回転定盤上に対向させて設け、この治具を、その回転軸心回りに自転させつつ回転定盤に対し相対的に公転させて試験片をアブレシブ摩耗させるものとしても良い。この場合、試験片を均一に摩耗させることができる。
【0009】
前記転動部材で用いる材料が鋼材から成るものであっても良い。
前記試験片の摩耗面積が100mm以上3000mm以下であっても良い。前記試験片の摩耗面積は300mm以上とすることがより望ましい。試験片の摩耗面積が100mm未満である場合、拡散性水素の検出量が微量になるため、検出精度が非常に低くなってしまう。試験片の摩耗面積の下限値を100mmとすることで、拡散性水素を検出量を所望量検出でき、検出精度を高めることができる。
【0010】
前記回転定盤上に貼付する研磨紙の番手が60番以上400番以下であっても良い。前記研磨紙の番手は400番よりも研磨目が粗い番手である220番以下とすることがより望ましい。研磨紙の番手が400番を超えると、試験片が均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。そのため、水素発生も不均一、かつ微量となり、検出結果にばらつきが生じやすくなり、検出結果の比較評価が困難になる。
【0011】
前記回転定盤上に貼付する研磨紙の砥粒材質が、エメリーまたは炭化珪素であっても良い。研磨紙の砥粒材質が、エメリーまたは炭化珪素以外の材質では、試験片が均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。そのため前記と同様の問題が生じる。前記炭化水素はエメリーと比べて硬度が高く、エメリーと同等あるいはそれ以上に新生面を生成しやすい。
前記回転定盤に対する試験片の面圧を85KPa以上570KPa以下としても良い。試験片の面圧を85KPa未満とした場合、試験片が均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。そのため前記と同様の問題が生じる。
【0012】
前記分析過程では、前記試験片から拡散性水素を検出する検出器がガスクロマトグラムであっても良い。試験片に侵入する拡散性水素は、時間の経過とともに試験片中から放出される。したがって、摩耗試験後から水素分析開始までの時間を短縮するのであれば、検出器はガスクロマトグラムを使用することが好ましい。
前記分析過程では、前記試験片から拡散性水素を検出する検出器が四重極質量分析計であっても良い。検出感度を重視するのであれば、検出器は四重極質量分析計を使用することが好ましい。
【0013】
前記転動部材で用いる材料が、転がり軸受用材料であっても良い。この場合、転がり軸受に用いる鋼材、潤滑油、潤滑添加剤として、耐水素侵入性の高いものを評価することができる。
【0014】
この発明の転動部材への拡散性水素侵入の検出システムは、試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗手段と、前記摩耗手段でアブレシブ摩耗させた試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析手段とを有するものである。
この構成によると、例えば、アブレシブ摩耗試験部を容器などで囲い、試験空間内の絶対湿度を一定に保持したうえで、試験片を摩耗手段で摩耗する。分析手段は、アブレシブ摩耗させた試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する。試験空間内の絶対湿度を一定に保持することにより、試験環境に対する拡散性水素の侵入量を精度よく評価することが可能になる。
【発明の効果】
【0015】
この発明の転動部材への拡散性水素侵入の検出方法は、試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗過程と、この摩耗過程の後、前記試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析過程とを有するため、転動部材に侵入する拡散性水素を精度よく分析することで、鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などの耐水素侵入性を評価することができる。
この発明の転動部材への拡散性水素侵入の検出システムは、試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗手段と、前記摩耗手段でアブレシブ摩耗させた試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析手段とを有するため、転動部材に侵入する拡散性水素を精度よく分析することで、鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などの耐水素侵入性を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】この発明の第1の実施形態に係る転動部材への拡散性水素侵入の検出システムの全体構成を概略示す図である。
【図2】(A)は、同検出システムの摩耗手段(摩耗試験機)の概略図、(B)は同摩耗試験機の治具の底面図である。
【図3】(A)は、同摩耗試験機で試験する試験片の平面図、(B)は同試験片の正面図である。
【図4】昇温離脱水素分析で得られた水素放出プロファイルの例を示す図である。
【図5】試験空間内の絶対湿度と、試験片に侵入した拡散性水素量の関係を示す図である。
【図6】条件を変えた摩耗試験後の昇温離脱水素分析で検出された拡散性水素量を示す図である。
【図7】条件を変えた摩耗試験後の摩耗重量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
この発明の第1の実施形態を図1ないし図7と共に説明する。
この実施形態に係る転動部材への拡散性水素侵入の検出方法および検出システムでは、転動部材で用いる材料を、例えば、転がり軸受の軌道輪や転動体に用いられる転がり軸受用材料とした例を示す。具体的に、転がり軸受用材料として、軸受鋼やステンレス鋼などの鋼材が適用される。但し、転動部材で用いる材料は、転がり軸受用材料に限定されるものではない。先ず、前記検出システムについて説明し、その後前記検出方法について説明する。
図1に示すように、この検出システム1は、摩耗手段である摩耗試験機2と、分析手段3とを有する。摩耗試験機2は、試験空間4内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間4内において転動部材で用いる材料から成る試験片Wを、回転定盤5上でアブレシブ摩耗させるものである。摩耗試験機2は、試験片Wをアブレシブ摩耗させる摩耗過程で用いられる。前記「試験空間4内」とは、摩耗試験機2のうち、試験片Wをアブレシブ摩耗させるアブレシブ摩耗試験部6を容器7で囲ったその容器7内を指す。アブレシブ摩耗試験部6は、回転定盤5と、試験片Wを支持する治具17と、この治具17の平行度を調整する治具調整機構18とを有するものである。前記分析手段3は、摩耗試験機2でアブレシブ摩耗させた試験片Wから拡散性水素を昇温離脱させて分析するものである。
【0018】
図2(A)に示すように、摩耗試験機2は、主に、基台8と、回転定盤回転部9と、動力伝達機構10と、主軸回転部11と、油供給部12とを有する。
回転定盤回転部9は、円盤状の回転定盤5と、容器7と、回転駆動機構13とを有する。回転駆動機構13は、回転定盤5を回転させる駆動源となるモータ14と、このモータ軸14aに連結される連結部材15とを有する。基台8にモータ14が設置され、このモータ軸14aの先端部および連結部材15が基台8の上面よりも上方に突出するように設けられる。連結部材15は、連結部材本体15aと、この連結部材本体15aの上端部から上方に延びる軸部15bとを有する。軸部15bの外周面に回転定盤5の中心孔5aが嵌合され、この回転定盤5が連結部材本体15aの上端部に支持され連結される。これにより回転定盤5が回転駆動可能に構成される。回転定盤5の上面には、試験片Wをアブレシブ摩耗させる研磨紙16が着脱自在に接着される。この研磨紙16の番手は60番以上400番以下のものが適用される。
【0019】
容器7は、摩耗過程において試験空間4内の絶対湿度を一定に保持するものであり、回転定盤5、連結部材15の一部、後述する治具17および治具調整機構18を覆う略円筒形状に形成されて、基台8の上部に設置される。容器7には、この試験空間4内の絶対湿度を計測する湿度計、試験空間4内の温度を計測する温度計がそれぞれ設けられている。
絶対湿度を一定に保つために、「温度湿度制御装置」により、温度と湿度が制御された空気を試験部に導入して、試験部の温度と湿度を一定に保つ。
実際には、試験部と装置の一部をポリカーボネートのプラスチック容器で囲い隙間、その容器内に制御された空気を送り込み試験部の温度と湿度を一定に保っている。
試験部と試験機の一部を容器で囲って、温度と湿度を一定に保っているが、試験部のみや試験機全体を容器で囲い、温度と湿度を一定に保っても同じ効果であると考える。前記絶対湿度とは、体積1mの空気中に含まれる水蒸気の量を言う。なお容器7は、前記の構成に限定されるものではなく、例えば、回転定盤5、動力伝達機構10、主軸回転部11、および油供給部12など摩耗試験機2の略全体を覆う容器としても良い。少なくとも試験片Wをアブレシブ摩耗させる空間4内の絶対湿度が保持される容器であれば足りる。
【0020】
動力伝達機構10は、回転定盤5の回転駆動力を主軸回転部11に伝達する機構である。この動力伝達機構10は、前記軸部15bに取付けられた歯車19と、この歯車19に噛合し、主軸回転部11の主軸に取付けられた歯車20と、これら歯車19,20を覆うカバー部材21とを有する。回転定盤5がモータ14により回転駆動されることで、回転定盤5と共に軸部15bおよび歯車19が回転する。よって前記歯車19に噛合う歯車20が回転することにより、主軸22を回転定盤5と同期させて回転し得る。後述のフレーム23にカバー部材21が取付けられ、歯車19,20が前記カバー部材21で覆われている。これにより、歯車19,20に付着された潤滑剤がカバー部材21の外部に飛散することを防止している。カバー部材21は、可動部への巻き込まれ防止カバーになる。
【0021】
主軸回転部11は、主軸22と、フレーム23と、軸受支持部材24と、転がり軸受25,25と、おもり26と、治具17と、治具調整機構18とを有する。前記基台8の上面にはフレーム23が立設され、このフレーム23の上端部に、軸受支持部材24が取り付けられている。この軸受支持部材24は、フランジ部を含む円筒形状に形成されている。フレーム23の上端部には、軸受支持部材24を嵌合する嵌合孔23aが形成されている。このフレーム23の嵌合孔23aに軸受支持部材24が嵌合され、前記フランジ部がフレーム23の上端部に連結されている。軸受支持部材24の内周面に、転がり軸受25,25が軸方向に離隔して嵌合され、これら転がり軸受25,25の各内輪に、主軸22が嵌合されている。
【0022】
主軸22の下端部には、治具調整機構18を介して治具17が取付けられている。治具調整機構18は、回転定盤5に対する治具17の平行度を調整する機構であって、円柱形状部材27、複数のボルト28,ナット29、およびボール30を有する。主軸22の下端部に軸方向と直行する貫通穴に円柱形状部材27が取り付けられている。また主軸22の下端部および治具17の上面部には、前記ボール30を保持する球面状の凹み部がそれぞれ形成されており、前記各凹み部にボール30を保持させている。さらに治具17の上面において、対角となる位置に雌ねじが形成されており、この雌ねじにボルト28をそれぞれ螺合させ、ナット29により固定されている。回転定盤5と治具17の平行度は、主軸22の下端部と治具17の上面部の球面上の凹み部とボール30によって自動的に調整される。前述のように、回転定盤5と治具17の平行度を保ちながらも、主軸22の回転と共に円柱形状部材27が、治具17にナット29により固定されたボルト28に対して、つっかえ棒の役割を果たし、治具17に回転が伝達される。
円柱形状部材27は、円柱形状であり、主軸22に軸に対して直角に空けられた貫通穴に挿入固定された状態のものである。主軸22の回転と共に円柱形状部材27が、治具17にナット27により固定されたボルト28に対して、つっかえ棒の役割を果たして回転が伝達されるものである。回転定盤5と治具17の平行度は、主軸22の下端部と治具17の上面部の球面上の凹み部とボール30によって自動的に調整される。
【0023】
主軸22の上部には、おもり26が着脱自在に設けられている。このおもり26は、回転定盤5に対する試験片Wの面圧を85KPa以上570KPa以下に調整するものである。複数種類のおもり26を予め準備しておき、所望の面圧となるように、主軸22におもり26を装着する。試験片Wの面圧を85KPa未満とした場合、試験片Wが均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。試験片Wの面圧を85KPa以上とすることで、試験片Wが均一に摩耗し、偏当たり状態とならず、試験片表面全体に新生面を生成することができる。
【0024】
図2(B)は、この摩耗試験機の治具の底面図である。同図に示すように、治具17の下面部には、複数(この例では3つ)の試験片Wを嵌め込む凹み部17aがそれぞれ形成され、各凹み部17aにそれぞれ試験片Wが嵌め込まれている。図3(A)に示すように、試験片Wの摩耗面積Sは100mm以上3000mm以下とされている。試験片Wの摩耗面積Sは300mm以上とすることがより望ましい。図2(A)に示すように、治具17を回転定盤5上に対向させて設け、回転定盤5を回転駆動することで、この回転定盤5の回転駆動力が主軸回転部11に伝達される。これにより治具17は、回転定盤5上を自転しながら公転する。換言すれば、治具17を、主軸回転部11の回転軸心L1回りに自転させつつ回転定盤5に対し相対的に公転させて、治具17に嵌め込まれた試験片Wをアブレシブ摩耗させ得る。
【0025】
油供給部12は、試験片Wに油を供給するものであり、チューブ31と、チューブ保持部材32と、図示外の油供給源とを有する。基台8の上面に、チューブ31を保持するチューブ保持部材32が固定されている。容器7の上端部には、チューブ31の先端部が嵌め込まれ同チューブ31に連通する連通孔が形成されている。この連通孔は、試験空間4内の絶対湿度に影響を及ぼさない孔である。またチューブ31の基端部に、油供給源が配管接続されている。これにより、チューブ31の先端部から容器7内の回転定盤5上に、油供給源から供給される油が連続滴下されるように構成されている。
【0026】
図1に示すように、分析手段3は、摩耗試験機2でアブレシブ摩耗させた試験片Wから拡散性水素を昇温離脱させて分析するものである。この分析手段3は、摩耗過程の後、試験片Wを分析する分析過程で用いられる。分析手段3として、例えば、四重極質量分析計またはガスクロマトグラムなどの検出器が用いられる。四重極質量分析計は、高周波と直流の重畳した四重極電場内における共鳴振動を利用してイオンを分離するものである。
【実施例】
【0027】
本発明を、実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
〈摩耗試験〉
図3(A)は、前記摩耗試験機2で試験する試験片Wの平面図であり、図3(B)は同試験片Wの正面図である。試験片Wは、厚さt(この例ではt=1mm)、直径D(この例ではD=12mm)の略円板状で、円周方向の一部が平坦に形成された平坦部Waを有し、治具との共回りを防止する形状に形成されている。この試験片Wは、転がり軸受用鋼(SUJ2)から成る。SUJ2の母材に順次、旋削、熱処理、研削の各工程を実施して試験片を製作した。熱処理はSUJ2の標準焼入焼戻条件である。
【0028】
図2(B)に示すように、治具17に嵌め込まれた3つの試験片Wの総摩耗面積は312mm、図2(A)に示す回転定盤5の上面に接着される研磨紙16の番手は200番、同研磨紙16の砥粒材質はエメリーである。回転定盤5の公転速度、治具17の自転速度は共に0.63m/s、試験片Wの面圧は85.6kPa、試験空間4の絶対湿度は20g/m、試験空間4の温度は30℃、試験時間は40minの条件下で、試験空間4内の湿度を数水準設定して摩耗試験を行なった。試験では、油供給部12により油を1ml/minで回転定盤5上に連続滴下した。
【0029】
摩耗試験(摩耗過程)終了後から40分後に水素分析(分析過程)を開始した。図4に昇温脱離水素分析で得られた水素放出プロファイルの例を示す。図中に矢印を付した100℃付近にピークを持って放出される水素が拡散性水素である。昇温速度は180℃/min、水素検出器は四重極質量分析器(略称QMS)である。図5に摩耗試験空間内の絶対湿度と試験片に侵入した拡散性水素量の関係を示す。横軸の絶対湿度が高くなるにつれて、縦軸の拡散性水素量が増加することから、摩耗試験で試験片に侵入する拡散性水素は試験空間内の絶対湿度に大きく依存するといえる。したがって、試験空間内の絶対湿度を制御することは、拡散性水素量を評価する上では必要な項目となる。
【0030】
図5から絶対湿度が最も低い場合には、試験片に侵入した拡散性水素量は0.02wt−ppm以下である。したがって、拡散性水素の検出感度を鑑みると、転動部材の材質の試験片の摩耗面積は100mm以上とすることが望ましく、300mm以上とすることがより望ましい。摩耗面積の下限を100mm2としたのは、その場合に0.015wt−ppmの拡散性水素が侵入する場合、バックグラウンドとのS/N比が悪くなって測定精度が低下すると試算される限界に相当するためである。
【0031】
前記の摩耗試験を油種、エメリー研磨紙の番手、試験片の面圧を変えた以下の8条件で行い、その後に前記の昇温脱離水素分析を行った。その結果を図6に示す。図6の横軸の数字1〜8は、以下の条件(1)〜(8)にそれぞれ対応するものである(図7についても同じ)。
試験条件
共通条件:
・ 3つの試験片の総摩耗面積:312mm
・ 公転と自転の周速:ともに0.63m/s
・ 試験空間の絶対湿度:20g/m
・ 試験空間の温度:30℃
・ 試験時間:40min
油種、エメリー研磨紙の番手、面圧の組合せ
(1):油A、220番、85kPa
(2):油B、220番、85kPa
(3):油B、400番、85kPa
(4):油B、220番、148kPa
(5):油C、220番、148kPa
(6):油C、220番、148kPa
(7):油A、SUJ2生材平板(Ra=1.6μm)、85kPa
(8):油B、800番、85kPa
【0032】
8条件のうち(1)と(7)では、どちらも油種はA、面圧は85kPaであるが、(1)の場合、エメリー研磨紙の番手は220番を使用し、拡散性水素量は0.103wt−ppmであったのに対して、(7)の場合はSUJ2生材平板(Ra=1.6μm)を使用し、拡散性水素量は0.002wt−ppmであった。(7)のように、摩耗が起きにくく、新生面が生成しにくい条件では拡散性水素を検出することが困難となる。
(2)、(3)と(8)では、いずれも油種はB、試験片の面圧は8.5kPaであるが、(2)はエメリー研磨紙の番手は220番を使用し、拡散性水素量は0.196wt−ppm、(3)はエメリー研磨紙の番手は400番を使用し、拡散性水素量は0.024wt−ppmであったのに対し、(8)はエメリー研磨紙の番手は800番を使用し、拡散性水素量は0.005wt−ppmであった。エメリー研磨紙の番手が800番(8)では摩耗が起きにくく新生面が生成しにくいため、鋼中への拡散性水素の侵入が微量となり検出が困難となるが、番手が400番(3)では800番(2)に比べて摩耗が起きやすく新生面が生成されるため、鋼中に侵入する拡散性水素量が増えるため、拡散性水素の検出は容易となる。さらに研磨紙の番手が220番(2)であると拡散性水素の検出はより容易となる。
【0033】
(4)は(2)に対して、試験片の面圧を85kPaから148kPaに高くしたが、ほぼ同等の拡散性水素が検出された。したがって、面圧を高くしても問題なく拡散性水素の検出が可能である。
(3)は(2)に比べて、拡散性水素量は検出可能な範囲であるが、大幅に減少した。エメリー研磨紙の番手が220番に対して400番では新生面の生成が少ないためである。しかし、(5)、(6)のように、試験片の面圧を148kPaに高めることで、エメリー研磨紙の番手が400番の場合でも、220番と同程度の拡散性水素が検出可能となる。
【0034】
上記の条件を変えた摩耗試験後の摩耗重量を図7に示す。
拡散性水素量が少ない(7)、(8)では摩耗量が0.015g以下であり、他の(1)〜(6)の条件に比べると明らかに摩耗重量が少なかった。これは摩耗が起きにくく新生面が生成しにくいため、鋼中への拡散性水素の侵入が少なかったことを示している。
一方で、摩耗重量と拡散性水素量には明確な比例関係は見られず、単純に摩耗を増やしても拡散性水素が増えるわけではなく、ある一定の摩耗が起きる条件で新生面が生成されることが必要と考えられる。
【0035】
作用効果について説明する。
この構成によると、摩耗過程において試験空間4内の絶対湿度を一定に保持して試験片Wをアブレシブ摩耗させるため、拡散性水素の侵入量を精度良く評価することができる。すなわち、摩耗試験で試験片Wに侵入する拡散性水素は、試験空間内の絶対湿度に大きく依存する。このため、試験空間内の絶対湿度を一定に保つことが、拡散性水素の侵入量を精度良く評価する上で好ましい。したがって、試験条件として評価に必要な拡散性水素量を確保すると共に、鋼中に拡散性水素が侵入し易い条件としたうえで摩耗過程を行い、その後、分析過程において鋼中に侵入する拡散性水素を精度よく分析することが可能となることで、例えば、鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などの耐水素侵入性を評価することができる。耐水素侵入性の高い鋼材、潤滑油、潤滑添加剤などを選択したり開発することが可能となる。
摩耗過程では、試験空間4内の温度を一定としても良い。試験空間4内の絶対湿度に加え、試験空間4内の温度も一定に保持することが、拡散性水素の侵入量のばらつきを抑えるために好ましい。拡散性水素の拡散速度は温度に依存するためである。
【0036】
摩耗過程では、試験片Wを下面に保持する治具17を回転定盤5上に対向させて設け、この治具17を、その回転軸心L1回りに自転させつつ回転定盤5に対し相対的に公転させて試験片Wをアブレシブ摩耗させるものとしたため、試験片Wを均一に摩耗させることができる。これにより、試験片Wの表面全体に新生面を生成することができる。試験片Wの摩耗面積の下限値を100mmとすることで、拡散性水素を検出量を所望量検出でき、検出精度を高めることができる。
回転定盤5上に貼付する研磨紙16の番手は、60番以上400番以下であるが、400番よりも研磨目が粗い番手である220番以下とすることがより望ましい。研磨紙16の番手が400番を超えると、試験片Wが均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。そのため、水素発生も不均一、かつ微量となり、検出結果にばらつきが生じやすくなり、検出結果の比較評価が困難になる。
【0037】
研磨紙16の砥粒材質はエメリーまたは炭化珪素である。研磨紙16の砥粒材質が、エメリーまたは炭化珪素以外の材質では、試験片Wが均一に摩耗せず、偏当たり状態となり、新生面が一部分にしか生成されない。そのため前記と同様の問題が生じる。前記炭化水素はエメリーと比べて硬度が高く、エメリーと同等あるいはそれ以上に新生面を生成しやすい。
回転定盤5に対する試験片Wの面圧を85KPa以上570KPa以下とすることで、試験片Wを均一に摩耗させ、いわゆる偏当たり状態となることを未然に防止し得る。
【0038】
分析過程において、検出器として四重極質量分析計を使用する場合、ガスクロマトグラムを使用するよりも検出感度を高めることができる。試験片Wに侵入する拡散性水素は、時間の経過とともに試験片W中から放出される。したがって、摩耗試験後から水素分析開始までの時間を短縮するのであれば、検出器はガスクロマトグラムを使用することが好ましい。
【符号の説明】
【0039】
1…検出システム
2…摩耗試験機
3…分析手段
4…試験空間
5…回転定盤
16…研磨紙
17…治具
W…試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗過程と、
この摩耗過程の後、前記試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析過程と、
を有する転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項2】
請求項1において、前記摩耗過程では、試験空間内の温度を一定とする転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記摩耗過程では、前記試験片を下面に保持する治具を回転定盤上に対向させて設け、この治具を、その回転軸心回りに自転させつつ回転定盤に対し相対的に公転させて試験片をアブレシブ摩耗させる転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記転動部材で用いる材料が鋼材から成る拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項5】
請求項4において、前記試験片の摩耗面積が100mm以上3000mm以下である転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項6】
請求項4または請求項5において、前記回転定盤上に貼付する研磨紙の番手が60番以上400番以下である転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項7】
請求項4ないし請求項6のいずれか1項において、前記回転定盤上に貼付する研磨紙の砥粒材質が、エメリーまたは炭化珪素である転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項8】
請求項4ないし請求項7のいずれか1項において、前記回転定盤に対する試験片の面圧を85KPa以上570KPa以下とした転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、前記分析過程では、前記試験片から拡散性水素を検出する検出器がガスクロマトグラムである転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9のいずれか1項において、前記分析過程では、前記試験片から拡散性水素を検出する検出器が四重極質量分析計である転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項において、前記転動部材で用いる材料が、転がり軸受用材料である転動部材への拡散性水素侵入の検出方法。
【請求項12】
試験空間内の絶対湿度を一定に保持し、前記試験空間内において転動部材で用いる材料から成る試験片を、回転定盤上でアブレシブ摩耗させる摩耗手段と、
前記摩耗手段でアブレシブ摩耗させた試験片から拡散性水素を昇温離脱させて分析する分析手段と、
を有する転動部材への拡散性水素侵入の検出システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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