説明

過敏性腸症候群判定マーカー

【課題】過敏性腸症候群の発症や重症度を判定するマーカー及び判定方法、並びに当該マーカーを利用した過敏性腸症候群の予防治療やQOLの改善に有効な安全性の高い医薬、飲食品を提供する。
【解決手段】被験者由来の検体中の短鎖脂肪酸濃度を測定すれば、過敏性腸症候群の発症や重症度を判定できること、また、この物質の濃度上昇抑制を指標とすれば過敏性腸症候群予防・治療剤や過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤のスクリーニングが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過敏性腸症候群の発症やその重症度を判定するマーカー及びその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome;IBS)は、腹痛と便通異常(下痢、便秘等)の消化器症状が持続し、その原因となる器質的疾患(炎症や潰瘍等)が見当たらない機能的疾患である。神経的なストレスがその原因の一つと考えられており、仕事や人間関係の悩みが多い現代社会では大きな問題となっている。過敏性腸症候群の治療は、生活習慣と食事の改善が基本となり、便秘や下痢の症状を改善するために腸の運動を調整する腸運動調整薬や鎮痙薬、抗うつ薬、軽い精神安定剤等が使用され、ストレスや緊張をやわらげる自律訓練法等の精神療法を指導する場合もあるが、根本的な治療法は未だ確立されていないのが現状である。
【0003】
近年、過敏性腸症候群の予防・治療作用を有する物質の探索が精力的に行われており、これまでにラクトバチルス、ラクトコッカス、ビフィドバクテリウム及びストレプトコッカス属の乳酸菌(特許文献1)、ラクトバチルス・サリバリウス(特許文献2)、オリゴ糖類(特許文献3)、ラクトバチルス・ガセリの菌体又はその発酵産物(特許文献4)、β−ヒドロキシ短〜中鎖脂肪酸重合体(特許文献5)等が報告されているが、これらのいずれについても未だ十分な効果が得られていない。そこで、更なる物質の探索が急務となっている。
【0004】
しかしながら、ヒトが過敏性腸症候群を発症しているか否かの判別は難しく、特にその重症度を判別する方法や指標となる生体マーカーが確立されていなかったため、過敏性腸症候群の予防・治療作用を有する物質の探索を十分に行うことができなかった。また、過敏性腸症候群患者に対し、重症度に応じた適切な治療を実施することも困難な状況にあった。さらに、患者のQOL(Quality of Life)の改善作用を有する物質についても未だ報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−175615号公報
【特許文献2】特表2004−502633号公報
【特許文献3】特表2004−504332号公報
【特許文献4】特開2003−95963号公報
【特許文献5】国際公開第05/021013号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、過敏性腸症候群の発症や重症度を判定するマーカー及び判定方法、並びに当該マーカーを利用した過敏性腸症候群の予防治療やQOLの改善に有効な安全性の高い医薬、飲食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者らは、IBS患者と非IBS患者(健常者)の糞便を解析することにより、過敏性腸症候群の発症、重症度判定マーカーの探索を行った。
その結果、糞便中の短鎖脂肪酸、特にプロピオン酸の濃度が過敏性腸症候群の重症度や患者のQOLの低下と正の相関があること、具体的には患者の短鎖脂肪酸濃度が健常者の濃度より高いこと、またその濃度が高くなるほどその重症度が高くなることやQOLが低下することを見出した。
さらに検討した結果、被験者由来の検体中の短鎖脂肪酸濃度を測定すれば、過敏性腸症候群の発症や重症度を判定できること、また、この物質の濃度上昇抑制を指標とすれば過敏性腸症候群予防・治療剤や過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤のスクリーニングが可能になることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
なお、従来の知見では、プロピオン酸等の短鎖脂肪酸が過敏性腸症候群の予防・治療に有効であると報告されているにもかかわらず(特許文献3、5)、上記のように短鎖脂肪酸が過敏性腸症候群の発症や重症度の判定マーカーとなり得るとの本発明で得られた知見は、従来の報告と相反する全く新規の知見である。
【0009】
すなわち、本発明は、短鎖脂肪酸又はその塩からなる過敏性腸症候群判定マーカーを提供するものである。
【0010】
また、本発明は、検体中の短鎖脂肪酸又はその塩を測定することを特徴とする過敏性腸症候群の判定方法を提供するものである。
また、本発明は、検体中の短鎖脂肪酸又はその塩を測定するための試薬を含むことを特徴とする上記判定方法を実施するためのキットを提供するものである。
【0011】
また、本発明は、短鎖脂肪酸又はその塩の濃度上昇抑制を指標とする過敏性腸症候群予防・治療剤のスクリーニング方法を提供するものである。
また、本発明は、上記過敏性腸症候群予防・治療剤のスクリーニング方法により得られた過敏性腸症候群予防・治療剤を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、短鎖脂肪酸又はその塩の濃度上昇抑制を指標とする過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤のスクリーニング方法を提供するものである。
また、本発明は、上記QOL改善剤のスクリーニング方法により得られた過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の過敏性腸症候群判定マーカーを用いれば、個々の被験者における過敏性腸症候群の発症や重症度を的確かつ簡便に判定でき、過敏性腸症候群患者に対してより適切な治療を実施することが可能となる。また、このマーカーを用いれば、有効かつ安全な過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】IBS患者と健常成人の糞便中プロピオン酸濃度を示すグラフである。
【図2】IBS患者の糞便中プロピオン酸濃度と腹痛の程度を示すグラフである。
【図3】IBS患者の糞便中プロピオン酸濃度とお腹の張る程度を示すグラフである。
【図4】IBS患者の糞便中酢酸濃度と腹部症状スコアの相関にビフィドバクテリウム・ブレーベ(BBG−01)が及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明における過敏性腸症候群の判定マーカーは、短鎖脂肪酸及び/又はその塩である。
本発明における短鎖脂肪酸又はその塩とは、ヒドロキシ基を有していてもよい炭素数6以下の直鎖状又は分岐鎖状の飽和又は不飽和の脂肪族モノ若しくはジカルボン酸又はその塩である。当該塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられる。当該短鎖脂肪酸としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、乳酸、コハク酸等が挙げられ、このうち酢酸、プロピオン酸又は酪酸が好ましく、特にプロピオン酸が好ましい。ここでいう短鎖脂肪酸には、単一の短鎖脂肪酸及び2種以上の短鎖脂肪酸の混合物も含まれる。
特に、短鎖脂肪酸又はその塩(以下、単に短鎖脂肪酸という。)の中でも、プロピオン酸は単独で上記マーカーとなり得るため、短鎖脂肪酸としてプロピオン酸を利用することが好ましい。
【0016】
後記試験例に示すように、IBS患者の糞便中の短鎖脂肪酸、特にプロピオン酸は、非IBS患者(健常者)と比較して有意に上昇しており、IBS患者においては、その重症度やQOLの低下と正の相関があった。従って、短鎖脂肪酸、特にプロピオン酸は、過敏性腸症候群の判定マーカーとして有用である。
【0017】
本発明のマーカーの対象となる過敏性腸症候群には下痢型、便秘型、混合型の3種があり、本発明のマーカーはいずれの型の過敏性腸症候群でも利用することができる。
ここで、「便秘型」とは、硬便や兎糞状の便が出る割合が高い症状をいう。また「下痢型」とは、軟便や水様便が出る割合が高い症状をいう。また、「混合型」とは、上記「便秘型」と「下痢型」を交互に発症する状態をいう。
【0018】
本発明のマーカーを用いて過敏性腸症候群の判定、特に過敏性腸症候群の発症及び/又は重症度を判定するには、検体中の短鎖脂肪酸を測定すればよい。
ここで、検体としては、被験者由来の生体試料、例えば胃液、腸液、糞便等の消化管内容物が挙げられるが、糞便が特に好ましい。
【0019】
検体中の短鎖脂肪酸の測定手段は、検体や被測定対象物質により適宜決定すればよく、例えばHPLC、ガスクロマトグラフィー等により測定可能である。被測定対象物質をプロピオン酸とする場合も同様にHPLC、ガスクロマトグラフィー等により測定可能である。検体を糞便とする場合は、HPLCが好ましい。
【0020】
被験者において過敏性腸症候群の発症を判定するには、被験者由来の生体試料(検体ともいう。)中の短鎖脂肪酸濃度を測定し、所定の標準濃度より高いと判断される濃度を有する場合は、過敏性腸症候群を発症していると判定できる。
ここで、所定の標準濃度として、健常者由来の生体試料中の短鎖脂肪酸濃度を標準濃度とするのが好ましい。
【0021】
また、IBS患者における重症度を判定する場合は、被験者由来の生体試料中の短鎖脂肪酸濃度を測定し、短鎖脂肪酸濃度が高いほど重症と判定することができるが、重症度の段階に応じて予め設定された所定濃度範囲の濃度を有する場合は、当該重症度の段階であると判定できる。なお、IBS患者のQOLの判定も、重症度の判定と同様にして実施することができる。
ここで、所定の標準濃度として、健常者由来の生体試料中の短鎖脂肪酸濃度を標準濃度としてもよいし、過敏性腸症候群の患者由来の短鎖脂肪酸濃度を標準濃度としてもよい。
【0022】
具体的に、一例として、被験者の検体として糞便を採取し、希釈液で10倍希釈後、希釈された検体中の短鎖脂肪酸濃度を測定し、検体1g当りのμmolを算出する。算出結果を、所定の標準濃度、例えば健常者の短鎖脂肪酸濃度(μmol/検体1g)と比較し、過敏性腸症候群の発症を判定する。
更に、患者の重症度を判定する場合には、例えば、重症度(高)と重症度(低)の2段階に予め設定した標準濃度と比較し、その濃度範囲に該当するものを過敏性腸症候群の重症度(高)又は重症度(低)と判定する。
このとき、希釈液としては、各消化管内容物に応じて一般的に使用される検体希釈液であればよい。
【0023】
より具体的に、上記判定マーカーをプロピオン酸とし、被験者の過敏性腸症候群を判定する場合、検体1g当りのプロピオン酸の標準濃度(健常者)を15μmol/gとし、15μmol/g以上30μmol/g未満は過敏性腸症候群の発症が疑われ、これより高い(30μmol/g以上)と判断される際に過敏性腸症候群と判定する。
また、患者の過敏性腸症候群の重症度を判定する場合の濃度範囲は、重症度(高)では20μmol/g以上、重症度(低)では20μmol/g未満である。
【0024】
本発明の過敏性腸症候群の判定方法、特に過敏性腸症候群の発症の判定方法及び/又は重症度の判定方法を実施するには、検体中の短鎖脂肪酸を測定するための試薬を含むキットを用いることが好ましい。当該キットには、短鎖脂肪酸測定試薬の他に、測定試薬の使用方法、並びに過敏性腸症候群の判定方法、特に過敏性腸症候群の発症及び/又は重症度を判定するための基準、測定結果に影響を与える要因とその影響の程度等が含まれる。当該判定基準には、短鎖脂肪酸の標準濃度、高いと判断される濃度等が含まれ、重症度の判定においては重症度の段階に応じて予め設定された所定濃度範囲等が含まれ、これらの濃度は、対象とする検体、被測定対象物質、過敏性腸症候群の類型ごとに設定することが可能である。当該基準を用いて前記判定方法のように判定することができる。
【0025】
短鎖脂肪酸の濃度上昇抑制を指標とすれば、過敏性腸症候群予防・治療剤や過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤がスクリーニングできる。ここで、指標とする「濃度上昇抑制」とは、被検物質を投与した後に短鎖脂肪酸の濃度が維持された場合、被検物質を投与した後に短鎖脂肪酸の濃度が低下した場合、投与前後を対比して短鎖脂肪酸の濃度の増加(上昇)が抑制された場合を含む概念である。すなわち、in vitro又はin vivoにおいて短鎖脂肪酸の濃度を低下させた又は濃度の増加を抑制した被検物質は、過敏性腸症候群の予防・治療作用や過敏性腸症候群発症時のQOL改善作用を有するものと判断する。
特に、酢酸又はプロピオン酸の濃度上昇抑制を指標とすることが好ましい。
例えば、ヒト(特に過敏性腸症候群患者)やマウス、ラット又はウサギ等の実験動物に被検物質を投与して、未投与のヒトや実験動物と比較し、当該被検物質が消化管内容物の短鎖脂肪酸の濃度の増加を抑制するか否かを判定する。当該被検物質が短鎖脂肪酸の濃度の増加を抑制する物質(短鎖脂肪酸濃度上昇抑制物質ともいう)と判定された際には、当該被検物質を過敏性腸症候群予防・治療剤や過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤として利用できる。
具体的な例として、後記試験例に示すように、IBS患者の症状の悪化に伴い酢酸が増加するが、ビフィドバクテリウム・ブレーベの投与により、IBS症状の改善がみられると共に、症状の悪化と相関した酢酸濃度の増加が抑制されることが明らかとなった。従って、ビフィドバクテリウム・ブレーベは、過敏性腸症候群予防・治療剤や過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤として有用である。
【0026】
具体的に例えば、上記スクリーニングにより得られる短鎖脂肪酸濃度上昇抑制物質としては、短鎖脂肪酸と特異的に結合する物質、短鎖脂肪酸を分解する物質、短鎖脂肪酸を他の物質に変換する物質、短鎖脂肪酸の代謝を促進する物質、短鎖脂肪酸の吸収を促進する物質等が挙げられ、短鎖脂肪酸を分解する物質としては酢酸資化性菌、プロピオン酸資化性菌、短鎖脂肪酸を他の物質に変換する物質としてはプロピオネートキナーゼ等が挙げられる。特に、酢酸又はプロピオン酸の濃度を低下させる物質が好ましい。
【0027】
上記スクリーニングにより得られた過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤の投与量に厳格な制限はなく、対象者や過敏性腸症候群の重症度等の様々な使用態様によって得られる効果が異なるため、適宜投与量を設定することが望ましい。また、経口投与又は非経口投与のいずれも使用できるが、経口投与が好ましい。投与に際しては、有効成分である短鎖脂肪酸濃度上昇抑制物質を投与方法に適した固体又は液体の医薬用無毒性担体と混合して、慣用の医薬品製剤の形態で投与することができる。
【0028】
このような製剤としては、例えば、錠剤、顆粒剤、散在、カプセル剤等の固形剤、溶液剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、凍結乾燥剤等が挙げられる。これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。上記の医薬用無毒性担体としては、例えば、澱粉、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。また、必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。
さらに、有効成分である上記短鎖脂肪酸濃度上昇抑制物質は単剤で投与するほか、過敏性腸症候群の治療作用が報告されている公知の製剤、例えばポリカルボフィルカルシウム製剤との合剤を製造して、各有効成分を同時に投与してもよい。また、上記短鎖脂肪酸濃度上昇抑制物質と公知の製剤は、それぞれ別個の製剤の組み合せであってもよく、それらの成分はそれぞれ別の投与経路であってもよい。
【0029】
また、上記スクリーニングにより得られた過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候
群発症時のQOL改善剤は、上記のような医薬品製剤として用いるだけでなく、飲食品等として用いることもできる。飲食品として用いる場合は、そのまま、又は種々の栄養成分を加えて、飲食品中に含有せしめればよい。この飲食品は、過敏性腸症候群の予防や治療、QOL改善に有用な保健用食品又は食品素材として利用でき、これらの飲食品又はその容器には、前記の効果を有する旨の表示を付してもよい。
具体的に、当該過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤を飲食品に配合する場合は、飲食品として使用可能な添加剤を適宜使用し、慣用の手段を用いて食用に適した形態、例えば、顆粒状、粒状、錠剤、カプセル、ペースト等に成形してもよく、また種々の食品、例えば、ハム、ソーセージ等の食肉加工食品、かまぼこ、ちくわ等の水産加工食品、発酵乳、乳酸菌飲料、発酵豆乳、発酵果汁、発酵植物液等の発酵飲食品、パン、菓子、バター、粉乳に添加して使用したり、水、果汁、牛乳、清涼飲料、茶飲料等の飲料に添加して使用してもよい。なお、飲食品には動物の飼料も含まれる。
【0030】
過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤の有効成分がビフィドバクテリウム・ブレーベである場合、従来より飲食品として利用され、その安全性も確認されているものであることから、これを過敏性腸症候群予防・治療剤、過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤として使用する場合の投与量に厳格な制限はないが、その好適な投与量は生菌数として1日当たり105cfu〜1013cfuであり、特に107cfu〜1012cfuが好ましい。また、ビフィドバクテリウム・ブレーベの利用形態は特に制限されず、凍結乾燥したものであってもよく、あるいはこれら細菌を含む培養物として利用することもできるが、いずれの形態であっても細菌が生菌の状態であることが好ましい。ビフィドバクテリウム・ブレーベを飲食品として利用する場合は、ビフィドバクテリウム・ブレーベを生菌の状態で含有する発酵乳飲食品、発酵豆乳、発酵果汁、発酵野菜汁等の発酵飲食品が好適に用いられ、特に発酵乳飲食品の利用が好ましい。これら発酵乳飲食品の製造は常法に従い製造することができる。このようにして得られる発酵乳飲食品は、シロップ(甘味料)を含有しないプレーンタイプ、ソフトタイプ、フルーツフレーバータイプ、固形状、液状等のいずれの形態の製品とすることもできる。
【0031】
以下、試験例、実施例を挙げて本発明の内容をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら制約されるものではない。
【0032】
試験例1 IBS患者と非IBS患者の比較試験
〔1〕材料と方法
(A)被験者:
IBS患者(ローマII基準(Shinozaki M. et al., J Gastroenterol. 41:491-494, 2006)でIBSと診断しうる患者)26例および健常成人(ローマII基準と問診でIBSの有無を診断し、消化器症状の全くない健常者)26例を対象とした。IBS患者、健常成人の年齢はそれぞれ21.7±2.0歳、22.9±2.9歳、男女比は両群とも1:1であった。
【0033】
(B)短鎖脂肪酸分析:
被験者の糞便を嫌気グローブボックス内で秤量して、糞便1質量当り9倍容量の希釈液を添加し、10倍希釈液を作製した。この10倍希釈液8容に10%過塩素酸溶液1容および100mMクロトン酸溶液1容を混合し、4℃で一晩静置した後、測定まで−80℃で凍結保存した。
測定直前に上記混合液を凍結融解し、遠心上清を高速液体クロマトグラフィーで分析した。
定量は絶対検量線法と2点(0.01および0.2 μmol/ 10 μl)検量線法で行った。
標準物質には酢酸、酪酸、イソ酪酸、ギ酸、プロピオン酸、コハク酸、吉草酸およびイソ吉草酸のナトリウム塩と乳酸リチウムの計9種類(全て関東化学株式会社製のHPLCグレード)を用い、これら9種の有機酸の総和を総短鎖脂肪酸とした。分析は以下の条件で行っ
た。
【0034】
分析条件
溶離液:15 mM過塩素酸+7 % アセトニトリル
pH調整剤:15 mM過塩素酸+60 mMトリスヒドロキシメチルアミノメタン+
7 % アセトニトリル
分離カラム:有機酸分析用カラムRSpak KC-811×2 (昭和電工)
カラム温度:42℃
検出器:432電気伝導度検出器 (Waters)
セル温度:45℃
流速:1.0 ml/分
【0035】
(C)IBS患者の症状の検査
以下の質問および質問紙により、IBS患者の症状を検査した。さらに、IBS患者で糞便の
プロピオン酸濃度が平均値より高い患者と低い患者に分け、スコアを比較した。
(ア)腹痛の程度を0から100の数値で示すよう質問した(0が痛みなしで100が非常にひどい)。
(イ)お腹の張る程度を0から100の数値で示すよう質問した(0が痛みなしで100が非常にひどい)。
(ウ)Gastrointestinal Symptoms Rating Scale;GSRS(症状推移判定用質問紙)
(エ)Self-reported IBS Questionnaire;SIBSQ(症状推移判定用質問紙)
(オ)Short-Form 36-Item Health Survey;SF-36(登録商標)(QOL用質問紙)
(カ)Tronto Alexithymia Scale;TAS20(アレキシサイミア質問紙)
(キ)State-Trait Anxiety Inventory;STAI(不安測定質問紙)
【0036】
〔2〕結果
(A)IBS患者の糞便中の総短鎖脂肪酸濃度(p=0.014)、プロピオン酸濃度(p=0.025
)(図1)は、健常成人に比べて有意に高かった。
健常人のプロピオン酸濃度の平均値は15 μmol/g 、最大値は30 μmol/gであり、IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値は20 μmol/g、最大値は40 μmol/gであり、便のプロピオン酸濃度30 μmol/g以上はIBSの発症が疑われる濃度と判断された。
【0037】
(B)IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値(20 μmol/g)より高い患者と低い患者の
腹痛の程度、お腹の張る程度を比較すると、プロピオン酸濃度の高い群では腹痛の程度(p=0.046)、お腹の張る程度(p<0.001)が有意に悪化していた(図2、図3)。IBS患者
の総短鎖脂肪酸濃度の平均値(107 μmol/g)より高い患者と低い患者のお腹の張る程度
を比較すると、総短鎖脂肪酸濃度の高い群ではお腹の張る程度が有意に悪化していた(p=0.013)。
【0038】
(C)IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のGastrointestinal Symptoms Rating Scaleのスコアを比較すると、プロピオン酸濃度の高い群では有意に
スコアの増加が見られ(p=0.036)、IBS患者の便のプロピオン酸濃度と腹部関連症状の悪化との相関が示された。
【0039】
(D)IBS患者の酪酸濃度の平均値(11 μmol/g)より高い患者と低い患者のSelf-reported IBS Questionnaireのスコアを比較すると、酪酸濃度の高い群ではスコアの有意な増加が見られ(p=0.029)、IBS患者の便のプロピオン酸濃度と腹部症状の悪化との相関が示された。
【0040】
(E)IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のShort-Form 36-Item Health Surveyのスコアを比較すると、プロピオン酸濃度の高い群では「全体的健康
感」のスコアの有意な低下が認められ(p=0.017)、IBS患者の便のプロピオン酸濃度とQOLの低下との相関が示された。IBS患者の酪酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のShort-Form 36-Item Health Surveyのスコアを比較すると、酪酸濃度の高い群では「全体
的健康感」(p=0.036)、「体の痛み」(p=0.034)のスコアの有意な低下が認められ、IBS患者の便の酪酸濃度とQOLの低下との相関が示された。
【0041】
(F)IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のTronto Alexithymia Scaleのスコアを比較すると、プロピオン酸濃度の高い群では有意にスコアの増加が
見られ(p=0.031)、IBS患者の便のプロピオン酸濃度とアレキシサイミア傾向の相関が示された。
【0042】
(G)IBS患者のプロピオン酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のState-Trait Anxiety Inventoryのスコアを比較すると、プロピオン酸濃度の高い群では有意にスコアの上
昇が見られ(p=0.023)、IBS患者の便のプロピオン酸濃度と不安の大きさとの相関が示された。また、IBS患者の総短鎖脂肪酸濃度の平均値より高い患者と低い患者のState-Trait
Anxiety Inventoryのスコアを比較すると、総短鎖脂肪酸濃度の高い群では有意にスコアの増加が見られた(p=0.046)。IBS患者の便の総短鎖脂肪酸濃度と不安の大きさとの相関が示された。
【0043】
(H) 便の短鎖脂肪酸、特にプロピオン酸濃度はIBSの発症、重症度、QOLの低下との相関があり、IBSの発症、重症度、QOLの低下の判定マーカーとなり得ることが示された。
【0044】
試験例2 IBS患者へのビフィドバクテリウム・ブレーベ飲用試験
〔1〕材料と方法
(A)被験者:
IBS患者(ローマII基準(Shinozaki M. et al., J Gastroenterol. 41:491-494, 2006
)でIBSと診断しうる患者)54例を無作為に2群に分け、BBG-01(ビフィドバクテリウム・ブレーベ 109/包)またはプラセボを1日3包、8週間飲用させた。
(B)試験例1と同様に短鎖脂肪酸を分析した。飲用前後の酢酸濃度の変化量(μmol/g)は、(飲用8週目の濃度 − 飲用開始1週または2週前の濃度)により算出した。
(C)IBS患者の症状の検査
Self-reported IBS Questionnaire;SIBSQ(症状推移判定用質問紙)によりIBSの症状を検査した。SIBSQのスコアが大きいほど、症状の悪化を示す。飲用前後の腹部症状スコアの変化量は、(飲用8週目のスコア − 飲用開始1週前のスコア)により算出した。
〔2〕結果
(A) SIBSQの複合スコア(腹痛、腹部不快感、軟便)で比較すると、BBG-01群はプラセボ群より有意に改善していた(分散分析:投与期間の効果p<0.0001、被検物質と投与期間の交互作用 p=0.036)。
(B) プラセボ群ではSIBSQの飲用前後の変化量と糞便中の酢酸濃度の変化量の間に有意な正の相関が見られた(r=0.38、p=0.05)。酢酸は自然経過ではIBS症状の悪化と相関して増加するが、BBG-01の飲用によりIBS症状が改善されると共に、症状の悪化と相関した酢酸濃度の増加を抑制できることが明らかとなった(図4)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
短鎖脂肪酸又はその塩からなる過敏性腸症候群判定マーカー。
【請求項2】
短鎖脂肪酸又はその塩がプロピオン酸又はその塩であることを特徴とする請求項1記載の過敏性腸症候群判定マーカー。
【請求項3】
過敏性腸症候群の発症及び/又は重症度を判定するマーカーである請求項1又は2記載の過敏性腸症候群判定マーカー。
【請求項4】
検体中の短鎖脂肪酸又はその塩を測定することを特徴とする過敏性腸症候群の判定方法。
【請求項5】
短鎖脂肪酸又はその塩がプロピオン酸又はその塩であることを特徴とする請求項4記載の判定方法。
【請求項6】
過敏性腸症候群の発症及び/又は重症度を判定するものである請求項4又は5記載の判定方法。
【請求項7】
検体が被験者由来の消化管内容物であることを特徴とする請求項4〜6のいずれか1項記載の判定方法。
【請求項8】
消化管内容物が糞便であることを特徴とする請求項7記載の判定方法。
【請求項9】
検体中の短鎖脂肪酸又はその塩を測定するための試薬を含むことを特徴とする請求項4〜8のいずれか1項記載の判定方法を実施するためのキット。
【請求項10】
短鎖脂肪酸又はその塩の濃度上昇抑制を指標とする過敏性腸症候群予防・治療剤のスクリーニング方法。
【請求項11】
短鎖脂肪酸又はその塩がプロピオン酸又はその塩であることを特徴とする請求項10記載のスクリーニング方法。
【請求項12】
請求項10又は11記載の方法により得られた過敏性腸症候群予防・治療剤。
【請求項13】
短鎖脂肪酸又はその塩の濃度上昇抑制を指標とする過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤のスクリーニング方法。
【請求項14】
短鎖脂肪酸又はその塩がプロピオン酸又はその塩であることを特徴とする請求項13記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
請求項13又は14記載の方法により得られた過敏性腸症候群発症時のQOL改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−229456(P2009−229456A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−43812(P2009−43812)
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】