説明

過酸化物の定量方法

【課題】 従来のAFTA法に比べて、検出感度が高く、1〜100μMの濃度範囲で定量性に優れた過酸化物の定量方法の提供。
【解決手段】 1〜100μMの過酸化物を定量するにあたり、過酸化物を含有する試料500μlに対し、酸と硫酸アンモニウム鉄(II)を順次添加し、次いで飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl添加して、反応終了後の試料の吸光度を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内、または生体外に含まれる微量の過酸化物を定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内酸化を防止または低減する抗酸化剤や該抗酸化剤を含有する抗酸化食品は、生体内酸化が原因と目される疾患の予防・治療につながると考えられ、機能性食品あるいは健康食品として注目されている。そこで、近年これら抗酸化食品の開発にあたり、生体内または食品中における過酸化物の蓄積状況について簡便に測定評価する方法が重要視されている。
【0003】
これまでに過酸化物を定量する方法は数多く提案されており、例えば、紫外吸収スペクトル法、蛍光法、カタラーゼ法、ヨードメトリー法、高速液体クロマトグラフィー法、ガスクロマトグラフィー法、TBA法、メチレンブルー−ヘモグロビン法、アンモニウムフェロチオシアネート酸法等が成書により記載されている(非特許文献1〜3参照)。
【0004】
上記のうち、アンモニウムフェロチオシアネート酸法(以下、「AFTA法」と略す)は、過酸化物含有試料にトリクロロ酢酸を加えた後、硫酸アンモニウム鉄(II)とチオシアン酸カリウムを加え、標準物質として既知の過酸化物(1〜50μM)の検量線を用いて、上記で得られた反応試料のλ=480nmにおける吸光度を測定して該試料中の過酸化物濃度を定量する方法である(非特許文献4参照)。
【0005】
【非特許文献1】奥山治美・菊川清見編、日本脂質栄養学会監修、「脂質栄養と脂質過酸化」、学会出版センター
【非特許文献2】吉川敏一、河野雅弘、野原一子共著、「活性酸素・フリーラジカルの全て」、丸善株式会社
【非特許文献3】五十嵐脩、島崎弘幸編著、「生物化学実験法 過酸化脂質・フリーラジカル実験法」、学会出版センター
【非特許文献4】Sterphen D. Barr et al., Role of Peroxidoxins in Leishmania chagasi Survival,The Journal of Biological Chemistry,vol.278,No.12,pp.10816-10823,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者らが検討したところ、従来のAFTA法では、過酸化物の検出濃度範囲を1〜100μMに広げると、標準物質の検量線が直線からずれる傾向が顕著になり、上記の濃度範囲では定量性に欠けることが判明した。また、従来のAFTA法では、検出感度についても満足できるものではなく、さらなる改善が求められているところである。
【0007】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、従来のAFTA法に比べて、検出感度が高く、1〜100μMの濃度範囲で定量性に優れた過酸化物の定量方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、1〜100μMの過酸化物を含有する過酸化物含有試料に対し、添加するチオシアン酸カリウム量を増やすことで、従来のAFTA法に比べて、検出感度が高く、1〜100μMの濃度範囲で定量性に優れることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
〔1〕 1〜100μMの過酸化物を定量するにあたり、過酸化物を含有する試料500μlに対し、酸と硫酸アンモニウム鉄(II)を順次添加し、次いで飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl添加して、反応終了後の試料の吸光度を測定することを特徴とする、過酸化物の定量方法、
〔2〕 飽和チオシアン酸カリウムとして2.5M以上のものを用いることを特徴とする、前記〔1〕記載の過酸化物の定量方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、1〜100μMの過酸化物を定量するにあたり、過酸化物を含有する試料500μlに対し、酸と硫酸アンモニウム鉄(II)を順次添加し、次いで飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl添加して、反応終了後の試料の吸光度を測定するので、従来のAFTA法に比べて、検出感度が高く、定量性に優れた過酸化物の定量方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、1〜100μMの過酸化物を定量するにあたり、過酸化物を含有する試料500μlに対し、酸と硫酸アンモニウム鉄(II)を順次添加し、次いで飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl添加して、反応終了後の試料の吸光度を測定することを特徴とするものである。
【0012】
本発明において「過酸化物」とは、親水性の高い過酸化物から親水性の低い(すなわち、疎水性の高い)過酸化物全般を意味し、具体的には、3種類の過酸化物、すなわち、過酸化水素、有機過酸化物および過酸化脂質を包含したものをいう。有機過酸化物としては、例えば、クメンヒドロペルオキシドやt−ブチルヒドロペルオキシドなどが挙げられる。また、過酸化脂質としては、不飽和脂肪酸の過酸化物であるリノール酸ヒドロペルオキシドやアラキドン酸ヒドロペルオキシドなどが挙げられる。
【0013】
また、本発明において過酸化物濃度を定量する対象としての被検試料は、生物由来試料(例えば、菌体の培養物、一般の食品等)から調製したものであって、過酸化物濃度が1〜100μMのものをいう。なお、被検試料中の過酸化物濃度が100μMを超える場合に、該試料中の過酸化物濃度を1〜100μMに希釈したものは、被検試料に含まれる。被検試料の調製方法は、前記生体材料の状態・性質などに応じて適宜選択すればよく特に限定されないが、例えば、生物由来試料として固体状の食品を用いる場合、ホモジナイザー等を用いて該食品をホモジナイズし、公知の水系溶媒(例えば、水、メタノール、エタノール等)または公知の有機溶媒(例えば、ジエチルエーテル、ヘキサン等)を用いて抽出する方法が挙げられる。また、生物由来試料として菌体培養物を用いる場合、該培養物を遠心処理する方法が挙げられる。また、本発明において過酸化物を定量する目的は特に限定されず、例えば、生物由来試料中の過酸化物濃度を検査値として測定するため、あるいは生物由来試料中において過酸化物が関与する反応を追跡するため等種々の目的を達成するために適用され得る。
【0014】
続いて、実施形態の一例として、被検試料500μlを用いて、該試料中の過酸化物濃度を測定する操作手順について説明する。まず、被検試料500μlに対して酸を300〜700μl、好ましくは同容量(500μl)添加する。酸としては、有機酸、無機酸のいずれでもよく、例えば、塩酸、トリクロロ酢酸、酢酸等が挙げられ、これらは単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。このように被検試料に酸を添加することで、被検試料中に存在する酵素の活性を低下させる。
【0015】
次いで、酸を添加した試料に対して、10mM 以上の硫酸アンモニウム鉄(II)を100〜150μl添加する。かかる操作により、過酸化物と過剰量のFe2+とが反応してFe3+が生成する。
【0016】
続いて、硫酸アンモニウム鉄(II)を添加した試料に対して、飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl、好ましくは500μl以上添加する。「飽和チオシアン酸カリウム」とは、チオシアン酸カリウムをほぼ飽和濃度まで溶解した水溶液をいい、好ましくは2.5M以上のチオシアン酸酸カリウム水溶液をいう。かかる操作により、Fe3+とチオシアン酸カリウム(KSCN)とが反応してFe(SCN)が生成する。生成したFe(SCN)の濃度にもよるが、この試料は、通常赤色を呈する。
【0017】
そして、反応終了後の試料の吸光度をλ=480nm前後で測定し、あらかじめ作成した既知の過酸化物含有試料(1〜100μM)の検量線に基づいて、上記試料中の過酸化物濃度を求める。本発明によれば、1〜100μMの濃度範囲にわたって直線性に優れた検量線を作成することができるので、従来のAFTA法に比べて、定量可能な濃度範囲を広げることができる。また、検出感度も従来のAFTA法に比べて有意に優れたものとなる。
【0018】
なお、被検試料が500μlと異なる場合は、該被検試料の容量に応じて、上記添加試薬の添加量を適宜調整すればよい。すなわち、本発明の「過酸化物を含有する試料500μlに対し」とは、過酸化物を含有する被検試料500μlを基準とする場合を意味し、上記した添加試薬の添加量を上記の説明に応じて適宜変更した場合は、被検試料が500μlと異なってもよい。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を示して本発明を詳細に説明するが、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【0020】
1.検量線の作成
1.1 本発明の方法を用いた検量線の作成
過酸化水素、t−ブチルヒドロペルオキシド又はクメンヒドロペルオキシドを50mMリン酸緩衝液(2mM エチレンジアミン四酢酸と4%(w/v)硫酸アンモニウムを含む)に溶解して、6.25μM、12.5μM、25μM、50μM 及び100μMの過酸化物を含む標準試料を調製した。次に、2.0ml用エッペンドルフチューブに前記標準試料を500μl採取し、10%(w/v)トリクロロ酢酸水溶液を500μl加えて撹拌した。続いて、トリクロロ酢酸を加えた試料に対し、0.01N硫酸で溶解した10mM硫酸アンモニウム鉄(II)を100μl加えて撹拌した。そして、硫酸アンモニウム鉄(II)を加えた試料に対し、2.5M チオシアン酸カリウムを500μl加えて撹拌した。反応終了後の各試料について、ダブルビーム分光光度計を用いてλ=480nmで吸光度を測定した。上記標準試料中の過酸化物濃度に対する吸光度をそれぞれプロットしたものを図1に示す。
【0021】
1.2 従来のAFTA法を用いた検量線の作成
12.5μM、25μM、50μM 及び100μMの過酸化物を含む標準試料を調製した点、2.5M チオシアン酸カリウムを100μl加えて撹拌した点を除いて、上記「1.1 本発明の方法」と同様に行った。上記標準試料中の過酸化物濃度に対する吸光度をそれぞれプロットしたものを図2に示す。
【0022】
図1と図2の検量線を比較すると、3種類の過酸化物のいずれについても、従来のAFTA法では、1〜50μMまでは検量線の直線性はある程度保たれたが、1〜100μMの濃度範囲では、特に50〜100μMの吸光度が大きくなりすぎて検量線が直線近似できなかったのに対し、本発明の方法では、1〜100μMの濃度範囲で直線性が確保された。したがって、本発明の方法によれば、定量可能な濃度範囲を、従来のAFTA法を用いた場合の1〜50μMから1〜100μMに広げることができる。また、図1と図2の同一濃度における吸光度を比較すると、従来のAFTA法に比べて本発明の方法の方が4倍ほど高い吸光度を示すことが分かる。したがって、本発明の方法は、従来のAFTA法に比べて検出感度においても優れていることが分かる。
【0023】
2.食品中の過酸化物濃度の定量
2.1 検量線の作成
50mMリン酸緩衝液(2mM エチレンジアミン四酢酸と4%(w/v)硫酸アンモニウムを含む)に代えて、乳性飲料(商品名:ハネピス、大洋香料株式会社製)の原液を蒸留水に溶解して100倍希釈し、得られた希釈液を8,000rpmで10分間遠心分離し、遠心分離終了後の上澄みを使用した点を除き、上記「1.1 本発明の方法を用いた検量線の作成」と同様の方法で各種過酸化物の検量線を作成した。得られた検量線を図3に示す。
【0024】
2.2 過酸化物濃度の定量
乳性飲料(商品名:ハネピス、大洋香料株式会社製)の原液を蒸留水に溶解して100倍希釈した。次に該希釈液を8,000rpmで10分間遠心分離し、遠心分離終了後、上澄みを2.0ml用エッペンドルフチューブに500μl採取し、10%(w/v)トリクロロ酢酸水溶液を500μl加えて撹拌した。続いて、トリクロロ酢酸を加えた試料に対し、0.01N硫酸で溶解した10mM硫酸アンモニウム鉄(II)を100μl加えて撹拌した。そして、硫酸アンモニウム鉄(II)を加えた試料に対し、2.5M チオシアン酸カリウムを500μl加えて撹拌した。反応終了後の各試料について、ダブルビーム分光光度計を用いてλ=480nmで吸光度を測定した。得られた吸光度を図3の過酸化水素の検量線に適用したところ、過酸化水素換算で、上記被検試料(遠心分離終了後の上澄み)の濃度は21μMと算出された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の方法を用いて作成した各種過酸化物の検量線である。
【図2】従来のAFTA法を用いて作成した各種過酸化物の検量線である。
【図3】本発明の方法を用いて作成した各種過酸化物の検量線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1〜100μMの過酸化物を定量するにあたり、過酸化物を含有する試料500μlに対し、酸と硫酸アンモニウム鉄(II)を順次添加し、次いで飽和チオシアン酸カリウムを少なくとも400μl添加して、反応終了後の試料の吸光度を測定することを特徴とする、過酸化物の定量方法。
【請求項2】
飽和チオシアン酸カリウムとして2.5M以上のものを用いることを特徴とする、請求項1記載の過酸化物の定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−147489(P2007−147489A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−343480(P2005−343480)
【出願日】平成17年11月29日(2005.11.29)
【出願人】(000208086)大洋香料株式会社 (34)
【Fターム(参考)】