選択吸着剤およびその製造方法
【課題】本発明の目的は、共存する陰イオン等の妨害をさほど受けずに硝酸イオン、ヒ素イオンおよびリン酸イオンをひとつの吸着剤で同時にかつ効果的に除去できる方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34の正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7の正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤およびその製造方法である。
【解決手段】本発明は、下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34の正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7の正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤およびその製造方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液から硝酸イオン、リンおよびヒ素を同時かつ選択的に吸着除去できる吸着剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒ素は急性毒性のみならず発がん性および慢性毒性を有するため、環境基本法「公共水域の水質基準」において、または「水道法に基づく水質基準に関する省令」において0.01mg/L以下という基準が設けられている。従って地下水、河川水、湖沼水等を飲料水として利用するためには、これら被処理水中のヒ素を除去する必要がある。ヒ素は工場排水由来よりも、地殻起源であることが多く地下水脈に溶出し井戸水等を汚染する問題がある。
河川水または地下水中においてヒ素はそのほとんどが3価の亜ヒ酸または5価のヒ酸として存在し、特に地下水等の還元雰囲気中では3価の亜ヒ酸が支配的である。従来、3価の亜ヒ酸は吸着処理による除去が困難であるとされ、前処理として5価のヒ酸に酸化してから処理されることが多かった。
ヒ素の代表的な除去法としては、凝集沈殿法と吸着法が知られている。凝集沈殿法は、被処理水にアルミニウム塩や鉄塩などの無機質凝集剤を添加した後、pH調整して金属水酸化物の凝集体を沈殿させる際に、該凝集体にヒ素を取り込んで共沈させて分離する方法である。しかし、凝集沈殿法は、ヒ素濃度によってはその処理に多量の凝集剤を必要とし、生成するヒ素含有スラッジは嵩高いアモルファス状であるため沈降させるのに大掛かりな設備と多大な時間を要する他、多量に生成するスラッジやろ材の処理が煩雑で手数を要する。また、凝集沈殿法では3価の亜ヒ酸をあらかじめ酸化剤を用いて5価のヒ酸に酸化した後に除去処理を行う必要があった。
【0003】
吸着法は、ヒ素を含む被処理水を吸着剤に接触させて吸着除去する方法であり、吸着剤としては活性炭、活性アルミナ、ゼオライト、チタン酸、ジルコニウム水和物などが使用される。
セリウム、鉄粉および活性アルミナ等の周知のヒ素吸着剤を使用する方法は、凝集沈殿法に較べて優れた除去効率を得られるが、ヒ素に対する選択性の面で不十分であり、実用面で満足できる程のヒ素除去効果は得られていない。また、セリウム、鉄粉および活性アルミナ等の周知のヒ素吸着剤においては等電点が中性付近にあるため、処理水のpHが7〜8を超えると表面電荷が負になりヒ素の吸着能を失うという欠点があった。
ジルコニウム系吸着剤としては、ジルコニウム、酸化ジルコニウム、炭酸ジルコニウム、リン酸ジルコニウム、含水酸化ジルコニウム等が知られており、これらジルコニウム化合物を造粒したり、担体に担持させて用いることが行なわれている(特許文献1および非特許文献3)。担体としては、リン酸基を有する反応性モノマーをグラフト重合して得た不織布(特許文献2)、アルミニウム・マグネシウム複合酸化物(特許文献3)、ゲータイト(特許文献4)および陽イオン交換基結合型シリカゲル(非特許文献3)、球形樹脂ビーズ(非特許文献4)等が挙げられる。
【0004】
ハイドロタルサイトやパイロライトを用いた水溶液中の亜ヒ酸イオンまたはヒ酸イオン吸着剤は、非特許文献1、特許文献5および特許文献9に開示されているように公知である。非特許文献1、特許文献6および特許文献7にはハイドロタルサイトの炭酸イオンの一部を塩化物イオンに置換した化合物をヒ素の除去に用いることが記載されている。しかしながら、上記文献には競合イオンが存在する場合のヒ素に対する吸着選択性については述べられていない。
特許文献8には、空気中の二酸化炭素による炭酸汚染や処理水中の炭酸イオンとの競合の影響を受けずに処理水中の陰イオン吸着能を維持するハイドロタルサイトが開示されている。
特許文献8の段落0006および実施例1には、硝酸マグネシウムと硝酸アルミニウムの混合酸性溶液と水酸化ナトリウム水溶液とを、反応系が常にpH8以下となるようにNa+/Mg2+のmol比を2.5〜3.0の範囲に調整して一気に混合、攪拌し、得られたスラリーをろ過、洗浄および乾燥することで、高い陰イオン交換能を有し、二酸化炭素や炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン等が存在する環境でも期待される陰イオン交換能を発揮するハイドロタルサイトが得られることが記載されている。しかし、非特許文献1、特許文献6〜8のいずれにもヒ素と硝酸の同時吸着性についての記載はない。
【0005】
近年農耕地の肥料や生活排水に含まれるアンモニアが酸化されて生成した硝酸態窒素による地下水汚染が問題となっている。硝酸態窒素を多量に摂取した場合、一部が消化器内の微生物により還元されて、体内に亜硝酸態窒素として吸収され、血中でヘモグロビンと結合してメトヘモグロビンとなり、メトヘモグロビン血症を引き起こしたり、また硝酸態窒素は胃の中で発ガン性のN−ニトロソ化合物を生成する。そのため環境基本法「公共水域の水質基準」において、または「水道法に基づく水質基準に関する省令」において10mg/L以下という基準が設けられている。従って地下水、河川水および湖沼水等を飲料水として利用するためには、これら被処理水中の硝酸イオンを除去する必要がある。
硝酸イオンを除去する技術としては、微生物による生物学的方法およびイオン交換法、電気透析法、逆浸透法、吸着法等の物理化学的方法が知られている。上記のなかでも吸着法は簡便性の点で優れている除去方法である。吸着剤としては、塩化鉄処理した木炭や黒ボク土等がよく知られている、より安価な素材で硝酸イオンを効率よく除去することのできる技術の開発が望まれていた。
非特許文献2には、例えば下記式(2)で表わされるMg−Fe−Al−Cl型ハイドロタルサイトのリン酸、硝酸イオン除去能力について記載されている。
Mg0.666Fe(III)0.162Al0.172(OH)2(Cl)0.140・(CO3)0.0121・0.328H2O (2)
しかし、リン酸や炭酸イオンが共存するときには、式(2)のハイドロタルサイトの硝酸イオンに対する選択性が低いために、硝酸イオンをほとんど除去できない。
特許文献10には、下記式(3)で例示される結晶性複合金属水酸化物、その水熱処理物およびそれらの加熱処理物の中から選ばれた少なくとも1種を有効成分とすることを特徴とする硝酸イオン吸着剤が開示されている。
[Ni(II)0.79Fe(III)0.21(OH)2][(Cl)0.21・0.63H2O] (3)
【0006】
特許文献10の段落0009によれば、NiのかわりにCo(II)、Zn(II)、Fe(II)、Cu(II)であってもよく、Fe(III)をAl(III)等他の3価金属で置き換えてもよい。さらに段落0010によれば、硝酸イオンとのイオン交換性を考慮するとCl−がHCO3−、OH−、CO32−またはNO3−に置き換わっていてもよい。しかし、特許文献10には、ヒ素を同時に吸着する吸着剤についての記載はない。
【非特許文献1】「ハイドロタルサイトの水環境保全・浄化への応用」 亀田知人、吉岡敏明、梅津良昭、奥脇昭嗣;The Chemical Times 2005 No.1 通算200号 p.10−16(関東化学株式会社発行)
【非特許文献2】「Removal Characteristics of Phosphate and Nitrate Ions with an Mg−Fe−Al−Cl Form Hydrotalcite」 Tomiyuki Kuwabara、Hideo Kimura、Shunzi Sunayama、Ariumi Kawamoto、Hisamitsu Oshima and Toshio Sato;Journal of Society of Inorganic Materials,Japan 14,17−25(2007)
【非特許文献3】「固相抽出法による環境水中のヒ素(III)およびヒ素(V)の簡単な現場同時補集濃縮/定量」奥村稔、藤永薫、清家泰、永田美香、松尾修士;BUNSEKI KAGAKU vol.52、No.12 pp.1147−1152(2003)
【非特許文献4】「Removal of As(III) and As(V) by a Porous Spherical Resin Loaded with Monoclinic Hydrous Zirconium Oxide」 Toshishige M. Suzuki, John O. Bomani, Hideyuki Matsunaga and Toshiro Yokoyama;Chemistry Letters vo l.26 No.11 p.1119−1120(1997)
【特許文献1】特開平10−165948号公報
【特許文献2】特開2004−188307号公報
【特許文献3】特開2000−70927号公報
【特許文献4】特開2007−196170号公報
【特許文献5】特開2000−33387号公報
【特許文献6】特開2007−741号公報
【特許文献7】特開2000−233188号公報
【特許文献8】特開2006−334456号公報
【特許文献9】特開2001−233619号公報
【特許文献10】特開2004−130200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ハイドロタルサイト(以下「HT」と略称することがある)微粒子は、イオン交換反応により、無機アニオンおよび有機アニオンを素早く吸着する吸着剤であることが知られている。
しかし、通常のHTのイオン交換選択性は多価陰イオンに大きく、1価陰イオンに対しては小さく、荷電密度の小さい硝酸イオンに対してはとりわけ小さく、他の陰イオンとの共存系ではほとんど吸着除去することは望めないのが実状であった。
従って本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素の吸着容量が大きいハイドロタルサイト系の吸着剤を提供することにある。また本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素の選択性が大きい吸着剤を提供することにある。また本発明の目的は、共存する陰イオンの妨害をさほど受けずに硝酸イオンおよびヒ素を効果的に除去することができる吸着剤を提供することにある。さらに、本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素を同時に吸着除去できる安全な選択吸着剤を提供することにある。
また本発明の目的は、該吸着剤の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、優れた硝酸イオンの吸着剤を見出すため、ハイドロタルサイトを構成する2価金属イオン、3価金属イオンおよびアニオン種の種類並びに金属イオンのモル比に着目して検討した。その結果、Mg−Al−Cl型ハイドロタルサイト微粒子においてAl/(Mg+Al)が0.16〜0.20の範囲のものが最も硝酸イオン吸着性に優れているという知見を得た。
またこの粒子を、多価金属の可溶性塩水溶液で処理し、多価金属化合物を表面に存在させると、優れた硝酸イオン吸着性を維持しつつ、優れたヒ素およびリン酸イオンの吸着性を示すことを見出し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、
1.下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤、
2.多価金属化合物が、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である前項1記載の吸着剤、
3.多価金属化合物が、Zr(IV)、Fe(III)、Ti(IV)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である前項1に記載の吸着剤、
4.ハイドロタルサイト微粒子が、100℃以上の温度で水熱合成されたものである前項1に記載の吸着剤、
5.ハイドロタルサイト微粒子が、150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものである前項1に記載の吸着剤、
6.多価金属化合物の量が、吸着剤の総量に対し多価金属の酸化物換算で2〜30重量%である前項1に記載の吸着剤、
7.式(1)においてxが、0.16≦x≦0.20を満足する前項1に記載の吸着剤、8.式(1)において(x−ny)/xが、0.6≦(x−ny)/x≦1.0を満足する前項1に記載の吸着剤、
9.硝酸イオン、リン酸イオンおよびヒ素に対して同時吸着性を有する前項1に記載の吸着剤、
10.下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させることよりなる吸着剤の製造方法、
11.多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩である前項10に記載の製造方法、
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の吸着剤は、硝酸イオンおよびヒ素の吸着容量が大きい。また本発明の吸着剤は、硝酸イオンおよびヒ素の選択性が大きい。また本発明の吸着剤は、共存する陰イオンの妨害をさほど受けずに硝酸イオンおよびヒ素を効果的に除去することができる。また本発明の吸着剤は、人体に対する安全性が高い。本発明の吸着剤は、リン酸イオンを吸着することができる。
従って本発明の吸着剤は、他の陰イオンの共存する溶液中において、硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンをひとつの吸着剤で同時にかつ効果的に除去できる。本発明の吸着剤によれば、一般淡水から硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオン等を吸着除去して安全な飲料水を製造することができる。
本発明の吸着剤は、ヒ素の吸着の初期段階において吸着容量・吸着速度が著しく大きい。この吸着現象は、表面に多価金属化合物を有しないハイドロタルサイト微粒子単体では認められないものである。
【0011】
本発明の製造方法によれば、吸着剤を製造することができる。
ヒ素には、5価あるいは3価のヒ素からなるイオン性あるいは中性化学種が含まれる。硝酸イオン(NO3−)は硝酸およびその化合物の電離、分解によって主に生じる1価の陰イオンである。
リン酸イオンには、リン酸イオン(PO43−)、リン酸水素イオン(HPO42−)、リン酸二水素イオン(H2PO4−)、二リン酸(P2O74−)、三リン酸(P3O105−)などが含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
〈吸着剤〉
(ハイドロタルサイト微粒子)
ハイドロタルサイト微粒子は、下記式(1)で表されるハイドロタルサイトの微粒子である。式(1)に示すように主要構成元素はマグネシウムとアルミニウムで、白色で安全な化合物である。
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
式(1)中、xは0.15<x<0.34を満足する正数である。xが0.15<x<0.34を満足する範囲(すなわち1.94<Mg/Al<5.67)でほぼHTの結晶相のみが得られる。
【0013】
1価陰イオン、とりわけ硝酸イオン交換選択性の点から、xは、0.16≦x≦0.20を満足することが好ましい。この範囲ではプラス電荷の中心であるAlの固溶量が少ないためAlは互いに格子定数の2倍以上の間隔をもって配置されており、多価陰イオンを直接に電気的に中和することができないため多価陰イオンを安定化できない。このため1価陰イオンには有利となり、とりわけ同一平面に酸素原子があるオキソ酸の硝酸イオンには有利となり選択吸着性が高くなる。このことはMg/Alの変化に対する硝酸イオンの分配係数KdNO3値の測定結果を示した図24から明らかである。
An−はCl−以外のn価の陰イオンである。An−として、吸着剤の製造中に不可避的に入ってくる大気由来の炭酸イオンが挙げられる。yは正数である。nは陰イオンの価数である。
【0014】
本発明においてHTは、塩化物イオンを層間陰イオンとして有するので、式(1)においてx−ny=x(つまりy=0である)が理想的である。塩化物イオンmol数x−nyが小さいと吸着容量は小さくなる。x−nyは、0.6≦x−ny≦1.0を満足することが好ましい。
式(1)において、mH2Oは、層間水を表わす。mは0.1<m<0.7を満足する。すなわち、本発明で用いられるHTは層間水を有する含水型である。HTの層間隔を決めているのは層間の陰イオンと層間水であり、硝酸イオンをイオン交換で選択的にインターカレートする最適の層間隔に維持するため、この層間水も役割を担っている。
【0015】
本発明において用いられるHT微粒子は、共沈反応法で得られた反応生成物をそのまま用いることもできるが、100℃以上の温度で水熱合成されたものが好ましい。150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものがより好ましい。
HT微粒子は、個々の板状結晶粒子が独立して存在し、層間での陰イオン交換の際のイオンの出入口である粒子端面が全部開放されているものが好ましい。
(多価金属化合物)
本発明の吸着剤は、多価金属化合物が上述のHT微粒子の表面に存在している。本発明において多価金属化合物とは、具体的には、Zr(IV)、Fe(III)、Ce(IV)、Ti(IV)、V(V)、Mn(II)、Mn(III)、Mn(IV)、Mn(VI)、Mn(VII)、Cu(II)、Co(II)、Co(III)、Mo(II)、Mo(III)、Mo(IV)、Mo(V)、Mo(VI)、Ni(II)、Ni(III)等の化合物である。
多価金属化合物は、多価金属の含水酸化物、すなわち、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である。多価金属化合物として、選択吸着性やコスト面からZr(IV)、Fe(III)、Ce(IV)またはTi(IV)の酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である。
【0016】
本発明においてHT微粒子の表面に析出した多価金属化合物は非晶質である。「非晶質」とはX線回折で非晶質であることを意味する。
本発明の吸着剤のX線回折図においては、多価金属の酸化物結晶または水酸化物結晶のピークが認められずHTの回折線のみが認められるので、該多価金属化合物がX線回折で非晶質であることが確認できる。また、このことは該吸着剤が多価金属化合物量の増加に伴い出発物質であるHTより格段に大きなBET比表面積を持つようになることからも支持される。
一般にジルコニウム、鉄、セリウムおよびチタン等の多価金属の酸化物結晶または水酸化物結晶には陰イオン吸着性があるとされているが、これらは結晶構造を有するので、BET比表面積が小さく、吸着サイトである表面水酸基も少ないので吸着剤としては不十分であった。一方、本願発明の吸着剤はBET比表面積が大きく吸着サイトである表面水酸基も多いので吸着能が高い。
本発明の吸着剤は、上述のHTを多価金属の可溶性塩の水溶液で処理することにより得られる。即ち多価金属化合物は、多価金属の可溶性塩の加水分解によって生成した非晶質の化合物である。
【0017】
HT微粒子の表面に析出した多価金属化合物は、結晶化が阻止されている非晶質の含水酸化物である。詳しくは、沈殿pHが酸性域である(4付近と低い)アルミニウムイオンは多価金属化合物と共沈物を少量形成しているととともに、生成pHが低いことから多価金属化合物は少量の塩化物イオンを含有していると推測され、これにより非晶質が維持されている。更に多価金属化合物の3価および4価の金属イオンサイトの一部に3価であるアルミニウムイオンが同形置換的に入った含水酸化物も形成されていると考えられ、これら複数の要因で結晶化が阻止されていると推測される。
多価金属化合物の重量は、吸着剤の全重量に対し、金属酸化物換算で2〜40重量%の範囲で良好な吸着性能が得られ、より好ましくは2〜30重量%の範囲である。2重量%未満であると吸着能が低くなり、40重量%を超えるとHTがその構造を維持できなくなる。
本発明の選択吸着剤は、特徴的には、硝酸イオン、リンイオンおよびヒ素のような人の健康にとって有害もしくは水環境の富栄養化の原因となる複数の溶質成分を1つの吸着剤で同時選択的に吸着することができる。
【0018】
〈吸着剤の製造方法〉
本発明の吸着剤は、下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させ製造することができる。
ハイドロタルサイト微粒子は吸着剤の項で説明した通りである。ハイドロタルサイト微粒子は100℃以上の温度で2時間以上、水熱合成されたものが好ましい。
懸濁水溶液中のハイドロタルサイト微粒子の含有量は、好ましくは2〜10w/v%、より好ましくは4〜6w/v%である。2w/v%以下では生産性が低く、10w/v%を超えるとハイドロタルサイト粒子の表面に多価金属化合物を均一に析出させることが困難になる。ここで、w/v%とは懸濁水溶液中のハイドロタルサイトの重量w(g単位)と該懸濁液に用いた水の体積v(mL単位)の比を百分率で表したものである。
【0019】
多価金属の可溶性塩として、Zr(IV)、Fe(III)、Ce(III)、Ce(IV)、Ti(IV)、V(V)、Mn(II)、Mn(III)、Mn(IV)、Mn(VI)、Mn(VII)、Cu(II)、Co(II)、Co(III)、Mo(II)、Mo(III)、Mo(IV)、Mo(V)、Mo(VI)、Ni(II)、Ni(III)等の可溶性塩が挙げられる。
なかでもFe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の可溶性塩が好ましい。
【0020】
可溶性塩として塩化物または硫酸塩が好ましい。従って、多価金属の可溶性塩として、オキシ塩化ジルコニウム、塩化鉄(III)、塩化チタン(IV)、硫酸セリウム(IV)、塩化セリウム(III)、オキシ塩化バナジウム(IV)、塩化マンガン(IV)、塩化銅(II)、塩化コバルト(II)、オキシ塩化モリブデン(III)および塩化ニッケル(II)等の塩化物または硫酸塩が好ましい。塩化物のかわりに硫酸塩等を使用すると若干選択吸着性が低下することがある。多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)から選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩であることが好ましい。
多価金属の可溶性塩を注加する懸濁水溶液の温度は、60℃以下、好ましくは10〜50℃、より好ましくは20〜40℃である。本発明の製造方法では、懸濁水溶液を撹拌しつつ多価金属の可溶性塩を注加する。
【0021】
本発明の製造方法で得られた吸着剤の回折X線図は、HTの典型的な回折線を示すのみであり、多価金属の酸化物または水酸化物結晶の回折線は認められない。このことは多価金属化合物が非晶質であることを示している。
多価金属イオンは一般に沈殿pHが低く、強アルカリとの均一反応系では、急激に反応して水酸化物を形成し、さらに結晶化ないしは酸化物化が進行しやすい。しかし、本発明の製造方法においては弱アルカリでかつ結晶成長したHTがアルカリの役割を果たしているため、非常に柔和なアルカリとして働き、多価金属化合物の生成は緩やかに進行して非晶質になりやすい。
さらに多価金属化合物は、HT微粒子の表面に存在しなければ本発明における課題は解決できない。本発明においてはHT微粒子の結晶表面が沈殿析出の核としての役割を果たし、非晶質の多価金属化合物を効率よくHT微粒子の表面に析出させている。これらの点で本発明においてHTは非晶質の多価金属化合物をリン酸およびヒ素の吸着に最適化するため二重の役割をしているといえる。
通常、60℃以下においてHT微粒子の懸濁水溶液に多価金属の可溶性塩の水溶液を注加すると、HT微粒子の表面には非晶質の金属水酸化物あるいは金属酸化物、またはこれらの複合物、すなわち金属含水酸化物が析出する。従って、本発明においてHT微粒子の表面に析出する「多価金属化合物」とは、非晶質の多価金属含水酸化物である。実際、本発明の吸着剤を加熱処理した場合、脱水による重量減少が認められ、結晶性酸化物を生成することがX線構造解析で確認された。
【0022】
本発明の吸着剤の回折X線図では、回折線のシフト、半価幅等の変化が認められないことから、元のHT構造が保持されていることが分る。本発明の吸着剤が硝酸イオンの選択的吸着性能を保持している理由は、HT微粒子の表面層の一部は多価金属の可溶性塩水溶液との反応で溶解消費されるが、残った本体では元のHTの形状・性質が維持されているためである。従来は、酸性の強い多価金属の可溶性塩水溶液で処理されたHTは酸溶解による結晶構造の破壊と溶解後別物質の析出により、硝酸イオンの吸着能等はないと推測されていたが、本発明の方法によれば良好な吸着性能が得られる
本発明の吸着剤において、非晶質多価金属化合物はHT微粒子の表面に存在する。このことはTEM写真においてHT微粒子内部は層状構造を呈しているのに対し、HT微粒子の表面には層構造を持たない別の相が認められることからも確認できる。具体的には、HTに対して非晶質多価金属化合物のmol比が小さいときは、HT微粒子の表面が均一に非晶質多価金属化合物で被覆された状態である。非晶質多価金属化合物のmol比が大きくなると、HT微粒子の表面が被覆されるだけでなく粒子状の非晶質多価金属化合物も担持された状態になる。
【実施例】
【0023】
以下本発明の吸着剤の製造方法および効果を実施例に基づいて具体的に説明する。実施例において用いた装置、方法は以下のとおりである。
(1)平均二次粒子径測定
レーザ回折散乱法粒度分布測定装置MT―3300(日機装(株)製))を用いて測定した。
(2)BET法比表面積の測定
湯浅アイオニクス(株)製の12検体全自動表面測定装置マルチソーブ−12で測定した。
(3)粒子形状の観察
走査型電子顕微鏡(SEM写真)で観察した。
方法:加速電圧15kV、作動距離10mm、倍率2万倍
装置:S−3000N(日立)
【0024】
(4)粒子構造の解析
X線回折により行なった。
方法:Cu−Kα、角度(2θ):5〜65°、ステップ:0.02°、スキャンスピ−ド:4°/分、管電圧:40kV、管電流:20mV。
装置:RINT2200VX線回折システム(理学電機(株)製)
(5)成分分析
MgO、Al2O3、Fe2O3、CeO2:キレート滴定法による。
【0025】
ZrO2:重量法による(マンデル酸ジルコニウム沈殿)
TiO2:UV吸収法による
Cl:ホルハルト法による
CO2:JIS R9101に準ずる方法による
【0026】
(6)HT粒子表面の観察
透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した。
方法:加速電圧200kV(電子線照射による試料の損傷を避ける為)
装置:JEM−3010(日本電子株式会社製)
本発明の吸着剤の製造方法と吸着剤の特性を実施例で説明する。特に明記する以外は、反応を常温でおこない、薬品は和光純薬の試薬1級を用いた。
【0027】
(合成例1)
1.194mol/Lの塩化マグネシウムと0.265mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(A液:Mg/Al=4.5)を4.5Lおよび3.4mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液(B液)4Lを各々調製した。
オーバーフロー管の付いた反応槽に脱イオン水500mLを入れ、撹拌しつつ定量ポンプでA液/B液=1.134/1.00の容量比となる流量速度で140分間注入して沈殿生成物を含有する懸濁液得た。得られた懸濁液750mLを150℃で8時間水熱反応させ反応懸濁液Aを得た。
反応懸濁液Aを濾過、水洗および、105℃で18時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定よりMg−Al−Cl系(Mg/Al=4.65)のHT微粒子であった。
【0028】
(合成例2)
反応懸濁液Aを室温に冷却した後、下記の表面被覆処理操作を行い、吸着剤を得た。
試薬ZrOCl2・8H2O、2.84gを脱イオン水100mLに溶解してZrOCl2溶液を調製した後、上記反応懸濁液A中に滴下し1時間反応させた。生成物を濾過、水洗、乾燥、粉砕および篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.79であった。
【0029】
(合成例3)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を5.11gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.51であった。
【0030】
(合成例4)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を8.51gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.39であった。
【0031】
(合成例5)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を14.18gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比Mg/Al=4.5であった。
【0032】
(合成例6)
1.138mol/Lの塩化マグネシウムと0.285mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(C液:Mg/Al=4.0)を5Lおよび上記B液4.3Lを各々調製した。容量比(C液/B液)=1.17/1.00とする以外は合成例1と同様の方法により反応懸濁液Bを得た。さらに合成例1と同様の操作により吸着剤を得た。
吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定よりMg−Al−Cl系(Mg/Al=4.03)のHT微粒子であった。
【0033】
(合成例7)
反応懸濁液Bを室温まで冷却した後、試薬ZrOCl2・8H2Oの量を7.65gに変更し、反応懸濁液Aの代わりに反応懸濁液Bを使用した以外は合成例2と同様の処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.04であった。
【0034】
(合成例8)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を15.3gに、反応懸濁液Bを反応懸濁液Dに変更した以外は合成例2と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.87であった。
【0035】
(比較例1)
FeCl3・6H2O水溶液650mL(92mmol)を室温で撹拌しつつMgO粉末(460mmol)を添加し、40分間撹拌後、沈殿生成物懸濁液を170℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却後濾過し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥させた。乾燥物をサンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析より、Mg−Fe−Cl型(Mg/Fe=4.0)のパイロライト・タイプ層状複水酸化物であった。
【0036】
(比較例2)
塩化マグネシウム0.28molと塩化アルミニウム0.07molを含む混合水溶液300mlを室温下で撹拌しつつ、上記B液257mLを注加し、1時間撹拌して沈殿生成物懸濁液を得た。
得られた沈殿生成物懸濁液を撹拌しつつ室温下、試薬ZrOCl2・8H2O(0.07mol)を含む水溶液100mLを加えた後、150℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却、濾過、水洗、乾燥、粉砕および篩過して吸着剤を得た。吸着剤は、粉末X線回折、組成分析により、Mg−Al−Cl型(Mg/Al=3.65)のHTと結晶性の酸化ジルコニウムであることがわかった。
【0037】
合成例1〜8および比較例1〜2で得られた吸着剤の特性を表1に、合成例1および5、比較例1および2の吸着剤のX線回折図を図13、14、15および16に、合成例1、3および5の吸着剤のSEM写真を図1、2および3に各々示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例2〜5、7および8の吸着剤は非晶質のジルコニウム化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果からジルコニウムの存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつき、粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、ジルコニウムは非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
図1〜3(SEM写真)から、ジルコニウム化合物の量が約12%以下の範囲では、HT表面は非晶質のジルコニウム化合物によって均一に被覆されていることがわかる。
【0038】
【表1】
【0039】
(合成例9)
1.17mol/Lの塩化マグネシウムと0.259mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(Mg/Al=4.5)363mLを室温下で撹拌しつつ前記B液318mLを注加し、40分間撹拌後、沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させて得られた反応懸濁液を室温まで冷却し、さらに濾過、水洗、乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.5)のHT微粒子であった。
【0040】
(合成例10)
B液の量を321mLに変更した以外は合成例9と同様の操作を実施して反応懸濁液Cを得た。28.2mmolのFeCl3・6H2Oを脱イオン水100mLに溶解してFeCl3水溶液を調製した。750mLの反応懸濁液Cに上記FeCl3水溶液を滴下し1時間反応させた。生成物を濾過脱水し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.19であった。
【0041】
(合成例11)
試薬FeCl3・6H2Oの量を47.0mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.84であった。
【0042】
(合成例12)
試薬FeCl3・6H2Oの量を56.4mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.82であった。
【0043】
(合成例13)
試薬FeCl3・6H2Oの量を70.5mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.72であった。
【0044】
(合成例14)
1.187mol/Lの塩化マグネシウムと0.29mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(Mg/Al=4.5)345mLを室温下で撹拌しつつB液304mLを注加し、40分間撹拌後、沈殿生成物懸濁液を170℃で8時間水熱反応させた以外は合成例9と同様の操作により吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.1)のHT微粒子であった。
【0045】
(合成例15)
B液の量を313mLに変更した以外は合成例9と同様の操作を実施して反応懸濁液Dを得た。さらに、試薬FeCl3・6H2Oの量を28.2mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Dにした以外は、合成例10と同様に操作し吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.6であった。
【0046】
(合成例16)
Mg濃度を1.36mol/Lに調製した、工業原料用塩化マグネシウムの水溶液と1mol/Lの硫酸アルミニウム水溶液を含む混合水溶液(Mg/Al=5.0)を室温で撹拌しつつ前記B液326mLを注加し、合成例9と同様にして水熱反応させた。得られた反応懸濁液Eを合成例9と同様に操作して吸着剤を得た。得られた吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定より、Mg−Al−Cl型(Mg/Al=4.94)のHT微粒子であった。
【0047】
(合成例17)
試薬FeCl3・6H2Oの量を54.0mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.19であった。
【0048】
(合成例18)
FeCl3・6H2Oの量を81.0mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.66であった。
【0049】
(合成例19)
FeCl3・6H2Oの量を90mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.48であった。
【0050】
(合成例20)
FeCl3・6H2Oの量を141mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.52であった。
【0051】
(比較例3)
FeCl3・6H2O水溶液650mL(104mmol)を室温で撹拌しつつ市販品のMg(OH)2粉末(484mmol)を添加し、40分間撹拌後、沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却後濾過し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥させた。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析より、Mg−Fe−Cl型(Mg/Fe=3.65)の層状複水酸化物(パイロライト・タイプ)であった。
【0052】
合成例9〜20および比較例3で得られた吸着剤の性質を表2に、合成例9および13の吸着剤のX線回折図を図17および18に、合成例9、10、13および19の吸着剤のSEM写真を図4〜7に各々示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例10〜13、15および17〜20の吸着剤は非晶質の第二鉄化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であることがわかった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果から第二鉄の存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつきおよび粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、第二鉄は非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
図4〜6(SEM写真)から、第二鉄化合物の量が約15%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質の第二鉄化合物によって均一に被覆されているが、この範囲を超えるとHT微粒子の表面に粒子状の第二鉄化合物も担持された状態になることがわかる(図7)。
【0053】
【表2】
【0054】
(合成例21)
2.069mol/Lの塩化マグネシウム溶液204.4mlと1.038mol/Lの塩化アルミニウム溶液90.6mLとの混合水溶液(Mg/Al=4.5)を室温下攪拌しつつ3.38mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液320mLを注加し、30分間攪拌後沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させた。
【0055】
得られた反応懸濁液Fを室温まで冷却し、さらに濾過、水洗、乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.42)のHT微粒子であった。
【0056】
(合成例22)
冷却後1L容器に反応懸濁液Fを入れ、攪拌しつつ0.47mol/LのTi(SO4)2溶液33mL(14mmol)を滴下し1時間反応させた。生成物を濾過し、脱イオン水1Lで水洗し105℃で20時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.68であった。
【0057】
(合成例23)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を70mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.31であった。
【0058】
(合成例24)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を100mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.84であった。
【0059】
(合成例25)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を150mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.11であった。
【0060】
(合成例26)
反応懸濁液Fを1L容器に入れ、攪拌しつつ0.141mol/LのCe(SO4)2溶液100mL(14.1mmol)を滴下し1時間反応させた。その後は合成例22と同様に処理して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.37であった。
【0061】
(合成例27)
0.217mol/LのCe(SO4)2溶液130mL(28.2mmol)を滴下すること以外は合成例25と同様にして吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.00であった。
【0062】
合成例21〜27で得られた吸着剤の性質を表3に、合成例23および25の吸着剤のX線回折図を図19および20に、合成例21、22、25、26および27の吸着剤のSEM写真を図8〜12に各々示す。また、合成例21および27の吸着剤のTEM写真を図21および22に示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例22〜25および合成例26〜27の吸着剤は各々非晶質のチタンまたはセリウム化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であることがわかった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果からチタンまたはセリウムの存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつきおよび粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、チタンまたはセリウムは非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
【0063】
図8〜10(SEM写真)から、チタン化合物の量が約3重量%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質のチタン化合物によって均一に被覆されているが、約17重量%を超えるとHT微粒子の表面に粒子状のチタン化合物も一部担持された状態になることがわかる。また、図10、11および12(SEM写真)から、セリウム化合物の量が約12重量%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質のセリウム化合物によって均一に被覆されていることがわかる。
図21および22は合成例21および27から得られたHT微粒子を、その層状構造をとるHT成分の層に平行な方向から観測したTEM写真である。図21(TEM写真)から本発明の処理を行う前のHTにおいてはHT微粒子の内部から表面まで層構造が認められるが、一方図22に示す本発明の吸着剤のTEM写真においては、HT微粒子の内部では層構造が維持されているがその表面にはセリウム含水酸化物の微結晶または非晶質と推察される像(層構造−縞模様−を持たない強いコントラスト)が観察される。これはジルコニウム、鉄およびチタン等他の多価金属の場合にも同じように観察される特徴である。
【0064】
【表3】
【0065】
次に本発明の吸着剤の効果を以下実施例で説明する。
(吸着実験例1)
各2mmol/LのNaCl、NaNO3、Na2CO3、NaH2PO4、Na2SO4と4ppmのAs(III)の混合溶液(pH=7.5)50mLに対して、合成例1〜27(合成例21を除く)および比較例1〜3で得られた各吸着剤0.4gを用いて吸着実験を行った。2時間後に15mLを採取し、0.2μmのフィルターで固液分離し、各陰イオン濃度はイオンクロマトグラフィーで測定した。ヒ素の濃度のみICP−MSで測定した。分配係数Kdは下記式により求めた。
Kd(mL/g)=陰イオン吸着量(mg/g)/陰イオン濃度(mg/mL)
吸着実験結果をもとに計算したKd値を表4、5、および6に示す。表中のNO3−、HPO42−、H2AsO3−、SO42−はそれぞれ硝酸イオン、リン酸イオン、ヒ素および硫酸イオンを意味する。
また、時間に対するヒ素濃度の変化(吸着速度)を図23に示す。
【0066】
(吸着実験例2)
合成例1および2以下の方法にならい、Mg/Al比が2、3、4、4.5および5である本発明の吸着剤を調製した。それぞれの吸着剤につき上記方法で分配係数Kdを求めた結果を図24に示す。
【0067】
【表4】
【0068】
【表5】
【0069】
【表6】
【0070】
合成例9および14(または1および6)と、比較例1および3の吸着剤の硝酸イオンの分配係数Kd値を比べると、Mg−Al−Cl型の本発明の吸着剤は組成が類似の従来のパイロライト型吸着剤に比べて硝酸イオンの選択吸着性に優れていることがわかる。
また、合成条件が同じである合成例14、9および16の硝酸イオンの分配係数Kd値を比較すると、(Mg/Al)の比が4.5の合成例9で最大となり、比がこれより小さい4.0の合成例14ではやや低くなり比が4.9の合成例16ではかなり低下している。(Mg/Al)の比が4.5の場合に硝酸イオンの選択吸着性に優れていることがわかる。図22に示す別の実験結果からも、硝酸イオンの分配係数は(Mg/Al)の比が2から4.5付近までの範囲では上昇し、約4.5のときがピークであり、5では分配係数が急速に下降している。
【0071】
表1の合成例1〜5のZrO2含有量と表4のヒ素の分配係数の関係、および表2の合成例9〜13のFe2O3含有量と表5のヒ素の分配係数の関係より、本発明の吸着剤は、硝酸イオンの高い選択性を保ちながら、HT微粒子の表面に存在している多価金属化合物の量が多くなるほどヒ素およびリン酸イオンの選択吸着性に優れた吸着剤となることがわかる。一般に、Kd値が大きくなり1,000近くになると、そのイオンの選択吸着剤であるとされる。
非晶質の多価金属化合物にかわって結晶性の多価金属水酸化物または酸化物を有する場合、リン酸イオンやヒ素の選択吸着性が劣るだけでなく、硝酸イオンの選択吸着性も劣ることが、比較例1、2および3で得られた分配係数との比較よりわかる。すなわち結晶性のジルコニウム化合物を有する比較例2の吸着剤の上記3陰イオンのKd値と合成例でのKd値の比較より、非晶質のジルコニウム化合物を有する本発明の吸着剤が優れていることがわかる。
また、合成例10〜13、17〜20および15と比較例1および3の上記3陰イオンのKd値の比較より、非晶質の第二鉄化合物を有する本発明の吸着剤が優れていることがわかる。
同様に、表3の合成例22〜25の非晶質のチタン化合物を表面に有するHT微粒子および合成例26〜27の非晶質のセリウム化合物を表面に有するHT微粒子についても、表6の結果が示すように硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンの選択吸着剤であることがわかる。
以上のように、本発明の非晶質の多価金属化合物を表面に有するHTは,硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンに対して同時吸着性を示す選択吸着剤であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の吸着剤は、浄水装置などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】図1は実施例の合成例1にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図2】図2は実施例の合成例3にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図3】図3は実施例の合成例5にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図4】図4は実施例の合成例9にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図5】図5は実施例の合成例10にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図6】図6は実施例の合成例13にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図7】図7は実施例の合成例19にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図8】図8は実施例の合成例21にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図9】図9は実施例の合成例22にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図10】図10は実施例の合成例25にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図11】図11は実施例の合成例26にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図12】図12は実施例の合成例27にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図13】図13は実施例の合成例1にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図14】図14は実施例の合成例5にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図15】図15は実施例の比較例1にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図16】図16は実施例の比較例2にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図17】図17は実施例の合成例9にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図18】図18は実施例の合成例13にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図19】図19は実施例の合成例23にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図20】図20は実施例の合成例25にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図21】図21は実施例の合成例21にかかる吸着剤の板状結晶の端面を観察したTEM写真である。
【図22】図22は実施例の合成例27にかかる吸着剤の板状結晶の端面を観察したTEM写真である。
【図23】図23は実施例の吸着実験例の吸着速度を示すグラフである。
【図24】図24は実施例の吸着実験例におけるMg/Al比と硝酸イオンの分配係数の関係を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液から硝酸イオン、リンおよびヒ素を同時かつ選択的に吸着除去できる吸着剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒ素は急性毒性のみならず発がん性および慢性毒性を有するため、環境基本法「公共水域の水質基準」において、または「水道法に基づく水質基準に関する省令」において0.01mg/L以下という基準が設けられている。従って地下水、河川水、湖沼水等を飲料水として利用するためには、これら被処理水中のヒ素を除去する必要がある。ヒ素は工場排水由来よりも、地殻起源であることが多く地下水脈に溶出し井戸水等を汚染する問題がある。
河川水または地下水中においてヒ素はそのほとんどが3価の亜ヒ酸または5価のヒ酸として存在し、特に地下水等の還元雰囲気中では3価の亜ヒ酸が支配的である。従来、3価の亜ヒ酸は吸着処理による除去が困難であるとされ、前処理として5価のヒ酸に酸化してから処理されることが多かった。
ヒ素の代表的な除去法としては、凝集沈殿法と吸着法が知られている。凝集沈殿法は、被処理水にアルミニウム塩や鉄塩などの無機質凝集剤を添加した後、pH調整して金属水酸化物の凝集体を沈殿させる際に、該凝集体にヒ素を取り込んで共沈させて分離する方法である。しかし、凝集沈殿法は、ヒ素濃度によってはその処理に多量の凝集剤を必要とし、生成するヒ素含有スラッジは嵩高いアモルファス状であるため沈降させるのに大掛かりな設備と多大な時間を要する他、多量に生成するスラッジやろ材の処理が煩雑で手数を要する。また、凝集沈殿法では3価の亜ヒ酸をあらかじめ酸化剤を用いて5価のヒ酸に酸化した後に除去処理を行う必要があった。
【0003】
吸着法は、ヒ素を含む被処理水を吸着剤に接触させて吸着除去する方法であり、吸着剤としては活性炭、活性アルミナ、ゼオライト、チタン酸、ジルコニウム水和物などが使用される。
セリウム、鉄粉および活性アルミナ等の周知のヒ素吸着剤を使用する方法は、凝集沈殿法に較べて優れた除去効率を得られるが、ヒ素に対する選択性の面で不十分であり、実用面で満足できる程のヒ素除去効果は得られていない。また、セリウム、鉄粉および活性アルミナ等の周知のヒ素吸着剤においては等電点が中性付近にあるため、処理水のpHが7〜8を超えると表面電荷が負になりヒ素の吸着能を失うという欠点があった。
ジルコニウム系吸着剤としては、ジルコニウム、酸化ジルコニウム、炭酸ジルコニウム、リン酸ジルコニウム、含水酸化ジルコニウム等が知られており、これらジルコニウム化合物を造粒したり、担体に担持させて用いることが行なわれている(特許文献1および非特許文献3)。担体としては、リン酸基を有する反応性モノマーをグラフト重合して得た不織布(特許文献2)、アルミニウム・マグネシウム複合酸化物(特許文献3)、ゲータイト(特許文献4)および陽イオン交換基結合型シリカゲル(非特許文献3)、球形樹脂ビーズ(非特許文献4)等が挙げられる。
【0004】
ハイドロタルサイトやパイロライトを用いた水溶液中の亜ヒ酸イオンまたはヒ酸イオン吸着剤は、非特許文献1、特許文献5および特許文献9に開示されているように公知である。非特許文献1、特許文献6および特許文献7にはハイドロタルサイトの炭酸イオンの一部を塩化物イオンに置換した化合物をヒ素の除去に用いることが記載されている。しかしながら、上記文献には競合イオンが存在する場合のヒ素に対する吸着選択性については述べられていない。
特許文献8には、空気中の二酸化炭素による炭酸汚染や処理水中の炭酸イオンとの競合の影響を受けずに処理水中の陰イオン吸着能を維持するハイドロタルサイトが開示されている。
特許文献8の段落0006および実施例1には、硝酸マグネシウムと硝酸アルミニウムの混合酸性溶液と水酸化ナトリウム水溶液とを、反応系が常にpH8以下となるようにNa+/Mg2+のmol比を2.5〜3.0の範囲に調整して一気に混合、攪拌し、得られたスラリーをろ過、洗浄および乾燥することで、高い陰イオン交換能を有し、二酸化炭素や炭酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン等が存在する環境でも期待される陰イオン交換能を発揮するハイドロタルサイトが得られることが記載されている。しかし、非特許文献1、特許文献6〜8のいずれにもヒ素と硝酸の同時吸着性についての記載はない。
【0005】
近年農耕地の肥料や生活排水に含まれるアンモニアが酸化されて生成した硝酸態窒素による地下水汚染が問題となっている。硝酸態窒素を多量に摂取した場合、一部が消化器内の微生物により還元されて、体内に亜硝酸態窒素として吸収され、血中でヘモグロビンと結合してメトヘモグロビンとなり、メトヘモグロビン血症を引き起こしたり、また硝酸態窒素は胃の中で発ガン性のN−ニトロソ化合物を生成する。そのため環境基本法「公共水域の水質基準」において、または「水道法に基づく水質基準に関する省令」において10mg/L以下という基準が設けられている。従って地下水、河川水および湖沼水等を飲料水として利用するためには、これら被処理水中の硝酸イオンを除去する必要がある。
硝酸イオンを除去する技術としては、微生物による生物学的方法およびイオン交換法、電気透析法、逆浸透法、吸着法等の物理化学的方法が知られている。上記のなかでも吸着法は簡便性の点で優れている除去方法である。吸着剤としては、塩化鉄処理した木炭や黒ボク土等がよく知られている、より安価な素材で硝酸イオンを効率よく除去することのできる技術の開発が望まれていた。
非特許文献2には、例えば下記式(2)で表わされるMg−Fe−Al−Cl型ハイドロタルサイトのリン酸、硝酸イオン除去能力について記載されている。
Mg0.666Fe(III)0.162Al0.172(OH)2(Cl)0.140・(CO3)0.0121・0.328H2O (2)
しかし、リン酸や炭酸イオンが共存するときには、式(2)のハイドロタルサイトの硝酸イオンに対する選択性が低いために、硝酸イオンをほとんど除去できない。
特許文献10には、下記式(3)で例示される結晶性複合金属水酸化物、その水熱処理物およびそれらの加熱処理物の中から選ばれた少なくとも1種を有効成分とすることを特徴とする硝酸イオン吸着剤が開示されている。
[Ni(II)0.79Fe(III)0.21(OH)2][(Cl)0.21・0.63H2O] (3)
【0006】
特許文献10の段落0009によれば、NiのかわりにCo(II)、Zn(II)、Fe(II)、Cu(II)であってもよく、Fe(III)をAl(III)等他の3価金属で置き換えてもよい。さらに段落0010によれば、硝酸イオンとのイオン交換性を考慮するとCl−がHCO3−、OH−、CO32−またはNO3−に置き換わっていてもよい。しかし、特許文献10には、ヒ素を同時に吸着する吸着剤についての記載はない。
【非特許文献1】「ハイドロタルサイトの水環境保全・浄化への応用」 亀田知人、吉岡敏明、梅津良昭、奥脇昭嗣;The Chemical Times 2005 No.1 通算200号 p.10−16(関東化学株式会社発行)
【非特許文献2】「Removal Characteristics of Phosphate and Nitrate Ions with an Mg−Fe−Al−Cl Form Hydrotalcite」 Tomiyuki Kuwabara、Hideo Kimura、Shunzi Sunayama、Ariumi Kawamoto、Hisamitsu Oshima and Toshio Sato;Journal of Society of Inorganic Materials,Japan 14,17−25(2007)
【非特許文献3】「固相抽出法による環境水中のヒ素(III)およびヒ素(V)の簡単な現場同時補集濃縮/定量」奥村稔、藤永薫、清家泰、永田美香、松尾修士;BUNSEKI KAGAKU vol.52、No.12 pp.1147−1152(2003)
【非特許文献4】「Removal of As(III) and As(V) by a Porous Spherical Resin Loaded with Monoclinic Hydrous Zirconium Oxide」 Toshishige M. Suzuki, John O. Bomani, Hideyuki Matsunaga and Toshiro Yokoyama;Chemistry Letters vo l.26 No.11 p.1119−1120(1997)
【特許文献1】特開平10−165948号公報
【特許文献2】特開2004−188307号公報
【特許文献3】特開2000−70927号公報
【特許文献4】特開2007−196170号公報
【特許文献5】特開2000−33387号公報
【特許文献6】特開2007−741号公報
【特許文献7】特開2000−233188号公報
【特許文献8】特開2006−334456号公報
【特許文献9】特開2001−233619号公報
【特許文献10】特開2004−130200号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ハイドロタルサイト(以下「HT」と略称することがある)微粒子は、イオン交換反応により、無機アニオンおよび有機アニオンを素早く吸着する吸着剤であることが知られている。
しかし、通常のHTのイオン交換選択性は多価陰イオンに大きく、1価陰イオンに対しては小さく、荷電密度の小さい硝酸イオンに対してはとりわけ小さく、他の陰イオンとの共存系ではほとんど吸着除去することは望めないのが実状であった。
従って本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素の吸着容量が大きいハイドロタルサイト系の吸着剤を提供することにある。また本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素の選択性が大きい吸着剤を提供することにある。また本発明の目的は、共存する陰イオンの妨害をさほど受けずに硝酸イオンおよびヒ素を効果的に除去することができる吸着剤を提供することにある。さらに、本発明の目的は、硝酸イオンおよびヒ素を同時に吸着除去できる安全な選択吸着剤を提供することにある。
また本発明の目的は、該吸着剤の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、優れた硝酸イオンの吸着剤を見出すため、ハイドロタルサイトを構成する2価金属イオン、3価金属イオンおよびアニオン種の種類並びに金属イオンのモル比に着目して検討した。その結果、Mg−Al−Cl型ハイドロタルサイト微粒子においてAl/(Mg+Al)が0.16〜0.20の範囲のものが最も硝酸イオン吸着性に優れているという知見を得た。
またこの粒子を、多価金属の可溶性塩水溶液で処理し、多価金属化合物を表面に存在させると、優れた硝酸イオン吸着性を維持しつつ、優れたヒ素およびリン酸イオンの吸着性を示すことを見出し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、
1.下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤、
2.多価金属化合物が、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である前項1記載の吸着剤、
3.多価金属化合物が、Zr(IV)、Fe(III)、Ti(IV)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である前項1に記載の吸着剤、
4.ハイドロタルサイト微粒子が、100℃以上の温度で水熱合成されたものである前項1に記載の吸着剤、
5.ハイドロタルサイト微粒子が、150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものである前項1に記載の吸着剤、
6.多価金属化合物の量が、吸着剤の総量に対し多価金属の酸化物換算で2〜30重量%である前項1に記載の吸着剤、
7.式(1)においてxが、0.16≦x≦0.20を満足する前項1に記載の吸着剤、8.式(1)において(x−ny)/xが、0.6≦(x−ny)/x≦1.0を満足する前項1に記載の吸着剤、
9.硝酸イオン、リン酸イオンおよびヒ素に対して同時吸着性を有する前項1に記載の吸着剤、
10.下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させることよりなる吸着剤の製造方法、
11.多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩である前項10に記載の製造方法、
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の吸着剤は、硝酸イオンおよびヒ素の吸着容量が大きい。また本発明の吸着剤は、硝酸イオンおよびヒ素の選択性が大きい。また本発明の吸着剤は、共存する陰イオンの妨害をさほど受けずに硝酸イオンおよびヒ素を効果的に除去することができる。また本発明の吸着剤は、人体に対する安全性が高い。本発明の吸着剤は、リン酸イオンを吸着することができる。
従って本発明の吸着剤は、他の陰イオンの共存する溶液中において、硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンをひとつの吸着剤で同時にかつ効果的に除去できる。本発明の吸着剤によれば、一般淡水から硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオン等を吸着除去して安全な飲料水を製造することができる。
本発明の吸着剤は、ヒ素の吸着の初期段階において吸着容量・吸着速度が著しく大きい。この吸着現象は、表面に多価金属化合物を有しないハイドロタルサイト微粒子単体では認められないものである。
【0011】
本発明の製造方法によれば、吸着剤を製造することができる。
ヒ素には、5価あるいは3価のヒ素からなるイオン性あるいは中性化学種が含まれる。硝酸イオン(NO3−)は硝酸およびその化合物の電離、分解によって主に生じる1価の陰イオンである。
リン酸イオンには、リン酸イオン(PO43−)、リン酸水素イオン(HPO42−)、リン酸二水素イオン(H2PO4−)、二リン酸(P2O74−)、三リン酸(P3O105−)などが含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
〈吸着剤〉
(ハイドロタルサイト微粒子)
ハイドロタルサイト微粒子は、下記式(1)で表されるハイドロタルサイトの微粒子である。式(1)に示すように主要構成元素はマグネシウムとアルミニウムで、白色で安全な化合物である。
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
式(1)中、xは0.15<x<0.34を満足する正数である。xが0.15<x<0.34を満足する範囲(すなわち1.94<Mg/Al<5.67)でほぼHTの結晶相のみが得られる。
【0013】
1価陰イオン、とりわけ硝酸イオン交換選択性の点から、xは、0.16≦x≦0.20を満足することが好ましい。この範囲ではプラス電荷の中心であるAlの固溶量が少ないためAlは互いに格子定数の2倍以上の間隔をもって配置されており、多価陰イオンを直接に電気的に中和することができないため多価陰イオンを安定化できない。このため1価陰イオンには有利となり、とりわけ同一平面に酸素原子があるオキソ酸の硝酸イオンには有利となり選択吸着性が高くなる。このことはMg/Alの変化に対する硝酸イオンの分配係数KdNO3値の測定結果を示した図24から明らかである。
An−はCl−以外のn価の陰イオンである。An−として、吸着剤の製造中に不可避的に入ってくる大気由来の炭酸イオンが挙げられる。yは正数である。nは陰イオンの価数である。
【0014】
本発明においてHTは、塩化物イオンを層間陰イオンとして有するので、式(1)においてx−ny=x(つまりy=0である)が理想的である。塩化物イオンmol数x−nyが小さいと吸着容量は小さくなる。x−nyは、0.6≦x−ny≦1.0を満足することが好ましい。
式(1)において、mH2Oは、層間水を表わす。mは0.1<m<0.7を満足する。すなわち、本発明で用いられるHTは層間水を有する含水型である。HTの層間隔を決めているのは層間の陰イオンと層間水であり、硝酸イオンをイオン交換で選択的にインターカレートする最適の層間隔に維持するため、この層間水も役割を担っている。
【0015】
本発明において用いられるHT微粒子は、共沈反応法で得られた反応生成物をそのまま用いることもできるが、100℃以上の温度で水熱合成されたものが好ましい。150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものがより好ましい。
HT微粒子は、個々の板状結晶粒子が独立して存在し、層間での陰イオン交換の際のイオンの出入口である粒子端面が全部開放されているものが好ましい。
(多価金属化合物)
本発明の吸着剤は、多価金属化合物が上述のHT微粒子の表面に存在している。本発明において多価金属化合物とは、具体的には、Zr(IV)、Fe(III)、Ce(IV)、Ti(IV)、V(V)、Mn(II)、Mn(III)、Mn(IV)、Mn(VI)、Mn(VII)、Cu(II)、Co(II)、Co(III)、Mo(II)、Mo(III)、Mo(IV)、Mo(V)、Mo(VI)、Ni(II)、Ni(III)等の化合物である。
多価金属化合物は、多価金属の含水酸化物、すなわち、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である。多価金属化合物として、選択吸着性やコスト面からZr(IV)、Fe(III)、Ce(IV)またはTi(IV)の酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である。
【0016】
本発明においてHT微粒子の表面に析出した多価金属化合物は非晶質である。「非晶質」とはX線回折で非晶質であることを意味する。
本発明の吸着剤のX線回折図においては、多価金属の酸化物結晶または水酸化物結晶のピークが認められずHTの回折線のみが認められるので、該多価金属化合物がX線回折で非晶質であることが確認できる。また、このことは該吸着剤が多価金属化合物量の増加に伴い出発物質であるHTより格段に大きなBET比表面積を持つようになることからも支持される。
一般にジルコニウム、鉄、セリウムおよびチタン等の多価金属の酸化物結晶または水酸化物結晶には陰イオン吸着性があるとされているが、これらは結晶構造を有するので、BET比表面積が小さく、吸着サイトである表面水酸基も少ないので吸着剤としては不十分であった。一方、本願発明の吸着剤はBET比表面積が大きく吸着サイトである表面水酸基も多いので吸着能が高い。
本発明の吸着剤は、上述のHTを多価金属の可溶性塩の水溶液で処理することにより得られる。即ち多価金属化合物は、多価金属の可溶性塩の加水分解によって生成した非晶質の化合物である。
【0017】
HT微粒子の表面に析出した多価金属化合物は、結晶化が阻止されている非晶質の含水酸化物である。詳しくは、沈殿pHが酸性域である(4付近と低い)アルミニウムイオンは多価金属化合物と共沈物を少量形成しているととともに、生成pHが低いことから多価金属化合物は少量の塩化物イオンを含有していると推測され、これにより非晶質が維持されている。更に多価金属化合物の3価および4価の金属イオンサイトの一部に3価であるアルミニウムイオンが同形置換的に入った含水酸化物も形成されていると考えられ、これら複数の要因で結晶化が阻止されていると推測される。
多価金属化合物の重量は、吸着剤の全重量に対し、金属酸化物換算で2〜40重量%の範囲で良好な吸着性能が得られ、より好ましくは2〜30重量%の範囲である。2重量%未満であると吸着能が低くなり、40重量%を超えるとHTがその構造を維持できなくなる。
本発明の選択吸着剤は、特徴的には、硝酸イオン、リンイオンおよびヒ素のような人の健康にとって有害もしくは水環境の富栄養化の原因となる複数の溶質成分を1つの吸着剤で同時選択的に吸着することができる。
【0018】
〈吸着剤の製造方法〉
本発明の吸着剤は、下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させ製造することができる。
ハイドロタルサイト微粒子は吸着剤の項で説明した通りである。ハイドロタルサイト微粒子は100℃以上の温度で2時間以上、水熱合成されたものが好ましい。
懸濁水溶液中のハイドロタルサイト微粒子の含有量は、好ましくは2〜10w/v%、より好ましくは4〜6w/v%である。2w/v%以下では生産性が低く、10w/v%を超えるとハイドロタルサイト粒子の表面に多価金属化合物を均一に析出させることが困難になる。ここで、w/v%とは懸濁水溶液中のハイドロタルサイトの重量w(g単位)と該懸濁液に用いた水の体積v(mL単位)の比を百分率で表したものである。
【0019】
多価金属の可溶性塩として、Zr(IV)、Fe(III)、Ce(III)、Ce(IV)、Ti(IV)、V(V)、Mn(II)、Mn(III)、Mn(IV)、Mn(VI)、Mn(VII)、Cu(II)、Co(II)、Co(III)、Mo(II)、Mo(III)、Mo(IV)、Mo(V)、Mo(VI)、Ni(II)、Ni(III)等の可溶性塩が挙げられる。
なかでもFe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の可溶性塩が好ましい。
【0020】
可溶性塩として塩化物または硫酸塩が好ましい。従って、多価金属の可溶性塩として、オキシ塩化ジルコニウム、塩化鉄(III)、塩化チタン(IV)、硫酸セリウム(IV)、塩化セリウム(III)、オキシ塩化バナジウム(IV)、塩化マンガン(IV)、塩化銅(II)、塩化コバルト(II)、オキシ塩化モリブデン(III)および塩化ニッケル(II)等の塩化物または硫酸塩が好ましい。塩化物のかわりに硫酸塩等を使用すると若干選択吸着性が低下することがある。多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)から選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩であることが好ましい。
多価金属の可溶性塩を注加する懸濁水溶液の温度は、60℃以下、好ましくは10〜50℃、より好ましくは20〜40℃である。本発明の製造方法では、懸濁水溶液を撹拌しつつ多価金属の可溶性塩を注加する。
【0021】
本発明の製造方法で得られた吸着剤の回折X線図は、HTの典型的な回折線を示すのみであり、多価金属の酸化物または水酸化物結晶の回折線は認められない。このことは多価金属化合物が非晶質であることを示している。
多価金属イオンは一般に沈殿pHが低く、強アルカリとの均一反応系では、急激に反応して水酸化物を形成し、さらに結晶化ないしは酸化物化が進行しやすい。しかし、本発明の製造方法においては弱アルカリでかつ結晶成長したHTがアルカリの役割を果たしているため、非常に柔和なアルカリとして働き、多価金属化合物の生成は緩やかに進行して非晶質になりやすい。
さらに多価金属化合物は、HT微粒子の表面に存在しなければ本発明における課題は解決できない。本発明においてはHT微粒子の結晶表面が沈殿析出の核としての役割を果たし、非晶質の多価金属化合物を効率よくHT微粒子の表面に析出させている。これらの点で本発明においてHTは非晶質の多価金属化合物をリン酸およびヒ素の吸着に最適化するため二重の役割をしているといえる。
通常、60℃以下においてHT微粒子の懸濁水溶液に多価金属の可溶性塩の水溶液を注加すると、HT微粒子の表面には非晶質の金属水酸化物あるいは金属酸化物、またはこれらの複合物、すなわち金属含水酸化物が析出する。従って、本発明においてHT微粒子の表面に析出する「多価金属化合物」とは、非晶質の多価金属含水酸化物である。実際、本発明の吸着剤を加熱処理した場合、脱水による重量減少が認められ、結晶性酸化物を生成することがX線構造解析で確認された。
【0022】
本発明の吸着剤の回折X線図では、回折線のシフト、半価幅等の変化が認められないことから、元のHT構造が保持されていることが分る。本発明の吸着剤が硝酸イオンの選択的吸着性能を保持している理由は、HT微粒子の表面層の一部は多価金属の可溶性塩水溶液との反応で溶解消費されるが、残った本体では元のHTの形状・性質が維持されているためである。従来は、酸性の強い多価金属の可溶性塩水溶液で処理されたHTは酸溶解による結晶構造の破壊と溶解後別物質の析出により、硝酸イオンの吸着能等はないと推測されていたが、本発明の方法によれば良好な吸着性能が得られる
本発明の吸着剤において、非晶質多価金属化合物はHT微粒子の表面に存在する。このことはTEM写真においてHT微粒子内部は層状構造を呈しているのに対し、HT微粒子の表面には層構造を持たない別の相が認められることからも確認できる。具体的には、HTに対して非晶質多価金属化合物のmol比が小さいときは、HT微粒子の表面が均一に非晶質多価金属化合物で被覆された状態である。非晶質多価金属化合物のmol比が大きくなると、HT微粒子の表面が被覆されるだけでなく粒子状の非晶質多価金属化合物も担持された状態になる。
【実施例】
【0023】
以下本発明の吸着剤の製造方法および効果を実施例に基づいて具体的に説明する。実施例において用いた装置、方法は以下のとおりである。
(1)平均二次粒子径測定
レーザ回折散乱法粒度分布測定装置MT―3300(日機装(株)製))を用いて測定した。
(2)BET法比表面積の測定
湯浅アイオニクス(株)製の12検体全自動表面測定装置マルチソーブ−12で測定した。
(3)粒子形状の観察
走査型電子顕微鏡(SEM写真)で観察した。
方法:加速電圧15kV、作動距離10mm、倍率2万倍
装置:S−3000N(日立)
【0024】
(4)粒子構造の解析
X線回折により行なった。
方法:Cu−Kα、角度(2θ):5〜65°、ステップ:0.02°、スキャンスピ−ド:4°/分、管電圧:40kV、管電流:20mV。
装置:RINT2200VX線回折システム(理学電機(株)製)
(5)成分分析
MgO、Al2O3、Fe2O3、CeO2:キレート滴定法による。
【0025】
ZrO2:重量法による(マンデル酸ジルコニウム沈殿)
TiO2:UV吸収法による
Cl:ホルハルト法による
CO2:JIS R9101に準ずる方法による
【0026】
(6)HT粒子表面の観察
透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した。
方法:加速電圧200kV(電子線照射による試料の損傷を避ける為)
装置:JEM−3010(日本電子株式会社製)
本発明の吸着剤の製造方法と吸着剤の特性を実施例で説明する。特に明記する以外は、反応を常温でおこない、薬品は和光純薬の試薬1級を用いた。
【0027】
(合成例1)
1.194mol/Lの塩化マグネシウムと0.265mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(A液:Mg/Al=4.5)を4.5Lおよび3.4mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液(B液)4Lを各々調製した。
オーバーフロー管の付いた反応槽に脱イオン水500mLを入れ、撹拌しつつ定量ポンプでA液/B液=1.134/1.00の容量比となる流量速度で140分間注入して沈殿生成物を含有する懸濁液得た。得られた懸濁液750mLを150℃で8時間水熱反応させ反応懸濁液Aを得た。
反応懸濁液Aを濾過、水洗および、105℃で18時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定よりMg−Al−Cl系(Mg/Al=4.65)のHT微粒子であった。
【0028】
(合成例2)
反応懸濁液Aを室温に冷却した後、下記の表面被覆処理操作を行い、吸着剤を得た。
試薬ZrOCl2・8H2O、2.84gを脱イオン水100mLに溶解してZrOCl2溶液を調製した後、上記反応懸濁液A中に滴下し1時間反応させた。生成物を濾過、水洗、乾燥、粉砕および篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.79であった。
【0029】
(合成例3)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を5.11gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.51であった。
【0030】
(合成例4)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を8.51gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.39であった。
【0031】
(合成例5)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を14.18gに変更した以外は合成例2と同様の方法により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比Mg/Al=4.5であった。
【0032】
(合成例6)
1.138mol/Lの塩化マグネシウムと0.285mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(C液:Mg/Al=4.0)を5Lおよび上記B液4.3Lを各々調製した。容量比(C液/B液)=1.17/1.00とする以外は合成例1と同様の方法により反応懸濁液Bを得た。さらに合成例1と同様の操作により吸着剤を得た。
吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定よりMg−Al−Cl系(Mg/Al=4.03)のHT微粒子であった。
【0033】
(合成例7)
反応懸濁液Bを室温まで冷却した後、試薬ZrOCl2・8H2Oの量を7.65gに変更し、反応懸濁液Aの代わりに反応懸濁液Bを使用した以外は合成例2と同様の処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.04であった。
【0034】
(合成例8)
試薬ZrOCl2・8H2Oの量を15.3gに、反応懸濁液Bを反応懸濁液Dに変更した以外は合成例2と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.87であった。
【0035】
(比較例1)
FeCl3・6H2O水溶液650mL(92mmol)を室温で撹拌しつつMgO粉末(460mmol)を添加し、40分間撹拌後、沈殿生成物懸濁液を170℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却後濾過し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥させた。乾燥物をサンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析より、Mg−Fe−Cl型(Mg/Fe=4.0)のパイロライト・タイプ層状複水酸化物であった。
【0036】
(比較例2)
塩化マグネシウム0.28molと塩化アルミニウム0.07molを含む混合水溶液300mlを室温下で撹拌しつつ、上記B液257mLを注加し、1時間撹拌して沈殿生成物懸濁液を得た。
得られた沈殿生成物懸濁液を撹拌しつつ室温下、試薬ZrOCl2・8H2O(0.07mol)を含む水溶液100mLを加えた後、150℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却、濾過、水洗、乾燥、粉砕および篩過して吸着剤を得た。吸着剤は、粉末X線回折、組成分析により、Mg−Al−Cl型(Mg/Al=3.65)のHTと結晶性の酸化ジルコニウムであることがわかった。
【0037】
合成例1〜8および比較例1〜2で得られた吸着剤の特性を表1に、合成例1および5、比較例1および2の吸着剤のX線回折図を図13、14、15および16に、合成例1、3および5の吸着剤のSEM写真を図1、2および3に各々示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例2〜5、7および8の吸着剤は非晶質のジルコニウム化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果からジルコニウムの存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつき、粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、ジルコニウムは非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
図1〜3(SEM写真)から、ジルコニウム化合物の量が約12%以下の範囲では、HT表面は非晶質のジルコニウム化合物によって均一に被覆されていることがわかる。
【0038】
【表1】
【0039】
(合成例9)
1.17mol/Lの塩化マグネシウムと0.259mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(Mg/Al=4.5)363mLを室温下で撹拌しつつ前記B液318mLを注加し、40分間撹拌後、沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させて得られた反応懸濁液を室温まで冷却し、さらに濾過、水洗、乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.5)のHT微粒子であった。
【0040】
(合成例10)
B液の量を321mLに変更した以外は合成例9と同様の操作を実施して反応懸濁液Cを得た。28.2mmolのFeCl3・6H2Oを脱イオン水100mLに溶解してFeCl3水溶液を調製した。750mLの反応懸濁液Cに上記FeCl3水溶液を滴下し1時間反応させた。生成物を濾過脱水し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.19であった。
【0041】
(合成例11)
試薬FeCl3・6H2Oの量を47.0mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.84であった。
【0042】
(合成例12)
試薬FeCl3・6H2Oの量を56.4mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.82であった。
【0043】
(合成例13)
試薬FeCl3・6H2Oの量を70.5mmolとした以外は、合成例10と同様に処理操作を行い、吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.72であった。
【0044】
(合成例14)
1.187mol/Lの塩化マグネシウムと0.29mol/Lの塩化アルミニウムを含む混合水溶液(Mg/Al=4.5)345mLを室温下で撹拌しつつB液304mLを注加し、40分間撹拌後、沈殿生成物懸濁液を170℃で8時間水熱反応させた以外は合成例9と同様の操作により吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.1)のHT微粒子であった。
【0045】
(合成例15)
B液の量を313mLに変更した以外は合成例9と同様の操作を実施して反応懸濁液Dを得た。さらに、試薬FeCl3・6H2Oの量を28.2mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Dにした以外は、合成例10と同様に操作し吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.6であった。
【0046】
(合成例16)
Mg濃度を1.36mol/Lに調製した、工業原料用塩化マグネシウムの水溶液と1mol/Lの硫酸アルミニウム水溶液を含む混合水溶液(Mg/Al=5.0)を室温で撹拌しつつ前記B液326mLを注加し、合成例9と同様にして水熱反応させた。得られた反応懸濁液Eを合成例9と同様に操作して吸着剤を得た。得られた吸着剤は粉末X線回折、組成分析、粒度分布測定より、Mg−Al−Cl型(Mg/Al=4.94)のHT微粒子であった。
【0047】
(合成例17)
試薬FeCl3・6H2Oの量を54.0mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.19であった。
【0048】
(合成例18)
FeCl3・6H2Oの量を81.0mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.66であった。
【0049】
(合成例19)
FeCl3・6H2Oの量を90mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.48であった。
【0050】
(合成例20)
FeCl3・6H2Oの量を141mmolに、反応懸濁液Cを反応懸濁液Eに変更した以外は合成例10と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.52であった。
【0051】
(比較例3)
FeCl3・6H2O水溶液650mL(104mmol)を室温で撹拌しつつ市販品のMg(OH)2粉末(484mmol)を添加し、40分間撹拌後、沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させた。水熱反応液を冷却後濾過し、脱イオン水1Lで水洗し、105℃で20時間乾燥させた。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析より、Mg−Fe−Cl型(Mg/Fe=3.65)の層状複水酸化物(パイロライト・タイプ)であった。
【0052】
合成例9〜20および比較例3で得られた吸着剤の性質を表2に、合成例9および13の吸着剤のX線回折図を図17および18に、合成例9、10、13および19の吸着剤のSEM写真を図4〜7に各々示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例10〜13、15および17〜20の吸着剤は非晶質の第二鉄化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であることがわかった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果から第二鉄の存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつきおよび粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、第二鉄は非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
図4〜6(SEM写真)から、第二鉄化合物の量が約15%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質の第二鉄化合物によって均一に被覆されているが、この範囲を超えるとHT微粒子の表面に粒子状の第二鉄化合物も担持された状態になることがわかる(図7)。
【0053】
【表2】
【0054】
(合成例21)
2.069mol/Lの塩化マグネシウム溶液204.4mlと1.038mol/Lの塩化アルミニウム溶液90.6mLとの混合水溶液(Mg/Al=4.5)を室温下攪拌しつつ3.38mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液320mLを注加し、30分間攪拌後沈殿生成物を170℃で8時間水熱反応させた。
【0055】
得られた反応懸濁液Fを室温まで冷却し、さらに濾過、水洗、乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。吸着剤は粉末X線回折、組成分析よりMg−Al−Cl型(Mg/Al=4.42)のHT微粒子であった。
【0056】
(合成例22)
冷却後1L容器に反応懸濁液Fを入れ、攪拌しつつ0.47mol/LのTi(SO4)2溶液33mL(14mmol)を滴下し1時間反応させた。生成物を濾過し、脱イオン水1Lで水洗し105℃で20時間乾燥した。サンプルミルで粉砕後、150μmの金網で篩過して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.68であった。
【0057】
(合成例23)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を70mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は3.31であった。
【0058】
(合成例24)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を100mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.84であった。
【0059】
(合成例25)
0.47mol/LのTi(SO4)2溶液の滴下量を150mLに変更した以外は合成例22と同様の処理操作により吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は2.11であった。
【0060】
(合成例26)
反応懸濁液Fを1L容器に入れ、攪拌しつつ0.141mol/LのCe(SO4)2溶液100mL(14.1mmol)を滴下し1時間反応させた。その後は合成例22と同様に処理して吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.37であった。
【0061】
(合成例27)
0.217mol/LのCe(SO4)2溶液130mL(28.2mmol)を滴下すること以外は合成例25と同様にして吸着剤を得た。得られた吸着剤の組成mol比(Mg/Al)は4.00であった。
【0062】
合成例21〜27で得られた吸着剤の性質を表3に、合成例23および25の吸着剤のX線回折図を図19および20に、合成例21、22、25、26および27の吸着剤のSEM写真を図8〜12に各々示す。また、合成例21および27の吸着剤のTEM写真を図21および22に示す。
粉末X線回折、組成分析より合成例22〜25および合成例26〜27の吸着剤は各々非晶質のチタンまたはセリウム化合物を表面に有するMg−Al−Cl型HT微粒子であることがわかった。
すなわち、粉末X線回折図からはHTの存在以外は認められないが、化学分析結果からチタンまたはセリウムの存在は確認できており、さらにSEM写真および粒度分布からHT微粒子の粒子径ばらつきおよび粒子形状が本発明の処理前後で大きく変化していないことが確認できることより、チタンまたはセリウムは非晶質の化合物でHT微粒子の表面に偏在していることがわかる。
【0063】
図8〜10(SEM写真)から、チタン化合物の量が約3重量%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質のチタン化合物によって均一に被覆されているが、約17重量%を超えるとHT微粒子の表面に粒子状のチタン化合物も一部担持された状態になることがわかる。また、図10、11および12(SEM写真)から、セリウム化合物の量が約12重量%以下の範囲ではHT微粒子の表面は非晶質のセリウム化合物によって均一に被覆されていることがわかる。
図21および22は合成例21および27から得られたHT微粒子を、その層状構造をとるHT成分の層に平行な方向から観測したTEM写真である。図21(TEM写真)から本発明の処理を行う前のHTにおいてはHT微粒子の内部から表面まで層構造が認められるが、一方図22に示す本発明の吸着剤のTEM写真においては、HT微粒子の内部では層構造が維持されているがその表面にはセリウム含水酸化物の微結晶または非晶質と推察される像(層構造−縞模様−を持たない強いコントラスト)が観察される。これはジルコニウム、鉄およびチタン等他の多価金属の場合にも同じように観察される特徴である。
【0064】
【表3】
【0065】
次に本発明の吸着剤の効果を以下実施例で説明する。
(吸着実験例1)
各2mmol/LのNaCl、NaNO3、Na2CO3、NaH2PO4、Na2SO4と4ppmのAs(III)の混合溶液(pH=7.5)50mLに対して、合成例1〜27(合成例21を除く)および比較例1〜3で得られた各吸着剤0.4gを用いて吸着実験を行った。2時間後に15mLを採取し、0.2μmのフィルターで固液分離し、各陰イオン濃度はイオンクロマトグラフィーで測定した。ヒ素の濃度のみICP−MSで測定した。分配係数Kdは下記式により求めた。
Kd(mL/g)=陰イオン吸着量(mg/g)/陰イオン濃度(mg/mL)
吸着実験結果をもとに計算したKd値を表4、5、および6に示す。表中のNO3−、HPO42−、H2AsO3−、SO42−はそれぞれ硝酸イオン、リン酸イオン、ヒ素および硫酸イオンを意味する。
また、時間に対するヒ素濃度の変化(吸着速度)を図23に示す。
【0066】
(吸着実験例2)
合成例1および2以下の方法にならい、Mg/Al比が2、3、4、4.5および5である本発明の吸着剤を調製した。それぞれの吸着剤につき上記方法で分配係数Kdを求めた結果を図24に示す。
【0067】
【表4】
【0068】
【表5】
【0069】
【表6】
【0070】
合成例9および14(または1および6)と、比較例1および3の吸着剤の硝酸イオンの分配係数Kd値を比べると、Mg−Al−Cl型の本発明の吸着剤は組成が類似の従来のパイロライト型吸着剤に比べて硝酸イオンの選択吸着性に優れていることがわかる。
また、合成条件が同じである合成例14、9および16の硝酸イオンの分配係数Kd値を比較すると、(Mg/Al)の比が4.5の合成例9で最大となり、比がこれより小さい4.0の合成例14ではやや低くなり比が4.9の合成例16ではかなり低下している。(Mg/Al)の比が4.5の場合に硝酸イオンの選択吸着性に優れていることがわかる。図22に示す別の実験結果からも、硝酸イオンの分配係数は(Mg/Al)の比が2から4.5付近までの範囲では上昇し、約4.5のときがピークであり、5では分配係数が急速に下降している。
【0071】
表1の合成例1〜5のZrO2含有量と表4のヒ素の分配係数の関係、および表2の合成例9〜13のFe2O3含有量と表5のヒ素の分配係数の関係より、本発明の吸着剤は、硝酸イオンの高い選択性を保ちながら、HT微粒子の表面に存在している多価金属化合物の量が多くなるほどヒ素およびリン酸イオンの選択吸着性に優れた吸着剤となることがわかる。一般に、Kd値が大きくなり1,000近くになると、そのイオンの選択吸着剤であるとされる。
非晶質の多価金属化合物にかわって結晶性の多価金属水酸化物または酸化物を有する場合、リン酸イオンやヒ素の選択吸着性が劣るだけでなく、硝酸イオンの選択吸着性も劣ることが、比較例1、2および3で得られた分配係数との比較よりわかる。すなわち結晶性のジルコニウム化合物を有する比較例2の吸着剤の上記3陰イオンのKd値と合成例でのKd値の比較より、非晶質のジルコニウム化合物を有する本発明の吸着剤が優れていることがわかる。
また、合成例10〜13、17〜20および15と比較例1および3の上記3陰イオンのKd値の比較より、非晶質の第二鉄化合物を有する本発明の吸着剤が優れていることがわかる。
同様に、表3の合成例22〜25の非晶質のチタン化合物を表面に有するHT微粒子および合成例26〜27の非晶質のセリウム化合物を表面に有するHT微粒子についても、表6の結果が示すように硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンの選択吸着剤であることがわかる。
以上のように、本発明の非晶質の多価金属化合物を表面に有するHTは,硝酸イオン、ヒ素およびリン酸イオンに対して同時吸着性を示す選択吸着剤であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の吸着剤は、浄水装置などに用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】図1は実施例の合成例1にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図2】図2は実施例の合成例3にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図3】図3は実施例の合成例5にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図4】図4は実施例の合成例9にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図5】図5は実施例の合成例10にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図6】図6は実施例の合成例13にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図7】図7は実施例の合成例19にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図8】図8は実施例の合成例21にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図9】図9は実施例の合成例22にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図10】図10は実施例の合成例25にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図11】図11は実施例の合成例26にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図12】図12は実施例の合成例27にかかる吸着剤のSEM写真である。
【図13】図13は実施例の合成例1にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図14】図14は実施例の合成例5にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図15】図15は実施例の比較例1にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図16】図16は実施例の比較例2にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図17】図17は実施例の合成例9にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図18】図18は実施例の合成例13にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図19】図19は実施例の合成例23にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図20】図20は実施例の合成例25にかかる吸着剤の回折X線図である。
【図21】図21は実施例の合成例21にかかる吸着剤の板状結晶の端面を観察したTEM写真である。
【図22】図22は実施例の合成例27にかかる吸着剤の板状結晶の端面を観察したTEM写真である。
【図23】図23は実施例の吸着実験例の吸着速度を示すグラフである。
【図24】図24は実施例の吸着実験例におけるMg/Al比と硝酸イオンの分配係数の関係を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤。
【請求項2】
多価金属化合物が、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である請求項1記載の吸着剤。
【請求項3】
多価金属化合物が、Zr(IV)、Fe(III)、Ti(IV)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である請求項1に記載の吸着剤。
【請求項4】
ハイドロタルサイト微粒子が、100℃以上の温度で水熱合成されたものである請求項1に記載の吸着剤。
【請求項5】
ハイドロタルサイト微粒子が、150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものである請求項1に記載の吸着剤。
【請求項6】
多価金属化合物の量が、吸着剤の総量に対し多価金属の酸化物換算で2〜30重量%である請求項1に記載の吸着剤。
【請求項7】
式(1)においてxが、0.16≦x≦0.20を満足する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項8】
式(1)において(x−ny)/xが、0.6≦(x−ny)/x≦1.0を満足する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項9】
硝酸イオン、リン酸イオンおよびヒ素に対して同時吸着性を有する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項10】
下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させることよりなる吸着剤の製造方法。
【請求項11】
多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩である請求項10に記載の製造方法。
【請求項1】
下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表わされるハイドロタルサイト微粒子およびその表面に存在するX線回折で非晶質の多価金属化合物からなる吸着剤。
【請求項2】
多価金属化合物が、酸化物、水酸化物、またはそれらの複合物である請求項1記載の吸着剤。
【請求項3】
多価金属化合物が、Zr(IV)、Fe(III)、Ti(IV)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である請求項1に記載の吸着剤。
【請求項4】
ハイドロタルサイト微粒子が、100℃以上の温度で水熱合成されたものである請求項1に記載の吸着剤。
【請求項5】
ハイドロタルサイト微粒子が、150〜180℃の温度で2時間以上、水熱合成されたものである請求項1に記載の吸着剤。
【請求項6】
多価金属化合物の量が、吸着剤の総量に対し多価金属の酸化物換算で2〜30重量%である請求項1に記載の吸着剤。
【請求項7】
式(1)においてxが、0.16≦x≦0.20を満足する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項8】
式(1)において(x−ny)/xが、0.6≦(x−ny)/x≦1.0を満足する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項9】
硝酸イオン、リン酸イオンおよびヒ素に対して同時吸着性を有する請求項1に記載の吸着剤。
【請求項10】
下記式(1)
Mg1−xAlx(OH)2(Cl)x−ny・(An−)y・mH2O (1)
(式中、xは0.15<x<0.34を満足する正数であり、An−はCl−以外のn価の陰イオンであり、yは正数であり、mは0.1<m<0.7を満足する正数である。)
で表されるハイドロタルサイト微粒子の懸濁水溶液中に、温度60℃以下、撹拌下で多価金属の可溶性塩を注加して、ハイドロタルサイト微粒子の表面に多価金属化合物を析出させることよりなる吸着剤の製造方法。
【請求項11】
多価金属の可溶性塩が、Fe(III)、Zr(IV)、Ti(IV)、Ce(III)およびCe(IV)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属の塩化物または硫酸塩である請求項10に記載の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2009−178682(P2009−178682A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−21536(P2008−21536)
【出願日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)経済産業省四国経済産業局、平成19年度地域新生コンソーシアム研究開発事業(分離機能性ナノ粒子の非接触複合化による機動的浄水システム開発)に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000162489)協和化学工業株式会社 (66)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)経済産業省四国経済産業局、平成19年度地域新生コンソーシアム研究開発事業(分離機能性ナノ粒子の非接触複合化による機動的浄水システム開発)に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000162489)協和化学工業株式会社 (66)
【Fターム(参考)】
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