説明

配向した柱状粒子からなる窒化ケイ素多孔体とその製造方法

【課題】 ひずみや応力に対して許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子が一方向に配向し、柱状粒子以外は気孔率5〜30%の気孔のみからなる構造を特徴とするひずみや応力に対して許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体。上記窒化ケイ素多孔体は、窒化ケイ素として短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子のみを用いて、柱状粒子結合のための助剤とともに混合し、シート成形、押出成形等の成形手法を用いて窒化ケイ素柱状粒子が一方向の配向したテープを形成し、積層脱脂後窒素雰囲気中で焼結して製造される。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はひずみや応力に対して許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体およびその製造方法に関するものであり、さらに詳しくは、本発明は、緻密質の通常の窒化ケイ素セラミックスと比較して、高い強度を維持しつつ、気孔を含有して弾性率が低下した、ひずみや応力に対して極めて許容度が大きい特性を有する新しい窒化ケイ素多孔体およびその製造方法に関するものである。本発明の窒化ケイ素多孔体は、機械的強度が要求され、異なる部材間で熱膨張係数や弾性率に著しい差がある機構にも容易に組み込むことが可能であり、また、気孔含有による低密度の特長を生かして、材料の密度が発生する遠心応力を直接左右するガスタービン等の回転機械部品としても好適に使用することが可能である。
【0002】
【従来の技術】構造材料としてセラミックスを用いる場合、他の例えば金属系の材料との組み合わせ構造が必要となる。このような組み合わせ構造ではセラミックスと他の材料との熱的、機械的性質の違いからひずみ差が生ずる。特に、拘束条件の厳しい静止部品に負荷される応力およびそれに起因する破壊はこのひずみ差から生ずる。この種類のセラミックスの破壊の回避には、材料の破断ひずみの増大が有効である。
【0003】従来、破断ひずみの増大には強度の向上が不可欠であった。そのような観点から開発された代表的な従来の技術を例示すると、以下の例があげられる。窒化ケイ素セラミックスの強度は、製造プロセスでの欠陥の導入を防ぎ、なおかつ粒子の大きさを小さくすることによって達成されてきた。例えば、「日本セラミックス協会学術論文誌、103〔4〕、pp.407〜408(1995)」に見られるように粒成長を抑える焼結助剤を添加し、粒子が成長しない温度で慎重に焼結を行うことにより、高い強度を持つ材料の開発が報告されている。また、「セラミックス論文誌、97、pp.872〜874(1989)」に見られるように、焼結助剤として焼結時に窒化ケイ素粒子内に固溶する成分を配合し、焼結と固溶を同時に制御することにより、高強度窒化ケイ素を得ている。
【0004】しかしながら、上記の方法は以下のような問題点があり、その解決が強く求められていた。製造プロセス中で欠陥の導入を防ぎ、粒子の大きさを小さくするためには上記の例に見られるように極めて精緻なプロセス制御が必要となる。例えば、「ファインセラミックス次世代研究開発の軌跡と成果、ファインセラミックス技術研究組合編」に見られるように、強度の向上には多くの要因をしらみつぶしに調べ、それを順次解決していく膨大な量の実験と解析の繰り返しが必要となる。このことから、強度向上による破断ひずみの増大は、コストの上昇、再現性の欠如の問題があり、産業利用上の大きな制約となっていた。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、強度を維持しつつ製造プロセスに依存しないで弾性率を低下させて破断ひずみを増大させることが可能な窒化ケイ素を開発することを目標として研究に着手した。特に、破断ひずみを弾性率を低下させることにより増大させる観点は、前例の無い重要なポイントであり、従来技術で解決し得なかった問題を容易に解決する可能性があった。
【0006】セラミックスの弾性率の低下には2つの方法がある。一つは固溶等のセラミックスの物質固有の弾性挙動を制御する方法である。この方法は物質固有の特性の制御であることから普遍的な制御方法であるが、セラミックス特に共有結合性の強い本発明の対象材料である窒化ケイ素では固溶系、固溶量が限られていることから弾性率の低下には限界がある。もう一つの方法は低弾性率相の複合化である。従来の複合材料ではマトリックスよりも弾性率、強度とも高い強化相を複合化し、強度、靱性を向上させるのを目的としていた。しかし低弾性率相の複合では、低弾性率相は一般的に強度が貧弱であるため、一般的な複合則を強度に適用すれば複合体の弾性率とともに強度も低下してしまうことになる。
【0007】そこで、本発明者らは窒化ケイ素の高強度化に有効である窒化ケイ素の配向した柱状粒子のみを骨格として他の部分は低弾性率化に有効である気孔のみからなる高強度窒化ケイ素多孔体の製造を試みた。本発明の多孔構造中の気孔は柱状粒子の配向に伴って粒子同様に配向しており、一般的な球状の気孔等に比べ強度発現に有害である欠陥となりにくい。その結果、柱状粒子配向による高強度化と気孔導入による低弾性率化を同時に実現でき破断ひずみを大幅に増大させることができることを見いだし、本発明を完成するに至った。なお、詳細な検討の結果、窒化ケイ素多孔体中の柱状粒子は短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の大きさを持ち、気孔率は5〜30%になるようにそれぞれ制御することが低弾性率高強度の発現に必要であることを見いだした。本発明による多孔体では、セラミックスの破壊で最も重要である破壊の起点になりやすい気孔を配向した柱状粒子で支える構造になっている。そのため、弾性率には一般的な複合則が成り立つが、強度には複合則が成り立たず、一般的には強度に悪影響を及ぼす気孔を導入したにも関わらず強度を維持できることがわかった。本発明は、ひずみや応力に対して極めて許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体およびその製造方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、緻密質の通常の窒化ケイ素セラミックスと比較して、高い強度を維持しつつ、気孔を含有して弾性率が低下した、ひずみや応力に対して極めて許容度が大きい特性を有する新しい窒化ケイ素多孔体およびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するための本発明は、短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子が一方向に配向し、柱状粒子以外は気孔率5〜30%の気孔のみからなる構造を特徴とするひずみや応力に対して許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体に係わるものである。また、本発明は、窒化ケイ素として短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子のみを用いて、柱状粒子結合のための助剤とともに混合し、シート成形、押出成形等の成形手法を用いて窒化ケイ素柱状粒子が一方向の配向したテープを成形し、積層脱脂後窒素雰囲気中で焼結することを特徴とする上記の窒化ケイ素多孔体の製造方法に係わるものである。
【0009】
【発明の実施の形態】以下に、本発明についてさらに詳細に説明する。本発明の高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体を製造する方法は以下に示す通りである。
(1)窒化ケイ素柱状粒子のみを用いて、柱状粒子結合のための助剤とともに混合したスラリーを調製する。
(2)シート成形あるいは押出成形等の成形手法により、窒化ケイ素粒子が一方向に配向したテープを形成し、積層する。
(3)得られた成形体を脱脂後窒素雰囲気中で焼結する。
【0010】本発明により高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体を作製するには、まず、窒化ケイ素柱状粒子に所定量の柱状粒子結合助剤を添加する。窒化ケイ素柱状粒子原料はα型、β型、あるいは非晶質のいずれの結晶系のものを用いてもよいが、短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100のものを用いる。この柱状粒子の大きさは焼結後に残存する気孔の形状と体積分率を決定する重要な因子である。柱状粒子結合助剤としては、MgO、CaO、Al2 3 、Y2 3 、Yb2 3 、HfO2 、Sc2 3 、CeO2 、ZrO2 、SiO2 、Cr2 3 、AlN等、一般に用いられるものが使用されるが、酸化イットリウム、酸化アルミニウム等を含むことが望ましい。また、適宜α型およびβ型の通常の球状窒化ケイ素粉末も用いられる。
【0011】これら柱状粒子結合助剤の組合せ、添加量は、焼成温度、時間あるいは焼成時の窒素ガス圧などの焼成条件により異なるが、それぞれの焼成条件において、(1)柱状粒子以外は気孔率5〜30%の気孔のみからなるように、また、(2)窒化ケイ素柱状粒子が一方向に配向した組織が得られるように選択される。気孔率が5%以下であると本発明の目的である低弾性率が実現できず高強度高弾性率の通常の緻密な窒化ケイ素となる。一方、30%以上の気孔率の場合は柱状粒子の結合数が減少し強度が大幅に減少する。
【0012】また、これらの原料の混合に当たっては、粉体の混合あるいは混練に用いられる通常の機械を使用することができる。この場合は、湿式、乾式のどちらでもよいが、望ましくは湿式において混合される。湿式混合においては、水、メタノール、エタノール、トルエンなどの溶剤が用いられるが、窒化ケイ素の酸化を抑えるために有機溶媒を用いることが望ましい。有機溶媒を用いた場合はカチオン性セルロースなどの分散剤を用いることにより効果的に混合を行うことができる。
【0013】次に、上述のようにして得られた混合スラリーは、適量の有機バインダーを添加混合した後、粒子を配向させるために、ドクターブレード法等によるシート成形、あるいは押出し成形を用いて生成形体に成形される。特にシート成形を行った場合は所定の厚みを得るために成形後、加熱圧着が行なわれる。
【0014】次に、前記成形体は、通常の焼成方法、すなわち、まず600〜1000℃程度の温度で仮焼を行い、成形バインダーを加熱除去した後、1700〜2000℃の温度、1〜200気圧の窒素中で焼成される。この際、高強度と高気孔率を同時に発現させるために、焼成試料は気孔率が5〜30%の範囲にあり、かつ柱状粒子が一方向に配向した組織を持つことが重要である。
【0015】このようにして得られた本発明の高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体は、柱状粒子が一方向に配向し、かつその柱状粒子の周りは気孔のみからなる微構造を有する。気孔は柱状粒子の配向に伴って扁平な配向した形状を持ち、なおかつ大きさは約10μm程度で非常に良く揃っており、気孔中で柱状粒子が配向方向に支える構造になる。そのため、導入した気孔がセラミックスの破壊で最も重要である破壊の起点とならない独特の微構造となり、粒子及び気孔の配向方向に対して高い強度を発現する。本発明によれば、気孔を気孔率にして5〜30%含んでいるのにも関わらず、粒子及び気孔の配向方向に対して強度が1000MPa以上であり、気孔導入によって弾性率が低下した高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体を得ることができる。
【0016】
【実施例】次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は当該実施例によって何ら限定されるものではない。
実施例1(1)テープの作製β型窒化ケイ素柱状粒子(短径1μm、アスペクト比30)に柱状粒子結合剤として5wt%の酸化イットリウムと2wt%の酸化アルミニウムを添加し、トルエン/ブタノール混合液(4/1)を分散剤、バインダーとともに分散媒としたスラリーにした。このスラリーを用いてテープ成形により厚さ100μmの緻密層用のテープを製造した。
【0017】(2)積層体の作製と焼結作製したテープを計100枚積層し圧着後積層体を作製した。この成形体をCIP処理後、脱脂しさらに窒素雰囲気10気圧中で1850℃、6時間焼結を行った。
【0018】(3)多孔体の構造図1に得られた窒化ケイ素多孔体断面の研磨エッチング写真を示す。柱状粒子は写真水平方向に配向しており、それに伴って気孔も扁平な配向した形状を持っている。図2にはその高倍率の写真を示すが、気孔の大きさは約10μm程度で非常に良く揃っており、気孔中で柱状粒子が配向方向に支える構造になっていることがよくわかる。図3に破断面の高倍率写真を示す。柱状粒子同士は断面の6角形の辺または角をお互いに共有しあい、強固に結合している。
【0019】実施例2(1)テープの作製β型窒化ケイ素柱状粒子(短径1μm、アスペクト比30)に柱状粒子結合剤として5wt%の酸化イットリウム、2wt%の酸化アルミニウムに加えα型窒化ケイ素粉末(α含有量95wt%以上)を30wt%添加し、実施例1と同様にテープを作製した。
【0020】(2)積層体の作製と焼結作製したテープを計100枚積層し圧着後積層体を作製した。この成形体をCIP処理後、脱脂しさらに窒素雰囲気10気圧中で1850℃、6時間焼結を行った。
【0021】(3)多孔体の構造図4に得られた窒化ケイ素多孔体断面の研磨エッチング写真を、図5に高倍率写真をそれぞれ示す。実施例1と同様な組織であるが気孔が減少していることがわかる。また、柱状粒子がα型窒化ケイ素の添加により大きく粒成長している。
【0022】比較例(1)テープの作製α型窒化ケイ素粉末(α含有量95wt%以上)に焼結助剤として5wt%の酸化イットリウム、2wt%の酸化アルミニウムに加えα型窒化ケイ素粉末(α含有量95wt%以上)を30wt%添加し、実施例1と同様にテープを作製した。
【0023】(2)積層体の作製と焼結作製したテープを計120枚積層し圧着後積層体を作製した。この成形体をCIP処理後、脱脂しさらに窒素雰囲気10気圧中で1850℃、6時間焼結を行った。
【0024】(3)焼結体の構造図6に得られた窒化ケイ素焼結体断面の研磨エッチング写真を示す。α型窒化ケイ素を原料とした場合は気孔は存在せず、従来の緻密な焼結体となる。
【0025】物性データ実施例1、実施例2の窒化ケイ素多孔体と比較例の窒化ケイ素緻密体の物性を表1に示す。表1の記載から明らかなように本実施例の窒化ケイ素多孔は、気孔を含有して弾性率が低下しているにも関わらず、強度維持している。特に実施例1の多孔体では比較例の緻密な窒化ケイ素焼結体と比較して強度は向上している。これにより破断ひずみを大幅に増大させることができることがわかった。
【0026】
【発明の効果】以上詳述したように、本発明は、窒化ケイ素の柱状粒子が一方向に配向し、なおかつ柱状粒子以外はすべて気孔からなる構造を有することを特徴とする窒化ケイ素多孔体に係わるものであり、さらに、窒化ケイ素柱状粒子と焼結時に結合剤となる若干の柱状粒子結合助剤のみから成る原料をシート成形法、押出成形法により厚さ5〜1000μmのテープ状成形体に成形し、積層後窒素雰囲気中で焼結することを特徴とする上記窒化ケイ素多孔体の製造方法に係わるものである。本発明によって得られた窒化ケイ素多孔体は、緻密質の通常の窒化ケイ素セラミックスと比較して、強度を維持しつつ、弾性率が低下することから破断に至るまでのひずみが大幅に増大し、ひずみや応力に対して極めて許容度が大きい。本発明の窒化ケイ素多孔体は、機械的強度が要求され、異なる部材間で熱膨張係数や弾性率に著しい差がある機構にも容易に組み込むことが可能である。また、気孔含有による低密度の特長を生かして、材料の密度が発生する遠心応力を直接左右するガスタービン等の回転機械部品としても好適に使用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例1の窒化ケイ素多孔体の断面エッチング写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【図2】本発明の実施例1の窒化ケイ素多孔体の断面エッチング写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【図3】本発明の実施例1の窒化ケイ素多孔体の破断面写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【図4】本発明の実施例2の窒化ケイ素多孔体の断面エッチング写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【図5】本発明の実施例2の窒化ケイ素多孔体の断面エッチング写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【図6】比較例の窒化ケイ素焼結体の断面エッチング写真(セラミックス材料の組織の写真)である。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】 短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子が一方向に配向し、柱状粒子以外は気孔率5〜30%の気孔のみからなる構造を特徴とするひずみや応力に対して許容性が大きい高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体。
【請求項2】 窒化ケイ素として短径0.5〜10μm、アスペクト比10〜100の窒化ケイ素柱状粒子のみを用いて、柱状粒子結合のための助剤とともに混合し、シート成形、押出成形等の成形手法を用いて窒化ケイ素柱状粒子が一方向の配向したテープを形成し、積層脱脂後窒素雰囲気中で焼結することを特徴とする請求項1記載の高気孔率高強度窒化ケイ素多孔体の製造方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図3】
image rotate


【図6】
image rotate


【公開番号】特開平9−295871
【公開日】平成9年(1997)11月18日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−134341
【出願日】平成8年(1996)4月30日
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【上記1名の復代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 政彦 (外1名)
【出願人】(595167889)ファインセラミックス技術研究組合 (1)
【上記1名の代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 政彦