説明

酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を利用した重金属固定剤

【課題】液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を重金属固定剤として有効利用する。
【解決手段】酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加してなる重金属固定剤。アルカリ剤中に酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を添加して分散させることにより、この重金属固定剤を製造する方法。酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加することで、混酸廃液の強酸性に起因する混練機や反応器の腐食の問題を解決すると共に、混酸廃液中の酢酸を酢酸イオンとして酢酸ガスの発生及びそれによる臭気の問題を解決することができ、混酸廃液中のリン酸の重金属固定化能を利用した重金属固定剤としての有効利用が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を利用した重金属固定剤及びその製造方法と、この重金属固定剤を用いた重金属含有固体物の処理方法に関する。
【0002】
本発明において、「重金属含有固体物」とは、一般家庭ゴミや産業廃棄物を焼却した際、焼却残渣を溶融又は焼成した際、一般家庭ゴミや産業廃棄物を直接溶融あるいはガス化溶融した際、或いは製鋼電気炉の操業の際に発生する排ガスに同伴する「煤塵」(重金属含有灰)、一般ゴミや産業廃棄物を焼却、又は焼成した際に発生する「燃え殻」(「焼却灰」)や焼却残渣を溶融した際や直接溶融あるいはガス化溶融した際に発生する「溶融スラグ」などを対象とする。
【背景技術】
【0003】
従来、廃棄物焼却施設や発電プラントなどの焼却プラントから発生する焼却灰や排ガスに同伴して排出され、除塵された飛灰(以下、これら焼却灰及び飛灰を「重金属含有灰」と記載する)等の重金属含有固体物に含まれる重金属は、キレート剤やリン酸により処理されている(例えば特許文献1,2)。
【0004】
一方、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等からは、酢酸と硝酸とリン酸とを含む酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液が排出される。この酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液については、一部肥料等としての利用がなされている例もあるが、この混酸廃液を再利用するためには個別の酸を抽出する等の複雑な操作が必要となるため、現状では、これを中和処理した後、硝酸及びリン酸を除去して排水として処理されており、その有効再利用は殆どなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−224560号公報
【特許文献2】特開平1−262978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記従来の実状に鑑みてなされたものであって、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を重金属固定剤として有効利用する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される混酸廃液に、高濃度にリン酸が含まれていることに着目し、固体廃棄物中の鉛やカドミウムといった重金属を固定する際にこの混酸廃液を利用することを検討した。しかしながら、この混酸廃液を重金属固定剤として用いると、酸性度が高いため、添加設備や薬剤と重金属含有固体物とを反応させる混練機などの反応器の金属部を腐食させ、設備の寿命を短命化したり、修繕費用を高くする問題が発生することが判明した。また、アルカリ飛灰や焼却灰等のアルカリ性の固体廃棄物に混酸廃液と加湿用水を添加して混練を行うと、水和熱と中和熱により、混酸廃液中の酢酸がガスとなって放出され、異常な酢酸臭気が発生するために、このままでは、混酸廃液を重金属固定剤として利用することはできなかった。
そこで、本発明者は、この混酸廃液の腐食性と臭気の問題を解決すべく更に検討した結果、アルカリ剤の添加でこの問題を解決し得ることを見出した。
【0008】
本発明はこのような知見に基いて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0009】
[1] 酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加してなる、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を利用した重金属固定剤。
【0010】
[2] [1]において、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤添加後のpHが8以上となるようにアルカリ剤を添加してなることを特徴とする重金属固定剤。
【0011】
[3] [1]又は[2]において、アルカリ剤がカリウム塩であることを特徴とする重金属固定剤。
【0012】
[4] [2]又は[3]において、アルカリ剤添加後のpHが9〜12.5であることを特徴とする重金属固定剤。
【0013】
[5] [1]ないし[4]のいずれかに記載の重金属固定剤を製造する方法であって、アルカリ剤中に酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を添加して分散させることを特徴とする重金属固定剤の製造方法。
【0014】
[6] [1]ないし[4]のいずれかに記載の重金属固定剤を、重金属含有固体物に添加することを特徴とする重金属含有固体物の処理方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加することで、混酸廃液の強酸性に起因する混練機や反応器の腐食の問題を解決すると共に、混酸廃液中の酢酸を酢酸イオンとして酢酸ガスの発生及びそれによる臭気の問題を解決することができ、混酸廃液中のリン酸の重金属固定化能を利用した重金属固定剤としての有効利用が可能となる(請求項1)。なお、混酸廃液にアルカリ剤を添加しても、混酸廃液本来の重金属固定化能が損なわれることはない。
【0016】
アルカリ剤は、アルカリ剤添加後の酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液のpHが8以上、特に9〜12.5となるように添加することが好ましく(請求項2,4)、とりわけ、該混酸廃液がアルミニウム膜のエッチング廃液の場合には、pH9以上とすることにより、中和時に発生するアルミニウム等の水酸化物が再溶解し、懸濁液ではなく溶液としての重金属固定剤を得ることができるため、移送等の取り扱いの際に、ポンプ等の閉塞や配管内での析出等の問題が解消される。
【0017】
また、混酸廃液中のリン酸は、様々な物質と難溶性の塩を形成するが、アルカリ剤として水酸化カリウム、炭酸カリウム等のカリウム塩を添加した場合には、アルカリ剤添加による新たな沈殿の生成を回避することができる(請求項3)。
【0018】
このような本発明の重金属固定剤を製造する際、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加すると、中和熱による酢酸ガスの発生が懸念されるが、アルカリ剤(アルカリ溶液)に混酸廃液を添加して分散させることにより、発生した酢酸ガスは周辺のアルカリ剤により直ちに吸収され、大気中に酢酸ガスが放出されることはなく、従って、製造設備にガス処理設備を新設する必要がなく、工業的に有利である(請求項5)。
【0019】
本発明の重金属含有固体物の処理方法は、このような本発明の重金属固定剤を用いて重金属含有固体物の重金属の固定化を行うものであり、従来、廃棄処分されていた酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を重金属固定剤として有効利用して、重金属含有灰等の重金属含有固体物を効果的に処理して、重金属の溶出を確実に防止することができる(請求項6)。
【0020】
なお、本発明の重金属固定剤は、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液中のリン酸による重金属固定化能を利用するものであるが、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液に含まれる酢酸も重金属の固定化に寄与することが期待される。また、本発明の重金属固定剤は、重金属含有固体物の重金属の固定に有効であるが、鉄鋼スラグ等のフッ素含有物中のフッ素の固定にも有効である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1におけるアルカリ剤添加率と酢酸ガス発生量との関係を示すグラフである。
【図2】実施例2における重金属固定剤添加量と重金属溶出濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0023】
本発明の重金属固定剤は、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加してその強酸性に起因する腐食の問題と酢酸ガス発生による臭気の問題を解決したものである。
なお、本発明において、「酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加する」とは、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液に対してアルカリ剤を添加することのみを指すのではなく、アルカリ剤に対して酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を添加することも含むものであり、広義には、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液とアルカリ剤とを混合することをさす。
【0024】
本発明で用いる酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液とは、液晶製造工程や半導体製造工程、シリコンウエハー製造工程等から排出される混酸廃液であり、その排出工程によって、様々な組成を有するが、通常以下のような水質である。
酢酸含有量:1〜10重量%
硝酸含有量:1〜10重量%
リン酸含有量:50〜95重量%
pH:1以下
【0025】
この混酸廃液は、pH1以下の強酸性であるため、本発明では、この混酸廃液にアルカリ剤を添加して中和し、pH8以上、好ましくは9以上、より好ましくはpH9〜12.5とする。このpHが低過ぎると腐食性を十分に解消することができず、また、温度上昇時の酢酸ガス発生による臭気の問題も解消されない。ただし、pHを過度に高くするためには、アルカリ剤添加量が多くなり、薬剤コストが高騰するため好ましくない。
前述の如く、特にpH9以上とすることにより、中和時に発生する廃液由来のアルミニウム等の水酸化物が再溶解し、懸濁液ではなく溶液としての重金属固定剤を得ることができるため、移送等の取り扱いの際に、ポンプ等の閉塞や配管内での析出等の問題が解消され、好ましい。
【0026】
アルカリ剤としては特に制限はないが、前述の如く、難溶性塩の析出による沈殿の生成を回避する上で、水酸化カリウムや炭酸カリウム等のカリウム塩を用いることが好ましい。これらのアルカリ剤は1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0027】
アルカリ剤は、粉末のまま添加しても良いが、取り扱い性や中和時の反応熱の緩和のために、水溶液として用いることが好ましい。例えば20〜50重量%程度の水溶液として用いることが好ましい。
また、アルカリ剤の添加に際しては、必要に応じて希釈水を更に添加して濃度やpH調整を行うこともできる。
【0028】
前述の如く、本発明の重金属固定剤を製造する際、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加すると、中和熱による酢酸ガスの発生が懸念されるが、アルカリ剤(アルカリ溶液)に混酸廃液を添加して分散させることにより、発生した酢酸ガスは周辺のアルカリ剤により直ちに吸収され、大気中への酢酸ガスの放出が防止されるため、アルカリ剤に酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液、好ましくは、上述のような濃度のアルカリ剤水溶液に酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を徐々に添加して混合することが好ましい。なお、中和熱による突沸等を防止するために必要に応じて混合系を冷却しても良い。
【0029】
このようにして製造される本発明の重金属固定剤は、通常、液状であり、ポンプによる移送、添加が可能である。
【0030】
本発明の重金属含有固体物の処理方法は、重金属含有固体物にこのような本発明の重金属固定剤を添加して混練することにより、重金属含有固体物中の重金属を固定するものである。
【0031】
重金属含有固体物への重金属固定剤の添加量は特に制限はなく、混酸廃液を用いて製造された重金属固定剤の組成や処理する重金属含有固体物の重金属含有量等に応じて適宜決定されるが、通常、重金属含有灰等の重金属含有固体物に対してリン酸として0.1〜10重量%、特に0.5〜5重量%程度の添加量で重金属固定化効果を得ることができる。
【0032】
なお、この重金属含有固体物の処理に際しては、必要に応じて混練に必要な加湿水を添加しても良く、また、従来公知のリン酸系、キレート系等の通常の重金属固定剤を併用添加しても良い。
【0033】
本発明によれば、産業廃棄物である酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を重金属固定剤として有効利用して、重金属含有固体物の重金属固定化処理を工業的に有利に行うことができる。
【実施例】
【0034】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0035】
[実施例1]
液晶製造工程から排出された下記組成の混酸廃液に、アルカリ剤として48重量%水酸化カリウム水溶液と希釈水を表1に示す量添加して(ただし、No.1−1ではアルカリ剤添加せず)、表1に示すpHとし、このpH調整混酸廃液を表1に示す温度に保持したときの酢酸ガスの発生量を、ガステック社製酢酸用検知管(81L酢酸)を用いて測定し、結果を表1及び図1に示した。
【0036】
<酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液組成>
酢酸:3.8重量%
硝酸:2.4重量%
リン酸:64.4重量%
【0037】
【表1】

【0038】
表1及び図1より、アルカリ剤の添加により、酢酸ガスの発生を防止することができることが分かる。
【0039】
[実施例2]
実施例1のNo.1−6のpH調整混酸廃液を重金属固定剤として用い、都市ごみ却プラントより排出された飛灰の重金属固定効果の確認を行った。
なお、重金属固定剤の調製に当たっては、48重量%水酸化カリウム水溶液に、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液と希釈水を添加して混合した。これにより、アルカリ剤と混酸廃液との混合時の酢酸ガスの発生は防止された。
【0040】
未処理の飛灰の成分分析結果は下記表2に示す通りである。
【0041】
【表2】

【0042】
飛灰100gに、重金属固定剤及び加湿水を表3に示す量加えて(ただし、No.2−1では重金属固定剤添加せず)、スパーテルで混合して十分に均一化し、処理灰を調製した。本処理灰を環境庁告示13号法に基づく溶出試験に供し、重金属固定効果を確認した。
結果を表3及び図2に示す。なお、この処理において、酢酸臭気の発生はなく、また、混練容器の腐食等の問題もなかった。
【0043】
【表3】

【0044】
表3及び図2より、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加してなる本発明の重金属固定剤は、良好な重金属固定化効果を示すことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤を添加してなる、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を利用した重金属固定剤。
【請求項2】
請求項1において、酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液にアルカリ剤添加後のpHが8以上となるようにアルカリ剤を添加してなることを特徴とする重金属固定剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、アルカリ剤がカリウム塩であることを特徴とする重金属固定剤。
【請求項4】
請求項2又は3において、アルカリ剤添加後のpHが9〜12.5であることを特徴とする重金属固定剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の重金属固定剤を製造する方法であって、アルカリ剤中に酢酸−硝酸−リン酸系混酸廃液を添加して分散させることを特徴とする重金属固定剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の重金属固定剤を、重金属含有固体物に添加することを特徴とする重金属含有固体物の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−163519(P2010−163519A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−5756(P2009−5756)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】