説明

酵母に接合能を付与する方法

【課題】本発明は、接合能を持たない任意の酵母から、接合能を持つ酵母を製造する方法、特に、接合能を持たない任意の実用酵母から、一倍体の接合可能な胞子形成を経ることなく、接合能を持つ実用酵母を製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させることを特徴とする。かかる接合型変換遺伝子を発現させることによって、接合能を持たない酵母に、接合能を付与することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母の交雑を行なうために、酵母菌株に接合能を付与する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母を用いた飲料や食品等の製品の製造において、使用菌株の選択は製品の品質に大きな影響を与える(以降、「飲料・食品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母」を「実用酵母」とも表示する)。中でもアルコール飲料の製造においては、使用菌株の選択が製品の香味特性に大きな影響を与えるため、製造するアルコール飲料の種類に応じてそれに適した特有の酵母菌株(以降、「アルコール飲料の製造に用い得る酵母」を「醸造用酵母」とも表示する)が使われる。
【0003】
実用酵母菌株の改良には、これまでに様々な育種法が用いられてきており、中でも、突然変異育種法は古くから広く用いられてきた方法である。突然変異育種法は、紫外線や放射線等の種々の突然変異誘発源によって、人為的に突然変異を誘発し、これを品種の形質改変に利用する方法である。しかしながら実用酵母の多くは二倍体あるいは四倍体といった、二倍体以上の倍数性を持つこともあって、変異形質を示す突然変異体の出現する頻度が低いため、望む形質を持った突然変異体をきわめて効率的に誘発及び選抜する特別な方法がない限り、実際的な育種法として使用することはできない。
【0004】
一方、実用酵母菌株の他の育種法として、交雑育種法が知られている。交雑育種法は、異なる二つの菌株(親株)について人為的に交雑を行い、所望の形質を持つ交雑株を選抜する方法であり、両親株の優良形質を併せ持つ株を得るために有効な方法である。酵母の交雑には接合を利用するため、交雑の両親株として用いる二株は互いに接合する性質、すなわち、それぞれa型とα型の接合型を有することが必要である。実用酵母の多くは二倍体であり、通常はa/α型の接合型を持つ。a/α型の接合型を持つ株から胞子形成を経て得た株(減数分裂分離体;一倍体)は、a型もしくはα型の接合型を持つが、ホモタリックな株では接合型変換遺伝子HOの作用によって、速やかにa型からα型、あるいはα型からa型への変換が起こり、同一株に由来する接合型の異なる株が隣り合うもの同士接合し、a/α型の接合型となって接合能を失う。有性生殖の際に相手を必要としないというこのホモタリックな性質のため、実用酵母の交雑育種はあまり例がない。
【0005】
なお、清酒酵母協会701号由来一倍体と清酒酵母901号由来一倍体同士の交雑株より、両親株より芳香性の高い清酒酵母新菌株を得る発明や(特許文献1参照)、清酒酵母の同一起源由来のアルコール耐性を示す一倍体同士の交雑株より、エタノール耐性を有しかつエステル類高生産の芳香性酵母新菌株を得る発明(特許文献2参照)が知られている。しかし、清酒酵母はヘテロタリック、すなわちHO遺伝子が不活性化しているために接合型の変換が起こらず、有性生殖の際に相手を必要とすることが知られていることから、これら両発明における交雑育種は、ホモタリックな実用酵母の交雑育種ではない。
【0006】
ホモタリックな実用酵母の交雑育種の例としては、ワイン酵母の胞子(一倍体)同士を交雑し、高度凝集性・硫化水素低生産性・高発酵性の菌株を得る研究や(非特許文献1参照)、特性の異なる二株のワイン酵母のそれぞれに互いに種類の異なる薬剤耐性遺伝子を導入し、得られた形質転換体から胞子を形成させ、その胞子(一倍体)同士の交雑を行なう発明がある(特許文献3参照)。
しかしながら、非特許文献2や非特許文献3に示されるように、実用酵母から胞子形成を経た株(減数分裂分離体;一倍体もしくは二倍体)は様々な形質を示すため、これらの株同士の交雑によって目的とする形質の組み併せを持った交雑株を得るためには、交雑株の作製とスクリーニングを数多く繰り返し、膨大な数の交雑株から選抜を行なう必要性がある。また、異なる栄養要求性変異株を取得し、それらの株同士を掛け合わせることで実用酵母の交雑育種を行なう発明があるが(特許文献4参照)、二倍体以上の倍数性を持つ実用酵母から栄養要求性変異株を取得するのは、煩雑で非効率的な作業である。このように、実用酵母の交雑育種は未だに技術的な課題が多い。特にビール酵母の交雑育種に関しては、Saccharomyces cerevisiaeに属する上面発酵酵母Doemens No.338株の胞子と、Saccharomyces bayanusに属するワイン酵母YM84株(RIFY1114株)の胞子との接合によって、下面発酵酵母と同等の染色体構成を持つ菌株の育成に関する発明がわずかにあるだけであり(特許文献5参照)、下面発酵酵母の胞子に由来する株(減数分裂分離体;二倍体)同士の交雑育種に成功した例はまだない。というのも、下面発酵酵母の多くは四倍体であり、通常はaa/αα型の接合型を持つが、その酵母から胞子形成をして得た株(減数分裂分離体)は二倍体のa/α型となるため、その二倍体を交雑に用いることはできないからである。また、その二倍体(減数分裂分離体)からは、さらなる胞子形成もできない。
【0007】
以上のように、接合能を持たない任意の実用酵母同士を、一倍体の接合可能な胞子由来株(減数分裂分離体)同士の交雑以外の方法で交雑し得る技術は、未だに確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3020720号公報
【特許文献2】特許第3544987号公報
【特許文献3】特開2000-245458号公報
【特許文献4】特開2002-253212号公報
【特許文献5】特許第3946279号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Patrizia Romano, et. al., 1985, Appl. Environ. Microbiol., Vol.50, 1064-1067
【非特許文献2】小林 統、2006、第17回酵母合同シンポジウム要旨集:p40-41
【非特許文献3】加藤 拓ら、2007、日本農芸化学会2007年度大会要旨集:p187
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、接合能を持たない任意の酵母から、接合能を持つ酵母を製造する方法、特に、接合能を持たない任意の実用酵母から、一倍体の接合可能な胞子形成を経ることなく、接合能を持つ実用酵母を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、接合能を持たない任意の酵母に接合型変換遺伝子(以降、「HO遺伝子」とも表示する)を導入して、かかる酵母細胞内にてHO遺伝子を発現させることによって、a型もしくはα型の接合能を付与することに成功し、本発明を完成するに到った。
【0012】
すなわち、本発明は、(1)接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させる工程を含むことを特徴とする、接合能を持つ酵母を製造する方法や、(2)接合能を持たない酵母が、醸造用酵母又はパン酵母であることを特徴とする上記(1)に記載の方法や、(3)接合能を持たない酵母が、下面発酵酵母の減数分裂分離体であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法や、(4)接合型変換遺伝子が、Saccharomyces sensu strictoに属する野生型酵母に由来するHO遺伝子であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法や、(5)その酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させる方法が、接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に接合型変換遺伝子を作動可能に連結した構築物をその酵母細胞内に導入して、該接合型遺伝子をその酵母細胞内で発現させる方法であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法や、(6)接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターが、GAL1遺伝子のプロモーターであることを特徴とする上記(5)に記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の「接合能を持つ酵母を製造する方法」(以降、単に、「本発明の製造方法」とも表示する)によると、接合能を持たない任意の酵母から、一倍体の接合可能な胞子形成を経ることなく、接合能を有する酵母を製造することができる。本発明の製造方法によると、二倍体以上の高次倍数体であって接合能を持たない酵母の倍数性を維持したままでも、かかる酵母に接合能を付与することができるため、かかる酵母がホモタリックな性質を有している場合や、かかる酵母から一倍体の接合可能な減数分裂分離体が得られない場合であっても、実用性の高い交雑育種法に用い得る酵母株を製造することができる。また、本発明の製造方法により製造した酵母を、少なくとも片方の親株として交雑を行なうと、両親株の優良な形質を併せ持つ交雑株を著しく効率的に育種することが可能となる。すなわち、本発明の製造方法は、従来法では実用的な交雑育種ができなかった又は困難であった酵母(例えば実用酵母)の交雑育種の効率性を著しく高めることを可能とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1A;pYESGSプラスミドの模式図を示す。図1B;pYESBプラスミドの模式図を示す。
【図2】pU4プラスミドの模式図を示す。
【図3】pU4Aプラスミドの模式図を示す。
【図4】各種のSaccharomyces属酵母由来のHO遺伝子の推測されるアミノ酸配列を比較したアラインメントを示す。
【図5】pU4Bプラスミドの模式図を示す。
【図6】本発明の「接合能を持つ酵母を製造する方法」により得られた株や、その株を親株として用いて交雑して得られた交雑株の硫化水素生成能(左パネル)及び発酵能(右パネル)の結果を示す。
【図7】下面発酵酵母由来減数体の戻し交雑の概略を示す図である。
【図8】本発明の「接合能を持つ酵母を製造する方法」により得られた株や、その株を親株として用いて交雑して得られた交雑株の硫化水素生成能(左パネル)及び発酵能(右パネル)の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の「接合能を持つ酵母を製造する方法」としては、接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内で接合型変換遺伝子(以降、「HO遺伝子」とも表示する)を発現させる工程を含んでいる限り、特に制限されない。
【0016】
上記の「接合能を持たない酵母」とは、二倍体以上の倍数性を持ち、かつ、MAT座に少なくとも1つのMATa遺伝子と少なくとも1つのMATα遺伝子とを有するために接合能を持たない酵母を意味し、例えば、MAT座に1つのMATa遺伝子と1つのMATα遺伝子とを有する酵母(a/α型の接合型を持つ酵母;二倍体)や、MAT座に2つのMATa遺伝子と1つのMATα遺伝子とを有する酵母(aa/α型の接合型を持つ酵母;三倍体)や、MAT座に1つのMATa遺伝子と2つのMATα遺伝子とを有する酵母(a/αα型の接合型を持つ酵母;三倍体)や、MAT座に2つのMATa遺伝子と2つのMATα遺伝子とを有する酵母(aa/αα型の接合型を持つ酵母;四倍体)を例示することができ、中でもa/α型の接合型を持つ酵母を好適に例示することができる。また、上記の「接合能を持たない酵母」には、親株だけでなく、かかる親株から胞子形成を経て得られる減数分裂分離体(以降、「減数体」とも表示する)も含む。なお、本発明の製造方法は、本発明のメリットをより多く享受する観点から、親株が四倍体以上である酵母の減数体(二倍体以上)を「接合能を持たない酵母」として用いることが好ましく、親株が四倍体である酵母の減数体(二倍体)を「接合能を持たない酵母」として用いることがより好ましい。例えば、後述の醸造用酵母である下面発酵酵母の多くや、一部のワイン酵母では、その親株が四倍体であるため、その減数体である二倍体を「接合能を持たない酵母」として好適に用いることができる。
【0017】
上記の「接合能を持たない酵母」における「酵母」としては、飲料、食品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母(実用酵母)を好適に例示することができ、飲料、食品等の製品の製造に用い得る酵母をより好適に用いることができ、飲料や食品の製造に用い得る酵母をさらに好適に用いることができ、飲料や食品の製造に用いることができ、かつ、Saccharomyces属に属する酵母を特に好適に用いることができる。上記の「飲料や食品の製造に用い得る酵母」としては、下面発酵酵母、上面発酵酵母、ワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ウイスキー酵母などの醸造用酵母や、パン酵母などを好適に例示することができる。
【0018】
なお、実用酵母のほとんどは、a/α型の接合型を持つが、このような株ではネイティブなHO遺伝子(内因性のHO遺伝子)の発現抑制が起こっているため、接合能を持ったa/a型やα/α型の株は生じない。本発明の製造方法によれば、接合能を持たない酵母にHO遺伝子を導入して、前記酵母細胞内にてかかるHO遺伝子を発現させるので、a/α型の接合型を持ったホモタリックな株や、a/α型の接合型を持った減数体等から、接合能を持った株を、胞子形成を経ることなく、直接獲得することができる。胞子形成を経た一倍体の株は、同一酵母から得た株であっても、様々な形質をそれぞれが示し、どのような形質を持った株が生じるかは予め知ることができない。したがって、かかる一倍体の株を、交雑育種の親株として用いても、目的の形質を持つ交雑株を効率的に得ることはできない。そのため、本発明において、一倍体の胞子形成を経ることなく接合能を持たせることができるという点は、目的の形質を持つ交雑株を効率的に育種するための親株を作製する上で非常に重要である。
【0019】
また、上記の本発明の製造方法における「HO遺伝子」としては、それを酵母細胞内で発現させることによって、その酵母の接合型を変換し得るHO遺伝子である限り特に制限されないが、Saccharomyces sensu strictoに属する酵母に由来するHO遺伝子であって、かつ、かかる遺伝子がコードするHOタンパク質の223番目のアミノ酸残基(HO遺伝子のヌクレオチド配列におけるヌクレオチド番号667〜669のヌクレオチド配列に対応するアミノ酸残基)(又はそれに相当するアミノ酸残基)がグリシンであるHO遺伝子であることが好ましく、中でも、S. cerevisiaeに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号17、18)、S. paradoxusに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号21)、S. cariocanusに由来するHO遺伝子、S. kudriavzeviiに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号23)、S. mikataeに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号20)、S. bayanusに由来するHO遺伝子、S. pastorianusに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号25)、又は、S. uvarumに由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号22)であることがより好ましい。なお、S. Pastorianusは二種のサブゲノムによって構成されるが、S. bayanusの遺伝子と相同性の高い方のサブゲノムのHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号25)は用いることができるが、S. cerevisiaeの遺伝子と相同性の高い方のサブゲノムのHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号19)は用いるべきではない。なぜなら、このHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号19)がコードするHOタンパク質の223番目のアミノ酸残基(配列番号19のヌクレオチド配列におけるヌクレオチド番号667〜669のヌクレオチド配列に対応するアミノ酸残基)はグリシンではなく、アスパラギン酸であるからである。同様の理由により、S. cerevisiae由来であって、ヌクレオチド配列が配列番号15のHO遺伝子も用いるべきではない。また、ヘテロタリックな酵母、すなわち実験室酵母や清酒酵母などのHO遺伝子は、変異によって接合型変換の機能が失われているため、用いることができない。さらに、本発明におけるHO遺伝子は、野生型でないHO遺伝子(以降、「HO遺伝子変異体」とも表示する)であってもよいが、野生型のHO遺伝子(野生型酵母に由来するHO遺伝子)であることが好ましい。また、上記のHO遺伝子がコードするHOタンパク質の475番目のアミノ酸残基(HO遺伝子のヌクレオチド配列におけるヌクレオチド番号1423〜1425のヌクレオチド配列に対応するアミノ酸残基)(又はそれに相当するアミノ酸残基)は、ヒスチジンであることが好ましいが、そのHO遺伝子を酵母細胞内で発現させることによって、その酵母の接合型を変換し得る限り、ロイシンやプロリン等のその他のアミノ酸残基であってもよい。
【0020】
上記の「HO遺伝子変異体」としては、前述の配列番号17〜18、20〜23、25のいずれかに示されるヌクレオチド配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の相同性を有するヌクレオチド配列からなる遺伝子であり、かつ、その遺伝子を酵母細胞内で発現させることによって、その酵母の接合型を変換し得るHO遺伝子や、前述の配列番号17〜18、20〜23、25のいずれかに示されるヌクレオチド配列において、1又は複数(好ましくは2〜20、より好ましくは2〜10、さらに好ましくは2〜3)個のヌクレオチドが置換、欠失、挿入、又は付加されたヌクレオチド配列からなる遺伝子であって、かかるヌクレオチド配列がコードするアミノ酸配列の223番目のアミノ酸残基(又はそれに相当するアミノ酸残基)がグリシンであり、かつ、その遺伝子を酵母細胞内で発現させることによって、その酵母の接合型を変換し得るHO遺伝子を好適に例示することができる。
【0021】
上記の本発明の製造方法では、接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内でHO遺伝子を発現させる。a/α型の接合型などの接合能を持たない酵母では、内因性のHO遺伝子のネイティブなプロモーターは、前述の接合型によって発現抑制を受けているため、接合能を持たない酵母細胞内でHO遺伝子を発現させるためには、HO遺伝子を、接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に作動可能に連結して、かかるHO遺伝子を強制的に発現させる必要がある。
【0022】
上記の本発明の製造方法における、「接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内でHO遺伝子を発現させる」方法としては、接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内でHO遺伝子を発現させ得る方法である限り、特に制限されないが、その酵母が元々有している内因性のHO遺伝子(以降、単に「内因性HO遺伝子」とも表示する)のネイティブなプロモーターを、酵母の接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターに置換すること等によって、内因性HO遺伝子の発現抑制を解除し、酵母細胞内でかかる内因性HO遺伝子を発現させる方法や、酵母の接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に酵母由来のHO遺伝子(以降、「外来性HO遺伝子」とも表示する)を作動可能に連結した構築物を、接合能を持たない酵母に導入して、かかる酵母細胞内で外来性HO遺伝子を発現させる方法を例示することができる。
【0023】
上記の構築物の酵母への導入方法としては、エレクトロポレーション法、金属処理法、プロトプラスト法等の一般的に知られている様々な方法を採ることができる。上記構築物の酵母への導入は、上記構築物を酵母へ直接導入することであってもよいが、上記構築物をベクターに組み込んで、そのベクターを酵母へ導入することを好適に例示することができ、上記構築物を、酵母で自律複製可能なプラスミドに組み込んで、そのプラスミドを酵母へ導入することをさらに好適に例示することができる。かかるプラスミドを酵母へ導入した場合は、その酵母の染色体DNAにそのプラスミドの痕跡を残さずに、酵母からかかるプラスミドを容易に除去することができ、除去したその酵母は、現行の法規制で規定されるところの組換え体生物等には該当しないと解釈されるので、飲料や食品にも制限無く利用することができる点で好ましいからである。上記の「酵母で自律複製可能なプラスミド」としては、YCpタイプ、YEpタイプ、YRpタイプのプラスミドを好適に例示することができる。
【0024】
前述の「酵母の接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーター」としては、酵母の接合型を変換させた後に、接合型が再変換して元に戻るのを防ぐために、オン・オフを制御して一過的に発現させることのできるプロモーターを用いることが好ましい。酵母の接合型に影響を受けず、かつ、一過的に発現させることのできるプロモーターとしては、GAL1遺伝子のプロモーターを好適に例示することができる。かかるGAL1遺伝子のプロモーターは、例えばその酵母を後述のYPGal培地(組成は後述の表2参照)にて培養することによって、強制的に作動させることができる。かかるGAL1遺伝子のプロモーターとしては、HO遺伝子を発現させる酵母から取得するのが望ましいが、下面発酵酵母、上面発酵酵母、ワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ウイスキー酵母などのアルコール飲料醸造用酵母や、パン酵母などの産業上有用な酵母であれば、S. cerevisiaeに由来するGAL1プロモーターを用いることができる。
【0025】
前述のように、接合能を持たない酵母にHO遺伝子を発現させることにより、その酵母の接合型が変換し、a型又はα型の接合型を持った酵母細胞を製造することができる。接合能を持たない酵母として、a/α型の接合型を持つ酵母にHO遺伝子を発現させた場合、実際にはa/a型やα/α型の遺伝子型を持つ細胞が得られているわけであるが、表現型はそれぞれa型とα型の接合型と同一であるため、接合能を持った株を得るという目的の上では、a型とa/a型、α型とα/α型をそれぞれ区別しないで良い。
【0026】
本発明の製造方法は、「接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内でHO遺伝子を発現させる工程」の後に、「接合能が付与された酵母株を選抜する工程」をさらに含んでいることが、交雑育種の高い効率性を得る観点から好ましい。HO遺伝子を発現させることによって接合能が付与された酵母株は、HO遺伝子を発現させた酵母細胞の集団から、シングルコロニーを単離し、その接合能を確認することによって、容易に選抜することができる。
【0027】
上記の接合能を確認する方法としては、単離した酵母株とa型の株やα型の株との接合を実際に試みることによって、接合能を調べる方法の他、a型の酵母株に特異的に発現することが知られている遺伝子のプロモーター(以降、「a型特異的プロモーター」と表示する)又はα型の酵母株に特異的に発現することが知られている遺伝子のプロモーター(以降、「α型特異的プロモーター」と表示する)の下流に、レポーター遺伝子を作動可能に連結した構築物(好ましくは、該構築物を組み込んだベクター、より好ましくは、該構築物を組み込んだ、酵母で自律複製可能なプラスミド)を酵母に導入しておき、かかるレポーター遺伝子の発現を調べることによってその酵母がa型であるかα型であるかを確認する方法を好適に例示することができる。
【0028】
上記の「a型特異的プロモーター」としては、例えばS. cerevisiaeのSTE6遺伝子プロモーターを好適に例示することができ、上記の「α型特異的プロモーター」としては、例えばS. cerevisiaeのMFα遺伝子プロモーターを好適に例示することができる。また、上記の「レポーター遺伝子」としては、S. cerevisiaeのPHO5遺伝子や、大腸菌のlacZ遺伝子を好適に例示することができる。
【0029】
上記の「a型特異的プロモーター又はα型特異的プロモーターの下流に、レポーター遺伝子を作動可能に連結した構築物」と、前述の「酵母の接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に酵母由来のHO遺伝子を作動可能に連結した構築物」は、同一のベクター(好ましくは、酵母で自律複製可能なプラスミド)に組み込まれていてもよい。両構築物が組み込まれた、酵母で自律複製可能なプラスミドとして、pU4(図2参照)、pU4A(図3参照)、pU4B(図5参照)を特に好適に例示することができる。
【0030】
本発明の製造方法は、「酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させた後」、「接合能が付与された酵母を選抜した後」、又は、「接合能が付与された酵母を他の酵母と接合させた後」に、「酵母の接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に酵母由来のHO遺伝子を作動可能に連結した構築物を組み込んだプラスミド」や、「a型特異的プロモーター又はα型特異的プロモーターの下流に、レポーター遺伝子を作動可能に連結した構築物を組み込んだプラスミド」を脱落させる工程をさらに含んでいることが好ましく、これらの両構築物を共に脱落させる工程をさらに含んでいることがより好ましい。このようにしてプラスミドを脱落させた株は、その酵母の染色体DNAに外来DNA(前述のプラスミド)の痕跡を全く残さないため、かかる株は、現行の法規制で規定するところの組換え体生物等には該当しないと解釈される。したがって、接合前のかかる酵母は、飲料や食品にも制限無く利用することができる交雑株を得るための交雑育種の母本として好適に用いることができ、接合後のかかる酵母は、飲料や食品にも制限無く利用することができる点で好ましい。
【0031】
上記のプラスミドを酵母から脱落させる方法としては、特に制限されないが、そのプラスミドを保持させる方向の選択圧をかけない条件でその酵母を培養した後、そのプラスミドに含まれる選択マーカー遺伝子を持たなくなった細胞を選択することにより、プラスミドを脱落した株を容易に得ることができる。
【0032】
本発明の交雑株を製造する方法としては、本発明の製造方法により製造された接合能を持つ酵母(以降、「本発明による酵母」とも表示する)を、少なくとも片方の親株として交雑を行なう工程を含む。かかる酵母の交雑方法としては特に制限されず、両方の親株を混合して培養する等の一般的に知られる方法を用いることができる。なお、両方の親株のそれぞれに別個のマーカー遺伝子(好ましくは薬剤耐性遺伝子)を導入しておくと、それらの両方のマーカー遺伝子を併せ持つ株を選別することで、交雑株を容易に単離することが可能となる。上記の薬剤耐性遺伝子としては、例えば、ブラストサイジン耐性遺伝子(BSR遺伝子)や、G418耐性遺伝子(Tn5遺伝子)を好適に例示することができる。上記の本発明の交雑株を製造する方法においては、本発明による酵母同士を両親株として交雑してもよいし、本発明による酵母でない方の親株として、元々a型もしくはα型の接合能を有している株を用いても良い。
【0033】
上記の本発明の交雑株を製造する方法を用いると、従来法では実用的な交雑育種ができなかった又は困難であった酵母(例えば実用酵母)について、両親株の優良な形質を併せ持つ交雑株(以降、「本発明による交雑株」とも表示する)を著しく効率的に育種することが可能となる。上記の本発明による交雑株として、例えば、醸造用酵母として優良な形質を2つ以上併せ持つ交雑株や、パン酵母として優良な形質を2つ以上併せ持つ交雑株を例示することができ、醸造用酵母として優良な形質としては、高発酵性、硫化水素低生産性、高度凝集性、亜硫酸高生産性、アルコール高耐性を好適に例示することができる。
【0034】
本発明の酒類飲料を製造する方法としては、上記の本発明による交雑株を用いて醸造する工程を含んでいる限り特に制限されない。また、本発明の酒類飲料は、上記の本発明の酒類飲料を製造する方法により製造したものである限り特に制限されない。上記の「酒類飲料」としては、ビール、発泡酒、ワイン、清酒、焼酎、ウイスキー、ブランデーを例示することができる。
【実施例1】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術的範囲が限定されるものではない。
【0036】
[実施例記載の実験で用いた酵母菌株]
実施例記載の実験で用いた酵母菌株の情報を以下の表1に記載する。
【0037】
【表1】

【0038】
なお、KY395、KY627、KY1153、KY1247、KY1383は、発明者が属するキリンホールディングス株式会社が保存している酵母菌株であり、キリンホールディングス株式会社フロンティア技術研究所(〒236−0004 神奈川県横浜市金沢区福浦1−13−5)にて入手した。また、A14、ss049、ss050、ss058、ss089、ss108、ss145はKY1153から、JSa、JSg、JSi、JSk、JSnはKY1247から、それぞれ胞子形成を経由して得た株(胞子に由来する株)である。
【0039】
上記の胞子に由来する株は、Current Protocols in Molecular Biology(John Wiley and Sons, Inc.1992)に従って、ランダム胞子形成法によって取得した。具体的には、30ml胞子形成液体培地(組成は、後述の表2参照)を含む100ml三角フラスコ(シリコンキャップ使用)にて、酵母菌株を1週間、振盪培養することにより、胞子を形成させた。この振盪培養の培養温度は、下面発酵酵母の場合は20℃、その他の菌株の場合は25℃とした。形成させた胞子の分離は、Zymolyase 100T(生化学工業)及びHandy Sonic(TOMY社製UR-20P型、Power Control 10に設定)を用いて行なった。
【実施例2】
【0040】
[実施例記載の実験で用いた培地]
実施例記載の実験で、酵母の培養に用いた培地の組成を、以下の表2に記載する。
【0041】
【表2】

【0042】
なお、寒天培地の場合は、上記表2の組成に加えて2% Bacto Agarを含む。また、表2中の「%」は、培地の全質量に対する各成分の質量の割合(質量%)を意味する。
【実施例3】
【0043】
[HO遺伝子発現用プラスミドの構築]
HO遺伝子高発現用プラスミドとして、pYESGS、pYESBの、2種類のプラスミドを構築した。これらのプラスミドの模式図を図1A及び図1Bに示す。いずれのプラスミドも酵母用シャトルベクターpYES2(Invitrogen社)をベースとし、酵母2μmDNAのori、URA3遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、酵母GAL1遺伝子プロモーター及び酵母CYC1遺伝子ターミネーターは、いずれもpYES2に由来する。薬剤耐性を宿主に付与する遺伝子として、G418耐性遺伝子もしくはブラストサイジンS(BS)耐性遺伝子を用いた。
【0044】
G418耐性遺伝子発現カセットは、Yamanoらの論文(J. Biotechnol., 32: 173-178, 1994)に記載のプラスミドpZNEOより得た。この発現カセットは、G418耐性を付与する遺伝子Tn5が出芽酵母由来PGK1遺伝子のプロモーター及びターミネーターによって制御されている。
【0045】
BS耐性遺伝子発現カセットは、Kobayashiらによる学術論文(Agric. Biol. Chem., 55: 3155-3157, 1991)に記載のDNA塩基配列を参考に、pSV2bsr(フナコシ株式会社)からPCRによりBS耐性遺伝子BSRを増幅し、出芽酵母由来TDH3遺伝子のプロモーター及びPGK1遺伝子のターミネーターに連結することによって作製した。
【0046】
接合型判定用カセットは、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻・原島俊教授より分譲を受けた。このカセットは、中沢が記載しているプラスミドpNN63及びpNN64に含まれるカセットと同一のものである(清酒酵母の研究・90年代の研究、清酒酵母・麹研究会編、財団法人日本醸造協会発行: p95-99, 2003)。pNN63に含まれるSTE6プロモーターに制御されたPHO5遺伝子はa型接合能を持つ株のみで、またpNN64に含まれるMFα1プロモーターに制御されたPHO5遺伝子はα型接合能を持つ株のみで、それぞれ発現される。接合能の判定は、生物分子遺伝学実験法(大嶋泰治編著、学会出版センター発行, 1996)に記載の方法で、PHO5遺伝子がコードする酸性ホスファターゼ活性を検出することによって行なった。
【実施例4】
【0047】
[HO遺伝子のクローニング]
様々な酵母株からのHO遺伝子のクローニングは、以下に記載のとおりに実施した。酵母のDNAは、YPD培地(組成は、上記表2参照)で24時間、25℃で振とう培養後、遠心分離機で回収した酵母から、添付されたプロトコールに従ってDNA調製キット「Genとるくん」(タカラバイオ株式会社)を用いて調製した。PCRによる遺伝子増幅は添付されたプロトコールに従って、AccuPrime Pfx DNA Polymerase(Invitrogen社)を用いて行なった。ただしサーマルサイクラーはGeneAmp PCR システム9700(アプライドバイオシステムズ社)を用い、プログラムは以下のとおりで行なった:(95℃,2分)⇒{(95℃,15秒)⇒(55℃,30秒)⇒(68℃,2分)}×30サイクル⇒(4℃,∞)。得られたPCR産物は、Zero Blant TOPO PCRクローニングキット(インビトロジェン社)を用い、その添付されたプロトコールに従ってクローニングし、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit及びABI PRISM 3100 DNA Analyzer(ともにアプライドバイオシステムズ社)によって塩基配列決定を行なった。
【0048】
HO遺伝子を増幅するためのプライマーは、公的データベース(NCBI)に登録されている塩基配列を元に設計した。設計したプライマーの配列、鋳型となるDNAを調製した酵母菌株、得られたHO遺伝子配列(コード領域のみ)の組合せを、以下の表3に示す。
【0049】
【表3】

【0050】
前述のPCRによって、配列番号15から配列番号25に示すそれぞれのヌクレオチド配列からなる合計11種のHO遺伝子(表3参照)が得られた。
なお、KY395株からは、配列番号16から配列番号18に示すヌクレオチド配列からなる、異なる3種のHO遺伝子が得られた。また一部のHO遺伝子については、発現量を増加させることを期待して、HO遺伝子の開始コドンの直前にアデニンを5個付加したものを作製した。配列番号2と配列番号3、配列番号4と配列番号5、配列番号6と配列番号7、配列番号8と配列番号9、配列番号10と配列番号11、配列番号12と配列番号13、配列番号8と配列番号14の各組合せをプライマーとして増幅した産物が、これに相当する。
【実施例5】
【0051】
[HO遺伝子高発現プラスミドの酵母への導入]
上記実施例4で得られたHO遺伝子を、pYESGSのGAL1遺伝子プロモーターの下流に作動可能に挿入した。図2に、Saccharomyces uvarum IFO0615株に由来するUv−HO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号22)が挿入されたプラスミドpU4を、典型的な例として図示するが、他のHO遺伝子高発現プラスミドも同様に作製した。以上のようにして構築したプラスミドを、下面発酵酵母KY1153由来減数体A14(二倍体)へ導入し、形質転換体を取得した。HO遺伝子高発現プラスミドの酵母への導入(HO遺伝子高発現プラスミドでの酵母の形質転換)は、以下に記載の方法で行なった。
A14酵母を5ml YPD液体培地にて20℃で1日間振盪した培養液を、200ml YPD液体培地/坂口フラスコに加え20℃で一晩培養した。培養液から回収した細胞を滅菌水で2回、1Mソルビトールで1回洗浄した後、かかる細胞を500μl 1Mソルビトールに懸濁して懸濁液を得た。得られた懸濁液から50μlを分取し、そこに3μl HO遺伝子高発現プラスミド(1μg/μl)と2μl YEASTMAKER Carrier DNA(BD Biosciences Clontech社製)を加え混合し、氷上に5分間静置した後、エレクトロポレーション法(BIO-RAD社製 Gene Pulser 使用、0.2cmキュベット、パルス条件:1.5V/cm、25μF、200Ω)により、酵母細胞内へプラスミドを導入した。パルス後、冷却した1ml 1Mソルビトールに直ちに懸濁し、さらに400μl YPD液体培地を加え、これを25℃にて4時間静置した後、全量を400μg/ml G418または200ng/ml ブラストシジン含有YPD寒天培地に塗布し、25℃で3日間培養した。このようにして、HO遺伝子高発現プラスミドを導入した形質転換体を作製した。
【実施例6】
【0052】
[HO遺伝子発現による接合能取得株の出現頻度の調査 1]
上記の実施例5で得られた形質転換体をYPGal培地(組成は、上記表2参照)にて培養することでプラスミド上のHO遺伝子を強制的に発現させた後、かかる形質転換体をリン酸培地へ植え継ぎ、形成したコロニーに対して酸性フォスファターゼ染色を行った。このときα型接合能を持つ株(α型接合株)ではMFα1遺伝子プロモーターが活性を示し、酸性フォスファターゼをコードするPHO5遺伝子がレポーター遺伝子として機能するため、α型接合株のコロニーは褐色を呈すが、接合能を示さない株やa型接合能を持つ株のコロニーの色は変わらない。このようにしてα型接合能を示すようになったコロニーの割合を調査し、接合可能株の出現頻度(%)とした。様々なHO遺伝子発現用プラスミドを酵母A14に導入し、α型接合株の出現頻度を調べた結果を表4に示す。
【0053】
【表4】

【0054】
表4から分かるように、HO遺伝子を発現しない場合には、接合能を示すコロニー、すなわちPHO5遺伝子発現によって褐色を呈するコロニーが出現しなかったのに対して(プラスミド番号1及び15)、HO遺伝子を発現させた場合には褐色を呈するコロニーが出現したことから、HO遺伝子を利用することで下面発酵酵母の減数体への接合能の付与が可能であることが確認された。また、発現させたHO遺伝子の配列によって接合可能株の出現頻度には違いが見られた。すなわち、配列番号17、18、20、21、22、23、25で示されるヌクレオチド配列からなるHO遺伝子を発現させた場合には25%から39%の頻度でα株が出現したのに対し、配列番号15、16、19、24で示されるヌクレオチド配列からなるHO遺伝子を発現させた場合には、α株の出現はほとんど、あるいはまったく観察されなかった。このことから、接合可能株を得るためには、導入した酵母細胞内で機能するHO遺伝子を選ぶ必要があることが示された。さらに、配列番号19のヌクレオチド配列からなるHO遺伝子を発現させたプラスミド番号4と5を比較した場合、接合可能株の出現頻度に大きな差異が観察されなかったことから、開始コドン上流へのアデニン5個の付加は、HO遺伝子発現量に影響を及ぼさないことが示された。
【0055】
ところで上記の表4において、HO遺伝子を発現させても接合可能株の出現頻度が著しく低かったのは、配列番号15、16、19、24で示されるヌクレオチド配列からなるHO遺伝子であった。この中で、配列番号24で示されるヌクレオチド配列からなるHO遺伝子を取得した菌株Saccharomyces castelliiは、今回使用した他のSaccharomyces属酵母とは遠縁であると考えられていることから、この遺伝子がA14株でHO遺伝子として機能しなかった可能性が考えられる。その他のHO遺伝子配列について、推測されるアミノ酸配列の比較を行なった結果を図4に示す。図4におけるアミノ酸配列のSequence番号は、ヌクレオチド配列の配列番号に対応している。Ekinoらは機能するHO遺伝子産物と機能しないそれを詳細に配列比較し、223番目のグリシン残基が活性に必須であり、さらに475番目のヒスチジン残基がロイシンに置換された場合に活性低下が起こることを報告している(1999, Yeast 15, 451-458)。配列番号15で示されたヌクレオチド配列からなるHO遺伝子の推測アミノ酸配列の223番目の残基はセリンに、また配列番号19で示されるヌクレオチド配列からなるHO遺伝子の推測アミノ酸配列の223番目の残基はアスパラギン酸に、それぞれ置換しており、これらのアミノ酸置換が活性を低下させたと考えられた。また配列番号16で示されたヌクレオチド配列からなるHO遺伝子の推測アミノ酸配列の223番目の残基はグリシンだが、475番目の残基がロイシンに置換しており、このアミノ酸置換が活性を低下させたと考えられた。接合可能株を出現せしめたHO遺伝子のヌクレオチド配列の推測アミノ酸配列は、すべて223番目の残基がグリシンであり、このアミノ酸残基が機能するHO遺伝子産物の必要条件であると考えられた。ただし、これらのHO遺伝子産物の475番目の残基はヒスチジン、ロイシン、プロリンの場合があり、他のアミノ酸残基との関係で、475番目の残基のアミノ酸置換が必ずしも機能低下を生じるわけではないことが示された。以降の実験では、Saccharomyces uvarum IFO0615に由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号22)を用いた。
【実施例7】
【0056】
[HO遺伝子発現による接合能取得株の出現頻度の調査 2]
次に、前述の表4で示したα型接合能を持った株と同様に、HO遺伝子の発現によってa型接合能を持つ株(a型接合株)も得られるかどうかを調べるため、以下の実験を実施した。
【0057】
pU4のPHO5遺伝子上流に存在するMFα1遺伝子プロモーターを、pYESBのSTE6遺伝子プロモーターと置換することにより、pU4Aを新たに構築した(図3参照)。このプラスミドを導入した形質転換体は、上記実施例6に記載の方法でHO遺伝子の強制的発現及び形成したコロニーに対して酸性フォスファターゼ染色を行なうと、a型接合株ではSTE6遺伝子プロモーターが活性を示し、酸性フォスファターゼをコードするPHO5遺伝子がレポーター遺伝子として機能するため、a型接合株のコロニーは褐色を呈するが、接合能を示さない株やα型接合株のコロニーの色は変わらない。前述の実施例5に記載の形質転換法により、pU4またはpU4AをA14に導入してHO遺伝子を発現させ、接合可能株、すなわち、α型接合株及びa型接合株のそれぞれの出現頻度(%)を調査した。その結果を表5に示す。なお、pYESGはpYESGSのGAL1遺伝子プロモーター下流のSmiI認識部位がEcoRI認識部位に置換されたプラスミドである。
【0058】
【表5】

【0059】
表5に示すように、HO遺伝子を発現させることによって、α型接合株と同等にa型接合株も獲得できることが確認された。さらにKY1153に、前述の方法でpU4あるいはpU4Aを導入し、得られた形質転換体から、実施例1記載の方法で胞子形成を誘導後、分離した減数体においてHO遺伝子を作用させ、接合可能株、すなわち、α型接合株及びa型接合株のそれぞれの出現頻度を調査した。その結果を表6に示す。
【0060】
【表6】

【0061】
表6に示すように、この場合も、α型接合株とa型接合株の出現頻度は同等であった。これらのことから、α株とa株の間で、獲得できる接合型の頻度に違いはないことが確認された。
【実施例8】
【0062】
[HO遺伝子発現により出現した接合可能株の、接合能の確認]
Saccharomyces uvarum IFO0615に由来するHO遺伝子(ヌクレオチド配列:配列番号22)を、pYESBのGAL1遺伝子プロモーターの下流に作動可能に挿入し、pU4Bを作製した(図5参照)。
【0063】
KY1153に由来する減数体A14、ss049、ss050、ss058、ss089に、上記実施例5記載の方法にしたがって、pU4Bをそれぞれ導入し、5種類の形質転換体を取得した。同様の方法により、KY1247に由来する減数体JSa、JSg、JSi、JSnに、pU4をそれぞれ導入し、4種類の形質転換体を得た。得られた形質転換体のうち、KY1153減数体の形質転換体1種類とKY1247減数体の形質転換体1種類とを総当りで組み合わせ(合計20通りの組み合わせ)、各組み合わせごとに、YPGal培地で20℃にて一晩混合培養を行なうことによって、プラスミド上のHO遺伝子を強制的に発現させた後、その混合培養物をG418とブラストサイジンSの両方を含むYPD培地に塗布した。KY1153減数体の形質転換体とKY1247減数体の形質転換体との交雑体のみが前述の二種類の薬剤に対する耐性を併せ持つので、前述の二種類の薬剤を含む培地で生育が可能となる。その結果、ss050とJSiとの組合せを除いた、19通りの組合せで二種類の薬剤耐性を併せ持つ株が出現した。一方、HO遺伝子を発現させない場合には、二種類の薬剤耐性を併せ持つ株は出現しなかった。これらの結果から、HO遺伝子を発現させることによって出現した接合可能株同士を交雑させることが可能であることが示された。
【0064】
得られた二種類の薬剤耐性を併せ持つ株が、本当に交雑株であることを確認する目的で、以下の方法により細胞あたりのDNA含有量を測定した。すなわち、2ml YPD液体培地で一晩培養した後、この培養液70μlを5ml YPD液体培地に植え継ぎ、20℃で5時間の振盪培養を行った。培養液1mlから回収した細胞を0.2M Tris−HCl(pH8)で洗浄後、300μl 0.2M Tris−HCl(pH8)に懸濁し、700μlの氷冷したエタノールを加え、−20℃で1時間静置して細胞を固定した。細胞を集菌後、0.2M Tris−HCl(pH8)にて洗浄し、500μl 0.2M Tris−HCl(pH8)に懸濁し、25μl RNaseA(20mg/ml)を加え混合し37℃で一晩静置した。細胞を集菌し、0.2M Tris−HCl(pH8)で洗浄後、100μl Na−PI溶液(0.05mg/ml ヨウ化プロビジウム,1mg/ml クエン酸ナトリウム, 0.58mg/ml 塩化ナトリウム)に懸濁し、10μl ヨウ化プロビジウム溶液(2mg/ml)を加え、室温で30分間静置した。その溶液に、さらに900μl 0.2M Tris−HCl(pH8)と10μl ヨウ化プロビジウム溶液(2mg/ml)を加えた後、超音波処理により細胞を分散させ測定用サンプルとした。DNA含量の測定にはFACSort(BD Biosciences社製)を用いた。大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻・原島教授より分譲を受けた、YSH1847(1倍体)、YSH1848(2倍体)、YSH1850(4倍体)をコントロールとして、これらのDNA含量から、測定用サンプル中の酵母株の倍数性を算出した。その結果、減数体の形質転換体間交雑株(以下、「減数体間交雑株」ともいう)の細胞あたりDNA含有量は、両親である「減数体の形質転換体」のDNA含有量(2倍体)の約2倍(4倍体)となっていることが確認された。この結果から、得られた二種類の薬剤耐性を併せ持つ株は、接合能を取得した2株の交雑株であることが確認できた。
【0065】
このようにして獲得した減数体間交雑株について、G418とブラストサイジンSの二種類の薬剤をともに含まないYPD液体培地で25℃での振とう培養を一昼夜行ない、得られた培養液を、前述の二種類の薬剤をともに含まないYPD液体培地で1,000倍に希釈し、25℃での振とう培養を一昼夜行ない、さらにこの希釈と培養をもう一回繰り返した後、前述の二種類の薬剤を含まないYPD寒天培地に塗布した。出現したコロニーの薬剤耐性を調べたところ、ほとんどの株で前述の二種類の薬剤耐性を喪失していたことから、減数体間交雑株から薬剤耐性遺伝子を含んだプラスミドが二種類とも脱落したことが確認できた。現在の日本における遺伝子組換え生物等に関する法規制では、このような一度導入したプラスミドを痕跡すら残さずに脱落させた(除去した)酵母菌株は、遺伝子組換え生物等とは見なされない。
【実施例9】
【0066】
[HO遺伝子発現により出現した接合可能株を用いた、新規有用酵母の育種]
下面発酵酵母KY1153は優れた発酵能を持つ一方で、オフフレーバーの原因となる硫化水素生成能も高い。KY1153と同等の発酵能を維持しつつ硫化水素生成能の低い下面発酵酵母を育種する目的で、以下の実験を実施した。
【0067】
発酵力、硫化水素生成能ともにKY1153と同等のKY1153由来減数体ss049に、上記実施例5記載の方法にしたがって、プラスミドpU4Bを導入して形質転換体(ss049/pU4B)を得た。また、同様の方法により、発酵力はやや劣るが硫化水素生成能の低いKY1153由来減数体ss108にプラスミドpU4を導入して形質転換体(ss108/pU4)を得た。それらの両形質転換体をYPGal培地で20℃にて一晩混合培養を行なうことによって、プラスミド上のHO遺伝子を強制的に発現させた。その混合培養物をG418とブラストサイジンSの両方を含むYPD寒天培地上に塗布し、その二種類の薬剤に対する耐性を併せ持つコロニーを選抜することによって、ss049とss108の交雑体KT466を取得した。交雑体取得後は、上記実施例8に記載の方法により、ss049/pU4B、ss108/pU4、及び、交雑体KT466からHO遺伝子及び薬剤耐性マーカー遺伝子を乗せたプラスミドを全て脱落させた。これらの株(ss049、ss108、及び、KT466)、及び、KY1153(ss049とss108の親株)について、硫化水素生成能及び発酵能を以下のとおりに評価した。
【0068】
硫化水素生成能は、以下のとおりに測定した。YPD培地で20℃、48時間の培養を行なった酵母の培養液を、硫酸鉛培地(組成は上記表2参照)に1μlずつ植菌した。この培地上では、硫化水素は硝酸鉛と反応して黒色の硫化鉛を生成するので、酵母のコロニーは硫化水素生成量に応じて黒褐色を呈する。植菌から4日目の寒天培地上の酵母コロニーの写真を撮影し、画像解析ソフトウェアArrayGauge(富士写真フィルム株式会社)を用いてコロニーの色の濃さ(濃度)の相対値を定量した。その結果を図6の左パネルに示す。
【0069】
また、発酵能は、以下のとおりに行なった。Spray Malt(Munton社・英国を、三菱商事を通じて購入)を、12.4%(w/v)となるように水に懸濁し、オートクレーブをかけることによって溶解した。得られた液を、ポアサイズ0.45ミクロン+0.2ミクロンのフィルター(SARTOBRAN(登録商標)P;ザルトリウス社)でろ過したものを合成麦汁とした。前培養として酵母をYM10培地(組成は、上記表2参照)に懸濁し、嫌気条件で攪拌しつつ12℃で6日間の培養を行ない、酵母を増殖させた。得られた酵母を、最終的に分光光度計でのOD600の値が0.8となるように前述の合成麦汁に植菌し、深さ100cm、容量500mlのガラス管内で12℃での発酵を行なった。発酵開始直後、44時間目、97時間目、及び168時間目の発酵液をそれぞれサンプリングし、遠心分離によって発酵液から菌体を分離後、振とう式密度計DMA4500(アントンパール社)を用いてその発酵液中の外観発酵エキスを測定した。その結果を図6の右パネルに示す。
【0070】
図6に示されているように、KY1153由来減数体間交雑体であるKT466は、親株KY1153とほぼ同等の発酵能を維持しつつも(図6の右パネル参照)、親株KY1153よりも低い硫化水素生成能を備えているという優良な形質を持つことが示された。この結果から、HO遺伝子を発現させることによって接合能を付与する方法は、交雑によって優良な下面発酵酵母菌株を育種する目的にも有効であることが示された。
【実施例10】
【0071】
[下面発酵酵母由来減数体の戻し交雑]
例えば他の形質は変えずに、株Aの特定の形質だけを株Bに導入したい場合、株Aに株Bを何回も交雑するという戻し交配を行なうことが一般的である。そこでHO遺伝子を発現させて接合能を得た下面発酵酵母減数体同士の交雑株を出発点として、戻し交配ができるかどうかを確認する目的で、図7に示すような概略で、以下の実験を実施した。
【0072】
下面発酵酵母の減数体A14×JSa,ss049×JSg,ss089×JSiの3組合せの接合株について、胞子形成条件にて培養を行なった。その結果、顕微鏡観察によってこれらの株から胞子形成が誘導されていることが確認された。また、上記実施例1記載の方法に従ってランダム胞子形成法によって多数の減数体を取得した。これらの減数体を、最初の交雑に用いた減数体と区別するため、再減数体と呼ぶことにする。これらの再減数体の中で、ss049×JSgの接合株に由来する再減数体2株を選び、これらにHO発現用プラスミドpU4をそれぞれ導入して2株の形質転換体を得た。これら2株の形質転換体と、pU4Bを導入したss049(ss049/pU4B)とを混合し、寒天を含むYPGal培地上で一晩培養後、G418とブラストサイジンSを含むYPD培地上に塗布し、前述の二種類の薬剤耐性を併せ持つ酵母株、すなわち減数体・再減数体間交雑体を取得することに成功した。同様に、ss089×JSiの交雑株に由来する再減数体に、再度ss089を交雑することも可能であった。また、前述の二種類の薬剤耐性を持つ株が本当に減数体・再減数体間交雑体であることは、上記実施例8に記載の方法によって細胞あたりのDNA含有量を調べることによって確認された。これらの結果から、HO遺伝子を発現させることによって接合能を付与する方法は、酵母の戻し交配にも有効な方法であることが示された。
【実施例11】
【0073】
[HO遺伝子発現により出現した接合可能株の、さらなる接合能変換]
HO遺伝子を発現させることによって接合能を獲得した株で、再度HO遺伝子を発現させることにより、その接合型を変えることが可能かどうかを調べるために、以下の実験を行なった。
【0074】
KY1153由来減数体であるss049に、上記実施例5記載の方法にしたがって、pU4を導入して形質転換体を取得し、その形質転換体をYPGal培地にて培養してHO遺伝子の発現を誘導した後、pU4上のMFα1遺伝子プロモーターで誘導されるPHO5遺伝子発現を調べることにより、α型の接合能を示す株を得た。この株から、実施例8記載の方法にしたがってプラスミドpU4を脱落させることにより株KT442を作製し、上記実施例5記載の方法にしたがって、pU4Bを導入して形質転換体を取得し、その形質転換体をYPGal培地で培養してHO遺伝子の発現を誘導した後、pU4B上のSTE6プロモーターで誘導されるPHO5遺伝子発現を調べることにより、a型の接合能を持つ株の検出を行った。また、pU4Bに代えて、pYESB(HO遺伝子を持たないプラスミド)をコントロールとして用いて同様の実験を行い、a型の接合能を持つ株の検出を行った。その結果、pYESBを導入したKT442からはPHO5遺伝子を発現するクローンが得られなかったが、pU4Bを導入したKT442からは、PHO5遺伝子を発現する株、すなわちa型の接合能を獲得した株が検出された。この結果から、HO遺伝子を発現させることによって接合能を得た株は、新たにHO遺伝子を含むプラスミドを導入してHO遺伝子を発現させることによって、獲得した接合能を再度変換させることが可能であることが示された。
【実施例12】
【0075】
[下面発酵酵母以外の醸造酵母の交雑への適用]
これまでに本発明者らは、HO遺伝子の発現による酵母への接合能付与を、下面発酵酵母及びそれに由来する減数体にのみ適用してきた。そこで、下面発酵酵母以外の醸造用酵母にもこの方法が適用することが可能かどうかを調べるために、以下の実験を行なった。
【0076】
まず、清酒酵母きょうかい7号(K7)、KY395、KY1383を用意した。これらの酵母は、a/αの遺伝子型を持つため、胞子形成を経ない限り接合能を持たない。K7、KY395及びKY1383に、上記実施例5記載の方法にしたがって、pU4またはpU4Bをそれぞれ導入して形質転換体を取得し、それらの形質転換体をYPGal培地にて培養してHO遺伝子の発現を誘導した。その結果、これらの形質転換体の中からα株やa株が出現した。このことから、HO遺伝子を発現させることにより、下面発酵酵母以外のa/αの遺伝子型を持つ醸造酵母に対しても、a/aもしくはα/α型の接合能を持った株が取得されることが示された。これらの接合能を持った株と、HO遺伝子を発現させることによって接合能を付与した下面発酵酵母KY1153由来減数体ss108とを、交雑したところ、G418とブラストサイジンSの二種類の薬剤耐性を併せ持つ株として、交雑株を取得することができた。交雑株から、上記実施例8に記載の方法で、プラスミドの除去を行なった。
【0077】
得られた交雑株及びそれらの親株について、上記実施例9に記載の方法で硫化水素生成能、及び、発酵開始から168時間目における発酵能を調査した。硫化水素生成能の評価の結果を図8の左パネルに、発酵能の評価を図8の右パネルに示す。得られた交雑株はいずれも、KY1153の高い発酵能を維持しつつ、他方の親株の持つ硫化水素低生産性が導入されていることがわかる。これらの結果から、HO遺伝子の発現により接合能を付与する方法は、下面発酵酵母のみならず上面発酵酵母や清酒酵母など、下面発酵酵母以外の醸造用酵母に接合能を付与することができ、醸造用酵母全般の効率的な育種にきわめて有効であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、従来法では実用的な交雑育種ができなかった又は困難であった酵母の交雑育種の効率性を著しく高めることを可能とするものであり、飲料・食品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母(実用酵母)の交雑育種の分野において非常に有効に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合能を持たない酵母に、その酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させる工程を含むことを特徴とする、接合能を持つ酵母を製造する方法。
【請求項2】
接合能を持たない酵母が、醸造用酵母又はパン酵母であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
接合能を持たない酵母が、下面発酵酵母の減数分裂分離体であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
接合型変換遺伝子が、Saccharomyces sensu strictoに属する野生型酵母に由来するHO遺伝子であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
その酵母細胞内で接合型変換遺伝子を発現させる方法が、接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターの下流に接合型変換遺伝子を作動可能に連結した構築物をその酵母細胞内に導入して、該接合型遺伝子をその酵母細胞内で発現させる方法であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
接合型に影響を受けない遺伝子のプロモーターが、GAL1遺伝子のプロモーターであることを特徴とする請求項5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−220481(P2010−220481A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−68013(P2009−68013)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】