説明

酵母エキスの製造方法

【課題】本発明は、簡便な方法によって、濁りがなく澄明度の高い酵母エキスを製造できる、酵母エキスの製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】酵素処理によって酵母の細胞壁を分解する際、ホスホリパーゼA、ホスホリパーゼB、ホスホリパーゼC、及びリパーゼから選択される少なくとも1種を添加することによって澄明化する、酵母エキスの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母エキスの製造方法に関する。詳細には、本発明は、濁りがなく澄明度の高い酵母エキスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母エキスはアミノ酸やペプチド、核酸などの旨味成分を含み、調味料として広く利用されている。酵母エキスは主に醸造用酵母、パン酵母又はトルラ酵母を原料として、自己消化法や酵素処理法などの方法によって製造されている。しかし、従来の製造方法では、得られた酵母エキスに濁り成分が含まれるため、濁りがあり澄明度が低く、用途や使用量が制限されるとの問題がある。
【0003】
そのため、澄明な酵母エキスを製造する様々な改良法が提案されている。例えば、酵母エキスのpHを調節して濁り成分を析出させ除去する方法(特許文献1)や、酵母エキスをペプチダーゼで処理する方法(特許文献2)が提案されている。しかし、これらの方法は酵母エキスを抽出して製品化した後に行われるため、多くの工程を要するとの欠点がある。
【0004】
一方、酵母からエキスを抽出した後に製品化することなく澄明にする方法として、酵母自己消化液や酵素処理液、水抽出物をセラミック膜で精密濾過後、さらに活性炭で濾過する方法(特許文献3)や、酵母菌体懸濁液に酵素を添加して抽出した抽出物を加熱処理し、pHを調整して濁り成分を沈殿させ除去する方法(特許文献4)、さらに、加熱失活させた酵母の水懸濁液を酵素で分解処理した後、キトサンまたはキトサンとポリアクリル酸塩を添加して、水不溶物の除去を行う方法(特許文献5)が提案されている。しかし、これらの方法も濾過などの工程が必要であるうえ、旨味成分も一緒に除去される可能性があるとの欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−306120号公報
【特許文献2】特開2007−222078号公報
【特許文献3】特開2004−248529号公報
【特許文献4】特開平11−187842号公報
【特許文献5】特開平8−56611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、簡便な方法によって、濁りがなく澄明度の高い酵母エキスを製造できる、酵母エキスの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究の結果、酵母エキスを酵素処理によって抽出する際、ホスホリパーゼ又はリパーゼを添加することで、濁りがなく澄明度の高い酵母エキスが得られることを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
すなわち、本発明は、酵素処理によって酵母の細胞壁を分解する際、ホスホリパーゼA、ホスホリパーゼB、ホスホリパーゼC、及びリパーゼから選択される少なくとも1種を添加することによって澄明化する、酵母エキスの製造方法を提供する。本発明の酵母エキスの製造方法によれば、旨味成分が豊富な、濁りがなく澄明度の高い酵母エキスを得ることができる。
【0009】
本発明の酵母エキスの製造方法において、酵母処理において使用する酵素は、グルカナーゼ及びプロテアーゼを含むことが好ましい。グルカナーゼ及びプロテアーゼによって処理することで、酵母細胞壁を破壊し酵母細胞内の旨味成分を放出することができ、より旨味成分が豊富な酵母エキスを得ることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の酵母エキスの製造方法によれば、簡便な方法で、濁りがなく澄明度の高い、かつ、旨味成分を豊富に含む、酵母エキスを製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の酵母エキスの製造方法に使用される酵母は、通常酵母エキスの製造に用いられる酵母であれば特に限定されないが、サッカロマイセス・セレビジエなどの醸造用酵母、パン酵母、又はカンジタ・ユーティリスなどのトルラ酵母が好ましく用いられる。乾燥酵母や、ビールなどの醸造後の酵母も用いられる。
【0012】
生酵母または乾燥酵母は水に懸濁してから酵母エキスの製造に供する。酵母エキスの製造は、自己消化法や酵素処理法のいずれでもよく、酵素処理法は目的によって酵素の種類や抽出時間などを調節できるため、好ましく用いられる。
【0013】
酵素処理は、グルカナーゼ及びプロテアーゼを用いて酵母細胞壁を破壊することが好ましい。グルカナーゼとしては、XGP−413(長瀬産業株式会社製)、グルカネックス(ノボザイムズジャパン社製)などが好ましく用いられ、プロテアーゼとしては、ビオプラーゼOP(ナガセケムテックス株式会社製)、P6−SD(天野エンザイム株式会社製)などが好ましく用いられる。また、両者の混合物であるXGP−509(長瀬産業株式会社製)、ツニカーゼFN(天野エンザイム株式会社製)も好ましく用いられる。必要があれば、さらにペプチダーゼ、グルタミナーゼ、及びヌクレアーゼを添加してもよい。酵母水懸濁液への添加量は、酵素の種類や酵母菌数によるが、一般的に酵母エキスの抽出に使用される量であればよく、製品説明書に記載の通りでもよい。
【0014】
ホスホリパーゼA、ホスホリパーゼB、ホスホリパーゼC、及びリパーゼ(以下、「澄明化酵素」という)は、一般に入手可能なものであればよく特に限定されない。澄明化酵素の種類や添加量は、澄明な酵母エキスが得られれば特に限定されず、当業者が適宜に選択することができる。澄明化酵素の酵母水懸濁液への添加は、酵素処理において使用される酵素の前で後でもよく、同時に添加してもよい。
【0015】
酵素処理用酵素及び澄明化酵素が添加された酵母水懸濁液を、例えば30℃〜70℃の温度で、1〜24時間処理し、酵母エキスを抽出させる。この処理に際して、または処理後、pHを調節してもよい。pHは5〜9の範囲にすることが好ましい。その後、1000〜15000×gで遠心分離して、上清を回収することで酵母エキスの水溶液を得る。この方法によって、得られる酵母エキスは、澄明化酵素を添加しないものに比べて澄明なものであり、かつ、旨味成分の含有量も澄明化酵素を添加しないものと同程度なものである。したがって、本発明の製造方法によって得られる酵母エキスは、濁りがあるため従来の酵母エキスが使用できなかった製品に対しても、添加することができる。
【0016】
得られた酵母エキスの水溶液は必要に応じて、濃縮するか、また、酵母エキス粉末に乾燥させることができる。濃縮物や粉末を水に再分散しても澄明なものであるため、様々な用途に適している。
【実施例】
【0017】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0018】
実施例1 酵母エキス水溶液の製造
酵母懸濁液の調製:
乾燥ビール酵母(サッカロマイセス・セレビジエ)15gを、75mLの水道水に懸濁し、48%NaOH水溶液を用いてpHが6.5になるように調整して酵母懸濁液1とした。カンジタ・ユーティリスの酵母エキス抽出乾燥残渣10gを80mLの水道水に懸濁し、48%NaOH水溶液を用いてpHが6.5になるように調整して酵母懸濁液2とした。
【0019】
酵素液の調製:
酵素処理は、グルカナーゼ及びプロテアーゼを使用した。グルカナーゼとしては、ツニカーゼFN(天野エンザイム株式会社製)、グルカネックス(ノボザイムズジャパン社製)、及び、XGP−413(長瀬産業株式会社製)を使用した。プロテアーゼとして、ビオプラーゼOP(ナガセケムテックス株式会社製)、及びP6−SD(天野エンザイム株式会社製)を使用した。XGP−509(長瀬産業株式会社製)は、プロテアーゼとグルカナーゼとの混合製剤である。
【0020】
酵素液1:1%のビオプラーゼOP
酵素液2:1%のP6―SD
酵素液3:1%のツニカーゼ
酵素液4:1%のグルカネックス
酵素液5:0.3%のXGP−509
酵素液6:1%のXGP−413
【0021】
酵素処理:
試験区A〜Fに分けて、2mLマイクロテストチューブ(Safe−Lock Tube 2.0mL;Eppendorf社製)に酵母懸濁液を0.9mLずつ分注して、酵素液を0.1mLずつ(酵素が2種類の場合は、0.05mLずつ)を添加した。続いて、上記マイクロテストチューブに各種澄明化候補酵素を10μLずつ分注して、50℃にて17時間処理した。比較のため、酵素液を添加しないもの、及び、澄明化候補酵素を添加しないものについても同様に処理した。
【0022】
【表1】



【0023】
使用した澄明化候補酵素は、
Streptomyces sp.由来ホスホリパーゼA2(PLA2;ナガセケムテックス株式会社製)、
Streptomyces sp.由来リゾホスホリパーゼD(LPLD;長瀬産業株式会社製)、
Streptomyces sp.由来ホスホリパーゼD(PLD;ナガセケムテックス株式会社製)、
Aspergillus sp.由来レシターゼ(PLA1活性を有する;レシターゼUltra;ノボザイムズジャパン社製)、
ロハラーゼ(PLA2活性を有する;ロハラーゼMPL;ABエンザイムズ社製)、
ホスホリパーゼA1(PLA1;第一三共株式会社製)、
Streptomyces sp.由来ホスホリパーゼC(SGPIPLC;長瀬産業株式会社製)、
Streptomyces sp.由来スフィンゴミエリナーゼ(SHSMase;長瀬産業株式会社製)、
Rhizopus japonicus由来リリパーゼ(リリパーゼ;ナガセケムテックス株式会社製)、
Porcine Pancreas由来リパーゼ(PPL;シグマアルドリッチ社製)、Mucor javanicus由来リパーゼ(リパーゼM;天野エンザイム株式会社製)、
Rhizopus oryzae由来リパーゼ(リパーゼF;天野エンザイム株式会社製)、
Rizopus niveus由来リパーゼ(ニューラーゼF;天野エンザイム株式会社製)、
Porcine Pancreas由来パンクレアチン(パンクレアチン;シグマアルドリッチ社製)、
Alcaligenes sp由来リパーゼ(リパーゼQL;名糖産業株式会社製)、
Burkholderia cepacia由来リパーゼ(リパーゼPS;天野エンザイム株式会社製)、及び、
Burkholderia cepacia由来リパーゼ(リパーゼAH;天野エンザイム株式会社製)であった。
【0024】
酵素処理後、試験区A〜Cの反応液は、2500×g、2分間遠心分離(遠心分離装置CF15RXE;日立工業社製)し、上清を回収した。自動温度補正防水機能付手持屈折計MASTER−Pα(アタゴ社製)を用いて上清のBrixを測定した。上清を水で4倍希釈して、マイクロプレートリーダーSPECTRA MAX190(日本モレキュラーデバイス社製)を用いて、OD650nmにて濁度を測定した。試験区D〜Fの反応液は、15,000rpm、1分間遠心分離し、上清を回収し、希釈せずにBrix及びOD650nmを測定した。測定の結果は、表2及び表3に示した。
【0025】
【表2】



【0026】
表2から、酵素液をグルカナーゼ及びプロテアーゼを添加せずに抽出した酵母エキスのBrixが低いため、酵母エキス中の各種旨味成分の含有量が低いことが推測される。一方、グルカナーゼ及びプロテアーゼを添加したものは、高いBrixを有していることから、酵母細胞内の旨味成分が抽出されたことが推測される。また、ホスホリパーゼやリパーゼなど各種澄明化候補酵素をさらに添加した場合、添加しないものに比べてBrix値がほとんど変わらないことから、澄明化候補酵素の添加によるエキス中の各種旨味成分の損失がなかったことが示唆される。
【0027】
【表3】



【0028】
表3から、澄明化候補酵素を添加しないものに比べて、各種ホスホリパーゼA1、ホスホリパーゼA2、ホスホリパーゼC、リパーゼ、又は複合消化酵素を添加したものは、低いOD650nmを呈した。これは得られた酵母エキスの澄明度が高いことを示唆している。また、ホスホリパーゼA1及びホスホリパーゼA2の活性を有するホスホリパーゼBによっても同様な効果が得られると推測される。一方、ホスホリパーゼD及びスフィンゴミエリナーゼを添加したものは、OD650nmを低減することができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素処理によって酵母の細胞壁を分解する際、ホスホリパーゼA、ホスホリパーゼB、ホスホリパーゼC、及びリパーゼから選択される少なくとも1種を添加することによって澄明化する、酵母エキスの製造方法。
【請求項2】
前記酵母処理において使用する酵素は、グルカナーゼ及びプロテアーゼを含む、請求項1記載の酵母エキスの製造方法。

【公開番号】特開2011−205927(P2011−205927A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−75046(P2010−75046)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】