説明

酵母ピキア・パストリスの発酵によるキチン、その誘導体及びグルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含有するポリマーの共生産のための方法

本発明は、好気性条件下でバイオリアクター中で酵母ピキア・パストリスの高細胞密度発酵により、好ましくは、バイオディーゼル産業からのグリセロールの副産物を炭素源として用いて、グルコサミンポリマー(キチン、キトサン、又はそのあらゆる誘導体)とグルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマーの共生産のための方法に関する。純粋なグリセロール、純粋なメタノール、グリセロールリッチ又はメタノールリッチな混合物もまた炭素源として使われうる。本発明はまた、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマーとともに、高い細胞密度と高い細胞壁キチン含量を得るために十分に最適化されたP.パストリス発酵プロセスに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチンと、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含有するポリマー及びその誘導体とを低コストの原料を用いて大量に微生物生産する方法に関する。従って、酵母P.パストリスの高細胞密度バイオリアクター培養に基づく生産方法が記載されている。この生産方法には、バイオディーゼル生産由来のグリセロールの副産物を炭素源として用いるのが好ましい。前記バイオポリマーは、他の産業、プロセス及び医薬の応用の中で、農業食品産業、化粧品、バイオ医薬、繊維製品、廃水処理、において広く使用されている。
【背景技術】
【0002】
ポリマーは、1又はより多くのモノマーという構造単位が重合することによって形成された高分子量の分子である。炭化水素モノマーであるモノサッカライドにより形成されたポリマーはポリサッカライドと言われる。より小さい分子(オリゴサッカライド)はポリサッカライドの化学的又は酵素的な部分加水分解により得られる。
【0003】
キチンは、b-(1-4)結合により結合した、D-グルコサミン(GlcN)とN−アセチルーD-グルコサミン(GlcNAc)基からなる直鎖状のポリサッカライドである(化学式化1参照。(1)と(2)はGlcNとGlcNAcをそれぞれ表わしている)。キチン分子は、分子内の水素結合を形成し、その配置により、3つの異なる結晶形態をとる。α―キチンは、最も一般的で安定な形態であるが、鎖の逆平行の配置により特徴づけられる。これに対して、β―キチンは平行層により形成される。最も稀な構造、γ―キチンは、1つの逆平行と2つの平行な鎖により特徴づけられる。
【0004】
【化1】

【0005】
水素結合は、水とほとんどの有機溶媒の両方に対するキチンの低溶解性に関与する。 酸性又はアルカリ性の溶液はポリマーの加水分解と脱アセチル化を引き起こし、これゆえにその可溶化に適さない。
【0006】
水素結合はまた、キチン質の物質のポリマーの高い剛性と低い透過性とともに、融点の明らかな欠如の原因となる。
【0007】
キチンの物理化学的特性はまた、2つの構造的モノマーの比率に関係する。ポリマーにおけるGlcNのモル画分(脱アセチル化の程度と言われる、%DD)は、50%以上である。前記ポリマーはキトサンと名付けられ、キチンの主な誘導体である。アセチル基の低い含量のために、キトサンは弱酸に溶け、高分子電解質の性質を持ち、より高い反応性を有する。キトサンは通常、キチンの脱アセチル化により得られる。
【0008】
これらの性質のために、キトサンは最近までキチンよりも多くの応用があった。その高い特異的結合能力は、廃水からの油、重金属、タンパク質及び微粒子物質の除去に使われている(非特許文献1)。同じ特性のために、それをアフィニティクロマトグラフィ(非特許文献2)とコレステロール吸着の減少のために使用することを可能にする。キトサンは、ヒトの消化経路を通り、低密度コレステロールと結合することにより、その血流中への吸収を妨げる(非特許文献3;非特許文献1)。
【0009】
食品工業において、キトサンは主に卵と果物のコーティングに使われ(非特許文献1、非特許文献4)、二酸化炭素と病原微生物のバリアとして機能し、それゆえ、食品製品の寿命を延ばす。それはまた、飲料のための乳化剤、保存剤及び清澄剤として使用される(非特許文献5;非特許文献2)。キトサンはまた、化粧品、すなわち、ヘア製品に使われる。なぜならその高い安定性と低い静電特性のためである(非特許文献5)。
【0010】
キトサンのバイオ医薬への応用は、その誘導体の生体適合性と生分解性のためにますます今日的な意味を帯びている。生体適合性と生分解性は、とりわけ、傷を治す(非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8)、組織の足場(非特許文献9)、薬放出システム(非特許文献8)に使うことを可能にする。
【0011】
キチンの主要な応用は、それを縫合材料として(非特許文献6、Okada et al., 2000、非特許文献8)、細菌又はカビに感染した動物の抗原として(非特許文献8)、または細胞壁にキチンを持つ生物に汚染された土壌においてキチナーゼ生産を増大させるものとして(Okada et al., 1999、非特許文献10)使用することを含む。それはまた、靴下のような呼吸できる繊維製品にも使用される。
【0012】
合成ポリマーと対照的に、キチンとキトサンは生分解性である。そのため、それらを使用することにより環境に利益がある。
【0013】
キトサンとは別に、キチンの誘導体はポリサッカライドを含む。その中には、GlcNAc C6水酸基が、例えば、アルキル又はカルボキシル基のような他のラジカルと置換されている。これらのラジカルの挿入はポリマーの機能を増大させる。それゆえ、新しい繊維、ゲル等のような新しい応用の開発を可能にする。
【0014】
セルロースの次に、キチンは自然界で2番目に豊富なバイオポリマーである。それは、主に節足動物門と脊索動物門の生物のクチクラと外骨格内及び、酵母とカビの細胞壁に見出される。これらの生物において、キチンは細胞の固さと機械的強度を与え、減数分裂の間重要な役割を演じる(非特許文献11、非特許文献12)。キチン又はその誘導体の存在は細菌にも変形菌類のカビにもまだ検出されていない。甲殻類と節足動物から抽出されたキチンはより硬く、微生物のキチンよりも脱アセチル化の度合いが大きい。
【0015】
市販されているキチン及びキチン誘導体のほとんどは、カニ、エビ及びロブスターのような甲殻類から得られる。抽出方法は、通常3つの工程を含む:脱ミネラル化、タンパク質及び脂質除去及び漂白である。最初の工程は貝殻を酸(通常、HCl)と混合することにより行われる。一方、タンパク質及び脂質の除去はアルカリ性の培地中でエタノールの存在下で行われる。
【0016】
色素除去(特にカロテノイド)は、アセトン、クロロホルム又はエーテルとエタノールの混合物のような有機溶媒で洗浄することにより達成される。
【0017】
それにもかかわらず、種の機能と動物の年齢に応じたこの原料の季節的特徴と貝の組成の多様性によって、この方法がむしろ費用がかかり、再現性が低くなる。ロブスターやカニのような種の外骨格の剛性はまた、抽出を困難にし、より費用がかかるようにする。さらに、甲殻類の貝殻から抽出されたキチンは動物起源であり、薬学的及びバイオ医薬の応用は食品医薬品局(FDA)により高度に制限される。また、タンパク質及び動物に吸収された汚染物質の存在がまたキチンの精製を困難にしている。アレルギー反応の可能性のために、甲殻類から抽出されたポリマーはバイオ医薬への応用への適合性が低い。
【0018】
節足動物及び甲殻類のキチンは、貝殻のタンパク質及びミネラルと凝集しており(主にカルシウム塩)、微生物においてはそれは他の細胞壁の多糖と結合している。その還元的鎖の末端は、b-(1,3)-グルカン(グルコースポリマー)の非還元末端に結合している。b-(1,3)-グルカンは、b-(1,6)-グルカン、ガラクトマンナン(ガラクトース残基とマンノース残基から形成されるポリマー)及び糖たんぱく質に結合している。細胞壁の組成は系統に依存し、それはまた生物の成長段階の間中変化する。培地組成及び濃度(例:基質利用可能性)、温度又は溶存酸素濃度(非特許文献13)のような発酵条件を変えることで、それぞれの細胞壁成分の相対比率の多様性が得られる。
【0019】
キチンの微生物生産は、ある程度制限のない利用可能性を持ち、該方法の連続的最適化のための安価な原料の使用を可能にする。細胞壁の環境条件への適応は、前記方法の最適化のための利点として使用できる。実際、発酵によるキチン生産は、培地に特殊なイオン及び酵素的キチン生産のための前駆体を補給することにより増大することが既に証明されている(非特許文献11、非特許文献14)。ポリマーの組成と特性は共に、甲殻類から伝統的抽出法により得られた物よりも安定である。
【0020】
これまでのところ、遺伝子操作された生物を使用する場合以外に、微生物を用いてキチンを生産する最適な手順は無い。市販されているほとんどの微生物のキチンは、ビール産業のサッカロミセス・カールスベルゲンシス(Saccharomyces carlsbergensis)又はクエン酸生産のアルペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)から抽出される(Versali et al., 2003)。後者においては、キチンは微生物の細胞壁の最高42%までの割合を占めるだろう。とは言っても、アスペルギルス・ニガーの液体培養では、ある酵母の到達した細胞密度には到達しない。一方、サッカロミセス属によるキチン生産は細胞の乾燥重量の約8%を超えない。アガリクス・ビスポラス(Agaricus bisporus)とA.キャンペストリス(A. campestris)のような、ある可食性のキノコの培養由来の廃棄物も使われる可能性がある(特許文献1)。しかし、このキチンの含量は、該生物の乾燥重量の8%を超えない。
【0021】
ピキア・パストリスはヘミアスコミセテス(Hemiascomycetes)/サッカロミセテス(Saccharomycetes)酵母である。キチン生産に使用される他の微生物を上回るこの種の主な利点は、この種が、グルコース、メタノール又は生のグリセロールを含む多種多様な基質による発酵中に高い細胞密度に達することである。この間、その細胞壁中には高いパーセンテージでキチンを含んでいる。さらに、グリセロールはバイオディーゼル産業由来の低コストの副産物であり、大量に入手でき、P.パストリスの成長に効果的に使用できると報告されている(非特許文献15)。それゆえ、バイオディーゼル産業由来のグリセロール副産物を、P.パストリスによるキチン及びキトサンの生産に使用することは、その価格を安定させる方法となりうる。さらに、培養のために高い溶存酸素濃度を使用する必要がないので、操業コストは低減される。
【0022】
現在、ピキア・パストリアを本発明の目的であるバイオポリマーの工業生産に使用することに関する報告は入手できていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】GB2259709号公報
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】Hennen W (1996) Woodland Publishing Inc, Utah, EUA.
【非特許文献2】Synowiecki J, Al-Khateeb N (2003) Crit Rev Food Sci Nutr, 43(2), 145-171.
【非特許文献3】ICNHP (1995) International Commission on Natural Health Products, Georgia, EUA.
【非特許文献4】Kim S, No H, Prinyawiwatkul W (2007) J Food Sci, 72(1), 44-48.
【非特許文献5】Kim S (2004) Department of Food Science, Louisiana State University, EUA.
【非特許文献6】Hamlyn F, Schmidt R (1994)Mycologist, 8(4), 147-152.
【非特許文献7】Tanabe S, Okada M, Jikumaru Y, Yamane H, Kaku H, Shibuya N, Minami E (2006) Biosci Biotechnol Biochem, 70, 1599-1605.
【非特許文献8】Singh D, Ray A (2000) Polymer Reviews, 40(1), 69-83.
【非特許文献9】Tangsadthakun C, Kanokpanont S, Sanchavanakit N, Pichyangkura R, Banaprasert T, Tabata Y, Damrongsakkul S(2007) J Biomater Sci Polymer Edn,(18)2, 147-163.
【非特許文献10】Hallmann J, Rodriguez-Kabana R, Kloepper J (1999) Soil Biol Biochem, 31, 551-560.
【非特許文献11】Keller F, Cabib E (1970) J Biol Chem, 246(1), 160-166.
【非特許文献12】Momany M, Hamer J (1997) Cell Mot Cytoskel, 38, 373-384.
【非特許文献13】Aguilar-Uscanga B, Francois J (2003) Lett Appl Microb, 37, 268-274.
【非特許文献14】Camargo E, Dietrich C, Sonnenborn D, Strominger J (1967) J Biol Chem, 242(13), 3121-3128.
【非特許文献15】Celik E, Ozbay N, Oktar N, Calik P (2008), Ind Eng Chem Res, 47(9),2985-2990.
【非特許文献16】Freimund S, Janett S, Arrigoni E, Amado R (2005) European Food Research and Technology, 220(1), 101-105.
【非特許文献17】MacMurrough I, Rose A (1967) Biochem J, 105, 189-203.
【非特許文献18】Vetter J (2007) Food Chemistry, 102(1), 6-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の課題は、好気性条件下でバイオリアクター中で酵母ピキア・パストリスの高細胞密度発酵により、好ましくは、バイオディーゼル産業からのグリセロールの副産物を炭素源として用いて、グルコサミンポリマー(キチン、キトサン、又はそのあらゆる誘導体)とグルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマーの共生産のための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明は酵母ピキア・パストリスの細胞壁多糖の生産菌としての使用について述べる。細胞壁多糖としては、マンノース及び/又はグルコース、又はその誘導体産物であり、それらは低コストの基質、例えばバイオディーゼル産業由来のグリセロール副産物を使用して生産される。
【0027】
この目的に使用される生物は野生型のピキア・パストリス株、その変種もしくは突然変異体、又は遺伝子操作された株であってもよい。遺伝子操作された株は、例えば下流のプロセスで使われる酵素の発現に関する異種タンパク発現のための構成的な株であってもメタノール資化性(MUT)株であってもよい。
【0028】
これらの多糖の生産性は微生物の細胞増殖に密接に関連している。それゆえ、P.パストリスによるキチン又はキトサンの生産を経済的に成り立つようにするために、このプロセスは高い細胞増殖速度と高い細胞密度を得るために最適化されてきた。
【0029】
この点から見ると、本発明は、好ましい炭素源として、バイオディーゼル産業のグリセロール副産物を用いて、ピキア・パストリスによる好気性発酵によるグルコサミン、グルコース及び/又はマンノースを含む細胞壁多糖の生産方法を記述する。他の可能な炭素源としては、純粋なグリセロール、メタノール及びグルコース又はその混合物を含む。
【0030】
低コストのグリセロール副産物を主な炭素源として使用することは、重要な利点である。なぜなら、それは、他の高純度でより高価な基質に比べて生産コストを低減できるからである。この方法の体積生産性は、連続モードで稼働される発酵プロセスを適用することにより最大化されうる。そして好ましくは酸素移動能力を上げるための圧力下で稼働されてもよい。それにより、より高い細胞密度が可能となる。
【0031】
P.パストリス発酵の間、溶存酸素濃度は飽和濃度の5%を超えて維持される。このパラメータは、炭素源添加により制御される。炭素源添加は連続的又は半連続的に行われてもよい。このようにして、高い細胞密度が得られ、嫌気的条件が回避され、最大の代謝活性が得られる。
【0032】
発酵の間中生産される多糖の抽出は、カビ又は酵母の細胞壁から多糖を抽出するための文献に記載されたどんな方法によって行われてもよい(例えば、非特許文献2)。本発明で使用される化学的プロセスは、キチンが豊富な多糖混合物を生産する他に、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含む他の多糖の異なる画分を生産する。それらについては、いくつかの農食品及びバイオ医薬への応用が見つかる可能性がある。
【0033】
化学抽出操作はポリマーが分解するいくつかのリスクがある。もうひとつの方法として、タンパク性の物質と細胞壁グルカンをそれぞれ分解するタンパク分解酵素とリゾチームを用いる酵素抽出法を適用してもよい。それらは汚染のより少ない方法ではあるが、比較的コストが高いという不利な点がある。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、炭素源としてバイオディーゼル産業由来のグリセロール(99%)又はグリセロール副産物(86%)を使用した発酵中のピキア・パストリスの細胞の乾燥重量の分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
1.ポリマー生産
1.1.微生物
本発明は、キチンと、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマー、また、それらの誘導体の、ピキア・パストリス野生型株、その変種及び突然変異体の発酵による生産に関する。
1.2.発酵培地
ピキア・パストリス発酵は、炭素源、窒素源及び無機塩を含む液体培地で行われる。
【0036】
炭素源は、好ましくはバイオディーゼル産業により生じるグリセロールが豊富な混合物である。純粋なグリセロール、メタノール、グルコース又はそれらの混合物もまた使用されうる。その他にも、P.パストリスは、いくつかの他の化合物上でも生育可能である。他の化合物は、モノマー、ダイマー又はオリゴマーの形のアルコール、糖、有機酸、脂肪酸又はアミノ酸を含む。
【0037】
これら全ての基質は純粋な化合物又は好ましくはバイオディーゼル産業のような農産工業廃棄物又は副産物由来でもよい。窒素源は、好ましくは、アンモニアであるが、アンモニウム塩又は有機態窒素化合物(酵母エキス、尿素又はペプトン)も使用できる。
【0038】
発酵培地はまた、イオン(例えば、Ca2+, K+, Mg2+, SO42-, PO43-)を含む塩及び、コバルト、銅、マンガン及び鉄のような微量金属を含む。記載された培地は、P.パストリスの生育に使用される基質の幅広い多様性の単なる例示であり、それらは制限的に解釈すべきではない。
1.3.発酵条件
本発明は、ピキア・パストリス発酵を用いた、細胞壁多糖の生産のためのあらゆる手段又は手順に関する。多糖は例えば、キチン、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマー又はその誘導体産物である。より具体的には、本発明は、P.パストリスの生育が高い細胞密度と微生物の細胞壁中の高いキチン/グルカン含量に達するのに有利に働くいくつかの方法を記述する。
【0039】
発酵は、圧縮空気を用いた通気の下で好気的培地の中で行われる。温度は、10℃と60℃の間、好ましくは20℃と40℃の間に制御される。pHは、アルカリ(例えばNaOH, KOHまたはNH3)の自動的添加により、1.0と10.0の間、好ましくは3.0と8.0の間に制御される。アンモニア又は水酸化アンモニウムが使用される場合、それらはまた窒素源としても役立つ。
【0040】
発酵培養液中の溶存酸素濃度は、細胞の増殖に従って徐々に減少する。この減少は、菌株の具体的な増殖速度によって決定される。酸素の制限は、バイオリアクターの容量と制限に従って、撹拌速度、空気の流速、圧力、温度及び/又は律速となる炭素源の供給速度を操作することで回避される。
【0041】
高い細胞密度を実現するためには、操作モードが連続的又はバッチで供給され、最初のバッチ層を持っていてもよい。
【0042】
前記方法をバッチ式で始めると、発酵培養液の供給は、炭素源が成長を限定する濃度に達したときに始まる。それから、好ましくは、溶存酸素濃度が決定的な閾値に達するまで、反応装置の特徴に基づいて予め決定された指数関数的な供給速度で維持される。供給溶液は炭素源と2%(V/V)食塩水によりなる。pHがアンモニア以外の塩基で制御されると、供給溶液は、最初の培地中に存在する同じ炭素/窒素の割合(約3:1)で窒素源を含むべきである。
【0043】
細胞壁多糖の生産は増殖に関連する。それゆえ、バッチで供給される発酵は培養が定常増殖相に入ると終了する。もし、前記方法が連続法で行われると、溶存酸素濃度が0%に落ちない限り、希釈割合は、流出の閾値近くに維持される。
【0044】
キチン及びキトサンの生産は、10と40g/Lの間及び最大10g/Lでそれぞれ変動する。これらの値は得られる細胞密度により変動する。細胞密度は通常150g/Lよりも高い。バイオマス中のキチン/キトサン含有量は、それらの生産を細胞増殖と分離させる条件の下で発酵を延長することによって増加することができる。そのような条件は、定常増殖相の間、温度を高め(30℃まで)、pH(5と8の間)又はイオン強度を上げることを含む。
【0045】
キチン/キトサンの生産に付随して、本発明の方法はまた、細胞の乾燥重量の最大45%までを含むグルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含む細胞壁多糖の共生産(co-production)を予測する。
2.発酵産物の抽出と精製
本発明に記載された多糖を抽出し、精製するために使用される手順は以下のとおりである。
【0046】
細胞は発酵培養液からろ過、デカンテーション又は遠心分離により分離される。後者が最も有効な方法である。
【0047】
好ましくは遠心分離により分離された細胞は、脂質、タンパク質及び核酸を除くために、アルカリ溶液(10を超えるpH)で処理される。タンパク質及び核酸は高濃度の強塩基(NaOH又はKOH)で反応させることにより分解される。一方、脂質は有機溶媒(例えば、エタノール、メタノール、アセトン)又は界面活性剤で反応させることにより除去される。それらの方法は温度(65℃〜95℃)によって30分と3時間の間の時間がかかる。連続して、又は同時に行われてもよい。それにより、方法はより安くなり、生産量も増える。
【0048】
それにより得られた不溶性の物質は主に無機物、キチン及びその誘導体、並びにグルカンとマンナンのような、他の不溶性の多糖からなる。可溶性多糖、すなわち、高度に分岐したβ―グルカン及びα―1,3−グルカン並びにガラクトマンナン(マンノースとガラクトース残基からなるポリマー)は上清に残る。
【0049】
遠心分離と水とエタノール(又はメタノール、ジエチルエーテル又はアセトンのような他の有機溶媒)での洗浄後、キチンは他の不溶性の多糖から分離される。その目的のために、酢酸(又は他の弱酸)を用いた部分加水分解が75℃を超える温度で、又は、希釈したHCl(又は他の無機酸)を用いた部分加水分解が50℃で行われる。この手順は、これまで抽出されなかったある分岐したβ―1,6−グルカンを可溶化できる。ほとんどのグルカンはアルカリ抽出とそれに続く不溶性画分を回収する遠心分離により回収される。不溶性画分にはキチンが含まれる。
【0050】
不溶性物質は、アルカリに可溶なグルカンを溶かすために高温の強アルカリ(NaOH)に懸濁される。温度はキチンの分解を避けるために20℃より高く、75℃よりも低くすべきである。
【0051】
不溶性物質は遠心分離により回収され、水とエタノール(又は他の有機溶媒)で完全に洗浄される。その後、キトサンは2%(V/V)酢酸中で溶解されることにより抽出され、遠心分離により分離される。キトサンは上清に残るが、沈殿物はキチンと他の不溶性ポリマーを含んでいる。キトサンはpHを6.0に調整することで沈殿させられ、遠心分離により回収される。
【0052】
キチンと他の不溶性ポリマー(キチン/グルカン複合体)を含む沈殿物は、ジメチルアセタミド(DMAC)又はジメチルスルホキシド(DMSO)中の5%塩化リチウム溶液中に溶かされる。この溶液は、ポリマーを完全に溶解させるために、持続的な撹拌の元で少なくとも12時間保たれる。溶解しない物質を除去するための遠心分離後、キチン/グルカン複合体は水を添加することにより沈殿させれらる。DMAC(又はDMSO)溶液は沈殿を生じなくなるまで水と何回か混合される。抽出されたキチン/グルカン複合体は、溶媒を除去するために水で完全に洗浄される。最終工程は60℃までの温度で乾燥すること、又は凍結乾燥よりなる。
【0053】
あるいは、強アルカリでの処理の間、より厳しい条件を使ってもよい。このようにすることで、キチンを完全に脱アセチル化してキトサンが得られる。この極端な条件は、温度を128℃まで上げること、アルカリ濃度15Nを使用すること、又は反応時間を7時間まで増加させることを含む。
【0054】
上述の抽出及び精製手順は、キチン/グルカン複合体以外に、他のポリマーのいくつかの画分の生成につながる。これらのポリマーは、主にグルコース、マンノース及び/又はガラクトース残基からなる多糖である。
【0055】
アルカリに可溶な細胞壁グルカンは、主にβ―(1,3)及びβ―(1,6)グルコシド結合からなる。それらは、アルカリ溶液中に溶解することにより抽出され、非混和性の溶媒中で沈殿することにより、又は透析により回収される。結果として約4%のアルカリに可溶なグルカンが得られる。
【実施例1】
【0056】
グリセロール中でのピキア・パストリス発酵
表1に記載の組成の14.25Lの発酵培地に、750mLのピキア・パストリスDSMZ70877の培養液を接種した。発酵は、パイロットスケールのバイオリアクター(LP351、50L、BioEngineering, スイス)中で、制御された温度とpH(それぞれ30℃及び5.0)で行われた。空気の流速は、全稼働中、30L/分に保たれ、圧力は0.10バール(bar)に維持された。
【0057】
pHは水酸化アンモニウムを添加することにより制御された。最初の撹拌速度は300rpmであった。
【0058】
30時間の発酵後、溶存酸素濃度(pO2)は50%に低下した。その点から、溶存酸素濃度は、撹拌速度を1000rpmまで上げることで、20%に調節された。撹拌速度が440rpmに達すると、バイオリアクターは、グリセロール(990g/L)を含有する溶液及び、24g/Lの、表1に記載のミネラル溶液を供給し始めた。供給速度は、指数関数的であり、所望の細胞増殖速度に従って算出された。
表1 発酵培地組成
【表1】

【0059】
(ミネラル溶液組成: 6.0 g/L CuSO4.5H2O, 0.08 g/L NaI, 3.0 g/L MnSO4.H2O, 0.2 g/L Na2MoO4.2H2O, 0.02 g/L H3BO3, 0.5 g/L CoCl2, 20.0 g/L ZnCl, 65.0 g/L FeSO4.7H2O, 0.2 g/L biotin e 5.0 mL/L H2SO4.)
最高撹拌速度(1000rpm)に達すると(約44時間の発酵)、pO2は基質の制限により20%に調節された。供給溶液の添加速度は、pO2が20%以下に落ちないように連続的に調節された。
【0060】
発酵の70時間以内で、培養は定常増殖期に入り、稼働は終了した。細胞は、発酵培養液の遠心分離(8000rpm、45分)により回収され、凍結乾燥される。237gの細胞が発酵培養液1Lにつき得られた。
【実施例2】
【0061】
バイオディーゼル産業由来のグリセロール副産物中におけるピキア・パストリスの発酵によるキチン/グルカン複合体の生産
実施例1に記載の手順がピキア・パストリスDSMZ70877を増殖させるために使用された。純粋なグリセロールが、86%グリセロールを含む、バイオディーゼル産業由来のグリセロール副産物によって置き換えられた。供給溶液の流速は、新しい基質組成を考慮して修正された。両方の培養の間、細胞の乾燥重量の漸進的変化を、図1に表わしている。
【0062】
発酵の終了時には、224g/Lのバイオマスが得られた。定常増殖期には、純粋なグリセロールを用いて発酵した場合よりも約6時間早く到達した。
【0063】
Synowieckiら(2003、非特許文献2)によって提案された抽出方法を用いると、0.352gのキチン/グルカン複合体が得られた。これはP.パストリスのバイオマスの11.7%に相当する。発酵の最後に得られた細胞密度を考慮すると、ポリマー生産性は8.99kg/m・日であった。
【0064】
グルカン分析の酵素キット(K-YBG, メガザイム)を用いると、グルカンに関するバイオマス含量は14%であった。一方、抽出されたキチン/グルカン複合体は38.2%のグルカンを含んでいた。グルコースとグルコサミンは、酸分解の後液体クロマトグラフィーにより検出される唯一の糖モノマーであった。このようにして、抽出されたキチン/グルカン複合体は、9%のキチン、1%の湿度、4%の灰分及び6%のタンパク質を含有した。
【0065】
これらの結果を考慮すると、実施例2で得られたバイオマスは3%のキチン含有量を有していたと結論づけられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチンと、グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含むポリマーとの共生産の方法であって、炭素源としてバイオディーゼル産業により生ずるグリセロール豊富な副産物を用いる、ピキア・パストリス野生型株の発酵からなることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の多糖の共生産の方法であって、前記バイオディーゼル産業により生ずるグリセロール豊富な副産物の代替物として、炭素源が、モノマー、ダイマーまたはオリゴマーの形のグリセロール、アルコール、糖、有機酸、ポリオール、脂肪酸又はアミノ酸であることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1に記載の多糖の共生産の方法であって、炭素源が食品又は、請求項1で言及された1又はそれ以上の化合物を含む工業廃棄物又は副産物、すなわち、モノマー、ダイマー又はオリゴマーの形であるグリセロール、アルコール、糖、有機酸、ポリオール、脂肪酸又はアミノ酸であることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1の多糖の共生産の方法であって、細胞壁多糖の含有量が、その目的に特に用いられるビタミン、カチオン、アニオン又は他のいかなる有機化合物又はミネラルの添加により増加することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1の多糖の共生産の方法であって、生物が請求項1で言及された種の変種又は突然変異体であるか、又は、種のキチン及び/又はグルカンの抽出及び/又は生成及び/又はそれぞれの誘導体又は他の組換えタンパク質を発現するように遺伝的に修飾された、請求項1で言及された株である方法。
【請求項6】
請求項1に記載の多糖の共生産方法であって、細胞密度と細胞壁多糖の体積比生産性が、炭素源を含む培地を自動的に添加することで溶存酸素濃度を調節することにより最大化されることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1の多糖の共生産の方法であって、次のパラメータ、すなわち、温度、撹拌速度、通気、酸素濃縮、液体の使用又は磁気ナノ粒子又は炭素源添加速度を操作することにより発酵が溶存酸素濃度1%を超える濃度で行われることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1の多糖の共生産方法であって、発酵培養液の温度が10℃と50℃の間、好ましくは20℃と40℃の間に調節されるをことを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1の多糖の共生産方法であって、発酵培養液のpHが3.0と10.0の間、好ましくはpH5.0と7.0の間に制御されることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1の多糖の共生産の方法であって、発酵培養液のpHがアルカリ、アンモニア、又はアンモニウム塩の添加により調節されることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の多糖の共生産の方法であって、バッチ、供給ーバッチ、又は連続モードの操作の下で高細胞密度を実現するために最適化した発酵条件で共生産が行われることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の多糖の共生産方法であって、発酵中に得られたバイオポリマーが、次の工程:
a)発酵培養液から細胞をろ過又はデカンテーションにより分離する工程、なお、細胞は遠心分離により、より効率的に分離できる、
b)濃縮アルカリ溶液(0.5−5.0MKOH、NaOH又は他の強アルカリ)及び有機溶媒を添加することにより、及び、有機溶媒(メタノール、エタノール又は他の有機溶媒)を1:0〜1:3の割合で添加することにより、タンパク質、脂質及び核酸を除去する工程、
c)酸(0.1−5.0MHCl)とアルカリ(0.5−5.0MHCl)を添加することにより、中性糖のみを含有するポリマーを順次溶解することにより、他のポリマーからキチン/グルカン複合体を分離する工程、
d)グルコース、マンノース及び/又はガラクトースを含有する、b)とc)に記載されたように抽出されたポリマーを、有機溶媒又は弱酸、好ましくは酢酸中の沈殿を含む単位操作を使って回収、精製する工程及び、
e)キチン/グルカン複合体から選択的加水分解により酵素的又は化学的方法によりキチン及び/又はグルカンを、精製する工程
により他の細胞成分から分離され、精製されることを特徴とする方法。



【図1】
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【公表番号】特表2011−529339(P2011−529339A)
【公表日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−520632(P2011−520632)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【国際出願番号】PCT/IB2009/053189
【国際公開番号】WO2010/013174
【国際公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(509282479)
【氏名又は名称原語表記】73100−SETENTA E TRES MIL E CEM,LDA
【Fターム(参考)】