説明

酵母変異株と酵母エキス

【課題】グルタミン酸を多く含むことにより先味にインパクトのある天然の酵母エキスを提供すること。さらに併せて、5’−グアニル酸または5’−イノシン酸を多く含むことにより、うま味の強い酵母エキスを提供すること。また、かかる酵母エキスを得るために、グルタミン酸、グルタミン、リボ核酸を多く蓄積する酵母変異株を提供することを課題とする。
【解決手段】自然突然変異を誘発し、有機酸やそのアナログ耐性を付与した酵母変異株が、遊離のグルタミン酸とグルタミンを合わせて10重量%と細胞内に著量蓄積し、さらにリボ核酸を5重量%以上蓄積した。この株を用いて製した酵母エキスは、L−グルタミン酸を20重量%以上含有するもの、さらには5’−IGを3重量%以上含有するものであった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内に遊離のL−グルタミン酸とL−グルタミン、およびリボ核酸を著量蓄積する酵母変異株、および該酵母を用いて得られる天然のL−グルタミン酸を高濃度含有し先味(さきあじ)の強いうま味を呈する酵母エキスに関する。
【背景技術】
【0002】
最近の健康・天然・無添加志向に加え、BSE等、食の安全性に関する問題もあり、天然調味料である酵母エキスへの期待が急速に高まっている。酵母エキスでは、うま味の伸びや後味を強化した核酸系のエキスや、最近注目されている食品にコクや厚みを付与するペプチド系エキスの開発が盛んに行われている。
【0003】
一方、グルタミン酸に代表される先味のうま味を強化した酵母エキスに関しては、安価な精製グルタミン酸ナトリウム(MSG)を系外から添加する手法が主流で、酵母エキス自体の開発例はあまり多くない。
例えば特許文献1に示す様に、変異育種により酵母の遊離グルタミン酸蓄積量を高めることで、グルタミン酸含有量を高めた酵母エキスを作製する方法や、また、特許文献2に示す様に、エキス抽出率を低く抑えて、さらに酵素を作用させる等の製法の改良によりグルタミン酸含量を高める試みもある。
しかしながら、このようにして作製される酵母エキスのグルタミン酸含有量は、ナトリウム塩換算で14.5%以下であり、グルタミン酸含有調味料として一般的に用いられている小麦グルテン加水分解物に比べると低く、呈味性において十分満足できるレベルではない。
さらには特許文献1では変異育種により対糖菌体収率が低下する、特許文献2では、酵母のグルタミン酸蓄積量が低いため、製法が限定されるなどの問題もあった。
工業的利用に耐えうる生産性を持って、商品設計に応じた様々な製法によりグルタミン酸含有量の高い酵母エキスを開発する為には、菌体生産性を低下させることなく、酵母のグルタミン酸蓄積量を飛躍的に高める事が必要である。
【0004】
バクテリアによるグルタミン酸ナトリウムの生産では菌体外に蓄積させるのに対し、酵母エキスの生産においては酵母菌体内にグルタミン酸を蓄積させる必要がある。しかし、菌体内ではフィードバック阻害などの代謝制御系が働き、菌体内へグルタミン酸を高濃度蓄積させることは容易ではないと推察される。
酵母細胞内の遊離のアミノ酸プールの解析より、グルタミン酸は細胞質、グルタミンは液胞に多く存在するという報告がある(Eur. J. Biochem. Vol.108,P439(1980))。このことから、グルタミン酸だけでなく、局在の異なるグルタミンも高濃度蓄積させる酵母を開発できれば、常法であるグルタミンの酵素的変換により、グルタミン酸含有量を著しく高めた酵母エキスの作製が可能である。
【0005】
特許文献3では、一倍体の実験室酵母、サッカロマイセス・セレビジアエの遺伝子組換えにより、遊離のグルタミン酸とグルタミンを合わせて5.4%蓄積する組換え株を造成し、この酵母より16.2%のグルタミン酸含量の酵母エキスを作製している。しかしながら、遺伝子組換えを用いてもなおグルタミン酸とグルタミンの総和が低く、得られるエキスのグルタミン酸含量もナトリウム塩換算で20%をようやく上回るに過ぎない。また、倍数性が高く、胞子形成能が低下した実用酵母や胞子形成能を持たないキャンディダ・ウチリス酵母での同様の遺伝子組換えは難しい。またさらに作製された遺伝子組換え体を食品に用いる事には、法規制や消費者の抵抗等の障壁があり、現時点では望ましい方法とは言いがたい。
このことから、グルタミン酸高含有酵母エキスの製造には、遺伝子組換えは使わず、自然突然変異で細胞内に遊離のグルタミン酸とグルタミンを高濃度蓄積する酵母を育成する必要があった。
【0006】
さらに、グルタミン酸と5’−グアニル酸または5’−イノシン酸との味の相乗効果は良く知られており、うま味の強い酵母エキスを作製するには、上記アミノ酸に加えてヌクレオチドの原料であるリボ核酸(RNA)も高い株であることがより好ましい。
【0007】
【特許文献1】特開平9−294581号公報
【特許文献2】特開2006−129835号公報
【特許文献3】特開2002−171961号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、グルタミン酸を多く含むことにより先味にインパクトのある天然の酵母エキスを提供することを課題とする。さらに併せて、5’−グアニル酸または5’−イノシン酸を多く含むことにより、うま味の強い酵母エキスを提供することを課題とする。また、かかる酵母エキスを得るために、グルタミン酸、グルタミン、リボ核酸を多く蓄積する酵母変異株を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の欠点を解消するため、鋭意検討した結果、自然突然変異を誘発し、有機酸やそのアナログ耐性を付与した酵母が、驚くべき事に遊離のグルタミン酸とグルタミンを合わせて10重量%以上と細胞内に著量蓄積し、さらにリボ核酸を5重量%以上蓄積することを見出し本発明に至った。
すなわち本発明は、
(1)遊離のグルタミン酸とグルタミンの総和として、乾燥菌体重量あたり10%以上蓄積する酵母変異株、
(2)上記(1)記載の酵母変異株であって、さらにリボ核酸(RNA)を乾燥菌体重量あたり5%以上蓄積する酵母変異株、
(3)前記酵母変異株がブロモピルビン酸エチルに耐性である、上記(1)又は(2)に記載の酵母変異株、
(4)前記酵母変異株がブロモピルビン酸エチルおよび2−オキソグルタル酸に耐性である、上記(1)又は(2)に記載の酵母変異株、
(5)前記酵母変異株がキャンディダ・ウチリス36D61(受託番号 FERM P−21546)である、上記(1)〜(4)のいずれか一に記載の酵母変異株、
(6)上記(1)〜(5)いずれか一に記載の酵母変異株から製した酵母エキスであって、L−グルタミン酸をナトリウム塩換算で20重量%以上含有する酵母エキス、
(7)上記(6)に記載の酵母エキスであって、さらに5’−グアニル酸と5’−イノシン酸または5’−アデニル酸とを合計で3重量%以上含有する酵母エキス
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の酵母変異株は、遺伝子組換えを行うことなく得られた菌株でありながら、グルタミンとグルタミン酸を著量蓄積するもの、さらにリボ核酸も多量に蓄積するものである。この菌株を用いて得られた酵母エキスは、グルタミン酸含有量が高いため、先味の強い旨味を呈し、さらにイノシン酸とグアニル酸による相乗効果のため、強い旨味を呈するものである。
このような酵母エキスを食品に添加することにより、系外からグルタミン酸を加えることなく、少量の酵母エキスで十分な旨味を付与でき、特に先味の強い呈味性を付与することができる。
なお、本発明における「先味」とは、口に含んだ瞬間に速やかに広がる味のことを言い、糖や食塩ではなく主としてアミノ酸によるものを指し、MSGの感応時間を基準としている。また、「持続性」とは、先味の後に感じる味が保持される時間の程度を言う。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に用いられる酵母としては、食用酵母が望ましく、例えばサッカロマイセス属に属する酵母、クリベロマイセス属酵母、キャンディダ属酵母、ピヒヤ属酵母などが挙げられ,好ましくは、リボ核酸蓄積能の高いことが知られる、キャンディダ属酵母、キャンディダ・ウチリスが推奨される。他の酵母でも特公平7−93871号に示すような手順で酵母の改良も加えて施し、リボ核酸蓄積量を高める事も可能である。
【0012】
本発明は、先味の強いグルタミン酸高含有酵母エキスの作製に、遊離のグルタミン酸とグルタミンおよびリボ核酸を高濃度蓄積する酵母を用いる点に特色を有するものであるが、これらの酵母は、紫外線、エックス線、亜硝酸、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルフォネート等の突然変異剤を使い、親株で生育できない濃度の有機酸や有機酸アナログを含んだ合成培地に生育可能な株を選択することで得る事ができる。用いられる有機酸アナログとしては、グルタミン酸の生合成に関連するものが好ましい。具体的にはブロモピルビン酸エチル(以下、BPEと略称)と2−オキソグルタル酸(以下、2OGと略称)が挙げられる。前者に関しては、ピルビン酸アナログとして知られるブロモピルビン酸が、特開平9−313169号公報において酵母のグルタミン酸高蓄積化で使用されているが、キャンディダ属酵母の育種にはそのエチル化合物、ブロモピルビン酸エチルが有効であった。また、後者は、クエン酸シンターゼの阻害剤として知られ、特開2001−103958号公報に示す様に、清酒の風味改善のため菌体外へリンゴ酸やコハク酸を蓄積する酵母の改良に使用されている。しかし、酵母キャンディダ・ウチリスはこの薬剤に対して2000ppmを越える高濃度の耐性を有しており、単独での耐性株の取得が困難であった。両薬剤を併用することで、各薬剤を単独で使用するよりも効果的に遊離のグルタミン酸とグルタミンを高濃度蓄積する酵母を育成することが可能である。また、変異処理を繰り返し、両薬剤に対し高濃度の耐性を付与することで、遊離のグルタミン酸とグルタミンを総和として10重量%以上蓄積する酵母が得られる。
このようにして単離された、キャンディダ ウチリス 36D61株は、遊離のグルタミン酸とグルタミンを総和として14重量%、リボ核酸を9重量%蓄積し、高濃度のグルタミン酸を含有し先味の強い酵母エキスの製造、あるいはグルタミン含有酵母エキスの製造にきわめて好適である。
例えば特許文献1のように、変異育種により菌体生産性が低下する恐れもあるが、本発明で使用される酵母変異株は、高い対糖菌体収率を維持しており、工業的生産上何ら問題はない。
【0013】
本発明の培養形式としては、バッチ培養、あるいは連続培養のいずれでも良いが、工業的には後者が採用される。
本発明の変異株を培養する際の培地には、炭素源として、ブドウ糖、酢酸、エタノール、グリセロール、糖蜜、亜硫酸パルプ廃液等が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸塩などが使用される。リン酸、カリウム、マグネシウム源も過リン酸石灰、リン酸アンモニウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の通常の工業用原料でよく、その他亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を添加する。この他には、ビタミン、アミノ酸、核酸関連物質等を特別に使用しないが、むろんこれらを添加したり、コーンスチーブリカー、カゼイン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等の有機物を添加しても良い事は当然である。
【0014】
培養温度は、21〜37℃、好ましくは25〜34℃が良く、pHは3.0〜8.0、特に3.5〜7.0が好ましい。培養条件によりアミノ酸や核酸の生産性は変動するので、目的とする酵母エキスの製品スペックにあった条件を採用する必要がある。
【0015】
以上で得られる遊離のグルタミン酸とグルタミンの高蓄積酵母を用いることで、酵母エキスの製造では公知の製法で、グルタミン酸をナトリウム塩換算で20〜50%含む酵母エキスの製造が容易に実施される。
エキスの抽出は、一般的に酵母エキスの製造で用いられる手法、例えば、加熱抽出法や酵素分解法、あるいは自己消化法のいずれでも可能である。得られるエキスの味にはそれぞれ特徴があり、商品設計に合わせた抽出法を選択可能である。ここではエキス抽出率の差が大きい、熱水抽出と酵素抽出について以下に例示するが、これらに限定されるものではない。
【0016】
熱水抽出による製法としては、10%濃度に調製した菌体懸濁液を50℃以上、好ましくは60℃以上に加熱する。抽出時間は抽出条件にもよるが、数秒〜数時間程度である。グルタミンは熱安定性が低く、熱履歴は少ない方が好ましい。熱水抽出のペプチド含量は低く、すっきりとした味わいの酵母エキスができる。
一方、酵素抽出では、一般的に酵母の消化に使われる酵素、細胞壁溶解酵素やプロテアーゼが利用可能である。酵素抽出の方が、熱水抽出よりもエキス分が多く、ペプチド率が高くなるため、味にコクが付与される。
【0017】
抽出後、遠心分離等の方法により固形分を除去し、エキス分を得る。
酵母エキス中のグルタミン酸濃度をさらに高める為には、食品ではよく用いられているように、市販のグルタミナーゼをエキス抽出中、もしくはエキス分離後に作用させ、グルタミンからグルタミン酸へ変換させる。
【0018】
本酵母はこの他にもRNAを9重量%以上蓄積できる。たとえば特公平7−93871号に記載の方法により、該酵母よりRNAを抽出して、リボヌクレアーゼ、場合によってはさらにデアミナーゼを作用させ、5’−アデニル酸と5’−グアニル酸(以下、5'-AGと記す)、または5’−イノシン酸と5’−グアニル酸(以下、5'-IGと記す)を同時に含有する酵母エキスも作製可能である。RNAの抽出には加熱による酵素の熱失活が有効であるが、グルタミンの熱安定性が悪いので、最適な抽出温度や時間を設定するか、熱水抽出後の菌体を加熱し再抽出する等行うのが良い。
【0019】
抽出液中のRNAを5’−ヌクレオチドに分解する為に、5’−フォスホジエステラーゼを作用させる場合、また、それにより得られる5’−ヌクレオチドを含む液中の5’−アデニル酸を希望により5’−イノシン酸に変換する為に、デアミナーゼを作用させる場合は、市販されている酵素を用い、推奨されている条件で反応させれば良い。具体的には特公平7−93871号記載の条件が挙げられる。
5’−ヌクレオチドはグルタミン酸と味の相乗作用を有しており、先味のうま味を強化するのに有効である。
【0020】
以上の反応後、利用した酵素を失活させるため、90〜100℃で30〜60分程度の加熱を行った後、遠心分離等の方法により固形分を除去し、次いで上澄み液を濃縮してペースト状にするか、さらに乾燥して粉末に加工する。濃縮方法、乾燥方法は特に限定されるものではないが、減圧濃縮法、凍結乾燥法、噴霧乾燥法等、過度に高温にならないような乾燥方法が用いられる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。
なお、分析法や評価法は、下記の通りである。
<酵母菌体中のグルタミン酸、グルタミンの定量法>
酵母菌体中の遊離のグルタミン酸とグルタミンの定量は以下の様に行った。
洗浄した菌体を、沸騰水中で4分加熱し、流水中で冷却後、遠心分離した。得られる上清を適宜希釈し、グルタミン酸用とグルタミン用の酵素電極を各々装備したバイオセンサーBF-5(王子計測機器)にてグルタミン酸とグルタミンを定量した。
<酵母菌体中のRNAの定量法>
酵母菌体中のRNAの定量については、シュミット・タンホイザー・シュナイダー法(J. Biol. Chem. Vol.164,P747 (1946))により行った。
菌体乾燥重量は、洗浄した酵母懸濁液 10ml を秤量瓶に採取し、105℃、20時間の加熱により水分を飛ばした後、デシケーター内で室温まで放冷し、加熱前後の重量差を精密電子天秤で測定することで求めた。この酵母菌体乾燥重量を基に、菌体中の各種成分の含有量(重量%)を算出した。
【0022】
<粉末酵母エキス中の遊離グルタミン酸、その他のアミノ酸の定量法>
乾燥粉末状の酵母エキス中の遊離グルタミン酸とその他の遊離アミノ酸、および総アミノ酸濃度は、常法に従いアミノ酸分析計L8800(HITACHI製)により測定した。
<粉末酵母エキス中の5’−ヌクレオチドの定量法>
乾燥粉末状の酵母エキス中の5’−ヌクレオチドは、特公平7−93871号記載の条件で、高速液体クロマトグラフィーにより定量した。
【0023】
<官能評価>
エキスの官能評価は以下のように行った。
粉末エキスを1%、食塩を喫飲時の濃度が0.3%となるようにお湯に溶解したものをサンプルとした。0.05g/dl 濃度のMSGのうま味を認識可能なパネルにより、「先味の強度」と「持続性」、および「うま味強度」について、対照区との差をそれぞれ7段階で採点し、評価結果は平均値で示した。なお、先味と持続性、うま味の7段階評価の基準は、「+3点:非常に強い、+2点:かなり強い、+1点:やや強い、0 点:対象区と差がない、-1点:やや弱い、-2点:かなり弱い、-3点:非常に弱い」とした。
【0024】
実施例1 <変異株の取得>
キャンディダ・ウチリスATCC9950株を YPD 培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)を含む試験管で対数増殖期まで培養した。この菌体を回収し、洗浄後、Adelberg 等の方法に準じニトロソグアニジンによる変異処理を行った(Biochem. Biophys. Res. Comm. Vol.18,P788(1965))。変異処理した菌体を二回洗浄後、YPD培地で30℃、一晩培養したものを変異処理菌体とした。
この菌体を合成培地(グルコース2重量%、リン酸1カリウム2重量%、硫酸アンモニウム0.1重量%、硫酸マグネシウム0.05重量%、尿素0.2重量%、硫酸第二鉄8.6ppm、硫酸亜鉛14.6ppm、硫酸銅0.7ppm、硫酸マンガン3.3ppm、寒天2重量%)にブロモピルビン酸エチル(BPE)40〜45ppm、またはさらに2-オキソグルタル酸(2OG) 100〜200 ppmを添加した選択培地を用い、30℃、3〜7日間培養した。その結果親株で生育できない選択培地上に生育するコロニーを単離した。これらを、前記合成液体培地で培養し、菌体生産性が良く、かつ遊離のグルタミン酸とグルタミンの蓄積量の高い株を選別した。具体的には、まず、BPE 40ppm 耐性を有するBPE0128株を取得し、次いでこの株に対して上記操作を繰り返し、BPE 40ppmと2OG 100ppm の二重耐性を有する2OG3D4株を、同様にさらに変異操作を繰り返し、本発明の酵母変異株であるBPE 45ppmと2OG 200ppm の二重耐性を有する 36D61株をそれぞれ取得した。
【0025】
次いで、親株と得られた変異株を30L発酵槽スケールで培養し、生産性を確認した。供試菌株を予めYPD培地を含む 三角フラスコで種母培養し、これを30L容発酵槽に0.5〜1.5%植菌した。この時の培地組成は、グルコース6重量%、リン酸1カリウム2重量%、硫酸アンモニウム1.4重量%、硫酸マグネシウム0.06重量%、硫酸第二鉄10ppm、硫酸亜鉛18ppm、硫酸銅1ppm、硫酸マンガン8ppmである。培養条件は、槽内液量15L、pH4.3(アンモニアによる自動コントロール)、培養温度30℃、通気1 vvm、撹拌 400rpmで行った。得られた菌体について分析した結果を表1に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
変異株の遊離グルタミン酸とグルタミンの蓄積量の総和を親株と比べると、ブロモピルビン酸エチル耐性株(BPE0128)では3割の増加に対し、ブロモピルビン酸エチルと2オキソグルタル酸の高濃度耐性株(36D61)では驚くべき事に約4倍に増加した。また、この時の36D61株のRNA含量は9.7%であった。
酵母キャンディダ・ウチリス36D61株は、薬剤耐性以外は親株 ATCC9950と全く同一の菌学的性質を有している。また、グリセロール、エタノールを炭素源とする培地上でも旺盛な生育を示した。
キャンディダ・ウチリス 36D61株は、平成20年3月18日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、受託番号FERM P-21546として寄託されている。
【0028】
実施例2 <酵母エキスの取得>
酵母エキスの試作には、キャンディダ・ウチリス変異株36D61株の連続培養液を用いた。供試菌株を予めYPD培地を含む 三角フラスコで種母培養し、これを5L容発酵槽に0.5〜1.5%植菌した。培地組成は、30Lバッチ培養と同様である。培養条件は、槽内液量2L、pH4.3(アンモニアによる自動コントロール)、培養温度30℃、通気1 vvm、撹拌 600rpmで行った。この時の比増殖速度は0.24〜0.25 hr-1であった。得られた菌体について分析した結果、遊離のグルタミン酸とグルタミンの総和は13.9重量%(グルタミン酸 4.7重量%、グルタミン 9.2重量%)、対糖菌体収率は56.8%であった。
【0029】
連続培養液を氷冷しながら回収し、遠心分離により集菌し、湿潤酵母菌体を得た。これを水に再懸濁して、遠心分離し、乾燥重量として約160gの菌体を得た。この酵母菌体を水に懸濁して、全量を1.6 Lとし、次いで湯浴中で加熱し、70℃に逹温後、10分間撹拌しながら70℃に保持してエキスを抽出した。この後直ちに流水中で冷却し、遠心分離により不溶性固形分を除去しエキスを得た。液温を50℃とした後、グルタミナーゼ ダイワC100S(大和化成製)の4.4gを少量の水に溶解後添加し、40〜60℃で5時間、撹拌しながら反応させた。このエキスを90〜95℃で30分加熱し、冷却した後、遠心分離によりエキス中の不溶性固形分を再度除去した。次いでロータリーエバポレーターで濃縮し、凍結乾燥を行い、粉末酵母エキス約49gを得た。この時のエキス抽出率は約25%で、このエキス中の遊離グルタミン酸含量はナトリウム塩換算で 54.5重量%であった。また、この時の遊離アミノ酸含量は64.2 重量%、総アミノ酸含量は72.3重量%であり、これから次式で求められるペプチド含量は 8.1%であった。
ペプチド含量(%)=総アミノ酸含量(%)−遊離アミノ酸含量(%)
得られる酵母エキスの水溶液は、MSG様のうま味、先味がかなり強く、従来の酵母エキスにはないインパクトのある味であった。また、酵母臭も少なく、程よい厚みもあるが、後味がすっきりとしており、好ましい呈味性であった。
【0030】
この試作において、グルタミナーゼ反応前後のエキスについて官能評価を行った。グルタミナーゼ反応前後のエキスを一部採取し、固形分換算で1%となるようにお湯に溶解し、これに食塩を喫飲時の濃度が0.3%となるように添加した。グルタミナーゼ反応前を対照区とし、グルタミナーゼ反応後のエキスの「先味の強度」、「持続性」、「うま味強度」について、パネル5 名で評価した。なお、BF-5で測定したグルタミン酸濃度はナトリウム塩換算で、グルタミナーゼ反応前が 20%、反応後が 51%であった。
結果、グルタミナーゼ反応後のサンプルは、先味、持続性、うま味が、それぞれ+2.6、+1.8、+2.2であり、うまみと先味が著しく増強されてことを確認できた。また、反応後のサンプルでは全体的に味が強く、味の厚みも感じられた。
【0031】
実施例3
実施例2と同様の方法でキャンディダ・ウチリス変異株36D61株の乾燥重量として約 21gの菌体を得た。得られた菌体について分析した結果、グルタミン酸とグルタミンの総和は14.3重量%(グルタミン酸 5.0重量%、グルタミン 9.3重量%)、対糖菌体収率は56.1%であった。
ここに得られた酵母に水を加え、全量を200mlとし、次いで,湯浴中で加熱し、90℃に逹温してから、90℃で2分間加熱した。この後直ちに流水中で冷却し、液温を50℃とした後、ツニカーゼ(天野エンザイム製細胞壁溶解酵素)の0.2gを少量の水に溶解後添加し、50℃で1hr撹拌しながら反応させた。反応後の液を遠心分離により不溶性固形分を除去しエキスを得た。このエキスに対して、グルタミナーゼ C100S 0.56gを添加し、実施例2と同様に反応、濃縮、乾燥させ、粉末酵母エキス約11gを得た。エキス抽出率は約51%で、このエキス中の遊離グルタミン酸含量はナトリウム塩換算で 31.9重量%であった。また、この時の遊離アミノ酸含量は39.0 重量%、総アミノ酸含量は53.1重量%であり、ペプチド含量は14.1%であった。
この水溶液は、強度が少し劣るものの、実施例2と同様の呈味性であった。
【0032】
実施例4
実施例2と同様の方法でキャンディダ・ウチリス変異株36D61株の乾燥重量として約 20gの菌体を得た。得られた菌体について分析した結果、グルタミン酸とグルタミンの総和は12.5重量%(グルタミン酸 4.7重量%、グルタミン 7.8重量%)、RNA9.0 重量%、対糖菌体収率は56.2%であった。
ここに得られた酵母に水を加え、全量を200 mlとし、次いで,湯浴中で加熱し、90℃で5分間加熱した。この後直ちに流水中で冷却し、液温を50℃とした後、ツニカーゼ(天野エンザイム製細胞壁溶解酵素)の0.2 gを少量の水に溶解後添加し、50℃で6hr撹拌しながら反応させた。反応後の液を遠心分離により不溶性固形分を除去しエキスを得た。このエキスに対して、グルタミナーゼC100S 0.47gを添加し、実施例2と同様に反応後、65℃に加温し、リボヌクレアーゼP (天野エンザイム製5’−フォスフォジエステラーゼ)の30mg を少量の水に溶解して加え、同温度で撹拌しながら3hr反応させた。次いで、液温を45℃として、デアミザイム(天野エンザイム製デアミナーゼ)の20mgを少量の水に溶解して加え、この温度下で2時間撹拌しながら保持した。この後、90〜95℃で30分加熱し、放置冷却の後、遠心分離により不溶性固形分を除去し、濃縮、乾燥させ、粉末酵母エキス約12gを得た。エキス抽出率は約60%で、このエキス中の遊離グルタミン酸含量はナトリウム塩換算で 23.2重量%、5’-IG含量は 3.3重量%であった。また、この時の遊離アミノ酸含量は32.1 重量%、総アミノ酸含量は44.8重量%であり、ペプチド含量は12.7%であった。
得られる酵母エキスの水溶液は、酵母臭も少なく、インパクトがありうま味が強く、さらには味の持続性や厚みもあり、非常にバランスの良い呈味性であった。
【0033】
実施例5
実施例2と同様の方法でキャンディダ・ウチリス変異株36D61株の乾燥重量として約 20gの菌体を得た。得られた菌体について分析した結果、グルタミン酸とグルタミンの総和は12.1重量%(グルタミン酸 4.8重量%、グルタミン 7.3重量%)、RNA 8.8 重量%、対糖菌体収率は56.6%であった。
ここに得られた酵母に水を加え、全量を200 mlとし、湯浴中で加熱し、次いで、実施例4と同じく加熱処理を行った後、流水中で冷却し、液温を50℃とした後、6N の水酸化ナトリウムを添加しpHを10とし、3時間撹拌した。反応後の液を遠心分離により不溶性固形分を除去しエキスを得た。このエキスに対して、実施例4と同様に、グルタミナーゼ、5’−フォスフォジエステラーゼ、デアミナーゼ反応を行った。この後、90〜95℃で30分加熱し、放置冷却の後、遠心分離により不溶性固形分を除去し、濃縮、乾燥させ、粉末酵母エキス約10gを得た。エキス抽出率は約43%で、このエキス中の遊離グルタミン酸含量はナトリウム塩換算で 28.1重量%、5’-IG含量は 5.4重量%であった。また、このエキスの遊離アミノ酸、総アミノ酸、ペプチドの含量は、各々36.6、42.6、6.0重量%であった。
得られる酵母エキスの水溶液は、グルタミン酸含量は実施例3と同程度であるが、5'-IGの効果により、かなり強い先味やうま味を感じ、さらには味の持続性も感じられた。実施例4よりも雑味が少なくクリアーな味わいであった。
【0034】
本発明の酵母エキスの官能評価を行った。
2OG3D4株から、グルタミナーゼ反応を除いた以外は実施例2と同様の方法で酵母エキスを試作し、グルタミン酸をナトリウム塩換算で 12.0重量%含有する粉末酵母エキスを対照区とし、各製法により得られた粉末エキスの「うま味強度」と「先味の強度」、「持続性」について、パネル7名により、評価した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2から分かる様に、本発明により得られた酵母変異株から得られる酵母エキスは、どの抽出法を用いたものでも、対照区の2OG3D4株と比べると、遊離のグルタミン酸の含量が明らかに高く、またはさらに5’-IG含有量が高い。そして、そのような特徴をもつ本発明の酵母エキスは、先味の強い旨味を呈することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明により、グルタミン酸含有量の著しく高い酵母エキスが製造可能であり、先味の強い天然のうまみ調味料を提供できる。当該調味料は、先味の強い旨味が求められる食品に好適に用いられる。
また、本発明の酵母変異株はグルタミンを著量蓄積している。グルタミンは免疫細胞の増殖や機能発現に有効とされており、この機能を利用したサプリメントとしての酵母菌体、酵母エキスとしての利用も可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離のグルタミン酸とグルタミンの総和として、乾燥菌体重量あたり10%以上蓄積する酵母変異株。
【請求項2】
請求項1記載の酵母変異株であって、さらにリボ核酸(RNA)を乾燥菌体重量あたり5%以上蓄積する酵母変異株。
【請求項3】
前記酵母変異株がブロモピルビン酸エチルに耐性である、請求項1又は2に記載の酵母変異株。
【請求項4】
前記酵母変異株がブロモピルビン酸エチルおよび2−オキソグルタル酸に耐性である、請求項1又は2に記載の酵母変異株。
【請求項5】
前記酵母変異株がキャンディダ・ウチリス36D61(受託番号 FERM P−21546)である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の酵母変異株。
【請求項6】
請求項1〜5いずれか一項に記載の酵母変異株から製した酵母エキスであって、L−グルタミン酸をナトリウム塩換算で20重量%以上含有する酵母エキス。
【請求項7】
請求項6に記載の酵母エキスであって、さらに5’−グアニル酸と5’−イノシン酸または5’−アデニル酸とを合計で3重量%以上含有する酵母エキス。

【公開番号】特開2009−261253(P2009−261253A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111232(P2008−111232)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(000142252)株式会社興人 (182)
【Fターム(参考)】