説明

酵母宿主、形質転換体および異種タンパク質の製造方法

【課題】酵母を宿主とした形質転換体における異種タンパク質の産生効率を向上させる。
【解決手段】ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化した酵母、特にシゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、からなる宿主、その酵母宿主に外来遺伝子を導入してなる形質転換体、および、その形質転換体を用た異種タンパク質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、酵母宿主の形質転換体による異種タンパク質の産生効率を向上させることを目的として該酵母宿主の特定の遺伝子を不活性化した該酵母宿主、該宿主の形質転換体、および該形質転換体を用いた異種タンパク質の製造方法に関する。該酵母宿主としては、分裂酵母と呼ばれるシゾサッカロマイセス属(Schizosaccharomyces)の酵母が好ましい。
【0002】
【従来の技術】
組換えDNA技術を用いた異種タンパク質の生産はエッシェリシア・コリ(Escherichia coli、以下E.coliという)をはじめとした様々な微生物や動物細胞を宿主として行われている。また様々な生物由来のタンパク質(本明細書では、ポリペプチドを含む意味で使用する)が生産対象とされ、既に多くのものが工業的に生産され、医薬品等に用いられている。
【0003】
異種タンパク質生産のための種々の宿主が開発されてきた中で酵母は真核細胞であるため、転写、翻訳などの点で動植物と共通性が高く動植物のタンパク質発現が良好であると考えられ、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)などが宿主として広く使用されている。酵母のうちでも分裂酵母は進化過程で他の酵母とは早い時期に分かれ、別の進化をとげた結果、出芽ではなく分裂という手段で増殖することからもわかるように、動物細胞に近い性質を持つことが知られている。このため異種タンパク質を発現させる宿主として分裂酵母、特にシゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe、以下S.pombeという)、を用いることによって、動物細胞の場合と同様の、より天然体に近い遺伝子産物が得られることが期待される。
【0004】
酵母を用いた異種タンパク質生産系は、既に知られている微生物学の方法と組換えDNA技術を用いて容易に実施でき、かつ高い生産能力を示すため、既に大容量の培養も実施されて実生産に急速に利用されてきている。実生産にあたり、実験室で得られた菌体あたりの高い産生効率はスケールアップ後も維持される。
【0005】
しかしながら、実生産の場合にしばしば求められる、より低コストの生産法を考えた場合、菌体の増殖効率そのものの向上、目的異種タンパク質の分解の抑制、酵母特有の修飾の効率的実施、栄養源の利用効率の向上、などの異種タンパク質の産生効率を向上させる方策が必要と考えられる。たとえば、生育のために培地に添加した炭素源から目的とする異種タンパク質への変換効率をより高めることができれば、菌体増殖ひいては異種タンパク質の産生効率が格段に上昇することが期待される。なぜなら、菌体自身の生育や目的異種タンパク質の産生に不要である代謝系(たとえばエタノール醗酵系)に培地中の炭素源が消費(たとえばエタノール生産に使用)されることにより、目的異種タンパク質の産生のための炭素源の利用効率が低下していると考えられるからである。
【0006】
このため、異種タンパク質産生に不要または有害な宿主ゲノム部分の一部または全部を削除または不活化した宿主を用いることにより、異種タンパク質の産生効率を向上させようとする試みが行われている(特許文献1参照)。
【0007】
【特許文献1】
国際公開第02/101038号パンフレット
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上記特許文献1に記載のように、異種タンパク質産生に不要または有害な宿主ゲノム部分の一部または全部を削除または不活化した宿主を用いることにより、異種タンパク質の産生効率が向上する。しかし、削除または不活性化したゲノム部分(特に遺伝子部分)の種類に応じて異種タンパク質の産生効率が変化することより、より高い産生効率を達成するためには改変対象とするゲノム部分の更なる検討が必要であると考えられる。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者は以上の点に鑑み検討を行った結果、酵母宿主のヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化することにより異種タンパク質の産生効率を大幅に向上させうることを見い出した。本発明は、異種タンパク質の産生効率を向上させることを目的とした、ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性した宿主、その宿主に異種タンパク質をコードする遺伝子を導入した形質転換体、およびその形質転換体を用いた異種タンパク質の製造方法にかかわる下記の発明である。
【0010】
(1)ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化した酵母からなる、その形質転換体により異種タンパク質を産生させるための酵母宿主。
【0011】
(2)ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化した酵母を宿主とし、該宿主に遺伝子組換え法により異種タンパク質をコードする外来遺伝子を導入した形質転換体。
【0012】
(3)上記の形質転換体を培養して該異種タンパク質を産生させて採取する特徴とする異種タンパク質の製造方法。
【0013】
酵母としては分裂酵母が好ましく、そのうちでもS.pombeが特に好ましい。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明において、酵母としては、前記パン酵母などのサッカロマイセス属の酵母、S.pombeなどのシゾサッカロマイセス属の酵母、ピキア属の酵母などが好ましい。本発明において特に好ましい酵母はシゾサッカロミセス属の酵母、特にS.pombeである。
【0015】
酵母宿主にその宿主が本来有しないタンパク質(すなわち、異種タンパク質)をコードする遺伝子(以下、異種遺伝子という)を遺伝子組換え法により導入し、異種遺伝子を導入した宿主(すなわち、形質転換体)にその異種タンパク質を産生させ、その異種タンパク質を採取する方法は近年広く行われている。酵母をを宿主として用いた遺伝子組換え法に関しては、異種タンパク質をより安定に効率よく発現させるために種々の発現システム、特に発現ベクター、が開発されている。例えば、S.pombeを宿主とした発現システムとしては、特許2776085、特開平07-163373、特開平10-215867、特開平10-234375、特開平11-192094、特開2000-136199、特開2000-262284等が知られている。本発明はこれら発現システムを用いた異種タンパク質製造に適している。
【0016】
形質転換体を培養して異種タンパク質を産生させる場合、形質転換体の培養環境下において異種タンパク質の産生に不要または有害なゲノム部分が存在する。このゲノム部分は遺伝子であってもよく非遺伝子部分であってもよい。本発明においてはヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化して形質転換体の異種タンパク質の産生効率を向上させる。このような不要または有害な遺伝子はヘキソキナーゼ遺伝子以外にゲノムに多数存在すると考えられる。本発明における酵母宿主は少なくともヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化してなるものであり、さらにこの遺伝子以外の遺伝子の一部がさらに削除または不活性化されていてもよい。
【0017】
ヘキソキナーゼはD−ヘキソースとATPからD−ヘキソース6−リン酸を合成する反応を触媒する酵素であり、基質のヘキソースとしてはグルコース、フルクトース、マンノースなどがある。酵母のヘキソキナーゼには2種存在するといわれ、いずれも分子量5.1万の酵素である。
【0018】
本発明において好ましい酵母宿主であるS.pombeには2種類のヘキソキナーゼ遺伝子が存在する。このうち、本発明において削除または不活性化の対象とするヘキソキナーゼ遺伝子としてはヘキソキナーゼIIをコードする遺伝子が好ましい。S.pombeにはヘキソキナーゼIIをコードする遺伝子が1つ存在する。S.pombeのゲノムの全DNA配列は公知であり(Nature 415, 871-880 (2002)参照)、このヘキソキナーゼII遺伝子はSPAC4F8.07Cと呼ばれている1368bpのORFを有する遺伝子である。
【0019】
酵母宿主のヘキソキナーゼ遺伝子の削除や不活性化は公知の方法で行うことができる。ヘキソキナーゼ遺伝子の削除や不活性化を行う部分はORF部分であってもよく、調節配列部分であってもよい。また、ヘキソキナーゼ遺伝子の削除はその遺伝子の全体を削除してもよく、その遺伝子の一部を削除してその遺伝子を不活性化してもよい。さらに、ヘキソキナーゼ遺伝子の不活性化は、その遺伝子の一部を削除することに限られず、ヘキソキナーゼ遺伝子を削除することなく改変する場合も意味する。また、不活性化の対象である遺伝子の配列の中に他の遺伝子やDNAを挿入して対象のヘキソキナーゼ遺伝子を不活性化することもできる。いずれの場合も、対象ヘキソキナーゼ遺伝子を、対象ヘキソキナーゼ遺伝子が転写や翻訳できないものとする、ヘキソキナーゼ活性のないタンパク質をコードするものとする、などにより、不活性なものとする。特に対象ヘキソキナーゼ遺伝子のORF部分をマーカー遺伝子に置換し、そのマーカー遺伝子の存在を確認して対象ヘキソキナーゼ遺伝子の削除や不活性化を確認できるようにすることが好ましい。
【0020】
異種タンパク質としては、限定されるものではないが、多細胞生物である動物や植物が産生するタンパク質が好ましい。特に哺乳動物(ヒトを含む)の産生するタンパク質が好ましい。このようなタンパク質はE.coliなどの原核細胞微生物宿主を用いて製造した場合活性の高いタンパク質が得られない場合が多く、またCHOなどの動物細胞を宿主として用いた場合には通常産生効率が低い。本発明における遺伝子改変した酵母を宿主とする場合はこれらの問題が解決されると考えられる。
【0021】
【実施例】
以下に本発明を具体的な実施例によりさらに詳細に説明する。以下の実施例は、ヘキソキナーゼII遺伝子をマーカー遺伝子に置換してヘキソキナーゼII遺伝子を削除したS.pombeの例であり、以下この遺伝子削除を破壊ともいう。
【0022】
[実施例1]
<ヘキソキナーゼII遺伝子SPAC4F8.07C (hexokinaseII)を削除したS.pombeの構築>
S.pombeのヘキソキナーゼIIをコードする遺伝子SPAC4F8.07C (Nature 415, 871-880 (2002))のORF(1368bp)に隣接する5'側および3'側の400bpのゲノムDNA配列をそれぞれ、塩基配列[gtgggatttgtagctaagctgcttattataaattaatta:配列1]と[catcgtttttctttgacttt:配列2]および塩基配列[tttcgtcaatatcacaagctatcatgttagatgtctgtta:配列3]と[taaatttgagataatagggt:配列4]をプライマーとしてPCR増幅法で作製した。これらプライマーの内配列1と配列3のプライマーは、マーカー遺伝子であるura4遺伝子断片の5'側および3'側の末端配列を含むものである。増幅したこれらのゲノムDNA断片に、1.8kbpのura4遺伝子断片を加え、上記配列2の塩基配列と上記配列4の塩基配列をプライマーとして用い、PCR増幅法によりこれらのDNA断片とura4遺伝子断片1.8kbpとを連結させてヘキソキナーゼII遺伝子を削除するためのベクター(以下、遺伝子破壊ベクターという)を作製した。この遺伝子破壊ベクターは、ヘキソキナーゼIIをコードする遺伝子のORFがura4遺伝子と入れ替わったゲノムDNA配列に相当する遺伝子破壊ベクターである。
【0023】
上記遺伝子破壊ベクターを用いてS.pombe(leu1-32, ura4-D18)菌株を形質転換した。形質転換した菌を最少培地で培養し、最少培地でコロニーを形成するウラシル非要求性の株を取得した。この菌株について、PCR増幅法により目的遺伝子が破壊されていた場合のみDNA断片が増幅する方法でゲノムDNAを調べたところ、ヘキソキナーゼII遺伝子SPAC4F8.07Cが破壊されていることが確認できた。
【0024】
<改変宿主の炭素源利用効率の上昇の確認>
上記破壊株と対象株であるS.pombe(leu1-32, ura4-D18)菌株とをそれぞれYPD培地(1% yeast extract, 2% peptone, 2% glucose)にて好気的に培養し、エタノール生産量を比較した。その結果、培地中に生産されるエタノールは対象株では2%程度であることが確認されたが、本破壊株では検出限界以下であった。また、本破壊株の最終到達菌体密度は対象株の約2倍であった。さらに、YPD培地においてグルコースを15%にした時に対象株が到達した最終菌体密度と同じ密度に、上記破壊株はグルコース5%で到達することがわかった。これらの結果より、破壊株では培地中の炭素源であるグルコースの消費効率が高く、添加炭素源がアルコールに転換せずに効率よく菌体生育に利用されることがわかった。
【0025】
<異種タンパク質の分泌生産量の向上の確認>
国際公開第96/23890号パンフレットの実施例13および図7に記載の発現ベクターpSL2P36a'c1を用いて上記ヘキソキナーゼII遺伝子破壊株を形質転換し、スクリーニング後、得られた形質転換体をYPD液体培地で好気的に培養して培養液中に分泌されたヒトインターロイキン6変異体(IL-6a'c1)を採取した。対象宿主としてS.pombe(leu1-32, ura4-D18)菌株を用い同様の試験を行った。これらの形質転換や培養は上記パンフレット記載の参考例1、参考例2、実施例14等の試験に準じて行った。
【0026】
上記培養の結果、最終到達菌体濁度は、対象株が20程度であるのに対し、破壊株では50まで到達し、単位培養液あたりの異種タンパク質生産量が対象株に比べて2.5倍増加していた。また、IL-6a'c1の分泌発現量をELISA法により測定したところ、マイクロプレートリーダー(コロナ社製MTP-32+MTPF2)を用いた比色定量により、対象株の分泌発現量の値に対し、破壊株の分泌発現量は約3倍であった。
【0027】
【発明の効果】
S.pombeのヘキソキナーゼ遺伝子を不活性化することにより、S.pombeのエタノール生産が減少し、培養液中における菌体密度が上昇した。また、このようなヘキソキナーゼ遺伝子破壊株を宿主として用いることにより、形質転換体の異種タンパク質の産生効率が向上した。
【配列表】
<110>Asahi Glass Company LTD.
<120>Host, transformant and process for producing foreign protein
<130>20020793
<160>4
<210>SEQ ID NO:1
<211>39
<212>DNA
<213>Artificial Sequence
<400>1
gtgggatttg tagctaagct gcttattata aattaatta 39
<210>SEQ ID NO:2
<211>20
<212>DNA
<213>Artificial Sequence
<400>2
catcgttttt ctttgacttt 20
<210>SEQ ID NO:3
<211>40
<212>DNA
<213>Artificial Sequence
<400>3
tttcgtcaat atcacaagct atcatgttag atgtctgtta 40
<210>SEQ ID NO:4
<211>20
<212>DNA
<213>Artificial Sequence
<400>4
taaatttgag ataatagggt 20

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化した酵母からなる、その形質転換体により異種タンパク質を産生させるための酵母宿主。
【請求項2】
酵母が分裂酵母である、請求項1に記載の酵母宿主。
【請求項3】
ヘキソキナーゼ遺伝子を削除または不活性化した酵母を宿主とし、該宿主に遺伝子組換え法により異種タンパク質をコードする外来遺伝子を導入した形質転換体。
【請求項4】
酵母がが分裂酵母である、請求項3に記載の形質転換体。
【請求項5】
請求項3または4に記載の形質転換体を培養して該異種タンパク質を産生させて採取する特徴とする異種タンパク質の製造方法。
【請求項6】
酵母が分裂酵母である、請求項5に記載の方法。

【公開番号】特開2006−109701(P2006−109701A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−106262(P2003−106262)
【出願日】平成15年4月10日(2003.4.10)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成14年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、生物機能を活用した生産プロセスの基盤技術開、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】