説明

酵素固定化センサー

【課題】 環境ホルモン物質等としてその微量存在であっても人体や生態系に影響のあるフェノール並びにアルキル置換フェノールを高感度で、迅速に、しかも高い安定性で、簡易に検出測定する。
【解決手段】 金黒電極の表面に金メルカプチド結合有機基を介して酵素チロシナーゼが固定化されて、フェノール性水酸基の酸化電流値、またはその変化によりフェノールまたはアルキル置換フェノールの存在を検出測定可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェノールまたはアルキル置換フェノールの検出測定用の酵素固定化センサーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
フェノールや、オクチルフェノール、ノニルフェノール等のアルキル置換フェノールは洗剤や農薬等の原料として、あるいはプラスチックの酸化防止剤や安定剤等として広く使用されているが、これらが環境中に拡散すると擬似エストロゲン作用を示し、人体や生物に様々な悪影響を与えると言われている。特に、生殖細胞やガン細胞の増殖に影響を与えることが強く懸念されている。
【0003】
環境ホルモン物質と呼ばれるこれらのフェノールやアルキル置換フェノール化合物は微量でも影響を及ぼすことから、その環境中への拡散について高精度で迅速に検知することが大変に重要な課題になっている。
【0004】
しかしながら従来では、これらのフェノールやアルキル置換フェノールの検出測定には複雑な分離操作や高価が分析装置が必要とされており、迅速に、かつ簡易に精度の良い検出測定を行うのは難しいのが実情であった。
【0005】
このような状況においては、高感度で簡易な手段としての酵素固定化バイオセンサーを用いることも考慮される(例えば、特許文献1−2)。だが、このような酵素固定化バイオセンサー(EEE型センサー)としては、酵素を白金黒表面に固定化して糖尿病患者などの血糖値を測定する簡易型グルコースセンサーが実用化されているが、従来酵素固定化バイオセンサーに用いられる酵素は限られており、実際にも、グルコースオキシダーゼ、コレステロールオキシターゼやウレアーゼ等が使用されているにすぎない。
【0006】
そして、環境ホルモン物質としてのアルキルフェノール類を検出測定するために、チロシナーゼを固定化したバイオセンサーが検討されてきているが、白金黒に酵素チロシナーゼを固定化した従来の試みでは、その応答感度は低く、応答の安定性、応答迅速性においても満足できるものではなかった。
【特許文献1】特開平10−267888号公報
【特許文献2】特表2003−525053号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のとおりの背景から、従来技術の問題点を解消し、環境ホルモン物質等としてその微量存在であっても人体や生態系に影響のあるフェノール並びにアルキル置換フェノールを高感度で、迅速に、しかも高い安定性で、簡易に検出測定することのできる、新しい酵素固定化バイオセンサーを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の酵素固定化センサーは、上記の課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0009】
第1:金黒電極の表面に金メルカプチド結合有機基を介して酵素チロシナーゼが固定化されて、フェノール性水酸基の酸化電流値、またはその変化によりフェノールまたはアルキル置換フェノールの存在を検出測定可能としている。
【0010】
第2:上記の金メルカプチド結合有機基は、アミノアルキルチオール化合物をもって形成されたものである。
【発明の効果】
【0011】
上記のとおりの本発明の酵素固定化センサーによれば、環境ホルモン物質等としてその微量存在であっても人体や生態系に影響のあるフェノール並びにアルキル置換フェノールを高感度で、迅速に、しかも高い安定性で、簡易に検出測定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0013】
本発明の酵素固定化センサーにおいては、たとえばフェノールの場合について例示説明している図1のように、原理的には、フェノール由来の水酸基、つまりベンゼン環に直接結合しているフェノール性水酸基に対する酵素チロシーナーゼによる酵素反応と電極反応とにより、酸化電流値を電極を通じて電気的に検知し、これによりフェノールやアルキル置換フェノールの存在を定性的に、あるいは定量的に検出測定可能としている。
【0014】
被検対象物質としてのフェノールやアルキル置換フェノールは、たとえば次式のフェノール、オクチルフェノール、ノニルフェノールが代表的なものとして例示されるが、これらに限定されるとことはない。
【0015】
【化1】

【0016】
アルキル置換フェノールは、少くとも一つのフェノール性水酸基を有し、ベンゼン環、あるいはその他の芳香環にアルキル基を1〜4個結合するものであってよい。この場合のアルキル基は直鎖状あるいは分枝鎖状で、不飽和結合を有していてもよく、その炭素数は1〜14程度の範囲として一般的に考慮される。
【0017】
なお、図1の酵素反応のように、フェノール性水酸基の隣接位置の少くとも一つはアルキル基を置換していないものであることが考慮される。
【0018】
以上のようなフェノールやアルキル置換フェノールを検出測定するための本発明の酵素固定化センサーでは、その作用電極(WE)として、金黒電極の表面に金メルカプチド結合有機基を介してチロシナーゼが固定化されている。この場合の金黒電極は、たとえば、金線電極の表面を塩化金酸溶液で処理することによって電析させることができる。この方法については従来公知の手段等が適宜に採用されてよい。
【0019】
析出された金黒電極の表面には金メルカプト結合により有機基を配置する。これは、チオール基を有する有機化合物を用いての反応により形成することができる。そして、このような金メルカプト結合の形成のためのチオール基とともに、チロシナーゼとの結合のための官能基、たとえばアミノ基やカルボキシル基、チオール基等を有する有機化合物が用いられる。代表的には、たとえばアミノアルキルチオール化合物が好適なものとして考慮され、なかでも、アミノエタンチオール(AET)等の炭素数1〜6の範囲のアルキル鎖を有する化合物が考慮される。また、そのほかに、チオール基やジチオール基が金と化学的に反応して共有結合することや、タンパク質の金への固定化方法としてチオール化合物がよく用いられていることを考慮すると、例えば、o-アミノベンゼンチオール等のような炭素環を有するアミノアリールチオール等も考慮される。
【0020】
上記のアミノアルキルチオール化合物を用いる場合には、チロシナーゼの固定化に際しては、たとえばグルタルアルデヒド(GA)等のジアルデヒド化合物等による結合を介して上記の金メルカプト結合有機基にチロシナーゼを固定化することが考慮される。ジアルデヒド化合物は、イミノ結合の形成によって、アミノアルキルチオール化合物のアミノ基と、そしてチロシナーゼのアミノ基と結合し、チロシナーゼを固定化することになる。もちろん、これに限定されることなく、チロシナーゼを各種の金メルカプト結合有機基に固定化してもよい。また、たとえば、タンパク質の固定化方法として水溶性カルボジイミドWSC(N−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド:WSC)を用いる方法もあり、この反応では、アミノ基とカルボキシル基の脱水縮合反応したアミド結合(ペプチド結合)が利用される。
【0021】
チロシナーゼ固定化に際しては、金メルカプト結合有機基を形成する化合物(A)、たとえばアミノアルキルチオールと、チロシナーゼ(B)の使用割合、さらにはジアルデヒド(C)の使用割合については、センサーの使用目的、使用環境(条件)、そして望まれる検出感度等を考慮して適宜に定めることができる。
【0022】
本発明のセンサーは、たとえば三電極系として図2のように構成することができる。作用電極(WE)は上記のとおりの電極とし、対向電極にはたとえば白金線を、参照電極にはAg/AgClを用いることができる。電解質その他構成についても各種の形態が考慮されることになる。固体電解質を用いてもよい。センサーの装置としては、その電気回路をはじめとして、従来技術も同様に様々であってよい。センサーの構成としても特に制限されるものではなく、例えば、作用電極、対電極、参照電極の三電極構成、作用電極および対電極の二電極構成等としてもよい。
【0023】
さらにまた、本発明のセンサーは、固定デバイスとして構成させることもできる。これは、本発明のセンサーは、多孔質であるため電極面積を多く利用でき、センサーを小型化することができたからである。そして、上記のとおり、金黒電極への酵素の固定化により、センサーの高選択性、高感度化、安定化させることができる。
【0024】
本発明のセンサーを用いての実際の検出測定では、あらかじめ濃度と電流値との対応する検量線を作成しておくことで定量的なフェノール類の検出測定が可能となる。そして電流値の変化をもって、それらの存在の定性的検出も可能となる。
【0025】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0026】
<1>酵素固定化電極とセンサー
まず、ガラス管に挿入した金線電極の露出末端の表面を研磨し、その後、硫酸中で電気洗浄を行った。次いで塩化金酸溶液中で金黒を電析(−100mV、5min)した。
【0027】
電析させた金黒電極は、アミノエチンチオール(AET)に浸して金メルカプチド結合を形成させた。その後、グルタルアルデヒド(GA)に浸し、次いで、さらにチロシナーゼ(フナコシ株式会社 Tyrosinase、Mashroom)に浸してチロシナーゼを固定化した。具体的には、直径0.1mmの金黒電極を、2−アミノエタンチオール塩酸塩(関東化学株式会社)/メタノールの10mM溶液10mLに60分間浸け、1%GA(関東化学株式会社)30mLに30分間浸け、2000unit/mLチロシナーゼに60分間浸けた。
【0028】
得られたチロシナーゼ固定化金黒電極を作用極(WE)として、図2に例示のとおりのセンサーの構成とした。
<2>測定とその結果
リン酸緩衝液・アセトニトリル・Tween20を10ml/10ml/0.15mlの割合で調整したものに、攪拌下で、フェノール、オクチルフェノール、およびノニルフェノールの各々の溶液を滴下し、上記の構成のセンサーにおいて定電位+600mVで測定した。なお、上記Tween20は、界面活性剤のモノタウリン酸ポリオキシエチレンソルビタンであり、米国Atlas Powder社の商品名である。
【0029】
図3は、フェノールの場合の結果を示したものであって、白金黒電極の場合をも比較のために示している。この比較のための白金黒電極は、チロシナーゼ(15分間)並びにグルタルアルデヒド溶液(5分間)に交互に白金黒電極を浸して架橋処理したものを使用している。
【0030】
図3の結果からは、本発明のチロシナーゼ固定化金黒電極の場合には微量のフェノール濃度であっても検出が可能であって、しかも検出応答感度が高いことがわかる。
【0031】
本発明の電極(金黒電極)と比較電極(白金黒電極)について、同じ滴下量の時の応答安定性と、同じ濃度の時の応答安定性の違いを例示したものが図4および図5である。この図4および図5からは、本発明においては、ノイズが少なく、安定した応答が得られることがわかる。
【0032】
図6は、オクチルフェノールとノニルフェノールの各々の検出測定の結果を例示したものである。
【0033】
たとえば以上の測定では、本発明の金黒電極チロシナーゼ固定化センサーにおいて、0.1μMオーダーの応答が確認され、応答時間は約30秒で安定した応答が得られている。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明のセンサーの原理を説明した概要図である。
【図2】センサーの構成例を示した概要図である。
【図3】フェノールの場合の測定例を示した図である。
【図4】同じ滴下量のときの応答安定性の違いを例示した図である。
【図5】同じ濃度のときの応答安定性の違いを例示した図である。
【図6】オクチルフェノールとノニルフェノールの場合の測定例を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金黒電極の表面に金メルカプチド結合有機基を介して酵素チロシナーゼが固定化されて、フェノール性水酸基の酸化電流値、またはその変化によりフェノールまたはアルキル置換フェノールの存在を検出測定可能としていることを特徴とする酵素固定化センサー。
【請求項2】
金メルカプチド結合有機基は、アミノアルキルチオール化合物をもって形成されたものであることを特徴とする請求項1記載の酵素固定化センサー。


【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−139730(P2007−139730A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−337909(P2005−337909)
【出願日】平成17年11月23日(2005.11.23)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【出願人】(505389569)財団法人埼玉県中小企業振興公社 (7)
【Fターム(参考)】