説明

酵素固定化バイオセンサー

【課題】 気相中の、あるいは液相中のホルムアルデヒドをはじめとするアルデヒド化合物やアルコール化合物を簡易に検出測定できる酵素固定化バイオセンサーを提供する。
【解決手段】 過酸化水素電極の表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定され、最表面には高分子被覆が配設されて、過酸化水素の酸化電流値、またはその変化によりアルデヒド化合物もしくはアルコール化合物の存在を検出測定可能としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルデヒド化合物もしくはアルコール化合物の検出測定用の酵素固定化バイオセンサーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
酵素を固定化したバイオセンサーについての検討が従来より進められてきており、たとえば、酵素を白金黒表面に固定化したバイオセンセー(EEE型センサー)が糖尿病患者らの血糖値を測定する簡易型グルコースセンサーとして実用化されている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、従来の酵素固定化バイオセンサーの場合には、実際に使用できる酵素の種類は限られており、たとえばグルコースオキシターゼ、コレステロールオキシターゼ、ウレアーゼ等にすぎなかった。
【0004】
一方、近年では、「化学物質過敏症」の原因物質であるホルムアルデヒドに対しての関心が高まり、接着剤、化学資料、木材保存剤等に広く用いられているホルムアルデヒドについては水道水を消毒したり、不快な風味をもたらす鉄やマンガン成分を取り除くために前処理に使用されるオゾンがいくつかの有機物をオゾン化してホルムアルデヒドを発生させる等の知見の深まりともに、発ガン性、変態変異誘発性の観点からも、これを簡易な方法によって、気相、あるいは液相でも検出測定するための方法の実現が望まれている。
【0005】
このようなホルムアルデヒドの分析、測定のための方法としては、従来より、DNPH(2,4−ジニトロフェニルヒドラジン)誘導体化固相吸着/溶媒抽出・高速液体クロマトグラフ法やガスクロマトグラフ法が用いられているが、その測定には時間がかかり、分析のための装置も複雑で高価なものとなっている。このため、その簡易な測定方法の実態が求められていた。
【0006】
このような背景からは、酸素固定化によるEEE型バイオセンセーによってホルムアルデヒドをはじめとするアルデヒド化合物を検出測定することが考えられるが、これまでのところ、アルデヒド化合物の検出測定を簡易に、かつ精度良く可能にする酵素固定化バイオセンサーは実現されていない。
【0007】
また、医療現場等からは、アルデヒド化合物とともに、アルコール化合物をも簡易に検出測定するための方策も求められていた。
【特許文献1】特開平10−267888号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上のとおりの事情から、従来の問題点を解消し、気相中の、あるいは液相中のホルムアルデヒドをはじめとするアルデヒド化合物、そしてさらにはアルコール化合物をも簡易に検出測定することのできる、新しい酵素固定化バイオセンサーを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の酵素固定化バイオセンサーは、上記の課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0010】
第1:過酸化水素電極の表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定化され、最表面には高分子被覆が配設されて、過酸化水素の酸化電流値、またはその変化よりアルデヒド化合物もしくはアルコール化合物の存在を検出測定可能とする。
【0011】
第2:過酸化水素電極は白金電極とその表面に析出された白金黒により少くともその一部が構成され、白金黒表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定化されている。
【0012】
第3:高分子被覆は、ポリアリル化合物もしくはポリアクリル化合物の架橋膜である。
【発明の効果】
【0013】
上記のとおりの特徴を有する本発明の酵素固定化バイオセンサーによれば、従来のような複雑で高価な装置を必要とすることなく、短時間で簡易にアルデヒド化合物やアルコール化合物の存在を検出測定することができる。そして、アルデヒド化合物、アルコール化合物は気相中の存在であっても、あるいは液相中の存在であっても検出測定可能とされている。
【0014】
また、本発明によればセンサーとしての製造も簡易、かつ容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0016】
本発明の酵素固定化バイオセンサーにおいては、過酸化水素電極の表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定化されていることを必須の要件としており、過酸化水素電極において、過酸化水素の酸化電流を検知することをその基本的原理としている。
【0017】
ホルムアルデヒドの場合について酵素AOXの反応と電極反応とを説明すると次のとおりである。
【0018】
【化1】

【0019】
この反応において、定電位を印加したときの電流の変化量を測定する。すなわち、AOXの反応により発生した過酸化水素の酸化電流から、間接的にホルムアルデヒドの濃度を測定することができる。
【0020】
一方、酵素AOXはアルコール化合物とも同様の反応をし、たとえば次のように過酸化水素が発生する。
【0021】
【化2】

【0022】
以上のように、本発明の原理である電極反応によれば、ホルムアルデヒドをはじめとするアルデヒド化合物の場合、そしてアルコール化合物の場合のいずれも酸化反応による酸化電流の検知によってこれら化合物の検出測定が可能になる。このことから、本発明においてはアルデヒド化合物の検出測定のためのセンサーと、アルコール化合物の検出測定のためのセンサーが実現されることになる。
【0023】
ただ、以上のことから理解されるように、検知電流値にアルデヒド化合物由来の応答とアルコール由来の応答とが含まれることが想定される。このため、ホルムアルデヒド等のアルデヒド化合物を検出測定する場合には、アルコール化合物による応答を抑制すること等が必要になる場合がある。
【0024】
そこで、本発明の酵素固定化バイオセンサーでは、アルデヒド化合物もしくはアルコール化合物の応答の選択性を、最表面としての高分子被覆の配設によって高めることを可能としてもいる。
【0025】
本発明における最表面の被覆層としての高分子膜は、過酸化水素電極表面に固定化したアルコール酸化酵素(AOX)の固定化安定性を高め、気相、あるいは液相中での耐久性を実現するためにも必須のものであるが、この高分子膜として、アルコール化合物吸着性のものや、アルコール化合物を排斥することのできるもの、あるいはアルデヒド化合物吸着性等のものを用いることによって、上記の応答選択性を高めることも可能になる。一般的には、テルデヒド化合物とアルコール化合物の選択応答性については、高分子膜の親水性、疎水性の相異、あるいは立体的排除の有無によるが、高分子膜への被検物質の溶解性と高分子膜の透過性の違いに基づいて制御することができる。
【0026】
例えばアルコール化合物による応答を制御するためにはPAAM(ポリアリルアミン)を高分子被覆とすること等が考慮される。
【0027】
本発明の酵素固定化センサーを構成する過酸化水素電極としては、上記のとおりの過酸化水の酸化電流を精度良く検知できるものであれば各種のものでよい。なかでも代表的なものとしては、白金電極とその上に析出させた白金黒とにより構成されたもの、あるいはこの構成を少くとも必須の一部としているものが好適に考慮される。この白金黒の析出された電極とその作製法については従来のEEE型センサーとしての公知の手段等が適宜に採用されてよい。また、白金黒だけでなく、金黒等の多孔質金属を用いることも考慮される。
【0028】
白金黒等の過酸化水素電極上に固定化するアルコール酸化酵素(AOX)については、従来の他の酵素の場合と同様の各種の方法、手段によって固定化することができる。たとえば、グルタルアルデヒド(GA)を用いての固定化等が好適なものとして考慮される。本発明のセンサーの場合には、アルコール酸化酵素(AOX)の固定化量は、センサー最表面の高分子膜の種類や特性との組合せに応じて、センサーの使用目的、使用環境(条件)、望まれる検出感度等を考慮して適宜に定めることができる。
【0029】
AOX酸素固定化後には、最表面層として高分子膜により被覆を行うが、この場合の高分子膜としてはアルコール酸化酵素(AOX)の保護、被検物質の応答選択性に係わる親水性や疎水性の度合、吸着あるいは透過性等の望まれる性質、特性を有しているものとする。このような高分子膜を形成するための高分子としては、たとえば好適なものとしてはポリアリルアミン(PAAM)をはじめとするポリアリル化合物や、ポリアクリルアミド等のポリアクリル化合物等が例示される。また、これらの高分子膜は架橋処理されていることが有効でもある。架橋のための手段としては、たとえばGA等のジアルデヒド化合物や、水溶性カルボジイミド化合物等が例示される。
【0030】
本発明の酵素固定化バイオセンサーにおける高分子被覆の膜厚も上記と同様に適宜に定めることができる。
【0031】
高分子被覆を構成する高分子膜の種類等によって、前記のとおりのアルデヒド化合物の選択的応答を可能とすることができる。
【0032】
本発明の酵素固定化バイオセンサーにおける電極への定電位の印加と酸化電流の検知のための電気回路については従来と同様に各種の構成とすることができる。たとえば、作用電極、参照電極、そして対電極の三電極系、もしくはニ極電系の構成とすることができ、電解質等は各種のものであってよい。
【0033】
そして実際のアルデヒド化合物やアルコール化合物の検出測定を行う際には、検知される電流値と濃度との検量線を作成しておくことで定量的な測定が可能となる。また、定性的には、検知される電流値の変化によって検出が可能とされる。
【0034】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0035】
<1>酵素固定化センサー電極の作製
ガラス管に封入した0.1mm径の白金電極の端部の白金露出表面を研磨し、塩化白金酸溶液中で定電位(−80mV)を印加して研磨した表面に白金黒を電析した。次いで、リン酸緩衝中で定電位(1200mV)を印加してアノード処理をした。
【0036】
800unit/mlアルコール酸化酵素(AOX)(SIGMA−ALDRICH Co.;Alcohl Oxidase from Hanseula sp)溶液に10分、1%グルタルアルデヒド(GA)水溶液へ5分という浸漬処理を白金黒電極に対して2回繰り返してその表面にアルコール酸化酵素(AOX)を固定化した。
【0037】
その後、ポリアリルアミン(PAAM)溶液(0.1g/20ml)に10分、1%グルタルアルデヒド(GA)水溶液に5分、ポリアリルアミン(PAAM)溶液に10分の順に交互に浸漬して膜処理を施した。これをPAAM膜処理(1回)とした。また、さらにGA水溶液に5分、PAAM溶液に10分浸漬した電極をPAAM膜処理(2回)とした。最表面層としての高分子被膜を形成した。
<2>センサーの構成と測定条件
上記において作製されたセンサー電極(SP)を作用電極(W)として、図1の構成のようにセンサーを形成した。この図1の三電極系の構成例においては、参照電極(R)はAg/AgCl電極とし、対電極(C)は白金電極とした。なお、図中のALS601Sは、電気化学分析器を示しており、電圧の制御、電流量・クローン量の測定をコンピュータの作動により行っている。
【0038】
また、このセンサーを用いての検出測定条件は次の表1のとおりとした。
【0039】
[表1]
測定方法:三電極系
印加電位:600mV
温 度:25℃
セル容量:10mL
(攪拌下)
<3>測定結果
1)上記の条件下での測定において、上記のPAAM膜の処理(1回)の場合のセンサーへのホルムアルデヒド滴下後の電流値の変化を時間観察した。その結果を例示したものが図2である。滴下(P)後の電流値の顕著な変化としてセンサー応答が確認される。
【0040】
ホルムアルデヒド濃度(mM)と応答電流(nA)との関係を示したものが図3である。これを検量線とすることで、験体試料のホルムアルデヒド濃度の定量的な検出測定が可能となる。
【0041】
たとえば以上のようなホルムアルデヒドの検出測定の検証から、次の表2のセンサー性能を有するホルムアルデヒドの検出測定を可能とするセンサーが実現されたことが確認された。
【0042】
[表2]
濃度範囲:0.1〜100mM
応答時間:10〜30s
連続使用時間:8hr
また、この場合のセンサーについては、0.1mMリン緩衝液中、4℃の温度での冷蔵保存によって1ケ月間はセンサー性能の低下がないことも確認された。性能の持続耐久性に優れていることがわかる。
【0043】
2)一方、メチルアルコールに対する応答性についても評価したところ、最表面層のPAAM膜の有無により図4の結果が得られた。
【0044】
PAAM膜の存在によってメチルルコールへの応答が抑制されることが確認された。なお、ホルムアルデヒドについては、このような膜の有無による応答の変化は見られず、膜の有無は、経時的な性能保持の耐久性に影響を及ぼすことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明のセンサーの構成例を示した概要図である。
【図2】実施例としてのホルムアルデヒド滴下後の電流値の変化を例示した図である。
【図3】ホルムアルデヒド濃度と応答電流との関係を例示した図である。
【図4】メチルアルコール濃度と電流との関係を例示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素電極の表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定化され、最表面には高分子被覆が配設されて、過酸化水素の酸化電流値、またはその変化よりアルデヒド化合物もしくはアルコール化合物の存在を検出測定可能としていることを特徴とする酵素固定化バイオセンサー。
【請求項2】
過酸化水素電極は白金電極とその表面に析出された白金黒により少くともその一部が構成され、白金黒表面にアルコール酸化酵素(AOX)が固定化されていることを特徴とする請求項1記載の酵素固定化バイオセンサー。
【請求項3】
高分子被覆は、ポリアリル化合物もしくはポリアクリル化合物の架橋膜であることを特徴とする請求項1または2の酵素固定化バイオセンサー。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−139729(P2007−139729A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−337908(P2005−337908)
【出願日】平成17年11月23日(2005.11.23)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【出願人】(505389569)財団法人埼玉県中小企業振興公社 (7)