説明

酵素糖化用原料の製造方法、並びに糖の製造方法、及びエタノールの製造方法

【課題】糖の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法に用いられる有用な酵素糖化用原料の製造方法、並びに、糖の製造方法、及びエタノールの製造方法の提供。
【解決手段】リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料をアンモニアで原料中のエステル結合の少なくとも一部を切断するアンモニア処理工程と、前記処理されたバイオマスを湿式で粉砕する湿式粉砕工程と、を含み、前記アンモニア処理工程におけるバイオマスの乾燥質量(A)と、水の質量(B)とが、下記式(1)の関係を満たし、{B/(A+B)}×100≦30・・・(1)かつ、前記エステル結合の切断は、下記式(2)で求められるエステル結合残存率が90%以下となるまで行う酵素糖化用原料の製造方法である。エステル結合残存率(%)=(アンモニア処理されたバイオマスのエステル結合ピーク/バイオマス原料のエステル結合ピーク)×100・・・(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス原料を利用した、糖の製造に用いられる、酵素糖化用原料の製造方法、並びに該酵素糖化用原料の製造方法により製造された酵素糖化用原料を用いた糖の製造方法、及び該糖の製造方法により製造された糖を用いたエタノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策の一環として、木質バイオマスや草本バイオマス等のセルロースを含む原料からエタノールを製造し、各種燃料や化学原料として利用しようとする試みが広く行われている。バイオマス原料からのエタノールの製造は、例えば、収集したバイオマス原料を、糖化工程において糖に分解した後、発酵工程において酵母等の微生物を用いてエタノールに変換することにより行うことができる。
【0003】
一方、環境負荷低減の観点から、生分解性ポリマーの利用が増加しており、その原料のひとつとして乳酸が使用されている。この乳酸も、前記のバイオマス原料を糖化し、さらにこれを発酵することにより得ることができる。
【0004】
前記糖化は、従来より、濃硫酸を用いて行われることが多かったが、環境負荷低減の観点から、硫酸の使用量を少なくすることが望まれている。そこで、近年は、濃硫酸による糖化に代わる手段として、酵素を用いたバイオマス原料の糖化が広く研究されている。酵素による糖化は、環境に対する影響の観点から望ましい手段であるが、この酵素糖化のためには、酵素を作用させ易くする目的から、予めバイオマス原料に対して前処理を施して、バイオマス原料を構成するリグノセルロース(リグニン、セルロース、ヘミセルロースからなる複合体)中のセルロースとリグニンとを分離することが必要となる。このバイオマス原料の前処理方法として様々な方法が知られているが、中でも、希硫酸、加圧熱水等による蒸煮処理などが一般的である(例えば、下記特許文献1〜4参照。)。しかしながら、前記したように硫酸の使用が好ましくないこと、及びバイオマス原料にこれらの前処理を行い、得られた処理物を酵素糖化に供する場合では、所望の程度の酵素糖化率を得るためには該前処理を多段で行う必要があったり、200℃以上の高温にしなければならない等の問題がある。
また、前記蒸煮処理において生成する分解生成物は、酵素糖化後の発酵工程において、酵母等の微生物による発酵に対する阻害作用を及ぼすという問題もある。
そして、前記蒸煮処理では、バイオマス原料の粒子を流動化させるために水分量を多くする必要があり、そのために、酵素糖化後の糖液中における糖濃度が低くなり、その後の発酵工程における効率が低下するという問題もある。
【0005】
また、バイオマス原料を物理的手段により微細に粉砕することにより、化学的、生物化学的反応性が向上することが知られているが、粉砕のみにより充分な酵素糖化率を得ようとすると、粉砕工程に多大なエネルギーを要し、経済合理性を失うおそれがある。
【0006】
また、バイオマス原料を加圧熱水により蒸煮処理した後、水等の存在下に湿式で機械的粉砕を行うことにより、バイオマスの酵素糖化率が向上することが開示されている(例えば、下記特許文献5参照。)。この場合も、酵素糖化率の向上はあるものの、前記蒸煮処理における問題点、すなわち発酵に対する阻害物質の生成、酵素糖化工程により得られる糖液中の糖濃度が低いとの問題は依然として解消しない。
【0007】
また、バイオマス原料をアンモニアを用いて前処理することにより、その化学的、生物化学的反応性が向上することが知られている(例えば、下記特許文献6、非特許文献1参照。)。中でも、バイオマス原料中のリグニンをセルロースから分離するだけでなく、アンモニア処理により、バイオマス原料中のセルロースI型結晶を、セルロースI型結晶の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースIII型結晶に転移させることによって、高い酵素糖化率を得ることができることが知られている(例えば、特許文献7参照)。
また、バイオマス原料を水とアンモニアが共存する条件下に前処理する場合におけるセルロースI型結晶からセルロースIII型結晶への転移は、アンモニアに対する相対的な水の量が少ないほど進行することが知られている(例えば、非特許文献4参照)。
しかしながら、この提案の技術でも十分な酵素糖化率が得られていないのが現状であり、更なる改良が求められている。
【0008】
一方、アンモニア処理により生成し、高い酵素糖化率が期待できるセルロースIII型結晶の少なくとも一部は、水との接触により酵素糖化を受けにくいセルロースI型結晶に戻ることが知られている(例えば、非特許文献2、及び3参照)。
そのため、乾燥されて水分を含まない、あるいは水分含有量の低いバイオマス原料を、水分を含まない、あるいは水分含有量の低いアンモニアを用いて前処理を行うことにより、より効率的にセルロースI型結晶をセルロースIII型結晶に転移させることができる。そして、アンモニア処理により生成したセルロースIII型結晶を保持するとの観点からは、アンモニア処理されたバイオマスを、酵素糖化工程の前に多量の水と接触させることは、酵素糖化率の観点からは好ましくないと考えられていた。
【0009】
また、バイオマス原料を、アンモニア水で処理した後に、更に湿式で粉砕することによって、バイオマス原料の酵素糖化率を向上できることが知られている(例えば、特許文献8参照)。通常、アンモニア水のアンモニア濃度は35%程度が上限のため、前記アンモニア水による処理は多量の水が共存する状態で行われることとなる。そのため、アンモニア水による処理は、前記蒸煮処理に似た効果が得られることが知られている。
したがって、前記蒸煮処理の場合と同様に、分解生成物による発酵阻害の問題や、酵素糖化により得られる糖液の糖濃度が低くなる等の問題がある。
また、多量の水の共存下に処理を行うため、セルロースの結晶形態がIII型には転移せず、十分な酵素糖化率が得られないという問題がある。
【0010】
また、バイオマス原料を気相のアンモニアで処理した場合には、セルロースの結晶形態がIII型には転移しないため、液相のアンモニアで処理した場合と比較して酵素糖化率が大幅に低いという問題がある。
したがって、より酵素糖化率を高めることのできる酵素糖化技術の開発、及び、前記酵素糖化に適したバイオマス原料の前処理技術の速やかな開発が、強く望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2006−075007号公報
【特許文献2】特開2004−121055号公報
【特許文献3】特表2002−541355号公報
【特許文献4】特開2002−159954号公報
【特許文献5】特開2006−136263号公報
【特許文献6】欧州特許公開第77287号公報
【特許文献7】特開2008−161125号公報
【特許文献8】特開2010−115162号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Sendich E., Laser M., Kim S., Alizadeh H., Laureano−Perez L., Dale B. and Lynd L. Recent process improvements for the ammonia fiber expansion (AFEX) process and resulting reduction in minimum ethanol selling price Bioresource Technology 99,8429−8435(2008)
【非特許文献2】RAJAI H. ATALLA AND DAVID L. VANDERHART, IPC TECHNICAL PAPER SERIES NUMBER 306(1988)
【非特許文献3】杉山ら,木材学会誌,54(2),p.49−57(2008)
【非特許文献4】Bryan Bals, Chad Rogers, Mingjie Jin, Venkatesh Balan, Bruce Dale, Biotechnology for Biofuels, 3(1) 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法に用いられる有用な酵素糖化用原料の製造方法、並びに、糖の製造方法、及びエタノールの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するため本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、高い酵素糖化率を得ることができるセルロースIII型結晶に転移させたバイオマスを湿式で粉砕することは、通常、酵素糖化率向上には寄与せず、むしろ酵素糖化率が低下すると予想されるところ、リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料を水分量の少ない条件下でアンモニア処理して、前記バイオマス原料中のエステル結合を特定の割合で切断し、且つセルロースI型結晶の少なくとも一部をセルロースIII型結晶に転移させて得られたバイオマスを、敢えて湿式で粉砕することにより、セルロースIII型結晶の一部がセルロースI型結晶に戻るにもかかわらず、予想外にも格段に向上した酵素糖化率が得られることを知見した。また、従来、気相のアンモニアで処理したバイオマス原料はセルロースIII型に転移しないため、実用に供することができる程度に酵素糖化率を向上させることが困難であったが、リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料を水分量の少ない条件下で気相のアンモニアで処理して、前記バイオマス原料中のエステル結合を特定の割合で切断して得られたバイオマスを、湿式で粉砕することにより、湿式の粉砕を行わなかった場合と比較して大幅に酵素糖化率が向上すること、また、気相のアンモニアで処理して得られたバイオマスの湿式の粉砕の有無による酵素糖化率の向上幅(湿式粉砕有りの酵素糖化用原料の酵素糖化率と、湿式粉砕無しの酵素糖化用原料の酵素糖化率との差)が、液相のアンモニアで処理して得られたバイオマスの湿式の粉砕の有無による酵素糖化率の向上幅よりも予想外に大きいことを知見した。
【0015】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料をアンモニアで処理し、前記バイオマス原料中のエステル結合の少なくとも一部を切断するアンモニア処理工程と、前記アンモニア処理されたバイオマスを湿式で粉砕する湿式粉砕工程と、を含み、前記アンモニア処理工程におけるバイオマスの乾燥質量(A)と水の質量(B)とが下記式(1)の関係を満たし、
{B/(A+B)}×100≦30 ・・・ (1)
かつ、
前記エステル結合の切断は、下記式(2)で求められるエステル結合残存率が90%以下となるまで行うことを特徴とする酵素糖化用原料の製造方法である。
エステル結合残存率(%)=(アンモニア処理されたバイオマスのエステル結合ピーク/バイオマス原料のエステル結合ピーク)×100 ・・・(2)
ただし、前記式(2)中、「エステル結合ピーク」は、フーリエ変換赤外分光光度計で測定された吸光波数1730cm−1付近の、脂肪酸と脂肪族アルコールとの縮合により生成するエステル結合のC=O伸縮振動に帰属される吸収ピークの面積を、吸光波数1515cm−1付近のベンゼン核骨核振動(C=C)に帰属される吸収ピークの面積で除した値を表す。
<2> 前記アンモニア処理工程と前記湿式粉砕工程との間に、アンモニア処理されたバイオマスに、前記湿式粉砕工程において使用する水及び/又は有機溶剤を加える工程を含む前記<1>に記載の酵素糖化用原料の製造方法である。
<3> 前記アンモニア処理工程と前記湿式粉砕工程との間に、アンモニア処理されたバイオマスに、前記湿式粉砕工程において使用する水を加える工程を含む前記<1>に記載の酵素糖化用原料の製造方法である。
<4> 前記湿式粉砕工程における、アンモニア処理されたバイオマスの乾燥質量(C)と水及び/又は有機溶剤の質量(D)とが、下記式(3)の関係を満たす前記<1>に記載の酵素糖化用原料の製造方法である。
5≦{C/(C+D)}×100≦67 ・・・ (3)
<5> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の酵素糖化用原料の製造方法により得られた酵素糖化用原料を酵素糖化して糖を得ることを特徴とする糖の製造方法である。
<6> 前記<5>に記載の糖の製造方法により得られた糖を発酵させてエタノールを得ることを特徴とするエタノールの製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、従来における諸問題を解決することができ、酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法に用いられる有用な酵素糖化用原料の製造方法、並びに、糖の製造方法、及びエタノールの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、アンモニア処理されたバイオマス、アンモニア処理されたバイオマスを湿式粉砕したバイオマス、及びアンモニア処理されたバイオマスを乾式粉砕したバイオマスのX線回折パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(酵素糖化用原料の製造方法)
本発明の酵素糖化用原料の製造方法は、アンモニア処理工程と、湿式粉砕工程と、を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
以下、好ましい実施形態に沿って、本発明の酵素糖化用原料の製造方法について説明する。
【0019】
<アンモニア処理工程>
前記アンモニア処理工程は、リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料中のエステル結合の少なくとも一部を切断する工程である。
前記アンモニア処理工程では、アンモニアによりヘミセルロースとリグニンとの間のエステル結合を切断する(即ち、当該エステル結合のアミド化開裂を行う)ことにより、後述する酵素糖化工程において、酵素によるセルロースの加水分解を効率的に行うことができる。
【0020】
−リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料−
前記リグニン、セルロース及びヘミセルロースを含むバイオマス原料としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、農業や林業等の生産活動に伴う残渣として得られる「廃棄物バイオマス」や、エネルギー等を得る目的で意図的に栽培して得られる「資源作物バイオマス」などを使用することができる。前記「廃棄物バイオマス」としては、例えば、廃建材、間伐材、稲わら、麦わら、もみ殻、バガスなどが挙げられ、また、前記「資源作物バイオマス」としては、例えば、セルロース類の利用を目的として栽培されるシラカバ、ユーカリ、ポプラ、アカシア、ヤナギ、スギ、スイッチグラス、ネピアグラス、エリアンサス、ミスカンサス、ススキ、リードカナリーグラスなどが挙げられる。また、前記バイオマスは、木に由来する「木質バイオマス」、草に由来する「草本バイオマス」などにも分類される。本発明においては、木質バイオマス及び草本バイオマス共に使用することができる。前記リグニン、セルロース及びヘミセルロースを含むバイオマス原料は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
上記バイオマス原料に含まれるセルロースは、基本的にセルロースI型結晶から構成される。
【0021】
前記バイオマス原料のアンモニア処理において、前記バイオマス原料としては、収集されたものをそのまま使用してもよいが、裁断、粉砕等によりある程度以下の大きさの粒子としてから使用することが、取り扱いの容易さ及びアンモニア処理の効率の観点から望ましい。前記バイオマス原料の粒子の大きさとしては特に制限はなく、粒子としての取り扱いやすさなどに応じて適宜選択することができるが、例えば、通過するメッシュの目開きとして、5mm以下が好ましく、3mm以下がより好ましい。前記メッシュの目開きの大きさが5mmを超えると、後述するアンモニア処理の効率が低下することがある。一方、単位操作としての粉砕はエネルギー効率が極めて低いため、例えば、粉砕に供するエネルギー投入量は乾燥バイオマス1kg当たり1MJ以下が好ましい。なお、以下、前記の収集したバイオマス原料を裁断、粉砕する工程を「粗粉砕」ということがある。
【0022】
前記粗粉砕を予め行うことにより、後述するアンモニア処理を効率的に進行させることができる。前記粗粉砕に用いる粉砕機としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ウィレーミル、カッターミル、ハンマーミル、ピンミル等を用いることができる。
【0023】
前記バイオマス原料は、アンモニア処理を行う前に乾燥を行うことが好ましいが、この乾燥による水分量の調整についての詳細は後述する。
【0024】
−アンモニア処理−
前記リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料を、アンモニア処理する場合、その方法としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、前記リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料と、アンモニアとを、通常は圧力容器内に導入し、前記圧力容器内を所望の圧力及び温度に設定して、所望の時間処理することにより行うことができる。
前記圧力としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、0MPa〜12.5MPa(ゲージ圧)とすることができる。
前記温度としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、−35℃〜180℃とすることができる。
【0025】
前記アンモニアは液相であっても、気相であっても、また超臨界状態であってもよい。
前記アンモニアは、糖化率の観点からは、液相、又は超臨界状態のアンモニアが好ましく、アンモニア処理されたバイオマス中に残留するアンモニアを除去して回収する際に要するエネルギー、湿式粉砕の有無による糖化率の向上幅(湿式粉砕有りの酵素糖化用原料の酵素糖化率と、湿式粉砕無しの酵素糖化用原料の酵素糖化率との差)の観点からは、気相のアンモニアが好ましい。前記気相のアンモニアを用いた場合の湿式粉砕の有無による向上幅が著しく優れていることは、後述する実施例5、比較例5参照からもわかる。
【0026】
前記アンモニア処理の時間としては特に制限はなく、用いる前記バイオマス原料の量や、前記した処理圧力、処理温度等に応じ、所望の程度のエステル結合の切断が進行する範囲内で適宜選択することができるが、10分〜10時間が好ましく、30分〜8時間が更に好ましく、30分〜5時間が特に好ましい。前記処理時間が、10分未満であると、所望の程度のエステル結合の切断が進行しないことがあり、10時間を超えると、それ以上エステル結合の切断が進行せず、全体として非効率となることがある。一方、前記処理時間が、前記更に好ましい範囲内であると、効率よく、エステル結合の切断を進行させることができ、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が向上する点で有利である。
【0027】
前記アンモニア処理工程を実施する装置としては特に限定されず、回分式装置、半連続式装置、連続式装置などが適宜選択され、処理を行う効率を高めるとの観点から、半連続式装置又は連続式装置を採用することが好ましい。
【0028】
前記アンモニア処理時の、アンモニアの使用量としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料1gに対して、10mg〜300gが好ましく、100mg〜150gがより好ましく、1g〜50gが特に好ましい。前記アンモニアの使用量が、前記リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料1gに対して、10mg未満であると、処理が不十分となることがあり、300gを超えると、処理の効率が悪くなることがある。一方、その使用量が、前記特に好ましい範囲内であると、処理時間が短縮できる、使用する処理剤の量を少なくできる等の点で、有利である。
【0029】
なお、アンモニア処理時には、前記バイオマス原料のエステル結合の少なくとも一部を切断することができれば、更にその他の化合物を組み合わせて使用してもよく、前記その他の化合物としては、例えば、二酸化炭素、窒素、エチレン、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、トルエン、ベンゼン、フェノール、ジオキサン、キシレン、アセトン、クロロホルム、四塩化炭素、エタノール、メタノール、プロパノール、ブタノールなどが挙げられる。また、エチレンジアン、モノメチルアミン、モノエチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン等のアミン類を組み合わせて使用してもよい。
【0030】
−バイオマスの乾燥質量(A)と水の質量(B)−
前記アンモニア処理工程においては、前記バイオマス原料とアンモニアの他に、水(水分)が共存することがある。この水は前記バイオマス原料が包含している水、あるいは使用するアンモニアに含有される水などである。そして、得られる酵素糖化用原料の糖化率の向上の観点から、アンモニア処理工程に共存する水の量については、前記バイオマス原料の量との関係においてコントロールされることが好ましい。
アンモニア処理工程におけるバイオマスの乾燥質量(A)と水の質量(B)とは、{B/(A+B)}×100≦30(式(1))の関係を満たすことが好ましい。また、{B/(A+B)}×100(以下、「水分含有率」という場合もある。)は15以下であることがより好ましい。なお、ここで「水」とはアンモニア処理工程において処理を行う系内に存在する全ての水を意味し、該系内においてバイオマス中に包含されている水も含むものとする。
前記水分含有率が30より大きい場合、液相のアンモニア、又は超臨界状態のアンモニアを用いた処理の際に、前記バイオマス原料に含まれるセルロースを構成するセルロースI型結晶の少なくとも一部をセルロースIII型結晶に転移させることが困難となり、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が十分に向上しないことがある。また、アンモニア処理されたバイオマスからアンモニアを分離・回収して再使用するに際して、効率的に前記分離・回収及び再使用を行うことが困難となる場合がある。すなわち、アンモニアは水に対する溶解度が高く、使用する前記バイオマス原料が多くの水を包含する場合には、アンモニア処理されたバイオマス中にも多くの水が包含されることが多く、この水にアンモニアが溶解するため、アンモニア処理されたバイオマス中に残留するアンモニアを除去して回収するためには、加熱等の大きなエネルギーを要する工程が必要となる。また、回収されたアンモニア中の水分の含有量が大きくなり、回収されたアンモニアから水分を除去する工程(例えば蒸留等)が必要となり、大きなエネルギーが必要となる。
一方、前記水分含有率が30以下であると、液相のアンモニア、又は超臨界状態のアンモニアを用いた処理の際に、前記バイオマス原料に含まれるセルロースを構成するセルロースI型結晶の少なくとも一部をセルロースIII型結晶に転移させることができ、更に前記水分含有率が15以下であると、更に容易に前記結晶の転移が進行し、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が更に向上するとの点で有利である。また、アンモニア処理後に、更に効率的にアンモニアを分離・回収して再使用することが可能との点でも有利である。
前記アンモニア処理において、液相のアンモニア、又は超臨界状態のアンモニアを用いて処理されたバイオマスは、少なくともセルロースIII型結晶を有していることが好ましい。
【0031】
前記式(1)を満たすためには、前記バイオマス原料を予め乾燥して、バイオマス原料が包含する水分由来の水の量が前記式(1)を満たすように調整しておくことが好ましい。
前記バイオマスの乾燥方法としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、大気下に高温で乾燥すると、バイオマスの組織が破壊されたり酸化されたりするため、例えば、天日乾燥、自然乾燥、100℃以下での通風による乾燥、減圧乾燥、ジメチルエーテルを用いた乾燥などが好ましい。
なお、前述した、アンモニア処理後のアンモニアの分離・回収及び再使用を効率的に行うとの観点からは、前記バイオマス原料を予め十分に乾燥して、その水分含有量を極力低減することが好ましい。一方、バイオマス原料中に残存する水分の含有量を低減するに伴い、乾燥に要するエネルギーは増大する。したがって、乾燥後のバイオマス原料中の水分含有量の設定は、前記アンモニア処理工程における水分含有率が前記式(1)を満たす範囲において、バイオマス原料の乾燥に使用する設備、消費エネルギー、アンモニア処理後に分離・回収されて再使用されるにアンモニアの水分含有量の設定等の因子を勘案して決定することが好ましい。
【0032】
−エステル結合残存率−
前記エステル結合残存率は、下記式(2)により求められる。
エステル結合残存率(%)=(アンモニア処理されたバイオマスのエステル結合ピーク/バイオマス原料のエステル結合ピーク)×100 ・・・(2)
ただし、前記式(2)中、「エステル結合ピーク」は、フーリエ変換赤外分光光度計で測定された吸光波数1730cm−1付近の、脂肪酸と脂肪族アルコールとの縮合により生成するエステル結合のC=O伸縮振動に帰属される吸収ピークの面積を、吸光波数1515cm−1付近のベンゼン核骨核振動(C=C)に帰属される吸収ピークの面積で除した値を表す。
なお、前記吸光波数1515cm−1付近のベンゼン核骨核振動(C=C)に帰属される吸収ピークの面積は、前記のアンモニア処理工程の前後で変化しない。
また、エステル結合のアミド化開裂の進行は、フーリエ変換赤外分光分析における1662cm−1付近のアミド結合のC=O(リグニン共役カルボニル)伸縮振動に帰属される吸収ピークの増大によっても確認することができる。
なお、前記エステル結合は、前記バイオマス原料中のヘミセルロースとリグニンとの間の結合であり、ヘミセルロースはセルロースと水素結合による強い相互作用を有している。したがって、リグニンはヘミセルロースを介してセルロースと強い相互作用を有し、これがリグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含むバイオマス原料が容易に酵素糖化を受けない理由である。アンモニア処理により前記エステル結合が切断されると、リグニンはヘミセルロースから分離され、その結果、セルロースとの相互作用も弱まることとなり、酵素糖化が促進される大きな要因となる。
【0033】
前記エステル結合残存率としては、90%以下であれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記エステル結合の残存率が90%を超えると、セルロースとリグニンとを分離するとのアンモニア処理の効果が不十分となり、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が十分に向上しないことがある。
一方、前記エステル結合残存率が前記範囲内であると、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が向上する。
なお、前述の作用機構から、一般的に、前記エステル結合の切断の進行(前記エステル結合残存率の低下)に伴い、セルロースの酵素糖化率は向上することとなる。
【0034】
前記アンモニア処理工程においてアンモニア処理されたバイオマスは、アンモニア処理を行うための装置(通常は高圧容器)から排出される。前記排出と同時あるいは前記排出の前に、通常は加圧されていたアンモニアが大気圧に脱圧される。前記脱圧により、アンモニア処理されたバイオマスとアンモニアとが固気分離される。
【0035】
前記アンモニアから分離されたアンモニア処理されたバイオマスの内部には、一部のアンモニアが残留しているので、この残留アンモニアを除去する工程を設けることが好ましい。残留アンモニアの除去を行う方法の例としては、アンモニア処理されたバイオマスを必要により加熱下に、窒素ガス等の不活性ガス気流に接触させる方法、スチーム流に接触させる方法、必要により加熱下に減圧とする方法などが挙げられる。
なお、前述のように、アンモニア処理されたバイオマス中に水が包含される場合には、この水にアンモニアが溶解することから、アンモニア処理されたバイオマス中に残留するアンモニアの含有量が増大する傾向にある。また、バイオマス中に包含される水に溶解したアンモニアを除去するためには、この水もバイオマスから除去する必要があることから、アンモニアの除去に要するエネルギーが増大する傾向にある。
【0036】
前記アンモニア処理工程において使用され、アンモニア処理されたバイオマスと固気分離により分離されたアンモニアは、回収されてアンモニア処理工程にリサイクルされて再使用されることが好ましい。アンモニア処理工程において水が共存し、回収されたアンモニアが所定の含有量を超える水分を含有する場合には、当該回収されたアンモニアを再使用してアンモニア処理を行うと、前記式(1)に規定されるアンモニア処理工程におけるバイオマス原料の乾燥質量(A)と水の質量(B)との関係を満足すことができないことがある。そのような場合には、回収されたアンモニアから水を除去する工程を設けることが好ましい。回収されたアンモニアから水を除去する方法の例としては、回収されたアンモニアを圧縮及び/又は冷却して液化し、蒸留を行う方法などが挙げられる。
【0037】
<湿式粉砕工程>
前記湿式粉砕工程は、前記アンモニア処理されたバイオマスを湿式で粉砕する工程である。ここで、「湿式」とは水及び/又は有機溶剤の共存下であることを意味する。
【0038】
前記湿式粉砕工程では、水及び/又は有機溶剤の共存下に、前記アンモニア処理されたバイオマスを粉砕する。
前記有機溶剤としては、例えば、脂肪族、脂環族又は芳香族の1価、2価、又は多価アルコールのような各種アルコール、より具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオールなどのアルコール類又はそのアルキルエーテルなどの誘導体が挙げられる。
前記湿式粉砕工程において有機溶剤を使用する場合は、酵素糖化における阻害防止、発酵における阻害防止等の観点から、湿式粉砕後に、前記湿式粉砕工程から得られる、粉砕されたバイオマス及び前記有機溶剤又は前記有機溶剤を含む水を含む粉砕物から、前記有機溶剤あるいは場合によりその反応物を除去することが好ましい。前記有機溶剤の除去を実施することは、装置コスト及びエネルギーコストの上昇を招くことから、有機溶剤は使用せず、水を用いて湿式粉砕することが好ましい。
【0039】
−アンモニア処理されたバイオマスの乾燥質量と水及び/又は有機溶剤の質量−
前記湿式粉砕工程における、アンモニア処理されたバイオマスの乾燥質量(C)と水及び/又は有機溶剤の質量(D)との関係としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、5≦{C/(C+D)}×100≦67(式(3))が好ましく、5≦{C/(C+D)}×100≦30がより好ましく、5≦{C/(C+D)}×100≦15が特に好ましい。
前記{C/(C+D)}×100(以下、「固形分率」という場合もある。)が67を超えると、水及び/又は有機溶剤の質量が相対的に少なくなり、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率が向上しないことがある。一方、前記固形分率が5未満であると、水及び/又は有機溶剤の質量が相対的に多くなり、得られる酵素糖化用原料の酵素糖化率は向上するものの、該酵素糖化用原料を糖化処理して得られる糖液中の糖濃度が低くなり、その後の発酵工程における効率が低下することがある。一方、前記固形分率が前記好ましい範囲内であると、酵素糖化率の向上、及び発酵工程における効率などの点で有利である。
なお、前記固形分率が15未満である場合には、前記湿式粉砕工程から、必要により有機溶媒を除去する工程を経て得られる水を含む粉砕物を酵素糖化用原料として、そのままスラリーとして酵素糖化工程に供することが可能である。すなわち、前記水を含む粉砕物はスラリーとして流動性を有しており、均一に酵素糖化を行うことができる。
【0040】
前記湿式粉砕工程の湿式粉砕に用いる粉砕機としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ボールミル、ビーズミル、振動ミル、ジェットミル、ディスクミル等が挙げられる。
【0041】
−アンモニア処理されたバイオマスに水及び/又は有機溶剤を加える工程−
本実施形態では、前記アンモニア処理工程と、前記湿式粉砕工程との間に、アンモニア処理されたバイオマスに前記湿式粉砕工程において使用する水及び/又は有機溶剤を加える工程を含むことが好ましい。
前記アンモニア処理されたバイオマスに水及び/又は有機溶剤を加える工程により、前記湿式粉砕工程において必要なアンモニア処理されたバイオマスと水及び/又は有機溶剤とを含む混合物が提供される。また、当該工程により、アンモニア処理されたバイオマスの質量と水及び/又は有機溶剤の質量との比率を調整し易くなる。
【0042】
前記湿式粉砕工程により得られた水及び/又は有機溶剤を含む粉砕物は、酵素糖化用原料として、そのまま後述する糖の製造方法(酵素糖化工程)に供してもよいし、適宜その他の工程を経た後、後述する糖の製造方法に供してもよい。
【0043】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アンモニア処理されたバイオマスの量と水の量との比率を調整する工程、pHを調整する工程、などが挙げられる。
前記アンモニア処理されたバイオマスの量と水の量との比率を調整する工程においては、前記粉砕物に水を添加して酵素糖化に適したバイオマスの量と水の量との比率とする方法などが挙げられる。
前記pHを調整する工程は、前記湿式粉砕工程から得られた水を含む粉砕物を、後述する糖の製造方法の酵素糖化工程における酵素糖化に適切となるようなpHに調整する工程である。
以上のようにして本発明に係る酵素糖化用原料が得られる。
【0044】
(糖の製造方法)
本発明の糖の製造方法は、前記本発明の酵素糖化用原料の製造方法により得られた酵素糖化用原料を酵素糖化する酵素糖化工程を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
以下、好ましい実施形態に沿って、本発明の糖の製造方法について詳細に説明する。
【0045】
<酵素糖化工程>
本実施形態の糖の製造方法に係る酵素糖化工程は、前記酵素糖化用原料と酵素とを接触させることにより、前記酵素糖化用原料中に含まれる、アンモニア処理され、湿式粉砕されたバイオマスを構成するセルロース、及びヘミセルロースを加水分解して単糖類を得る工程である。
【0046】
前記酵素糖化工程に用いられる酵素糖化の方法としては、酵素を用いる限りにおいて特に制限はなく、公知の方法を適宜選択することができる。硫酸等を用いる化学的な糖化方法を用いた場合には、過分解により単糖の収率が低下する傾向にあること、糖化に続く工程である発酵工程において阻害作用をもつ物質が生成し易い傾向にあること、及び硫酸等の環境負荷物質の排出が生じるなどの問題があるのに対して、酵素を用いる糖化方法においては、温和な条件を選択することが可能であり、前記の問題を生じ難い傾向にある。
前記酵素糖化工程において使用する酵素としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、セルラーゼ、セロビアーゼ(β−グルコシダーゼ)などが挙げられる。また、これら酵素を適当な担体又はマトリックスに固定化した固定化酵素を使用することもできる。
【0047】
前記酵素糖化工程における酵素の使用量としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記酵素糖化用原料中の固形分乾燥質量1gに対して、0.001mg〜100mgが好ましく、0.01mg〜10mgがより好ましく、0.1mg〜1mgが更に好ましい。前記酵素の使用量が、前記酵素糖化用原料中の固形分乾燥質量1gに対して、0.001mg未満であると、酵素糖化が不十分となることがあり、100mgを超えると、糖化阻害が起こることがある。一方、前記酵素の使用量が前記更に好ましい範囲内であると、酵素の使用量に対して得られる糖の量が多い点で有利である。
【0048】
前記酵素糖化工程における温度としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、10℃〜70℃が好ましく、20℃〜60℃がより好ましく、30℃〜50℃が更に好ましい。前記温度が、10℃より低い温度であると、酵素糖化が十分に進行しないことがあり、70℃を超えると、酵素が失活することがある。一方、前記温度が、前記更に好ましい範囲内であると、酵素の使用量に対して得られる糖の量が多い点で有利である。
【0049】
前記酵素糖化工程におけるpHとしては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、3.0〜8.0が好ましく、3.5〜7.0がより好ましく、4.0〜6.0が更に好ましい。前記pHが、3.0未満、又は8.0を超えると、酵素が失活することがある。一方、前記pHが、前記更に好ましい範囲内であると、酵素の使用量に対して得られる糖の量が多い点で有利である。
【0050】
前記酵素糖化工程により、単糖としては、前記酵素糖化用原料に含まれるセルロースからはグルコースが得られる。また、前記酵素糖化用原料に含まれるヘミセルロースからはグルコース、ガラクトース、マンノースといった六炭糖及びキシロース、アラビノースといった五炭糖が生成する。
【0051】
上記の酵素糖化工程により得られる単糖を含む糖液は、そのまま後述する発酵工程に供してもよいが、例えば、糖液のpHを調整する工程、糖の濃度を調整する工程などを施すことにより、発酵により適した糖液としてもよい。
【0052】
本実施形態の糖の製造方法により得られる糖は、後述するエタノールの製造方法、乳酸の製造方法に用いるだけでなく、その他の物質の製造の原料として用いることもできる。
【0053】
(エタノールの製造方法)
本発明のエタノールの製造方法は、前記本発明の糖の製造方法により得られた糖を発酵する発酵工程(エタノール発酵工程)を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
以下、好ましい実施形態に沿って、本発明のエタノールの製造方法について詳細に説明する。
【0054】
<発酵工程>
本実施形態のエタノールの製造方法に係る発酵工程は、前記糖液にエタノール発酵微生物を添加し、エタノール発酵を行う工程である。
【0055】
前記エタノール発酵微生物としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、酵母、ザイモモナス・モビリス等のザイモモナス属の細菌等が好ましく、酵母がより好ましい。
【0056】
前記酵母としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、サッカロマイセス・セルビシエ等のサッカロマイセス属の酵母が好ましい。ただし前述のように、前記バイオマス原料を構成するヘミセルロースからは、酵素糖化によりキシロース、アラビノースといった五炭糖が生成するが、サッカロマイセス属の天然酵母は五炭糖を資化してエタノールを生成する能力をもたない。このため、六炭糖だけでなくヘミセルロース由来の五炭糖も有効に利用してエタノールに変換するためには、五炭糖を資化してエタノールを生成する能力を有する酵母(ペントース資化酵母)を使用することも好ましく行われる。前記ペントース資化酵母としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、ピキア・スティピティス、カンジダ・シハタエ等が好ましい。六炭糖及び五炭糖を効率的にエタノールに変換するためには、サッカロマイセス属の酵母と、前述のペントース資化酵母とを組み合わせて使用する方法も好ましく採用される。この場合、サッカロマイセス属の酵母と前述のペントース資化酵母を共存させて発酵を行なってもよいし、まずサッカロマイセス属の酵母により糖液中のグルコースを資化させ、その後前述のペントース資化酵母により五炭糖を資化させてもよい。
【0057】
前記発酵工程に用いる酵母は、天然の酵母であってもよいし、遺伝子組換え酵母であってもよい。特に、六炭糖と五炭糖の両方の資化能を有する遺伝子組換え酵母を用いることにより、効率的にセルロース及びヘミセルロース由来の六炭糖及び五炭糖の両方をエタノールに変換することができる。
【0058】
前記発酵工程における前記酵母の使用量、糖以外の添加物、発酵温度、pH、発酵時間等の条件としては特に制限はなく、公知の条件を適宜選択して用いることができるが、pHは4〜7、発酵温度は20℃〜37℃程度が好ましい。
【0059】
また、耐熱性の酵母を用いて、通常よりも高い温度で発酵を行なうことで、冷却のための設備を必要とせず、また雑菌の繁殖を抑制して効率的に発酵を行なうこともできる。前記耐熱性の酵母としては例えば、クロイベロマイセス・マルキシアナス等のクロイベロマイセス属に属する耐熱性酵母が挙げられる。これらの耐熱性酵母を使用する場合は、発酵の温度は37℃以上50℃以下程度とすることができる。
【0060】
前記酵素糖化工程と発酵工程とを同時に行う、所謂並行複発酵法を採用してもよい。この並行複発酵法を採用することにより、前記酵素糖化工程と発酵工程とを単一の工程として実施することができ、簡略化された工程によってエタノールを製造することが可能となる。
前記並行複発酵としては、前記本実施形態の酵素糖化用原料の製造方法によって得られた酵素糖化用原料に、酵素糖化のための酵素、及び、酵素糖化により生成する糖をそのまま反応系内でエタノール発酵させるための微生物を添加し、酵素糖化及びエタノール発酵を行う。
【0061】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、精製工程を含むことが好ましい。
【0062】
−精製工程−
前記精製工程は、前記発酵工程において得られたエタノールを含む培地からエタノールを分離・精製する工程である。前記精製工程により、エタノールは発酵培地中に含まれる種々の物質から分離・精製され、また濃縮される。
前記分離・精製の方法としては特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、まず発酵培地を、菌体等の固形分を遠心分離及び/又はろ過などにより固液分離し、エタノールを含む水溶液を回収し、その後、該水溶液を蒸留、膜分離などの方法によりエタノールを濃縮、精製する方法が好ましい。
【0063】
本実施形態のエタノールの製造方法によれば、前記酵素糖化用原料を用いて得られた糖を用いることで、効率的にエタノールを製造することができる。前記エタノールの製造方法により得られたエタノールは、例えば、燃料用エタノール、工業用エタノールなどとして好適に利用可能である。
【0064】
(乳酸の製造方法)
前記本発明の糖の製造方法により得られた糖を用いて、乳酸を製造することができる。この場合の乳酸の製造方法においては、前記糖を乳酸発酵する発酵工程(乳酸発酵工程)を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0065】
<乳酸発酵工程>
前記乳酸発酵工程は、前記糖液に乳酸菌等を添加し、乳酸発酵を行う工程である。
前記乳酸菌としては特に制限はなく、公知の乳酸菌を適宜選択して用いることができ、例えば、ラクトバチルス・マニホティヴォランス(Lactobacillus manihotivorans)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)などが挙げられる。なお、前記乳酸菌は、天然の乳酸菌であってもよいし、遺伝子組換え乳酸菌であってもよい。
前記発酵工程における前記乳酸菌の使用量、糖以外の添加物、発酵温度、pH、発酵時間等の条件としては特に制限はなく、公知の条件を適宜選択して用いることができる。
【0066】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、乳酸の精製工程を含むことが好ましい。
【0067】
本発明の乳酸の製造方法によれば、前記酵素糖化用原料を用いて得られた糖を用いることで、効率的に乳酸を製造することができる。このようにして得られた乳酸は、例えばポリ乳酸等の生分解性高分子の原料として利用することができる。
【0068】
また、本発明の糖の製造方法により得られる糖を、前記乳酸菌に代えて、それぞれ目的とする有機酸を産生する微生物を使用して発酵せしめることにより、乳酸以外の有機酸、例えば、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、シュウ酸等を製造することもできる。
【0069】
以上、本発明の酵素糖化用原料の製造方法、並びに前記酵素糖化用原料の製造方法により製造された酵素糖化用原料を用いた糖の製造方法、及び、前記糖の製造方法により製造された糖を用いたエタノールの製造方法、乳酸の製造方法について、好ましい実施形態に沿って説明したが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において、上記実施形態に限定されるものではない。
【実施例】
【0070】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0071】
(製造例)
<バイオマス原料>
リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含むバイオマス原料として、エリアンサスを用いた。
【0072】
<粗粉砕>
収穫したエリアンサスを目開き4mmのスクリーンで粒度を制御しながらカッターミルを用いて粉砕し、バイオマス原料の粗粉砕品を得た。前記バイオマス原料の粗粉砕品の粒径はレーザー回折法(装置:レーザー回折粒子径測定装置LMS−2000e(セイシン企業社製))で測定したメジアン径(d50)として975μmであった。
【0073】
<乾燥>
前記バイオマス原料の粗粉砕品の含水率は29質量%であり、これをバイオマス1とし、後述する実施例1及び比較例1で使用した。
前記バイオマスの粗粉砕品を40℃、5kPa(絶対圧)の減圧下に一昼夜乾燥し、バイオマスの含水率(水分を含むバイオマスの質量を基準とした水分質量の比率)を0.5質量%とし、バイオマス2を得た。前記バイオマス2は後述する実施例3−1、実施例3−2、比較例3−1、比較例3−2、比較例4−1、比較例4−2、実施例5、及び比較例5で使用した。
前記バイオマス2を湿度を調節した容器内で吸湿させて、バイオマスの含水率を15質量%に調整し、バイオマス3を得た。前記バイオマス3は、後述する実施例2及び比較例2で使用した。
また、前記バイオマス2をポリプロピレン樹脂製容器に所定量取り、該容器を回転させながら、ここへ、バイオマスの含水率が40質量%となる量の水を滴下し、更に該容器を5時間回転させて、バイオマスの含水率が40質量%であり、均一に水が吸収されたバイオマス4を得た。前記バイオマス4は、後述する比較例6−1及び比較例6−2で使用した。
【0074】
(実施例1、比較例1:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
内容積約5Lの、撹拌装置を備えたステンレス鋼製オートクレーブに前記バイオマス1を200g充填し、窒素ガスによる加圧、脱圧を数回繰り返して、オートクレーブ内の空気を除去した後、減圧により窒素ガスを除去した。そして、オートクレーブ内をアンモニア処理温度(80℃)近くまで昇温した。別途、ステンレス鋼製オートクレーブを用いて、処理温度(80℃)より高い温度(100℃)まで乾燥したアンモニアを予め昇温した。前記2つのオートクレーブを導通し、バイオマスが充填されたオートクレーブに、アンモニアを80℃において処理圧力3.9MPaGで導入し、その後前記条件にて撹拌下に0.5時間(処理時間)アンモニア処理を行った。その後、脱圧し、更にオートクレーブに窒素ガスを流通させ、バイオマス内に残留したアンモニアを除去し、アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)を得た。
【0075】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス1のエステル結合残存率を以下のように測定した。
フーリエ変換赤外分光光度計Thermo社製NICOLET380を用い、吸光波数400cm−1〜4000cm−1の範囲を反射法で、アンモニア処理されたバイオマス1の赤外分光分析を行った。同様にして、アンモニア処理前のバイオマス1の赤外分光分析を行った。アンモニア処理前のバイオマス1についての、吸光波数1730cm−1付近の、脂肪酸と脂肪族アルコールとの縮合により生成するエステル結合のC=O伸縮振動に帰属される吸収ピークの面積を、アンモニア処理前後で変化しない吸光波数1515cm−1付近のリグニンのベンゼン核骨核振動(C=C)に帰属される吸収ピークの面積で除した値に対して、アンモニア処理されたバイオマス1の前記値の百分率を求め、得られた値をエステル結合残存率(%)(下記式(2))とした。
エステル結合残存率(%)=(アンモニア処理されたバイオマスのエステル結合ピーク/バイオマス原料のエステル結合ピーク)×100 ・・・(2)
その結果、エステル結合残存率は85%であった。
【0076】
<湿式粉砕工程>
−被粉砕物1の調製−
実施例1においては、前記アンモニア処理されたバイオマス1の乾燥質量15部に対して85部の水(既にバイオマスが含有している水を含む、即ち、含水分を除いた質量分の水を加えて85部となるように調整。)を加えて均一に混合し、マッド状の、アンモニア処理されたバイオマス1と水との混合物(固形分率15質量%)である被粉砕物1を得た。
【0077】
−ディスクミル粉砕−
実施例1においては、ディスクミル型粉砕機グローエンジニアリング社製RD1−15を用い、前記被粉砕物1の湿式粉砕を行った。前記粉砕機の上下に炭化ケイ素製砥石を装着し、前記砥石間の間隙を150μmとした。片側の砥石を900rpmの速度で回転させ、中心部に前記被粉砕物1(マッド状のバイオマスと水の混合物)を投入して、粉砕による発熱を除去するための冷却水を流通させて、室温(25℃〜30℃)にて粉砕し、酵素糖化用原料1(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0078】
<酵素糖化工程>
酵素糖化用原料として、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1、固形物)、及び前記酵素糖化用原料1(実施例1、マッド状の水を含む混合物)のそれぞれを用い、以下の操作により、酵素糖化反応を行った。
内容積1.5mLのマイクロチューブに、乾燥固形分として10mgとなるように精秤した試料を取り、試料濃度1%(乾燥質量/体積)、酵素としてCelluclast@1.5L及びNovozyme@188(共に商品名、Novozyme社製)を各酵素濃度0.01%(質量/体積)、計0.02%(質量/体積)の酵素濃度、pH4.5(酢酸緩衝液)となるように酵素糖化反応液を調製した。これを37℃の恒温室にて、回転振とう機(15回転/分)を用いて24時間転倒振とうして酵素糖化反応を行った。反応後、遠心分離によって得られた上澄み液中のグルコース濃度を、グルコースCIIテストワコー(商品名、和光純薬社製)を用いて測定し、酵素糖化率の尺度としてグルコース収率を算出した。その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)のグルコース収率は31%であり、前記酵素糖化用原料1(実施例1)のグルコース収率は62%であった。
なお、グルコース収率は下記式(4)で定義される。
グルコース収率(%)=[酵素糖化反応液中のグルコース量/(酵素糖化原料の乾燥質量×全グルコース化率/100)]×100 ・・・(4)
全グルコース化率(%):(バイオマス原料を別途化学的に完全に加水分解したときに得られるグルコースの量/バイオマス原料の乾燥質量)×100(バイオマス原料基準のグルコースの理論収率に相当)
【0079】
(実施例2、比較例2:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
バイオマス原料として使用した前記バイオマス1を前記バイオマス3に代えた以外は、前記実施例1及び比較例1と同様にしてアンモニア処理を行い、アンモニア処理されたバイオマス3(比較例2)を得た。
【0080】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス3のエステル結合残存率を、前記実施例1及び比較例1と同様にして測定した結果、エステル結合残存率は85%だった。
【0081】
<湿式粉砕工程>
−被粉砕物3の調製−
実施例2においては、前記アンモニア処理されたバイオマス1を前記アンモニア処理されたバイオマス3に代えた以外は、前記実施例1と同様にして、マッド状のバイオマスと水の混合物(固体濃度15質量%)である被粉砕物3を得た。
【0082】
−ディスクミル粉砕−
実施例2においては、前記被粉砕物1を前記被粉砕物3に代えた以外は、前記実施例1と同様にしてディスクミルによる湿式粉砕を行い、酵素糖化用原料3(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0083】
<酵素糖化工程>
酵素糖化用原料として、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)及び前記酵素糖化用原料1(実施例1)のそれぞれを、前記アンモニア処理されたバイオマス3(比較例2)及び前記酵素糖化用原料3(実施例2)のそれぞれに代えた以外は、比較例1及び実施例1と同様にして、それぞれ酵素糖化反応を行った。
その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス3(比較例2)のグルコース収率は51%であり、前記酵素糖化用原料3(実施例2)のグルコース収率は68%であった。
【0084】
(実施例3−1、3−2、比較例3−1、3−2:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
バイオマス原料として使用した前記バイオマス1を前記バイオマス2に代えた以外は、前記実施例1及び比較例1と同様にしてアンモニア処理を行い、アンモニア処理されたバイオマス2A(比較例3−1)を得た。
【0085】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス2Aのエステル結合残存率を、前記実施例1及び比較例1と同様にして測定した結果、エステル結合残存率は85%だった。
【0086】
<湿式粉砕工程A>
−被粉砕物2Aの調製−
実施例3−1においては、前記アンモニア処理されたバイオマス1を前記アンモニア処理されたバイオマス2Aに代えた以外は、前記実施例1と同様にして、マッド状の、アンモニア処理されたバイオマス2Aと水との混合物(乾燥固形分率15質量%)である被粉砕物2Aを得た。
【0087】
−ディスクミル粉砕−
実施例3−1においては、前記被粉砕物1を前記被粉砕物2Aに代えた以外は、前記実施例1と同様にしてディスクミルによる湿式粉砕を行い、酵素糖化用原料2A−1(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0088】
<湿式粉砕工程B>
−ボールミル粉砕−
実施例3−2においては、ボールミル型粉砕機レッチェ社製ミキサーミル(MM300)を用い、前記被粉砕物2Aの湿式粉砕を行った。前記被粉砕物2A(マッド状の、アンモニア処理されたバイオマス2と水の混合物)2.2gを粉砕ジャー(50mL容器)に投入して密閉後、振とう速度20回/秒で5分間、粉砕による発熱を除去するための冷却水を流通させて、室温(25℃〜30℃)にて粉砕し、酵素糖化用原料2A−2(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0089】
<乾式粉砕工程>
比較例3−2においては、前記被粉砕物1の湿式粉砕に代えて、前記アンモニア処理されたバイオマス2Aの乾式粉砕を行った以外は、実施例1と同様に粉砕を行った。すなわち、実施例1と同一の粉砕機を用いて、同様の運転条件で、前記アンモニア処理されたバイオマス2Aに水を添加することなく粉砕した。これにより酵素糖化用原料2A−3(固形物)を得た。
【0090】
−X線回折分析−
前記アンモニア処理されたバイオマス2A(比較例3−1)、前記アンモニア処理されたバイオマス2Aを湿式粉砕して得られた前記酵素糖化用原料2A−1(実施例3−1)に含まれるバイオマス、及び前記アンモニア処理されたバイオマス2Aを乾式粉砕して得られた前記酵素糖化用原料2A−3(比較例3−2)のそれぞれについて、以下の操作により、X線回折分析を行った。
前記酵素糖化用原料2A−1(実施例3−1)の少量を乾燥して水分を除去し、これに含まれるバイオマスの固形分試料を得た。この試料、前記アンモニア処理されたバイオマス2A(比較例3−1)、及び前記酵素糖化用原料2A−3のそれぞれの試料100mgを、20MPaGの圧力にて加圧成型してX線回折分析に供した。X線回折分析は管球型X線発生装置RINT2200(商品名、リガク社製)を用い、ディフラクトメトリー法によって行った。電圧38kV、電流50mA、モノクロメーターで単色化したCuKα線(波長0.15418nm)を用い、操作範囲2θ=5〜30°、ステップ幅0.1°、積算時間20秒の条件にてステップスキャン法で測定した。前記3種の試料のX線回折パターンを図1に示す。
【0091】
<酵素糖化工程>
酵素糖化用原料として、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)を前記アンモニア処理されたバイオマス2A(比較例3−1)、及び前記酵素糖化用原料2A−3(比較例3−2)に、前記酵素糖化用原料1(実施例1)を前記酵素糖化用原料2A−1(実施例3−1)、及び前記酵素糖化用原料2A−2(実施例3−2)に、それぞれ代えた以外は、比較例1及び実施例1と同様にして、それぞれ酵素糖化反応を行った。
その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス2A(比較例3−1)のグルコース収率は50%であり、前記酵素糖化用原料2A−1(実施例3−1)は70%であり、前記酵素糖化用原料2A−2(実施例3−2)のグルコース収率は71%であり、前記酵素糖化用原料2A−3(比較例3−2)のグルコース収率は52%であった。
【0092】
(比較例4−1、4−2:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
アンモニア処理時間を0.5時間から0.17時間に変えた以外は、実施例3−1と同様にしてアンモニア処理を行い、アンモニア処理されたバイオマス2B(比較例4−2)を得た。
【0093】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス2Bのエステル結合残存率を、前記実施例1及び比較例1と同様にして測定した結果、エステル結合残存率は95%だった。
【0094】
<湿式粉砕工程>
−被粉砕物2Bの調製−
比較例4−1においては、前記アンモニア処理されたバイオマス1を前記アンモニア処理されたバイオマス2Bに代えた以外は、前記実施例1と同様にして、マッド状のバイオマスと水の混合物(乾燥固形分率15質量%)である被粉砕物2Bを得た。
【0095】
−ディスクミル粉砕−
比較例4−1においては、前記被粉砕物1を前記被粉砕物2Bに代えた以外は、前記実施例1と同様にして湿式粉砕し、酵素糖化用原料2B(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0096】
<酵素糖化工程>
酵素糖化用原料として、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)及び前記酵素糖化用原料1(実施例1)のそれぞれを、前記アンモニア処理されたバイオマス2B(比較例4−2)及び前記酵素糖化用原料2B(比較例4−1)のそれぞれに代えた以外は、比較例1及び実施例1と同様にして、酵素糖化反応を行った。
その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス2B(比較例4−2)のグルコース収率は15%であり、前記酵素糖化用原料2B(比較例4−1)のグルコース収率は19%であった。
【0097】
(実施例5、比較例5:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
処理温度を80℃から150℃に、処理圧力を3.9MPaGから1.0MPaGに、及び処理時間を0.5時間から2.5時間に変えた以外は、前記実施例3−1及び比較例3−1と同様にして、アンモニア処理を行い、アンモニア処理されたバイオマス2C(比較例5)を得た。
【0098】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス2Cのエステル結合残存率を、前記実施例1及び比較例1と同様にして測定した結果、エステル結合残存率は90%だった。
【0099】
<湿式粉砕工程>
−被粉砕物2Cの調製−
実施例5においては、前記アンモニア処理されたバイオマス1を前記アンモニア処理されたバイオマス2Cに代えた以外は、前記実施例1と同様にして、マッド状のバイオマスと水の混合物(乾燥固形分率15質量%)である被粉砕物2Cを得た。
【0100】
−ディスクミル粉砕−
実施例5においては、前記被粉砕物1を前記被粉砕物2Cに代えた以外は、前記実施例1と同様にして湿式粉砕し、酵素糖化用原料2C(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0101】
<酵素糖化工程>
前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)及び前記酵素糖化用原料1(実施例1)のそれぞれを、前記アンモニア処理されたバイオマス2C(比較例5)及び前記酵素糖化用原料2C(実施例5)のそれぞれに代えた以外は、比較例1及び実施例1と同様にして、酵素糖化反応を行った。
その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス2C(比較例5)のグルコース収率は29%であり、前記酵素糖化用原料2C(実施例5)は62%であった。
【0102】
(比較例6−1、比較例6−2:酵素糖化用原料、及び糖の製造)
<アンモニア処理工程>
前記バイオマス1を前記バイオマス4に代えた以外は、前記実施例1及び比較例1と同様にして、アンモニア処理を行い、アンモニア処理されたバイオマス4(比較例6−1)を得た。
【0103】
−エステル結合残存率−
前記アンモニア処理されたバイオマス4のエステル結合残存率を、前記実施例1及び比較例1と同様にして測定した結果、エステル結合残存率は85%だった。
【0104】
<湿式粉砕工程>
−被粉砕物4の調製−
前記アンモニア処理されたバイオマス1を前記アンモニア処理されたバイオマス4に代えた以外は、前記実施例1と同様にして、マッド状のバイオマスと水の混合物(乾燥固形分率15質量%)である被粉砕物4を得た。
【0105】
−ディスクミル粉砕−
比較例6−1においては、前記被粉砕物1を前記被粉砕物4に代えた以外は、前記実施例1と同様にして湿式粉砕し、酵素糖化用原料4(乾燥固形分率15質量%)を得た。
【0106】
<酵素糖化工程>
酵素糖化用原料として、前記アンモニア処理されたバイオマス1(比較例1)及び前記酵素糖化用原料1(実施例1)を、前記アンモニア処理されたバイオマス4(比較例6−2)、及び前記酵素糖化用原料4(比較例6−1)のそれぞれに代えた以外は、前記比較例1及び実施例1と同様にして、酵素糖化反応を行った。
その結果、前記アンモニア処理されたバイオマス4(比較例6−2)のグルコース収率は19%であり、前記酵素糖化用原料4のグルコース収率は41%であった。
【0107】
前記実施例、及び比較例の構成及び結果を下記表1に示す。
【0108】
【表1】

【0109】
表1の結果から、リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料を、水分の含有量が前記式(1)を満たす条件下に、前記式(2)により求められるエステル結合残存率が90%以下となるようにアンモニア処理を行い、更にアンモニア処理されたバイオマスを湿式粉砕する実施例においては、前記構成の少なくとも一部を満たさない比較例と比べて、グルコース収率、すなわち酵素糖化率が格段に向上することがわかった。
また、図1に示すX線回折パターンの結果から、所定の要件を満たしてアンモニア処理されたバイオマスにおいて、生成したセルロースIII型結晶は、湿式粉砕することにより、その一部がセルロースI型結晶へと戻っていることがわかる。一方、同一のアンモニア処理されたバイオマスを乾式粉砕した場合には、X線回折パターンは粉砕前と大きな変化はなく、セルロースIII型結晶のセルロースI型結晶への転移は見られない。表1が示すように、より酵素糖化を受けやすいセルロースIII型結晶を多く有する乾式粉砕を受けたバイオマス(比較例3−2)よりも、湿式粉砕を受け、セルロースIII型結晶が減少したバイオマス(実施例3−1)の方が高いグルコース収率を与えた。これは、酵素糖化率の向上に対して、セルロースIII型結晶と同I型結晶間の転移よりも大きな影響を与えるセルロースの構造変化(非晶化と推定)が、アンモニア処理されたバイオマスの湿式粉砕によってより進行することに起因するものと推定される。この変化による酵素糖化率の向上効果は、アンモニア処理における含水率及びアンモニア処理されたバイオマス中のエステル残存率が所定の条件を満たす場合に、顕著に発現される。
【0110】
(実施例6、エタノールの製造)
<酵素糖化工程>
実施例3−1で得た酵素糖化用原料2A−1について、実施例3−1で実施したマイクロチューブ内での酵素糖化を、内容積100mLの三角フラスコに規模を拡大して実施した。
<エタノール発酵工程>
得られた酵素糖化後の懸濁液は、遠心分離及びろ過により固液分離し、得られた溶液をロータリーエバポレーターによりグルコース濃度が10%になるように濃縮して糖化液を得た。内容積100mLの三角フラスコ中にて前記糖化液にサッカロマイセス・セルビシエを植菌し、28℃、80rpmで振盪しながら発酵した。24時間後にエタノール濃度4.3wt%の発酵液を得た。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明の酵素糖化用原料の製造方法によれば、酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法に用いられる、有用な酵素糖化用原料を効率的に得ることができる。
また、本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法によれば、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を格段に向上させることができる。
したがって、本発明の酵素糖化用原料の製造方法、並びに本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法は、例えば、近年注目されている、環境に優しい燃料を産出することを目的としたバイオマス原料からのエタノール製造、また、環境に優しい生分解性プラスチックの製造等に、好適に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン、セルロース、及びヘミセルロースを含有するバイオマス原料をアンモニアで処理し、前記バイオマス原料中のエステル結合の少なくとも一部を切断するアンモニア処理工程と、
前記アンモニア処理されたバイオマスを湿式で粉砕する湿式粉砕工程と、
を含み、
前記アンモニア処理工程におけるバイオマスの乾燥質量(A)と水の質量(B)とが下記式(1)の関係を満たし、
{B/(A+B)}×100≦30 ・・・ (1)
かつ、
前記エステル結合の切断は、下記式(2)で求められるエステル結合残存率が90%以下となるまで行うことを特徴とする酵素糖化用原料の製造方法。
エステル結合残存率(%)=(アンモニア処理されたバイオマスのエステル結合ピーク/バイオマス原料のエステル結合ピーク)×100 ・・・ (2)
ただし、前記式(2)中、「エステル結合ピーク」は、フーリエ変換赤外分光光度計で測定された吸光波数1730cm−1付近の、脂肪酸と脂肪族アルコールとの縮合により生成するエステル結合のC=O伸縮振動に帰属される吸収ピークの面積を、吸光波数1515cm−1付近のベンゼン核骨核振動(C=C)に帰属される吸収ピークの面積で除した値を表す。
【請求項2】
前記アンモニア処理工程と前記湿式粉砕工程との間に、アンモニア処理されたバイオマスに、前記湿式粉砕工程において使用する水及び/又は有機溶剤を加える工程を含む請求項1に記載の酵素糖化用原料の製造方法。
【請求項3】
前記アンモニア処理工程と前記湿式粉砕工程との間に、アンモニア処理されたバイオマスに、前記湿式粉砕工程において使用する水を加える工程を含む請求項1に記載の酵素糖化用原料の製造方法。
【請求項4】
前記湿式粉砕工程における、アンモニア処理されたバイオマスの乾燥質量(C)と水及び/又は有機溶剤の質量(D)とが、下記式(3)の関係を満たす請求項1に記載の酵素糖化用原料の製造方法。
5≦{C/(C+D)}×100≦67 ・・・ (3)
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の酵素糖化用原料の製造方法により得られた酵素糖化用原料を酵素糖化して糖を得ることを特徴とする糖の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の糖の製造方法により得られた糖を発酵させてエタノールを得ることを特徴とするエタノールの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−70725(P2012−70725A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72354(P2011−72354)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、セルロース系エタノール革新的生産システム開発事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】