説明

酸化物の製造方法

【課題】導電性マイエナイト型化合物を製造するには、高温、長時間の熱処理工程が必要不可欠であった。
【解決手段】カルシウム化合物とアルミニウム化合物の組み合わせ、またはカルシウムとアルミニウムを含む化合物を原料として、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を製造する方法であって、前記原料を混合する工程と、前記混合物を還元雰囲気下で、酸素分圧が1000Pa以下の不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中において、1200℃以上1415℃未満で加熱保持する工程とを備えることを特徴とする酸化物の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイエナイト型化合物は12CaO・7Al(以下C12A7と記す。)なる代表組成を有し、三次元的に連結された、直径約0.4nmの空隙(ケージ)を有する特徴的な結晶構造を持つ。このケージを構成する骨格は正電荷を帯びており、単位格子当たり12個のケージを形成する。このケージの1/6は、結晶の電気的中性条件を満たすため、酸素イオンによって占められているが、この酸素イオンは、骨格を構成する他の酸素イオンとは化学的に異なる特性を持つことから、特に、フリー酸素イオンと呼ばれている。このことから、C12A7結晶は、[Ca24Al28644+・2O2−と表記される(非特許文献1参照)。
【0003】
C12A7結晶の粉末あるいはその焼結体は、還元雰囲気中で熱処理することによってケージの中に電子を包接させて、永続的な導電性を室温で付与することができる(特許文献1)。この包接された電子はケージに緩く束縛されていて、結晶中を自由に動くことができるので、マイエナイト型化合物に導電性が付与される。
【0004】
しかしながら、従来は最初に1300℃で6時間保持してC12A7構造だけの結晶粉を製造し、その後に還元処理を施すことにより、導電性マイエナイト型化合物を得ていたため、高価な設備、複雑な反応条件の制御や、長時間の反応時間が必要であった(特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2005−000741号公報
【特許文献2】国際公開第2006−129675号パンフレット
【非特許文献1】F.M.Lea and C.H.Desch,The Chemistry of Cement and Concrete,2nd ed.,p.52,Edward Arnold & Co.,London,1956.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、従来技術が有する上述の問題点を解消することにある。すなわち従来技術では、C12A7構造だけの結晶粉を製造した後に還元処理を施すことにより、導電性マイエナイト型化合物のみを製造するため、高価な設備、複雑な反応条件の制御および長時間の反応時間が必要であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、カルシウム化合物とアルミニウム化合物の組み合わせ、またはカルシウムとアルミニウムを含む化合物を、酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比が9:10〜14:5となる範囲で原料とし、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を製造する方法であって、前記原料を混合して前記原料の混合物を製造する工程と、前記混合された原料を還元雰囲気下で、酸素分圧が1000Pa以下の不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中において、1200℃以上1415℃未満で加熱保持する工程とを備えることを特徴とする酸化物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の製造方法によれば、高価な設備、複雑な反応条件の制御および長時間の反応時間を要さずに、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を、短時間の熱処理で効率良く大量に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の製造方法によれば、混合物を還元雰囲気で熱処理することにより、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を、高価な設備、長時間を要する工程および工業的に実現が難しい特殊な処理条件を要することなく、安定して製造することができる。
本発明では、カルシウム化合物とアルミニウム化合物の組み合わせ、またはカルシウムとアルミニウムを含む化合物を原料としている。本発明における原料は、具体的には下記の(1)〜(5)に記載の組み合わせである。
(1)カルシウム化合物とアルミニウム化合物
(2)カルシウム化合物とカルシウムアルミネート
(3)アルミニウム化合物とカルシウムアルミネート
(4)カルシウム化合物、アルミニウム化合物およびカルシウムアルミネート
(5)カルシウムアルミネートの2種以上の組み合わせ。
【0010】
カルシウム化合物とは具体的には、炭酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸水素カルシウム、硫酸カルシウム、メタリン酸カルシウム、シュウ酸カルシウム、酢酸カルシウム、硝酸カルシウム、ハロゲン化カルシウムなどが挙げられる。これらのカルシウム化合物の中でも、炭酸カルシウム、酸化カルシウムおよび水酸化カルシウムからなる群から選ばれた少なくとも1種を含むカルシウム化合物を前記原料に用いることが好ましい。
【0011】
アルミニウム化合物とは具体的には、水酸化アルミニウム、酸化アルミニウム、硫酸アルミニウム、硝酸アルミニウム、ハロゲン化アルミニウムなどが挙げられる。これらのアルミニウム化合物の中でも、水酸化アルミニウムと酸化アルミニウムの少なくともいずれかを含むアルミニウム化合物を前記原料に用いることが好ましい。
【0012】
カルシウムアルミネートとはカルシウムとアルミニウムを含む化合物であり、具体的には、アルミナセメント材料などが挙げられる。より具体的には酸化カルシウムと酸化アルミニウムとが一定の割合で含まれる化合物である。具体的には、C12A7、3CaO・Al(以下C3Aと記す。)、CaO・Al(以下CAと記す。)や5CaO・3Al(以下C5A3と記す。)などのカルシウムとアルミニウムを含む化合物である。
【0013】
本発明において、マイエナイト型化合物とは、12CaO・7Alの結晶をいう。本発明におけるマイエナイト型化合物としては、C12A7結晶格子の骨格と骨格により形成されるケージ構造が保持される範囲で、ケージ中のフリー酸素イオンの一部ないし全部が他の陰イオンに置換された同型化合物であってもよい。他の陰イオンとしては、例えば、H、H2−、OH、F、Cl、S2−などの陰イオンが挙げられる。なお、C12A7はCa12Al1433またはCa24Al2866と表記されることがある。
【0014】
本発明における酸化物の電子密度は1×1018/cm以上である。酸化物の電子密度が1×1018/cm以上であると、2次電子放出係数が大きくなるなど電子放出特性が向上するからである。本発明の酸化物は、マイエナイト型化合物のケージ中のフリー酸素イオンの少なくとも一部が電子に置換された導電性マイエナイト型化合物を含有している。導電性マイエナイト型化合物を含むことにより、前記酸化物の電子密度を1×1018/cm以上とすることができる。前記酸化物には、C12A7以外に、C3AやCAのようなカルシウムアルミネートを含有していてもよい。
【0015】
本発明における導電性マイエナイト型化合物の電気伝導率は、電子密度が1×1018/cmのときに0.1S/cmであるため、0.1S/cm以上であることが必要となり、1.0S/cm以上であることが好ましい。電気伝導率の最大値としては、単結晶では1000S/cm程度が可能である。
【0016】
2次電子放出係数の観点からは、本発明の酸化物の電子密度は1×1019/cm以上であることが好ましい。本発明における酸化物は、導電性を付与し得るC12A7結晶の単相であることがより好ましい。これは、C12A7結晶単相であると高い電子密度の酸化物を得ることが容易になり、2次電子放出係数を高くできるからである。特に、すべてのフリー酸素イオンが電子で置換されたC12A7の単相であると、電子密度は2.3×1021/cmとなり好ましい。
【0017】
前記酸化物中に含まれる導電性マイエナイト型化合物の量は、前記酸化物の電子密度が1×1018/cm以上になるような量の導電性マイエナイト型化合物を含んでいれば良い。例えば、前記酸化物が、電子密度が1×1020/cmである導電性マイエナイト型化合物を含む場合は、前記酸化物中に導電性マイエナイト型化合物を1体積%以上含有していれば良い。前記導電性マイエナイト型化合物を1体積%以上含有していれば、前記酸化物の電子密度が1×1018/cm以上となるからである。
【0018】
本発明では、前記原料を混合して前記原料の混合物を製造する工程を備える。前記原料を混合する工程としては、乾式混合、または湿式混合のいずれの混合方法を用いることも可能である。混合物の平均粒径は、上記のような乾式混合または湿式混合を行っても、平均粒径は混合の前後ではほとんど変化しないため、原料の平均粒径とほぼ同じ数値となる。
【0019】
具体的には、乾式で混合する方法としては、自動乳鉢、V型ミキサーなどが挙げられる。また、湿式で混合する方法としては、ボールミル、ビーズミルなどが挙げられる。自動乳鉢を用いると簡便ではあるが原料が均質に混ざり難い。このため、混合物を還元雰囲気下で、1200℃以上1415℃未満の温度で加熱保持(以下、焼成という。)したときにマイエナイト型化合物が析出し難くなり、導電性が低くなるおそれがある。
一方、分散媒を用いたボールミルなどの湿式混合を用いると原料が均質に混ざり易く、還元雰囲気下で、焼成したときに、マイエナイト型化合物が得られ易くなるので湿式混合を用いるのが好ましい。
【0020】
このときに用いる分散媒としては、水や種々の有機溶剤が使用可能である。分散媒として使用可能な有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどの低級アルコール、炭素数6以上の高級アルコール、シクロヘキサンなどが挙げられる。環境負荷を考慮すると分散媒としては水が好ましい。
さらに、混合物が均質に混ざり易くするための分散剤を加えることがより好ましい。分散剤として用いられる界面活性剤は、水のような極性のある分散媒には、親水性部分がイオン性であるアニオン性、カチオン性、両性の界面活性剤が用いられる。アニオン性界面活性剤としては、モノアルキル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩などが挙げられる。カチオン性界面活性剤としては、アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウム塩などが挙げられる。両性界面活性剤としては、アルキルジメチルアミンオキシド、アルキルカルボキシベタインなどが挙げられる。
【0021】
一方、極性が小さい有機溶剤などの分散媒には、ノニオン性界面活性剤が分散剤として用いられる。ノニオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、脂肪酸ソルビタンエステル、アルキルグリコシド、脂肪酸ジエタノールアミド、アルキルモノグルセリルエーテル、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。分散剤は、分散媒との相溶性、分散される粒子の表面状態や、分散される粒子への分散剤の吸着力の指標として、酸価、アミン価などを考慮して選定される。
【0022】
分散する機構としては、電気的な反発力による分散と、粒子間に分子間力が働かない程度まで体積的に粒子を離れさせる分散がある。前者は極性分散媒に用いられ、後者は非極性分散媒に用いられる。分散剤の添加割合は、原料の比表面積、粒径にもよるが、平均粒径が0.5〜50μm程度では、原料の質量に対して0.01〜2.0質量%とすることが好ましく、0.1〜1.0質量%とすることがより好ましい。
【0023】
本発明の酸化物の製造方法では、混合物の焼成を行う前に、さらに細かく粉砕してもよい。この粉砕に用いる方法としては、循環式ビーズミルなどが使用可能である。混合物をさらに細かく粉砕することよって、混合物の均質性を高め、本焼成で固相反応が進みやすくすることができる。このように微粉砕された混合物の平均粒径は0.5〜50μmが好ましい。
【0024】
微粉砕された混合物の平均粒径が0.5μm未満では凝集し易くなり、取り扱いが難しくなる。また、50μm超では本焼成を行うときに固相反応が進み難くなり、マイエナイト型化合物を製造するのに長時間を要するからである。前記微粉砕された混合物の平均粒径はレーザ回折散乱法を用いて測定した数値である。
【0025】
本発明の原料は、カルシウム化合物とアルミニウム化合物の組み合わせ、またはカルシウムとアルミニウムを含む化合物を、酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で9:10〜14:5含んでいる。
【0026】
前記モル比が9:10未満、または14:5を超えると、前記原料からマイエナイト型化合物は形成され得るが、形成されるマイエナイト型化合物の量が極めて少ないため、本発明の酸化物の電子密度が1×1018/cm未満となるおそれがあり好ましくない。
【0027】
本発明では、混合物を還元雰囲気下で、酸素分圧が1000Pa以下の不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中で、焼成を行う。焼成では、混合物の少なくとも一部がマイエナイト型化合物となると共に、還元雰囲気下で熱処理を行うためマイエナイト型化合物のケージ中のフリー酸素が電子に置換され、導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物が得られる。
【0028】
還元雰囲気下での焼成は、閉鎖系の電気炉を用いて、雰囲気に酸素や水蒸気の分圧が低くされた窒素などの前記原料と反応しないガスを流して、酸素分圧を10Paあるいはそれ以下にまで低下させて、行われる。
【0029】
焼成での酸素分圧が1000Paを超えると、高温下で、導電性マイエナイト型化合物が雰囲気中の酸素を取り込んで、ケージ中の電子がフリー酸素イオンに置換される反応が進行し、得られるマイエナイト型化合物の導電性が低下する。酸素分圧は10Pa以下が好ましく、10−1Pa以下がさらに好ましい。
【0030】
また、熱処理雰囲気中の酸素分圧は、10−11Paを超えて低くしても、熱処理コストが嵩む一方、得られる導電性マイエナイト型化合物の導電率は改善されないので、10−11Pa以上とすることが好ましい。
【0031】
酸素分圧を1000Pa以下とする方法としては、酸素ガスを含まない種々の不活性ガス、例えば窒素ガス、アルゴン等の希ガスなどの雰囲気や、真空などが好ましく例示される。前記混合物に、還元剤としてアルミニウムなどの窒化され易い成分を含む場合は、不活性ガスとして窒素ガスを用いると、前記混合物が還元剤の窒化により、所望の導電性マイエナイト型化合物が得られないおそれがある。その場合は、アルゴン等の希ガスまたは真空中で焼成を行うことが好ましい。
【0032】
混合物を還元雰囲気において熱処理するためには、炭素製坩堝に混合物を入れて密閉することおよび/または、混合物に炭素材料の粉末を含有させて炭素材料粉末含有混合物とし、焼成を行うことができる。炭素製坩堝に混合物を入れて密閉するときに、炭素製の蓋で密閉すると還元雰囲気になりやすいため、密閉に炭素製の蓋を用いることが好ましい。
【0033】
この熱処理を行うときに、蓋付炭素製坩堝の中にさらに蓋付炭素製坩堝を入れた構造の二重炭素製坩堝を使用してもよい。二重炭素製坩堝を用いると坩堝内の酸素分圧が下げられるために好ましく用いることができる。
【0034】
炭素材料を含有しない混合物の場合には炭素製坩堝との接触部分が還元されやすく、炭素材料粉末含有混合物の場合は炭素材料粉末との接触部分が還元されやすい。いずれの場合にも、マイエナイト型化合物は接触する炭素または炭素材料の周囲からケージ中の酸素が電子に置換されて、導電性マイエナイト型化合物になる。
【0035】
焼成の時間は、炭素製坩堝の大きさや混合物の量によって異なる。例えば、炭素製坩堝の大きさが、内径50mm、深さ50mmの場合、混合物が3gならば、概ね3時間以内で混合物を導電性マイエナイト型化合物とすることができる。また、炭素材料粉末含有混合物が3gの場合には、概ね2時間程度で、炭素材料粉末含有混合物を導電性マイエナイト型化合物とすることができる。
【0036】
炭素材料粉末含有混合物中の炭素材料は粉末状態で混合物に均質に含有させることにより、より還元雰囲気となるため、短時間でケージ中の電子を増やすことができ、電子密度を増加させ導電性を高くする効果がある。また、粉末状態の炭素は焼結を阻害する効果もあり、混合物全体が均質に還元されるため、炭素材料粉末含有混合物を用いることは、導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物を大量に効率的よく製造するために適した方法である。
【0037】
前記炭素材料粉末含有混合物は、前記混合物と粉末状の炭素材料とを混合することによって得られる。前記混合物と粉末状の炭素材料とを混合するときには、湿式で混合してもよいし、一般に均質に混ざり難いとされる乾式で混合させても十分に焼結抑制効果および還元効果を得ることができる。
【0038】
炭素材料としては、炭素同素体、アセチリド化合物、共有結合性またはイオン性の金属炭化物および炭化水素化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられる。炭素同素体としては、無定形炭素、グラファイト、ダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどの炭素同素体を用いることができる。炭化物としては、各種の金属炭化物やアセチリド化合物や、炭化水素化合物を用いることができる。
【0039】
金属炭化物とは炭素と金属の化合物であり、具体的には炭化カルシウムが挙げられる。アセチリド化合物とはアセチレンの水素の一方、あるいは双方を金属で置換した炭化物の総称であり、前記金属炭化物はその一種である。炭化水素化合物とは炭素と水素でできた化合物の総称である。
【0040】
前記炭素材料粉末含有混合物の炭素材料粉末含有量は、混合物100質量部に対して0.1〜1.0質量部が好ましい。0.1質量部未満では焼結抑制効果が不十分となり、1.0質量部を超えると焼結抑制効果はあるが、マイエナイト型結晶が合成し難くなり、カルシウムアルミネートが多くなるため、酸化物の電子密度が充分に高くならないおそれがある。
【0041】
前記混合物または、前記炭素材料粉末含有混合物を還元雰囲気で熱処理する焼成の温度が1200℃未満では、マイエナイト型化合物が炭素または炭素材料では還元されないため導電性マイエナイト型化合物が製造できない。このため電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を得ることができない。
【0042】
焼成の温度が1200℃以上1270℃未満の温度範囲では、製造されるマイエナイト型化合物は酸化物中の30体積%未満で、主としてCAを含むカルシウムアルミネートが析出する。また、1200℃以上1270℃未満の温度範囲では炭素坩堝および/または炭素材料による還元効果が充分に得られず、マイエナイト型化合物の電子密度は1〜5×1018/cm程度となる。本焼成の温度が1200℃以上1270℃未満の温度範囲では、電子密度が1×1019/cm以上である酸化物を得ることは難しい。
導電性を付与できるC12A7結晶の単相とすると、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物が得られやすいため、C12A7結晶の単相を得るためには1270℃以上で熱処理することが好ましい。1415℃を超えるとマイエナイト型化合物の融点である1415℃を超えてしまい、C12A7結晶が壊れるため好ましくない。このため1400℃以下で加熱保持することがさらに好ましい。
【0043】
C12A7結晶のケージ中のすべてのフリー酸素が電子に置換されると融点が100℃程度下がるため、1300℃〜1350℃で加熱保持することが高い電子密度の酸化物を得るために特に好ましい。
【0044】
焼成の昇温速度は50℃/時間以上が好ましく、より好ましくは200℃/時間以上である。ただし、昇温中に揮発成分が生じる場合は、その温度域に限り徐々に昇温させることが好ましい。例えば、原料として炭酸カルシウムを用いた場合には、898℃で炭酸ガスを放出するため、800〜1000℃の温度域に限り、100℃/時間以下で昇温させることが好ましい。
【0045】
焼成後の冷却速度は、50℃/時間以上とするのが好ましい。冷却速度が50℃/時間未満であると、熱処理に要する時間が長いため生産性が低下する。また、真空中では冷却過程で導電性マイエナイト型化合物のケージ中の電子が放出されることがあり、冷却速度が50℃/時間未満であると酸化物の導電性が低下するおそれがあるため好ましくない。このため、冷却速度は200℃/時間以上であることがより好ましい。本焼成後の冷却方法としては、窒素などの不活性ガス雰囲気で冷却してもよいし、空冷してもよいが、水冷などの冷却設備を備えた加熱処理炉を用いて、冷却速度が200℃/時間で急冷させることが好ましい。
【0046】
以上説明したように、本発明の製造方法を用いると、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上となる酸化物を、大量かつ効率的に製造することが可能となる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の説明に限定されない。例1〜10は実施例、例11〜14は比較例である。
【0048】
[例1]
酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で12:7となるように、炭酸カルシウム62.7gと酸化アルミニウム37.3gとをボールミルを用いて下記のように混合した。500mLのプラスティック製容器に、直径2mmの安定化ジルコニアボール500g、純水200gと分散剤(BYK180、ビッグケミー社製)0.3gを入れた後、1.5時間、90rpmで容器を回転させて混合した。得られたスラリーは水分を除去するために100℃のオーブンで10時間乾燥させた。得られた粉体を解すため、#100のメッシュ(口径150μm)で篩い混合物95gを得た。
【0049】
原料の平均粒径は、炭酸カルシウム、酸化アルミニウムともに100μm以下であったため、混合物の平均粒径も100μm以下であった。平均粒径はレーザ回折散乱法(SALD−2100、島津製作所社製)で測定した。
【0050】
得られた混合物3gを外径50mm、内径40mm、高さ50mmの炭素製坩堝に入れて炭素製の蓋で閉じ、酸素分圧が0.06Paの窒素雰囲気下で1350℃まで急昇温させた後、1350℃で2時間保持し、その後室温まで600℃/時間で冷却させた。昇温の際は、炭酸ガスの急激な発生を抑えるために、800〜1000℃までは100℃/時間でゆっくり昇温させた。
【0051】
熱処理後に2gの酸化物が得られ、得られた酸化物は暗緑色をしており、X線回折によりC12A7構造だけであることが分かった。また、光拡散反射スペクトルからクベルカムンク法により求められた酸化物の電子密度は9.5×1019/cm、導電率は8.4S/cmであり、導電性マイエナイト型化合物であることが分かった。
【0052】
[例2]
炭酸カルシウムと酸化カルシウムの原料をボールミルではなく、自動乳鉢で10分間混合させた以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7構造のほかにC3A、CAが存在しており、この酸化物の電子密度は8.1×1018/cm、導電率は0.3S/cmであった。
【0053】
[例3]
炭酸カルシウムと酸化カルシウムの原料を混合する際に分散剤を用いていないこと以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7構造のほかにC3A、CAが存在しており、この酸化物の電子密度は5.4×1019/cm、導電率は3.0S/cmであった。
【0054】
[例4]
混合物を焼成するときの温度を1250℃にした以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7構造のほかにC3A、CAが存在しており、この酸化物の電子密度は2.5×1018/cm、導電率は0.04S/cmであった。
【0055】
[例5]
混合物を焼成するときの温度を1400℃にした以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7単相であり、この酸化物の電子密度は7.8×1019/cm、導電率は6.9S/cmであった。
【0056】
[例6]
混合物にグラファイト炭素材料粉末を、混合物100質量部に対して、0.1質量部混合させた炭素材料粉末含有混合物を用いた以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7単相であり、この酸化物の電子密度は1.1×1020/cm、導電率は9.7S/cmであった。
【0057】
[例7]
混合物にグラファイト炭素材料粉末を、混合物100質量部に対して、1.0質量部混合させた炭素材料粉末含有混合物を用いた以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7単相であり、この酸化物の電子密度は1.6×1020/cm、導電率は14.1S/cmであった。
【0058】
[例8]
混合物を焼成するときの温度を1300℃、焼成時の雰囲気を1Pa以下の真空にした以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物はC12A7単相であり、この酸化物の電子密度は6.8×1019/cm、導電率は6.0S/cmであった。
【0059】
[例9]
酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で10:9となるように、炭酸カルシウム52.2gと酸化アルミニウム47.8gとをボールミルを用いて下記のように混合した。500mLのプラスティック製容器に、直径2mmの安定化ジルコニアボール500g、純水200gと分散剤(BYK180、ビッグケミー社)0.3gを入れた後、1.5時間、90rpmで容器を回転させて混合した。得られたスラリーは水分を除去するために100℃のオーブンで10時間乾燥させた。得られた粉体を解すため、#100のメッシュ(口径150μm)で篩い混合物95gを得た。
【0060】
原料の平均粒径は炭酸カルシウム、酸化アルミニウムともに100μm以下であったため、混合物の平均粒径も100μm以下であった。平均粒径はレーザ回折散乱法(SALD−2100、島津製作所社製)で測定した。
【0061】
得られた混合物3gを外径50mm、内径40mm、高さ50mmの炭素製坩堝に入れて炭素製の蓋で閉じ、酸素分圧が0.06Paの窒素雰囲気下で1350℃まで急昇温させた後、1350℃で2時間保持し、その後室温まで600℃/時間で冷却させた。昇温の際は、炭酸ガスの急激な発生を抑えるために、800〜1000℃までは100℃/時間でゆっくり昇温させた。
【0062】
熱処理後に2.1gの酸化物が得られ、得られた酸化物は暗緑色をしており、X線回折により析出結晶は主にCAであるが、C12A7も含まれていることが分かった。また、光拡散反射スペクトルからクベルカムンク法により求められた酸化物の電子密度は2.6×1018/cm、導電率は0.07S/cmであり、導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物であることが分かった。
【0063】
[例10]
酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で13.5:5.5となるように、炭酸カルシウムと酸化アルミニウムとを混合して混合物を製造した以外は、例9と同様にして酸化物を製造した。酸化物の析出結晶は主としてC3Aであったが、C12A7も含まれていた。電子密度は1.0×1018/cm、導電率は0.01S/cmであった。
【0064】
[例11]
混合物を1150℃で2時間保持した以外は例1と同様にして酸化物を製造した。この酸化物の主結晶はC3A、CAであり、この酸化物の電子密度は1.2×1014/cm、導電率は3.5×10−4S/cmであった。
[例12]
混合物を1450℃で2時間保持した以外は例1と同様にして酸化物を製造した。混合物の熱処理温度がマイエナイト型化合物の融点を超えているため融解し、融解した混合物が炭素製坩堝に融着し、坩堝を破壊しなければ焼結体を採取することができなかった。さらに焼結体は著しく固くなっており、粉砕するにはスタンプミルを使用する必要があり、量産性に欠けていた。
【0065】
[例13]
酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で8:11となるように、炭酸カルシウムと酸化アルミニウムとを調合して混合物を製造した以外は例9と同様にして導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物を製造した。酸化物中の析出結晶は主としてCAとC3Aであり、C12A7はほとんど存在しなかった。電子密度は3.4×1017/cm、導電率は測定不能であった。
【0066】
[例14]
酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比で14.5:4.5となるように、炭酸カルシウムと酸化アルミニウムとを調合した以外は、例9と同様にして導電性マイエナイト型化合物を含む酸化物を製造した。酸化物中の析出結晶は主としてC3AとCAであり、C12A7はほとんど存在しなかった。電子密度は5.6×1016/cm、導電率は測定不能であった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の製造方法によれば、導電性が大きい導電性マイエナイトを含む酸化物を、安定してかつ低コストで大量に製造することができる。本発明の方法により製造された酸化物は、電子放出特性が優れているので、電界効果型の電子放出材料として用いることができるため、電子放出装置、表示装置、あるいは小型のX線源が実現される。また、仕事関数が小さいため、有機ELデバイスにおける電荷注入材料など、特殊な接合特性が要求される電極材料としても用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウム化合物とアルミニウム化合物の組み合わせ、またはカルシウムとアルミニウムを含む化合物を、酸化物換算した酸化カルシウムと酸化アルミニウムのモル比が9:10〜14:5となる範囲で原料とし、導電性マイエナイト型化合物を含み、電子密度が1×1018/cm以上である酸化物を製造する方法であって、前記原料を混合して前記原料の混合物を製造する工程と、前記原料の混合物を還元雰囲気下で、酸素分圧が1000Pa以下の不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中において、1200℃以上1415℃未満で加熱保持する工程とを備えることを特徴とする酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記カルシウム化合物が、炭酸カルシウム、酸化カルシウムおよび水酸化カルシウムからなる群から選ばれた少なくとも1種を含むカルシウム化合物であり、前記アルミニウム化合物が、水酸化アルミニウムと酸化アルミニウムの少なくともいずれかを含むアルミニウム化合物である請求項1に記載の酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記原料を混合して前記原料の混合物を製造する工程が、湿式混合である請求項1または2に記載の酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記還元雰囲気が、炭素製坩堝に仮焼粉を入れて密閉すること、および/または、還元剤を用いることにより形成される請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記還元剤が、炭素材料である請求項1〜4のいずれかに記載の酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記炭素材料が、炭素同素体、アセチリド化合物、共有結合性またはイオン性の金属炭化物および炭化水素化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1〜5のいずれかに記載の酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記酸化物の電子密度が1×1019/cm以上である請求項1〜6のいずれかに記載の酸化物の製造方法。

【公開番号】特開2010−132467(P2010−132467A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−307457(P2008−307457)
【出願日】平成20年12月2日(2008.12.2)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】