説明

酸化還元電位測定装置の電極検査方法及び酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液

【課題】還元側の酸化還元電位に対して電極の性能が正常であるか否かをより確実に検査することを可能とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法及び酸化還元装置の電極検査用の標準液を提供する。
【解決手段】測定電極21及び比較電極22を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置1の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製された容器4内の標準液5に測定電極21及び比較電極22を浸漬する工程を有する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法、及びその検査に使用する標準液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化還元電位測定装置は、ある物質が他の物質を酸化、或いは還元する力の度合いを測定するのに用いられている。酸化還元可逆平衡状態にある水溶液に水素電極と白金電極を挿入すると、1つの可逆電池が構成され、その溶液の酸化還元平衡状態に応じて一定の電位差が検出される。この電位差のことを酸化還元電位(ORP:Oxidation-Reduction Potential)と呼ぶ。酸化還元電位は、下記式(ネルンストの式)で表すことができる。
Eh=E0+(RT/nF)×ln([Ox]/[Red])
(但し、[Ox]:酸化物の活量、[Red]:還元物の活量、E0:[Ox]=[Red]のときの酸化還元電位(標準電位差)、F:ファラデー定数、n:1分子あたり授受される電子の数、R:気体定数、T:水溶液の温度(絶対温度))
【0003】
上記式のE0は、[Ox]=[Red]のときの酸化還元電位であり、それぞれの酸化還元系において固有の値を有している。標準水素電極(NHE:Normal Hydrogen Electrode)は、水素イオンの活量が1であるような溶液、例えば1.18mol塩酸溶液中に、白金黒をつけた白金電極を浸し、1気圧の水素ガスを通じて得られる。標準水素電極の電位はすべての温度において0mVであると約束され、国際的な基準電極として受け入れられている。酸化還元電位Ehは、標準水素電極を基準にしたときの電位として表される。しかしながら、水素電極は構成が複雑で実用的でないため、酸化還元電位の測定は、通常、白金電極等の酸化還元電位測定電極(測定電極)と比較電極を被検液の中に入れ、その時の指示値を読み取ることにより行われる。この場合に使用される比較電極は標準水素電極とは異なり、銀/塩化銀電極やカロメル電極(甘コウ電極)が用いられるので、得られた指示値は正しい酸化還元電位Eh値ではない。酸化還元電位Eh値を得るためには、標準水素電極と比較電極との電位差の値(比較電極の単極電位)を測定値に加える必要がある。
【0004】
酸化還元電位の測定では、測定電極の汚れなどによって電位が変動することがあるため、一定の温度において一定の酸化還元電位を有する安定した標準液(チェック液)を用いることで、電極の性能が正常であるか否かを判断することが行われる。
【0005】
従来、このような酸化還元電位測定装置の電極を検査するための標準液としては、キンヒドロンをフタル酸塩pH標準液(pH4.01)などに溶解した標準液(キンヒドロン標準液)が用いられている(例えば、特許文献1)。
【0006】
従来のキンヒドロン標準液の酸化還元電位は、例えば比較電極としての銀−塩化銀電極(電解液:3.3mol/L・KCl)を基準として25℃では256mVを示す。このキンヒドロン標準液は、被検液の酸化還元電位が酸化系電位、還元系電位のいずれであるかに関わらず用いられている。
【特許文献1】特開平3−261854号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のキンヒドロン標準液の酸化還元電位は、上述のように、例えば比較電極としての銀−塩化銀電極(電解液:3.3mol/L・KCl)を基準として25℃において256mVであり、酸化側の電位を示す。カロメル電極(電解液:飽和KCl)、銀−塩化銀電極(電解液:飽和KCl)などの、その他の比較電極を基準とした場合でも、従来のキンヒドロン標準液の酸化還元電位は、通常の使用温度(例えば、0℃〜55℃)にて酸化側の電位を示す。
【0008】
従って、従来のキンヒドロン標準液は、酸化側の電位に対して電極の性能が正常であるか否かの確認には適しているが、還元側でも電極の性能が正常であるか否かの確認には適していない。一般の使用においては、酸化側の電位について電極の性能が正常であれば、還元側の電位についても電極の性能が正常であるものとすることが可能である。しかし、例えば主に還元側の電位の被検液の測定を行う使用者にとっては、還元側の電位についてもより確実な方法で電極を検査できることが望ましいことがある。例えば、ボイラー水の酸化還元電位測定においては、被検液が主に還元側の電位を示し、上述のように還元側の電位についても電極の性能をチェックしたいとする要望がある。
【0009】
ここで、キンヒドロンを各種pH標準液に添加して溶解することにより得られる溶液は、そのpHに対応した酸化還元電位を示す。しかし、そのようなキンヒドロン溶液は、酸化方向の電位を示す酸性側のpH領域では電位が安定しているが、還元方向の電位を示すアルカリ側のpH領域では、時間経過とともに酸化還元電位が低下してしまい、酸化還元電位測定装置の電極の検査のための信頼性ある標準液として使用することが困難であることが分かった。
【0010】
フタル酸塩pH標準液(pH4.01)、中性りん酸塩pH標準液(pH6.86)、ほう酸塩pH標準液(pH9.18)の各pH標準液にキンヒドロンを添加して溶解することにより得られた溶液の酸化還元電位の安定性を、それぞれ図5、図6、図7に示す。これらの図から、中性からアルカリ側のpH領域で酸化還元電位の変動が著しいことがわかる。
【0011】
又、キンヒドロン以外の化合物で検討したが、還元側の適度な酸化還元電位を安定して発生する、酸化還元電位測定装置の電極を検査するための標準液として適当なものがなかった。
【0012】
従って、本発明の目的は、還元側の酸化還元電位に対して電極の性能が正常であるか否かをより確実に検査することを可能とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法及び酸化還元装置の電極検査用の標準液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的は本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査方法及び酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液にて達成される。要約すれば、第1の本発明は、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法である。本発明の一実施態様によると、前記標準液は、水100mLに対して2.1g以上、8g以下の量のキンヒドロンが添加されている。又、本発明の一実施態様によると、前記標準液は、水100mLに対して3g以上、5g以下の量のキンヒドロンが添加されている。
【0014】
第2の本発明によると、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法が提供される。
【0015】
第3の本発明によると、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法が提供される。
【0016】
第4の本発明によると、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液が提供される。本発明の一実施態様によると、前記標準液は、水100mLに対して2.1g以上、8g以下の量のキンヒドロンが添加されている。又、本発明の一実施態様によると、前記標準液は、水100mLに対して3g以上、5g以下の量のキンヒドロンが添加されている。
【0017】
第5の発明によると、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液が提供される。
【0018】
第6の発明によると、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液が提供される。
【0019】
上記各本発明の一実施態様によると、前記標準液は、飽和濃度の亜硫酸塩を含む。好ましい一実施態様によれば、前記標準液を収容する容器には亜硫酸塩の結晶が存在する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、還元側の酸化還元電位に対して電極の性能が正常であるか否かをより確実に検査することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査方法及び酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液を図面に則して更に詳しく説明する。
【0022】
先ず、本発明に従う酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液について説明する。
【0023】
図5、図6及び図7を参照して前述したように、キンヒドロンを各種pH標準液に添加して溶解することによって得られる溶液の酸化還元電位は、その溶液のpHが酸性側であれば安定しているが、中性からアルカリ側では時間経過とともに変動してしまう。即ち、キンヒドロンをフタル酸塩pH標準液に溶解した場合は問題ないが、中性りん酸塩pH標準液、ほう酸塩pH標準液に溶解した場合は、時間経過とともにその溶液の酸化還元電位は変動する。
【0024】
従って、そのようなキンヒドロン溶液では、還元側の電位を示すアルカリ側のpH領域において信頼できる酸化還元電位は得られない。そのため、そのようなキンヒドロン溶液を用いて酸化還元電位測定装置の電極が正常であるか否かを判断する場合、酸化側の電位では判断できても還元側の電位での判断は困難である。本発明者は、キンヒドロンに代わる化合物がないかを検討した。
【0025】
本発明者は、亜硫酸ナトリウムを水(純水)に添加した溶液の酸化還元電位を検討したところ、亜硫酸ナトリウムを単独で含む水溶液が、一定期間、還元側の酸化還元電位を安定して示すことが分かった。但し、この水溶液の酸化還元電位は−110mV程度と比較的高く、又光の影響を受けることが分かった。
【0026】
一方、キンヒドロン溶液の酸化還元電位がアルカリ側のpH領域で安定しないのは、その溶液に溶存している酸素とキンヒドロンが反応することによると考えられる。
【0027】
そこで、亜硫酸ナトリウムが添加されたことで脱酸素状態になっている水溶液にキンヒドロンを添加した水溶液の酸化還元電位を検討したところ、酸化還元電位が−400mV以下に変化し、且つ、より安定した酸化還元電位を示すことが分かった。
【0028】
このように、水に亜硫酸ナトリウムのみを添加したのでは、酸化還元電位がまだ比較的高い値を示し、又光の影響を受け、一方、キンヒドロンのアルカリ性水溶液は酸化還元電位が安定しないところ、水に亜硫酸ナトリウムとキンヒドロンとを添加することによって、驚くべきことに、光の影響を受けず、又還元側の理想的な酸化還元電位をより安定して示す標準液が得られることが分かった。
【0029】
尚、キンヒドロン溶液の酸化還元電位を、アルカリ側のpH領域で安定させるに、その溶液の溶存酸素の濃度を実質的にゼロとすることが考えられ、一般的には、窒素曝気により溶存する酸素を追い出せば安定した指示が得られると考えられるが、実験の結果、注意深く曝気しても数十ppbの溶存酸素が残存するため安定した酸化還元電位を得ることが困難であった。
【0030】
このように、本発明者は、亜硫酸塩とキンヒドロンとを水に溶解することによって得られた標準液は、pH9以上のアルカリ性を示すと共に、還元側の適当な酸化還元電位を安定して示すことを見出した。
【0031】
即ち、本発明の一態様によれば、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて測定電極及び比較電極が浸漬される、酸化還元電位測定装置の電極検査溶の標準液は、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製される。
【0032】
標準液の溶媒としては、通常、水、特に、純水が好適に用いられている。
【0033】
亜硫酸塩としては、通常、亜硫酸ナトリウムを好適に使用できるが、これに限定されるものではなく、亜硫酸カリウム、亜硫酸リチウム、亜硫酸カルシウムなどを用いることもできる。
【0034】
又、標準液は、亜硫酸塩を飽和濃度で含んでいることが好ましい。より好ましくは、亜硫酸塩は、標準液を収容する容器にその亜硫酸塩の結晶が存在する程度に添加される。
【0035】
又、詳しくは後述するように、水100mLに対する添加量で表したとき(以下単位は「g/100mL」とする。)、標準液は、キンヒドロンの添加量が、2.1g/100mL以上、8g/100mL以下であることが好ましい。より好ましくは、標準液は、キンヒドロンの添加量が、3g/100mL以上、5g/100mL以下である。
【0036】
更に説明すると、キンヒドロンの酸化に影響する溶存酸素を電極の検査中に実質的に常時除くなどのためには、標準液中に亜硫酸塩が飽和濃度で、且つ、結晶が残存する程度に含まれていることが好ましい。例えば、溶媒として純水を用い、亜硫酸塩として亜硫酸ナトリウムを用いる場合、25℃において40g/100mL以上の添加量とすれば十分である。
【0037】
上記亜硫酸ナトリウムの添加量が40g/100mLの溶液に、種々の添加量にてキンヒドロンを加えて標準液を調製し、20時間以上撹拌しながらエージングした後の酸化還元電位の値を測定すると、下記表1のような酸化還元電位の結果が得られた。
【0038】
【表1】

【0039】
キンヒドロンの添加量が1.8g/100mL以上で、−430mV〜−455mVの酸化還元電位の値を示し、例えば、下水処理槽の嫌気性環境下の酸化還元電位の測定に用いられる電極の性能チェック用として理想的である。
【0040】
又、この標準液の応答性は、図2に示すようになった。キンヒドロンの添加量が2.1g/100mL以上であれば、酸化還元電位の測定値は10分以内に安定した。尚、酸化還元電位の測定値が安定するまでの時間は短ければ短いほどよいが、実用上は、20分以内であれば問題ないことが多い。
【0041】
又、上述のようにして調製した標準液のpHは、約9.60を示し、キンヒドロンの添加量によるpHの変動は見られなかった。
【0042】
以上から、酸化還元電位の値、応答速度などの点で、キンヒドロンの添加量が2.1g/100mL以上であることが好ましく、3g/100mL以上であることがより好ましいことが分かった。尚、不溶解キンヒドロンが過剰になりすぎるため、キンヒドロンの添加量の上限としては、8g/100mL以下であることが好ましく、5g/100mL以下であることがより好ましい。
【0043】
尚、キンヒドロンの添加量を3g/100mL以上、例えば、4g/100mL、5g/100mLと増加させても、pH、酸化還元電位とも、ほとんど同一の値を示した。これは、キンヒドロンの添加量を3g/100mL以上とする場合、添加したキンヒドロンの一部は固形として存在し、組成バランスが同一となり、一定の酸化還元電位の値を示すようになるためと考えられる。
【0044】
図3は亜硫酸ナトリウムの添加量40g/100mL、キンヒドロンの添加量3g/100mLにおける、標準液の長時間安定性を調べた試験データである。又、調製の90時間後における酸化還元電位、調製の45日後に再度測定(測定開始後15分)した酸化還元電位を下記表2に示す。電位変動は7mV以内であり、45日後でも変動は小さかった。
【0045】
【表2】

【0046】
図4は、標準液の更に長期的な寿命を調べた試験データである。約2ヶ月間指示変動は10mV以内であり、一旦調製すれば、長期使用可能であることが分かった。
【0047】
又、本発明者の更なる検討によれば、本発明に従う標準液は、一定の温度では一定の酸化還元電位を示し、即ち、温度変化に対する標準液の酸化還元電位の相関関係(温度特性)は一定である。従って、予め、当該温度特性を予め求めておくことで、電極の検査時には、標準液の温度に対応する標準液の酸化還元電位に対して、測定された酸化還元電位が許容範囲に入るか否かを判断することで、電極の性能が正常であるか否かを判断することができる。
【0048】
ここで、キンヒドロンの成分について説明すれば、キンヒドロンは、p−ベンゾキノン(p−Benzoquinone)(キノン)とヒドロキノン(Hydroquinone)との1:1の混合物である。そこで、キンヒドロンの代わりに、キノンとヒドロキノンの各成分のみで用いても良好な酸化還元電位が得られるか検討した。
【0049】
【化1】

【0050】
飽和亜硫酸ナトリウム溶液のpHは9.82であり、ヒドロキノンを3g/100mLの量にて添加すると、添加後の溶液のpHは8.55となり、酸化還元電位は−320mV程度を示した。一方、飽和亜硫酸ナトリウム溶液にキノンを3g/100mLの量にて添加すると、添加後の溶液のpHは10.30となり、酸化還元電位は−440mV程度を示した。
【0051】
亜硫酸ナトリウムとヒドロキノン単独とを含む溶液では、亜硫酸ナトリウムの還元作用によりヒドロキノンがキノンに酸化されるのを抑えている。又、亜硫酸ナトリウムとキノン単独とを含む溶液では、キノンは還元されてヒドロキノンに変化していくと考えられるが、すべて変化するのではなく、pHが一定であれば、キノンとヒドロキノンとがバランスされて、一定の酸化還元電位に収束されていくと考えられる。
【0052】
キンヒドロンの代わりにヒドロキノンのみを亜硫酸ナトリウムと共存させた場合は、キンヒドロンの場合よりもpHが低くなり、そのため酸化還元電位もより高い値になる。この場合、ヒドロキノンはキノンに変化することなく安定していると考えられる。ただし、時間経過とともにヒドロキノンは着色していき、一部は大気酸素と接触してキノンに変化し、キンヒドロンの酸化還元電位に近づいてくると考えられる(キノンは褐色に着色、ヒドロキノンは無色)。
【0053】
以上のような観点から、キノン、ヒドロキノンをそれぞれ単独で亜硫酸ナトリウムと共存させても、最終的にはキンヒドロンの酸化還元電位に収束してくると考えられる。従って、酸化還元電位の安定性や添加量の設定しやすさなどの観点から、標準液の調製にはキンヒドロンを用いることが好ましい。
【0054】
但し、上述のように最終的にはキンヒドロンの酸化還元電位に近づくと考えられるが、当初、水に亜硫酸塩と、キノン単独、ヒドロキノン単独、又はキノン及びヒドロキノンと、を添加して標準液を調製してもよい。この場合、キノン単独、ヒドロキノン単独、又はキノン及びヒドロキノンのそれぞれの添加量は、標準液の所望の最終的な酸化還元電位が、前述の添加量にてヒドロキノンを添加して調製された標準液の酸化還元電位と同等となるように設定すればよい。
【0055】
即ち、本発明の別の一態様では、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて測定電極及び比較電極が浸漬される、酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液は、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製される。又、本発明の別の一態様では、当該標準液は、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製される。尚、当該標準液は、水に亜硫酸塩を添加すると共に、キノンとヒドロキノンとの両方を1:1とは異なる比にて添加して調製してもよい。
【0056】
次に、本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査方法について説明する。
【0057】
本発明の一態様によれば、測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法は、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製された容器内の標準液に測定電極及び比較電極を浸漬する工程を有する構成とされる。又、典型的には、当該方法は更に、標準液に浸漬された測定電極と比較電極との間の電位差に係る情報を検出する工程を有している。そして、検出された情報から認識される測定電極と比較電極との間の電位差が、予め設定された許容範囲に入っている場合には電極の性能は正常であると判断でき、一方その許容範囲から外れている場合には電極の性能が正常ではないと判断できる。
【0058】
図1は、酸化還元電位測定装置の一例の概略ブロック図である。酸化還元電位測定装置1は、酸化還元電位測定電極(測定電極)21と、比較電極22と、電位差計31を備えた本体3と、を有する。測定電極21と比較電極22とは、本体3の電位差計31に接続されて使用される。又、測定電極21と比較電極22とは、一体的に酸化還元測定用複合電極2とされていてよい。又、測定電極21、比較電極22若しくは複合電極2と一体的に、又は単独で、温度検出手段(測温抵抗体素子を有する温度センサなど)が設けられ、測定電極21と比較電極22との間の電位差を測定する際の被検液又は標準液の温度を測定できるようになっていてよい。
【0059】
測定電極21としては、金属電極、特に、不活性金属電極である白金電極が好適に用いられる。又、比較電極22としては、内部液として3.3mol/L・KClを使用する銀−塩化銀電極、内部液として飽和KClを用いるカロメル電極、内部液として飽和KClを用いる銀−塩化銀電極などを好適に用いることができる。尚、比較電極として標準水素電極を用いることもできる。
【0060】
本体3は、主に測定電極21と比較電極22との間の電位差に係る情報を検出するための電位差計31を有するものであるが、その他に測定結果を表示するための表示器、測定の開始又は終了指示や各種設定を行うための操作部、電源回路等を有していてよい。
【0061】
尚、本発明においては、酸化還元電位差測定装置自体は、任意の入手可能なものを用いることができる。
【0062】
酸化還元電位測定装置1の電極の検査を行う際には、容器4に収容された本発明に従う標準液5に、測定電極21と比較電極22とを浸漬し、電位差計31において測定電極21と比較電極22との間の電位差に係る情報を検出する。当該電位差に係る情報は、電位差の値自体、電位差に対応する適当に増幅等の処理がなされたアナログ若しくはデジタルのデータなど、当該電位差に対応した任意の形態の情報であってよい。本発明に従う標準液5は、一定の温度で一定の酸化還元電位を示すことから、ここで測定されたある温度における標準液5の酸化還元電位が、予め求められている対応する温度における酸化還元電位の許容範囲内(例えば±10mV以内)に入るか否かにより、電極の性能の良否を判断することができる。
【0063】
尚、前述のように、本発明の別の態様によれば、酸化還元電位測定装置の電極検査方法において、測定電極及び比較電極が浸漬される容器内の標準液は、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製されたものであってもよいし、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製されたものであってもよい。尚、当該標準液は、水に亜硫酸塩を添加すると共に、キノンとヒドロキノンとの両方を1:1とは異なる比にて添加して調製してもよい。
【0064】
以上、本発明によれば、還元側の酸化還元電位に対して電極の性能が正常であるか否かをより確実に検査することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査方法を適用し得る酸化還元電位測定装置の一例の概略ブロック図である。
【図2】本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液の酸化還元電位を示すグラフ図である。
【図3】本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液の酸化還元電位の安定性を示すグラフ図である。
【図4】本発明に係る酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液の寿命について調べた結果を示すグラフ図である。
【図5】フタル酸塩pH標準液にキンヒドロンを溶解した溶液の酸化還元電位を示すグラフ図である。
【図6】中性りん酸塩pH標準液にキンヒドロンを溶解した溶液の酸化還元電位を示すグラフ図である。
【図7】ほう酸塩pH標準液にキンヒドロンを溶解した溶液の酸化還元電位を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0066】
1 酸化還元電位測定装置
2 酸化還元電位測定用複合電極
3 本体
4 容器
5 酸化還元電位差測定装置の電極検査用の標準液
21 測定電極
22 比較電極
31 電位差計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項2】
前記標準液は、水100mLに対して2.1g以上、8g以下の量のキンヒドロンが添加されていることを特徴とする請求項1に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項3】
前記標準液は、水100mLに対して3g以上、5g以下の量のキンヒドロンが添加されていることを特徴とする請求項2に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項4】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項5】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査する方法であって、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製された容器内の標準液に前記測定電極及び前記比較電極を浸漬する工程を有することを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項6】
前記標準液は、飽和濃度の亜硫酸塩を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項7】
前記標準液を収容する容器には亜硫酸塩の結晶が存在することを特徴とする請求項6に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査方法。
【請求項8】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とキンヒドロンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項9】
水100mLに対して2.1g以上、8g以下の量のキンヒドロンが添加されていることを特徴とする請求項8に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項10】
水100mLに対して3g以上、5g以下の量のキンヒドロンが添加されていることを特徴とする請求項9に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項11】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とキノンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項12】
測定電極及び比較電極を被検液に浸漬して被検液の酸化還元電位を測定する酸化還元電位測定装置の電極を検査するために、容器内に収容されて前記測定電極及び前記比較電極が浸漬される標準液であって、水に亜硫酸塩とヒドロキノンとを添加して調製されることを特徴とする酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項13】
飽和濃度の亜硫酸塩を含むことを特徴とする請求項8〜12のいずれかに記載の酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。
【請求項14】
前記容器には亜硫酸塩の結晶が存在することを特徴とする請求項13に記載の酸化還元電位測定装置の電極検査用の標準液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−145380(P2010−145380A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−326608(P2008−326608)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【出願人】(000219451)東亜ディーケーケー株式会社 (204)