説明

酸素耐性ヒドロゲナーゼ

【課題】酸素による可逆的不活性化に対して耐性のあるヒドロゲナーゼを提供すること。
【解決手段】ヒドロゲナーゼ表面が、抗体または架橋剤によって修飾されていることを特徴とする、酸素耐性ヒドロゲナーゼ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素耐性ヒドロゲナーゼ、より詳しくは抗体または架橋剤によって表面を修飾することによってヒドロゲナーゼ内部への酸素分子の侵入をブロックし、酸素耐性が向上したヒドロゲナーゼに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロゲナーゼは、触媒活性部位にニッケル−鉄錯体、または鉄錯体を有しており、プロトンを還元して水素分子を生成する反応(2H+ + e- →H2)と、水素分子をプロトンと電子に分解して還元力を生じる反応(H2 → 2H+ + e-)を触媒する酵素である。水素は、水を分解して製造することができ、燃焼してエネルギーを発生した後、水に戻るので、自然環境に対してクリーンなエネルギーである。従って、地球上の資源の節約、地球温暖化防止などのために非化石燃料エネルギーの利用拡大が急速に期待されているなか、水素は化石燃料に代わるクリーンな次世代のエネルギーキャリアとして最も注目されている。そのため、水素分子の生成能と分解能を有するヒドロゲナーゼは、様々な可能性を有していると言える。たとえば、ヒドロゲナーゼとシアノバクテリアや緑藻類などの光合成反応中心を組み合わせた光駆動水素合成デバイスが提案されている(特許文献1)。一方、ヒドロゲナーゼの水素分子分解能は、燃料電池の白金電極の代替や、燃料電池の安全性を確保するために水素の漏れを検知する水素センサーにも利用できる(非特許文献1,2)。従って、ヒドロゲナーゼの重要性は今後さらに増すものと考えられる。
【0003】
しかしながら、ヒドロゲナーゼは、酸素分子によって失活されやすいという問題がある。そのために、ヒドロゲナーゼを利用する場合は、酸素分子を十分に除去しなければならず、コスト面などで不利となっている。酸素によるヒドロゲナーゼ失活過程は二段階に分けることができ、まず一段階目では可逆的な不活性化が起こり、次いで二段階目では不可逆的な失活が起こることが知られている。可逆的な不活性化状態では、水素雰囲気下や還元剤存在下において活性化されるが、不可逆的失活状態では活性化されることはない。これまで報告されているヒドロゲナーゼの酸素に対する耐性向上の試みは大きく3つに分けることができる。つまり、(1)天然のヒドロゲナーゼ探索、(2)ヒドロゲナーゼのアミノ酸置換、(3)ヒドロゲナーゼの固定化である。(1)の例としては、Ralstonia eutropha 由来のヒドロゲナーゼ(非特許文献1,2)、Hydrogenovibrio marinus由来のヒドロゲナーゼ(非特許文献3)、Desulfovibrio vulgaris由来のヒドロゲナーゼ(非特許文献4)が発見されている。これらのヒドロゲナーゼでは、二段階目の不可逆的失活に対する耐性を有し、空気中に4℃で放置しても数日から数週間の間、ほとんど不可逆的失活が起こらないことが報告されている。これは、これまでよく研究されてきたClostridium由来のヒドロゲナーゼが空気中で数分のうちに不可逆的に失活することとは対照的である。しかし、いずれのヒドロゲナーゼも、酸素存在下において活性が低下することから、酸素分子によって可逆的不活性化が起こっていることが示唆され、一段階目の可逆的不活性化に対する耐性は得られていないといえる。(2)の例としては、Azotobacter vinelandiiヒドロゲナーゼの鉄硫黄錯体に配位しているシステイン残基の一つをセリンに置換したアミノ酸置換体において、一段階目の可逆的不活性化に対する耐性が向上したという報告がある(非特許文献5)。天然型Azotobacter vinelandiiヒドロゲナーゼは酸素濃度76μMにおいて水素分解活性がほぼ完全に阻害されるが、アミノ酸置換体は上記酸素濃度下においても酸素非存在下と同様の活性を保持していた。この結果は、アミノ酸置換体の酸素耐性が向上したことを示唆している。しかし、アミノ酸置換体の水素分解速度は16nmol/min/gram of cellであり、この速度は酸素非存在下における天然型の24500 nmol/min/gram of cellと比較して1500分の1と劇的に低い。従って、このアミノ酸置換は、酸素耐性を与えるものの、ヒドロゲナーゼの電子授受機能に大きな影響を与えるために本来の活性が大きく低化するという問題を抱えている。(3)の例としては、ヒドロゲナーゼをシリカゲルやイオン交換樹脂などの担体に固定化することで酸素耐性を改善しようとした研究例を挙げることができる(非特許文献6,7)。しかし、担体に固定化されたヒドロゲナーゼは、二段階目の不可逆的失活に対しては耐性が改善されたが、一段階目の可逆的不活性化に対する耐性が改善したという報告例はない。従って、酸素によるヒドロゲナーゼの可逆的不活化の問題は、依然として解決すべき課題として残されている。
【0004】
一方、これまで酵素タンパク質表面の分子内架橋や抗体結合による修飾について幾つかの報告がある。例えば、分子内架橋に関しては、α-ガラクトシダーゼに対してヘキサメチレンジイソシアネートを用いてタンパク質表面のリジン間を架橋した例(非特許文献8)、キモトリプシンに対して1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carodiimide (EDC)を用いてタンパク表面のアスパラギン酸とグルタミン酸間を架橋した例(非特許文献9)、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼに対してジカルボン酸を用いてタンパク質表面のリジン間を架橋した例(非特許文献10)などがあり、いずれも耐熱性やプロテアーゼ耐性の向上を目的としている。一方、抗体による酵素の安定に関しては、α-ガラクトシダーゼ(非特許文献8)、RNase(非特許文献11)、パパイン(非特許文献12)、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(非特許文献13)について、それぞれの酵素をそれに対する抗体を含んだ血清と混合することによって、その熱耐性もしくはプロテアーゼ耐性、変性剤(ウレア)耐性が改善したことが報告されている。しかしながら、上記の報告例はいずれもヒドロゲナーゼとは分子量やサブユニット構造、機能についてまったく異なる酵素タンパク質に関するものであり、酸素耐性改善について検討されたものはない。
【0005】
【特許文献1】特開2006-20614号公報
【非特許文献1】Analytical Chemistry, 2005, Vol.77, p.4969-4975
【非特許文献2】Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 2005, Vol.102, p.16951-16954
【非特許文献3】Biochemical and Biophysical Research Communications, 1997, Vol.232, p.766-770
【非特許文献4】FEBS letter, 1978, Vol.86, p.122-126
【非特許文献5】Journal of Bacteriology, 1995, Vol.177, p.3960-3964
【非特許文献6】Biochemical and Biophysical Research Communications, 1980, Vol.92, p.1091-1096
【非特許文献7】Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 1978, Vol.75, p.3640-3643
【非特許文献8】Biochimica et. Biophysica Acta, 1974, Vol.350, p.432-440
【非特許文献9】Biochimica et. Biophysica Acta. 1978, Vol.522, p.277-283
【非特許文献10】J.Mol.Catal., 1983, Vol.19, p.291-301
【非特許文献11】Biochimica et Biophysica Acta, 2001, Vol.1548, p.114-120
【非特許文献12】Biotechnol. Appl. Biochem. 2000, Vol.32, p.89-94
【非特許文献13】Biochimica et. Biophysica Acta, 1974, Vol.343, p.431-434
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、酸素による可逆的不活性化に対して耐性のあるヒドロゲナーゼを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、抗体または架橋剤を用いて表面を修飾することによって、酸素による可逆的不活性化に対する耐性を付与できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) ヒドロゲナーゼ表面が、酸素分子のヒドロゲナーゼ内部への侵入をブロックする手段にて修飾されていることを特徴とする、酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
(2) 前記ブロックする手段が抗体である、(1)に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
(3) 前記抗体がポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体である、(2)に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
(4) 前記ブロックする手段が架橋剤である、(1)に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
(5) 前記架橋剤が二官能性架橋剤である、(4)に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
(6) (1)〜(5)のいずれかに記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼを固定化してなる電極。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、酸素耐性ヒドロゲナーゼが提供される。本発明の酸素耐性ヒドロゲナーゼは、天然型ヒドロゲナーゼと比較して従来から問題となっていた酸素による可逆的不活性化が飛躍的に抑制され、しかも、酵素活性自体の低下は少ない。従って、本発明の酸素耐性ヒドロゲナーゼは、光合成微生物を用いたバイオマス水素生産システムの構築、燃料電池に使用される白金やパラジウムなどのレアメタルの代替物として非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明の酸素耐性ヒドロゲナーゼは、ヒドロゲナーゼ表面が、酸素分子のヒドロゲナーゼ内部への侵入をブロックする手段にて修飾されていることを特徴とする。
【0012】
本明細書において、「酸素耐性」とは、二段階からなる酸素によるヒドロゲナーゼ失活過程のうち、一段階目の可逆的な不活性化に対する耐性をいう。なお、一段階目の可逆的な不活性化に耐性があれば、二段階目の不可逆的な不活性化に対しても耐性を持つといえる。
【0013】
本発明において酸素耐性を付与するために表面修飾を行うヒドロゲナーゼは特に限定はされないが、微生物由来、動物由来、または植物由来のものが例示され、好ましくは微生物由来のヒドロゲナーゼを挙げることができる。また、微生物の中でもDesulfovibrio vulgaris由来のヒドロゲナーゼが好ましい。また、これら微生物等を培養、精製することにより得られたヒドロゲナーゼや組換え体により得られたヒドロゲナーゼも使用可能である。
【0014】
本発明において、酸素分子のヒドロゲナーゼ内部への侵入をブロックする手段の第1として、抗体を用いる。本発明に用いる抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体のいずれであってもよい。抗体の作製は、精製ヒドロゲナーゼまたはその一部を抗原として用い、一般的な方法によって行えばよい。また、抗体は断片でもよく、例えば、F(ab')2、Fab'も使用することができる。
【0015】
ポリクローナル抗体の調製は、例えば次のようにして行う。まず、精製ヒドロゲナーゼを用いて動物を免疫する。動物は、哺乳動物(例えばラット、マウス、ウサギなど)を用いる。抗原の動物1匹当たりの投与量は、ウサギの場合、例えばアジュバントを用いて100〜500μgである。アジュバントとしては、フロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)、水酸化アルミニウムアジュバント等が挙げられる。
【0016】
投与部位は静脈内、皮下又は腹腔内である。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜3週間間隔で、1〜10回、好ましくは2〜3回免疫を行う。そして、最終の免疫日から6〜60日後に抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採血し、抗血清を得る。抗体価の測定は、酵素免疫測定法(ELISA;enzyme-linked immunosorbent assay)、放射性免疫測定法(RIA;radioimmuno assay)等により行うことができる。
【0017】
抗血清から抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、又はこれらを組み合わせることにより精製することができる。
【0018】
また、モノクローナル抗体の調製は、例えば次のようにして行う。まず、前記と同様にして動物を免疫する。必要であれば、免疫を効果的に行うため、前記と同様アジュバント(市販のフロイント完全アジュバント、フロイント不完全アジュバント等)を混合してもよい。動物は、同様に哺乳動物(例えばラット、マウス、ウサギなど)を用いればよい。抗原の1回の投与量は、例えばマウスの場合1匹当たり50μg程度である。投与部位は、主として静脈内、皮下、腹腔内である。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔、好ましくは2〜3週間間隔で、最低2〜3回行う。そして、最終免疫後、抗体産生細胞を採集する。抗体産生細胞としては、脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血細胞等が挙げられるが、脾臓細胞が好ましい。
【0019】
次に、ハイブリドーマを得るため、抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞として、マウスなどの動物由来の細胞であって一般に入手可能な株化細胞を使用することができる。使用する細胞株として、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地 (ヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミジンを含む) で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。例えば、ミエローマ細胞の具体例としてはP3X63-Ag.8.U1(P3U1)、P3/NSI/1-Ag4-1、Sp2/0-Ag14などのマウスミエローマ細胞株が挙げられる。その後、上記ミエローマ細胞と抗体産生細胞とを細胞融合させる。細胞融合は、血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地などの動物細胞培養用培地中に、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを15:1〜25:1の割合で混合し、ポリエチレングリコール等の細胞融合促進剤存在下、あるいは電気パルス処理(例えばエレクトロポレーション)により融合反応を行う。
【0020】
細胞融合処理後の細胞から目的とするハイブリドーマを選別する。例えば、ヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミジンを含む培地を用いて培養し、生育する細胞をハイブリドーマとして得ることができる。次に、増殖したハイブリドーマの培養上清中に、目的とする抗体が存在するか否かをスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、特に限定されるものではない。例えば、ハイブリドーマとして生育したウェルに含まれる培養上清の一部を採集し、酵素免疫測定法 (ELISA; enzyme-linked immunosorbent assay)、RIA (radioimmuno assay)等によってスクリーニングすることができる。融合細胞のクローニングは、限界希釈法等により行い、最終的に単クローン抗体産生細胞であるハイブリドーマを樹立する。
【0021】
樹立したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取する方法として、通常の細胞培養法等を採用することができる。細胞培養法においては、ハイブリドーマを10%牛胎児血清含有 RPMI-1640培地又はMEM 培地等の動物細胞培養培地中、通常の培養条件 (例えば37℃,5% CO濃度) で3〜10日間培養し、その培養上清から抗体を取得する。上記抗体の採取方法において、抗体の精製が必要とされる場合は、硫安分画法、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜に選択して、又はこれらの方法を組み合わせることにより精製することができる。
【0022】
上記のようにして得た抗体、例えば、免疫動物から採取した抗血清とヒドロゲナーゼ溶液(0.1μM)とを1:1、好ましくは10:1で混合し、温度4〜30℃、5〜30分間反応させることにより、ヒドロゲナーゼ表面を抗体で被覆したヒドロゲナーゼ−抗体複合体を得ることができる。
【0023】
本発明において、酸素分子のヒドロゲナーゼ内部への侵入をブロックする手段の第2として、架橋剤を用いる。本発明に用いる架橋剤としては、ヒドロゲナーゼ上のアミノ酸残基と共有結合できるものであれば限定はされないが、リジン側鎖のε−アミノ基間、システイン側鎖のスルフィドリル基間、あるいは、リジン側鎖のε−アミノ基とシステイン側鎖のスルフィドリル基間を架橋できる二官能性架橋剤が好ましく、特にリジン側鎖のε−アミノ基を架橋できる二官能性架橋剤が好ましい。
【0024】
このような二官能性架橋剤として、両末端にアミン反応性のN-hydroxysuccinimide (NHS)エステルを含むホモ二官能性架橋剤、両末端にスルフィドリル反応性のマレイミド基を含むホモ二官能性架橋剤、各末端にNHSエステルとマレイミド基をそれぞれ含むヘテロ二官能性架橋剤などが挙げられる。架橋剤のスペーサーアーム長は、架橋剤の種類にもよるが、11〜35オームストロング、好ましくは14〜22オームストロングの範囲である。
【0025】
上記の二官能性架橋剤の具体例は、リジン-リジン間架橋剤としては、例えば、Bis(NHS)PEO5:Bis(N-succinimidyl)-pentaethylene glycol ester(スペーサーアーム長長22Å)、EGS:Ethylene glycol bis[succinimidyl succinate] (スペーサーアーム長16.1Å)、Sulfo-EGS:Ethylene glycol bis[sulfosuccinimidyl succinate] スペーサーアーム長16.1Å)、Bis(sulfosuccinimidyl)sebacate(スペーサーアーム長14Å)、BSOCOES:Bis[2-(succinimidooxycarbonyloxy)ethyl]sulfone(スペーサーアーム長13Å)、DSP:Dithiobis[succinimidyl propionate] (スペーサーアーム長12Å)、DTSSP:3,3'-Dithiobis[sulfosuccinimidyl propionate] (スペーサーアーム長12Å)、DSS:Disuccinimidyl suberate(スペーサーアーム長11.4Å)、BS3:Bis(sulfosuccinimidyl)suberate (スペーサーアーム長11.4Å)、DSG:Disuccinimidyl glutarate(スペーサーアーム長7.7Å)、DST:Disuccinimidyl tartarate(スペーサーアーム長6.4Å)、sulfo-DST:Disulfosuccinimidyl tartrate(スペーサーアーム長6.4Å)、Sulfo-SANPAH: (N-Sulfosuccinimidyl-6-[4´-azido-2´-nitrophenylamino] hexanoate) (リジン非特異的光活性化架橋、スペーサーアーム長18.2Å)などが挙げられ、システイン-システイン間架橋剤としては、例えば、BM[PEO]2 :(1,8-Bis-Maleimidodiethyleneglycol(スペーサーアーム長14.7Å)、BM[PEO]3:(1,11-Bis-Maleimidodiethyleneglycol(スペーサーアーム長17.8Å)などが挙げられ、リジン-システイン間架橋剤として、例えば、Sulfo-KMUS: N-[κ-Maleimidoundecanoyloxy]sulfosuccinimide ester(スペーサーアーム長16.3Å)、NHS-PEO2-Mal:(succinimidyl-[(N-maleimidopropionamido)-diethyleneglycol]ester(スペーサーアーム長17.6Å)、NHS-PEO4-Mal:(succinimidyl-[(N-maleimidopropionamido)-tetraethyleneglycol]ester(スペーサーアーム長24.6Å)、NHS-PEO8-Mal:(succinimidyl-[(N-maleimidopropionamido)-octaethyleneglycol]ester(スペーサーアーム長39.3Å)などが挙げられるが、これらに限定はされない。また、上記各架橋剤は市販品(例えばPIERCE社製)が利用できる。
【0026】
上記の架橋剤によるヒドロゲナーゼの分子内架橋は、ヒドロゲナーゼを適当な溶媒に溶解し、架橋剤を加えて温度4〜30℃にて、60〜600分間反応させた後に、未反応架橋剤を除去することにより行うことができる。反応は、ヒドロゲナーゼ濃度1〜100μMの範囲で行うことが好ましい。ヒドロゲナーゼ濃度が高すぎると、酵素の適正なコンフォメーションが維持されないために酵素活性が低下するか、あるいは、分子間架橋が生じて酵素タンパク質が凝集し、酵素活性が著しく低下するので好ましくない。また、架橋剤はDMSOやエタノール等の水に混和可能な溶媒に溶かし、ヒドロゲナーゼ溶液に対して0.01%〜10%、好ましくは0.01〜0.1%で添加する。さらに、未反応の架橋剤が溶液中に残存していると、酵素活性が低下するおそれがあるため、透析、カラムクロマトグラフィー等の方法により、未反応の架橋剤を除去することが好ましい。
【0027】
本発明においてヒドロゲナーゼの酸素耐性、すなわち酸素による可逆的不活性化に対する耐性の評価は、以下のようにしてできる。まず、活性状態にあるヒドロゲナーゼを空気中に曝する。これによってヒドロゲナーゼの一部が不活性化する。ここに水素ガスで飽和させたベンジルビオローゲン溶液を加えると、活性ヒドロゲナーゼは水素を分解して還元力を生じ、この還元力は、不活性ヒドロゲナーゼの再活性化に利用される。ほぼすべてが活性化されると、次に還元力はベンジルビオローゲンの還元に利用される。不活性ヒドロゲナーゼが十分に再活性化されてべンジルビオローゲンの還元が始まるまでの時間(ラグタイム)を測定する。このラグタイムは不活性したヒドロゲナーゼの量に比例すると考えられるので、ラグタイムが短いと酸素による可逆的不活性化に対する耐性が大きいと評価できる。
【0028】
本発明によればまた、上記の酸素耐性ヒドロゲナーゼを固定化してなる電極が提供される。当該電極は、例えば燃料電池などに利用できる。電極としては、金 、白金 、カーボン、グラファイトなどからなる電極を用いることができる。酵素の電極への固定化方法としては、架橋試薬(多官能基性アシル化剤など)を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、導電性ポリマーに吸着させる方法などがあり、これらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、本発明の酸素耐性ヒドロゲナーゼを担体タンパク質と混合した後、グルタルアルデヒドで処理することによりカーボン電極上に固定化する。好ましくは、次にアミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。担体タンパク質としては、固定された酵素が長時間安定に保たれ、基質透過性が良好で薄膜に成形できるものであれば特に限定はされないが、例えばウシ血清アルブミンを用いることができる。
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)ヒドロゲナーゼと抗ヒドロゲナーゼ・ポリクローナル抗体の複合体の作製
Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F由来のヒドロゲナーゼをPBS水溶液に1mg/mlとなるように溶解し、そのヒドロゲナーゼ溶液約2mlを約2ヶ月間にわたり5匹のマウスに5回注射した。抗体価が向上したことを確認後、血清を採取した。血清100μlに対して等量の0.1μMヒドロゲナーゼ溶液(PBS水溶液)を混合し、ヒドロゲナーゼと抗ヒドロゲナーゼ抗体との複合体を作製した。
【0031】
(実施例2)分子内架橋ヒドロゲナーゼの調製
架橋試薬として、Bis(N-succinimidyl)-pentaethylene glycol ester(スペーサー長22Å)、Bis(sulfosuccinimidyl)sebacate(スペーサー長14Å)、Bis(sulfosuccinimidyl)suberate(スペーサー長11Å)を用いた。500μlのヒドロゲナーゼ溶液(ホウ酸バッファー水溶液、pH7.3、Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F由来ヒドロゲナーゼ濃度1μM)に、上記の架橋試薬をそれぞれ約1mg加えて、15℃で一晩攪拌した。反応後、未反応の架橋試薬をゲルろ過カラムによって除去し、ヒドロゲナーゼ画分を分子内架橋ヒドロゲナーゼとして採取した。図1に架橋試薬の構造および分子内架橋ヒドロゲナーゼの構造の模式図を示す。
【0032】
(実施例3)ヒドロゲナーゼの酸素耐性評価
ヒドロゲナーゼの酸素耐性評価試験は図2に示す操作手順に従い、以下のようにして行った。実施例1で作製した抗体結合ヒドロゲナーゼ、実施例2で作製した3種の分子内架橋ヒドロゲナーゼ、および天然型ヒドロゲナーゼを、それぞれ最終濃度が約0.05μMとなるように、3mMベンジルビオローゲン溶液(トリス緩衝液, pH7.3)に加えた。このヒドロゲナーゼ溶液1ml程度に水素ガスを15分間吹き付けて、ヒドロゲナーゼを活性化した。ヒドロゲナーゼの活性化は、ベンジルビオローゲンの還元によって紫色を呈することにより確認した。次に、活性化したヒドロゲナーゼ溶液を空気中で攪拌した。攪拌しはじめて数秒のうちに、紫色を呈していたベンジルビオローゲンが酸化され無色となり、ヒドロゲナーゼ溶液中に酸素分子が溶解しはじめたことが確認できた。空気中で5分間攪拌した後のヒドロゲナーゼ溶液20μlを、水素ガスで飽和させた3mlの3mMベンジルビオローゲン溶液(トリス緩衝液, pH7.3)に加えた。ヒドロゲナーゼ溶液の吸光度(540nm)を経時的に測定したところ、空気中での攪拌で不活性化していたヒドロゲナーゼの再活性化が起こるために、はじめの数分間はベンジルビオローゲンの還元が起こらず、吸光度は上昇しなかった。その後、ヒドロゲナーゼの再活性化が十分に進み、ベンジルビオローゲンが還元されて溶液が紫色に呈色し、吸光度が上昇した。吸光度が上昇し始めるまでの時間を、空気中での攪拌で不活性化していたヒドロゲナーゼが再活性化されるまでの時間(ラグタイム)とした。また、ヒドロゲナーゼの活性は、ベンジルビオローゲンの還元速度(吸光度曲線の勾配)を測定することによって求めた。
【0033】
各ヒドロゲナーゼ溶液[1:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;Bis(N-succinimidyl)-pentaethylene glycol ester)、2:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;(Bis(sulfosuccinimidyl)sebacate)、3:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;Bis(sulfosuccinimidyl)suberate)、4:天然型ヒドロゲナーゼ、5:ヒドロゲナーゼ−ポリクローナル抗体複合体]の吸光度変化を図3に示す。また、各ヒドロゲナーゼ溶液について測定したラグタイム、ベンジルビオローゲンの還元速度を下記表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
その結果、ヒドロゲナーゼ再活性化に要する時間(ラグタイム)は天然型ヒドロゲナーゼでは約20分間であるのに対し、抗体結合によって約5分間に、分子内架橋によって約1分間に短縮され、可逆的不活性化に対する耐性が改善されたことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】架橋試薬の構造および分子架橋ヒドロゲナーゼの構造の模式図を示す。
【図2】ヒドロゲナーゼの酸素耐性評価試験のスキームを示す。
【図3】各ヒドロゲナーゼ溶液の吸光度変化を示す[1:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;Bis(N-succinimidyl)-pentaethylene glycol ester)、2:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;(Bis(sulfosuccinimidyl)sebacate)、3:分子内架橋ヒドロゲナーゼ(架橋試薬;Bis(sulfosuccinimidyl)suberate)、4:天然型ヒドロゲナーゼ、5:ヒドロゲナーゼ−ポリクローナル抗体複合体]。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロゲナーゼ表面が、酸素分子のヒドロゲナーゼ内部への侵入をブロックする手段にて修飾されていることを特徴とする、酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
【請求項2】
前記ブロックする手段が抗体である、請求項1に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
【請求項3】
前記抗体がポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体である、請求項2に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
【請求項4】
前記ブロックする手段が架橋剤である、請求項1に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
【請求項5】
前記架橋剤が二官能性架橋剤である、請求項4に記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼ。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の酸素耐性ヒドロゲナーゼを固定化してなる電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−43245(P2008−43245A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−221160(P2006−221160)
【出願日】平成18年8月14日(2006.8.14)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】