説明

醸造酢の酸臭低減方法

【課題】特定の原料や醪を用いることなく、またマスキング剤を加えることなく、醸造酢の酸臭(鼻にツンとくる刺激臭)を充分に低減することができる方法を提供する。
【解決手段】醸造酢を、酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下となり、酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下となるまで、加熱下に蒸発処理した。
【効果】特定の原料や醪を用いることなく、またマスキング剤を加えることなく、簡単な手段で、醸造酢の酸臭を充分に低減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は醸造酢の酸臭低減方法に関する。醸造酢には、その種類等によって程度の差はあるが、相応の酸臭(鼻にツンとくる刺激臭)がある。かかる酸臭は、醸造酢の用途によっては好ましくない。本発明は、醸造酢の酸臭を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、醸造酢の酸臭低減方法として、特定の原料や醪を用いることにより、もともと酸臭の低い醸造酢を得る方法(例えば、特許文献1及び2参照)、製造した醸造酢に所謂マスキング剤を加えることにより、酸臭を低減する方法(例えば、特許文献3〜8参照)が知られている。
【0003】
しかし、特許文献1や2の従来法には、特定の原料や醪を用いるため、その利用が限定されるという問題があり、また特許文献3〜8の従来法には、マスキング剤を加えるため、本来は醸造酢になかったものが含まれてくることになるという問題があって、更に以上の従来法には、多くの場合、酸臭の低減効果が不充分という問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平06−133756号公報
【特許文献2】特開平06−339365号公報
【特許文献3】特開平06−335379号公報
【特許文献4】特開2000−312574号公報
【特許文献5】特開2002−125673号公報
【特許文献6】特開2006−094817号公報
【特許文献7】特開2008−263810号公報
【特許文献8】特開2009−065842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、特定の原料や醪を用いることなく、またマスキング剤を加えることなく、醸造酢の酸臭を充分に低減することができる方法を提供する処にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の課題を解決する本発明は、醸造酢を、下記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下となり、また下記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下となるまで、加熱下に蒸発処理することを特徴とする醸造酢の酸臭低減方法に係る。
【0007】
【数1】


【0008】
【数2】

【0009】
数1及び数2において、いずれも下記のヘッドスペースガス分析法を3回行なったときの平均値であって、
/A:蒸発処理前の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対するエタノールのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理後の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対するエタノールのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理前の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対する酢酸エチルのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理後の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対する酢酸エチルのピーク面積の割合。
【0010】
ヘッドスペースガス分析法:内容20mlの平底容器に試料(醸造酢)5mlを取り、容器を密栓して、60℃の雰囲気温度に20分間保持した後、そのヘッドスペースガスを、カラムがフェニルメチルポリシロキサンを液相とするキャピラリーカラム、キャリアーガスがHe、検出器がFIDのガスクロマトグラフに供し、各成分に相当するピーク面積を求める方法。
【0011】
本発明に係る醸造酢の酸臭低減方法(以下、単に本発明の方法という)において、対象となる醸造酢の種類に特に制限はない。米酢、玄米酢、黒酢、粕酢等の穀物酢、リンゴ酢、ブドウ酢、バルサミコ酢、柿酢等の果実酢、更にはスピリットビネガー等、全ての醸造酢が対象となる。
【0012】
本発明の方法では、醸造酢を加熱下に蒸発処理する。ヒータや水蒸気等を熱源に用いた通常は間接加熱下に、醸造酢の成分を蒸発させるという極めてシンプルな手段で、醸造酢の酸臭を低減させるのである。加熱下の蒸発処理時における醸造酢の温度は特に制限されないが、50℃程度であると、所望の蒸発処理に著しく長い時間がかかるので、通常は70℃以上とするが、80℃以上とするのが好ましく、なかでも醸造酢を煮沸状態にして蒸発処理すると、該醸造酢の酸臭を短時間で低減させることができる。
【0013】
本発明の方法では、加熱下の蒸発処理は、通常は常圧下(オープン)で行なうが、減圧下に行なうこともできる。また加熱下の蒸発処理は、醸造酢を静置状態にして行なうこともできるが、撹拌状態で行なうのが好ましく、空気を吹き込みながら行なうのがより好ましい。醸造酢に空気を吹き込みながら、加熱下に蒸発処理すると、該醸造酢の酸臭を短時間で低減させることができ、この際に醸造酢を煮沸状態として蒸発処理すると、該醸造酢の酸臭を極めて短時間で低減させることができる。
【0014】
本発明の方法では、以上説明したように、醸造酢を加熱下に蒸発処理するが、かかる蒸発処理を、前記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下となり、また前記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下となるまで行なう。本発明者の知見によれば、醸造酢に特有の酸臭すなわち鼻にツンとくる刺激臭は、単に酢酸によるものではなく、酢酸に対するエタノールの割合及び酢酸に対する酢酸エチルの割合によって大きな影響を受けることがわかった。その関係を更に追求したところ、前記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率、すなわち前記のヘッドスペースガス分析法による酢酸のピーク面積に対するエタノールのピーク面積の割合が蒸発処理前の醸造酢の90%以下となり、また前記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率、すなわち前記のヘッドスペースガス分析法による酢酸のピーク面積に対する酢酸エチルのピーク面積の割合が蒸発処理前の80%以下となるまで、醸造酢を加熱下に蒸発処理すると、該醸造酢の酸臭は殆ど感じられなくなることを見出したのである。
【0015】
前記の数1中のE/A及びE/Aは、また前記の数2中のT/A及びT/Aは、いずれも前記のヘッドスペースガス分析法を3回行なったときの平均値である。本発明の方法では、これらに基づいて計算される前記の数1の酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下、好ましくは70%以下となり、また前記の数2の酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下、好ましくは60%以下となるまで、醸造酢を加熱下に蒸発処理する。
【発明の効果】
【0016】
以上説明した本発明の方法によると、特定の原料や醪を用いることなく、またマスキング剤を加えることなく、簡単な手段で、醸造酢の酸臭を充分に低減させることができるという効果がある。
【実施例】
【0017】
以下、本発明の構成及び効果をより明らかにするため実施例等を挙げるが、本発明がこれらの実施例に限定されるというものではない。尚、以下の記載において、%は質量%であるが、酸度の%は中和滴定法によって測定される容量当たりの酢酸換算濃度(W/Vの%)である。
【0018】
試験区分1
酸度20%のスピリットビネガー(内堀醸造社製)について、後述するヘッドスペースガス分析法に供する操作を3回行ない、各回で前記のE/Aに相当する値を求め、それらの平均値を求めて、かかる平均値を前記の数1中のE/Aとした。同様にして、T/Aについても3回の平均値を求めて、かかる平均値を前記の数1中のT/Aとした。
【0019】
併せて、同じ酸度20%のスピリットビネガー300mlを300ml容のビーカーに入れ、緩やかに撹拌しつつ、ヒータにより間接加熱し、スピリットビネガーの温度が60℃、70℃、80℃、90℃及びスピリットビネガーが煮沸状態の5区分で蒸発処理した。各区分毎で、蒸発量(減量)が15ml(5%)又は30ml(10%)となるまで行ない(合計10区分)、直ちに室温まで冷却した。冷却した蒸発処理後の各スピリットビネガーについて、後述するヘッドスペースガス分析法に供する操作を3回行ない、前記と同様にして、前記の数1中のE/AとT/Aを求めた。
【0020】
合計10区分の蒸発処理後の各スピリットビネガーについて、E/AとE/Aとから数1の酢酸当たりのエタノール減少率(%)を求め、またT/AとT/Aとから数2の酢酸当たりの酢酸エチル減少率(%)を求めた。結果を表1にまとめて示した。表1中、全ての区分が実施例に相当する。
【0021】
ヘッドスペースガス分析法:内容20mlの平底容器に試料(スピリットビネガー)5mlを取り、容器を密栓して、60℃の雰囲気温度に20分間保持した後、そのヘッドスペースガスを、カラムがフェニルメチルポリシロキサンを液相とするキャピラリーカラム(アジレントテクノロジー社製の19091J−413 HP5)、キャリアーガスがHe、検出器がFIDのガスクロマトグラフ(アジレントテクノロジー社製の7890A GCシステム)に供し、各成分に相当するピーク面積を求める方法。
【0022】
【表1】

【0023】
表1において、
温度(℃)又は状態:蒸発処理時のスピリットビネガーの温度(℃)又は状態
数1の減少率(%):前記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率
数2の減少率(%):前記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率
以上は表2〜表4においても同じ。
【0024】
試験区分2
試験区分1と同じ酸度20%のスピリットビネガーについて、試験区分1と同様に蒸発処理し(但し、ここでは表2記載のスピリットビネガーの温度又は状態で且つ表2記載の蒸発量となるまで行ない)、ヘッドスペースガス分析及び官能評価を行なった。結果を表2にまとめて示した。表2中、スピリットビネガーの温度が70℃で蒸発量が1.3%の区分及びスピリットビネガーの温度が80℃で蒸発量が1.7%の区分が比較例に相当し、他の区分が実施例に相当する。
【0025】
【表2】

【0026】
表2において、
官能評価:男性7人及び女性8人の合計15人の官能評価員により、蒸発処理前のスピリットビネガーと蒸発処理後のスピリットビネガーとを2点比較して、蒸発処理後のスピリットビネガーの方が酸臭(鼻にツンとくる刺激臭)が少ないと評価した人数
官能評価の欄の*印は5%の危険率で有意、**印は1%の危険率で有意、***印は0.1%の危険率で有意であることを示す。
官能評価は表3及び表4においても蒸発処理前のものと蒸発処理後のものとを同様に2点比較して行なった。
【0027】
試験区分3
酸度10%以上の表3に記載した各醸造酢(いずれも内堀醸造社製)に水を加えて酸度10%に調整した後、酸度を調整した各醸造酢について、試験区分1と同様に蒸発処理し(但し、ここでは各醸造酢の温度が90℃で、蒸発量(減量)が30ml(10%)となるまで行ない)、ヘッドスペースガス分析及び官能評価を行なった。官能評価は、各醸造酢について、酸度を調整した蒸発処理前のものと蒸発処理後のものとを2点比較した。結果を表3にまとめて示した。表3中、全ての区分が実施例に相当する。
【0028】
【表3】

【0029】
試験区分4
試験区分1と同じ酸度20%のスピリットビネガーについて、試験区分1と同様に蒸発処理し(但し、ここではスピリットビネガー中に3〜5L/分の割で空気を吹き込みつつ蒸発処理し)、ヘッドスペースガス分析及び官能評価を行なった。結果を表4にまとめて示した。表4中、全ての区分が実施例に相当する。
【0030】
【表4】

【0031】
試験区分5
試験区分4で用いた酸度20%のスピリットビネガーと、試験区分4で蒸発処理(90℃で蒸発量5%の蒸発処理)したスピリットビネガーとに、それぞれ水を加えて酸度15%に調整した。酸度を調整した双方のスピリットビネガーと滅菌水の各々について、24mlをサンプリングし、これに一般生菌数が1×10CFU/mlの菌液(Bx25%の糖液に落下菌を培養した菌液)を1ml入れ、撹拌しつつ、5分後、15分後及び60分後に1mlサンプリングして、水酸化ナトリウム水溶液で中和した後、標準寒天培地を用いた培養を行ない(35℃で48時間)、一般生菌数を測定した。結果を表5にまとめて示した。
【0032】
【表5】

【0033】
表1〜表4の結果からも明らかなように、醸造酢を、前記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下、好ましくは70%以下となり、また前記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下、好ましくは60%以下となるまで加熱下に蒸発処理すると、酸臭(鼻にツンとくる刺激臭)が少なくなることがわかる。蒸発処理時の温度は、蒸発量(減量)との関係で、例えば50℃でも可能であるが、この場合には所望の蒸発処理に長時間を要するので、蒸発処理を経済的に行なうためには、蒸発処理時の醸造酢の温度又は状態を80℃〜煮沸状態とするのが好ましく、煮沸状態とするのがより好ましく、かかる蒸発処理を醸造酢中に空気を吹き込みながら行なうのが特に好ましい。更に表5の結果からも明らかなように、以上のような蒸発処理によって、醸造酢の静菌効果が影響を受けることはないことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
醸造酢を、下記の数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率が90%以下となり、また下記の数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率が80%以下となるまで、加熱下に蒸発処理することを特徴とする醸造酢の酸臭低減方法。
【数1】

【数2】

(数1及び数2において、いずれも下記のヘッドスペースガス分析法を3回行なったときの平均値であって、
/A:蒸発処理前の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対するエタノールのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理後の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対するエタノールのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理前の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対する酢酸エチルのピーク面積の割合。
/A:蒸発処理後の醸造酢について、酢酸のピーク面積に対する酢酸エチルのピーク面積の割合。
ヘッドスペースガス分析法:内容20mlの平底容器に試料(醸造酢)5mlを取り、容器を密栓して、60℃の雰囲気温度に20分間保持した後、そのヘッドスペースガスを、カラムがフェニルメチルポリシロキサンを液相とするキャピラリーカラム、キャリアーガスがHe、検出器がFIDのガスクロマトグラフに供し、各成分に相当するピーク面積を求める方法。)
【請求項2】
数1で求められる酢酸当たりのエタノール減少率が70%以下となるまで、蒸発処理する請求項1記載の醸造酢の酸臭低減方法。
【請求項3】
数2で求められる酢酸当たりの酢酸エチル減少率が60%以下となるまで、蒸発処理する請求項1又は2記載の醸造酢の酸臭低減方法。
【請求項4】
醸造酢が80℃〜煮沸状態となる加熱下に蒸発処理する請求項1〜3のいずれか一つの項記載の醸造酢の酸臭低減方法。
【請求項5】
醸造酢が煮沸状態となる加熱下に蒸発処理する請求項1〜3のいずれか一つの項記載の醸造酢の酸臭低減方法。
【請求項6】
醸造酢中に空気を吹き込みながら蒸発処理する請求項1〜5のいずれか一つの項記載の醸造酢の酸臭低減方法。

【公開番号】特開2013−81384(P2013−81384A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221549(P2011−221549)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(502143467)内堀醸造株式会社 (3)
【Fターム(参考)】