説明

重質炭化水素油の分解方法

【課題】良好な活性を有する触媒を採用しつつ、高圧水素ガスを使用することなく重質炭化水素油から効率的に軽質炭化水素油を製造することのできる重質炭化水素油の分解方法を提供すること。
【解決手段】本発明の重質炭化水素油の分解方法は、水の存在下で重質炭化水素油を触媒に接触させて軽質炭化水素油を製造する重質炭化水素油の分解方法であって、前記触媒がセリウム元素を含有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重質炭化水素油を分解する方法に関し、特には、系外から水素を供給することなく、重質炭化水素油から軽質炭化水素油を製造する重質炭化水素油の分解方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、石油化学製品の原料等として有用な、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香環を1つだけ有する単環芳香族化合物等を含有する軽質炭化水素油を、多環芳香族化合物または多環芳香族化合物を含有する重質炭化水素油から製造する方法としては、熱分解法や、水素化分解法等が知られている(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0003】
また、特許文献3〜4には、水蒸気含有雰囲気下、鉄系触媒を用いつつ、重質炭化水素油を分解することによって軽質炭化水素油を製造する方法も開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−96471号公報
【特許文献2】特開2008−297452号公報
【特許文献3】特開2002−129171号公報
【特許文献4】特開2006−7151号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来のような熱分解法を用いると、芳香環の開裂が殆ど起こらないために単環芳香族化合物等の低分子量化された炭化水素化合物を含む軽質炭化水素油の製造効率が悪く、重質炭化水素油を充分に分解し得ないという問題がある。また、水素化分解法を採用する場合には、分解反応に大量の高圧水素ガスを使用するため大規模な水素ガス製造設備が必要になり、コストが増大するおそれがある。
【0006】
一方、上述のように鉄系触媒を用いた場合、触媒自体は安価であるものの水蒸気雰囲気下では安定した活性を示さないおそれがあり、また酸化鉄のような結晶形態を有していると、分解反応によってその形態が変化しやすいために触媒活性が損なわれる可能性があるため、さらなる創意工夫が要求される。
【0007】
そこで、本発明は、良好な活性を有する触媒を採用しつつ、高圧水素ガスを使用することなく重質炭化水素油から効率的に軽質炭化水素油を製造することのできる重質炭化水素油の分解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、特定の条件下、特定の触媒を用いることで、重質炭化水素油から効率的に軽質炭化水素油を製造することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の重質炭化水素油の分解方法は、
水の存在下で重質炭化水素油を触媒に接触させて軽質炭化水素油を製造する重質炭化水素油の分解方法であって、
前記触媒がセリウム元素を含有することを特徴とする。
前記触媒は、セリウム元素を2.0質量%以上の量で含有するのが望ましく、さらに第4A族元素を含有していてもよい。
また、前記触媒が、第4A族元素を10〜75質量%の量で含有していてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の重質炭化水素油の分解方法によれば、高圧水素ガスを使用することなく、高分子量の成分を含む重質炭化水素油から、重量平均分子量が充分に低減された軽質炭化水素油を効率的に生成することができ、工業的にも非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1により得られた軽質炭化水素の分子量分布を示す図であり、縦軸はピーク強度、横軸は重量平均分子量である。
【図2】比較例1により得られた軽質炭化水素の分子量分布を示す図であり、縦軸はピーク強度、横軸は重量平均分子量である。
【図3】実施例1及び比較例1に供した原料の重質炭化水素油の分子量分布を示す図であり、縦軸はピーク強度、横軸は重量平均分子量である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、具体的に説明する。
本発明の重質炭化水素油の分解方法は、
水の存在下で重質炭化水素油を触媒に接触させて軽質炭化水素油を製造する重質炭化水素油の分解方法であって、
前記触媒がセリウム元素を含有することを特徴としている。
【0013】
本発明で用いる原料油である重質炭化水素油としては、特に制限されず、例えば、石油精製時に得られる常圧蒸留残油、減圧蒸留残油等であってもよい。上記重質炭化水素油は、主として比較的高分子量の炭化水素化合物を含む種々の炭化水素化合物の混合物であり、得られる軽質炭化水素油は、上記炭化水素化合物が分解されて低分子量化された種々の炭化水素化合物の混合物である。仮に、上記重質炭化水素油の重量平均分子量が500以上である場合、得られる軽質炭化水素油の重量平均分子量を250以下とすることも可能である。なお、ここで重量平均分子量とは、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によるポリスチレン換算値を意味する。
【0014】
軽質炭化水素油も上記重質炭化水素油と同様、種々の炭化水素化合物の混合物であり、軽質炭化水素油の重量平均分子量とは、その混合物としての重量平均分子量を意味することとなる。例えば、上記重質炭化水素油が1−メチルナフタレン、キノリン、アントラセン、フェナントレンなどの縮合多環芳香族化合物や、ジベンゾチオフェン、ビフェニルなどの非縮合多環芳香族化合物等を含む場合、これらの芳香環を非常に高い確率で単環芳香族化合物に開裂させることによって、重量平均分子量を重質炭化水素油の半分以下とした軽質炭化水素油も製造することができる。このように、本発明の重質炭化水素油の分解方法は、原料油である重質炭化水素油を効果的に軽質化することができ、利用価値の高い方法である。
【0015】
本発明で用いる触媒は、セリウム元素を含有する。セリウム元素の含有量は、好ましくは2質量%以上、より好ましくは5〜50質量%の量である。セリウム元素を含有することにより、水の存在下で用いた場合にも高い活性を発揮することができる。すなわち、上記触媒は、炭化水素油の水素化分解反応で使用されるような、水熱合成されたゼオライト触媒やγ−アルミナ単一触媒ではないため、水の存在下で重質炭化水素油を分解しても、高温高圧の水蒸気により触媒の結晶構造が大きく変化して触媒が使用不能となることがない。上記触媒は、セリウム元素のみからなる触媒であってもよく、酸化セリウム(CeO2)等の酸化物からなる触媒であってもよい。なかでも、酸化セリウムとして含有するのが好ましい。なお、酸化セリウムの結晶構造は、任意の結晶構造とすることができる。
【0016】
さらに上記触媒は、第4A族元素を含有するのが望ましい。かかる第4A族元素の含有量は、通常10〜75質量%、好ましくは15〜60質量%の量であるのが望ましい。ここで、第4A族元素とは、具体的には、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)が挙げられ、これらを1種単独で含んでいてもよく、2種以上含んでいていてもよい。なかでもジルコニウムであるのがより好ましい。かかる第4A族元素を上記範囲内で含むことにより、水の存在下の使用においてより好適な活性を保持することができる。これら第4A族元素は、酸化ジルコニウム(ZrO2)等の酸化物として含有していてもよく、第4A族元素を含む合金として含有していてもよく、またメッキや蒸着などの手法で表面をこれら第4A族元素でコーティングした触媒、共沈法により製造した、ZrO2等の第4A族元素の酸化物と、Al23などの周期律表の第3〜第4周期の金属(但し、アルカリ金属、アルカリ土類金属を除く)の酸化物との複合酸化物として含有していてもよい。なお、第4A族元素の酸化物の結晶構造は、任意の結晶構造とすることができる。
【0017】
そのほか、上記触媒には、さらに好適な触媒活性を付与する観点から、酸化鉄(Fe23)等の鉄元素(Fe)を含んでいてもよい。鉄の含有量は、鉄元素換算で1〜40質量%であるのが望ましく、5〜30質量%であるのがより好ましい。ただし、上記酸化鉄は非晶質酸化鉄であるのが望ましい。かかる酸化鉄がヘマタイト(γ−Fe23)のような六方晶系の結晶構造を有していると、容易に還元されてマグネタイト(Fe34)のような等軸晶系の凝集した結晶構造となり、触媒が失活するおそれがあるからである。なお、ここで非晶質とは、X線回折(XRD)で回折を示さない(ピークが検出されない)状態を意味する。
【0018】
本発明で用いる上記触媒が、例えば、セリウム元素、第4族元素及び鉄元素を各々酸化物として含有する場合、これらのモル数が下記式(I)の関係を満たすのが望ましい。
{(セリウム元素のモル数)+(第4A族元素のモル数)}/鉄元素のモル数>1.0・・・(I)
上記式(I)を満たすこと、すなわち、セリウム元素のモル数と第4A族元素のモル数との合計が鉄元素のモル数を超えることにより、上述のように酸化鉄が還元されて凝集することで触媒活性が劣化するのを抑制するとともに、格子酸素の供給速度が向上することでさらに有効に触媒活性の劣化を抑制するものと推定される。
【0019】
本発明で用いる上記触媒は、上市のものとして、例えばCeO2、ZrO2及びFe23の複合酸化物からなる触媒であるZ-1407(第一稀元素化学工業製、Ce含有量:16.9質量%、Zr含有量:44.0質量%、Fe含有量:13.8質量%)を好適に用いることができる。
【0020】
本発明の重質炭化水素油の分解方法は、水の存在下で上記重質炭化水素油を上記触媒に接触させる。かかる水は、重質炭化水素油中に含まれる高分子量の炭化水素化合物を分解して軽質化させる際、例えば、重質炭化水素油中の多環芳香族化合物の芳香環を開裂(開環反応)させる際の水素源として用いられるものである。そして、この水の量は、重質炭化水素油を軽質化させるのに充分な量であれば良いが、例えば、上記重質炭化水素油100質量部に対して、10〜3000質量部、好ましくは20〜2000質量部、更に好ましくは20〜1000質量部の量で重質炭化水素油に添加するのが望ましい。重質炭化水素油100質量部に対する水の添加量が10質量部未満の場合、分解反応の速度が低下するとともにかかる反応が充分に進行しないおそれがある。一方、水の添加量が3000質量部を超えると、軽質炭化水素の製造である軽質化作用(分解(開環)反応)に寄与しない水の量が増大することとなり、コストが増加したり、上記軽質炭化水素油の製造効率が低下したりするおそれがある。
【0021】
そして、本発明の重質炭化水素油の分解方法では、例えば、反応器内に充填した上記触媒に対し、重質炭化水素油と水との混合物を接触させて、軽質炭化水素油を製造する。ここで、反応器内で触媒と混合物とを接触させる条件は、例えば、温度は300〜600℃、好ましくは350〜550℃、より好ましくは400〜500℃であり、例えば500℃もの温度を好適とする、セリウム元素を含まない鉄系触媒を用いた従来の方法よりも、比較的低温域での実施も可能となる。圧力は0.5〜50MPa、好ましくは1.0〜40MPa、より好ましくは2〜35MPaであり、液空間速度は0.01〜10h-1、好ましくは0.08〜10h-1とすることができる。温度が300℃未満の場合、反応に必要な活性化エネルギーが得られず重質炭化水素油の分解が充分に進行しないおそれがあり、600℃超の場合、不要なガス(メタン、エタン等)が大量に発生し、軽質炭化水素油の生産性が低下するおそれがあるからである。また、圧力が0.5MPa未満の場合、重質炭化水素油と水とを反応器へスムーズに流入させることが困難になることがあり、50MPa超の場合、反応器の製造コストが高くなるおそれがある。更に、液空間速度が0.01h-1未満の場合、不要なガスの発生が支配的となり、軽質炭化水素油の生産性が低下するおそれがあり、10h-1超の場合、反応時間が短すぎて重質炭化水素油の分解反応が充分に進行しないおそれがある。
【0022】
なお、本発明の重質炭化水素油の分解方法では、重質炭化水素油の分解反応に必要な水素が系内に存在する水から供給されるため、水素を系外から添加する必要はない。従って、本発明の重質炭化水素油の分解方法においては、系外からの水素添加量と重質炭化水素油供給量とのモル比(水素添加量/炭化水素油供給量)は、0.1以下、好ましくは0とすることができる。よって、本発明の重質炭化水素油の分解方法によれば、高圧水素ガスを使用することなく、高分子量の重質炭化水素油から低分子量の軽質炭化水素油を効率的に製造することができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明について、実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0024】
[触媒A:セリウム元素含有触媒]
触媒Aとして、表1に示す組成のZ-1407(第一稀元素化学工業製)を用いた。触媒Aの結晶構造をXRDにより解析したところ、酸化ジルコニウムのピークがわずかに検出されたのみで酸化セリウム、酸化鉄のピークは全く検出されなかった。
【0025】
[触媒B:セリウム元素を含有しない触媒]
Fe(NO33・9H3O:226.2g、Al(NO33・9H2O:52.5g、ZrOCl2・8H2O:11.3gを水道水1.5リットルに攪拌溶解した。次いで、NaOH溶液(48.7%)を徐々に加えながら、1時間攪拌した。その後、固液分離を行い、得られた固形分を熱湯でろ過洗浄した。次いで、得られたケーキ状のろ過物を、500℃で1時間熱処理して、56gの触媒Bを得た。得られた触媒Bの組成を表1に示す。触媒Bの結晶構造をXRDにより解析したところ、ヘマタイト構造の酸化鉄のピークが明確に検出された。
【0026】
【表1】

【0027】
[実施例1]
ステンレス製の反応器(内容積10ml)中に、触媒Aを6.0mL充填した。次いで、触媒Aを充填した反応器内にイオン交換水を1.5mL/hで流通させつつ、同時に窒素を5mL/minで流通させながら、常圧下で500℃まで加熱した後、水素を添加することなく、ベンゼンで10倍に希釈した重質炭化水素油(減圧残油/常圧残油=50/50(質量比)の混合重質炭化水素油、重量平均分子量=2,200)を1.1ml/hの速度で反応器内に投入した。得られた生成油の重量平均分子量は332であり、その分子量分布図を図1に示す。なお、重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィーを用いてポリスチレン換算値により求めた。
【0028】
[比較例1]
触媒Bを用いた以外、実施例1と同様にして重質炭化水素油を投入した。得られた生成油の重量平均分子量は495であり、その分子量分布図を図2に示す。
なお、実施例1及び比較例1に供した原料の重質炭化水素油の分子量分布を図3に示す。
【0029】
これらの結果より、本発明の重質炭化水素油の分解方法を用いれば、効果的に軽質化された低分子量の軽質炭化水素油が得られることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水の存在下で重質炭化水素油を触媒に接触させて軽質炭化水素油を製造する重質炭化水素油の分解方法であって、
前記触媒がセリウム元素を含有することを特徴とする重質炭化水素油の分解方法。
【請求項2】
前記触媒が、セリウム元素を2質量%以上の量で含有することを特徴とする重質炭化水素油の分解方法。
【請求項3】
前記触媒が、さらに第4A族元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の重質炭化水素油の分解方法。
【請求項4】
前記触媒が、第4A族元素を10〜75質量%の量で含有することを特徴とする請求項3に記載の重質炭化水素油の分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−178919(P2011−178919A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45400(P2010−45400)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】