説明

金ナノロッドを含有するS/O製剤

【課題】全身作用を期待した経皮薬物送達用のS/O製剤の実用化に向けては、皮膚浸透性をさらに向上する。
【解決手段】薬物と、650〜2000nm(好ましくは680〜1200nm、より好ましくは700〜900nm)の領域に吸収帯を有する金ナノロッドとを含む、経皮薬物送達用S/O製剤を提供する。金ナノロッドは、生体適合化されたもの、好ましくはポリエチレングリコールで表面修飾されたものである。本発明の特に好ましい態様においては、薬物は、金ナノロッド及び界面活性剤とともに固相(S、分散相)に含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金ナノロッドを含有する製剤に関する。本発明の製剤は、経皮薬物送達のために特に適しており、医療、及び医薬品等の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
経皮薬物送達システム(Transdermal Drug Delivery System, TDDS)とは、薬物を皮膚から持続的に投与し、治療を行うシステムである。TDDSには、薬物の局所作用を期待するものと、全身的な作用を期待するものとがある。全身作用を期待する場合、薬物を皮膚深部まで到達させ、血中に取り込ませる必要があるが、皮膚は、表皮の最上部を構成する角質層がバリア機能を有するため、経皮吸収過程においては薬物の角質層への浸透が律速段階となる。そのため、経皮吸収パッチ(皮膚からの水分蒸発を防ぎ角質層を水和させることでバリア機能を低下させ、薬剤の皮膚への浸透を促進するシステム)、ケミカルエンハンサー(皮膚浸透性を向上させる機能をもつ化合物を薬物と同時に存在させ、薬物の角質層透過を促進する技術)、イオントフォレシス(皮膚に微弱な電気を流すことで、荷電性薬物を皮膚内へ誘引する技術)等が開発されてきた。しかしながら、適用は比較的低分子量の疎水性の薬物の経皮送達に限られていた。
【0003】
そこで、これらの方法では適用が困難だと考えられるインスリン等の高分子物質を経皮送達するために、障壁となる角質層に焦点を当てた研究が盛んに進められている。これには、エレクトロポレーション法(短時間の間に高電圧の電気を流すことで不可逆的に角質層に小孔が生じることを利用し、高分子物質を皮膚へ浸透させる技術)、ソノフォレシス法(皮膚に超音波を負荷することによる皮膚温度の上昇や、角質細胞間脂質の不安定化、キャビテーションの発生などを利用して高分子物質を投与する技術)、マイクロニードル法(マイクロメートルサイズの針を用いて神経に到達させずに角質層に小孔を開け、高分子薬剤を皮膚内へ浸透させる技術)がある。しかし、いずれも、大型のデバイスを必要とし、簡便性に乏しく、また皮膚に傷害を与えるといった課題があり、実用化には至っていない。
【0004】
最近では、熱エネルギーを利用した経皮薬物送達システムとして、高周波を利用した熱を皮膚角質層に与えることで、ヒト成長ホルモンやDNA等の経皮送達効率が増加するという報告や、レーザー照射によってデキストランなどの分子の皮膚浸透性が向上するという報告がある(非特許文献1)。さらに、薬物を含有する固相を油相に分散させたS/O製剤が、薬物が固相として存在するために加水分解に対して安定であり、また、皮膚への適用が容易なテープ製剤とすることができるなどの利点から、薬物送達システム(Drug Delivery System, DDS)のための有効な手段として検討されてきている(特許文献1〜3)。
【0005】
他方、金ナノロッドは、棒状の金ナノ粒子であり、長軸方向に由来する800〜900 nm 付近(近赤外域)の光を吸収し、吸収した光を熱に変換する性質を有する。近赤外光は組織透過性が高いため、金ナノロッドはバイオイメージングのような医療技術を支える材料として期待される一方で、製造の際に使用され、金ナノロッド表面に二分子膜として存在することで金ナノロッドの水中での分散安定性に寄与するヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)が強い細胞毒性を有するため、生体への適用が制限されてきた。この点を解決するために、分散安定性を保ちつつ、生体適合化された材料として、CTABが除去され、代わりにポリエチレングリコール(PEG)鎖で表面修飾された金ナノロッドが開発され(非特許文献2)、生体の近赤外分光法への適用が検討されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2005/094789号公報
【特許文献2】国際公開WO2006/025582号公報
【特許文献3】特開2008-179561号公報
【特許文献4】特開2009-240586号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jung-Hwan Park et al., International Journal of Pharmaceutics, 359, 94-103,(2008)
【非特許文献2】Niidome, M. Yamagata, Y. Okamoto, Y. Akiyama, H, Takahashi, T. kawano, Y. Katayama, Y. Niidome, J. Controlled Release, 114, 343-347 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、フルオレセインイソチアシアネート(FITC)で蛍光ラベル化した分子量約6,000ダルトンのインスリンを薬物として内包させたS/O製剤を豚皮に投与し、皮膚浸透性を評価した。その結果、投与48時間後には真皮の部分まで蛍光が観察され、薬物の角質層透過が促進されていることが確認できた。また。分子量約39,000ダルトンの西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ(Horseradish peroxidase, HRP)でも同様の実験を行い、S/O製剤による皮膚浸透性の向上を確認し、また皮膚に浸透したHRPの酵素活性が保持されていることも確認した。しかしながら、インスリンS/O製剤は、投与12時間後における皮膚浸透性が陰性対照としたインスリン水溶液とほとんど変わらないほど低く、またウサギを用いたin vivo実験では、有意な血糖値の低下が確認できなかった。したがって、全身作用を期待した経皮送達用のS/O製剤の実用化に向けては、皮膚浸透性をさらに向上する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
金ナノロッドは近赤外光を吸収し、発熱する。そのため、金ナノロッドを含有させた製剤を皮膚に適用し、近赤外光を照射すれば、角質層が短時間かつ局所的に加熱され、皮膚浸透性の向上が期待される。そこで、実際に、薬物と金ナノロッドとを内包したS/O製剤をマウス皮膚に適用し、キセノンランプを光源とした近赤外光を照射した。その結果、より多くの薬物の皮膚内部への浸透を確認し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、以下を提供する
1) 薬物と、650〜2000nm(好ましくは680〜1200nm、より好ましくは700〜900nm)の領域に吸収帯を有する金ナノロッドとを含む、経皮薬物送達用S/O製剤。
2) 金ナノロッドが、生体適合化されたもの、好ましくはポリエチレングリコールで表面修飾されたものである、1)に記載の製剤。
3) 薬物が、界面活性剤とともに固相(S、分散相)を形成している、1)又は2)に記載の製剤。
4) 金ナノロッドが、固相に含まれている、3)に記載の製剤。
5) 治療又は予防のための、1〜4のいずれか一に記載の製剤。
6) 薬物が、分子量500ダルトン以上の分子又はポリペプチドである、5)に記載の製剤。
7) ポリペプチドの分子量が、6000ダルトン以上、好ましくは30000ダルトン以上である、6)に記載の製剤。
8) 薬物が、抗原である、5)〜7)のいずれか一に記載の製剤。
9) テープ製剤である、1)〜8)のいずれか一に記載の製剤。
10) 治療用又は予防用製剤における、金ナノロッドの使用。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】NR-S/O製剤の様子。外観から、PEG-NRは油中に安定に分散していることが分かった。
【図2】NR-S/O製剤の吸収スペクトル。調製したNR-S/O製剤は近赤外域にピークを示すことが分かった。
【図3】NR-S/O製剤の電子顕微鏡像。PEG-NRが粒子中に内包されていることが確認された。
【図4】近赤外光照射によるNR-S/O製剤の溶液の温度変化。照射10分後には溶液の温度は約40℃付近まで上昇し、NR-S/O製剤がフォトサーマル効果を示すことが確認された。
【図5】蛍光顕微鏡観察によるFITC-インスリンの皮膚浸透性。NR-S/O製剤に近赤外光照射を行ったサンプルでは、S/O製剤やネガティブコントロールであるFITC-インスリンを溶解した水溶液と比較して、より高い皮膚浸透性を示していることが皮膚内部の蛍光強度から分かった。
【図6】平均蛍光強度分布によるFITC-インスリンの皮膚浸透性。NRのフォトサーマル効果によってインスリンの皮膚浸透性がさらに向上することが示唆された。
【図7】蛍光顕微鏡観察によるFITC-オボアルブミンの皮膚浸透性。NR-S/O製剤と近赤外光照射を組み合わせたものは、NRを含まないS/O製剤と比較して、より高い皮膚浸透性を示していることが分かる。
【図8】走査型電子顕微鏡による金ナノロッドの組織内分布。強いシグナル(白色領域)は皮膚表面あるいは皮膚外に認められ、金ナノロッドは皮膚内には透過していないことがわかった。
【図9】白色領域のEDX分析。強いシグナル(白色領域)に、確かに金ナノロッドが存在することが確かめられた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の製剤は、薬物と、金ナノロッドとを含み、固相(S)を分散相、油相(O)を分散媒とする、S/O製剤である。
[金ナノロッド]
本発明で「金ナノロッド」というときは、特別な場合を除き、長軸の長さが400nm未満であって、アスペクト比(長軸長/短軸長)が1より大きいロッド形状の金微粒子をいう。
【0013】
本発明の製剤には、近赤外領域、より具体的には650〜2000nmの領域に吸収帯を有する金ナノロッドを用いる。本発明で、金ナノロッドについて「λ1〜λ2nmの領域に吸収帯を有する」というときは、特に記載した場合を除き、その金ナノロッドの分光特性(吸収スペクトル)を測定したときに、最大吸収波長がその範囲の±100nmの領域にあるときをいう。例えば、ある金ナノロッドが「650〜2000nmの領域に吸収帯を有する」という場合は、その金ナノロッドの最大吸収波長のピークが550〜2100nmの領域にあることをいう。分光特性の測定方法は、当業者にはよく知られている。例えば、適切な濃度の金ナノロッドの水分散液を作成し、近赤外領域の吸収を測定可能な分光高度計を用いて、吸収スペクトルを得ることができる。
【0014】
本発明の製剤に用いる金ナノロッドは、680〜1200 nmに吸収帯を有することが好ましい。700〜900nmの近赤外光は、皮膚を含む生体組織を透過しやすいという性質を有するため、このような近赤外光の照射が有効である、700〜900nmの領域に吸収帯を有する金ナノロッドを用いた製剤は、本発明の特に好ましい一態様である。
【0015】
本発明に用いることのできる金ナノロッドの大きさは、長軸の長さが400nm以下であって上述のような近赤外光吸収を有する限り、特に制限はないが、長軸の長さは200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましい。また、金ナノロッドは一般に、アスペクト比が大きくなればなるほど、長波長側に吸収領域はシフトするので、好ましい吸収スペクトルを有する金ナノロッドの設計に際しては、アスペクト比を約4〜約7とすることができる。
【0016】
本発明においては、金ナノロッドは、生体適合化されたものであることが好ましい。通用、金ナノロッドは、カチオン性界面活性剤である4級アンモニウム塩のヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)に溶解した水中で合成され、表面にCTABの二分子膜を有する(特開2004-292627号公報、特開2005-97718号公報、特開2006-169544号公報、特開2006-118036号公報)ので、生体に投与する本発明の製剤においては、適切な方法で表面のCATBを除き、生体適合性のある物質でロッド表面を修飾するとよい。
【0017】
このための方法としては、例えば、重合平均分子量1000〜40000、好ましくは2000〜30000、より好ましくは2500〜7500の、α-メトキシ-ω-メルカプトポリエチレングリコール(ME-PEG-SH)による表面修飾が挙げられる。重合平均分子量が小さい場合、極性溶媒中での分散安定性が劣る場合がある。平均分子量の上限値は、経済的な観点から決定される場合がある。
【0018】
ME-PEG-SHによる表面修飾は、余剰のCTABを除去した金ナノロッド水分散液に、ME-PEG-SHを添加して攪拌することにより行うことができる。ME-PEG-SHが末端のチオール基で金ナノロッド表面に吸着される。未吸着のmPEG−SHは透析操作などで除去することができる。ME-PEG-SHで表面処理された金ナノロッドは、極性の溶媒、例えば水やアルコール(例えば、エタノール)に安定的に分散することができる。
【0019】
好ましい修飾剤の例は、平均分子量が約5000のME-PEG-SHである。添加量は、分散液中で、金濃度1mMに対して、0.01〜10mMになる濃度範囲がよく、好ましくは0.5〜2mMである。ME-PEG-SHの濃度が0.01mMより低いと溶媒中での分散が不安定となり安定に分散させることができない。一方、ME-PEG-SHの濃度が10mMより高いと金ナノロッドに吸着されない余剰の剤が無視できないほど多くなる。
【0020】
本発明の製剤における金ナノロッドの含量は、適用部位に対する温熱効果や、対象薬物の皮膚浸透性促進効果、製剤中での金ナノロッド自体又はそれを含む固相の分散安定性、薬物に対する相対的な量、経済性等に配慮して、適宜定めることができる。本発明者らの検討では、金ナノロッド含量を0.1mM〜1.0mM(金原子換算)の範囲で変化させたS/O製剤を、摘出したブタ皮膚へ環境温度において適用し、近赤外レーザー光を照射したところ、放射温度計による計測では、皮膚の温度は約38℃〜45℃まで上昇した。一方、0.1mMに満たない場合には、実験した条件では適用部位の温度上昇が観察できなかった。したがって、製剤における金ナノロッドの下限値は、0.1mM以上とすることが好ましいであろう。適用部位に対する温熱効果をより高めるとの観点からは、0.3mM以上とすることがより好ましく、0.5 mM以上とすることがさらに好ましい。他方、金ナノロッド含量を5.0mM(金原子換算)以上とすると、金ナノロッドの凝集が起こりやすくなり、近赤外光の吸収がむしろ低下してしまうことが予想される。したがって、分散安定性の観点からは、金ナノロッドの上限値は、5.0mM以下とすることが好ましいであろう。
【0021】
本明細書で製剤中の金ナノロッドの量(濃度)をいうときは、特に記載した場合を除き、金原子に換算した量(濃度)をいう。の、単位容積あたりのモル数をいう。金ナノロッドの濃度の測定方法は、当業者にはよく知られている。例えば、適切な濃度の金ナノロッドの水分散液を作成し、分光高度計を用いて、適切な波長(例えば最大吸収波長付近)における吸光度から、濃度を求めることができる。
【0022】
本発明の製剤においては、金ナノロッドのフォトサーマル(光温熱)効果を利用する。金ナノロッドのフォトサーマル効果による発熱は、体外の通常の熱源による場合とは異なり、表面の数十μmの範囲に限定された局所的で一時的な発熱であると理解される。したがって、本発明の製剤を皮膚に適用した場合には、発熱は角質層のみに限定され、角質層以下の生体組織に障害を与えることなく角質層のバリア機能を不安定化すると考えられる。この角質層のバリア機能の低減により、本発明の製剤は、薬物の皮膚浸透性を更に促進させうるものとなる。
【0023】
本発明者らの検討によると、実験した条件では、本発明の製剤を皮膚に適用した場合に、製剤中の金ナノロッドは皮膚内に透過していないことが確認されている(実施例6参照)。
【0024】
[薬物]
本発明の製剤の有効成分として、種々の薬物を用いることができる。薬物は、本発明の製剤においては、好ましくは固相に存在し、油相に分散される。
【0025】
一般に、親水性、高分子量の薬物は、皮膚の角質層を透過しにくい。本発明の製剤は、親水性及び/又は高分子量である薬物に対して特に有用である。
本発明の製剤は、分子量500ダルトン以上の分子又はポリペプチドを送達するのに適している。ポリペプチドを用いる場合、その分子量は6000ダルトン以上であることができ、30000ダルトン以上であってもよい。本発明には、タンパク質性医薬品の有効成分として用いられている種々のポリペプチドが適用可能である。このようなポリペプチドの例としては、インスリン、成長ホルモン(ソマトロピン)、ソマトメジン、グルカゴン、ウロキナーゼ、プロウロキナーゼ、エリスロポエチン、G-CSF、IL-2、INF(α、β、γ)、tPA、第VIII因子、抗体、これらの組み換え体、これらの医薬として許容可能なアナログが挙げられる。
【0026】
本発明者らの検討によると、オボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤をマウス皮膚に適用し、近赤外光照射を行った場合に、単回の免疫操作では抗体産生は認められなかったが、2回目の免疫操作後に、金ナノロッドを含まないS/O製剤を適用した場合と比較して8倍高い抗体産生が認められた。これは、金ナノロッドのフォトサーマル効果によって、オボアルブミンの透過性が向上したためだと考えられた(実施例7参照)。したがって、本発明の製剤は、抗原を含む、免疫製剤とすることもできる。抗原は、免疫原性(抗体産生)を誘導するものであれば特に限定されず、従来、免疫に用いられてきた抗原や免疫原性物質を本発明の製剤においても用いることができる。このような例には、抗原タンパク質及びペプチド(例えば、アレルギー惹起性タンパク質、抗原領域ペプチド)、タンパク質やペプチドを結合したハプテン化物質、細菌やウイルス、それらの部分分解物、それらの不活性化物、核酸等がある。本発明の製剤を、各種のワクチン(感染症用、中毒用、癌用、神経疾患用、自己免疫用)とすることができる。本発明の製剤は、後述するように、適当な基材に含浸させた適用容易な剤形とすることにより、より安全で利用が簡便なワクチン剤として有用であろう。
【0027】
[固相(複合体の製造方法)]
本発明の製剤は、典型的には、分散相が固体である固相(S)であり、連続相が油性の物質を基材とする油相(O)であるS/O型の製剤である。固相には、有効成分である薬物を含ませることができ、また金ナノロッドを含ませることができる。薬物と金ナノロッドとは、同じ固相に含ませることもでき、またそれそれ別の固相に含ませることもできる。
【0028】
本発明のS/O製剤においては、固相は、典型的には薬物及び/又は金ナノロッドと界面活性剤との複合体として形成される。
界面活性剤複合体の製造には特に制限はなく、S/O製剤を調製するための種々の方法を適用することができる。典型的には、薬物の水溶液に金ナノロッドを分散し、界面活性剤を含有する有機溶媒へ乳化・分散してW/O型エマルションを調製し、次いで、得られたW/O型エマルションを、定法により、凍結乾燥することによる。有機溶媒としては、親油性界面活性剤を溶解することができ、凍結乾燥により除去できるものであれば特に限定はないが、通常、エタノール等の低級アルコールやヘキサン等の低沸点の炭化水素が使用される。乳化・分散は、撹拌機、高速回転せん断撹拌機(プロペラミキサー等)、コロイドミル、ホモジナイザー、フロージェットミキサー、超音波乳化機、真空乳化機等の従来装置で行うことができる。分散滴の粒径は、撹拌強度(=動力×時間)を調節することにより、制御することができる。詳細な技術は、特開2004-43355号公報を参考にすることができる。
【0029】
本発明の製剤の複合体調整のために用いられる界面活性剤は、医薬製剤への添加が許容される界面活性剤、好ましくは経皮送達用医薬製剤への添加が許容される界面活性剤であって、固相を油相に安定的に分散させることができるものである。
【0030】
複合体調整のために用いられる界面活性剤の好適な例は、HLB(Hydrophile-Lipophile Balance)値10以下である親油性の非イオン性界面活性剤である。親油性の非イオン性界面活性剤の例には、エステル化度の高い(すなわち、モノエステルに対して、ジ、トリ、ポリエステルの占める割合の高い)、ショ糖脂肪酸エステル(ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル、ショ糖エルカ酸エステル、ショ糖混合脂肪酸エステル)、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、デカグリセリンエステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油・硬化ヒマシ油がある。界面活性剤は、1種のみ用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0031】
用いる界面活性剤はまた、本発明の製剤が金ナノロッドのフォトサーマル効果を利用するものであることから、熱に対する安定性に優れているものが好ましく、本発明の製剤が専ら経皮送達用であるとの観点からは、さらに、吸収促進、刺激緩和、保湿等の作用があるものが好ましい。
【0032】
[油相]
本発明の製剤の油相は、液状であっても、流動性を有する、又は進展可能な固形状であってもよい。
【0033】
本発明の製剤の油相の基材は、医薬製剤での使用が許容される油性基材、好ましくは経皮送達用医薬製剤での使用が許容されるものであれば、特に制限はない。常温(25℃)で液状の油又は常温で固形状の脂のいずれでも用いることができる。原料の由来にも制限はなく、例えば、天然物、合成物のいずれでも用いることができ、また植物性(例えば、大豆油、綿実油、菜種油、ゴマ油、コーン油、落花生油、サフラワー油、サンフラワー油、オリーブ油、ナタネ油、シソ油、ウイキョウ油、カカオ油、ケイヒ油、ハッカ油、ベルガモット油)であっても動物性(牛脂、豚油、魚油)であってもよい。また、中性脂質(例えば、グリセリド、トリオレイン、トリリノレイン、トリパルミチン、トリステアリン、トリミリスチン、トリアラキドニン)、合成脂質、ステロール誘導体(例えば、コレステリルオレエート、コレステリルリノレート、コレステリルミリステート、コレステリルパルミデート、コレスレリルアラキデート)、長鎖脂肪酸エステル(例えば、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸セチル、オレイン酸エチル、リノール酸エチル、リノール酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル)、カルボン酸エステル(乳酸エチル、乳酸セチル、クエン酸トリエチル、アジピン酸ジイソプロピル、セバシン酸ジエチル、セバシン酸ジイソプロピル、2−エチルヘキサン酸セチル)、及び炭化水素類(例えば、ワセリン、パラフィンスクワラン、植物性スクワラン)、シリコーン類であってもよい。油性基材は、一種のみ用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。
【0034】
油性基材は、添加物との相溶性が、高く安定性、抗菌性、保湿性等にも優れていることが好ましい。
本発明の製剤中の油相の量は、当業者であれば、製剤中の有効成分の濃度、量、適用部位の面積等を考慮して、適宜決定することができる。
【0035】
油相への固相の分散は、上述した乳化・分散の際に用いられる、撹拌機、高速回転せん断撹拌機(プロペラミキサー等)、コロイドミル、ホモジナイザー、フロージェットミキサー、超音波乳化機、真空乳化機等の従来装置で行うことができる。
【0036】
[近赤外光照射]
本発明の製剤は、経皮送達用として皮膚に適用し、続いて近赤外光を照射して使用する。使用する近赤外光を照射するための手段、照射強度、照射時間は、金ナノロッドに薬物の皮膚浸透を促進するのに有効なフォトサーマル効果を発揮させることができ、かつ有効成分である薬物の有効性を損なわず、また適用部位に回復不能な損傷を負わせない限り、制限はない。当業者であれば、本発明の実施例の条件を参考に、適宜決定しうる。
【0037】
近赤外光照射により、フォトサーマル効果が発揮されるか否か、皮膚浸透が促進されるか否かは、当業者であれば適宜評価しうる。皮膚浸透が促進されたか否かは、望ましい効果(例えば、薬物の全身的な作用による臨床効果)が発揮されたか否か、薬物濃度により、評価することもできる。
【0038】
[その他]
本発明の製剤は、薬物の経皮送達用として、各種の疾患又は状態の、治療又は予防のために使用される。「予防」には、発症のリスクを低減すること、発症したとしても軽度に抑えることが含まれる。「治療」には、症状を抑える対処的治療と、病原の根絶又は体質改善などの根本的な治療とが含まれ、また症状の維持、悪化の防止、関連症状を予防が含まれる。
【0039】
本発明の製剤は、安定化剤として、親水性のタンパク質および/または親水性の多糖類を更に含んでいてもよい(前掲特許文献1)。本発明の製剤はまた、医薬として許容される種々の添加剤、例えば、等張化剤、安定剤(例えば、メチルパラベン、プロピルパラベン、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコール、塩化ベンザルコニウム、フェノール、クレゾール、チメロサール、無水酢酸、ソルビン酸、保存剤、湿潤剤、防腐剤、顔料、ビタミン類、キレ−ト剤、清涼剤、ホルモン類、抗酸化剤、色素、香料等を、経皮送達用製剤として許容される限り、含むことができ、また経皮送達促進のために用いられる種々の添加物、例えば、親水性の有機溶媒(エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等の多価アルコール類)、角質層の保湿・軟化剤(例えば、ピロリドン類、ヒアルロン酸、尿素、尿素誘導体、サリチル酸類)、非プロトン溶媒(DMF、DMSO、DMAC)、不飽和脂肪酸(例えば、オレイン酸)、界面活性剤(例えば、レシチン)、促進物質(例えば、Azone、デシルメチルスルホキシド、環上尿素)を含んでもよい。
【0040】
本発明のS/O製剤は、経皮送達用として、皮膚に適用される。皮膚への適用は、例えば、液状のS/O製剤を腕の内側など皮膚が薄く、塗布しやすい場所へそのまま塗布することによる。
【0041】
本発明経皮免疫剤の投与量、投与間隔、投与期間は、当業者であれば、疾患又は状態、対象者の年齢、体格、性別等を考慮し、適宜設計できる。本発明の製剤が、アジュバントを含まず抗原のみを含む経皮免疫剤である場合は、例えば、通常、成人1人あたり、1回の投与につき、おおむね、有効成分の量が100〜2000μgの範囲、より好ましくは、おおむね、100〜500μgの範囲で、数週間から数ヶ月にわたって、少なくとも2回以上投与することが好ましい。また、抗原とアジュバントの両方を含む場合は、通常、成人1人あたり、1回の投与につき、おおむね、50〜500μgの範囲、より好ましくは、おおむね、50〜200μgの範囲で、数週間から数ヶ月にわたって、少なくとも2回以上投与することが好ましい。
【0042】
本発明のS/O製剤は、ローション剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、ゲル剤、プラスター剤、リザーバー型貼付剤、マトリックス型貼付剤、テープ剤とすることができる。単回適用分ごとのテープ剤(貼付剤:製剤を保持させた絆創膏)は、保存・運搬が用意であり、また皮膚への適用や、使用後の除去・回収が用意である点で、特に好ましい剤形の一つである。
【0043】
本発明の製剤は、S/O製剤をさらに水相へ分散させ、S/O/W型の製剤とすることもできる。水相としては、経皮送達用製剤として許容されるもの、例えば、精製水、生理食塩水、緩衝剤を含む等張液などを使用することができる。
【0044】
以上、本発明をS/O製剤として説明してきたが、本発明は、治療用又は予防用製剤における、金ナノロッドの使用を提供するものでもある。本発明に基づけば、金ナノロッドの種々の形態の製剤への適用が期待できる。例えば、その水層に金ナノロッドと薬物とを溶解させたW/Oエマルジョン製剤、金ナノロッド表面をドデカンチオールといった疎水性基で修飾し、油相へ分散させた製剤、金ナノロッドとポリマー粒子又はリポソーム粒子と組み合わせた製剤等が考えられる。本発明の金ナノロッドを含むS/O製剤の製法は、交番磁場で発熱する酸化鉄ナノ粒子、殺菌作用が期待できる銀ナノ粒子、酸化チタン粒子、蛍光を発する半導体ナノ粒子等を含む製剤への応用も期待できる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例によって具体的に示す。溶液のホモジナイザーによる高速撹拌は、KINEMATICA社製品のPolytron-2100を使用した。分光特性は日本分光株式会社製品のV-670で測定した。また動的光散乱による粒径の測定はMalverne社のZeta-sizer Nano-ZSを使用した。キセノンを光源した近赤外光の照射は朝日分光株式会社製品のMAX-302を使用した。蛍光ラベル化したタンパク質の皮膚浸透性を蛍光顕微鏡で評価する際には、株式会社キーエンス社製品のBZ-8000を使用した。
また、金ナノロッドとしては、短軸長約10ナノメーター、長軸長約50ナノメーター、アスペクト比4〜7のもの(大日本塗料株式会社製)を使用した。
【0046】
[実施例1]
以下の手順で、フルオレセインイソチアシアネート(FITC)で蛍光ラベル化したインスリンとPEGで被覆した金ナノロッド(PEG-NR)を粒子に内包させたNR-S/O製剤を調製した。
【0047】
〔金ナノロッドのPEG修飾〕
PEGで修飾した金ナノロッドの分散液を次の手順で準備した。CTABで修飾された金ナノロッド(NR)分散液1 mLを複数の遠沈管に入れ、14000(×g)の相対遠心加速度で10分間遠心分離してNRを遠沈管の底に沈降させた。上澄み液を除去し、沈降したNRを各0.3 mLの水に再分散させ、それらのNR水溶液をひとつに集めた。得られたNR分散液の吸収スペクトルを測定し、金原子濃度を吸光度から求め、金原子濃度が1 mMとなるように水を加え、NR分散液(CTAB-NRs、金原子濃度1 mM)を得た。
【0048】
次に金原子とME-PEG-SH(α−メトキシ−ω−メルカプトポリエチレングリコール、分子量5000、日油株式会社)のモル比が20 : 1又は1:1となるように、ME-PEG-SHをNR分散液に加え、24時間撹拌し金原子とME-PEG-SHを反応させた。続いて、分画分子量10,000の透析膜を用いて3日間反応溶液の透析を行い、CTABを除去した。得られたPEG-NR分散液1 mLを複数の遠沈管に入れ、14000(×g)の相対遠心加速度で10分間遠心分離してNRを遠沈管の底に沈降させた。上澄み液を除去することで未反応のME-PEG-SHを除去した。沈降したNRを各0.3 mLの水に再分散させ、それらのPEG-NR分散液をひとつに集め、吸収スペクトルを測定した。吸光度から金原子濃度を求め、水を適量加え金原子濃度が1 mMのPEG-NR分散液を調製した。
【0049】
〔NR-S/O製剤の調製〕
フルオレセインイソチオシアネート(FITC)で蛍光ラベル化したインスリンを水に溶解させた溶液1 mL(インスリン濃度1 mg/mL)を調製した。またショ糖ラウリン酸エステルL-195(三菱化学フーズ株式会社製、HLB約1、結合脂肪酸約99%、エステル組成:モノエステル1%、ジ/トリ/ポリエステル99%)をシクロヘキサンへ溶解させた溶液4 mL(L-195濃度50 mg/mL)を調製した。次に調製したPEG-NR分散液1 mL(金原子濃度1 mM)、FITC-インスリン水溶液1 mL(インスリン濃度1 mg/mL)、L-195含有シクロヘキサン溶液4 mL(L-195濃度50 mg/mL)をガラス製の小瓶で混合した。この混合溶液をホモジナイザーによって高速撹拌した(26,000 rpm、2分間)。L-195によってPEG-NRとFITC-インスリンを含む水相が、シクロヘキサンの油相に分散したWater in Oil(W/O)状態のエマルションを得た。次に、直ちにこのW/O状態の液を液体窒素に浸し、凍結した(20分間)。続いて凍結物を凍結乾燥し(約30Pa, 24時間)、エマルションの内相の水分を除去した。最後に、得られたL-195、NR、FITC-インスリンの複合体粒子を油相であるミリスチン酸イソプロピル(IPM)1 mLへ分散し、この液をNR-S/O製剤(金原子濃度1 mM、インスリン濃度1 mg/mL)とした。また同様に従来のNRを含まず、FITC-インスリンのみを粒子に内包したS/O製剤も調製した。
【0050】
得られたNR-S/O製剤の様子から、PEG-NRは油中に安定に分散していることが分かった(図1)。吸収スペクトルの結果からは、調製したNR-S/O製剤は近赤外域にピークを示すことが分かった(図2)。また電子顕微鏡観察を行った結果、PEG-NRが粒子中に内包されていることが確認された(図3)。またNR-S/O製剤中の粒子の粒径を動的光散乱により測定した結果、粒径は一定ではなく約100〜500 nmに分布を持つことが示された。
【0051】
〔実施例2〕
FITC-インスリンの代わりにFITC-オボアルブミンを用いて、実施例1と同様の方法でPEG-NRとFITC-オボアルブミンを粒子に内包したNR-S/O製剤を調製した。電子顕微鏡観察を行ったところ、インスリンを用いた時と同様にPEG-NRが粒子の中に内包されていることが確認された。
【0052】
〔実施例3〕
実施例2で調製したインスリンを含むNR-S/O製剤150μLに、キセノンランプを用いて近赤外光(波長約700 nm〜1,000 nm)を照射した(照射強度:500 mW、 照射時間:10分)。照射前と照射直後の溶液の温度変化を温度計によって測定した。調製したNR-S/O製剤は近赤外光を吸収し、10分後には溶液の温度は約40℃付近まで上昇した。この結果より、NR-S/O製剤がフォトサーマル効果を示すことが確認された(図4)。
【0053】
〔実施例4〕
NR-S/O製剤に近赤外光を照射し、角質層におけるNRの近傍に限られた局所的な発熱によるFITC-インスリンの皮膚浸透性の亢進を検討した。マウス皮膚にNR-S/O製剤を投与し、製剤に近赤外光を照射した。続いて皮膚断面を蛍光顕微鏡によって観察することでFITC-インスリンの皮膚浸透性を評価した。皮膚浸透性の評価を行うに当たり、近赤外光の光源としてはキセノンランプ、モデル皮膚としてはマウスの皮膚を用いた。
【0054】
〈マウス皮膚の採取〉
6週令の雄のddYマウス(重量約32 g)の腹腔内へネンブタール48μL(ペントバルビタールナトリウム濃度50 mg/mL)を注射し、マウスに麻酔を施した。続いて、市販の脱毛クリームを用いてマウスの背中部分の体毛を除去し、温水できれいに体毛を洗い流した。その後、脱毛部分をキムワイプで静かに拭き取った。麻酔下のマウスを頸椎脱臼することで安楽死させ、脱毛した背中部分の皮膚を動物実験用のハサミで切り取りマウス皮膚を得た。得られた皮膚を直ちに液体窒素に浸し凍結させ、凍結後はディープフリーザー内(約-80℃)で保存した。
【0055】
〈FITC-インスリンの皮膚浸透性の評価〉
冷凍保存されているマウス皮膚を氷上において室温で解凍した。続いて、フランツ拡散セルを用意し、レシーバー相に撹拌子を入れた。また、レシーバー相の皮膚接着部分に真空グリスを塗り、解凍したマウス皮膚を設置してクリップで固定した。その後、フランツ拡散セルのレシーバー相に気泡が入らないように5.0 mLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS, pH7.4)を加えてスターラーによって撹拌を開始し(60 rpm)、レシーバー相の温度を約32℃で一定にした。これらの準備作業が終了後、各サンプル製剤(下表)をフランツ拡散セルのドナー相へ投与した。
【0056】
【表1】

【0057】
近赤外光を照射するものは、ドナー相へ製剤150μLを投与し、近赤外光(波長700〜1,000 nm、照射強度500 mW、照射時間20分)を照射した。照射後、NRを含まないS/O製剤350 μLをさらに加え、12時間インキュベートした。また近赤外光を照射しないものは、ドナー相へ製剤500 μL投与し、同様に12時間インキュベートした。
【0058】
インキュベート後にドナー相に残っている製剤を取り除き、各製剤の溶媒(水もしくはIPM)で皮膚表面を洗浄した。続いて、マウス皮膚をフランツ拡散セルから外し、マウス皮膚の表面をキムワイプで静かに拭き取った。このマウス皮膚を4%パラホルムアルデヒド5.0 mL中に7時間浸漬させ、皮膚の固定化を行った。その後、製剤を投与した部分の皮膚を切り取り、プラスチック製の切片作製用のケースへ皮膚を入れた。さらに、パラフィンのり(HistoPrepTM)を適量加え、丸型チャックを設置し、ディープフリーザー(約−80℃)内で凍結した。その後、クリオスタット・ミクロトーム(約−20℃)にて厚さ14 μmの皮膚切片を作製し、スライドガラス上に切片を数個張り付けた。作製したプレパラートを-20℃のエタノールにつけて常温に戻し、HistoPrepTM に含まれるセルロースをPBS(pH7.4)で除去した。最後に皮膚切片を蛍光顕微鏡によって観察することで、FITC-インスリンの皮膚浸透性を評価した。
【0059】
〈結果〉
蛍光顕微鏡観察の結果を示す(図5)。得られた結果より、NR-S/O製剤に近赤外光照射を行ったサンプルでは、S/O製剤やネガティブコントロールであるFITC-インスリンを溶解した水溶液と比較して、より高い皮膚浸透性を示していることが皮膚内部の蛍光強度から分かった。
【0060】
また蛍光顕微鏡観察によって得られた画像から、皮膚表面から皮膚内部にかけての蛍光強度を平均してグラフ化したものを示す(図6)。これらの結果から、NRのフォトサーマル効果によってインスリンの皮膚浸透性がさらに向上することが示唆された。
【0061】
〔実施例5〕
インスリンの代わりにオボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤でも、実施例4と同様の操作によって、FITC-オボアルブミンの皮膚浸透性を評価した。蛍光顕微鏡観察の結果を示す(図7)。この結果より、NR-S/O製剤と近赤外光照射を組み合わせたものは、NRを含まないS/O製剤と比較して、より高い皮膚浸透性を示していることが分かる。実施例4の結果を含めると、インスリンよりも更に分子量の大きなオボアルブミンにおいても、NRのフォトサーマル効果により皮膚浸透性が亢進することが示唆された。
【0062】
〔実施例6〕
FITC-オボアルブミンの皮膚浸透性を試験したサンプルを走査型電子顕微鏡により観察し、ナノロッドの組織内分布を評価した(図8)。その結果、強いシグナル(白色領域)は皮膚表面あるいは皮膚外に認められ、金ナノロッドは皮膚内には透過していないことがわかった。さらに、白色領域をEDX(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy,エネルギー分散型X線分光)測定すると、金のシグナルが確認され(図9)、確かにこの領域に金ナノロッドが存在することが確かめられた。
【0063】
〔実施例7〕
オボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤のワクチン効果を評価した。直径1cmのポリスチレン製円筒カップを脱毛したマウス皮膚に接着させ、ここに、オボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤180μL(オボアルブミン0.15 mg、金原子濃度2.5 mM)を入れた。30分後、その上部からキセノンランプを光源とする近赤外光を10分間照射した。一時間放置後、カップを取り除き、パッチ(ティッシュペーパー10枚重ねしたもの(0.8 x 1.5 cm))に180μL(オボアルブミン0.15 mg、金原子濃度2.5 mM)を染みこませたものを、同部位にフィルムで貼り付け、23.5時間放置した。その後、パッチを除去し、1週間放置した(初回免疫)。
【0064】
再度、円筒カップを接着させ、同部位ではなく隣接部位に、オボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤180μL(オボアルブミン0.15 mg、金原子濃度2.5 mM)を入れた。30分後、その上部からキセノンランプを光源とする近赤外光を10分間照射した。一時間放置後にカップを取り除き、パッチ(ティッシュペーパー10枚重ねしたもの(0.8 x 1.5 cm))に180μL(オボアルブミン0.15 mg、金原子濃度2.5 mM)を染みこませたものを、同部位にフィルムで貼り付け、23.5時間放置した。その後、パッチを除去し、2週間放置した(2回目免疫)。その後、血清を採取し、抗原アルブミン抗体をELISA法により評価した。
【0065】
その結果、オボアルブミンを内包させたNR-S/O製剤と近赤外光を組み合わせた場合に、初回免疫の時点では抗体産生は認められなかったが、2回目免疫後には高い抗体産生が認められた。金ナノロッドを含まないS/O製剤でも抗体産生が認められたが、金ナノロッドがある場合と比較して、約8分の1であった(表2)。キセノンランプ照射が皮膚を直接加温した効果も若干あることが考えられる。金ナノロッドのフォトサーマル効果によって、オボアルブミンの透過性が向上したためだと考えられる。
【0066】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物と、650〜2000nm(好ましくは680〜1200nm、より好ましくは700〜900nm)の領域に吸収帯を有する金ナノロッドとを含む、経皮薬物送達用S/O製剤。
【請求項2】
金ナノロッドが、生体適合化されたもの、好ましくはポリエチレングリコールで表面修飾されたものである、請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
薬物が、界面活性剤とともに固相(S、分散相)を形成している、請求項1又は2に記載の製剤。
【請求項4】
金ナノロッドが、固相に含まれている、請求項3に記載の製剤。
【請求項5】
治療又は予防のための、請求項1〜4に記載の製剤。
【請求項6】
薬物が、分子量500ダルトンの分子又はポリペプチドである、請求項5に記載の製剤。
【請求項7】
ポリペプチドの分子量が、6000ダルトン以上、好ましくは30000ダルトン以上である、請求項6に記載の製剤。
【請求項8】
薬物が、抗原である、請求項5〜7のいずれか1項に記載の製剤。
【請求項9】
テープ製剤である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の製剤。
【請求項10】
治療用又は予防用製剤における、金ナノロッドの使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−1461(P2012−1461A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136286(P2010−136286)
【出願日】平成22年6月15日(2010.6.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年5月28日 日本DDS学会発行の「Drug Delivery System 第26回日本DDS学会プログラム予稿集」にて発表
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】