説明

金属イオンの存在で目的遺伝子に結合するペプチド誘導体並びにこれを用いたタンパク質合成及び金属イオンセンサー

【課題】金属イオンの存在情報を、タンパク質の発現情報にシンクロナイズさせ、大量合成させたタンパク質を検出、定量する、金属イオンセンサーの提供。
【解決手段】金属イオンが結合することで3本鎖のコイルドコイル構造をとるペプチドに、熱ショックタンパク質のDNA結合ドメインをつけ、DNAの特異配列に金属イオン依存的に結合するようにした、金属イオンセンサー。アスパラギン酸をペプチド配列に導入することで、金属イオンの有無でDNA結合活性に顕著な差が出るようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属イオンの存在で目的遺伝子に結合するペプチド誘導体並びにこれを用いたタンパク質合成及び金属イオンセンサーに関する
に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,金属イオンでタンパク質の構造を誘起される例として、Ni, Cu, ZnイオンやHgイオンあるいはCdイオンが結合することでα-ヘリックス構造が3つ集まった構造になる例が報告されている(非特許文献1乃至3)。主には構造誘起の研究である。機能と関連させた例として、Cuイオンの結合により緑蛍光タンパク質の機能回復の例が報告されている(非特許文献4)。この場合、金属イオンセンサーへの応用が提示されているが、感度は良くない。今までに金属イオンの存在によりタンパク質間の会合が促進され、これによりタンパク質のDNAへの結合を誘導する報告例はない。
【非特許文献1】K. Suzuki, H. Hiroaki, D. Kohda, H. Nakamura, T. Tanaka, J. Am. Chem.Soc. 1998, 120, 13008-13015.
【非特許文献2】X. Li, K. Suzuki, K. Kanaori, K. Tajima, A. Kashiwada, H. Hiroaki, D.Kohda, T. Tanaka, Protein Science 2000, 9, 1327-1333.
【非特許文献3】G. R. Dieckmann, D. K. McRorie, J. D. Lear, K. A. Sharp, W. F. DeGrado,V. L. Pecoraro, J. Mol. Biol. 1998, 280, 897-912.
【非特許文献4】T. Mizuno, K. Murao, Y. Tanabe, M. Oda, T. Tanaka, J. Am. Chem. Soc. 2007,129, 11378-11383.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
天然には、金属イオンの結合によりタンパク質の構造が変化し活性化することで細胞内でのタンパク質合成が促進されている例がある(非特許文献5,6)。
このような作用を行なうタンパク質は一般的に転写因子と呼ばれるタンパク質である。このような系では必要な時に金属イオンを添加することでタンパク質合成が促される。そのためには金属イオン依存的にDNAに結合するタンパク質が必須になる。この例は、この条件を満たすタンパク質を提示しているものである。このようなことができれば金属イオンの存在の情報をシンクロナイズさせタンパク質の合成を増幅することで感度を飛躍的に改良させることができる。さらに、アミノ酸配列を変えることで金属イオンの選択性を変えることも可能になる。
【非特許文献5】A. Z. Ansari, J. E. Bradner, T. V. O'Halloran, Nature 1995, 374, 371-375.
【非特許文献6】A. White, X. Ding, J. C. vanderSpek, J. R. Murphy, D. Ringe, Nature 1998,394, 502-506. 本発明は、かかる実情に鑑みてなされたものであって、金属イオンが結合することで3本鎖のコイルドコイル構造をとるペプチドに熱ショックタンパク質のDNA結合ドメインをつけDNAの特異配列に金属イオン依存的に結合するようにする。この場合、金属イオンの有無でDNA結合活性に顕著な差をつけるためアスパラギン酸をペプチド配列に導入する。さらに活性ドメインを結合することでタンパク質の合成及び金属イオンを検出できるタンパク質の合成を解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
第1の発明は、α−ヘリカルコイルドコイルのa,dポジションにヒスチジン及びアスパラギン酸を含むペプチド誘導体にある(請求項1)。
第2の発明は、前記ペプチド誘導体においてアスパラギン酸をペプチド配列に導入することによりDNA結合活性に差が出ることを利用したペプチド配列にある(請求項2)。
第3の発明は、前記ペプチドを利用したタンパク質の合成、さらに検出や定量の可能なタンパク質、例えば緑蛍光タンパク質やガラクトシダーゼを用いた金属イオンセンサーにある(請求項3)。
DNAに結合する一般的な構造として、ロイシンジッパー、亜鉛フィンガー、ヘリックス-ターン-ヘリックス構造が知られている。このうちタンパク質間の会合が必要なものはロイシンジッパー構造である。金属イオン依存性的に構造が誘起される構造体を構築するために、分子間の相互作用が必要なロイシンジッパーが適している。ロイシンジッパー構造はアミノ酸7残基で2回転するα-ヘリックス構造が幾つか集まった構造をしている。DNAへの結合にはDNA結合部位が必要であるが一般的には結合定数が良くなく、強い結合には数個のDNA結合部位が必要である。例えば、GCN4と呼ばれるペプチドは2量体のロイシンジッパー構造になることが、また熱ショックタンパク質では3量体構造が必要である。このように会合することで、DNAへの結合をそれぞれ2ヶ所、3ヶ所とすることで強い結合が達成されている。本発明では金属イオンの存在で3量体を形成するペプチド配列を用いる。金属イオンの結合で構造変換を起こすペプチド(図1,IZ-3adH)はすでに報告されているが、構造に関する報告だけでありDNA結合部位は付けられていない。またDNA結合ドメインがDNAに結合した場合、あたかも分子内の結合と見なすことができ、金属イオンが無くとも会合を起こしDNAに結合することが容易に想像される(図1,DBD-HH)。そのため、結合するDNA配列が存在するときでも、金属イオンの存在が必須となるべくペプチド配列が必要である。この課題を解決するために、金属イオンが無いときには電気反発が起こり、タンパク質間の会合をふせぎ、金属イオンの結合により電気反発が抑制されるペプチドが必要となる。そのために、金属イオンとの結合にも関与する酸性アミノ酸を利用する。
本発明は、図1に示すように二つのヒスチジンの隣にアスパラギン酸をおいたペプチド配列を用いるものである(図1,DBD-DHH)。ヒスチジンを中心として結合した金属イオンがアスパラギン酸とも相互作用が可能であり、このことでアスパラギン酸のマイナスの電荷を中和し、会合したときに電荷反発が無くなる、あるいは軽減され3量体を形成し、目的のDNA配列に強く結合できるようになる。
上記のペプチドは金属依存的にDNAに結合することができる。これにさらにRNAポリメラーゼをリクルートする活性化ドメインを付加することで金属イオンで誘導される人工転写因子が構築できる。この系を用いると微生物で目的タンパク質を大量に発現することが可能になる。今までに微生物を用いてタンパク質を大量発現する場合、タンパク質発現を誘導する系としてイソプロピルβチオガラクトシドやメタノールなどの化学物質の添加や温度の変化による誘導がなされてきた。一方、天然の細胞では金属イオンでタンパク質の発現が誘導される例がある。しかし、今までに金属イオンを誘導物質としてタンパク質の発現に利用した例はなく本発明によれば、このことが可能になる。
また発現されるタンパク質を検出や定量の可能なタンパク質、例えば緑蛍光タンパク質やガラクトシダーゼを用いることで金属イオンの検知を行なうことができ、金属イオンのセンサーとして用いることが出来る。この方法ではわずかな金属イオンの情報がタンパク質の大量発現へとシンクロナイズされるため感度が飛躍的に向上することが期待される。
この発明では、基質の結合前では電荷反発により、会合が抑えられ、基質の結合による電荷反発を軽減する方法を提示した。本発明においては、基質として金属イオンを用いたが、金属イオンの他の基質を用いることも可能である。また、機能部位としてDNAの結合活性を用いたが、他の結合活性にも応用できる。
【発明の効果】
【0005】
従来のヒスチジンを含む金属依存性コイルドコイルでは金属イオンが無いときでも会合を起こす恐れがあり、本発明に係るDNA結合ドメインを付けたペプチド誘導体を用いた場合金属イオンが無くともDNAに結合した。今回のアスパラギン酸を加えたペプチド配列では金属イオンが無いときはマイナスの電荷の反発により会合が完全に抑えられる。一方金属イオンの結合でマイナスの電荷の反発が解消され会合が容易に起るようになる。今回の系では、金属イオンが無いときはDNAに結合しなかったが、金属イオンの存在でDNAに強く結合した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明を具体化した実施例を示し、さらに詳しくこの発明について説明する。
【実施例】
【0007】
DNA結合領域と金属イオンで構造を誘起するコイルドコイル領域を持ったタンパク質は、対応する遺伝子を作成し、大腸菌で発現させ取得した。具体的には、先ず目的タンパク質をHisタグを介してチオレドキシンとつないだ融合タンパク質として、大腸菌内で発現させた。即ち、対応する遺伝子を含むプラスミドを用いて大腸菌を形質転換し、イソプロピルβ-チオガラクトピラノシドを加えて37度で5時間培養した。大腸菌を破砕後、上澄み液をニッケルアフィ二ティーカラム(ノバジェン社)にかけた。20mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.9)、5mMイミダゾール及び同じ緩衝液中に60mMイミダゾールを含む溶液で洗浄後、1Mイミダゾールを含む同じ緩衝液でタンパク質を溶出した(図2,レーン2)。この溶液を、水に対して透析しイミダゾールを除いた。凍結乾燥後、20mMトリス塩酸緩衝液(pH 8.4)150 mM NaCl、 2.5 mM CaCl2中でトロンビン(持田製薬社)により20度で12時間反応しチオレドキシン部分を除いた(図2,レーン3)。溶液にトリフルオロ酢酸を加え酸性にした後、目的タンパク質を高速液体カラムクロマトグラフィーにかけ0.1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルを20から40%の濃度勾配で精製した(図2、レーン4)。精製したタンパク質をpH7の3M尿素液に溶解させ尿素濃度を順次2M、1M、0Mと下げることでタンパク質のリフォールデングを行なった。
DNAへの結合実験
図3のaの図に結合実験に用いたDNA配列を示す。GAAxxTTCxxGAA(XXはいかなる塩基配列)が熱ショックタンパク質の結合領域である。この配列とHind IIIの認識配列(AAGCTT)が重なるように配置されている。タンパク質がDNA結合領域に結合するとHind IIIによる加水分解を阻害することから本タンパク質が結合するか否かを調べた。ペプチドだけで金属イオン依存的に構造変化を起こすと発表されている配列を持ったタンパク質にDNA結合部位を付加したタンパク質(DBD-HH)では金属イオンが無くともHindIIIの切断を阻害し(図3,b、レーン3)、タンパク質が金属イオン無しにDNA配列に結合している。一方、アスパラギン酸による電荷反発を加えた今回のタンパク質(DBD-DHH)は、金属イオンが無いときはDNAに結合していないことがわかる(図3,b,レーン4)。金属イオンを加えると上部にバンドが現われHindIIIの切断を阻害することがわかる(図3,b、レーン5〜8)。その効果は亜鉛、銅、ニッケルの順であった。
結合定数の決定
結合定数の決定に良く用いられるゲルシフトアッセイを行なった。DNA溶液(2 nM)にタンパク質(0〜10μM)と金属イオン(500μM)を加え25度30分後、アクリルアミドゲル電気泳動に流す前にグルタルアルデヒドで架橋した。タンパク質がDNAに結合することで電気泳動の移動度が減少する。図4に示すようにタンパク質濃度の増加につれ移動度が遅れた位置にバンドが現れた。一方、金属イオンが無い場合は、高濃度のタンパク質の存在で遅れた位置にわずかのバンドが見られた。しかし、タンパク質とグルタルアルデヒドだけでも同じ割合のタンパク質間の架橋が見られたことから、遅れた位置に見えるバンドはグルタルアルデヒドによるクロスリンクによる影響であると結論付けられる。この結果をまとめたものが図4の右図であり金属イオンがある場合が黒丸、金属イオンがない場合が白丸である。
ゲルシフトアッセイからタンパク質、DBD-DHH,のDNAへの解離定数を求めると、2.7μMであった。
【産業上の利用可能性】
【0008】
本発明は,金属イオンを誘導物質として微生物内でタンパク質の合成、さらに検出、定量が可能なタンパク質にすることで金属イオンセンサー等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】金属イオン依存的にDNAに結合するタンパク質、DBD-DHH、のコイルドコイル部位のアミノ酸配列の説明図。アミノ酸は一文字表記で示し、Iはイソロイシン、Eはグルタミン酸、Kはリジン、Aはアラニン、Hはヒスチジン、Dはアスパラギン酸を示す。アミノ酸配列の上部のa,b,c,d,e,fはアミノ酸7残基で2回転するコイルドコイル構造の7つの位置を示す。
【図2】DBD-DHHタンパク質の精製段階のSDS-ゲル電気泳動の様子を示す説明図。レーン1はサイズマーカー、レーン2はニッケルアフィ二ティーで精製した融合タンパク質、レーン3はトロンビン処理した反応液、レーン4は高速液体クロマトグラフィーで精製したタンパク質を示す。
【図3】a) DNA結合に対するタンパク質の金属依存性の実験に使ったDNA配列図。b)金属イオンの有無によるDNA結合の確認のためのアクリルアミドゲル電気泳動による解析図。Mはサイズマーカーである。レーン1はHindIII酵素処理前のDNAを示す。太文字は熱ショックタンパク質の結合場所、BamHI, HindIII, XhoI は制限酵素認識部位を示す。
【図4】・ DNA結合を調べるアクリルアミドゲル電気泳動によるゲルシフト分析図・ 加えたタンパク質量に対する結合したDNAの量の割合の関係を現した図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−ヘリカルコイルドコイルのa,dポジションにヒスチジン及びアスパラギン酸を含むペプチド誘導体。
【請求項2】
前記ペプチド誘導体においてアスパラギン酸をペプチド配列に導入することによりDNA結合活性に差が出ることを利用したペプチド配列
【請求項3】
前記ペプチドを利用したタンパク質の合成、さらに検出や定量の可能なタンパク質、例えば緑蛍光タンパク質やガラクトシダーゼを用いた金属イオンセンサー

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−53092(P2010−53092A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−220999(P2008−220999)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】